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〔欠落〕

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しかし、すっかり意気消沈し、みずから自分を手にかけようとした、問題を解くことができなかったからである。するとアイソーポスが事情を知って、すでに知者にして主人に愛情を感じていたので、クサントスのところに行って謂う、「ご主人、思いに沈み、危険なほど意気消沈しているのは、どうしたのですか? それをわたしに相談してください、そうして意気消沈してはいけません。そこで、明日、進み出てサモス人たちに云いなさい、『わたしはけっして前兆解きにあらず、まして鳥占い師でもない、しかし経験豊かな家僕を持っている、これがあなたがたのために前兆を解くであろう』。こうすれば、わたしが言い当てられれば、あなたが評判を得るでしょうし、わたしが当て損ねても、ご主人の評判の代わりにわたしがひどい目に遭うだけでしょう」。

するとアイソーポスが、クサントスの落胆ぶりを察して、近づいて言う、「何のために、おお、ご主人さま、そんなに落胆しておられますのや? あっしに相談してみておくれやす、苦痛にはおさらば云うて。明日は、民会で進み出て、サモス人たちにこう云うてください、『それがしは、前兆解きの法も、鳥占の法も学んだこともないが、ここなるわしの童僕は、数々の経験を積んでおる。こやつがあなたがたのために問題を解いてくれよう』と。そうして当の本人が答えをしとめれば、ご主人さま、そういう奴隷を使っている旦那が名声を独り占めにできるでしょう。たとえわてがしくじっても、そこから結果する侮辱はあっしひとりにおっかぶせればいいでしょう」。
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こうして、クサントスはアイソーポスに説得されて、翌日、勇んで劇場に立ち向かい、真ん中に立って、アイソーポスが彼に例示した言説を謂った。そこで人々は、彼の家僕が来るよう頼んだ。

こうしてクサントスは説得されて、次の日、真ん中に立って、アイソーポスとの打ち合わせどおり、参会者に演説した。そこで参会者はすぐにアイソーポスを呼ぶよう要請した。
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 彼が真ん中に進み出たところが、サモス人たちはその姿を見てとるや、嘲弄して彼に言った、「これが前兆解きの顔か? このむさ苦しいやつからどんな善いことが聞けるというのだ?」。そうして笑いだした。しかしアイソーポスは高壇の上に立って、群衆に手を振って静粛にするよう求め、かくて静になると謂った。

彼がやってきて、真ん中に立つや、サモス人たちはその見てくれに心づいて、冷やかして謂った、「この見てくれで、前兆が解けるのか? こんな醜いやつから、いったいどんな美しいことを聞くことができるのか?」。そうして笑いだした。

するとアイソーポスは、手で合図して静粛にするよう要請したうえで、謂う、
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「サモス人諸君、わたしの見てくれをあざ笑うのは何ゆえか? 注視すべきは顔ではなく、精神(dianoia)だ。なぜなら、最悪の恰好に自然は思慮深い分別を与えることしばしばであるからだ。されば、考察すべき対象は陶器の徳(出来)などではなく、内にある酒の味であろう」。これを聞いて群衆は、お互いに声を掛け合い、言った、「アイソーポス、国家のために言うことができるなら、言ってくれ」。すると彼は、自分が称讃されているのを知って、直言して謂った。

「サモス人諸君、なぜわたしの見てくれをあざけるのか? 見てくれにではなく、理性に注目すべきであろう。なぜなら、自然が劣悪な姿形にも有用な理性を植えこむこと、しばしばだからである。それとも、諸君が目をつけるのは、陶器の外形なのか、内にある酒の味にではなくて」。一同は、こういったことをアイソーポスがいうのを耳にして、言った、「アイソーポスよ、何かできることがあれば、国のために言ってくれ」。
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 「サモス人諸君、「運命(Tyche)」は愛美者ゆえ、主人と奴僕とに名声の競い合いを課してきたゆえ、奴僕はといえば、その主人よりもすぐれていると見えたら、鞭の暴虐受けることになる — それゆえ、自由によってわたしに発言権(parresia)を恵贈してくださるなら、まったく恐れるところなく、わたしも問題を語りましょう」。

