title.gifBarbaroi!
back.gif

ルゥキアーノスとその作品

冥界下り、あるいは、僭主

KatavplouV h] TuvrannoV
(Cataplus)




[解説]
 ハーデスの王国の光景は、靴屋たちの方が王たちよりもそこではいい暮らしをするということを示す。冥界は、『メニッポス』や『死者たちの対話』の中にも描写されている。これらすべての小品は、犬儒派の皮肉や、とりわけメニッポスの「Necyia」に深く影響されている。Helmは、「冥界下り」は、ルゥキアーノスがその『メニッポス』を書いた際に、使わないまま残した『Necyia』一対の情景に基づき、その後、自分の序を前に付けて、別々の対話編に仕上げたと主張する。しかしながら、この理論を尤もらしくみせるに足る証拠はなく、議論しえないものとしておくほかない。

 「運命」によって演じられる役割は通常のものではない。『カローン』においては、上方で運命を紡いでいた代わりに、彼女らの中の2人は、魂たちを冥界へ護送する役を与えられていおり、アントローポスは彼らをヘルメースに引き渡し、クロートーは渡し場で彼らを受け取ることを統括している。クロートーの役割は、ここでは、アイアコスに割り当てられている役割とほとんど瓜二つである。(A. M. Harmon)

 訳出にあたっては、近藤司郎氏の訳を参考にさせていただいた。多謝。  



"t"
冥界下り、あるいは、僭主

カローン
 [1] これでよしと、おお、クロートー、この舟はわしたちにとってさっきから用意万端整って、出港準備はすっかり完了。つまり、水垢は掻い出したし、帆柱は立てたし、帆は巻き上げたし、櫓もそれぞれ櫂受け軸に装着されたし、万事支障なし。わしのほうは、錨を引っ張り上げて出帆するに万事支障なしですわい。ところがヘルメースが遅れておる、とっくに着いてなきゃならんのに。ほんに、渡し船の乗船客は、ご覧のとおり、からっぽ、今日はもう三回も船出できたのに。ぼちぼち仕事も仕舞い時分というのに、わしらはまだ1オボロスも稼いでおらん。次には、プルートーンが、この間中わしが怠慢こいていたと、それも、ほかのものに責任があっても、邪推するのは、わかりきったこと。われらが美而善なる死者の導師殿〔ヘルメース〕は、上界で、他の者と同様、自分もレーテー河〔忘却の河〕の水を飲んで、わしらのもとへ帰ることを忘れてしもうて、若い者と相撲とっているやら、竪琴を弾いているやら、自分の無駄話を見せびらかせながら、演説でもぶっているやら、それとも、どっかですばやく、高貴なおかたは行きがけの駄賃に盗みを働いておるのじゃろう。それも彼の術知のひとつじゃからのう。とにかくあれはわしらに対して自由勝手にふるまっておる。半分はわしらのものなのに。

クロートー
 [2] どうしてわかるのじゃ、おお、カローン、何かよんどころない仕事があれに出来しのかどうか。ゼウスがふだんよりも上界の事情にあれを使わねばならなくなったんで。それに、あのかたこそがご主人なのじゃから。

カローン
 それはそうだが、おお、クロートー、共有物に対して主人面するには、分を超えとる。出かけねばならんとき、わしらは全然あいつを引き留められんのじゃから。じゃが、わしにはそのわけはわかっておる。わしらのとこにあるものといったら、アスポデロスの花、清めの酒、お供えの菓子、供物だけ、ほかは闇と霧と暗黒だが、天上界では、あらゆるものが光り輝き、ぎょうさんなアムブロシアーにネクタルもたっぷり。じゃから、そこでぐずぐずするのが快適なのは尤もだ。そこで、わしらのとこからは、何か牢獄から逃げ出すみたいに、飛び立ってゆく。が、下向する段になると、暇をかけて、徒歩で、やっとこさで下って来よる。

