W本 PL本
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そこでクサントスは、先ず客人に蜂蜜酒が供されるようにと言いつけた。すると彼が謂う、「いけませんや、旦那。あんたが最初に飲んでください、その次にはあんたの細君が、その後であんたの友人たるわれわれが」。するとクサントスはアイソーポスに身振りで示した。「1回目はわしの勝ち」。たしかに、いかにもお節介屋に見えた。次いで、魚の皿が給仕された。クサントスは口実を探して謂った、「わしはあれほどの味つけ材料をやったのに、この調理はわしを馬鹿にしとる。香料もなし、オリーブ油もなし、煮汁のソースもなし。調理人をぶん殴ってくれよう」。客人が謂う、「おやめなさい、ご主人、責任は何にもありません、すべては美しい」。クサントスが再びアイソーポスに身振りで示した。「見ろ、2回目だ」。次いで、胡麻のたっぷり入った平菓子(plakous)が運びこまれた。クサントスが味見をして言う、「パン焼き職人を呼べ。何ゆえこの平菓子は蜜も乾葡萄も入っていないのだ」。客人が再び謂った、「ご主人、平菓子も美しいし、食事に欠けるところも何もありません。むやみに奴僕たちをぶってはいけません」。クサントスは再びアイソーポスに身振りで示した。「見ろ、3回目だ」。相手が「認めます」と謂う。そして、一同が食事から起った後で、アイソーポスはぶら下げられ、殴られた。クサントスが彼に謂う、「今回はこれだけにしておいてやる。だが、お節介でない人間をわしのところに呼ばなければ、足枷をかけておまえを八つ裂きにしてやる」。

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 翌日には、都市の外に出かけていって、お節介でない人間を見つけるべく探した。そうして、大勢の人々が通りすぎるのを眺めていたが、見かけは田舎者だが、立ち居振る舞いは都会人の人物を一人見た、〔その人物は〕薪を満載したロバを追い立てながら、人通りの多い道には顔をそむけ、大勢の往来を避けて、ロバにしゃべりかけていた。そこで彼〔アイソーポス〕はこれの後からついていった、これをお節介やきでないと狙いをつけたのである。その田舎人はロバに謂う、「歩くのだ、早く町への道を急げ、そうしたら薪は12アッサリオンで売れる。そしたら、2アッサリオンはおまえがまぐさと大麦用にとれ、わしも2アッサリオンを自分のためにとる、しかし8アッサリオンは別の運命のためにとっておこう、何か病が襲ったり、突然嵐が起こったりしないように」。

そういうわけで、翌日、アイソーポスは広場に出かけて行き、道行く人々を見渡し、とある一箇所にたっぷりの間座っている男に眼をとめ、 こいつなら面倒のない単純なやつだろうとひとり品定めをして、近づいて行って謂った。「主人がいっしょに食事しようとあんたを呼んでんだ」。
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アイソーポスは自分の心の中で言う、「何だ、これは? ロバと対話しているのか? ますますもってお節介でないひとだわい。このひとに挨拶しよう」。そして挨拶して「ご機嫌さん」と謂う。すると相手も挨拶を返した。アイソーポスが謂う、「この薪はいくら?」。田舎人が謂った、「12アッサリオン」。アイソーポスが言う、「クサントスという哲学者を知っているか?」。相手が謂う、「知らねぇよ、小倅」。アイソーポスが言う、「何で?」。客人が謂った、「あっしは田舎者だ、誰とも知り合いはねぇ」。アイソーポスが謂った、「おいらはその人の奴僕なんだ」。客人が謂った、「奴僕か自由人かどっちかって、何にもあんたに尋ねなかったよな? あっしにとって何の違いがある?」。アイソーポスが謂った、「善いことがあんたにありますよう、おいらについてきてくれ、そうしたらおいらがあんたに銀子を払おう、食事もいっしょにつけてね」。

するとくだんの田舎者は、自分が何者で誰に呼ばれているのかもせんさくすることもなく、屋敷に入り、どた靴のまんま食卓についた。クサントスが、「やつは何者や?」と尋ねると、アイソーポスが云った、「出しゃばりでない御仁でさあ」。
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そして、彼を屋敷に連れて行き、薪束を降ろして代金を払い、そして謂う、「おいらのご主人が自分のところで食事するよう招いている」。すると田舎者は、どういう理由で呼ばれているのかお節介もやかず、泥と履き物をつけたまま入って、そのまま休んだ。クサントスが謂った、「誰か、これは?」。アイソーポスが謂った、「お節介やきでないお人でがす」。そこでくだんの〔クサントス〕は、それが田舎者であるのを見て、細君に言う、「奥や、アイソーポスをぶん殴るため、わしに合わせて演技してくれ。つまり、起って、盥に水を入れ、客人に差し出すのだ、彼の足を洗うかのように。おそらく気を遣うだろうからして、お節介ということが判明し、アイソーポスがぶん殴られることになろう」。そこで彼女は、アイソーポスがぶん殴られることを望んで演技した、つまり、手拭いをとると、客人に盥を差し出したのだ。ところが相手はこれを見て、この家の女主人だと気づいたが、自分に向かって謂う、「まったくもってわしに敬意を払おうとしてんだ、だからこそ、手ずからわしの足を洗ってくれようってんだな。わしの足が奴僕に洗われるのが望みなら、そう言いつけることだってできたろうからな」。そうして、脚を伸ばして謂う、「洗っておくんなさい、奥方」、そうして洗ってもらうと、横になってやすんだ。

