いま考えていること 260(2007年03月)
――山を歩こう――

X線で胸の写真を撮ると心臓が61%の幅を占め、心臓肥大の診断がくだりました。その上心電図をとると不整脈が診られますので、とうとう精密検査になりました。ホルターで24時間の心電図も撮りました。しかし結果として医師の診断は「異常なし」で一安心です。素人診断ですが私はこの心臓肥大は若いときから教え子の加藤正彦君に京都北山の山々や滋賀県境の武奈が岳に毎年数回つれてもらって登山していた結果だと思っています。今頃の毎朝の散歩でさえしんどいと思うことはあるのですが、その都度「若いときだって山を歩けばしんどいことがあったじゃないか」と言い聞かせているのです。今夜NHKでは植村直巳さんのことを放映しているので、こういう文章を書く気になったのですが、加藤君との登山は数kgの装備は彼がすべて背負ってくれて、武奈に至ると昼飯はすべて彼が調理してくれたのです。私のすることといえば彼に従って歩くことと、武奈に至れば彼の作ってくれるお料理をおいしくいただいた後、しばらく昼寝してゴンドラで下山することだけだけでした。

しかし、春先から夏に武奈に登るとこんなところでと思う場所に遭難の碑が建っています。雪があると道が見えず、冬は全く様相を変えてしまうことが経験出来ます。山をなめてはなりません。

春先今頃武奈に登ると坊村から少し先では木々の梢の芽がふくらみだして、独特のうっすら霞のかかったような光景が開けるのです。また秋には静かに雲が湧き出していて,謡曲「山姥」さながらの自然の動きが目の前に開けるのでした。街中を車で走っているばかりといっても良いような現在の状況を見ていると、もう10年もして団塊の世代の人々が本当に老齢になる頃には、足がガタガタになって歩くのも困難な人が通りにあふれる姿が目に見えてくるのです。これは大変だと思っています。

私が最後に加藤君に連れて行ってもらったのは槍が岳から新穂高温泉のコースでしたがこれは道ががらがらですっかり膝を痛めました。以来山歩きも中断しましたが、母親の戒名が「皎誉常念妙霜禅定尼」だものですからひとしおの感慨を持って加藤君に案内してもらった常念岳と蝶が岳、また信仰している太郎坊・次郎坊の名を冠した比叡のお社や愛宕のお社、今になればお参りできた因縁にありがたさを振り返っています。ともかく人間は歩く動物であることを忘れてはなりません。皆さん歩きましょう。しんどいけれども、その快感は何者にも換えられないものです。健康の最大のポイントだと思います。

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いま考えていること 261(2007年03月)
――歴史の皮肉――

今朝のNHKビジネス展望は寺島実郎氏のお話でした。印象に残るのはアメリカが目下神経をとがらせているイランの挙動ですが、イラク国内のシーア派の優位が確立されて来たのに呼応して、イランがシーア派の国であるためにイランの中東における優位が強まっており、アメリカがイランに対し強硬な立場をとっていたスンニ派のフセイン大統領を退治したためにイラクのシーア派イランに対する圧力を弱めたという見方でした。アメリカがフセイン征伐をしたために反米のイランの立場を中東で強くしてしまったと言うことでした。歴史の皮肉を感じます。

当のアメリカでは民主党主導の議会はブッシュ提案のイラク派兵追加予算案に撤退期限をつけた上で承認しました。撤退期限は上院案は来年3月末、下院案は来年8月末で今後両院で調整されることになりますが、いずれにせよ撤退を条件にしているのです。ブッシュはこれに対し拒否権発動を唱えイラクでの軍事行動を強めようとしているのですが、全く愚かとしか言いようがありません。イラクのマリキ首相は完全にブッシュの傀儡ですからおよそ彼の言うことをまともに取り上げるのもはばかられるのですが、現在展開中の軍事作戦が成功することはあり得ません。気の毒なのはアメリカの兵士たちです。無意味な危険にさらされ、しかも勝利の展望はないのです。ブッシュのイラク戦争はもはや逃げ出すしか解決の道はないことはアメリカの人たちも理解し始めています。膨大な軍事費の支出はいったい誰のためなのでしょうか。
(2007年4月7日追記)日本ではイラクでの航空自衛隊の活動を2年延長する法案が上程される状態ですが、JMM [Japan Mail Media] No.421 Saturday Edition記載の冷泉彰彦氏の『from 911/USAレポート』第297回「戦時の外交、平時の外交」を読むとすでにアメリカ社会は「平時の外交」に復帰しているようです。その中には例えば次のような記述が見られます。