すると彼は率直に謂った、「サモス人諸君、運命(tyche)は勝利を愛するもの、その運命が今まさに奴隷と主人との間に名声をめぐる競演を課したのであるからには、奴隷が主人に劣ると判明しようものなら、数々の鞭のもとに置かれ、よしやまさっていると〔判明〕しようとも、その場合でも少なからざる殴打にさいなまれるであろう、されば、あなたがたが、わたしの自由をもって直言(parresia)をわたしに賜るなら、わたしは今ただちに怖れることなく問われていることをあなたがたに述べよう」。
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そこで群衆はいっせいに叫んだ、「アイソーポスを自由にせよ、サモス人たちのいうことを聞け、国のために自由を授けよ」。しかしクサントスが、「奴僕を自由にする気はない」と謂った、「わしに奴隷奉公したのが、わずかの間ゆえ」。そこで議長(prytanis))が謂った、「大衆のいうことを聞き入れないのであれば、彼をヘーラ〔から解放された〕自由人としよう、そうすれば、貴殿にとっても名誉は同じとなろう」。さらに友人たちも忠告してクサントスに言った、「貴公、彼を自由にしなされ。ヘーラ〔から解放された〕自由人となれば、自由な正義を自分のものとできるのだから」。かく強要されて、クサントスは自由を与えた、そこで触れ役が声を張りあげた、「Dexikratousのクサントス殿が、サモス人たちのために、アイソーポスを自由にせり」。

このとき、民衆は異口同音にクサントスに向かって声を張り上げた、「アイソーポスを自由にせよ、サモスの者たちのいうことを聞き入れよ。国のために彼の自由を賜えよ」。しかしクサントスは首肯しなかった。そこで評議員が謂った、「クサントスよ、民衆にいうことを聞き入れるのがそなたによしと思われなければ、このさい、わたしがアイソーポスを自由に解放しよう、さすれば、そなたにとって同価となろう」。ことここにいたって、クサントスは余儀なく自由を与えた。そこで伝令官が声を張り上げた、「哲学者クサントスは、サモス人たちのためにアイソーポスを自由とせり」。そしてこれによって、アイソーポスの言葉「否でも応でも、あっしを自由にすることになるでがしょう」が成就したのであった。
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かかる経緯があって、中央に進み出たアイソーポスは、静粛を要請して謂った、「敬虔なる諸君、ワシは、人間界における王のごとく、鳥類の主である、しかるに、諸法の中から統帥権の指輪をさらって、奴僕の懐中に投げ落としたのであるから、今ある王たちのひとりが、われわれの自由を隷従させ、諸法を無効にしようとしているということである」。

さて、アイソーポスは自由を手に入れたので、真ん中に立って謂った、「サモス人諸君、ワシは、ご存じのとおり、鳥類の王である。他方、これが将軍の指輪をさらって、奴隷のふところに落としたということ、これが前兆とするは明らかに、現在の王たちのいずれかが、われわれの自由を隷属させ、現行の法習を無効とせんと企てているということである」。これをサモス人たちは聞いて、意気消沈してしまった。
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 こういうことを劇場でアイソーポスから聞いて、サモス人たちは悲嘆にくれた。そうして集会がもたれているとき、見よ、純白の外套に身を包んだ信書運び(garmmatophoros)がサモス人たちの執政官たちを探していた。そして民会が開催されていると知って、劇場に現れ、執政官たちに信書を渡した。そこで解いてみると、次のような内容であった。「リュディア人たちの王クロイソスが、サモス人たちの執政官たち、評議会ならびに民衆に挨拶する。汝ら、今より、貢祖ならびに租税を朕に上納することを命ず。汝らもし聴従せざらば、朕が王国の持てるかぎりの力もて汝らを害せん」。

程経ずして、リュディアの王クロイソスからサモス人たちに宛てて書簡まで届き、この島から自分〔クロイソス王〕あてに貢祖を納めるよう命じ、聞き入れざるときは、開戦の用意ありとの内容であった。
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こういう次第で、全員で評議して、王に臣従することにしたが、いかにすべきかアイソーポスにも問いただすことを思い立った。するとアイソーポスが謂った、「あなたがたの執政官たちが、王に貢祖を上納しようと説得しているのだから、意見は与えまい、ただ、言葉であなたがたに述べよう、益するところがあれば理解されたい。

そこでみなして(というのは、怖れたから)、クロイソスに臣従して貢祖を納めること、ただしアイソーポスにも問うてみることを評議した。すると、くだんの男は、質問されて云った、「あなたがたの執政官たちが、王に貢祖を納めることを受け入れるとの動議をすでに提案されたのであるから、あえて進言するような真似はやめて、あなたがたにひとつの喩言(logos)を述べたい、しかるのちに貢祖を納入なさるがよかろう。
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「運命(Tyche)」が人生のなかに2つの道を示した、ひとつは自由の道で、これの初めはでこぼこで抜け出しにくいが、最後は平坦で等しい。もうひとつは奴隷の道で、これの初めはなだらかだが、最後は険しく危険に満ちている」。

