(参加者9名+坊守+住職)
こんなプランでお話いたしました
● 念仏、『正信偈』(同朋奉讃式) 唱和
● 音読: 序文 〜 第10章 (毎回ご一緒に音読します) ● 第5章 この章では、念仏は追善供養のためにあるのではないと述べられています。仏法は、先祖供養の教えではありません。(ご存じでしたか?) この章は、第4章と関係が深くて、煩悩まみれの人(自分)には人(他人)を救うことはできないということが述べられています。「生きている人を救えない」(第4章)。「死んだ人を救えない」(第5章)。 世間の思いと、仏法は違いますね。道徳と仏法は別です。仏法が問題にしているのは、此岸(迷いの世界)から彼岸(仏の世界)に渡ること、仏に成ることなのです。真の「利他」は仏にしかできないことだからです。 池山栄吉先生は、「『歎異抄』は純金の塊のようなもので、そのうちの一部を取ってみれば、全体がわかるので、『歎異抄』のどこにもかしこにも、『歎異抄』の全体がふくまれている」、「『歎異抄』は、全体を読まなくてはわからないものではない、また全体を読んでも必ずしもわかるものではない、要は一点その精髄に浸透する、しないに係っている」とおっしゃったそうです。 ● 座談会: (お気楽に、なんでもお話しください)
● 次回のご案内: 第11回 5月25日(土)午後2時〜4時 ● 念仏 唱和
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