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9月7日

どこかで「秋の足音」を聞いたような気がします。口を開いたら、暑い暑いの連続の毎日ですが、その嘆きの声も日増しに和んでふと空を見上げる私。
青空にぽっかりと浮かんだ雲を見て柄にもなく「秋だな」と、しばし現実を忘れて郷愁にふけるのです。
確実に秋は足元まで近づいているのです。秋と言う言葉を口にしたり聞いたりするとなぜか反射的に浮かんでくるのが、可憐なコスモスの花です。
ひもじい思いですごした幼年期、私の小さい頃は空前の食糧難で、猫の額のような小さな空き地でもサツマイモや野菜を植えて生活の糧としていました。私の実家の裏には鴨川が流れていました。三条大橋の南の河原は、今は整備が進み若いカップルの散策や語らいの場となっていますが、当時は一面の荒れ野原でしたが、西側の民家沿いはそれぞれの家の自家農園となっていて、私も雑草引きをやらされました。そんな河原の貴重な土地に姉と一緒にコスモスの種を蒔きました。「花なんか植える場所があったら大根でも作れるのに」と叱られながら、毎日水をやりました。薄いピンク色の花が開いた日は抜けるような青空の秋晴れ。私が物心ついてから「きれい!」とか「かわいい!」とかいう感覚を覚えたのはこのときが初めてだろうと思います。
だから今でも、コスモスと青空の組み合わせを見ると幼心が蘇ってくるのです。
ずいぶん前から、奈良の「コスモス寺」がすばらしいと聞いていたのですが、未だ行かずじまい、今年こそはぜひと思っています。
アジサイ寺は有名ですが、コスモス寺は知らないと言う人が多いようなので、簡単にご紹介いたします。
このお寺は。飛鳥時代に創建された般若寺で。日本最大の多重石塔である十三石塔があるお寺としても有名ですが、なんといっても通称「コスモス寺」と言われるだけに、初夏には約3万本、秋には約10万本のコスモスが境内一面に咲き誇ります。
ここの住職が種蒔きをするコスモスの種類は、7種類で9月中旬から10月中旬に見頃を迎えます。
場所は、奈良県奈良市般若寺町221JR大和路線・近鉄奈良線奈良駅からバス10分、般若寺下車徒歩3分、車なら西名阪自動車道郡山ICから30分のところ。
<コスモス>
花言葉=乙女の純潔・乙女の心情・真心・調和・美麗 和名:コスモス(秋桜)(キク科コスモス属)学名:Cosmos
キク科の多年草。今の季節、日本原産と間違えるほど所狭しと咲いているのを見かけます。でも実は、メキシコが原産国で、明治の中頃に渡来し、明治末期には全国に普及、各地で栽培されるようになってきたそうです。コスモス属としては、南北アメリカに26種その内約20種がメキシコ原産。属名はギリシア語で「秩序、調和、美しい、装飾」などを意味をするKosmosに由来しているそうです。日本で園芸用として栽培されているのは、コスモスとキバナコスモスの2種類だそうです。

 

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9月14日

あした、9月15日は「敬老の日」ですね。
かつては年寄りの日と呼ばれ、1964年(昭和39年)に国民の祝日として改名されました。
この頃ににはきっと今日の「少子高齢化社会」予測されいなかったのでしょうね。
お年寄りに対する各種の施策や優遇措置が次々とつくられ、それらの対象年齢も引き下げられるなど制度としての「老人福祉」は飛躍的に進み、欧米の長寿国を目指せ、追い越せと「高齢福祉」、「医療」、「生きがい対策」などが政策として推進されてきました。そして、世界一の長寿国となった今、老人医療・福祉の制度の見直しを迫られるという皮肉(?)な状況となっています。
ところで、老人というのはだいたい何歳以上か?という意識調査がしばしば行われていますが、1993年の総理府調査では「70歳以上」という意見が57%であったそうです。老人福祉法の規定も70歳以上となっています。これに対して国民年金は現在は65歳が受給開始の規準ですが、60歳からの繰上受給、70歳までの繰下受給も可能になっています。しかし国民年金は非常に厳しい運営状態ですので、近い将来70歳開始が標準になるのは確実でしょう。
微妙なのは税金の計算。本人の老年者控除は65歳以上ですが、老人扶養親族は70歳以上ということになっています。
しかし高齢者の状況を見ると、歴史的な年齢と生理的な年齢が随分差が出てくるものです。60歳でかなり老け込んでいる人もありますし、80歳でまだ50代並みの肉体を維持している人もいます。これは主として本人の生活習慣による差といわれています。だから、年齢だけで線を引いて各種施策を適用する、考え方をそろそろ抜本的に考え直す時期に至っているのではないでしょうか。
ところで、9月15日が「敬老の日」というのは今年限り、平成15年からは、9月の第3月曜日を「老人の日」として、15〜21日は「老人週間」となることが今年6月の制定された「国民の祝日に関する法律及び老人福祉法の一部を改正する法律」で決まっています。
元々は1954年に「としよりの日」という名前で制定されたのですが、この名前はちょっとひどいのではないかということになり、1964年に「敬老の日」に改められました。そして1966年に国民の祝日となりました。
私も自分自身が60才を迎えて、自分自身の問題として、最後の敬老の日を契機に考えなくてはと思っているところです。「少年老いやすくして、学成りがたし。」を実感する毎日です。
 