運命(tyche)が人生に2つの道を示して見せた、ひとつは自由の道で、これの初めは難路であるが、終わりは平坦である、もうひとつは奴隷の道にして、これの初めは安楽で歩きやすいが、終わりは苦しみにみちている」。
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サモス人たちはこれを聞いて、益するところを知り、口々に叫んだ、「自由人であるからには、奴僕にはなるまい」。そうして荒っぽく国使(apokrisiarios)を送り返した。そこで追い返された相手は、出来事をすべてクロイソス王に報告した。そこでクロイソスは動揺し、ほかの国々への見せしめに、サモスを徹底破壊しようと望んだ。するとくだんの国使が王に謂った、「アイソーポスが彼らに意見を与えている間は、サモス人たちを支配することはかないますまい。されば、偽りに使節団を遣って、彼らにアイソーポス引き渡しを要求なさりませ、彼の代わりに恩恵を与えてやるし、貢祖も取らぬと約束して、そうすれば、おそらく、その時に彼らを統治することができましょう」。

これを聞いてサモス人たちは拍手喝采した、「われわれは自由人であるから、すすんで奴隷となることはしない」。そして使節を和平〔条約〕を持たぬまま送り返した。そこでクロイソスはこれを知って、サモスと人たちと戦端を開こうとした、しかしくだんの使節が復命していうには、彼らのところにアイソーポスがいて、知恵をつけているかぎりは、サモス人たちを手下にすることはできないできますまい。そしてさらに、「できるとしたら」と云った、「おお、王よ、使節たちをつかわして彼らにアイソーポスの引き渡し要求をすることです、きやつの代わりにほかの恩恵の授与と、賦課した貢祖の中止とを彼らに約束して。そうすれば、そのときこそ、すぐにでもそれをせしめることができるでしょう」。
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するとクロイソスは、この目標に満足し、自分の役人たちのひとりをサモスに派遣した。この〔役人〕は到着すると、民会を招集して、アイソーポスを引き渡し与えるようサモス人たちを説得した。するとアイソーポスが中央に進み出て謂った、「サモス人諸君、王の足許に行くことは、わたしにとっても望むところだ。しかしあなたがたのために言葉〔=話〕を述べたい。

そこで、こういう次第でクロイソスは、使節を派遣し、アイソーポスの引き渡しを要求した。そこでサモス人たちはこれを引き渡したらいいとの考えをいだくにいたった。
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動物たちが同じ言葉をしゃべっていたときのこと、オオカミたちがヒツジたちと戦争を起こした。ところがオオカミたちが圧制をくわえた。ところがイヌたちがヒツジたちに味方したことで、オオカミたちを退散させた。そこでオオカミたちはヒツジたちのところにひとりの使節を派遣して云った、『平和に生き、戦争の懸念を持ちたくなければ、われわれにイヌたちを引き渡せ』。そこでヒツジたちは愚かだったので、オオカミたちに説得され、イヌたちを引き渡した。こうしてオオカミたちは、イヌたちをずたずたにし、おりを見て、ヒツジたちを滅ぼした。さて、この寓話(mythos)が示しているのは、恩人たちをいたずらに引き渡してはならぬということだ」。

アイソーポスはこのことを知って、アゴラの中央に立って謂う、「サモス人諸君、わたしも、王の足許にゆけるなら、大いにありがたいと思う。しかしあなたがたにひとつ寓話(mythos)を語りたい。生き物が同じ言葉をしゃべっていた時代、オオカミたちとヒツジたちとが交戦した。しかしイヌたちが家畜たちと共闘し、オオカミたちを退散させた。オオカミたちは使節を派遣して、ヒツジたちにこう云った、平和に生きたいなら、そして戦争の心配をしたくないなら、イヌたちをこちらに引き渡すことだ、と。そこでヒツジたちは愚かにも聴従し、イヌたちを引き渡すと、オオカミたちはイヌたちを食いちぎり、ヒツジたちを易々と破滅させたのである」。
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 するとサモス人たちは、このことの意味を考えて、アイソーポスを引き留めることを望んだ。しかし彼は留まることを受け容れず、使節といっしょに出帆し、クロイソス王のもとに到着した、そして参内して、彼〔王〕の御前に立った。王はといえば、アイソーポスを見るや立腹して言う、「見よ、朕ともあろう者に、国民を平定するを妨げたるが、いかような者なるかを」。アイソーポスが謂った、「最も偉大なる王よ、陛下のもとに参上いたしましたるは、力ずくにあらず、まして余儀なくでもなく、みずからの意思でひかえております。そして、あなたがたが、伝聞によって怒っておられるのは、突然傷ついて悲鳴をあげる者たちと同じ状態をこうむっておられるのです。じっさい、傷というものは医者たちの知識によって健康とされ、陛下の怒りはわたしの言葉が癒しましょう。というのは、わたしはみずから望んで陛下のもとに参りましたのに、陛下の足許で死ぬようなことがあれば、陛下の王国を卑小なりと批判することになりましょうほどに。なぜなら、陛下の友人たちを、陛下に反対の意見を助言せざるを得なくなさることになるからです。なぜなら、正しいことを助言する者たちが陛下のもとでは悪く判断されるなら、彼らは陛下にとって反対のことを述べるでしょうから。だから、いそいそと信じる者たちは、空っぽの容器のように、その耳〔取っ手〕によって動かされやすいことがわかってしまうのです。

