羽織・浴衣の譲さん


馬場、おばさん、作井、譲さん


『たにし』に通い始めたこと、最初にお近づきになったのが中村さんこと譲さんです。その時の譲さんは20代の後半、僕も同じ20代とはいえまだ前半。常連達の中では学生の僕とは年が一番近かったこともありいろいろとかわいがって貰らいました。他の常連達との付き合いも、譲さんがきっかけとなってくれたことが大きかった。最初に会った頃は、童話作家と称していた譲さん、その時はアルバイト生活でした。ただし、その後すぐに就職されました。その当時の譲さんはその頃のテレビドラマ『気まぐれ天使』注)参照を自でいっていたようなものでした。(確か、石立鉄男が童話作家の役で鬼子母神界隈に住んでいたドラマ)本人はそんなドラマのことなどは全く知る由も無いだろうが。



初めて会った頃の印象はと言えばいつも着物姿、冬は羽織、夏は浴衣で『たにし』にご登場。髪型はまだ若くして、当時の中曽根首相風の風見鶏カット(失礼)。背が高く僕と同じくらいの180cm、本人の弁では182cmと言っていたようだ。また、『僕は、普通の人より足が長いので、相撲をやるには不利なんだ!』と何回も人よりも足が長いという自慢を聞かされていた…

カウンターでは相撲、野球、将棋、競馬の話で盛り上がり、特に競馬の話題になると話しに興奮した譲さんの声が高く店中に響き渡り、度々おばさんに注意(今風に言えばイエローカード)の指導を受けていた。譲さんは、場所前になると番付表を必ず蔵前国技館に買い出しに行くのが常で、おばさんの許しを得てカウンターの横の壁に貼り付けていました。したがって、番付表がに貼り出されると、『たにし』では相撲の始まる季節を感じたものです。カウンターでその番付表を見ながら、誰が昇進したか、番付を落としたか等々の話題がお茶割りの肴になっていた。


常勝の横綱北の湖については『まわしがいつも緩いから勝てるんだ、汚い!』と僕が文句
『いや、彼の取り口は本当の横綱相撲なんだ!』と譲さん反論


土俵際の魔術師と言われた貴の花に対しては『さすが大相撲』大抵意見が一致


『魁傑の取り口はせこくなくていい、潔い!』と僕が言う
『彼は、俺と同じに足が長いから腰が高くて不利なんだ!、だから良く怪我をするんだ!』と譲さん

高見山に対しては『外人力士は足が長いから、腰が高いので足がついて行かない!』と譲さん


等々の話。

僕もその蔵前国技館の本物の番付表を『たにし』で見て初めて、正大関の名前より、張出大関の名前が大きいことがわかった。


またある時、まだまだ通い初めて日の浅い頃の事です。
『たにし』の奥の三つある座敷はいつもお客さんで一杯でした。おばさんにカレンダーを見ながら座敷の空いている日を聞いてたところ。突然、譲さんが顔をしかめて『作井!学生なら、高田馬場に行けよ!』。それを聞いていたおばさん一言、『中村さん!、ここは中村さんのお店じゃないのよ!』。これには譲さん返す言葉もなし。その場の雰囲気で予約の話は立ち切れになってしまった。予約を止めてて良かったのは『たにし』に団体で来て大騒ぎしたら後々おばさんとは気まずくなるだろうし、『たにし』の楽しみはその日に現れる約束もしていない常連達といろいろな話ができることだと言うことが後でわかったからだ。

譲さんは女性が大好き、それに面食いで、惚れ易いところもありました。まあ、誰でもそうですし、僕もそうなんですが。先程まで、カウンターの席で相撲、野球、競馬の話に興じていたと筈なのに、入り口が開いて女性が近くの席に来ると、ピッシャリと常連達との話を止めてその女性と話を始める。所が、ではないが譲さんの遠慮のない話し方とパーソナリティーに大抵の女性は好感を持つらしい(?)、大体話は盛り上がる。もうこうなると完全に譲さんの世界、あっという間にその女性とは旧知の仲になってしまう。友達の彼女の”まこちゃん”ともすぐにお友達、ある時は本人が『たにし』に到着する前に完全に二人だけで盛り上がっているなんて事もあった。


譲さん、まこちゃん、岩本


また、当時、僕にとってのマドンナだった中村香苗さん、彼女を何度か『たにし』に呼び出した事がある。彼女が来ると僕も譲さんも大いに張り切る。『たにし』で譲さんと飲んでいる時に、たまたま彼女のことが話題になると、譲さんが財布から10円玉を出して僕の前のカウンターに置く。それは『奥の台所から電話で呼び出せよ!』との暗黙の誘い水。僕にはその目の前に置かれた、茶色の10円玉のことが今でも新鮮に目に浮かぶ、待ってましたと同時に心ときめくものがあったからだ。ところが、本当のところは後輩に好機を与えてくれただけではなく、ご自分が楽しみたかったのかも知れないが。


中村 香苗さん


中村 香苗さん


『たにし』が時間で看板になるとよく、二人で次の店に飲みに行った。目白通りから鬼子母神の参道入り口近く亜季子さんがやっていた、スナック『JOY』、さらに奥に行った所の居酒屋の『飛騨』或いは、石井さん行きつけの『福屋』など、二人で酔いつぶれて最後は譲さん宅、いつもの『あさひ荘』。そんな『あさひ荘』への真冬の帰り道、鬼子母神の公衆トイレの前に酔っぱらいが寝ていた。譲さん彼が凍死してはいけないと着ていた羽織を彼に掛けてあげたのだ。当然二人とも酔っているので、その時のその行動を深く考えていない。翌朝は羽織が無い々の大騒ぎ、長年着ていた愛用の羽織を失ってしまったのだ。また、その羽織は裏地がとても綺麗で謙さんの自慢でした。残念!残念!


            


注)
『 気まぐれ天使 』  1976,10,6〜1977,10,19(全43回)
      石立鉄男/森田健作/大原麗子/酒井和歌子
鬼子母神の界隈に住む童話作家の主人公を石立鉄男とそのあこがれの女性を酒井和歌子演じる青春ドラマだったと思う。データはhttp://member.nifty.ne.jp/tvdrama/test/main.htmlより。

譲さん、プライベートを無断でお許しを!

2000年3月  作井 正人


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