高木茂のホームページ 断酒会いついて04
全国断酒連盟の歩み
(社)全国断酒連盟
全国断酒連盟は,昭和38年11月に結成されました。
苦難の「断酒活動」の末,東京と高知でほぼ同時期に生まれた「断酒会」が全国に向けて産声をあげたのです。
アルコール依存症と真っ向から取り組む,自助組織の「存在宣言」をしたのです。
それから,30年以上の年月が経ち,今や47都道府県に600あまりの断酒会を要する組織へと発展してきました。
全国断酒連盟結成までの歩みと,現在おかれている状況を,平成9年度版「躍進する全断連」記事からご紹介します。
現代社会のひずみが,人々のストレスを増大し,アルコール問題がますます深刻な社会問題となってきています。
今こそ,断酒会の活動を広く啓発し,一人でも多くの酒害者がアルコール依存症から回復すると共に,行政や医療機関をはじめとする多くの人々の理解と協力を得るため,断酒会の果たす役割はきわめて重要であると思います。
平成9年11月高木茂

結成までの歩み
 
昭和28年の「断酒友の会」(32年12月5日に東京断酒新生会となる)、33年11月25日の「高知断酒生会」発足と、2つの断酒会が誕生することで、仝日本断酒連盟結成への条件が芽生えたが、さらに両断酒会の家族の交流と、機関紙の発行という動きが、全断連結成への機運を高めた。
 
家族会の交流
 
昭和35年12月、東京に大野卓子を会長とする白菊禁酒婦人会(現在の東京白菊婦人会)が発足。同37年8月、大野卓子ら9名が高知県断酒新生会の家族と交流するため高知を訪れた。これを契機に高知にも、「夫を酒から守る婦人の会」が結成された。また、交流をかねた結成大会には氏原一郎高知市長も参加して、家族の協力の重要性を説いた。
 
機関紙発行
 
36年11月、下司病院が「新聞断酒」(発行人:下司孝麿、編集人松村春繁)を発刊。37年8月より、発行所を高知アルコール問題研究所に変更した。
全断遣結成以後は全国の断酒会、医療関係、行政関係者にも発送され、「連盟の機関紙」としての役割を果たした47年8月、全断連高知分室の廃止とともに118号で廃刊となった。
 
結成大会
 
全断連の結成大会は38年11月10日、高知市はりまや橋の土電会館文化ホールで、高知県断酒新生会5周年記念大会と同時に行われた。
断酒運動の全国的展開を提唱する高知県断酒新生会会長松村春繁に東京断酒新生会が呼応したもので、松村が初代会長に就任する。東京からは大野徹・卓子夫妻が参加、大野が記念講演を行った。
また、出席はなかったが全国11の禁酒会、排酒会、断酒準備会から賛意が寄せられ国際グッドテンプラーズ・スエーデン、AAニューヨーク本部,AAウィチタグループからメッセージが送られてきた。
結成大会では次のような大会宣言と決議が行われた。
 
大会共同宣言
 
酒は百害あって一利無し。酒は百薬の長である古今から論争は尽きない。
人間誰しも幸せを願わぬ者はない。酒が人間社会におよぼす害悪は日常人々の眼けんか、婦女暴行、離婚、家庭論争、青少年の非行などの何十パーセントかは、酒に酔って正常な状態を失った者が、数多くの社会悪をつくっているのは否定する事のできない事実である。
今にして人々が酒害を自覚せざれば、人類社会の前途に果たして、幸せと栄光が約束されるであろうか。
全日本断酒連盟は、個々の酒害者の救済はもとより、広く酒害の及ぼす社会悪についても無関心であってはならない。
そのため全日本断酒連盟は6大スローガンの下に、全国数百万の酒害者救済と、その家族1千万人を、酒の悩み、苦しみから解放する目的のために、全日本国民大衆にアピールするとともに国家に要請する。
この目的完遂のため、酒の被害者団体たる全国の断酒会、禁酒会、排酒会等の酒害防止団体の連盟を確立し、もって酒害防止と人類の幸福と平和のため、聖なる前進をするものであることをここに宣言する。
昭和38年11月10日全日本断酒連盟結成大会
 
大会決議
 
連盟はここに全国酒書者救済と我国断酒運動の躍進のため、次の6大スローガンを決議し、目的貫徹を期する事を決議する。

1酒害防止三法の徹底を期せよ。
2酒税の1割は酒害対策費に支出せよ。
3酒害者団体を共同募金受配団体とせよ。
4酒による犯罪の刑罰は重くせよ。
5全国各地に酒害団体組織の拡大強化を期す。
6酒に泣き、酒に亡びて行く酒害者とその家族を救え。

以上決議する。
昭和38年11月10日全日本断酒盟結成大会
 

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