なぜ医学部を志望したのか

 いきなり突っ込んだ話題ですいません。先日、このホームページを訪れていただいた方から「なぜ医学部を志望したんですか?」という質問受けたのがこの話題のきっかけです。
 今5回生にもなって、ある意味、[医学部というぬるま湯]にひたっていると、ついつい自分がなぜ医学部に来たのかということを忘れてしまいがちになります。他の学部と違って、医学部というのは卒後の進路は医師か研究者に限られています。しかも、どちらかというと医師になるものが圧倒的に多いようです。毎年、京大でも数人しか研究者にならないと聞きます。ということは、高校の志望決定が人生の職業決定につながるわけで、冷静に考えると恐ろしいことだと思わざるを得ません。たかが18歳ぐらいで人生が見えるわけがないのですから。こんなことを思いながら、自分を振り返ると、やはり抽象的であいまいな理由が多いなぁと思ってしまいます。でも、それをもう一度再確認すれば何か見えるかもしれません。

 なぜか、というのは非常に難しく、いくつもの要因がからんでいます。そこで箇条書き形式で理由を挙げてみました。

脳に興味があった

 非常に素朴な疑問でした。自分を自分と認識しているのは何か。それは、「脳」だと人は言います。しかし、脳科学で論じられている「シナプス理論」では、筋肉の動き、感覚の伝導、視覚認識は比較的楽に説明できるのですが、意識、意志、ひらめきといったより高度な機能についてはほとんど未解明です。そんなことを本を読んで勉強していくと、実に不思議で混沌としてきました。しかも、その頃、養老孟氏の「唯脳論」にはまってしまい、[脳構造=意識=人間社会]という議論を聞いていると、ますます脳のことを知りたくなってしまいました。
 ただ、この理由はそれほど強いものではなく、興味に留まるものでした。理学部でも脳の研究はできるのですから。
 今でも、脳には興味があり、それに関連して去年の夏は海外や国内で勉強させてもらいましたが、それはまた別の話で。

医者という職業に強い親近感があった

 幼い頃かかった小児科医の年老いた先生。この先生がゆったりと全てを包み込むような優しさで体を診てくれた思い出がありました。
 それに加えて、僕自身が生まれたばかりの時に、いきなり一ヶ月入院して生命の危険にさらされたという過去がありました。これについては母から何度も聞かされており、その時に助けていただいた先生には感謝しなければという気持ちが自然に根づいてしまったのかもしれません。
 とにかく、この二つの経験が僕に医者への親近感を植え付けました。そして、小学校の時には「人の生命を守る」という職業に対して、自然なあこがれを抱いていました。
 今も、そのあこがれは僕の根底にあるのだと思っています。

経済的に安定している職業だと思った

 これは全く世間一般の常識から考えたことでした。とりあえず、食えなければどうしようもないと考えたのは事実です。これを考えていくと、中学時代に描いた「歴史学者になろうかなぁ」という思いが「歴史は趣味として楽しもう」という思いに変わってしまいました。

学力的に医学部に入学できると思った

 中学・高校とたんたんと勉強するタイプだったので、志望を本格的に考え始めたときに、医学部に入学できるのではないかという自分に対する自信がありました。明確に認識してなくても、志望選択の上でこの自信は大きな意味を持っていたはずです。

しっかりとした技術を身につける仕事がよいと思った

 僕が大学受験をしている最後の頃は、バブルがはじけて、不況の暗い影が差していました。やはり、どこにいてもしっかりとした技術があれば人は認めてくれるはずだ、という気持ちが湧いてきました。自分自身、人との関係で出世していく「秀吉タイプ」ではないと思っていたので、こういう気持ちがなおさら強くなったのかもしれません。
 今では、医者が余っていき、日本経済が危機的状態になりつつある時代の中で、なおさらしっかりとした能力を身につけなければ生き残れないという考えにつながって、ますますこの動機は強くなっています。そして、この勉強会につながっているとも言えます。

二つの道の選択が残されている

 これが決定的な理由です。「脳研究」と「技術を持った医者」という二つに強い興味を持っていた僕自身が、医者のような「職人」に向いているのか、医学者のような「研究者」に向いているのかわからなかったので、選択を後送りにしました。医学部6年間で考えていけばいいか、という気持ちでふっきれました。

 以上のような、実に色々な気持ちが入り混ざって、医学部を選択したわけです。ちなみに、京都大学を選んだのは、
  ・家の経済状態から国立大学しか許されなかった
  ・京都という歴史の宝庫の街へのあこがれ
  ・京大の「自由奔放」といわれる校風へのあこがれが
  ・福岡から出て、違う文化にふれたかった
  ・学力的に京大をねらえるのではという気持ちがあった(あいまい)
という理由です。

 一言ではとても言えないので、こんなに長くなってしまいました。読んで頂いた方、ありがとう。感想なんかもらえたら嬉しいです。

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