 そうすると、サモス人たちはこの寓話の問題〔意味〕を理解し、懸命になってアイソーポスを自分たちのもとにとどめようとした。しかし彼は受け入れず、使節といっしょに船出し、クロイソスのもとに参内した。こうして一行がリュディアに到着すると、王は彼の御前に立ったアイソーポスを眺めて、立腹して言った。「見よ、あんな島を従わせようとするわしの邪魔をしたのが、こんなやつとはなぁ」。するとアイソーポスが、「大王様、陛下のもとに参上いたしましたは、力によらず、まして必然によってでもありませぬ、自己選択で参ったのでございます。
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そこでお聞きください」と謂う、「貧しい人間がバッタを狩っていて、チーチー虫というよく鳴くセミまで捕獲し、殺そうとしたところが、それが彼に向かって云いました、『むやみにわたしを殺さないでください。わたしは穂先に不正したことはありませんし、枝を害したこともありません、ただ、羽と脚とを合わせて、いい音色を響かせ、道行く人たちを喜ばせているだけ、わたしからは音色以外には何も見つけられないでしょう』。そこで彼はこれを聞いてそれを話してやりました。わたしも、王よ、陛下の脚にすがって、むやみにわたしを殺さないよう、お願いいたします。なぜなら、わたしは誰かに不正する力もなく、ただ、みすぼらしい身体をまとって、有用なことを発言して、はかない人間たちの人生に益しているだけですから」。

そこで我慢してわたしの話を少し聞いてくださいませ。ある男がイナゴを狩りあつめて殺しておりましたが、セミまで捕まえました。そこでこれを殺そうとしましたら、そのセミが謂うのです。『あなたさま、むやみにわたしを亡き者にしないでください。なぜなら、わたしは麦穂を害することもなく、他のどんなことでもあなたに不正することはありません、わたしのなかにある膜を動かせて、快い声を発し、道行く人たちを楽しませるのみ。ですから、声以外にわたしから得られるものは何もないのです』。くだんの男もこれを聞いて、立ち去るようにと放してやったのです。されば、わたしも、おお、王様、陛下の御足におすがりします、わたしをことさらに殺さないでくださいませ。わたしはどなたかに不正することさえできず、あわれな身体で、高貴な喩言を語るのみでございます」。
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すると王は驚嘆し、かつはまた彼に同情して、謂った、「アイソーポスよ、そなたに生命を与えるは朕にあらず、運命(moira)ぞ。何なりと望みのものを要求するがよい、さすれば受け取れようぞ」。アイソーポスが謂った、「陛下にお願いいたします、主上よ、サモス人たちとの和解を受諾してくださいませ」。すると王が「受諾しよう」と云ったので、アイソーポスは叩頭して感謝した。こういう次第で、自分の寓話 — 今まで読みあげてきたもの — を編纂し、王のために残した。そうして、彼からサモス人たちに宛てた手紙 — アイソーポスのはたらきで、彼らとの和解を受諾する旨の — を受け取り、出帆してサモスに帰り着いた。かくして、サモス人たちは彼を眼にするや、国をあげて花環と合唱舞踏で祝賀した。彼はといえば、民会を設置し、彼らに王の手紙を読みあげ、彼らから自分に自由が与えられた返礼を彼らに示した。そこでサモス人たちは、善行に対して、名誉と彼のための分割地を票決し、その場所をアイソーポスの杜(Aisopeion)と呼んだ。