そこでクサントスは奥方に耳打ちして、自分に調子を合わせるよう、そして自分が指図したことは、そのとおり実行するよう、そうしたら、尤もらしい言葉でアイソーポスめに鞭打ちをくらわせられようと〔云ったうえで〕、次には皆に聞こえよがしに謂う、「奥や、洗足盥に水を張って、客人の足を洗ってさしあげなさい」。つまり、彼はひとり思案したのだ、必ずや客人は遠慮し、アイソーポスは、客人が出しゃばりなことが明らかになって、鞭をくらうであろうと。そこで奥方が水を洗足盥に張って、行って客人の足を洗いだした。相手は、それがこの家の女主人だということに気づいたが、心の中で云った、「ほんまにわしを尊敬してんだ、だからこそ、そのために自分の手でわしの足を洗いたいんだ、こんなことは奉公人に指図すればええことやのに」。そこで両足を突き出して、「洗うてくだされ、おかみさん」と謂う。そして洗ってもらうと、寝椅子についた。
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クサントスが謂う、「お客人に、先ず、蜂蜜酒が供されるように」。客人は自分に向かって、「自分たちが最初に飲むのが仕来りだ、しかし彼らにそういうふうにするのがよいと思われるのなら、お節介はやめておこう」。そこで受け取って飲んだ。さて、一同が食事していると、魚の皿は給仕された。クサントスが客人に言う、「お食べください」。するとかれはイルカのようにその魚を食べた。クサントスは口実を探して料理人に言う、「味つけの悪さは何ゆえか? 脱がせろ、ぶん殴ってやる」。田舎者は自分の心の中で、「美しく煮られているし、至らぬところは何もない。けど、口実をつけて奴僕をぶん殴りたいのなら、わしに何の関係があろ?」。こうして奴僕はぶん殴られ、客人は黙っていたので、クサントスひとりべらべらしゃべった。そして少しして、平菓子が運ばれた。客人はそういったものを見たことがなかったので、煉瓦のように一口〔の大きさ〕にして食べはじめた。

さて、クサントスは、客人に飲み物の酒が与えらるようにと言いつけたので、かの客人は心中に自問自答した、「先に飲むべきはこの人たちやのに、そうするのがこの人たちによいと思われるなら、こういったことはわしの穿鑿すべきことやない」とおもって、盃をとって飲んだ。さらにまた食事が進んである食べ物が客人に供されると、かの客人はうまそうに食べたが、クサントスは料理人に、これは味つけが悪いといってなじり、しかのみならず、服を脱がして料理人に鞭をくらわした。しかし田舎者は、心の中で言った、「料理はとびきりよく茹でられてたし、わしには美しさにかけて欠けるところはなかった。けれどまぁ、口実がなくったって自分の奴隷を家長が鞭打ちたいというのやから、わしに何の関係があろう?」。こうなってはクサントスは思案にあまり、客人が何も出しゃばった真似をしないので、ふさぎこんでいると、とうとう菓子パンが運ばれてきた。客人は、いまだ菓子パンを味わったことがないものだから、これを積み上げてわしづかみにし、一口で食ってしまった。
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さて、彼が喜んで噛んでいるのを見てクサントスはパン作りを怒鳴りあげ、謂う、「何ゆえだ、ろくでなし、この平菓子は蜂蜜も胡椒も入っておらず、いやそれどころか酸っぱいのだ?」。相手が謂った、「この平菓子がなまだというのでしたら、あっしをぶん殴ってください、けど、美しく味つけされていないというなら、責任はあっしではなく、奥方がドレッシングをかけ遅れたからでがす」。クサントスが謂った、「細君の不注意のせいで起こったことなら、彼女を生きながら焼き殺してくれよう」。そして細君に謂った、「わしに合わせて芝居をしろ」。そして謂う、「アイソーポス、わしのために芝を持って来てくれ、そして真ん中で点火しろ」。そこで彼〔クサントス?〕が行って火をつけた。さらに細君を呼んで、真ん中に連れて行き、あわや焼き殺されるかのごとくにして、しかし田舎者をじっと見つめた、飛びだしてきて、自分がそれを実行するのを阻止するかどうかと。

ところがクサントスは、菓子作りを、「いったいこれは何だ、ろくでなしめ」と謂う、「密の胡椒もなしで菓子パンをこしらえるとは」となじると、その菓子作りが謂った、「おお、ご主人さま、この菓子パンがなまでしたら、あっしを殴っておくんなさい、けど、ご要望どおりにこしらえられてないのでしたら、責任はあっしではなくて、女将さんにあります」。するとクサントスは、「これをこしらえたのがわしの女房なら、たった今そいつを生きたまま火あぶりにしてくれよう」。そうして、アイソーポス〔を鞭打つ〕ためだからもう一度自分に調子を合わせるよう奥方に合図する。かくして中央にブドウの蔓を運び入れるよう言いつけ、火を点じた。そして奥方がつかまえられると、これを火中に放りこむふりをしながら、火の近くに引きずっていった。何やかやと時間をつぶしながら、田舎者が立ち上がって、こんな無謀をもしやとめようとするかと、彼をうかがった。
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しかし田舎者は自分に向かって言った、「責任はないのに、この御仁は何で怒っているのか?」。そして彼に向かって謂う、「家長はん、そうと決めなすったなら、ちょっくらお待ちを、あっしも行って、畑からあっしの細君を連れて来ますによって、二人をいっしょに焼き殺しておくんなさい」。さすがにクサントスはこれを聞いて、田舎者の活力(empsychon)に驚嘆し、アイソーポスに向かって謂った、「見よ、まっことお節介でない御仁だ。おまえの勝ちだ。たくさんだ。これからは、豆に好意をもってわしに奴隷奉公してくれ、運命によってわしから自由を得られるように」。すると相手が謂った、「もうおいらを非難しなさんな、ご主人」。

