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112 さて、アイギュプトス人たちは、アイソーポスが汚いのを見て、女神の玩具だと思った、役立たずな道具立ての中に、高価なバルサモンとか、最美な葡萄酒が内在していることを知らなかったからだ。ネクタナボーンはといえば、アイソーポス到来と聞いて、友人たちを呼び寄せて云った、「アイソーポスは死んだと聞き知ったのに、謀られた」。さて、翌日、自分の役人たち全員に白い衣裳を身にまとうよう命じ、他方、自分は清浄な衣裳を身にまとい、頭には頭巻布(kidaris)と飾り紐(diadema) これは宝石をちりばめた角〔髷〕がついていた。こうして高い王座にこれ見よがしに座し、アイソーポスに入室するよう命じた。 |
ネクテナボーはといえば、アイソーポス来着と聞き、「わしは謀られた」と友たちに謂う、「アイソーポスが死んだと伝え聞いていたのに」。 しかし次の日、王は全員が純白の衣裳をまとうよう言いつけ、自分はキッロス色〔火色(pyrros)と黄色(xanthos)との中間の色〕の衣裳に、飾り紐(diadema)と宝石をあしらった頭巻巾(kitaris)を身につけた。そうして高い王座に腰をおろし、アイソーポスを案内するよう言いつけた、「わしを何に譬えるか?」入ってきた相手に謂う、「アイソーポスよ、そしてわしといっしょにいる者どもを」。すると彼は、「陛下は春の太陽に、陛下のまわりのこれなる方々は、季節折々の穀物の穂(stachys)に〔"stachys"には、「麦の穂」という意味のほかに、若枝=貴族の御曹子の意味がある〕」。すると王は彼に驚嘆し、数々の贈り物をもって歓迎した。 |
113 そこで入室し、その出で立ちを見て驚嘆し、跪拝した。そこでネクテナボーンが彼に向かって謂った、「余は何に似ていると見るか、また余のまわりの者どもは」。アイソーポスが謂った、「陛下は満月の月に、陛下のまわりの方々は星々に。なぜなら、月は自余の星々と異なるように、そのように陛下も、角の形で、月の性格をもっておられますが、陛下の役人たちは、月のまわりの星々に〔似ているのでございます〕」。ネクテナボーンはこれを聞き、驚嘆して彼に贈り物を与えた。 |
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114 明くる日、ネクテナボーンは鮮やかな紫衣に身を包み、多数の花を持って、自分を取りまく者たちを従えて立ち、アイソーポスに入室するよう命じた。そして入室すると、こう言って問いただした、「何に似ていると余を見るか、また余を取りまく者たちを」。相手が謂った、「陛下は春季の太陽に、陛下を取りまく方々は、大地から採れる果実に。と申しますのは、王は外観から来る歓喜を紫衣にこめておられ、花盛りの果実を摘まれるのですから」。すると王は彼の知力に驚嘆し、贈り物を授与した。 |
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115 明くる日、白くて清浄な衣裳に身を包み、友人たちには緋色の〔衣裳〕を身にまとわせて、アイソーポスがやってくると、同様に聴いた、「余は何に似ていると思うか?」。アイソーポスが謂った、「陛下は太陽に、陛下を取りまく方々は光線に。と申しますのは、太陽が輝き光っているように、そのように陛下も輝き、太陽の周囲のように清浄であらせられます、他方、この方たちは太陽の光線のように燃え立っておられます」。するとネクテナボーンが謂った、「すると、わが王国においては、リュクウルゴスには何ほどの価値もないな」。するとアイソーポスが微笑して謂った、「あの方のことを軽々しく口になさってはなりませぬ。なぜなら、あなたがたの王国は、みずからの族民と対比されたときに、太陽や月の光明のように見えるにすぎませぬが、リュクウルゴスが怒れば、その輝きを消しさるでしょう。なぜなら、何よりも抜きん出て超絶しておられるのですから」。 |
その日の次の日、今度は王が真っ白の衣裳に身ごしらえをし、友たちには深紅の衣裳を身につけるよう言いつけて、入ってきたアイソーポスにまたもや前回の質問を聴いた。するとアイソーポスは、「陛下は」と云った、「太陽に譬えます、陛下のまわりのこれなる方々は光線に」。そこでネクテナボーが、「思うに、少なくともわしの王国に比すれば、リュケーロスは何ほどのこともあるまい」。するとアイソーポスが微笑しながら謂った、「あの方について、おお、王よ、そのような不用意な発言はおひかえなさいまし。私ども族民に比べれば、あなたがたの著名な王国は太陽のごとくに光り輝いております。されど、いったんリュケーロスに比較さるれば、その光は闇にすぎぬと明示されるに何の欠くるところもないのです」。 |
