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 岩屋岩陰遺跡は妙見神社参拝入り口に案内板が設置されていてそれによると、この斜面一帯には3っの巨石群グループがあるのがわかります。 そのほかに東へ徒歩で60分ほどの場所にも巨石群があるそうです。 それは次回の訪問に楽しみを残しました。  

案内板

 

岩陰正面
妙見神社の祠がある岩陰遺跡


妙見神社
 
 
 2007年12月23日に遺跡に行ったのですが前日からの
雨がまだ朝には残っていたようで石段は大変滑りやすい
状態でした。当日の朝は関西地方も雨が残っていました
が下呂市の天気予報を見るとお昼前から晴れマークが出
ていたので、ソッレ!と気合いを入れて8時頃に車で出
発しました。
名神から東海北陸自動車道、美濃関JCTから東海環状の
冨加関インターを出て国道43号、飛騨金山へ到着しまし
た。 まず金山巨石群調査資料室で遺跡への行き方や情
報を得ようと場所を探しました。
そば処おふくやの駐車場奥のギャラリーおふくの中に
「金山巨石群資料室」はあります。 ところが日曜日は
そば処がお休みみたいでギャラリーおふくもお休みでし
た。 ザンネン!



E石とF石   
岩屋岩陰遺跡の手前はE石、奥はF石と資料室では命名している
   

 金山巨石群調査資料室(小林由来代表)は「金山巨石群と太陽暦」と言う巨石群の天体観測機能を詳細に解説したホー
ムページを公開しています。 また、土曜日は現地の観察会もされていて事前に予約すれば平日でも案内していただける
のです。 3〜4日前に資料室に電話をした時にもそのような案内をして頂いていましたが土曜日は天気予報で雪と雨マ
ークが出ていたのでやめました。22日は冬至でしたので何かが起ると思い込んでいて是非行きたかったのですが。
なんとなく、冬至は1年で日の出の時刻が最も遅い日・日の入りの時刻が最も早い日と思っていますが、実際には、
日の出が最も遅い日は冬至の半月後頃であり、日の入りが最も早い日は冬至の半月前頃です。 
この岩屋岩陰遺跡では冬至を挟んで120日間が太陽光線が巨石の隙間を通過して観測石に太陽光のスポットをあてる、と
言った現象が起る、と解説されています。 それを早とちりしていて冬至トウジと思い込んでいました。 現地を一度訪
れてみるとホームページの複雑な解説もすんなり頭に入ってきます。
 
差し込む光線

遺跡に到着したのは11時半ごろでし
た。 空を見上げると雲がユックリ
と流れています。 時折雲間から太陽
が見えます。 太陽が南中する12時
までもうすこしと思うとヤキモキしま
す。 木柵の前まで来て中に入れない
と分かりましたが、ちょうど11時5
0分ころ太陽が出て来ました。
左の写真は12時近くに見えた光の線
です。 その後40〜50分ほど経っ
てもう一度もどった時に見えた光の線
が右側の写真です。

右側の写真の祠の右の空洞部分に測定
石があってそこに光のスポットがあた
るようです。

資料館の前にあった配布資料を読むと
10月23日と2月19日に撮ったス
ポットの写真が載っています。
その頃には太陽の南中高度は40度だ
そうで、冬至の頃は11〜2度それよ
り低いので測定スポットには光線がこ
ないかもしれません。 


空洞

左の写真はその測定スポットの空洞部
分です。 奥の方、傾いた石の壁にへ
ばりついている小さな石に太陽ビーム
があたるようです。(解説チラシから
推測しての事です。)

木柵の外からはこの空洞は見えません
がG石の上からはこのように見下ろす
とが出来ます。 こうして見ると岩陰
遺跡の言葉の意味がよく分かります。
家の庇のように岩が張り出していてそ
の下で古代人の生活可能な空間を持っ
ている遺跡の総称を岩陰遺跡と言うの
だそうです。 庇が洞窟につながる場
合もあって、洞窟だと洞窟遺跡と呼ぶ
そうです。