相手の方は、またもや心の中で対話していた、「責任はないのに、いったいどうしてこんなに怒るのやら?」、そうして謂う、「旦那さん、そうしなくてはならんとのご決心なら、ちょっくらあっしを待っておくんなさい、帰ってあっしも畑からあっしのかかあを引っ張ってきますよってに、両方ともここで焼き殺しておくんなさい」。これをこの男から聞いてクサントスは、その無邪気さと高貴さに驚嘆し、アイソーポスに謂う、「見ろ、真実出しゃばりでない人だ。勝ちはおまえのものだ、アイソーポス。もうこれ以上おまえの相手をするのはたくさんだ。これからはおまえの自由にするがいい」。
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 翌日のこと、クサントスがアイソーポスに言う、「定刻になったら、風呂に行って、こんでいないか覗いてこい、入浴したいから」そこでアイソーポスが道を行っていると、これに将軍が出くわし、クサントスのところの者だと知っていたので、これに言う、「どこに行くのか?」。するとアイソーポスが謂う、「知りまへん」。将軍は、彼が自分を馬鹿にしていると思って、これが番所にぶちこまれるよう命じた。するとアイソーポスは連行されながら謂った、「ご覧のとおり、あなたに美しく答えたってことでがす。あなたに出くわして、番所に連れて行かれようとは、思いも寄りませなんだから」。すると将軍は彼が易々と申し開きしたことにびっくりして、彼を放免してやった。
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 翌日、クサントスはアイソーポスに指示して、風呂屋に行って、多くの人で混雑していないか見てこい、自分が入浴したいから、といった。ところが、道々、将軍が〔アイソーポスに〕出くわし、彼がクサントスのところの者と知って、どこへ行くのかと尋ねた。するとこいつが、「わかりまへん」と謂うので、将軍は、この返事を自分のことをへとも思っていない証拠とみなし、彼を牢屋に連行するよう言いつけた。そうすると、連行されながらアイソーポスが叫んだ、「ほらね、おお、将軍さま、あっしが答えたのは正しかったでがしょう。だって、旦那に出くわして、今まさに牢屋に連行されようとは、予想もしなかったことでがすから」。将軍は、この釈明の周到さに驚倒して、釈放して立ち去らせた。
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さて、アイソーポスが風呂についてみると、大いに混んでいて、入口の真ん中に石が無分別に置かれてあり、入ってくる人たちがそれぞれこれにつまずいて、置いた者を呪っていた。しかし一人の人がこれをどけて、入浴しに入っていった。そこでアイソーポスは、屋敷に帰って旦那に言う、「ご主人、入浴するとのご命令なら、風呂にいる人間は一人だけ見やした」。クサントスが言う、「ゆったり入浴できるとは美しい。入浴用品を持ってゆけ」。しかしクサントスが入ってみると、入浴者が大勢なのを見て、言う、「アイソーポス、『人間は一人だけ見た』と云わなかったか?」。相手が、「たしかに」と謂う、「この石が入口の前にあるのを見やした、入ってくる者みんながこれにつまずいておりやした。ところが一人だけ、つまずいたけれど、誰もつまずかないようにと持ち上げてどけやした。この人こそ、ほかの人たちに比べて人間だと判断して、あんたに真実を明かしやした」。クサントスは云った、「こと申し開きについていえば、アイソーポスのは、そつがないな」。

 こうして、アイソーポスが風呂屋にたどりつき、そこが多くの人で混雑しているのを見たが、入口の真ん中に石が転がっているのを眼にした、この石に、入ってゆく者も出てくる者も、めいめいが蹴躓いていた。すると、入浴のために入ってゆこうとした一人のひとが、これを持ち上げて傍に移動させた。そこで、主人のもとに引き返して、「旦那の言いつけが」と謂う、「ご主人さま、入浴することなら、風呂屋に人間は一人見かけました」。そこでクサントスは出かけて行き、入浴者が大勢いるのを眼にして、「これはどうしたことか、アイソーポス」と云う、「人間は一人見ただけと謂うたやないけ?」。アイソーポスが、「はい」と謂う、「というのは、あの石が」と手で示しながら、「入口の前に転がっていたのでがすが、入る人も出てくる人もみんなあれに蹴躓いていたのでがす。けど、蹴躓かないよう持ち上げてわきへ移動させたのは一人だけ。だから、衆にすぐれた人間は、その人一人しか見えないと云ったのでがす」。そこでクサントスは、「アイソーポスの釈明には、一分の隙もないな」。
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 さて、入浴後、食事会に出席した。そして食事後、胃が痛くなったので、雪隠に出て行った。そこでアイソーポスも傍に立って、1クセステースの水を捧げ持っていると、クサントスが言う、「われわれが厠で腰掛けているとき、自分の糞便をちらちら眺めるのは、人間のいかなる習慣によってか、わしに云うことができるか?」。アイソーポスが謂った、「昔々、ひとりの賢者が、放蕩のせいで長時間、厠に腰掛けていて、とうとう腰掛けたまま、自分の心臓まで放りだしてしまいやした。それで、そのとき以来、人間は恐れて、自分の糞便をちらちら眺めやるのでがす、自分も自分の心臓を放り出しはしないかと。もっともあんたは、何の心配もおへん。心臓を持っておいでやないから」。
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 他のあるとき、クサントスは便所からもどりながら、人間たちが排便をしながら尻の穴を見やるんは、いったい何でだろうかとアイソーポスに聴くので、くだんの男が謂った、「昔々、けっこう贅沢な生活をしていたひとりの男が、放蕩のせいで長い時間雪隠の中にしゃがんでいた、そのため、そこで時間つぶしをしている間に、自分の心まで排泄してしまった。そういう次第で、それ以来、自余の人間たちは自分たちまでが何とかそんな目に遭わないですむよう、自分の尻の穴の糞を見張っているんでがす。でも旦那は、ご主人さま、心配いりまへん。心を持っておいでやないから」。
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 翌日のこと、クサントスは酒宴のため、友人たちといっしょに寝椅子について、酒宴も最高潮に達したとき、いろいろな設問がたっぷり出された。するとクサントスが混乱し始めたので、アイソーポスは、喧嘩になると察して、言う、「ご主人、ディオニュソスは酒という飲み物を発明されたとき、飲むとき3つの混合が用いられるよう、人間に云ったのです。最初は快楽のそれ、二番目は好機嫌のそれ、三番目は暴慢のそれでがす。だから、ご主人、飲んで好機嫌になられたんでがすから、暴慢のそれは若い人たちにお譲りなさい。聴衆がおり、その人たちの前で〔酔っぱらっていることは〕もう証明ずみなのでがすから」。するとクサントスは、すでに酔っぱらっていたので、謂う、「黙れ、冥府(Haides)の相談役」。アイソーポスが云った、「待っていなされ、そうしたら、じき冥府に墜ちなさるで」。
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 ある日、酒宴がとりもたれ、クサントスも他の哲学者たちといっしょに寝椅子についていたときのこと、すでに宴たけなわとなり、彼らの間で深い哲学的問題が議論されていた。するとクサントスが興奮しだしたので、アイソーポスが傍につきっきりで謂った。「ご主人様、ディオニュソスは3つの混酒器をお持ちでした。第1は快楽の、第2は酩酊の、第3は暴慢の。ところで旦那がたも、すでに飲み過ごして愉しまれたのですから、続きは取りやめられませ」。するとクサントスがすでに酩酊していたので謂う、「黙れ、忠告は冥府の館に住まいする連中にするがいい」。するとアイソーポスが、「むろん、旦那は冥府の館にでも引きずり降ろされなさるでしょうよ」。
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すると、学生のひとりが、クサントスが悪態ついているのを見て、言う、「お師匠、人間には何でも可能なのかどうでしょうか?」。クサントスが謂った、「この生き物は何でもするし、どんなことでも言葉以上のことを実行することが可能だ」。そこで学生が云った、「人間は海を飲み干すことの可能でしょうや?」。するとクサントスが、「然り」と謂う、「わし自身も海を飲み干すことができるぞ」。すると学生が、「しかし、もし飲み干せなければ、何と?」。クサントスが、酒にすっかり参らされていたので、謂った、「わしの全財産を賭けて約定を取り交わそう」。こうして、そういう条件で指輪を差し出して、約定を実効あるものとした。