 “「ブッシュ=小泉蜜月」はあくまで時間を限っての一時的なもの であったと言わざるを得ません。アメリカは今、いや世界の各国は皆、必死になって 「戦時」から「平時」への転換を行っています。アメリカについて言えば、そのター ニングポイントはもう通り越してしまったと言って良いでしょう。今は「これからの 新時代はどのような平時にするべきか」が議論されているのです。”

 “そんな中、日本の政府はまるでアメリカが戦時体制を続けているかのような思い込みから抜けられずにいるように見えます。アメリカが今でも敵味方を単純に区分けしていてくれて、自分が味方のほうであれば自分の言い分を聞いてくれる、あるいはイラクへの自衛隊派遣への謝意を持ってくれている、そう信じている、そんな印象だとも言えます。”

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いま考えていること  262(2007年04月)
――庭の役割――

今年は気候がずれていて、3月に庭のツツジが桃色のつぼみをふくらませました。またもう八重桜のつぼみもふくらみ出しました。片方ではまだ冬の名残のようにジンチョウゲが花をつけています。表のプランターのクレマチスも先頃まで枯れたように見えていたのですが急速に新芽を出し、ぐんぐん伸びてきて、つぼみを付けた株も見られます。池の金魚は6匹とも無事冬を乗り越え、水もぬくもってきたのか、朝に餌を撒いてやると勢いよく食らいつくようになりました。この間までは見向きもしない様子だったのです。毎日のそれらの変化を眺めるのは春の楽しみです。

毎朝の散歩道の途中に不動産屋もあるのですが、家の敷地に何台車を泊められるかの表示があっても庭の有無を表示するものはほとんどありません。私はこの地球は「いのち」の星だと思っているものですから、住まいには庭がほしいと思っています。狭くても庭は春には生命復活の徴を見せてくれるのです。私の家の庭などまさに「猫の額」なのですが、この庭には命の乱舞が感じられるのです。庭をつぶして駐車場にする人も多いのですが、駐車場では庭の示す「いのち」の饗宴を味わうことはできません。庭は我らの母なる自然との身近な接点なのです。

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いま考えていること 263(2007年04月)
――幼児に必要なこと――

「赤ちゃんポスト」が熊本市で認可されたと報じられました。これは赤ちゃんの生命を失わせてしまうような深刻な事態よりは確かにましですが、どうか最後のとりでであってほしいものです。考えてみるのにやはり自分で育てられないで母親になることが誤りだと思います。NHKの動物の番組に出てくる動物たちの育児の有様を見ていると自然に備わった本来の妙に打たれます。人間も動物の一種なのですから本来育児の妙を供えていることは間違いないと思います。まだ人間としての自覚もない乳児期・幼児期では母親も本来の母性を回復していないと子どもを育てるということは難しいと思います。乳児期・幼児期の課題は先々人間として生きていくための土台を作ることです。小塩 節先生はクリスチャンですから当然だとは思うのですが、お考えの根底にはこの時期ことに重要なのは「愛」だと思われます。それも理念としての抽象的なものではなく動物的な感覚を通じての愛情が必要だと説いておられるように見受けられます。

2007年4月5日、6日の両日、NHKの朝の番組「こころの時代」でひこばえ幼稚園園長小塩 節(おしお たかし)先生のお話がありました。早朝のことで半ば眠りながら聞いていたので正確にお伝え出来ないので申し訳ないのですが、良いお話でした。要点を書きますと、まずおかあさん達が子どもにいつも言われる言葉が「早く早く」と「迷惑を掛けないように」ですが、それで良いのかと言うことです。子どもというのはそれなりに自分で考えて行動するので「ゆっくり」行動すると言うことと「迷惑をかけるもの」なんだと言うことで、おかあさん達は自分の都合で「早く」とせき立てたり、まるで「私に迷惑を掛けないように」とでも言うように、「迷惑を掛けないで」と言っておられるようだと批判的でした。もう一つ印象に残ったお話は、おかあさんは子どもに授乳するときには子どもの目をしっかり見つめて授乳してあげて下さい、また語りかけてあげるようにして下さいと言うことでした。母親が声をかけるだけでも良いのです、子どもはその声を聴いて安心するのです。また互いに語り合う場として家族共にする食事の大切さでした。要するに互いの気持ちを伝えることは幼児期でこそ大切で、子どもの性格形成や将来の他人との交わり方にも大きな影響を及ぼすということでした。また絵本を読んで聞かせてあげることの意味を話されていて、ページを繰るときの「間」の大切さのお話でした。この「間」の作業を通じて子どもは考える能力を伸ばしていくのであり、これは連続的に場面展開して行くテレビやビデオでは期待出来ないことだというお話でした。また同じ本を子どもは何度も読むことをせがむのですが、その都度子どもは次に起こることを想像し考えているので、面倒がらないようにしましょうということでした。このお話するという或いは本を読んであげるという父親の動作で必要なことは父親の膝の上でだっこして聞かせてあげることで、ここに動物としての互いの愛情の交流があり、スキンシップが生まれると言うことでした。先生は「動物的」などという言葉は使われませんでしたが私の解釈ではそう思います。
幼児期で必要なことはせっかちに英語を教えたり漢字を教えることではなくて将来時期が来たときにいろいろなことをこなしていくための土台、準備をきちんとしておくことで、その大切なことというのは親子の関係を通じて作っていく人間と人間との愛の関係と子どもが遊びを通してつくって行く外界との接触で、親の都合から「早く」とせかしたり「迷惑を掛けないで」と枠をはめないと言うことのように受けとめました。私も小塩先生に同感します。急かせるのでなくじっくり自分の周囲の驚異に目覚め観察させることほど将来子どもがどのような職業に就こうと必要な能力を身につける幼児期訓練はありません。肉体的能力の土台は体を使う「遊び」です。