116 するとネクテナボーンは彼の言説の勘のよさに驚倒し、ややあってから謂った、「例の塔を建造する者たちを連れて参ったか?」。アイソーポスが謂った、「用意はできております、その場所を示してくださりさえすれば」。そこで王は町の外の野原に、アイソーポスを伴ってやって来て、区画を区切って与えた。するとアイソーポスは、与えられた場所の一隅にワシたちを置き、子どもたちを袋に入れて〔ワシの〕脚にぶら下げさせ、匙を手渡して、飛び上がるよう命じた。そして彼らは上空に達すると、声を張りあげた、「泥を寄こせ、煉瓦を寄こせ、材木を寄こせ、建造に必要なだけ、ここまで運んでくれ」。ネクテナボーンはといえば、ワシたちによって上空に運ばれる子どもたちを観て謂った、「空飛ぶ人間どもはどこから余のところにきたのか?」。アイソーポスが謂う、「いや、リュクウルゴスが持っておられるのです。しかるに陛下は、人間の身でありながら、神に等しき王と争うおつもりでございますか」。するとネクテナボーンが謂った、「アイソーポス、余の負けじゃ。それでは、質問するから、余に答えてくれ」。 |
ネクテナボーも、言葉の図星なのに驚倒し、「われわれのもとに連れてきたか」と謂った、「塔を建設するはずの者らを」。そこで彼が、「用意はできております、場所を指示していただけさえすれば」。そこで、都市の外の平野に王は出かけ、土地を測量して指示した。そういうわけで、アイソーポスはその場所の四隅に4羽のワシを、袋に乗せて吊り上げられる童僕たちとともに連れ行き、鳥を操る童僕たちに建築用の道具を与え、飛び上がるように言いつけた。彼らは上空にいたると、「わしらに石をくれ」と彼らは謂った、「漆喰をくれ、材木をくれ、他にも建築に必要なものを」。ネクテナボーはといえば、童僕たちがワシたちに上空に運びあげられるのを眺めて、謂った、「どこからわしのところに空飛ぶ人間たちがやってきたのか?」。するとアイソーポスが、「いや、そうではなくて、リュケーロスが持っておられるのです。しかるに陛下は、人間の身でありながら、神にも等しい王と競うおつもりですか?」。そこでネクテナボーが、「アイソーポスよ、わしの負けだ。しかしわしがそなたに質問し、そなたはわしに答えてもらいたい」。 |
117 さらに〔ことばをついで〕謂う、「ヘッラスから馬どもを取り寄せ、当地の牡馬どもと交尾させた。ところが、牝馬どもは、バビュローンにいる牡馬どものいななくのを聞くと、流産しよる」。アイソーポスが謂った、「これについて、明日、お答えいたしましょう」。そして屋敷に帰ると、自分の家来たちに、猫を捕獲するよう命じた。そして1匹の巨大なのを捕獲すると、公然と鞭打ち始めた。するとアイギュプトス人たちがこれを見て、恐ろしく不平を鳴らし、アイソーポスの屋敷に押しかけて、猫の引き渡し要求をしたが、彼はそれ以上のことはしなかった。そこで〔アイギュプトス人たちが〕王にご注進におよび、彼〔王〕は彼で怒って、アイソーポスを呼びつけた。そして彼がやってくると、謂った、「ひどいことをしでかしおって、アイソーポス。これはブウバスティス女神のお姿であって、アイギュプトス人たちはことのほかこれを崇拝しておるのだ」。 |
そうしてことばを継いで謂う、「ここにわしの牝馬たちがおるが、こやつら、バビュローンにいる牡馬たちがいななくや、たちまち孕みよる。これについてそなたに知恵があるなら、披露してもらいたい」。するとアイソーポスが、「明日、陛下にお答えいたします、王よ」。そこから退出してくると、童僕たちに猫を捕まえてくるよう、そして、捕まえられてきた猫を公然と鞭打ちながら連れまわるよう言いつけた。ところでアイギュプトス人たちはこの生き物を敬っていたので、それがあまりにひどい目に遭わされているのを目撃して、走り寄って、鞭打っている連中の手から猫をひったくったうえ、すぐさまこの災難を王に言上した。彼〔王〕はアイソーポスを呼んで、「そなたは知らぬのか」と謂う、「アイソーポスよ、われわれのところでは猫を神として敬っているということを。え? 何のためにこんなことをしでかしたのか」。 |
118 アイソーポスが謂った、「リュクウルゴス王があやつに不正されたのでございます。すなわち、昨夜、この猫が、〔リュクウルゴス王の〕持っておられます雄鶏 高貴で喧嘩っ早く、なおその上に時刻をも彼に告げてくれる を殺したのです」。するとネクテナボーンが謂った、「虚言して恥ずかしくないのか? いったい、どうして、一夜のうちに、アイギュプトスからバビュローンまで猫が行けようぞ」。すると彼が微笑して謂った、「どうして、バビュローンにいる馬たちがいななくのを、当地の牝馬たちが聞いて流産するということがありましょうや?」。これを聞いて王は、彼の分別知(phronesis)を浄福視した。 |
すると彼が、「リュケーロス王に不正をはたらいたんです、おお、王よ、夕べ、この猫が。というのは、喧嘩っぱやくて威勢のいい、おまけに夜の刻限さえ彼に告げてくれる雄鶏が彼にはいたのですが、それを殺してしまったのです」。すると王が、「嘘をついて恥ずかしくないのか、アイソーポスよ。一晩のうちにアイギュプトスからバビュローンまでゆくような猫がどうしていようか」。するとくだんの男が微笑して謂う、「いったいどうして、おお、王よ、バビュローンのいる牡馬がいなないたからといって、当地の牝馬が孕むことがありましょうや」。王はこれを聞いて、彼の賢慮を祝福した。 |