弟子のひとりが、クサントスが酔いですでにへべれけになって、すっかり呂律もまわらなくなっているのを見て、「導師よ」と謂う、「海を飲み干すことのできる者がいましょうや?」。すると彼が、「あたりまえやないけ。わしなら自分でそれを飲み干せるからや」。するとその弟子が、「もしもできなかったら、いったいあなたのどんな財産をかけなさいますか」。するとクサントス、「わしの全財産を賭けよう」。これの証拠に彼らは指輪を置いて、申し合わせを有効にした。
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翌朝になって、クサントスは起床し、顔を洗おうとして、指輪が見あたらないので探した。そして謂う、「アイソーポス、わしの指輪はどうなった?」。アイソーポスが謂った、「知りまへん、わかっていることは、あんたはあんたの財産とは無縁の者(xenos)だってことだけ」。するとクサントスが、「何を言っているのか?」。アイソーポスが謂った、「昨日の酒宴の際に、あんたの全財産を賭けて、海を飲み干すって約定を交わして、指輪を差し出しなすっただよ」。クサントスが云った、「いったい、どうしてわしが海を飲み干すことができようか? どうかおまえにお願いだ、おまえがもっている経験知で可能なら、わしを助けてくれ、何らかの口実をもうけて、わしが勝つなり、あるいは、約定を解消するなりできるよう」。アイソーポスが謂った、「勝つことはできませんが、解消することならやってみやしょう」。クサントスが、「わしに策をくれ」と謂う、「どんな言葉によってか」。

こうしてそのときはお開きになった。次の日の朝、クサントスは目覚めて、顔を洗おうとして、洗っているときに指輪が見あたらないので、それをアイソーポスに聴いてみると、彼は「知りまへん」と謂う、「いったい何が起こったのやら。ただひとつわかっているのは、旦那の家産は他人のものになったってことだけ」。そこでクサントスが、「それは、どういうことか?」。するとアイソーポス、「昨日、酔っぱらって海を飲み干すと賭けをなすったってこと。それも、指輪まで同意のしるしにしなすった」。そこでくだんの彼が、「いったいどうして、信じられぬ大事をわしができようか。いや、今こそお願いだ、何らかの弁えであろうと、何らかの才覚であれ経験であれ、つきあってくれ、助け船を出してくれ、勝つなり、少なくとも約束を解消できるように」。そこでアイソーポスが、「勝つことはできまへんが、合意を解消することならやってみやしょう。
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アイソーポスが謂った、「執達吏があんさんの訴訟相手といっしょに来て、海を飲み干すよう連中が言うても、否定してはあきまへん、酔っぱらって約定た当のことを、しらふでも言いなはれ。そうして、海岸に敷物と机を置いて、酌とりの童僕たちが傍に立っているよう命じなはれ。そして、準備万端整ったと見たら、群衆が見物に押しかけてきたときに、〔寝椅子に〕もたれて、skyphosを海の水で満たすよう命じなはれ、そして公然と執達吏に向かって云いなはれ、『約定の内容たるやいかに?』。するとあんたに申し立てる、『海を飲み干すとのこと』。そこで言いなはれ、『何ぞそれ以上のことはないのだな?』。『ない』と申し立てる。そこでこのことの証人を立てたうえで言いなされ、『市民諸君、本流なして蕩々と流れてやまぬ河川は多く、それらは海の流れこんでおる。ところで、約定たるは、海を飲み干すということのみにて、流入する河川までもということにあらず。されば、行って、流入する水の流れを変えていただきたい、さすれなわれも海を飲み干さん』。こういうふうにしさえすれば、不可能は不可能によって解消されるでがしょう」。

つまり、今日、再び同じところに参会したら、何が起こってもびびらず、酔っぱらって合意した同じことを、今度はしらふで言いなせい。それでも、敷物と卓を浜辺に据え、童僕には海水を旦那に差し出す水呑(ekpoma)を用意させておきます。こうしておいて、見物に馳せ参じた群衆をぐるりと見まわしてから、本人は卓について、水呑に海水で満たすよう言いつけなさい。そうして、それをとって、みなに聞こえるよう契約執行吏に云いなさい、『あんたたちと交わした契約はどんなだったかな?』。そこで相手が旦那に答えるでしょう、海を飲み干すと合意したというふうに。そこで旦那は全員の方に振り向いて、次のように謂いなさい、『サモスの諸君、いかほどの河川が海に流れこんでいるかは、あなたがたもよくよくご存じのとおりである。ところでわしが飲むと約束したのは、海だけであって、そこに流入する河川までは〔飲むと約束〕していない。されば、ここなる弟子をして、行って先に河川をみなとめさせていただきたい、しかるのちにすぐにわしが海だけ飲み干すとしよう』」。クサントスは、これによって契約が解消するであろうことを知って、狂喜した。
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これを理解したクサントスは大喜びした。すると、約定を交わした相手が、町の貴顕たちといっしょに門前に乗りこんできた、そこでクサントスが進み出ると、約定を果たすよう求めた。アイソーポスが云った、「あんさんこそ、あんさんの財産をおらのご主人に渡すがええだ、この方にとっちゃ、海はもう半分空っぽになってる蛇」。学生が謂った、「おまえはわしのものになれ、アイソーポス、もうクサントスのものじゃなくて」。するとクサントスが、海べりに寝椅子を広げ、卓を据えるよう命じ、一方、町の大衆が見物に押し寄せた。そこでクサントスは立ち上がると、アイソーポスが駈けていって、skyphosをとり、海水で満たして、クサントスに手渡した。