王は驚嘆するとともに彼を哀れみ、謂った。「アイソーポスよ、そなたに命を与えるはわしではない、運命(moira)じゃ。して何が望みか、求めよ、されば得ん」。すると彼が、「陛下にお願いいたします、王様、サモス人たちを解放してくださりませ」。すると王が、「解放しよう」と云ったので、かの〔アイソーポス〕は地面に身を投げ出し、その恩恵に感謝し、その後、みずからの手に成る寓話集(これは今に至るも伝承されている)を集成して王のもとに残した。そして、〔アイソーポスは〕彼〔クロイソス王〕からサモス人に宛てた書簡(アイソーポスのおかげで彼らに解放が与えられたという内容の)と、数多くの贈り物とを受けとり、出航してサモスに立ち返った。こうしてサモス人たちは彼を見て、彼に花環を捧げ、彼のために合唱舞踏を開催した。彼は彼で、彼らに王の書簡を読みあげ、〔サモスの〕民衆から自分に与えられた自由を、自由によって再びお返ししたことを証明してみせたのであった。
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 さて、その後、ひとの住まいする地を旅して、聴衆の前で講義した。そしてバビュローンにたどりつき、自分の知恵を演示して、リュクウルゴス王から高位にとりたてられた。
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 その後、島を離れ、人の住む地を遍歴し、いたるところで哲学者たちと対話した。さらにはバビュローンに至り、自分の知恵を披瀝し、リュケロス王から高位にとりたてられた。
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というのは、その当時、王たちはお互いに和平を保ち、楽しみとしていたのは、哲学の問題を文書を通じてお互いに送りあい、解けない者たちは出題者に貢祖を差し出していたのである。そこでアイソーポスは、リュクウルゴスに送られてきた問題を解き、この王の評判を高からしめ、みずからもリュクウルゴスを介して、諸王に問題を送りつけ、〔相手が〕解けないで貢祖をリュクウルゴスに差し出していた。じつにこういうふうにして、バビュローン人たちの王国は躍進した。

というのは、その当時、王たちは互いに平和を守り、娯楽のためにお互いに理知的な問題を書き送り合っていた。これを解いた側は、約定により、送った側から貢祖を受けとり。そうでない場合は、同じだけの貢祖を提供するを常としていた。そういうわけで、アイソーポスは、リュケーロスに送られてくる問題を見抜いて解き、この王を評判高からしめたのである。またみずからも、リュケーロスを介して王たちに別の問題を送り返し、それが解けないために、この王はできるかぎり多くの貢祖を苛斂誅求していたのである。
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 ところがアイソーポスは、子どもがいなかったので、アイノスという名の生まれのよい子を養子にし、王にも自分の子として目通りさせ、予備教育ならびにありとあらゆる知恵を教育した。ところがアイノスは、色気づいて、王の妾のひとりと乳繰りあうようになった。これをアイソーポスは知って、彼を死罪になるとこっぴどく脅した。
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 ところで、アイソーポスは子どもができなかったので、生まれよき階層に属するひとり、呼び名をエンノス(Ennos)というのを養子にして、嫡子として王のもとに連れて行き、目通りさせた。しかし、多日を経ずして、このエンノスが統治者の側室と姦通したので、アイソーポスはこれを知って、家から追い出そうとした。
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そこでアイノスは恐怖にとらわれ、虚言でもって、アイソーポスを挑発して王に対抗させた。すなわち、アイソーポスからリュクウルゴスの反対者たちに宛てたように、この連中を援助するというでっちあげの書簡を書き、アイソーポスの指輪〔印〕を捺して、リュクウルゴスにたれこんだのである。すると王は、捺印を信じて、アイソーポスに怒り、彼を反逆者として殺害するよう、副官のヘルミッポスに命じた。ところがヘルミッポスは、アイソーポスの友人であったので、誰にもわからないよう、塚の中に彼を隠し、こっそりと彼を養った。他方アイノスは、アイソーポスの内政を引き継いだ。

