本日のNEWS 1998.12.05


でも、頑張れ!!

ブーンと静かな機械音がする工場に、突然、けたたましく電話のベルが鳴った。
田中社長(仮名)氏が機械を操作する手を止めて電話に出ると、聞き慣れた声で
「すまんけど助けてくれへんか。」
某大手メーカーの購買担当部長からの要請である。

加工で困ったことがあると、必ず電話がかかってくるこの企業、京都市伏見区で
切削加工を営む従業員3名の企業だ。
この企業の一番の特徴は「技術力」。

立型マシニングセンター、フライス及び旋盤を駆使してミクロンの世界に挑戦して
いる。材質は何でも来いで、先だっては金の加工も行っていた。

「いやあ、金は気い使いますわ、切り粉も捨てられへんし。」と人なつっこい顔で
社長は笑う。

この社長、とにかく仕事の話をするのが好きで、加工方法の話をするともう止ま
らない。

いままで挑戦してきた数々の技について止めどなく話は続く。
それも満面に笑みを浮かべながら。

最近、職人と言われる人が少なくなっており、加工技術の話を楽しそうにする人
にお目に掛からなくなって来た。

そういった意味も含めて大変に貴重な人材である。

たとえば、

「堅い材料を1万回転で48時間、ぶっ続けで削ってごらん。最近の機械は精度
も良くなって来ているから同じことが出来るけど、私が削ると美しさが違うんだ。
優しく削ってやると材料は削る前と性格を変えず、それでいて輝きを増すんだよ。」
と嬉しそうに語ってくれる。

こんな社長であるが、やはり最近の景況の話をすると少し顔が曇ってくる。
この企業も、やはり不況の影響を受けているのだ。

一番の原因は、最近の加工賃に応じた「安易」な加工を許せないところにある。

社長は、「加工には限界がある。いくら手を掛けてもこれ以上は精度が出せない
という限界だ。この限界まで来て初めて手を離す(納品する)決断が出来る。そう
やって今まで来た。しかし、MCなどが普及した今は、この限界を設備が決めてし
まっている。」

そして、「昔はこれが限界と思って安心して床についても、一夜明けて再びその製
品を手にしてしまうと、またムラムラと挑戦心が沸いてきたものだが・・・。」

そういった姿勢を世間が許さなくなっているのである。

当たり前のことだが、図面どおり加工すればそれで良いのだ。
それ以上のものは要求されない。

「わあ!すごいですね!でも、そこまでしてもらわなくてもいいんです。」と、大手企
業の若い外注担当者。

段取りさえ出来れば、すべて機械がやってくれる。

本当は「長い時間」と「自分自身」に戦い続けて来た者だけが「技」を手にすること
が出来るのだが、それを表現する仕事は無くなり、そして評価する人も少なくなっ
た。

社長曰く、「モノづくりは永遠に不滅であり、量産ものは海外に流れても、研究所の
試作品などの少量ものは日本に残るはずだと思っていたが、どうも旗色が悪くなっ
て来た。」

まったくその通りで、多品種少量高精度のモノが国内に残るという保証はどこにも
無い。

また、残ったとしても自分のところに仕事が来るかどうか・・・。

それでは、どうすれば良いのか。やるしかないのである。「何を?」
何をやるかは各企業によって違う。

この企業ではこれからも技術を追求してゆく。

幸い、従業員は若い。そして楽も痛みも分かち合える血縁にある。

42歳のいとこは技の固まりの様な人材であり、26歳の息子も家業に従事している。

「いとこはもう大丈夫。息子はあと2〜3年かなあ。でも経済学部を卒業して鉄を削る
ヤツも珍しいでしょ。」

実際、技術追求だけでは生き残っていけない。それは社長も十分に承知している。

しかし、技術無くして加工屋は成り立たない。

このあたりの微妙なバランス感覚を持った企業のうち、運の良いところだけが生き残
って行く。寂しいがこれが現実なのだ。
でも、頑張れ!!


以上




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