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そこで彼が受け取って、執達吏に言う、「公的に云え、約定の内容はいかに?」。そこで相手が言う、「海を飲み干すとのこと」。クサントスが、「何ぞ他にはないのだな?」。相手が、「ない」。すかさずクサントスが、「市民諸君、海には多くの河川が水を流しこんでいる。されば、わが訴訟相手をしてそれらの口を閉めきらせていただきたい、さすれば余も海のみを飲み干すことを確実にしようほどに」。すると、全衆がクサントスを祝福して拍手喝采し、くだんの学生はクサントスの足許に身を投げ出して、言う、「あなたは偉大な方です、お師匠、あなたはわたしに打ち勝ちました、約定を解消してくださるようお願いします」。

さて、どうなるか見物しようと民衆は海岸に蝟集し、クサントスはアイソーポスに教えられたとおりにして、云ったので、サモス人たちは彼をほめたたえて驚嘆し、拍手喝采した。弟子はといえば、このときクサントスの足許に平伏し、相手の勝ちを認め、契約を解消するよう懇願した。民衆がせがむので、クサントスはそのとおりした。
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 さて、彼が家に帰ると、彼のところにアイソーポスが近づいてきて、言う、「あんたの全財産を救っただから、自由を得る資格がありやす」。ところがクサントスは、傲慢無礼に彼を追いはらって言う、「何だと? あれしきのこと、わしが考えつかなかったとでも?」。アイソーポスはこの忘恩に悲しんだ、そして謂う、「おらを引き留めとくがええだ。おらがあんたに逆らってやる」。

かくして彼らが屋敷に帰り着くと、アイソーポスがクサントスに近寄って云う、「旦那の頼みで全財産を守ったんやから、あっしは自由を得てもええんとちゃいまっか?」。するとクサントスが彼を罵ってこう云って追い払った、「まさか、わしがそんなことをする気になるとでも? とんでもない、
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 とある一日のこと、独りきりになったので、服を脱いで、自分の両手を叩いたりゆすったりして、羊飼いのやるみだらな恰好をしはじめた。ところが、クサントスの細君が、屋敷からいきなり〔現れて〕現場を取り押さえ、謂う、「アイソーポス、それは何なの?」。そこで彼が言う、「奥方、善行ですし、腹の足しにもなるんでがす」。彼女はといえば、彼の恥部の長さと太さを見て、彼の不様さも忘れて、恋情に刺し貫かれた。そこで彼を私的に呼び寄せて謂う、「今、つっかからずに、あたしに満足のいくことをしてくれたら、あんたのご主人よりももっと喜ばしてあげる」。そこで彼が彼女に向かって、「ご存じのとおり、おらのご主人がこれを知ったら、相応の報いを、けっして小さくはないむごさでくらわされることになりやす」。すると彼女が笑って謂った、「あたしと10回交わってくれたら、あんたに外衣の衣裳を授けましょう」。そこで彼が、「おらに誓ってくだせい」。すると彼女は発情して彼に誓った。そこでアイソーポスは、信じ、かつはまた主人に逆らってやりたくもあったので、9回までは欲情を遂げ、そして謂う、「奥方、もう1回はできまへん」。そこで彼女が試みたうえで言う、「10回分満たしてくれなければ、何にももらえないわよ」。そうはいっても、すっかりくたくたであったので、10回目は股に果たしてしまった、そして謂う、「おらに外衣をおくんなさい、さもなきゃ、あんたのことをご主人に訴えてやる」。すると細君が言った、「あたしはあたしの畑を掘り起こすためにおまえを雇ったの。ところがおまえときたら、仕切り壁を超えて、隣人の地所まで掘り起こしたんだよ。だから務めをお果たしよ、そうして衣裳を受け取るがいい」。

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そこでアイソーポスは、通りがかったクサントスに近づいて謂う、「あんたのことで、おらをおらの奥方といっしょに裁いておくんなさい。彼はこれを聞いて、「何のことだ?」。すかさずアイソーポスが、「ご主人、奥方がおらといっしょに道を行っていると、実もたわわなスモモを見つけただ。1本の枝にいっぱいなのを見て、欲しくなり、言うだ、『石1個で10個のスモモをあたしに当ててくれるなら、あんたに外衣の衣裳をさしあげよう』。そこで、おらは当てて、狙いどおり1個の石で10個を彼女のところにもっていったが、そのうちの1個はたまたま堆肥の上に落っこちただ、そいで今も、おらに衣裳をくれることを拒んでいるだ」。これを聞いて彼女は夫に言う、「9個を受け取ったことは認めますわ、でも堆肥の上に落ちたのは、計算に入れませんの。だから、もう一度当てさせて、あたしにスモモを1個振り落とさせてくださいな、そうしたら、外衣を取らせましょう」。アイソーポスが謂った、「おたの実注3)は、もうみのらねぇだ」。そこでクサントスは、アイソーポスに衣裳が与えられるよう裁定し、彼に向かって謂う、「アイソーポス、市場まで行ってみよう、わしはくたびれたから。ついでに、スモモのをわしのために振り落としてくれ。奥方にも持っていってやれるように」。すると彼女が云った、「そうさせてください、旦那。そうしたら、わたしは言いつけどおり外衣をやりましょう」。

