自転車の佐藤さん
『たにし』に行き始めたばかりの頃に佐藤さんの隣になることがあった。佐藤さんは常連からは自転車の佐藤さんと呼ばれている位、いつも自転車に乗っていました。ご年令の頃は、若かった我々にはおばさんよりも上に見えたと思います。『たにし』入り口にドロップハンドルのサイクリング車があると、ああ佐藤さんが来ているんだなとわかります。たまに、常連達とは自転車で遠出した話をするとか、日曜日に矢島さんと自転車で何処何処に行った話などしていますが、いつもはほとんどは静かに一人で飲んでおられることが多かった。僕と佐藤さんとは自転車以外の話が多かった。
高橋新太郎先生、木原さん、佐藤さん 『たにし』では夏は窓、引き戸を開放
初めて会った頃、佐藤さんが岩波書店の『数学概論』矢島 健太郎著(正しいか、記憶が遠くなった?)のA4サイズの大きな本(理工学部の学生には有名なバイブル的なもの)を読みながら、お茶割りを飲んでいました。『たにし』で数学の本を読みながら飲んでいる人はとても意外で、その本自体も教科書として使った覚えのある親しみから話しかけました。佐藤さんはとたんに饒舌となり終始、積分と微分でした…
また、ある時僕が電子工学を専攻していると話したら、その昔テレビの高価で希少な頃に秋葉原で部品を買って自作のテレビを作った話。その時の苦労話等々…
それ以来、佐藤さんを『たにし』で見かけると僕は隣に行き、お茶割りを飲みながら話をします。楽しそうな佐藤さんが嬉しくて、席が空いていると僕はよく隣に座りました。そんなときに遅れて入ってきた中村さんが目配せをします(意味は隣が空いたら早く来い)、そして隣の席が空くと『作井、ほらこの前のあれ何だっけ?チョット』と呼び、僕も半分『ほっと』しながらたわいもない楽しい会話の世界にお茶割りを手に持って向かっていました。
お通しにお茶割りを飲む佐藤さん
佐藤さんの詳しい事を知っている人は少なかった、何処に住んでいるのか何をしているのか。そんな佐藤さんの驚くことは、当時75、76年頃まだ電卓も高価な頃に『作井さん、これからはC−MOSですよ。電流が少なくて、とてもスピードが速くなるんですよ!』と力説していたことが何度かあります。今では常識の事ですが、当時としては製品はおろか(ICの話ですが)まだまだ机上の技術、ムー佐藤さん恐るべし…チョット専門的でした。
2000年1月 作井 正人