抜粋(Excerptum) XI (XI Scott)
Stobaeus 1. 41. 1(b), vol. I, p.274 Wachsmuth.

1
 「今こそ、おお、わが子よ、〔あなたとわたしの〕頭の中に諸有を通過させよう。そうすれば、あなたは聞いたことを記憶して、何が言われているかを知解するであろう。


(1)あらゆる有は動く。非有(to; mh; o]n)のみが不動である。
(2)あらゆる身体が変化するが、あらゆる身体が解体するわけではない。[身体のあるものは解体する]。
(3)あらゆる動物が死すべきものとはかぎらず、あらゆる動物が不死とはかぎらない。
(4)解体するものは朽ちゆくもの、変化せずにとどまるものは永遠である。
(5)常に生成するものは常にまた朽ちもするが、一度かぎり生成するものは、けっして朽ちることなく、他の何かに成る(生成する)こともない。
(6)第1のものは神、第2のものは世界(kovsmoV)、第3のものは人間。
(7)世界は人間によって、人間は神よって〔存在する〕。
(8)魂の感覚的部分は可死的であり、理性的部分(logikovn)は不死である。
(9)あらゆる有性(oujsiva)は不死であり、あらゆる有性は変化する。
(10)あらゆる有は二重である。諸有のなかに確立したものなし。
(11)あらゆるもの(pavnta)が魂に動かされるわけではなく、万有(pa:n o]n)を動かせるのが魂である。
(12)あらゆる受動者は感覚し、感覚するあらゆるものは受動する。
(13)苦痛を感ずるもの[可死的動物]はすべて快楽を感じもするが、快楽を感じるもの[永遠の動物]がみな苦痛を感じるわけではない。
(14)身体はすべて病むわけではなく、病む身体はすべて解体する。
(15)理性(nou:V)は神の内に、思量(logismovV)は人間の内に。思量は理性の内に。理性は無心(ajpaqhv)である。
(16)身体の内に真実なるものなし、無体の内のすべては非虚偽(ajyeudevV)である。
(17)生成するものはすべて可変である、生成するものがすべて滅するわけではない。
(18)地上に善きものなし、天上に悪しきものなし。
(19)神は善、人間は悪。
(20)善は本意(eJkouvsion)、悪は不本意(ajkouvsion)。
(21)神々は善きものらを、善いと〔思って〕選ぶ、<……>。
(22)〔文意不明〕
(23)〔文意不明〕
(24)〔文意不明〕
(25)天上にあるものはすべて不変、地上にあるものはすべて可変。
(26)天上にあって隷属するものなし、地上にあって自由なるものなし。
(27)天上にあって無知なるものなし、地上にあって知恵あるものなし。
(28)天上にあるものは地上にあるものと共通せず、地上にあるものは天上にあるものと共通せず。
(29)天上にあるものはすべて非の打ち所なく、地上にあるものはすべて損なわれている。
(30)不死的なものは可死的なものならず、可死的なものは不死的なものならず。
(31)発生するもの(to; sparevn)は必ずしも生成したものではないが、生成したものは、必ず発生したものでもある。
(32)解体する身体は2つの時間をもつ。発生から生成までの時間と、生成から死までの時間とである。永遠の身体の時間は、生成からの時間のみである。
(33)解体する身体は、生長し、消滅する。
(34)解体する質料は、反対のものへ[消滅と生成へ]と変化する。永遠の〔質料〕は、同じものへと〔変化する〕か、類似したものへと〔変化する〕かである。
(35)人間の生成は消滅の〔初め〕、人間の消滅は生成の初め。
(36)去りゆくものはまた来たりもする、来るものはまた去りもする。
(37)有るものらのうち、あるものは諸身体の内にあり、あるものは諸形相の内にあり、あるものは諸作用の内にある。身体は諸形相の内にあり、形相と作用は身体の内にある。
(38)不死は可死的なものに参与しないが、可死的なものは不死に参与する。
(39)可死的なものは不死的身体に赴くことはないが、不死は可死的なものに現在する。
(40)諸々の作用は上向きではなく、下向きである。
(41)地上のものは天上のものを何ら益さないが、天上のものは地上のものをすべて益する。
(42)天は永遠の身体の受容者、地は消滅的身体の受容者。
(43)地はロゴスなきもの(a[logoV)、天はロゴスあるもの(logikovV)。
(44)〔文意不明〕
(45)天は第一の要素(stoicei:on)、地は最終の要素。
(46)摂理は神的配置、必然は摂理の婢女。
(47)運(tuvch)は配置されざる運行、作用の影像、虚偽なる思念。
(48)神とは何か? 移ろわぬ善である。人間とは何か? 移ろいやすき悪である。


 以上の概要を記憶すれば、多言を労してあなたに述べ来たったことも、容易に想起できるであろう。なぜなら、前者は後者の内容なのだから。


しかしながら、多衆との交わりは忌避しなさい。それは、あなたが堕落することをわたしが望まないからではなく、むしろ、嘲笑すべきものと多衆に思われるだろうからです。というのは、似たものは似たものに迎え入れられ、似ざるものは似ざるものと決して友とはならないからです。だから、これらのロゴスは、完全に少数の聞き手をもつか、あるいは、ただちに少数の聞き手さえもたないかでしょう。


 〔これらのロゴスは〕自己の内に何らか独特のものさえもっている。悪しき者らを、ますます悪へと鼓舞する。ゆえに、多衆は、言われた事柄の徳を理会せぬよう守られなければならないのだ」。
〔タト〕「どういう意味で云っているのですか、おお、父よ」。
〔ヘルメース〕「こういうことだ、おお、わが子よ。人間どもという生き物はすべて、悪への傾向性をより強くもっていて、これ〔悪〕によって養われ、それゆえまたそれ〔悪〕を喜ぶ。で、この生き物が、運命が始まるときに、世界(kovsmoV)は生出したものであり、万有は摂理と必然によって生じるということを学んだら、〔以前の〕自分よりはるかに劣悪なものとなるのではないか。<すなわち>、万有を生出したものとして軽蔑し、悪の責任を運命に帰し、あらゆる悪しき所行から決して離れることがないであろう。だから、それら〔のロゴス〕を守護しなければならないのである、無知の内に或る者らが、目に見えぬものに対する恐れによって、より悪しくなることのないように。

2008.09.30.


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