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 クサントスがアイソーポスに言う、「わしは鳥占の術に通じておる。だから、門前に出ていって、もしもつがいの烏を眼にしたら、わしに知らせよ、この前兆は美しいからだ、しかしやもめ烏だったら、この鳥占の前兆は悪い」。そこでアイソーポスが外に出てみると、たまたま門前につがいの烏がいるのを眼にし、中に入ってクサントスに知らせた。しかし彼が出て来る間に、1羽が飛び去った、それで1羽を見て謂った、「わしに云ったではないか、ろくでなしめ、つがいの烏が門前にとまっている、と」。アイソーポスが謂った、「そうでがす、しかし1羽は飛び去っただ」。そこでクサントスが謂う、「わしをからかうのがおまえのいつものやり方だ」、そうして彼を脱がせて打つよう命じた。そして彼が打たれているとき、ひとがやってきて、クサントスを盛大な食事会に呼んだ。するとアイソーポスが謂った、「やれやれ、情けないこった、おいらはつがいの烏を見たというのに鞭打たれ、あんたはいといえば、やもめ烏を見たというのに、贅沢三昧をしに行きなさる。要は、酒占いとか鳥占いの前兆なんて、愚かなことだ」。するとクサントスは彼の言葉に驚嘆し、「もうよい」という、「打つのはやめよ」。

そんなことより、門に出て看てこい。カラスが2羽いるのを見たら、わしに報せろ。それは善い鳥占だ。見えるのが1羽なら、それはよくない」。そこでアイソーポスが出てみると、そのとおり1本の樹の上にカラスが2羽とまっていたので、中に入ってクサントスに報せた。しかしクサントスが出てくるまでに、そのうちの1羽が飛び去った。だからクサントスはその時はもう1羽だけなのを見ていった、「わしに云ったではないか、ろくでなしめ、2羽いると」。そこで相手、「そのとおりでおます。けど、もう1羽は飛び去りました」。そこでクサントス、「逃亡奴隷め、おまえはまだわしをからかい足りないってわけか」。そうして彼を裸にして殴るよう言いつけた。アイソーポスがまだ鞭打たれつづけていたとき、ひとがクサントスを食事に呼びに行った。するとアイソーポスは[まだ]殴られながら喚きたてた、「あわれな者にお慈悲を。あっしは2羽のカラスを見ても殴られているのに、旦那はたった1羽のカラスを見ても宴会に出かけなさる。要は、鳥占なんて時代後れだってことでさ」。するとクサントスは、彼の理知に驚いて、殴るのをやめるよう言いつけた。
77a
 数日後のこと、クサントスがアイソーポスを呼びつけて彼に向かって謂った、「わしらに美しい食事をこしらえてくれ。学生たちを呼んだから」。そこでアイソーポスは彼らの宴会に必要なものをこしらえて、自分の奥方が寝椅子に横になっていたので、彼女に向かってアイソーポスが謂った、「食卓に注意していておくんなさい、おらの奥方、牝犬がやってきて、ご馳走を何か喰っちまわねえように」。すると彼女が彼に向かって謂った、「さがっていいよ、そのことは何も気にせずに。あたしにはお尻にも眼がついているから」。そこでアイソーポスは別の用事のために忙しくして、再び食卓のところに来てみると、自分の奥方が居眠りして、食卓に自分の背を向けているのを見つけた。そこで彼は、牝犬が上って食卓を使い物にならなくするのではないかと恐れて、自分の奥方が、『あたしにはお尻にも眼がついている』と云っていたのを思い出したので、彼女の内衣をまくりあげて、彼女の後ろをむきだしにして、そのまま彼女を横たわったままにしておいた。そこにクサントスが学生たちといっしょにやってきて、食堂に上がってきた。そうして、彼女がむき出しのまま眠っているのを見て、恥ずかしくなって自分たちの顔をそむけた。そこでクサントスがアイソーポスに向かって謂った、「何だ、これは、おお、ろくでなしめ」。すると彼が謂う、「ご主人、おいらはあんた方の奉仕に忙しかったので、おいらの奥方に食卓に気をつけるよう云っただ、牝犬が上って何か喰っちまわねえように。すると彼女がおらに向かって謂っただ、『さがっていいよ、そのことは何も気にせずに。あたしにはお尻にも眼がついているから』。ところが、ごらんのとおり、おいらの奥方は、完全に眠っておいでた。そこでおいらが彼女をひんむいて、彼女の尻の眼が食卓を見えるようにしただ」。するとクサントスが、「いっつもかっつもわしに、おお、逃亡奴隷め、役にも立たぬことをしてきおったが、これほど役立たずなことはまだしでかしたことがないぞ、わしをもおまえの奥方をも辱めたのだから。いや、招待客の手前、怒るのはやめておこう。そのかわり、おまえをこっぴどく鞭打つことのできる刻を見つけよう、そしてそのときは、おまえをくたばらしてやる」。