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いま考えていること 264(2007年04月;5月)
――憲法改正――

「硫黄島からの手紙」のDVDが届いたので見ました。私自身が硫黄島の戦場にいるような気持ちでしたから、すっかり映画にのめり込んでいたのでしょう。確かに評判になるだけの内容でした。アメリカの監督が作ったとは思えないもので、あくまで日本の兵士から見た戦場という視点がはっきりしていました。投降した日本兵を監視するアメリカの兵隊が射殺する場面もあり、アメリカが正しいという空気もなく、むしろ本土作戦を一日でも遅らせるための硫黄島死守の日本の兵隊、殊にアメリカの力を知り勝利の見込みもない硫黄島に赴いてきた人柄の温かい栗林中将の姿が胸を打ちました。また栗林中条の描き方そのものは印象深いものでした。この戦場の実態といっても私自身は兵役の経験はありませんので口幅ったいことは申せないのですが、描かれている昔の日本の軍隊の非人間的な在り方にも、動員中工場で見た“大東亜戦争勝ち抜き棒”で殴られていた兵士や徴用工の姿を思い出しながら、このようなものであったろうと思いながら見ていました。

このような戦争の結果得たものが現在の不戦の憲法です。犠牲になった戦場および国内の多くの人々への追悼と戦争への反省さらに原爆の出現が当時の日本人にこの憲法の導入を歓迎させたのです。最近憲法改正のための国民投票法案が衆議院を通過し、現在参議院で審議されています。憲法は理想を書き記したものではなく現実に機能しなければなりませんから、戦後60年以上も経って、修正したい事柄が生まれていることは事実ですが、さりとて現実を追認するばかりでは時の政治情勢を是とするばかりで何を目指して国を作っているのかという根本が見えなくなります。現在の政治情勢は基本的にはアメリカとの同盟関係があり、かなり変化してきたというものの独善的なブッシュ政権との従属した同盟関係が日本の立場を規定しています。かっての敗戦の結果生まれた米軍基地は一向に返還される気配もなく、沖縄を基地としてアメリカの飛行機が侵略的なイラク戦争を核に中東に出かけているのが現実でしょう。日本の憲法改定をもっとも望んでいるのはアメリカでしょう。「武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」という憲法の規定はアメリカの手で作られたと言いますが、この規定を作ったことを一番忌々しく思っているのはアメリカでしょうが、軍国主義と戦争でさんざんな目に会った日本人としてはなんとしても守らなければなりません。憲法9条第2項では戦力を保持しないことと交戦権の不認をうたっているのですが、この憲法の下でも自衛隊が設置でき防衛省が設置でき違憲ではないというのですから、あえて改訂する必要は現在ありません。まして交戦権を認めていないからこそ、この60年間他国と戦火を交えることはなかったのです。この規定の改訂をした場合もっとも歓迎するのはアメリカであり、より深く自衛隊はアメリカの軍備の一環として組み込まれ、共同作戦へと誘われるのでしょう。自衛隊は現憲法では禁じられている戦力ですから、憲法を改めて自衛隊を公認しようというという提案も私は必ずしも否定しないのですが、今はその時期ではない、本当に日本が自立したときでないと強力な力を持つアメリカの良いように利用されるだけだと思います。それまでは城山三郎さんの言われるように「戦争で得たものは、憲法だけ」という気持ちを持ち続けるのが私の世代の責任でしょう。