119 次の日、ヘーリウポリスから知者たち 自然の諸問題に精通した を呼び寄せ、これとアイソーポスについて討議して、彼といっしょに食事に呼んだ。そして彼らが寝椅子につくと、ヘーリウポリス人たちのひとりがアイソーポスに向かって謂った、「われらが神より遣わされたるは、そなたに言葉(logoi)を述べ、これをそなたが解くためなり」。そこで彼が、「嘘をおっしゃっておる」と謂う、「なぜなら、神が人間から学びたがれることは何もなく、各人の心と性格の吟味の仕方はご存知だからです。だから、あなたがたは自分たち自身のみならず、あなたがたの神までも告発していることになるのです。それはそれとして、何でも望みのことを云いなさるがよい」。 |
その後、都市ヘーリオスの出身者たちで、ソフィストの提題に精通した人士を呼び寄せて、アイソーポスについてこの者たちと相談し、アイソーポスともども宴会に呼んだ。かくして一同が寝椅子についたとき、ヘーリオスの市民のひとりがアイソーポスに向かって謂う、「あなたにひとつ質問をして、それにあなたがどう答えるか、あなたから聴くようわたしはわたしの神から遣わされた」。するとアイソーポス、「あなたは虚言している。なぜなら、神が人間から学ぶ必要は何もないからです。だから、あなたはあなた自身のみならず、あなたの神をも誹謗しているのです」。 |
120 そこで彼らが謂う、「神殿あり、この神殿に、12の都市を持った柱あり、しかして各都市は,30本の梁に覆われている。その〔梁〕を2人の女が回っている」。アイソーポスが謂った、「そんな問題は、拙者のところでは子どもたちでも解きます。されば、神殿は、ひとの住まいする〔この世〕のこと、それは万物を包摂しているから、また神殿の柱とは、1年のこと、またその上の12都市とは、月々のこと、30本の梁とは、1か月の30日のこと、まわりをめぐる2人の女とは、昼と夜のこと、それぞれが交替で進行し、はかない人の日々の生を審査する」。じつにこう云って、彼らの出題を解決した。 |
今度は別の者が云った、「大なる神殿あり、そのなかに柱あり、12の都市を有す、その各々は30の梁に覆われている。そしてこれを2人の乙女がめぐっている」。するとアイソーポスが謂った、「その問題は、われらのところでは子どもたちでも解けるでしょう。すなわち、神殿とはこの世界、柱とは1年、諸都市とは月々、梁とは月の日数、して昼と夜とが2人の乙女で、この乙女たちは、お互い交互に交替しあっているのです」。 |
121 次の日、ネクテナボーンは自分の友人たち全員を動員して、これに向かって言う、「あのアイソーポスのおかげで、バビュローン人たちの王リュクウルゴスに、われらは貢祖を払うことになりそうじゃ」。すると彼の友人たちのひとりが謂った、「やつに問題を問いただすことにいたしましょう、われわれの聞いたことも見たこともないものをわれわれに謂ってくれと、と。そして、やつが何を云っても、『そんなことはわれわれは聞いたことがあるし見たことがある』と申してやりましょう」。そういう次第で、ネクテナボーンは満足して、〔アイソーポスに〕云った、「アイソーポス、われらの聞いたことも見たこともないものをわれらに申せ」。すると彼が謂う、「わたしに3日間の猶予をお与えください、そうすればお答えいたしましょう」。 |
明くる日、ネクテナボーは友たち全員を呼び集めて謂う、「あのアイソーポスのおかげで、リュケーロス王に貢祖を納める義務が生じようぞ」。するとなかのひとりが云った、「われわれが見たことも聞いたこともないものとは何か、という問題をわれわれに述べるようやつに申しつけましょう」。そこでそう決定されて、ネクテナボーは満足し、アイソーポスを呼んで謂った、「われらの述べてくれ、アイソーポスよ、われらが見たことも聞いたこともないものとは何かという問題を」。すると彼は、「これについては明日あなたがたにお答えしましょう」。 |
122 かくて、奸智にたけていたので、次のような貸付の証書を捏造した、それは、1000タラントンが、リュクウルゴスからネクタナボーンに貸し付けられた、返済期限をすでに超過している、というものであった。さて、3日後、アイソーポスが参上してみると、ネクテナボーンが友人たちを引き連れて、迎えていることを見出した。そこで、入室すると書類を手渡した。すると彼らは、その内容を読む前に、それはよく知っていると謂った。すかさずアイソーポスが謂った、「感謝いたします。返済期限は過ぎておりますゆえに」。そこでネクテナボーンが読んで、云った、「余はリュクウルゴスに何の負債もないのに、そなたらは証言いたすのか?」。そこで彼らは云った、「われらは見たことも聞いたこともありませぬ」。アイソーポスが謂った、「これがそういうふうに思われるのなら、問題はすでに解決しました」。 |
