Yoke(軛 zugovn)

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象徴〕 軛が、服従、抑圧、束縛のシンボルであることは、まったく明瞭である。〈軛の門〉の下を、敗者がくぐったローマの慣習も、これで明らかである。

ヒンズー教・語源〕 しかし、ヒンズー教の考え方に立つと、まったく別の意味を持ってくる。軛は、印欧語祖語のyugに由来しているが、サンスクリット語のヨーガ yoga にも、これが応用されたことが知られている。このヨーガは、実際「結びつける、一緒につなぐ、軛の下に置く」という意味を持っている。当然のことながら、ヨーガは瞑想の訓練であり、その目的は、存在の調和、〈統一〉の意識化であり、究極的には、唯一、真実の結合の実現、魂と神との一体化、現象と〈原理〉との統ーである(ELIY、 GUEV、 SICl)。

ギリシア・ローマ・軍事〕 ウシをつなぎ、これを自由に操れるようにした軛の発案者、ブージュゲスBouzuvghV〔「牛を軛につなぐ者」の意〕は、初期の立法者の1人でもあった。軛は、 2通りの規律を象徴する。第1には、屈辱的な方法で、軛を直接押しつけられる。この場合、このシンボルの暗い面が表される〔カウディウムの隘路での「不名誉な軛」の例がそうである。2本の投げ槍が地面に打ち込まれ、そこに水平に1本投げ槍が置かれる。その下を、サムニウム人に負けたローマ軍は通過させられた〕。第2には、自発的に軛を選ぶときである。この場合は、自己制御、内的統一、神との合ーに導かれていく。

ローマ・神話〕 ローマには、ソロリウム・ティギルム(姉妹の小さな梁)と呼ばれる場所があった。そこには、「山の形に積まれた角材の大きな梁」があり、罪をつぐなうためその下を殺人者が通った。オラースは、妹カミーユを殺したあと、この軛の下を通らねばならなかった。妹は、兄の敵キュリアスへの愛を叫びながら、みだらな格好をして閨房から出てきたのであった。こうした贖罪的な純化の行為は、非常に古くから存在しており、集団の中で自分の地位を回復するのに不可欠のものであった。軛の下をくぐって、つぐなう必要がどうしてもあった。祖先からの軛の使用は、都市での法律に従う以上の意味を持っていた。ジャン・ボージュは、こう書いている。「秘密の、あるいは人工的な門の名残を、これはとどめている。一度、加入儀式をした青年は、訓練の時を過ごした超自然の世界から、この門をくぐって再び人間の通常の世界へ戻ってくる」。軛はそのために、〈社会への再加入〉のシンボルとなった。
 (『世界シンボル大事典』)