(2007年5月3日憲法記念日追記)いったん破産しますとその影響は陰に陽にその子孫に影響を持ち続け、少なくとも孫の代まで及ぶことは私自身の経験でもあります。日本のアメリカに対する完敗の影響も戦争を知らない何世代にまで及びます。この現れの最たるものが現在の日本のアメリカへの従属です。誰が考えても現在の日本がアメリカから完全に独立した状況にないことを否定する人はいないでしょう。敗戦の時に完全な軍備の解体という必要から憲法の非武装が謳われたのもアメリカの政策の必要からでしたし、憲法下、天皇制の存続もアメリカの占領政策実施の必要からでした。企業で言えば基本的に日本はアメリカの下請けであることはイラク・サマワへの出兵や現行の航空自衛隊のイラクでの輸送協力を見れば明らかです。皮肉なことにアメリカの都合で作った現憲法がこの下請け日本の利益を守り、アメリカの戦略への参加をこの程度に抑えて、直接の戦闘参加への壁になってきたのです。憲法の改定特に第九条の改変は現在のアメリカの置かれている状況から、自分の都合に合わせてかって警察予備隊を創設させ、これが保安隊、自衛隊と時代を追って今日に至っているのです。第九条を改めさせてこの再軍備路線を完成したいというのが、今日アメリカが旧敵国日本に振るいたいメスでありましょう。私は下請的存在である日本人が自分の平和な生活を貫く上で、現憲法はアメリカの戦略への防波堤としてこの60年立派に機能してきたと思うので、この憲法をアメリカにとって都合のよいものに自ら変える愚を今犯してはならないと思うのです。アメリカから完全な自立を達成してからで良いと言うのが私の考えです。

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いま考えていること 265(2007年04月;6月;2008年2月;2008年6月;2010年4月;2010年7月)
――最高裁第三小法廷――

この頃最高裁第三小法廷はこれまでになく注目に値する画期的な新しい判断を下しているように思われ、私は注目しています。一言でいうと一般の人々の常識に近い、我々から見て当然と思われる判断を下しているように思うのです。これまで衆議院選と同時に行われる最高裁判事の信任投票には、判断材料が乏しかったものですから全て否定のしるしを献上していたのですが、現在の第三小法廷構成裁判官各位には不信任のしるしを付けないでおこうかと思うほどの思いです。読者の皆さんに最近の例をいくつか新聞記事から引用して書いておきますのでご判断下さい。最高裁の決定は至上の決定ですから、一度皆さんが吟味してくださるとよいと思っています。

◆ごみ焼却炉談合事件を巡り、京都市発注工事を受注した川崎重工業と、東京・多摩ニュータウン環境組合の工事を請け負った日立造船に各地元住民が不当利得返還などを求めた訴訟二件の上告審決定で、最高裁第三小法廷は二十四日、両社に計約三十一億円の支払いを命じた各二審判決を支持、両社の上告を退けた。
 両社を含むメーカー五社が公正取引委員会から独禁法違反の排除勧告を受けたことから、住民訴訟が全国で十三件起こされ、メーカー側敗訴が初めて確定した。(2007.04.24)

◆栃木県弁護士会所属の弁護士が違法な懲戒請求で名誉を傷つけられたなどとして、建築会社(群馬県長野原町)代表者とその代理人弁護士に損害賠償を求めた訴訟の上告審判決で最高裁第三小法廷(上田豊三裁判長)は二十四日「請求者は懲戒理由を裏付ける相当な根拠を調査する義務を負い、根拠を欠くことを知りながらの請求は違法」との初判断を示した。(2007.04.24)

◆一年の満期を迎えると契約が自動的に更新される定期預金の解約を十五年後に請求した際、金融機関が消滅時効(十年)を理由に預金の払い戻しを拒否できるかどうかが争われた訴訟の上告審判決が二十四日、最高裁第三小法廷(藤田宙靖裁判長)であった。同小法廷は「預金契約を更新している限り、消滅時効は進行しない」との初判断を示した。
 そのうえで、東京スター銀行に対し、原告の千葉県の男性に請求通り二百万円を支払うよう命じた二審判決を支持し、同行側の上告を棄却した。男性側勝訴が確定した。
 判決によると、男性は一九八七年二月、県内の信用組合と期間一年の自動継続型の定期預金契約を結んだ。二〇〇二年八月に解約を申し出たが、同信組から営業を譲り受けた東京スター銀が拒否したため、男性が〇三年六月に提訴。訴訟で同行側は「既に払い戻した。そうでないとしても、初回の満期日から提訴まで十年以上が経過しており、消滅時効が成立した」と主張した。
 判決理由で同小法廷は「払い戻し請求権の時効の起算点は、原告が解約を申し入れた後の最初の満期日である〇三年二月とすべき」と指摘。提訴当時は消滅時効は成立していないと判断した。(2007.04.24)

