こし元おかる
学生時代、文学部で自称芝居をやっていたと云う中村さん、義太夫に凝っていた。特に仮名手本忠臣蔵の”おかる・早の勘平”のくだりはご執心で機嫌が良くなるとよくその一節を甲高い声で詠みはじめる。ほかのお客さんに迷惑がかかるほどの大きな声ではないと思っていたのだが…
『こし元おかるは道にてはぐれ〜、やあ〜勘平殿、様子は残らず聞きました… 』
僕もその一節を真似するが、『みち』、『はべれ〜』、『やあ〜勘平どの』、『ようすは』、『のこらず』、『ききました』の詠みの抑揚指導を何度も受けたものだった。その後、話題が”お軽”になると、その一節の反復確認がまた始まり、同じように『みち』、『やあ〜勘平どの』、『のこらず』など再々度の抑揚練習指導、お茶割りで調子が良くなっている我々にはとても面白くおかしかった。
一度、抑揚のある声を出す弾みがつくと次は、大正・昭和初期の”しりとり歌”がはじまる…
『日本の乃木さんが凱旋す、雀、目白、ロシヤ、野蛮国、クロパトキン、金の玉、負ーけて逃げるはチャンチャンボー、ボーで打つのは犬殺し、シベリア鉄道長ければ、バルチック艦隊全滅す、雀、目白、…と延々と続く』
次は舟木一夫(中村さんは何故か”ふなきいっぷう”とわざわざ発音)の『高校3年生』を皮切りに、また次から次へと…
ここまでは眉をひそめても黙っていたおばさんもついに
『中村さん、あたし中村さんの高い声を聞くと注文が聞こえなくなるし、頭が痛くなってお勘定の計算できなくなるの!』
とお叱りに限りなく近い近い小言…
調子に乗っていた僕らはシュンとなり、すぐに話題を他に変え小声で話し出す、ここでおばさんに嫌われたら大変、明日から来られなくなる。
お茶割りで調子が良くなると、よく我々は同じ事を繰り返しをして何度もおばさんに叱られた。そして、いつも一緒に騒いでいるのに、何故か、いつも小言を言われるのは中村さんだけで、僕は『そそのかされている』とおばさんは思っていたらしく、僕が大変叱られた事は『座敷大騒ぎ事件』だけだった。
2000年2月 作井 正人
注)1 仮名手本忠臣蔵 『三段 鎌倉御所の段』
『こし元おかるは道にてはぐれ〜、やあ〜勘平殿、様子は残らず聞きました… 』
仮名手本忠臣蔵テキストデータベースより
http://www.cs.ube-c.ac.jp/egi/kanatehome/
注)2 歌舞伎や浄瑠璃など、江戸時代の芝居の演目名を、上方では外題(げだい)、江戸では名題(なだい)と呼んでいました。江戸歌舞伎の場合、同じ名題でもいくつかのランクがあり、大名題、小名題、二番目名題、所作名題・浄瑠璃名題などの呼び方もあります。大名題は、興行全体を指す名称であり、現在の「五月花形歌舞伎」などと同じランクですから、「御江戸花賑曽我」(おえどのはなにぎわいそが)のように、内容より、華やかで縁起をかついだ名称がつけられています。上方は、それに比べて内容主義の名称となることが多いようです。
ここでは、便宜上、この演目名を、人形浄瑠璃の台本を使った義太夫狂言、市川団十郎家の得意演目である歌舞伎十八番、幽霊の出て来る怪談狂言、盗賊の活躍する白浪物、滝沢馬琴の読本など、小説をネタとした小説種の狂言、能狂言に取材し、舞台を能舞台にアレンジして演じる松羽目物、男女の許されない恋愛の末、二人で自ら命を絶つまでを描いた心中物、浄瑠理や長唄などを伴って役者の舞や踊りに重点のある舞踊劇の八つに分類してみました。
《義太夫狂言》
人形浄瑠璃の一座で初演された作品を人間である役者が演じる歌舞伎に移した演目で、仮名手本忠臣蔵、義経千本桜、菅原伝授手習鑑の三大作品を代表として、現行の歌舞伎では最も豊富なレパートリーになっています。舞台にはチョボと呼ばれる語り手(太夫)が出て、その雰囲気を伝えています。
早稲田大学資料より
http://pro2.project.mnc.waseda.ac.jp:8080/nisiki/index.html