庇

資料室の方に解説してもらいながらの
見学ではなく、遺跡の随所にある観測
ポイントに設置されている案内板を見
ながらの観察です。 自分で考えなが
ら推理を働かせて巨大な岩に仕掛けら
れた装置の仕組みを理解して行かなけ
ればなりません。 その分面白さが増
すとも言えます。
ちょうど日時が合って、空が晴れてい
るならば左の写真の隙間から太陽光が
洞窟の中に差し込むのでしょう。

その時は疑問が湧いていませんでした
が帰宅して解説のリーフレットを見て
いて、冬至前後の数日は太陽光が入ら
ないのでは?と気がつきました。 
それでもいいのではないか、生命の眠
りの時期としてもいいのではないか、
と考えました。


そして、案内リーフレットにあるスポ
ット写真が撮られた日、2月19日頃
から生命は目覚めて春に向かう準備が
始まる、1年の始めでもあると考えら
れていたのではないでしょうか。
夏至を迎え秋分を迎え、10月23日
頃から次第に生命活動は衰えてやがて
冬至の休眠の時期に入る、と考えて見
るとなにかうなずける気がします。
案内板では、測定石が設置されたのがBC.1000〜BC500頃と推定されると
のことです。 それにこの測定石によ
って4年に1度の閏年の測定も可能と
か・・・。

遠目には3尊仏が鎮座されているよう
に見えるほどバランスの整った配置に
岩陰遺跡はなっています。
それにしても中央のF石の張り出した
石面は見事な平面です。 現代の切削
技術なら工業用ダイヤが埋め込まれた
ワイヤーソーで煮抜き卵を糸でスッパ
と切る様に切れば可能です。 

岩を割る

そしてまたもや疑問。 この石面は人
の手によるものかカミさまの手になる
ものか、と問われれば率直に、自然の
力が作ったと答えてしまいます。
この遺跡の玉石の石理は大変に性が良
くそれに沿ったクラック面は見事な平
面となっているのでしょう。 長年か
けて水が浸透し、冬に凍り次第にクラ
ックは石全体に広がり、やがて半分に
割れます。 割れた石が斜面でバラン
スを崩し位置が移動して止まります。
場合によると植物の種が狭いクラック
に落ち込み、成長とともに隙間を広げ
ます。 巨石が斜面をゴロッと動いた
時は恐ろしい迫力でしょう。 

参道

妙見神社の参道、南面しています。

岩陰の後ろ

岩陰遺跡、庇(F石)の後ろ側です。
正面にはほぼ正午の太陽があります。
この巨石の右側はやはり切り立っていてその面に沿って
北の空には北極星が見えるそうです。

妙見神社の入り口付近には富士山様の岩(J石)があり、
その頂点とF石とE石の間を通過する直線上にやはり北極星
が観測出来るそうです。
妙見信仰は平安末期に中国から入って来た北極星信仰でだそうです。
北斗七星の天の車に乗ってカミは北極星を1年かけて一巡する、
と信じられていたそうです。

割れ石
割れ岩




案内板

案内板No.11

 遺跡には2時間ほど滞在していましたが天気の具合がスッキリと晴れません。
他の巨石グループ、夏至の頃の測定ポイントで太陽光の照射角度を巨石表面に刻だ岩のあるグループなど写真を撮って遺跡をあとにしました。 金山町までもどって
くると嘘の様によく晴れています。 天気相手は難しいと思いました。
帰宅して夕食後ノンビリとテレビを見ていると、ドイツに在住しているFさんから
久しぶりに電話がかかりました。 今日訪問した金山遺跡はこのFさんから数年前
から度々話に聞いていました。 あまりの偶然に、横に居た家内も”行ったこと連絡
してたんか?”と小声で聞いたほどです。 Fさんは子供のころはこの遺跡でよく遊
んだそうです。 もちろんこの様な古代人の天体観測施設とは知らずに、また今の
様に整備もされていなかったそうです。 ”どやった、すごいやろ!”と弾んだ声が
返ってきました。 滞在時間よりも遥かに長かった往復のドライブの疲れもあって
”すごいけどね、縄文人にあんな大規模な天体観測が必要やったんやろか?”とトー
ンの低い素朴な感想を言ってしまいました。 答えに不満のFさんは”広島のMさん
を案内した時はもっと感動して、スゴイすごい!!!と言ってくれたぞ!”とすこ
しオカンムリで、資料室の人達があんなに熱心に調査していること、坂口安吾の飛
騨王国説とか、安吾の歴史観のおもしろさを次々に話してくれました。 