◆福岡市の男性が「海外出張中に車を盗まれた」として、あいおい損害保険に車両保険金の支払いを求めた訴訟の上告審判決が十七日、最高裁第三小法廷であった。上田豊三裁判長は「盗難が虚偽かどうかの立証責任は保険会社にあるが、請求者も車を持ち去られたことを推認できる証拠を出す必要がある」との初判断を示した。
 その上で、男性側が犯人の映った防犯ビデオなど一定の証拠を提出していることから、男性の請求を棄却した二審・福岡高裁判決を破棄。今回の盗難が、保険金支払いが免除される「故意や重大な過失による損害」にあたるかどうか審理を尽くす必要があるとして、同高裁に差し戻した。(2007.04.17)

◆ 二〇〇五年開催の愛知万博誘致をめぐり、愛知県が主催した懇談会の出席者などを非公開としたのは違法として、名古屋市民オンブズマンの男性が知事の処分取り消しを求めた訴訟の差し戻し上告審判決で、最高裁第三小法廷は十七日、民間人が特定される情報以外すべてを公開するよう命じた。
 相手方に民間人と公務員双方が含まれた懇談会が審理対象。上田豊三裁判長は「公務員の氏名や所属などはすべて公開すべきだ。議題も非公開情報には当たらない」と判断。
 双方の名前や懇談会の議題などを一体の情報として扱い、非公開とした差し戻し後の名古屋高裁判決を破棄し、公開を命じた一九九九年十月の一審名古屋地裁判決が確定した。
 〇五年十一月の差し戻し控訴審判決によると、男性は九七年、県公文書公開条例(当時)に基づき、九六年一〜三月に県万博誘致対策局(同)が支出した食糧費に関する文書の公開を請求したが、一部を拒まれた。
 神田真秋・愛知県知事の話 「私どもの主張が認められなかったことは残念。司法の最終判断として厳粛に受け止めたい。」(2007.04.17) ◆(2007年6月29日追記)不当な「日勤教育」を受けさせられたというJR西の運転手が会社に対し約1,700万円の賠償を求めた裁判の上告審で、第3小法廷は6月26日会社の上告を退ける決定を出しました。JR可部線で列車運転中、指さし確認の方法などを上司に注意された際従わなかったとして69日間日勤教育を受けさせられたのですが、2審広島高裁は会社側が一方的に日勤教育期間を延長した後半の約1ヶ月は合理性がないこと、また労組脱退を上司が繰り返し働きかけたことも不当労働行為だと指摘していました。こうして約57万円の賠償が確定しました。

◆(2008年2月20日追記)アメリカの写真家ロバート・メイプルソープの写真集「Maplethorpe」の日本語版を出版した 出版社長がアメリカに持ち出し再び国内に持ち帰ろうとしたとき、税関は男性器が写っているとの理由で「わいせつ書籍」と判断した。社長は裁判に持ち込み、敗訴したが最高裁の上告審で2008年2月19日第三小法廷は「写真集は全体として、持ち込み禁止のわいせつ書籍にはあたらない」と判決しました。理由は@本の中で男性器写真の占める割合が相当低い。Aメ氏の写真芸術の全体像を概観する本で、男性器写真も芸術的観点から主要作として収録されたB写真芸術に関心が深い人を読者に想定している。

◆(2008年6月10日追記)asahi.comの記事によると『最高裁第三小法廷(那須弘平裁判長)は10日、山口組系・旧五菱会のヤミ金融事件の統括者に対して愛媛県内の借り手11人が損害賠償を求めた訴訟で、「著しく高い金利で違法な貸し付けをした業者からは、利子だけでなく元金も含めて借り手が支払った全額を損害として取り戻せる」との初めての判断を示した。
そのうえで、「借り手がヤミ金に支払った総額から、元金分を差し引いた金額」しか損害として認めなかった二審・高松高裁の判決を破棄。損害額を確定させるため、審理を高裁に差し戻した。
訴えられていたのは、「ヤミ金の帝王」とも呼ばれた梶山進受刑者(58)=組織的犯罪処罰法違反で有罪確定。原告の借り手11人は、年利数百〜数万%の高利で借金と返済を繰り返した。返済した元金と利息に加え、脅迫的な取り立てを受けた慰謝料などを合わせ計約3500万円の損害賠償を求めていた。 』