こういって退出すると、証文をこしらえた、そこには、ネクテナボーは合意にもとづいてリュケーロスに1000タラントンの負債を負えりとしたためられていたが、翌日、王のもとに立ち戻ると、この証文を手渡した。しかし王の友たちは、証文を開封するよりも早く、全員が言った、「それは見たこともあるし、聞いたこともある、また真実知ってもいる」。そこでアイソーポス、「返済いただけるとは、あなたがたに感謝いたします」。ネクテナボーはといえば、負債の同意を読みあげて、云った、わしはリュケーロスに何の負債もないのに、そなたらはみな証言するのか?」。そこで彼らは変説して云った、「われらは見たことも聞いたこともありません」。するとアイソーポスが、「事情かくのごときでありますれば、提題も解けました」。 |
123 そこでネクタナボーンは謂った、「浄福者はリュクウルゴスよ、おのが王国にかかる賢哲(philosophia)を持っておるとはなぁ」。そして、彼に3年分の貢祖を与えて送り返した。アイソーポスはといえば、バビュローンに着き、アイギュプトスで起こったことをすべてリュクウルゴスに説明し、金銭をも差し出した。そこでリュクウルゴスは、アイソーポスの黄金像を奉納するよう命じ、大手柄を立てたものとして大いに彼を尊敬した。 |
これに対してネクテナボーも、「かかる知恵袋をおのが王国内に持っておるリュケーロスは浄福なるかな」。かくして、協定どおりの貢祖をアイソーポスに引き渡し、平和裡に送り返した。アイソーポスはといえば、バビュローンに帰着すると、アイギュプトスで起こったことをすべてリュケーロスに語り、貢祖を引き渡した。リュケーロスは、アイソーポスのために黄金の人像を建立するよう言いつけた。 |
124 さて、しばらくしてから、王に別れを告げ、ヘッラスに船出することを望んだ、もちろん、バビュローンに立ち返って、余生を過ごすと彼〔王〕に誓ったうえでのことである。かくして、ヘッラスの諸都市を遍歴し、自分の知恵を演示しつつ、デルポイにたどりついた。ところが、ここの群衆は、彼の話に喜んで耳を傾けはしたが、彼を何も尊敬しなかった。 |
しかし多日を経ずして、アイソーポスはヘッラスに航行したくなった。かくてまた、王にいとまごいをして出郷した、その前に、誓ってバビュローンに立ち返り、以後はこの地で余生をすごすとの誓いを彼〔王〕に立てた。こうして、ヘッラスの諸都市を遍歴し、自分の知恵を披露しつつ、デルポイにも赴いた。しかしデルポイ人たちは、対話には喜んで耳を傾けたが、彼に対する敬意や奉仕はいかほどのこともしなかった。 |
125 そこで、彼らに対して突っかかって謂った、「おお、あなたがたは海に漂う材木に等しい。なぜなら、遠く隔たったところから、波に漂うのを見れば、何か黄金の価値あるもののように思われるが、すぐ近に寄ってみると、最小のものだとわかる。そのように、わたしも、あなたがたの国から遠ざかっていたときは、あなたがたを偉大な人たちだと思ってすっかり驚倒したものだが、あなたがたのところに来てみると、おお、デルポイ人諸君、あなたがたが他の人間たちより卑しいことがわかった。要は、あなたがたについて美しい理解(dianoi)をもっていたが、それは惑わされていたのだ、あなたがたは、あなたがたの先祖にふさわしくないことは、何も為していない」。 |
そこで彼は彼らにしっぺ返しをして謂った、「デルポイ人諸君、あなたがたを海に漂う材木に譬えることをわたしは思いついた。すなわち、それは遠く隔たったところから波間に漂っているところを見ると、何かたいそう価値あるもののようにわたしたちは思うのだが、近くに寄ってみると、まったく安物だとわかる。じっさいわたしも、あなたがたの都市から遠く離れていたときは、あなたがたを語るに価するもののごとく驚嘆していたものだが、今現にあなたがたのところに来てみると、いわば全人類の中で最も無用人間だということを実見した。わたしはとんだ誤解をしていたもんだ」。 |
126 これを聞いてデルポイ人たちが謂った、「いったい、われわれの先祖とは何ものか?」。するとアイソーポスが、「解放奴隷だ。知らなければ、学ぶがよい。ヘッラス人たちのあいだには、法があった、それは、都市を打倒した場合には、戦利品の中から10分の1を送るというものだ、ウシ、ヤギ、ヒツジからも、またそのほかの獲得物のうち、金銭から、男奴や女奴からも。そういう次第で、この者たちから解放奴隷としてあなたがたは生まれた、ここから生まれたから、ヘッラス人たちの奴僕になっている」。こう云って、アイソーポスは旅に出ようとした。 |
これを聞いてデルポイ人たちは、もしかするとアイソーポスがほかの諸都市に行っても自分たちのことを悪く言うのではないかと怖れ、罠にかけてこの人物を亡き者にするたくらみを相談した。 |
127 ところがデルポイ人たちは、もしもアイソーポスがほかの諸都市にゆけば、自分たちのことをもっとひどく悪口するだろうと推測して、相談して、罠にかけて亡き者にし、神殿荒らしとして彼を処罰することにした。そこで、町の門の前で、彼の奴僕が荷物を運ぶのを窺っていて、アポッローンの神殿から持って来た黄金の盃を、敷布の中に隠した。アイソーポスはといえば、自分の荷も知らず、ポーキスに向けて旅立った。 |
そしてじつに、黄金の杯(phiale)を、自分たちのところにあるアポッローンの神殿から引っ張りだしてきて、こっそりとアイソーポスの敷物の下に隠した。こうして、アイソーポスは、連中にたくらまれていること知らぬまま、出発してポーキスに向かって進んでいた。 |
