第3話

カラドリオス(charadrios)について


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 カラドリオスと言われる鳥がいると、第二律法〔モーセ五書の第5巻=申命記〕の中で言われている〔申命記、第14章17以下〕。自然窮理家はこれについて言った、 — この鳥は純白で、一点たり黒い色素を含まず、これの体内にある排泄物が、視力の弱った眼に利く。王宮の中庭にいる、と。

 ひとが病気になったとき、生き返るか死ぬかがカラドリオスによってわかる。すなわち、寝床の病人の前にこれを連れていくと、その人の病気が死に向かう場合には、カラドリオスは自分の顔を病人からそむけるので、彼が死ぬことが誰でもわかる。逆に、その人の病気が生に向かう場合には、カラドリオスは病人を、病人もまたカラドリオスを見つめ、カラドリオスは病人の病気を飲みこみ、太陽の霊圏まで飛翔し、病人の病気を灼き、それを雲散霧消させ、カラドリオスも病人もともに救われるのである。

 されば、これは救主の顔〔姿〕に解するのが美しい。すなわち、われらの救主は純白であり、一点たりと黒い色素を含まぬ。だから、おっしゃったのである、「この世の支配者がやってこようとも、わたしの中に何ものも見い出さないであろう」〔ヨハネ、第14章30〕。主は天上からユダヤ人たちのもとに来られたが、彼らからは神性を逸らせられた。さらにまたわたしたちのもとにも来られ、わたしたちの民族はお選びになって、〔わたしたちの〕患いと病をにない〔マタイ、第8章17。参照:イザヤ、第53章4、11、12。詩篇、第68章19〕、磔柱の木のうえに上げられ、わたしたちの弱さと罪をみな追放なさった。すなわち、高いところに上った時、虜を捕らえて引き行かれた〔エペソ、第4章8〕のである。

 かく美しく、自然窮理家はカラドリオスについて言った。

 とはいえ、カラドリオスは律法によれば不浄である〔レビ、第11章13-19。申命、第14章12-18〕、いったいいかにして救主の顔〔姿〕に比せられようか、とあなたはわたしに尋ねるかもしれない。しかし、ヘビも不浄である、だがヨハネは証言して言っている、「モーセが荒野でヘビを上げたごとく、そのように人の子もまた上げられなければならない」〔ヨハネ、第3章14〕。けだし、被造物は二重の存在、すなわち賞讃されかつ貶されるものだからである。




Burhinus.jpgPliny N.H. 30.94; Aelian H.A. 17.13; Plutarch Quaest. conviv. 5.7(681C); Hermes Kyr. 3.49; Heliodorus Aeth. 3.8.
 "charadrios"は、アリストテレス『動物誌』第8巻3章(593b15)と、第9巻11章(615a1)に登場する。「巣を渓谷や窪地や岸壁に造る」「色も声もとりたてていうほどのものではなく、夜になると現れるが、昼はどこかに潜んでいる」(第9巻11章)というところから、イシチドリ(Burhinus oedicnemus)〔右図〕のこととされる。色は白くはない。
 ちなみに、"charadra"とは、渓谷の意である。

 カラドリオスが黄疸を治すという俗信は古く、ヒッポーナクス〔前540頃のイアムボス詩人〕の詩に見られる。
断片52(Schol. Plat. Gorg. 494b(p.157 Greene)=Schol. marg. in Olympiod. ad loc. (p.157.25 Westerink)
 カラドリオスは一種の鳥で、餌を食べると同時に排便する。話では、これを見つめていると、黄疸患者は容易に快癒するという。そのため、売ろうとする連中は、これに覆いをかぶせておく。病人連中がただで得をすることのないためにである。
 そいつを隠している。カラドリオスを売るためじゃないのか?
ヒッポーナクスはそう謂っている。

 七十人訳が"charadrios"と訳しているのは、ヘブライ語「アナーファー」である。「アナーファーという語がどの鳥をさしているのかはまったく不明である。これが*サギではない*ことだけが、注釈者たちの意見が一致すると思われる唯一の点である」(『聖書動物大事典』p.209)。

 太陽と鳥と病気(黄疸)との関係は、『リグ・ヴェーダ讃歌』にも出てくる。
「11 今日昇りつつ、ミトラの威力持つ〔神〕(スーリア)よ、最高の天界に登りつつ、わがフリド・ローガを、スーリアよ、〔わが〕黄疸を滅せ(癒せ)。
12 鸚鵡の上にわが黄疸を、ローパナーカー鳥の上に、われら置く。さらにまたハーリドラヴァ鳥の上に、〔わが〕黄疸をおろし置く。
13 このアーディティア(太陽)は、〔その〕すべての力と共に昇りつ、〔わが〕怨敵をわれに屈服せしめつつ。われ怨敵に屈服するなからんことを」。
(「スーリア(太陽神)の歌」その1、辻直四郎訳)

 ハーリドラヴァ h.gifaa.gifr.gifi.gifd.gifr.gifa.gifv.gifa.gif は黄色い鳥の1種とされる〔佐藤宏宗さんのご教示による〕。もちろん、黄色は太陽の象徴であると同時に、硫黄の色でもある。硫黄は、古来、病気を燻蒸する働きがあるとされる。
 ここに見られるのは、similia similibus curantur(同種のものは同種のものにて癒される)である。

 死とは、呼吸が止まった時なのか、心臓が止まった時なのか、それとも脳波が止まった時なのか、現代でも死の判定は難しい。そこで、
 「現在のゾロアスター教徒は死ぬとサグ・ディード(犬の目)という儀式を行う……死体を経帷子に包み込む前に四つ目の犬を傍に連れてきて死体を見させるのである。死体の息が切れている場合は、犬は死体を凝視するが、息がまだあるときは犬は死体を見ない、といわれている」(井本英一『死と再生』)。

 2011年3月11日、東日本大震災の際に、ジャーマンシェパードの災害救助犬レイラは、岩手県大船渡の海岸を捜索し続けたが、瓦礫の下には死者ばかりという苛酷な情況の中で、生存者を捜すための訓練を受けたレイラはついに嗅覚を失ったという。
 例えばハゲタカの例にみられるように、鳥の嗅覚も犬の嗅覚に劣らぬとみてよかろう。とると、死を嗅ぎ分ける鳥と犬の能力は、互換可能といえよう。カラドリオスは、このあたりに発想の根があったか?

 画像出典、Konrad Gesner『Historiae Animallum』III。