ボタンメガリス(mega=巨大、lith=石)

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コインドル(支石墓)(韓国語で、石を積み重ねて作った墓の意)

 
この前、(2005/9/30)韓国の江華島(KANGHWA Island)ネガミョン(内可面)と言う所にあるコスモスギャラリーで石楽亭と韓国の画家(Kweon Jeong Chan)2人展が開催されました。 それを機会に石楽亭はカンファ島を訪問することにしました。 ギャラリーの住所はインチョンと言う事であったので空港のある市と単純に思っていたところ、いよいよ渡航が具体的になって観光案内地図などを見ていると仁川市は仁川広域市と言う事で、空港も島、そして江華島を含んで幾つもの島も含んだ広い場所でした。 画廊は車でインチョン空港から約2時間江華島のほぼ中心部にあることがわかりました。 さらに観光書にはコインドル(ドルメン)の案内が載っていました。 ラッキー! これは是非に見てみなければ・・・・・。

 

 Webサイトで検索したところでは、韓国には無数(約2万基)のドルメン(コインドル=支石墓)があります(紀元前1000年〜紀元前100年)。 その中で、コチャン(高敝/442基)、ファスン(和順/500基)、クァンファ(紅華/120基)のコインドル群は世界遺産に指定されています。 ドルメン形式のものは韓国にあるコインドルが世界の中の巨石遺跡で最も多いとされています。 日本の九州にも韓国のコインドルの南方式に似た形式が幾つかあります。 時代は縄文・弥生の頃らしいです。 
コインドル
コインドル
Osang-ri Dolmens 群(鰲上里)はKoryo山の麓の丘に12基の大小のコインドルからなるグループです。 左の写真はその中で一番大きくて、370cmX335cmX50cmのcoverstoneが乗っています。 支持石の高さが比較的低いので、背の高い北方式と南方式の混在した独特のスタイルだと言う事です。 その上、玄室がシッカリ残っていたため中の副葬品も盗掘に会わなかった稀なコインドルです。

  

コインドル
インチョン空港着15時、コスモスギャラリーのユンさんとキムさんに出迎えられて、空港からギャラリーに到着したのは夕方の5時くらいだったでしょうか、展覧会を見た後、急いで我々はコインドルを見学に出発しました。 かなりの田舎道で、そこからさらに急な坂の農道の様な細い道をたどるとまもなくOsang-ri Dolmensに到着しました。 左の写真を撮影した時にはちょうどテーブル石の少し上あたりに沈む夕日がありました。 空が白く飛んでしまって夕日は残念ながら写ってません。 下の写真は畑を挟んで向こうの丘に見えたお墓です。 コインドルが出来た時代はあの様に土が被さっていたのでしょうか? 和順ドルメンのWebサイトを見ると建設行程が解説されています。 が、最後に土を被せていない様子です。 ドルメンにはお墓の機能のみならず被葬者の生きている時の功績を讃えるという意味も多いにあった様なので立派な石をむき出しにしていた方が良かったかもしれません。 ミャンマーのアラカン山脈にあるクレイン村のチン族の人々が今も受け継いでいるロンユーという巨石文化の行事の様に、村民の連帯感を高める役割と共通する心情が古代にもあったかもしれません。
カンバン

Inchon Metropolitan City Monument No.47案内板

コインドル
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コインドル
コインドル
 韓国で発見されているこの形式のコインドルのなかで最も大きいプグンリ(富近里)のコインドル、蓋の石の重量は約80トン(長さ650cm、幅520cm、厚み120cm、全体の高さ260cm) もあってなかなの重量感を受ける。 現在はこの広場にはこのコインドルと蓋石が一つだけあります。 海抜30メートルの丘なのですが当時はすぐ横まで海が来ていたそうです。
史跡

137号


   
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歓迎

 コスモスギャラリーは5年前にこの地に開業したそうです。 写真で見て頂くと分かる様に周囲は田圃や畑です。 以前は小学校(韓国での呼び方は分かりませんが)として使っていた施設です。 1970年代に教育改革でこの校舎は使われなくなったそうです。 その校舎を展示場、ワークショップ会場、喫茶、などに改造して使っています。  校舎

会場

 韓国では左上の様な横断幕を小さな展覧会でも使います。 以前、コスモスギャラリーがインサドンに有ったときそこで日韓交流展が開催され、それに参加しましたが、インサドンの通りの上に横断幕が張ってありました。 そうした習慣を知らない身には大歓迎を受けている様に感じられたものです。

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 アクセス解析2007/1/3〜