春夏秋冬・11

杞憂の確率

 「杞憂」という言葉がある。いらざる心配、取り越し苦労をすることをいう。これは昔、杞の国の人が、天地が崩れ落ちはしないかと憂えて、夜も眠れず、飯も喉を通らなかったという故事によるものである。それに対して長廬子は、「天地が崩れるかと心配するのは取り越し苦労だが、崩れないとも言い切れない」と述べ、列子は、「そんなことで心を悩ますのは、到底わかるはずのないことを憂えるのであって、甚だ無駄なことだ」と笑った、という。現在の「杞憂」の意味は、この列子のコメントによる。だが、列子も長廬子も、なんとなく歯切れがわるい。「天地が崩れ落ちる確率はゼロだ」と言い切っていないところが妙にひっかかる。

 旧約聖書のノアの方舟の話もそうだが、天地が崩れ落ちるという話は、大洪水の話と抱き合わせになって、世界中で500以上の神話に伝わっているという。世界中に同じような内容の神話が伝わっているということは、そのもととなった何らかの出来事があったと考えるのが自然ではなかろうか。

 最近の研究によると、そういった全地球規模での大災害が、今から1万2000年ほど前に実際に起こったらしい。その原因は、急激な地殻移動だという。1953年にアメリカのキーン州立大学教授、故チャールズ・ハプグッドが、『移動する地殻』という著書で発表した説である。ハプグッドによると、「中身から遊離したオレンジの皮全体が、一度にずれるように」、地球表層の地殻全体が、溶けたマグマ層の上でずれ動いたという。当時、この説は学界には受け入れられなかったが、アルバート・アインシュタイン博士は、ハプグッドの説を激賞して、その本に序文を書いている。

 地殻が移動すると、磁極も移動する。逆に言えば、磁極の移動は地殻移動が起こった証拠でもある。考古磁気学の研究によると、地球の磁気の極性は、過去8000万年の間に170回以上反転しており、最後の反転があったのは1万2400年前だという。また、科学者の予測によると、次に地球の磁極の反転が起こるのは2030年頃だという。もしもこれが本当だとすれば、甚だ穏やかでない。30数年後には「杞憂」の確率が100%になるということだ。

 洪水伝説を伝えるマヤ文明のカレンダーによると、世界は西暦2012年12月22日で終わるという。同じく洪水伝説を伝えるアメリカ先住民のホピ族も、人類は最後の日々を歩んでいると考えているが、ホピの伝承にはわずかに希望が残されている。ホピは言う。「…最初の世界は人類の過ちのため、天と地下からの火ですべて燃やされ破壊された。第二の世界では地球の軸がひっくり反り、すべてが氷で覆われた。第三の世界は大洪水で終わった。現在は第四番目の世界だ。この時代の運命は、人類が創造主の計画に沿う行動をとるかどうかで決まる…」と。

 「創造主の計画に沿う行動」とは何か。思い当ることは一つしかない。それは、「善く生きる」ということである。「善く生きる」とは、どう生きることか。それは、「静かな心で生きる」ということである。インドの古い格言に、こういうのがある。「忙しい心は病んでいる心、のんびりした心は健やかな心、そして静かな心は聖なる心」。先のことは分からない。だが少なくとも、われわれの心が静かになることで、「杞憂」の確率も微妙に変化するのではないかと信じたい。