◆(2010年4月27日追記)NHKオンラインに次の記事が見られます。このような判決は21年ぶりといわれます 大阪の母子殺害 死刑取り消し

4月27日 19時31分
8年前、大阪のマンションで義理の娘と1歳の孫を殺害した罪に問われている被告の裁判で、最高裁判所は、「有罪とすることは著しく困難だ」と指摘し、1審の無期懲役と2審の死刑判決を取り消し、大阪地方裁判所で審理をやり直すよう命じました。これによって、被告が無罪となる可能性も出てきました。
この事件は、平成14年4月、大阪・平野区のマンションで、主婦の森まゆみさん(当時28歳)と当時1歳の長男、瞳真ちゃんが殺害され、部屋に火が付けられたもので、まゆみさんの義理の父親だった大阪刑務所の刑務官、森健充被告(52)が殺人と放火の罪に問われています。犯行を裏付ける直接的な証拠がないなかで森被告は、事件にはかかわっていないと捜査段階から一貫して無罪を主張しましたが、1審と2審は、森被告のたばこの吸い殻がマンションの階段で見つかったことなどを根拠に有罪と判断し、1審は無期懲役、2審は死刑を言い渡していました。27日の判決で最高裁判所第3小法廷の藤田宙靖裁判長は「たばこの吸い殻は、被告が犯行当日に現場に行った根拠とされたが、茶色く変色していて、事件より、かなり前に捨てられた可能性があり、審理が尽くされているとは言い難い。そのほかの証拠をあわせても、これまでに認められた証拠だけで有罪にすることは著しく困難だ」と指摘しました。そのうえで1審の無期懲役と2審の死刑を取り消し、大阪地方裁判所で審理をやり直すよう命じました。最高裁が有罪の有力な根拠とされた証拠に疑問を投げかけたことで、森被告は無罪となる可能性も出てきました。最高裁が無罪を主張する被告の死刑判決を取り消して差し戻したケースは、昭和47年に石川県で起きたタクシー運転手の殺害事件の最高裁の判決以来、21年ぶりです。こうした事件は戦後6件あり、その後、審理がやり直されて、いずれも無罪が確定しました。判決について、森被告の弁護を担当している後藤貞人弁護士は「私たちが主張してきた疑問を受け止めてくれた、すばらしい判決だ。無罪判決でないのは残念だが、1審と2審の誤った判断の核心をついていて、本人も喜んでいると思う。差し戻しの裁判では全力をあげて無罪に向けて取り組みたい」と話していました。判決について、最高検察庁は「判決の内容を十分検討したうえで、差し戻しの裁判で立証に万全を期したい」というコメントを出しました。

◆(2010年7月06日追記) 2010年7月6日の日本経済新聞夕刊オンラインには次のような記事があります。

保険金が年金形式で分割払いされる生命保険を受け取った遺族に対し、相続税と所得税を課税することが認められるかが争われた訴訟の上告審判決で、最高裁第3小法廷(那須弘平裁判長)は6日、二重課税に当たり違法との初判断を示した。そのうえで「課税は適法」とした二審・福岡高裁判決を破棄。所得税の課税処分を取り消し、原告側勝訴とした一審・長崎地裁判決が確定した。

 国によるこうした課税は長年続いており、徴収済みの所得税の返還請求や税務実務の見直しなど、大きな影響が出る可能性がある。原告側税理士は「定期預金などにも相続税と所得税の二重課税の問題がある」と訴えており、他の金融商品の課税についても議論になりそうだ。

これだけでは事実が分かりませんので、朝日ネットからも引用させて頂きます。

一人の主婦と税理士の素朴な疑問が、税金の取り扱いに変更を迫った。生命保険金に対する数十年来の課税実務を「二重課税」と判断した6日の最高裁判決。訂正を申し立ててから最高裁まで約7年に及ぶ闘いを終えた2人は、「同じ立場の人たちのためにもなる判決だ」と喜んだ。

 長崎市の主婦(49)が、夫の生命保険金を受け取ったのは2002年11月。電気工事業を営んでいた夫が「万一のとき、家族が困らないように」とかけてくれたものだった。すべて一括で受け取るか、一部を年金にするか選べる保険で、保険会社から「違いはない」と説明された。

 当時、小学4年と中学3年の娘がいた。「娘たちが大きくなるとき、少しずつ使えたらいい」と年金を選択。保険会社からの通知で1回目の年金230万円から、所得税約22万円が源泉徴収されているのを知っても、「こんなにとられるんだ」ぐらいにしか思わなかった。

 だが、近所の人の紹介で相続税の申告を頼んだ江崎鶴男税理士(66)は「年金分には相続税がかかっているのに、なぜ所得税まで徴収されるのか」と首をかしげた。税法の条文を調べ、江崎税理士の疑問は確信に変わった。「普通の人が読めば、誰でもおかしいと思う」

 最高裁によると、税務訴訟で納税者の一審勝訴率は近年、ほぼ1割。「勝てる見込みは少ないが、おかしいことはおかしいと誰かが言わないと」。江崎税理士に説得され、主婦も「大事な人を失って受け取る生命保険金は誰でも1円も無駄にしたくない。同じ立場の人たちの役に立てるなら」と決心した。

