伝言板 1998.06.03

達人の技とは?

先日、娘の参観日のため京都市内まで出かけた。

少し時間があったのと、お昼時だったこともあり、京都駅前ビルの地下で昼食を

取ることにした。

昼飯はトンカツ。鉄板焼きにするかどうか迷ったのだが、これから父母の方々と

お会いすることもあって、服に匂いのつかないものに決定。

嫁さんと2人でお店に入り、私はさっぱり風味のおろしトンカツを注文して、嫁は

こってり味の味噌カツを頼んだ。

そして待つこと数分。運ばれてきたトンカツは、見るからに美味そうで食欲をそそ

る。ボリュームも満点。お腹の減っていた2人はかぶりつき、そして堪能した。

瞬く間に肉を3切れほど食した私は少し落ち着いて喋りはじめたのだが、その時

にふとあることに気がついた。何と、私と嫁さんの注文した品がまったく同じなのだ。

「おしながき」は違っても、トンカツの大きさやキャベツの量、ご飯に漬物と付け合

わせの内容は同じ。

違うのは器の柄と大きさ。そして、私の和風トンカツにはカツとキャベツの間に和

紙が挟み込んである。

その他はソース。嫁さんのは味噌、私のは大根おろしと梅肉。

「う〜ム。」私は唸ってしまった。ソースと器を変えるだけでまったく「味」さえも違っ

てくる。そして、それをすぐには気づかせない。

私は思わず「やるな!」と手を打って、「やはり、これは和紙がポイントやなあ」な

どと、わけのわからないことを口走る。

嫁さんは、またか!?という表情で「あんた、焼き肉する時にエバラとポン酢と塩

を置いて食べてるやろ、あれと同じや。」と言いながら「おっ、味噌と大根おろし

を交互に食べると美味いなあ。」などと人の分まで食べている。

「こら、それは私のや!」という一幕もあったが、この店の経営者の手法と「味」を

たっぷりと堪能させていただいた。

満腹の腹をさすりながら店を出て、それでも少し時間があったので隣のコーヒー

ショップに入り、いつものとおりアイスコーヒーを注文。

私は一年中、アイスコーヒーだ。

「さっきの店は美味しかったなあ」と他愛も無い会話をして、娘の参観日の開始

時間を待っていたのだが、ここで私は面白いものを発見した。

それは伝票の裏に印刷してあった文章。これが素晴らしい。

簡単にご紹介すると、

「○○コーヒーは、まさに感動の一語につきます。味、香り、そして色。すべてに

おいて美味しいコーヒーと言えます。その抽出方法といえば、豆の煎り方、挽き

方、豆の詰め方に達人の技があります。一滴づつ水を落として待つこと12時間。

ようやく出来上がります。まさにコーヒーの醍醐味、人の心を打つコーヒーなので

す。」という内容。

振りかえると、茶髪の学生アルバイトがコーヒーを入れている。

嫁さんに「あの茶髪が達人やろか?」と問うと、「達人は後で来るんとちがう?」

「でも12時間ごとに来るんかなあ?」「そんなわけは無いやろう」とバカな会話。

更に、「しかし、この店はチェーン店やろ?夏場のアイスコーヒーが良く売れる時

期は達人も大変やなあ。電話で各店に呼び出されて車ですっ飛んで行かなあか

んやろ?なんか腰の軽い達人やなあ。」とまで会話は続く。

ここで私の頭には(ISOのやりすぎか?)システムとマニュアルの2文字が浮かん

だ。システムを確立して文書化して実行して維持する。

これならばアルバイトでも達人の味が出せるのだ。

しかし、どうにも納得がいかない。先程のトンカツ屋は美味かった。

ここのコーヒーも美味い。しかし、ここのコーヒーには納得がいかない。

未熟な者は下手。熟練者(達人)は上手。これが当たり前ではないか。

システムを文書化して未熟なアルバイトに実行させれば熟練者並みの味は出せる。

しかし、気分的に美味しくない。

ISOの審査員に怒られるかもしれないが、重要な工程であっても若手にどんどんと

任せて失敗させる。顧客に失敗作を渡さない限りはこれで良いはずだ。

手順どおりに作業がされていない。当たり前じゃないか。未熟者ならば。

最初から手順どおりに作っていたら、更に効果的な手順を生み出せない!

失敗するから成功の喜びを知ることが出来る。失敗したからこそ美味いものを創るこ

とが出来る。教育とはマニュアルを覚えることではなく、仕事の喜びを教えることであ

るはずだ。まず、自分で美味いと思うコーヒーを入れてみる。

そしてシステム(手順)どおりのコーヒーの味と比べてみる。それが大切。

「違うか?」と嫁さんに問うと、「ゴールドブレントも美味いで。」

私は「・・・・。」

その日の娘の参観日は、いろいろな意味で感慨深かったのは言うまでも無い。



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