おばさんとの会話3
●おでん
おばさんのおでんは全て美味しかったが、お金のない時は
『おばさん、大根を二つ頂戴。冷めるから一つ食べてからまた入れてね。』などとお願いしていた。
おでんの大根は三浦大根。これでないと、全然だめだそうだ。面取りがしてあって、出汁が染み込んできれいに透き通ってた。僕はその大根を何等分かにして、時間をかけてお茶割りの肴にしていた。おでんの皿に入れて貰った出汁も美味しいので、図々しくもお代わりなどもお願いした。おばさんはこの大根二つだけで出汁までお代わりするこの僕に嫌な顔一つしなかった。おでんには無くてはならない、この芥子がとても辛かった。欲張って付けすぎると、むせ込むほど辛かった。
おばさんに『おばさんの芥子とても辛くて美味しいんだけど、特別な芥子ですか?』と聞くと。
おばさんは『普通の芥子よ。毎日”怒って”芥子をかき回しているの。芥子はね、力一杯時間をかけてかき回すと辛くなるのよ。』
おでん鍋の中には、”はんぺん”は入っていない。お客さんが”はんぺん”を注文すると、おばさんは紀文の袋に入った”はんぺん”持ってきて、袋から取り出し、それをおでん鍋に入れる。ものの数分もしない内に”はんぺん”が膨れ上がる。
店が終わる頃になると、おばさんはのれんを店の中にしまい、そして鍋の中のおでんを片づける。ひとつひとつ丁寧におでんの具を別の鍋の中に入れる。最後におでん鍋の出汁を濾して、具とは違う鍋に片づける。いつも、おばさんのこの仕事をその日最後のお茶割りをちびりちびりと飲みながら看板の時間まで見てることが常だった。
ある時おばさんに『何で、おでんを具と出汁を分けて片づけるんですか?』と聞いたことがある。
おばさんは『一緒にしておくと、味がわるくなるのよ!』
●刺身
おばさんのところの刺身はマグロだった。僕には高値の花のその刺身、合計3回は注文したことがある。
おばさん『お刺身おねがいします。』
『あら、作井さんお刺身注文するの初めてね!』と刺身をたのむ度に必ずおばさんは言った。
おばさんの刺身は見るからに新鮮で、切り口が丸くなっていない。
『あたし、いつも河岸に言って仕入れているの。』
大抵はその刺身、僕らの行く時間にはすでに売り切れていることが多かった。
2000年3月 作井 正人