ところが相手は、彼に対する怒りに駆られ、リュケーロスに謀反をたくらむ者たちに宛てたアイソーポスからの書簡なるもの、その内容は、リュケーロスによりも彼らに加担する用意ありというものを捏造し、これにアイソーポスの印章を捺して、王に手交した。王はその捺印を信じ、おさえきれぬ怒りをいだき、いかなる糾問もなしに即断で反逆者としてアイソーポスを処刑するよう、ヘルミッポスに命じた。しかしヘルミッポスは、アイソーポスの友であって、このときにこそ友たるの実をしめした。すなわち、ひとつの墳墓の中に、誰も知らぬ間に、この人物をかくまい、ひそかに食事を運んだのである。一方エンノスは、王の言いつけで、アイソーポスの宰相としての全権を引き継いだ。
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ややってから、アイギュプトスの王ネクテナボーが、アイソーポスが死んだと聞いて、アイギュプトスからリュクウルゴスのもとに、書簡を通じて、次のような問題の出題を送って寄こした。「アイギュプトス人たちの王ネクテナボーから、バビュローン人たちの王リュクウルゴスに、拝啓。地にも天にも接することなき塔を建造せんとおもうゆえ、その塔の建造者たちと、何であれ余がこれに質問することを、余に答えるられるものを余に派遣されたい、しかあれば、余の支配下にある全領土から、10年間、貢祖を受けられるべし。されど、行き詰まりしときは、貴殿の支配下にある全領土から、10年間、貢祖を送られたい」。

 しばらくして、アイギュプトス人たちの王ネクテナボー(Nektenabo)王は、アイソーポスが刑死したと聴き、ただちにリュケーロスに書簡を送ったが、その内容は、天空にも大地にも接することなき塔を建造する建築師たちのみならず、質問されたらどんなことでも即座に答えられるものを自分のもとに派遣されたし、これができたら、貢祖を苛斂誅求なさるがよい、できなければ朝貢すべし、というものであった。
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これを聞いてリュクウルゴスは、ネクテナボーのその厳しさに悲嘆にくれ、自分の友人たちを全員招集し、謂った、「この塔の問題を解くことができるか?」。しかし全員が行き詰まったので、地面に座りこんで、アイソーポスのことをおもって嘆き、呻くように言った、「わが王国の柱を、余の不用意さのせいで失ってしもうた。いかなる宿命が余を生け捕りにしたことか、アイソーポスを失うとは」。

これがリュケーロスに読みあげられると、失意落胆に突き落とした、友たちの中には、塔に関するこの問題の解ける者が誰もいなかったからである。もちろん王は、アイソーポスを失ったことを、自分の王国の主柱を失ったとさえ言った。
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そこでヘルミッポスは、王がアイソーポスのために悲嘆にくれていると知って、自分の過ちを好機をみて示そうとおもっていたので、進み出て王に言った、「わが主人たる王よ、もはや悲嘆にくれさせたまぬよう。アイソーポスにお与えになりました裁可を、わたくしめは果たしておりませぬ、後悔なさることを知っておりましたゆえに。アイソーポスは、生きております。いや、王の法により、彼を生きながら塚の中に投げこみ、パンと水で彼を養ってきたのでございます」。すると王は、失意の底からうってかわって喜びにみたされ、大地から立ちあがってヘルミッポスに接吻して謂う、「今日という日を永遠にすることが出来ればのう、アイソーポスが生きているというのが真実ならば。あの者をかくまって、わが王国を護ってくれたのじゃから」。そして、彼を呼ぶよう命じた。アイソーポスが、長い監禁生活のせいで、薄汚れ髪の伸びた見苦しい姿で現れるや、王は顔をそむけて涙を流した、そして、彼に入浴して身なりを改めるよう命じた。

ヘルミッポス(Hermippos)は、アイソーポスゆえの王の苦しみを知って、王の前に進み出て、くだんの人物は生きているというよろこばしいことを告げ、付け加えていうには、こういうときのためにこそ彼を亡き者にはしなかったのだ、いつか王が独断を後悔なさるとわかっていたので、と付け加えた。すると王はことのほかよろこび、アイソーポスはすっかり汚れてきたいまま前に引き立てられてきた、王は彼を見るや、涙を流して、入浴し他にも手厚い世話を受けるよう言いつけ、
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さて、アイソーポスはもとどおりに身なりを整えると、王に接吻し、アイノス — 自分が養子にした者 — が自分を讒訴した経緯の申し開きをした。そこで王はアイノスを、父親に不敬を働いた者として亡き者にしようとしたが、アイソーポスが彼〔王〕に懇願して云う、「彼はもはや死んだものとしてご覧になってください。その死によって、良心の恥ずかしさから、彼はもとどおりの人間になるのですから」。そこでこの者に生きながらえることを許したうえで、アイソーポスに謂った、「アイギュプトス人たちの王の書簡を取って読んでくれ」。そこでアイソーポスは問題を知って微笑して謂った、「彼に返信をしたためてください。『冬になれば、塔を建造する者たちと、貴殿に答える者とを貴殿に送ろうぞ』と」。そこでそれを書いて、アイギュプトス人たちの使節団を送り返し、アイソーポスには、彼のものをすべて返し、初めからの国事の内政権を授け、彼にまたアイノスをも引き渡し与えた。そこで彼はこれを引き取って、こう言って訓戒をあたえた。

