・・吉田恵利子のインド訪問記(下)・・

 車に揺られて、村の奥まで進む。焼け付くような日差し、砂埃の熱風が吹く。稲を道の上に 山盛りにし、広げているところにでくわした。通行止め? 通れない!!と思う間もなく車は 稲の上を右に左に揺れながら通る。こうして車に通ってもらうことによって脱穀をしているそうだ。

 電気も水道も無い村の生活。今まで行ったところも牛だらけだったが、ここでもまた、牛 と人との共存生活だ。牛中心の生活。ヒンズー教では、牛を大切にする。白い牛は彼らに とって神様なのだ。( 牛乳も牛肉ももちろん食さない)

 川で水牛や牛が水浴びをしている。その横で洗濯。茶褐色のにごった水の中。洗剤などはな く石に打ちつけ叩き洗いをしている。上品で美しい婦人が、牛の糞を素手で丸めて壁に貼っ ていく手順を目の前で教えてくれた。乾かして大切な燃料に使うためだ。コレを用いて庭 先の小さなかまどで火をたき調理をする。石臼でスパイスを潰す。その周りで、鶏が駆け回る。 ヤギが「メェ〜」、牛が「モォ〜」と鳴く。

 ヒンズーの田舎の村の生活。そまつなワラの家々。この村に小さな教会がある。そこでは、 衛生教育をして生活を改善させるあらゆるプログラムが行われている。清潔にするだけで治るはずの病気が 蔓延しているからだ。

 この村をあとにして、町の孤児院に戻る。この町を離れる日がやってきた。お世話になったインドの人々 と挨拶を交わす。インドの人々は首がバネでできている人形のように、左右に首を小さく揺らしながら話を する。私も真似をして首を揺らしたが、今まで何度もしてきたのに最後の日もやっぱり目がクラクラする。

 強烈な国、インド。胸に焼きついた、子どもたちの屈託の無い美しい笑顔と、貧しい人々の苦悩。マザー テレサの言葉がどんなに深い言葉だったかと痛感させられた。

「私たちのすることは、大海の一滴にしか過ぎません。しかし、何もしなかったらその一滴は永遠に失われて しまうのです。」



「アジアをキリストへ」 ニュースレター第56号  December 2009.

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