仏教夜話・33

前住職帰浄

慈照院釋浄昇追悼記事

法名 慈照院釋浄昇
大正十二年十一月二十七日 誕生
平成二十四年六月二十二日 往生
俗名 伴戸 昇 享年九十歳(満八十八歳)



 前住は、昨年の12月に入院いたしまして、先日6月22日に帰浄いたしました。88歳、数えで90歳でございました。直接の死因は肺炎だと聞いておりますけれど、歳とともにごく自然に衰えていきましたもので、寿命一杯生きさせて頂いたものと思っております。

 前住は、大正12年11月27日に、奈良の桜井に生まれました。沢山の兄弟姉妹の末っ子だったと聞いております。戦時中は最後の学徒動員で徴兵され、千葉で終戦を迎えたそうです。その後、京都にご縁を頂き、市立中学の教員として奉職し、また、紫雲寺の住職を拝命いたしました。

 様々なご縁やお陰をもちまして、後年は校長となり、退職と同時に、岡崎別院の輪番を拝命いたしました。教員としても、僧侶としても、おそらく本人が望み願ったことは、ほとんどさせて頂いたようでして、その点では幸せな人生だったように思います。

 ただ、平成12年に緑内障で両眼失明いたしまして、最晩年の12年間、光のない生活をいたしました。愚痴めいたことは滅多に申しませんでしたが、まことに不自由でしたでしょうし、さぞ残念なことだっただろうと思います。

 数えで90歳といいますと、浄土真宗の御開山、親鸞聖人もこの歳でお亡くなりになっておられます。だからどうだというわけではございませんが、何となくありがたく、90年という人生の重みを感じております。また、歳を取っていくということは大仕事なのだと教えてもらったように思ってもおります。

 これまでに頂戴いたしましたご厚情にこころより御礼申し上げますとともに、今後とも、よろしくご厚誼、ご教導を賜りますよう、お願い申し上げます。合掌

            平成24年7月1日  紫雲寺住職 伴戸 昇空


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