現代美術のなかで1970年代ころからのムーブメントに自然環境の中で行うインスタ
レーションがあります。 ロバート・モリスの「天文台」、最近は日本でも作品を
発表しているジェームス・タレルの「ローデンクレーター」(アリゾナ州ペインテ
ッド砂漠の噴火口クレーターに作った天体と人との交感施設)や野村仁さんの月と
音符の作品とかアナレンマのシリーズなど天体と人間の関わりをテーマにしていま
す。 現代では天文学は高度に発展していて一般人には難解ですがアートを介する
と普段の日常から意識が壮大な宇宙へ広がって行きます。

「星たび」と言うホームページを見つけました。 ここでは天文シュミレーション
ソフトや地図ソフトを使用した岩屋岩陰遺跡の古天文学的考察が緻密に展開されて
いて充実した内容となっています。 右側の写真の「J石」は星たびさんが銀河との
関係を知って発表、まだ名前がついてなかった石に「J石」と調査委員会が命名する
きっかけとなったとか。 遺跡の南空に、シュミレーションソフトを使用して古代 当時に描けるであろうアナレンマの写真を作成して掲載されています。

この遺跡を縄文人が作ったのかまた別の古代人が作ったのか、人の手で作ったのか
自然なのか、なとも自分にはわかりません。 常識的な古代人のイメージでは計り
しれない能力があったのでしょう。
後世のカミさんの妙見神社がお祭りしてあると言うのは旧いカミさんの聖域でもあ
ったはずです。 その興亡はワグナーの楽劇、ニーベルングの指輪のようだったか
もしれません。 空想は膨らみます。 次は夏至の頃に現れると言う光の点々を見
てみないと・・・・。

J石

J石、F石とE石間から北極星が見える。
「星たび」や資料室では地球のくびふり運動と北極星の
関係などからこの遺跡の成立年を推定している。
それによると、資料室では2500年前だそうです。

   

2008/12/15

ギャラリー企画「太陽」展(金山巨石群を巡るアート)が2008.9.30(火〜10.12(日)の会期で京都の銀閣寺近くのgallery yuragi/ギャラリー揺で開催されました。太陽をテーマにした作品を小林由来、徳田紫穂、又木啓子、藤原信、山本哲三、三橋登美栄が出品しました。小林由来、徳田紫穂さん達は金山巨石遺跡の紹介を写真パネル、DVDや竹製の観測器具を展示して行いました。

kaisetsu

小林さんのお手製の夏至、春秋分、冬至の太陽光線の角度を示す竹筒をつかった器具を使い巨石遺跡と太陽の位置関係を説明をする徳田さん、ギャラー揺の会場にて。

 

 

supot

ファイル、岩陰の床に差し込むスポットを観察する子供達。

 

yuuhi  徳田さん撮影の春秋分の夕日、岩の隙間に沈む。   

   

2010/8/2

観測ポイント(3)は2003年の調査で埋まっていた巨石の空間の土砂がとりのぞかれて
出現した隙間だそうだ。 同時に観測がなされて、そこにもサンビームが生じることが
確認された。
右の写真(撮影:徳田さん)は今年の7月20日に観測されたサンビームが写っている。
巨石の腹に突き出た三角形の平らな石面に五個の光の点々が明確に見る事が出来る。
この画像のデータでは、2010年7月20日、13時9分となっている。この観測ポイント(3)
は、夏至の日の前後、60日にこのサンビームが観測できると言われているが正にその
事実が証明された瞬間といえる。
この時、地元のテレビが取材に入ってたそうで、2日の月曜日の夕方に放映されたそうだ。

 


tenten
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