77b
 久しからずして、弁論家たちや哲学者たちをクサントスは呼ぼうとして、アイソーポスに謂った、「門前に立っていて、凡人は誰ひとり、わしの家に入ることを許してはならん、ただし知者たちだけは別にして」。そこで食事の刻限になると、アイソーポスは家の門扉を閉めて、内側に腰をおろした。すると、呼ばれた者たちのひとりがやってきて、門を叩いた〔=門鈴を振った〕ので、アイソーポスがこれに謂った、「犬が振るのは何か?」。すると相手は、自分のことを犬と呼んだと思って、怒って引き上げてしまった。こういう次第で、アイソーポスが多くの者たちに同様に申し立てを求めたので、全員が引き上げてしまった。その言葉が無礼千万と信じたからである。ところが、ひとりがやってきて、門を叩いたので、これにアイソーポスが謂った、「犬が振るのは何か?」。すると相手が謂う、「尻尾」。するとアイソーポスはこの人は美しく申し立てたと聞いて、〔門を〕開けて彼を案内した。そして自分の旦那のところに赴いて謂った、「ご主人、他の哲学者は、あんたと食事を共にするために来ませんでした、この方ひとりを除いては」。そこでクサントスはひどくがっかりした、自分をだましたと思いこんだのだ。しかし、次の日、彼らが哲学の学校にやってきたとき、クサントスに言う、「お師匠、どうやら、わてらを蔑ろにしたいと欲しながら、それは恥じて、むさ苦しいアイソーポスを門の前に立たせて、無礼千万にも、わてらを犬呼ばわしたらしい」。そこでクサントスが、「それは幻か、それとも現か?」。そこで学生たちが、「わてらは寝ていたわけないから、現や」。そこでクサントスが、「誰かわしのためにアイソーポスを呼んでくれ」。そこで彼が来たので、クサントスが謂った、「わしに言え、ろくでなし、何ゆえわしの友人たちや弟子たちを、敬意をもって案内する代わりに、おまえは彼らをわしの家に 蔑ろにし、無礼を働き、彼らを不面目に追い返したのか?」。すかさずアイソーポスが、「ご主人、あんたはおいらに云ったでないか、『頭の悪い連中の誰ひとりわしの家に案内してはならん、弁論家や哲学者でないかぎり』と」。そこでクサントスが、「そうだ」と謂う、「いったいどこに、知者とはこの人たちのことではないのか?」。すかさずアイソーポスが、「ちゃいます、まったくもってど素人でがす。なぜなら、あんたの門を叩くので、おいらが内側に立っていて、彼らに尋ねただ、『犬が振るのは何か?』。この御仁らの誰ひとりとして、このことばに そこでこれは愚か者として案内しませなんだ、おいらに賢明の答えなすったこの御仁ひとりを除いては」と、その会食者を自分の主人に指し示した。こういうふうにアイソーポスが申し開きしたので、一同、彼が云うのが正しいと謂ったのであった。
16
 多日を経ずして、クサントスは哲学者たちや弁論家たちを招こうとして、アイソーポスに、門前に立っていて、凡人は誰ひとり入ることを許してはならん、ただし知者たちだけは別にして、と言いつけた。正餐の刻限になると、アイソーポスは門を閉めて、内側に腰をおろした。呼ばれた者たちのひとりがやってきて、門を叩いた〔=門鈴を振った〕ので、アイソーポスは内側から謂った、「犬は何を振るか?」。相手は犬と呼ばれたと思って、怒って引き上げてしまった。こういうふうにして、各々の人ががやってきて、再び怒って立ち去った、アイソーポスが内側から全員に同じことを質問したので、侮辱されたと思ったからである。ところがその中にひとり、〔門を叩いて〕、「犬は何を振るか?」というのを聞いて、「尻尾と耳」と答えた者がいたので、アイソーポスは彼を正しく答えたと合格審査して、開門して主人のところへ案内して謂う、「旦那と食事を共にする哲学者はひとりもやってきませんでした、おお、ご主人さま、この方ひとりを除いては」。そこでクサントスはひどくがっかりした、招いた連中にだまされたと思ったのだ。しかし、次の日、招かれた連中が哲学の学校に参会したとき、クサントスに不平を鳴らして、こう主張した、「どうやら、おお、導師よ、あんさんの本心はわてらを蔑ろにしたいけれど、さすがにそれは恥じて、アイソーポスのくそったれを門の前に立たせて、わてらの顔に泥を塗って、犬呼ばわりさせたらしい」。そこでクサントスが、「それは夢でか、それとも現でか?」。そこで彼らが、「わてらが鼾をかいてたわけないから、現でや」。かくしてすぐさまアイソーポスが呼びつけられ、何のために友たちを不面目にも追い返したのかと、怒りをもって尋ねられると、謂った、「旦那はあっしに、ご主人さま、申しつけやしたんとちゃいまっか、凡人で無学な連中は、旦那の宴会に招じ入れてはならん、ただし知者たちだけは別や、と」。そこでクサントスが、「いったいここな方々は何か? 知者ではないか?」。するとアイソーポス、「どうみても無理でおます。この御仁らが門を叩いたとき、「犬はいったい何を振るか?」と内側からあっしが質問しているのに、この御仁らのどなたさんも答え(logos)をご存じやなかった。そやからあっしは、みんな無学とわかったと思って、どなたさんも中に通さなかったんでおます、賢明に答えなさったあの方ひとりを除いては」。こういうふうにアイソーポスが申し開きしたので、一同彼が云うのが正しいと票決したのであった。
78
 数日後のこと、クサントスはアイソーポスといっしょに記念碑のところに至り、棺の碑銘を読みあげて興じていた。するとアイソーポスが、ひとつの棺に意味不明な字母 — ΑΒΔΟΕΘΧが彫られているのを見て、クサントスに示して謂う、「いったい何でがすか、これは?」。そこで彼は、念入りに調べ、思案に暮れたが、それの解き方を見つけられず、ついに謂う、「アイソーポス、わしは行き詰まった、そこでおまえがこの問題を解き明かしてみよ」。すると相手が彼に向かって、「ご主人、この標柱によって黄金の宝物をあなたにあげたら、何をおらにくれるだ?」。クサントスが聞いて言う、「安心せい、アイソーポス、自由と黄金の半分をもらえよう」。
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 さらにまた数日後、クサントスは、アイソーポスを従えて、陵墓のところへ行き、あちこちの棺に刻まれた碑銘を読みあげて、ひとり興じていた。このときアイソーポスが、とある棺に、ΑΒΔΟΕΘΧといった字母が刻みこまれていのを見て、クサントスに示してこれがわかるかと尋ねた、相手は千思万考したが、その説明を見いだせず、すっかり行き詰まっていることを認めた。するとアイソーポスが、「この碑文によって、おお、ご主人さま、財宝の在処を旦那に示したら、あっしに何をくれまっか?」。そこで相手が、「財宝を。おまえの自由と黄金の半分を取るがいい」。
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アイソーポスはこれを聞いて、陶片を取ると、標柱から4歩さがって、掘り、宝物を掘り出して、主人のところに持っていった。そうして謂う、「ご主人、おらとの約束をはたしておくんなさい」。するとクサントスが、「ないものとおもえ」と謂う、「いかなる思いつきで宝物を見つけたのか、わしに白状しないかぎりはな。学ぶことが、発見物よりもはるかに価値あることなのだから」。アイソーポスが謂った、「ご主人、この宝物を保管した人は、哲学者らしく、7文字を彫りこんだのでがす、それの意味するところは、Αはさがって、Βは歩、Δは4,Οは掘って、Εは汝は見つけん、Θは宝物を、Χは黄金の」。クサントスが言う、「これほど何でもできて、頭のめぐるりがよいとなると、自由をわがものにすることはできまい」。すると相手が彼に向かって、「ご主人、黄金はビュザンティオン人たちの王ディオニュシオスに引き渡すようあんたに厳命します」。「どこからわかったのだ?」と彼〔クサントス〕が謂う。アイソーポスが謂った、「この文章からわかりやした。こう言っているのだと、Αは引き渡せ、Βは王に、Δはディオニュシオスに、Οは汝の発見せしものを、Εはここで、Θは宝物を、Χは黄金の」。