128 すると、デルポイ人たちが走ってきて、彼を取り押さえ、都市に連れこんだ。道々、「これはどういうことだ」とアイソーポスが困惑していうと、彼らが謂った、「おまえが神殿から盗んだものを、われわれが確認する」。そこで彼が、もし有罪なら、破滅してもいいと言ったが、連中は荷物を振るって、アポッローンの黄金の盃を見つけ、町のみんなに見せびらかせ、騒動と混乱で、彼のまわりで喚き散らした。アイソーポスはといえば、陰謀と感づいて、申し開きさせてくれるようさんざんに懇願した。しかし彼らは、彼を番所に閉じこめた。かくて、アイソーポスは、邪悪な運命(tyche)からのまぬがれる工夫も見いだせず、死すべき人間であるものが、来たるべき事態をまぬがれられないと、嘆いた。 |
するとデルポイ人たちが襲いかかり、彼を逮捕し、神殿荒らしだと判断した。彼は、けっしてそんなことをしたことはないと否認したが、連中は力ずくで敷物を広げて、黄金の杯(phiale)を発見した。これをまた取り上げると、街のみんなに、少しばかりの騒ぎどころでなく見せびらかせた。ここにいたってアイソーポスは、連中の策謀に気づき、彼らに放免を懇願した。しかし連中は、放免しないばかりか、神殿荒らしとして牢獄に放りこみさえし、これに死刑の有罪票決を下した。 |
129 このとき、彼のひとりの友人、名はデーメアスが、番人たちに頼みこんで、彼のところに入ってきて、彼が泣いているのを見て言った、「どうしてそんなに嘆いているのか?」。するとアイソーポスは彼に言葉〔物語〕を云った、「ある女が、夫を埋葬して、その墓標のほとりに座って泣いていた。すると近くで耕作していた者が、彼女といっしょになりたいとおもった。そこで、ウシたちを残して、行って、彼女といっしょに泣きだした。そこで彼女が、どうして彼まで泣くのかと、彼に聴くと、相手が云った、『それは、わしも美しい妻を葬った、そして、泣いていると、苦痛が軽くなるのだ』。すると彼女が謂った、『あたいも同じ目にあったのよ』。するとくだんの男が謂う、『そんなら、同じ苦痛に見舞われたのなら、お知り合いどうしになれないなんてことがどうしてあろうか。すなわち、おらはあんたを前の女房のように愛そう、あんたもおらを、あんたの夫のように愛してくれ』。こう言って女を口説いて、いっしょになって、彼女をもてあそんだ。その間に、誰かがやってきて、ウシたちを解いて、追っていってしまった。くだんの男がやってきて、何も見つからないので、嘆き、慟哭して、胸を叩きはじめた。すると女が、彼が悲嘆しているのをみて謂った、『また泣いているの?』。男が、『今こそ、厳密な意味で本当に悲しんでいるのだ』。この男の場合は、そのとおりだ。しかし君は、たくらみでわたしをとらえた運命をみながら、なぜに慟哭するのかと尋ねるのか?」。 |
アイソーポスは、この邪悪なる運命(txche)から助かるすべもなく、獄舎に座ってひとり嘆き悲しんでいた。すると彼の知己のひとり、名はデーマスが、彼のところに入ってきて、ひどく嘆いているのを眼にして、この受難の理由を尋ねた。すると彼が謂った、「自分の夫を埋葬したばかりの女が、毎日、墳墓のところに通って嘆き悲しんでいた。墓から遠からぬところで耕していたひとりの男が、その寡婦と情交したくなった。そこで、ウシたちを後に残し、自分も墓のそばにやってきて、座って、その女といっしょに嘆き悲しみだした。すると女が、いったいどうしてあんたまでそんなに泣き悲しむと聴いたので、「わしも」と謂う、「べっぴんの女房を埋めてきたところや。こうやって泣いていると、苦痛が軽くなるのや」。すると彼女、「あたしと同じことが身の上に起こったのね」。するとくだんの男、「するって〜と、同じ受難に見舞われたのやから、お互いお知り合いにならんて法があるもんか。わしはあんたをあいつみたいに愛するから、あんたもわしを、あんたの亭主みたいにもう一度」。こういうことをいって女を口説き、そのとおり同衾した。しかしその間に、盗人がやってきて、ウシたちを解いて逃げ去った。くだんの男がもどってきて、ウシたちが見つからなかったので、激しく胸を打って泣きわめきだした。そこにくだんの女もやってきて、嘆いているのを見つけて、謂う、「また泣いてるの?」。するとくだんの男、「今こそ」と云った、「真実わしは泣いているのだ」。じっさいわたしも多くの危難をまぬがれてきたけれど、今こそ本当に嘆き悲しんでいるのだ、この災悪からの解放される途がどこにも見つけられないので」。 |
130 すると相手は彼のために心を痛めながら謂った、「いったい、デルポイ人たちに無礼を働くのがよいと君に思われたのは、どうしてなのか。君のこれまでの知恵は、市民たちを、それもとりわけその人自身の祖国で、無礼を働く前に終わってしまったのか?」。するとアイソーポスは、ふたたび別の言葉〔物語〕を彼に云った。 |