その後で、アイソーポスは弾劾された罪状をもきっぱり否認した。これによって王もエンノスを亡き者にしようとしたが、アイソーポスが寛恕を請うた。これに続いて、王はアイギュプトスからの書簡を読むようアイソーポスに手渡した。すると彼はすぐさま問題の解答がわかり、笑って、冬が過ぎなば、塔の建築師たちならびに、質問されたことに答える者とを派遣せん、と返信をしたためるよう言いつけた。そこで王は、アイギュプトスの使節団を送り返し、アイソーポスにはもともとの宰相の全権を手交し、エンノスをも見限られた者として彼に引き渡した。しかしアイソーポスはエンノスを引き取り、彼を何ら憎悪することなく、再び息子として心を注ぎ、とりわけ次のような言葉を教訓した。
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 わが言葉を聞け、わが子よ、そして汝の心の中に護持せよ、よしや、今に至るまで、義しき感謝をわれに報いなんだにしても。われらは皆、訓戒するほどまでに知者なるも、自分が誤っても気づかない。人間であるかぎり、共通の運命(koine tyche)を心に留めよ。なぜなら、その賜物は常住的ではないからだ。何よりも神(to theion)を崇拝し、そして王を尊敬せよ。人間であるからには、人間的なことを心掛けよ。なぜなら、神は悪しきものらを正義の方へ導きたもうからだ。わざと友人たちを苦しめるのは不正なことだが、結果したことは男にとって雄々しく引き受けるべきだ。汝の敵たちには、汝自身を恐るべきものとして構えよ、汝を見くびらせないために、しかし友人たちには、穏やかで気さくなものとして〔構えよ〕、汝に好意ある者たちになるように。汝の敵たちは虚弱にして貧乏になるよう祈れ、汝を害することが出来なくなるように、しかし友人たちは、いついかなる場合も幸運であるよう望め。汝と寝床を共にするものとは、よろしく交わるべし、ほかの男を試してみることを求めぬために。なぜなら、女という種族は尻軽で、ちやほやされることが少ないと、悪しきことに頭を働かせるものだからだ。恐るべき者はあらゆる場合に避けよ、彼より強力な抗争相手はいないと解して。邪悪な者が羽振りがよいの不幸なことだ。言うよりも鋭い聞く耳を持て、そして舌の自制者となれ。酒の席で知恵をひけらかしての無駄話をするな。なぜなら、おりあしきときに詭弁に引っかけられて、笑い者になるからだ。羽振りよき連中を妬むな、むしろ共に喜べ。なぜなら、妬む者は自分自身を害するからだ。おまえの親しい者たちを惜しみなく世話せよ、主人としてのみならず、善行者として気にかけてくれるために。激情を自制せよ。なぜなら、激情は常に損害の因だが、分別は富裕の因だからだ。すぐれたことは盛りが過ぎても学ぶことを恥じるな。なぜなら、無学と〔呼ばれる〕よりも遅学と呼ばれることの方がよいからである。汝の妻に秘密事をけっしてしゃべるな。なぜなら、〔女というものは〕いかにすれば汝を支配できるかと常に武装しているからだ。
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 「わが子よ、万事につけて神威(to theion)を敬え、王を尊べ。そして、おまえの敵たちに対しては、怖るべきものとして振る舞え、おまえを侮ることのないように。しかし友たちに対しては、柔和で雅量ある者となれ、そうすれば、おまえにとってより好意をしめす者となろう。さらにまた、敵たちに対しては、病気・貧乏になるよう祈れ、そうすれば、〔おまえを〕苦しめることはできまいから。しかし友たちに対しては、万事において栄える(eu prattein)よう望め。おまえの妻とはいつもきちんと交われ、ほかの男の挑発をうけることを〔妻が〕求めないように。なぜなら、女どもの部類は尻軽であって、あまりちやほやされないと、よからぬことを考えるからだ。言葉は鋭い言葉で聞き手を魅了し、舌は自制的なものの持ち主たれ。栄える(eu prattein)者たちには妬みをいだかず、喜びをともにせよ。なぜなら、妬めばおまえ自身を損なうことになるから。おまえの家僕たちに意を用いよ、おまえを主人として怖れるばかりか、恩人として慎むように。よりまさったことをいつも学ぶことを恥じるな。女を信じて秘密を打ち明けるようなことはけっしてするな。おまえを尻にしこうと、いつも武装しているからだ。
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日々のパンは余分に求めよ、そして明日のためにたくわえよ。なぜなら、生きているあいだ友人たちがないよりも、命終するとき敵たちに残してやる方がましだからである。汝に出会う者たちにとって愛想よき者たれ、犬でさえ、その尾は〔振れば〕パンをもたらすということを知って。不幸せな者に笑いかけることは醜い。常に有用なことをより多く学び、分別あることをいいつけることを心掛けよ。すなわち、何事につけてもおのが好機に感謝せよ。なぜなら、ありとあらゆるものは元気盛んとなり、そしてまた、ありとあらゆるものは枯れしぼむ。すなわち、好機は到り、再びまた奪い去られるからである。何らかのものを得たら、すみやかに、快くひとにやれ、再び得るために。善行ができるなら、これを拒むな。陰口・悪口をいう者は、先ずは問いただしたうえで、戸口から追い出せ。なぜなら、汝によって言われたこと・為されたことを、他人に打ち明けるだろうから。汝を苦しめない事柄を為せ、しかし結果したことは悩まず、引き受けよ。邪なことはたくらむな、まして悪しき習わしを真似てはならぬ。客人たちを客遇し、尊敬せよ、汝も客になったらいけないから。言葉は魂の労苦の医者である。真の友人を持っている者は浄福である。美しき恩の返済仕方を知っている者は浄福である。なぜなら、悪しく為す者に、美しき友はひとりとしてできないのだから。また、隠されたことはすべて、時(kairos)が白日のもとにさらす」。こういったことを若者に云って、アイソーポスは立ち去った。そこでアイノスは言葉に鞭打たれ、アイソーポスに不正したという咎で良心に呵責されて、みずから首をくくって、往生を遂げた。