このときアイソーポス、碑文から4歩離れて、地面を掘って、財宝を引っ張り出し、主人のところに運んで、言う、「財宝を見つけられたんでがすから、約束のもんをくだせい」。するとクサントス、「とんでもない、字母の意味もわしに謂わんかぎりはな。なぜなら、それを知ることが、わしにとっては発見物よりもはるかに大事なことなんやから」。するとアイソーポスが、「ここに財宝を埋めたのは知者で、この字母を刻みこんだわけやけど、それはこういうことを謂うてるんです、Α離れて、Β歩、Δ四、Ο掘れ、Ε汝は見つけん、Θ財宝を、Χ黄金の」。するとクサントスが、「これほど器用で抜け目ないやつであるからには、おまえの自由をおまえが手に入れることはできんな」。するとアイソーポス、「おお、ご主人さま、黄金はビュザンティオンの王に与えらるべしと言いふらしまっさ。その方に信託されているんでがすから」。そこでクサントス、「どこからそんなことがわかるんや?」。するとくだんの男、「字母からでがす。つまりこう謂うてるんですわ。Α返すべし、Β王に、Δディオニュシオスに、Ο〔見つけた〕ものを、Ε見つけた、Θ財宝を、Χ黄金の」。
80
するとクサントスは、黄金が王のものだと聞いて言う、「発見物の半分を受け取って、おとなしくしてろ」。アイソーポスが謂った、「あんたがおらにじゃなくて、黄金を保管した者として授けてくだせい。というのは、お聞きなせい」と謂う、「Αは汝らわがものとして、Βは汝ら行きて、Δは汝ら分け合え、Οは汝らの発見せしものを、Εはここで、Θは宝物を、Χは黄金の」。そこでクサントスが、「よし」と謂う、「家にゆこう、黄金を分け合うために、そしておまえが自由を得るために」。しかし、彼らが行くうちに、クサントスは相手の舌を恐れて、これを番所にぶちこむよう命じた。するとアイソーポスが謂う、「黄金はとっておくんなさい、その代わりおらに自由をおくんなさい」。するとクサントスが、「おまえの云うことはご立派。そうやって自由を得たら、わしを告発せんとする念にますます強くなるわけだ」。アイソーポスが謂った、「自発的におらをそうすることになるでがしょう」。

するとクサントスは、黄金が王のものだと聞いて、アイソーポスに謂った、「発見物の半分をもらったら、おとなしくしてるんだ」。そこでアイソーポス、「今それをわてにくださるんは、旦那じゃなくて、ここに黄金を埋めた者としてくだせいまし。とにかくお聞きなさい。文字がそう言っているのでがすから。Α拾い上げ、Β歩み行き、Δ分かち合え、Ο〔見つけた〕ものを、Ε汝らの見つけた、Θ財宝を、Χ黄金の」。するとクサントス、「こっちへ」という、「屋敷に、そこで財宝を分けあおう、おまえも自由を返してもらうがいい」。こうして帰ったが、クサントスはアイソーポスのおしゃべりを怖れ、これを座敷牢に放りこむよう言いつけた。そこでアイソーポスは引きずられながら、「これが」と謂う、「哲学者たちの約束ってやつですかい? あっしの自由を返してくれくれないばかりか、あっしを牢に放りこむよう言いつけるとは」。するとクサントスは、彼を解放するよう言いつけて、彼に向かって謂った、「おまえの言うのはたしかに美しい、自由を得るためになら、わしに対してますます激しい告発者になるだろうからな」。アイソーポスは云った、「どんな害悪であれ、あっしに対してできることなさるがええだ。けど、否でも応でも、あっしを自由にすることになるでがしょう」。
81
 さて、そのころ、サモスにある前兆が現れるということが起こった。すなわち、全祭が執り行われ、演劇(thymele)が演じられているとき、上空からワシが舞い降りてきて、公印をさらって、これを奴僕の膝の上に投げ落としたのである。そこでサモス人たちは周章狼狽、この前兆について大いなる煩悶におちいった。そういう次第で、民会に参集し、クサントスに、市民の第一人者にして哲学者であるとして、自分たちのためにこの前兆を解いてくれるよう要請し始めた。
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 ところで、その当時、サモスに次のような事件が突発した。全祭が執り行われていたとき、突如、ワシが舞い降りてきて、公印をかっさらい、奴隷のふところの中に落とした。そういうわけで、サモス人たちは大騒ぎし、この前兆についていうにいわれぬ憂悶にとりつかれ、同じところに集まって、クサントスに懇願し始めた — 同市民の第一人者にして、哲学者であるから、自分たちのためにこの前兆の判断を解き明かしてくれるように、と。
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しかしクサントスは思案に暮れて、猶予を願うと、自分の屋敷にもどった。

けれども彼はすっかり困りはて、しばしの猶予を請うた。そして帰宅したものの、大いに落胆し、苦痛にさいなまれた、判断できるようなことは何もなかったのである。
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〔欠落〕
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