 各種の控除もあり、訴えが認められても実際に返ってくるのは2万5600円。一審は弁護士を頼まない本人訴訟だ。「国にたてつくなんて」と身内はいい顔をしなかったが、江崎税理士の助けを借りて、訴状や。準備書面を作った。法廷では、被告席に国側の代理人がずらりと並ぶ。原告席に一人でぽつんと座ると怖くなったが、「ここまで来たらやるしかない」と気持ちを奮い立たせた。

 一審で勝訴したが、二審は逆転敗訴、。それでも、「まだ最高裁がある」と信じていた。年金分の所得があることで、娘たちの授業料が免除されなかったこともある。思いは、同じ境遇の人たちに及ぶ。この日、最高裁で勝訴判決を聞いた主婦は法廷を出て「裁判は本当に長かったが、同じ立場の方たちのためにもお役に立ててよかった。国が今後どのように対応するのか期待したい」と話した。

 江崎税理士は判決後「百点満点の判決。要求を完全に認めてくれた。税法や民法で救済できない人は、国が立法で救済するしかない」と語った。二審から代理人を引き受けた丸山隆寛弁護士(福岡県弁護士会)は「おかしいと思う人はいても実際にここまでやる人は少ない。勝訴は2人の頑張りの結果だ」と話す。(延与光貞、浦野直樹)

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いま考えていること 266(2007年05月)
――自衛“軍”と自衛“隊”――

 2007年5月6日のテレビ番組サンデ−プロジェクトには朝日・毎日・読売の三新聞の主筆が憲法改定論議をされていました。この討論で自衛隊といおうと自衛軍といおうと英語に訳せば同じDefence forceで変わりがないのだから、どちらでも良いではないかという話が読売主筆から出ていました。私は現在の憲法の下では徴兵制度ということは絶対にありえない制度であり、自衛隊としか標榜出来なくて当然すが、憲法を改め「自衛軍」の維持を憲法で認め、明記した途端、原則的に徴兵制度が敷かれても国民は拒否出来ないという点が大きな違いになると思っています。軍隊の保持が直ちに徴兵制に通じるものとはいえず、多くの國のように志願制をとり、現在の自衛隊と同じ仕組みで軍を持つことは可能ですが、有事の際や少子化時代に入って志願者だけで軍の維持が困難になる事態が起こると、徴兵制度が日程に上ってくることは避けられないでしょう。最近私は外務省の資料(一部CIAの資料)を使って世界の主な国々が徴兵制と志願制のどちらを現在採っているか集約しました。ちかごろ徴兵制度を止めて志願制にした國も見られますが、自衛軍を持つということはたとえ当面志願制を採るとしてもかってのようにいざとなれば徴兵制を敷くことが大手を振ってまかり通り、国民はそれに応じる覚悟も持っていなければなりません。

戦争がどんなに悲惨なものであるかを日本人は前の戦争で骨身にしみて経験し、核時代の現在非戦闘員も巻き込む大量殺戮が広島・長崎で見られました。この反省から世界の人々が平和に人生を充足するためにはかくあるべしというのが先駆的な日本国憲法なのです。自衛軍を持つことは恐ろしい戦火に自ら身を投じ、国民を核戦争の悲劇的な最後に投じることも覚悟することを意味します。平和のためには軍事力よりも外交力の充実がなされなければならないのです。今日のサンデ−プロジェクトの議論でも徴兵制のことは一言も論じられませんでしたが、憲法改定について忘れてならない重要な考慮点であることを指摘しておきたいと思います。英語で考えないで日本語で考えることで、言葉の経てきた日本語の歴史が全く意味することが違うニュアンスを具えることも読売主筆の軽薄な言葉から教えられました。

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いま考えていること  267(2007年05月)
――動植綵絵――

久しぶりに展覧会に出かけました。相国寺で開かれた若冲展を見に行ったのです。13日から始まったのですが、ほどよい混み方で、出足好調でした。今回の展覧会の白眉は動植綵絵が釈迦三尊とともに本来のあるべき形で展示されたことですが、明治22年相国寺が廃仏毀釈政策で経営的にも大困難に遭遇したときに「動植綵絵」三十幅が皇室に献上され、その見返りに御下賜金一万円(当時は白米10kgが46銭)をいただいたということです。承天閣美術館は1984年に相国寺創建600年記念に設立されましたが、設計段階からいつの日にか釈迦三尊と動植綵絵が一室に展示できるようにと考えられていたというのですから、お寺の執心のほども感じられます。

若冲と言うと鶏の絵が頭に浮かんでくるのですが、一生独身で庭にたくさんの鶏を飼っていたという若冲ですから、確かに鶏を画材にしたものが多く見られ、どの作品も精気漲る名品ばかりでした。画材はそれ以外にも豊富ではじめのほうに展示されていた鹿苑寺所蔵の品々からは「この人はユーモアの感覚のある人だ」と思いました。特に「鹿苑寺大書院障壁画竹図襖絵」に描かれた竹などすごくデフォルメされていて現実にはあり得ない若冲独特の竹でした。禅の境地が現れていたのかもしれません。