日毎につねに明日までの貯えを残しておけ。命終して敵たちに残してやることの方が、生きて友たちがいないよりはましだからである。出会う者たちに愛想よくせよ、犬ころにとって、尻尾〔を振ること〕はパンをもたらすと知って。善人でありつづけて変節するな。中傷する者はおまえの家から追い出せ、おまえの言ったことしたことを、そそくさと他人に注進するであろうからだ。おまえに苦痛を与えないことは為し、結果したことのために苦しむことをするな。いかなる時も邪なことをたくらまず、悪しき習わしを真似るな」。こういったことをアイソーポスはエンノスに訓戒したので、くだんの人物はこれらの言葉とみずからの良心に、あたかも矢に〔撃たれる〕ように魂を撃たれて、多日を経ずして往生を遂げた。
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 さてその後、アイソーポスは猟師たちを全員呼び集め、最上等のワシの雛を4羽捕獲するよう命じた。そしてそれが捕獲されると、先端の羽を抜き取り、そうやってそれらが飼い慣らされ、袋(thylax)に入れた子どもたちを乗せることを教えるよう命じた。そしてワシたちは成鳥になり、紐で結わえられてすでに子どもたちを乗せて高みに飛びあがれるようになり、しかも子どもたちのいうことをきいて、彼らの望むところに運べるようになっていた。すなわち、子どもたちの望むときに、上空に飛びあがり、再び望むときに地上に舞い降りるようになったのである。かくして冬至になったので、アイソーポスは旅に必要なものをすべて整え、リュクウルゴスに別れを告げて、子どもたちとワシたちを伴って、アイギュプトスへと船出した、アイギュプトス人たちの度肝を抜くため、他にもおびただしい調度類を引き具して。
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 さて、アイソーポスは鳥刺したちを全員召し寄せ、ワシの雛を4羽狩り集めるよう言いつけた。そうして、狩り集められた雛を、言い伝えられているとおりに育て、わたし〔筆者〕にはぜんぜん説得的ではないけれど、それら〔のワシ〕にとりつけられた袋によって童僕たちを上空へと運びあげるよう、また、童僕たちのいうことを聞いて、彼らが望むなら、上空へなり大地に向かって地上へなり、どこへでも飛ぶように調教した。かくして冬の季節が過ぎ去り、春が輝き染めたので、アイソーポスは旅立ちの諸事万般荷造りをして、例の童僕たちとワシたちをも引き連れ、アイギュプトスへと出発したが、その威儀と威容は、かの地の人々のどぎもをぬくにたるものであった。
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