高木茂のホームページ 私と酒の害について03
私の酒のあやまち

お酒の問題は,身体をむしばむのはもちろん,長年の飲酒で性格や精神構造を変えてしまうのです。そして多くの人に迷惑をかけ,本人も止めようと思うのですが,気が付いたときは,もう遅いのです。最も迷惑を受けた家族はひたすら近所や他人に知られまいと,乱行に耐えながらひた隠しにします。だから,世間ではあまり問題にはなっていませんが,我が国にはアルコール依存症者が200万にもいるということです。アル中の私が忠告します。毎日大量のお酒を飲んでいるあなた。俺は大丈夫と思うのが依存症の始まりです。自分のお酒に問題があると思う方は,「依存症について」のページをとくとごらん下さい。

このページは,数々のお酒による問題を起こしながら,自分ではその異常性に気づかずに飲み続けた結果「アルコール依存症」となった私が, 自分で思い出せる「酒害」を綴ったものです。
こんなことを自慢たらしそうに,ホームページに書くなんて,なんと自己顕示欲が強いと思われるかもしれません。でも,いくら私だって,自分の恥を自慢するつもりはありません。
お酒のことで,悩んでいる人や,命より大切にした「酒」を断つ努力をしている人にはなぜ私があえて,ここに恥をさらすのかを理解していただけると思います。

 

昭和36年 祖母の通夜にて酒を飲み,祖母の実弟と口論(母が泣いて止めに入り,母が祖母の養女であることを始めて知る。以降表面上は仲直りをしたが,ここの家族とは冷ややかな付き合いとなる。)
当時まだ高校生です。
昭和37年 姉の婚約者と結婚を巡り口論。酒を飲んで暴れる。
昭和38年 高校のクラス会が3年の担任の先生の家で開かれたが,
飲み過ぎて奥さんにからんだうえ,暴れてふすまを破る。(以降クラス会の誘いなし。)
昭和38年 親友と外で飲み,口論。真冬の鴨川で泳ぐといって暴れる。
昭和39年 アルバイト先でもめ,酒を飲んで怒鳴り込み給与明細を破り,その場で辞める。
昭和39年 家で一人で飲み,飼い猫と大格闘,首を絞めて川に捨てる。猫は次の日死ぬ。
昭和40年 友人宅で泥酔,家人に絡んだ後,外へ出て夜の住宅街で大声でわめく。
昭和40年 アルバイト先のメンバ−と琵琶湖へ水泳。夜に酔っぱらって口論の末大暴れをする。
昭和41年 アルバイトで不始末をし,家へ抗議に来た社長と口論。酒をあおって反対に暴言で追い返す。
昭和42年 友人二人と飲み京都先斗町のお茶漬屋の看板を割り,警察に掴まるが,泥酔のため相手方と口論。後日弁償する。(弁償したのは当時19歳の家内。)
昭和42年 和歌山県に就職が決り,我が家での送別会の折,レスリングがもとで暴れ出し,相手の太ももに噛みついたうえ,止めに入った友人の顔面をなぐる。
昭和43年 仕事で世話になっている人の家で泥酔,帰り道に盗んだ自転車で側溝に転倒し,前歯2本を折る。
昭和43年 上司と飲酒の末口論となり,上司3名に袋だたきにされる。
(後頭部の痺れが後遺症として残る。)
昭和44年 新居とするため借りていた和歌山県田辺市のアパ−トで泥酔,夜中に暴れ,近所に顔向け出来ず,明くる日夜逃げするように別の借家に移る。
昭和45年 京都に帰りアパ−トで生活,夜な夜な泥酔してさわぎ,近所の人たちに迷惑をかける。
昭和45年 現在の家に転居。酒を飲んでの妻に対する暴言・暴力が続く。たまりかねた妻が睡眠薬を飲み自殺を図るが,病院で治療未遂に終わる。
昭和46年 同僚と飲酒,洋酒喫茶で他の客ともめる。更に家に帰ってから外へ飛び出し,近所の旅館の修学旅行生の団体に馬鹿なことをして大騒ぎとなり,町内の評判となる。
昭和47年 ヤクザの車に酔った勢いで文句をつけ,車に引きづり込まれ組事務所に連れていかれる。
昭和48年 忘年会で職場の上司に暴言を吐いてしつこく絡み,「酒乱で大酒飲み」の評判が証明される。
昭和49年 京都の繁華街でヤクザに袋だたきにされ近所の風呂屋の女湯に逃げ込む。評判となる。
昭和50年 かなり上の上司に宴会の後の2次会でからむ。酒止めたら!の忠告多し。聞く耳持たず。
昭和51年 同僚とマ−ジャン屋で酒を飲んで口論。取り返しの付かない程相手を傷つける。
昭和52年 怖いお兄さんの足を踏んでいちゃもんを付けられ,大騒ぎとなり家へ連れて帰り妻が解決する。
昭和53年 最も親しい同僚に酒の上で多大な迷惑をかけ,愛想を尽かされる。
昭和54年 家の路地で酒を飲んでバイクを長時間思いっきり空ぶかしをして,忠告に来た近所の人に絡む。
昭和55年 酔っぱらって,子供(小学生の長女)の勉強机に小便をする。(似たようなこと何度もあり)
昭和56年 しばらく大きい事件はないが泥酔して家で暴れること再三。
(昭和59年8月〜9月内科の病院に慢性肝炎で入院。その後1年間禁酒)
昭和63年 同僚の送別会の帰り,泥酔して暴力バ−に連れ込まれ睡眠薬を飲まさる。
所持金を奪われ外へ放り出されるが,朝まで気が付かず道路で眠る。(約15万円=会費預り分)
昭和64年 家で恒例の昔なじみとの新年会。古い年上の親友に暴言を吐く。以降信用全くなし
(これを契機として平成元年〜4年まで断酒ということになっているが実は隠れ酒をしていた。)
平成4年 このころから毎日酒漬かり。どうしても酒が切れず,自分の酒の飲み方がおかしいことに気づく。
平成5年
1月
つくづく自分がいやになり,泥酔して車で家出。山の中で電柱に激突,自損事故を起す。(車大破)
(平成5年7月11日〜20日間,内科の病院に入院<アルコール性肝炎>)
平成6年 正月まで断酒,世間一般には断酒続行をいい続ける。このころから,隠れ酒・朝酒が多くなる。
平成6年
1月22日
自分の車の専用ガレージでシャッターを締め,一日中車に隠れて酒を飲む。
  同日の深夜,近所の家へ泥酔して侵入。(大暴れして危うく警察沙汰になるところ)
平成7年
1月2日
近所の家に無断侵入,隠れて酒を飲むが酔って大暴れをしてばれる。もうどうしようもない状態。
平成7年
11月
人間ドックで肝機能がかなり悪いことを指摘される。ショックを受けるが酒はますます増える。死にたい思い。
平成8年
2月9日
夜から14日まで連続飲酒発作。(飲んでは眠り。起きたらまた眠るまで飲む。)
  その後自宅で「死にたい」とわめきながら酒を飲んで暴れるが,もうすでに正常な意識なし。(職場に嘘をついて休暇)
平成8年
2月15日
内科病院で,「打つ手なし。精神科にかかるように」と引導を渡される。
平成8年
2月17日
精神科でアルコール依存症と診断される。入院を勧められるが,断酒会に入会して酒を止める
約束をして,内科と精神科の通院を始める。(この日からシアナマイド服用開始)
平成8年
2月21日
京都府断酒平安会入会。中京支部に所属。現在に至る。(酒は止められている。)
 

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