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131 「ある女が、愚かな処女の娘を持っていた。だから彼女はいつも、娘が分別(nous)を持ちますようにと祈っていた。また、彼女が心から祈るのを、その処女は聞いて、その言葉を心に留めた。さて、何日かたって、母親と連れだって田舎に出かけ、前庭の門を覗いて、雌ロバが男に強姦されているのを眼にした。そこで近づいていって、その男に云った、『何をしているの』。すると相手が謂う、『こいつに分別を仕込んでやっているのだ』。そこで愚かな娘は、自分の母親が毎日、自分が分別を持ちますようにと祈っていることを思い出し、こう言って頼んだ、『おじさん、あたいにも、分別を仕込んでよ。というのも、そうしてくれたら、あたいのおっ母さんも、あんたに大いに感謝するだろうし』。そこで男は引き受けて、雌ロバは放置して、彼女の処女を散らせてやった。すると彼女は母親のところにもどって云った、『見て、お母さん、あんたのお祈りどおり、分別をつけたわよ』。すると彼女の母親が謂う、『神様方は、わたしのおいのりを聞き届けてくださった』。愚かな〔娘〕が謂った、『そうよ、お母さん』。『いったい、どうやって』と〔母親が〕謂う、『知ったのだい、わが子よ』。そこで彼女が云った、『おじさんがそれをあたいに仕込んでくれて、長くて赤くて筋張っていて、出たり入ったりするものを、あたいに突っこんだの、あたいも気持ちよかったわ』。すると、これを聞いて母親が謂った、『おお、わが子よ、初めに持っていた分別までもなくしちまったのだね』」。 |
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132 すると友人が、彼に向かって謂った、「君のことを、デルポイ人たちは票決して帰ってきた、冒涜者、法螺吹き、神殿荒らしとして、崖から突き落とすと、墓にも与れないようにと」。こういうことを彼〔友人〕が番所でアイソーポスにしゃべっていると、デルポイ人たちがやってきて、アイソーポスを番所から追い出し、力ずくで彼を崖の方に引きずっていった。そこでアイソーポスは、自分に耳をかすよう彼らに頼んだ。すると彼らが許可したので、彼は謂った。 |
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133 動物たちが同じ言葉をしゃべっていたとき、ネズミがカエルと友だちになり、これを食事に呼び、富裕者の蔵にこれを案内した、そこには、パン、チーズ、蜂蜜、乾したイチジクなど、善いものがいっぱいあって、そうして〔ネズミが〕謂う、『召し上がれ、カエル君、ほしいだけ』。そして彼らが満腹すると、カエルがネズミに向かって謂った、『今度は君もぼくのところへ来たまえ、そうしたら、ぼくの善いものをたっぷり味わってくれたまえ。いや、君が臆することがないよう、君の脚をぼくの脚に結びつけよう。そういう次第で、ネズミの脚を自分の脚に結びつけて、池の中につかり、縛られたネズミを引きずった。ところがネズミは溺れそうになって言った、『ぼくはおまえのせいで死んでゆくけど、生きている者によって復讐してもらおう』。さて、ネズミが漂っているのをカラスが見つけて、舞い降りてきてさらった。ところが、それといっしょにカエルまで引っ張りあげられ、じつにそういうふうにして、両方とも食べられてしまった。さて、こういうふうに、ほかならぬわたしも、思いがけずあなたがたから死をたまわれば、法によって復讐してもらえよう。つまり、バビュローンならびに全ヘッラスが、わたしの死に血讐を求めることであろう」。 |
その後、デルポイ人たちもやってきて、彼〔友〕を牢から追い払い、 強制的に崖の上に引っ張っていった。彼は連中に向かって言った、「生き物たちが同じ言葉をしゃべっていたとき、ネズミがカエルと友だちになり、これを食事に呼んだ。そして金持ちの蔵に案内して、そこには有り余るほどの食料があったので、「召し上がれ」と謂う、「親愛なカエル君」。かくして食事の後、カエルもネズミを自分の住処に呼んだ。「さあ、君が泳ぎ疲れないよう」と〔カエルが〕謂う、「細紐で君の脚をぼくの脚に結びつけよう」。そうやって、池へと引っ張っていった。しかし、こいつが深みへ潜ったので、ネズミは溺れ、死に際に言った、『ぼくは君に殺される。けれど、もっと大きなものが復讐してくれるだろう(ek-dikethesomai)』。こうして、ネズミの屍体が池の中に漂っていたので、ワシが舞い降りてきて、それをかっさらった、それとともに、いっしょに結わえつけられていたカエルまでも。そういうわけで、〔ワシは〕両方をご馳走にした。だからわたしも、力ずくであんたがたから処刑されても、報復してくれるものを持つことになろう。なぜなら、バビュローンや全ヘッラスが、あなたがたにわたしの死の代償を求めるだろうから」。しかしデルポイ人たちはアイソーポスを見逃すどころの話ではなかった。 そこで彼はアポッローンの神殿に逃げこんだ。しかし連中は怒りに狂ってそこからも引きずり出し、再び崖の上に引っ張っていった。 |
134 これを聞いても、デルポイ人たちは彼を放免せず、崖の方に連れていった。そこでアイソーポスは逃走し、アポッローンの神殿に庇護を求めたが、〔デルポイ人たちは〕憐れみをかけることなく、むしろ怒りをこめて彼を引きずっていった。しかしアイソーポスは連行されながらも謂った、「聞くがよい、おお、デルポイ人たちよ、次の言葉〔寓話〕を。 |