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9月21日

今日はお彼岸の入り、三連休のスタートですね。はい、私は暦どおりおやすみです。でも、この季節になると夏の疲れがどっと出てきて体調がいまいちです。今年は特に厳しい暑さだのでここにきて「あーしんど」と言う声を良く聞きます。
みなさまも、おやすみの取れる方は一度ゆっくりと体を休めて、フル充電をして、秋に備えては?読書の秋、と言うわけでゆっくりと本を読むのもいいですが、横になって「言葉遊び」なんてのはいかがですか?
言葉の遊びとは、川柳もそうだし、早口言葉とか、しりとりなんてのもありますが、なんといっても面白いのが「回し文」です。
「竹やぶ焼けた」、「ダンスがすんだ」などでおなじみの、逆さまから読んでも同じ言葉になる「回し文」と言うやつです。有名なCMの「上から読んでも下から読んでもノ」というヤツは回文ではありません。念のため。
言葉で遊ぶのはとても贅沢な行為だと言われています。
人類が最初に発したのは「おー!」とか「あー!」とかいう感嘆詞で、一番最後出来た品詞が「接続詞」だそうです。
井伏鱒二はメ描写に接続詞はいらないモと言いましたが、確かに文章を書きなれていない人の文章は、「それから」とか「そして」と言う接続詞を多用するので、表現力に欠ける小学生の作文のようになってしまいますね。
「言葉は簡潔に」の最たるものが、俳句です。私にはそんな文才はないので、俳句や川柳は無理ですが、「回し文」なら退屈しのぎや、頭の中がこんがらがっているとき、超むかつくときにふっと面白いのを考えて気が休まることもあります。
理屈はさておいて、面白いのをいくつか。
「妻が待つ」、「旦那がなんだ」、「昼寝だ!寝る日!」なんて簡単なのから
「家内の里は土佐の田舎」、「夫婦仲良くふくよかな夫婦」、「工夫こらした私ら幸福」「旦那セクハラは癖なんだ」、「駄目だけさは酒駄目だ」「傘多し大阪」、「子猫飼うか飼いたいか買うか」・・・・・・といったものから「災害の意外さ」、「「発掘はうそだそう発掘は」、「だめだダムは無駄、駄目だ」といったちょっとまじめなやつ・・・・・
「色白い母の歯は色白い」、「胃潰瘍良いかい」、「良い子、鯛焼き焼いた、来いよ」.というふうにいくらでもあります。なんと400字以上の回し文もあるとか。
秋の夜長、あなたは何をしてすごしますか?
 

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9月28日

いよいよ秋本番。京都も秋の観光客や行楽客でにぎわいを見せ始めました。
私の家は新京極のすぐ近く。就学旅行生専用の旅館がたくさんあります。
毎年このころのなると、土産物屋の建ち並ぶ新京極は夕食をすませた学生服とセーラー服の就学旅行生で埋め尽くされカラスの集団のように真っ黒で活発な人の流れができます。
地元の人はあまり新京極で買い物をしたり、散策をしたりなんてことはしませんが、京都のみやげ物の街「新京極」は入洛観光客には人気スポットで、特に就学旅行生は必ずと言っていいほどここを訪れます。
繁華街のど真ん中だけに、生徒たちの行動には引率の先生がたも大変な気の配りようです。いくつかの広場や道々の交差点には、各学校の先生がたが張り番をしています。雨の日など先生も大変だなと同情してしまいます。門限は9時というところがほとんど、時間近くなると小走りに宿舎に戻る生徒たちと、なかなか戻ってこない生徒を案じてきょろきょろ見回す先生の姿が妙な対照を見せています。
大都市では珍しいくらいに早くにアーケードの照明を消す新京極と寺町の商店街、夜8時半頃にはにぎやかな一角がにわかに人気のない街に一変して、段ボール箱を引きずってどこからともなく現れる、「常連ホームレス」の人たちのベッドメーキングが始まります。
そして、明くる日、秩序あるホームレスのみなさんは跡形もなく消えて再び若者の街に戻ります。今度は、早朝から生徒たちを道路上に集めて、ハンドマイクを使っての今日の行動の説明とお説教が始まります。
かつては、この大きな音響は我が家の目さまし時計でした。
そして市役所近くの御池通に待機する観光バスに乗り込んで京都見物。ちょうど私が出勤する頃には、この若い観光客が旅館の旗を先頭にバスへと向かう旅行生の列に出会います。
長年変わらない風景ですが、近年はすっかり様変わり。多くの学校では4〜5名の班別行動として自由観光学習に切り替えたため、狭い通りにはチャーターされたタクシーの長蛇の列が続きます。
そして、旅行生専用の旅館もだんだん少なくなり、結構一流ホテルに宿泊する学校も多いようです。現に私の町内だけでも3軒あった旅館が今で一番小さいところ一軒が残っているだけとなりました。
かつては、観光公害などと言われていた、旅行生のひしめく様子も、珍しくなってくると、逆にその姿を見ると、安堵を覚えるとともに妙な郷愁に駆られるのも「もの悲しい秋」のせいでしょうか。それとも年のせい?いずれにしても、観光客年間5000万人を目ざす京都市にとって、就学旅行生の同行は大きなファクターです。そして、うるさいなといわれるくらいにかつての活気が蘇ることは長年ここに住む私の贅沢な望みでもあるのです。もう、目さまし時計がなくっても早朝に目覚める歳となりましたが・・・・・
 

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