動植綵絵と釈迦三尊の展示されている部屋に入るとまずどの作品もすばらしく完璧に保存されていて、鮮やかな顔料の色に驚きました。まるで昨日描かれたもののようです。画材は蛇が描かれていたり、貝や蛸が描かれていたりとそれはもう動植物百科事典のようなのですが、どの幅も美術的にも優れたものでその美しさは感銘を与えます。この中には鳳が描かれた幅がありますから、必ずしもこの地上に実在するものばかりではありません。すべて若冲の手になる釈迦三尊と動植綵絵の三十三幅は若冲の年忌に寺で飾られてきたようですが、6月17日の観音懴法には中央の本尊を白衣観音像に変えていたようです。相国寺は臨済宗の寺ですから、釈迦と観音をお祀りしていましたが、浄土系の寺ならば極楽の主たる阿弥陀というところでしょうか。私が殊に意義深く思ったのはこの三十三幅の絵は仏の世界を表現したものではないかということです。若沖の号は梅荘顕常大典禅師の選名によります。若沖は禅師の知遇を得て画の道に徹し、ついには居士の称号で呼ばれたほどの人ですから三十三幅の絵を相国寺に寄進した時の心境は仏の世界を人々に垣間見させるものであったのかも知れません。私はそういう深い意志を感じるのです。月も太陽も描かれていますからあるいは地上の写実かとも思ってみましたが、やはり空想の鳳が大きく描かれていますから、この世ならぬ仏の世界の荘厳と美が描かれたのでしょう。現在「動植綵絵」は宮内庁三の丸尚蔵館に納められていますが、私の見方からすると「釈迦三尊」とともになければ無意味だと思いました。何とか相国寺に戻ってきてほしいものです。

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いま考えていること  268(2007年05月)
――アメリカの現状――

私は村上龍さんが主催されているJapan Mail Media(JMM)を配信してもらっています。JMMのなかでも冷泉彰彦氏からのメールはその時々のアメリカの雰囲気を窺えるのでおもしろく読んでいます。最近のものは「大統領選前年の夏へ向けて」と題されていましたが、共和党の有力候補は現在ジュリアーニとロムニーに絞られてきたようです。しかし最後の段階ではロムニー候補はおそらく彼がモルモン教徒であることが原因になって候補の座から去るだろうということです。一夫多妻を許容するモルモン教というのは耳にしたことはありますが、この記事を読むまではどういうものか知らなかったのです。この論文にはモルモン教というのはキリスト教の一派ではありますが、新約聖書よりも上位の自分たちの聖典「モルモン教典」を持ちキリストの本当の弟子は古代アメリカにいて復活したイエスはアメリカ大陸に現れたというのが信仰の骨子といいます。昔のようにモルモン教を異端視する空気は消えてきているようですが、大統領候補としてモルモン教徒を認知するほどアメリカ人の許容度は大きくないと指摘されています。

この論文の以前から冷泉さんはアメリカの空気は変わってきたと指摘されていましたが、今回の論文にも次のような記述が見られます。

  「言い方を変えれば、アメリカには「戦時の殺気」は残っていないのです。ですから、昨今の日本の「集団安全保障論議」で暗黙の前提になっている「アメリカは日本よりずっと好戦的で強大であり、その背後の危険度が低い中で一定の貢献をする機会がある」という認識はどんどん崩れていると言ってよいでしょう。日本が「ヤル気」を見せれば見せるほど「どうぞ前面に出て、どんどん危険なところへ行ってください。但しダークサイドに行くようなら潰しますよ」という姿勢になると思います。」

6カ国協議にしてもまだ北朝鮮が約束の核施設の廃棄に着手しないと安倍さんも麻生さんも躍起ですが、アメリカの当事者はバンコ・デルタ・アジアの北朝鮮預金解除が解決していないからこれがアメリカ側で解決すれば事は動くだろうと理の当然の考えを述べています。アメリカと北朝鮮の劇的和解がかってのニクソンショックのように日本を見舞うかもしれないといわれるほどにアメリカの空気は変わってきているようです。冷泉さんのレポートを読むとそう思います。それにしても我が国在外機関はどのような情報を本国に送ってきているのでしょうか。いずれにせよ現在の安倍さんを中心とする「戦後レジームからの脱却論議」も所詮アメリカと言うお釈迦様の手のひらの上の孫悟空のようなものでアメリカの国益を離れて真に独立した日本人の論議にはなり得ないでしょう。対米敗戦後遺症からの脱却はまだまだ時間を要するでしょう。

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