彼は引きずりゆかれながら言った、「わたしの話を聞け、デルポイ人たちよ。 |
135 ウサギがワシに追われて、クソムシの寝室に逃げこみ、助けてくれるよう懇願した。そこでクソムシは、嘆願者を亡き者にすることのないよう、ワシに嘆願し、自分の小ささを蔑ろにするこのないよう、偉大なゼウスにかけて、彼に誓わせようとした。しかしワシは怒って、翼でクソムシを殴って、ウサギをさらい、食いつくした。 |
野ウサギがワシに追われて、フンコロガシの隠れ家に逃げこんで、これに助けてくれるよう懇願した。そこでフンコロガシは、嘆願者を亡き者にしないようワシに要請し、自分の小ささを誓って軽蔑しないと、最も偉大なゼウスにまでかけて相手に懇願した。ところが〔ワシ〕は、怒ってフンコロガシを翼ではたいて、野ウサギを奪って喰ってしまった。 |
136 そこでクソムシは心に傷ついて、ワシの跡をつけて行き、その巣を偵察し、卵を壊してしまった。ワシはといえば、自分の卵の壊滅に怒鳴り散らし、こんなことをしたやつを捜し出そうとした。しかしふたたび時節が来たので、ワシはもっと高い場所に産卵した。しかしクソムシが同じことをして、またもや卵を壊滅させた。ワシはもどって来るや、結末を見て嘆いた、ワシの種族をもっと少なくしようとての、神々の憤怒だと言って。 |
そこでフンコロガシは、ワシの跡をつけて、その巣がどこにあるかを知った。そこで襲いかかると、その卵を転がし落として潰してしまった。ワシはといえば、こんなことを敢行しようとするものがあれば、恐ろしい目に遭わされるので、2回目にはもっと上空高い場所に雛を産んだけれど、ここもまたフンコロガシがこれに同じことをした。 |
137 そしてまた時節が開始すると、ワシは我慢できず、もはや卵は巣に置かず、ゼウスの膝の上にのぼって、嘆願して謂った、『すでに2度は、なくしましたが、3度目は卵をあなたに預けます、わたしのためにこれを助けてくださるように』。そしてゼウスの膝の上にこれを置いた。一方、クソムシはこれを知って、わが身を多量の糞だらけにし、ゼウスのところに登って、ぐるぐる回りながら、ゼウスの顔めがけて糞を振りまわした。そこで彼〔ゼウス〕は、立ちあがったが、ふところにワシの卵を入れていることを忘れていたので、それを落として粉々にしてしまった。 |
そこでワシはすっかり途方にくれて、ゼウスのもとに、というのは、その聖なる鳥と言い伝えられていたから、昇ってゆき、卵の3回目の誕生をその膝のうえに置き、これを神にゆだね、護るよう嘆願した。しかしフンコロガシは、糞団子を作り、昇っていって、ゼウスのふところの中にそれを落としたので、思わずゼウスが立ち上がって糞をふるい落とそうとしたときに、思わず知らず卵まで投げ出してしまった。もちろんそれは落ちてぐちゃぐちゃになった。 |
138 さてゼウスは、クソムシの不正(adikia)と(paraponesis)から判断して、これ〔クソムシ〕がワシから受けた害(blabe)を察知した。だからこそ、それ〔ワシ〕が現れたとき、謂った、『おまえの子どもを失ったのは義しい。クソムシはおまえに不正〔復讐?〕したのだ』。しかしクソムシが謂った、『わたしに不正したばかりではありません、あなたに対しても不敬を働きました。というのは、誓いを求められたのに、聞き入れなかったばかりか、嘆願者を殺すことまでしたのですから。だから、やめません、最終的にやつに報復しないうちは』。 |
フンコロガシから、これがこんなことをしでかすのは、ワシに仕返しをするためだということ、じっさい、くだんのワシはフンコロガシに不正をはたらいたのみならず、〔ゼウスにかけての誓約を無視したから〕ゼウス本人に不敬でもあったことを聞き知って、〔ゼウスは〕やってきたワシに向かって、フンコロガシを苦しめている〔のはおまえだ〕、〔おまえが〕苦しむのは義しい、と云った。 |
139 しかしゼウスは、ワシの種族が少なくなってゆくことを望まなかったので、クソムシに和解するよう忠告した。しかしそれが聴従しようとしなかったので、ゼウスはワシの子づくり〔の時期〕を変え、クソムシが現れず、したがってまた害することもできぬ時にした。われわれも、デルポイ人諸君、この神を侮辱してはならぬのだ、これの神殿はかくも小さいからといって。そして、クソムシのことに思いを致し、アポッローンを畏敬せよ、わたしは彼のところに庇護を求めたのだから」。 |
とはいえ、ワシの種族が消滅することを望まず、フンコロガシにワシと和解をするよう忠告した。けれども聞き入れなかったので、かの〔ゼウス〕は、ワシたちの産卵の時期を、フンコロガシが現れない別の時期に変更したのである。だからあなたがたも、おお、デルポイ人諸君、わたしが〔庇護を求めて〕逃げこんだこの神を、たとえ神殿は小さかろうと、辱めてはならない。不敬を働いた者は見逃されることはないであろうから」。 |
140 しかし彼らは、彼によって言われたことに説き伏せられることなく、彼を崖の上に引っ張って行き、その突端に彼を立たせた。そこでアイソーポスは、自分の宿命(moros)を眼にして云った、「聞き分けのない者どもめ、いかようにもあなたがたを説得できないからは、わたしの次の話(logos)を聞け。ひとりの百姓が年老いたが、田舎のこととて、いまだかつて町に入ったことがなかったので、自分の家の者たちに、見物したいと頼んだ。そこで彼の家人は、荷車にロバをつなぎ、云う、『追いたてさえすればいい、そうしたら、こいつらがあんたを町の中に立たせてくれる』。ところが、道中、嵐で闇のようになり、ロバたちが迷って、とある崖のところに入りこんでしまった。そこで彼は、自分の身の危うさを見て謂った、『おお、ゼウスさま、あなたにどんな不正をしましたでしょうか、こういうふうに破滅するとは、それも、高価な馬たちによってでないのはもちろん、血筋よろしき半ロバたちによってでもなくな、最も卑小なロバどものせいで』。だから、わたしも同様に絶えがたいのだ、誉れある人たちとか、世に知られた人たちとかによってではなく、最悪の、無用な奴僕どものせいで破滅するのが」。 |
しかしデルポイ人たちは、これらのことばをわずかに気にとめただけで、やはり死刑の崖に引っ張っていった。そこでアイソーポスは、自分の言ったことに彼らがひとつも心動かされないのを見て、再び謂う、「野蛮で人殺しの諸君、聞くがよい。ひとりの百姓が田舎で年老いて、いまだかつて街に行ったことがなかったので、その見物を親類の者たちに依頼した。そこで彼らは驢馬にくびきをつけ、荷車の上に彼を乗せて、ひとりでゆくよう言いつけた。しかし道中、暴風雨の天候に見舞われ、真っ暗になって、驢馬たちが道に迷って、とある崖の方へと老人を連れて行った。彼はいよいよ崖から落ちそうになって、『おお、ゼウスよ』と云った、『わたしがあなたにいったいどんな不正をしましたでしょうか、こんな理不尽に破滅しようとは、それも、生まれよき馬たちのせいでも、善き半驢馬のせいでもなくて、極安の驢馬たちによって』。去れば、わたしも、同様の状況に今あるのがいまいましい、貴い人士や著名な人たちによってではなく、やくざな極悪人どもによって破滅するのが」。 |
141 さて、崖から突き落とされかかって、もうひとつの寓話(logos)を謂った、「ひとりの男が、自分の娘に恋をして、恋の痛みに耐えかねて、自分の妻を田舎にやり、そして娘をおさえつけて強姦した。すると彼女が言った、「お父さん、神法に悖ること(aosia)をしでかしたわね。あたしは、あんたによりは、100人の男に身を任せた方がましだった」。これをわたしもあなたがたに向かって〔言おう〕、おお、デルポイ人諸君。あなた方の手にかかってこの地で非道に死ぬよりは、むしろ、辛酸をなめつつ、シケリア全土を巡りめぐることを選んだものを。 |
さらに、いよいよ崖から突き落とされそうになって、次のような寓話(mythos)を述べた、「ある男が、自分の娘に恋して、女房は野良に追いやって、娘をひとりきりに引き離して強姦した。すると娘が、『お父さん』と云った、『神法に悖ることをなさったのよ。むしろ、多くの男たちに辱められた方がよかったのに、生みの親のあんたによりは』。されば、おまえたちにも、おお、違法なデルポイ人たちよ、これを言おう、スキュッラやカリュブディス〔シケリアの海峡にあるとされた大渦。〕、またアプリカのシュルティス〔アフリカの北端、カルタゴとキュレーネーとの間にある数々の湾の2つの砂州の名前〕に呑みこまれることを選ぶのだった、おまえたちから不正・無意味に殺されるよりは。 |
142 そういう次第で、あなたがたの祖国を呪詛しよう、そうして、神々を証人にお呼びしよう、〔神々は〕わたしが不正に破滅させられるのに耳を傾け、わたしの復讐をしてくださるでろう」。しかし彼らは、彼を崖の下に突いて落とした。ところが、疫病と強烈な内憂外患(synoche)に見舞われたので、デルポイ人たちはアイソーポスの宿命(moros)の罪滅ぼしをすべしとの神託を受けた。というのか、あいそーぽすを謀殺したので、彼らは良心が咎めたのである。そこで、神殿の造営を行い、彼のために標柱を建てた。しかしその後、ヘッラスの指導者たち(exarchoi)や自余の教育者たちが、アイソーポスに対する仕打ちを聞いて、デルポイに現れ、討論(syzetesis)をして、アイソーポスの宿命(moros)に復讐したのであった。 |
とにかく、おまえたちの祖国に呪いをかけ、あらゆる正義に反してわたしが破滅させられることの証人に神々を立てよう、耳を傾けて、わたしのために復讐してくださるであろう」。こうして、デルポイ人たちは崖下に彼を突き落として処刑した。しかし程経ずして、〔デルポイ人たちは〕疫病がかかり、アイソーポスの死を贖うべしという神託を受けた。彼らは[自分たちでも]自覚していたこともあって、不正に殺害された彼のために、標柱まで建立した。しかし、ヘッラスの第一人者たる人たちや、相当な知者に属する人たちもみな、こういった人たちもアイソーポスに対してなされたことを知ってデルポイに赴き、その地の人たちといっしょに考察し、彼ら自身もまたアイソーポスの宿命の復讐者となったのである。 |