クロートー
 [3] もう不機嫌になりなさんな、おお、カローン、当のご本人が近づいてくる。見てのとおり、わたしらのために何だか人をどっさり引き連れて。というよりは、山羊の群か何かのように、連中をごたまぜに杖で追い立てながら。しかし、これはどういうことかのう。連中の中には縛られている者もいれば、笑っている者も見える。ひとりは頭陀袋をぶらさげて、手に棍棒を持ち、鋭く監視しながら、ほかの連中を駆り立ててる。それに、当のヘルメースも、汗を流し、両足も泥まみれ、息を切らしているのが見えるのではないか。実際、あれは口を開けてあえいでいる。これはどうしたことなのじゃ、おお、ヘルメース。何をあわてておるのじゃ。わたしらには混乱しているように見えるが。

ヘルメース
 いえね、おお、クロートー、ほかでもない、この罪人が逃げ出したのを追っかけていたもんで、今日はすんでのところであなたがたに置いてけぼりを喰うところだったのですよ。

クロートー
 誰なんじゃ、そやつは。何が望みで逃げ出そうとしたのじゃ。

ヘルメース
 そりゃ、きまってるでしょ、もっと生きたいんだってことは。どっかの王さまか潜主ですね。悲嘆ぶりと泣き喚いているところからすると。幸せをいっぱい奪われたとかいって。

クロートー
 すると、この愚か者は、生きながらえることができると思って、逃げ出そうとしたのじゃな。これに紡がれた〔運命の〕糸はとっくに切れているのに。

ヘルメース
 [4] 逃げだそうとした、と言うのですか。そもそも、この、このうえなく気高いひと — 棍棒を持った人です — がぼくに協働して、いっしょになってこいつをとっ捕まえて縛り上げなかったら、ぼくたちから逃げおおせていたことでしょうよ。というのは、アトロポスがそいつをぼくに引き渡したときから、道中ずっと、突っ張るは、引っ張るは、両足を地面に踏ん張るはで、まったく導かれやすい者どころじゃなかったのです。そうかと思えば、嘆願するは、懇願するは。少しの間猶予をくれと要請し、助多くの贈り物をすると約束してね。ぼくとしては、当然ながら、放免しませんでした。不可能なことを狙っているのを見抜きましたから。ところが、とうとうまさしく〔冥界の〕入り口のところまでやって来て、ぼくが死者たちを、いつものように、アイアコスさんのために数え上げて、あの方が貴女の姉妹のところから彼に送られた送り状に照らして連中を計算しているときに、どういうふうにか分かりませんが、この三倍忌まわしいやつが、こっそり抜け出して、いなくなったのです。だから、死者が一人分勘定が合わなくて、アイアコスは眉をつりあげて、「いつまでも、おお、ヘルメース」と謂うんです、 「盗みをしているんじゃない。おまえの悪ふざけは天上界だけで充分だ。死者に関することは精確に、正確第一、けっして遺漏があってはならん。おまえが見るとおり、千に加える四人と、送り状が記載しているとおりだ。ところがおまえがわしのところへ連れてきたのは、ひとり足りぬ。アトロポスが勘定を間違えたなどとおまえが謂い出さなぬかぎりはな」。ぼくはその言葉に顔が赤くなりましたが、すぐに道々のことを思い出し、あたりを見回してもあいつがどこにも見当たらないので、逃亡を察知し、明かりの方へ続いている道を全速力で追いかけたんです。で、この最善なる人が自発的にぼくについてきてくれて、ヒュスプレークス〔競走者の出発網〕から〔駈け出す〕ように走って、タイナロン岬でこいつをやっと捕まえたんですよ。そんなとこまで逃げおおせていたんです。

クロートー
 [5] わたしらときたら、おお、カローン、今しもヘルメースの職務怠慢を咎めていたところだわね。

カローン
 だから、暇つぶしはわしらに充分ないのに、なんでまたぐずぐずするのかね。

クロートー
 その言やよし。乗り込ませるのじゃ。わたしは帳簿をもって渡し板のところに、いつもどおり、腰かけて、彼らの一人一人が乗船するとき、氏名と出身地と死因を照合するから、あんたは受け取ったら、積んで詰め合わせなされ。それから、あんたは、おお、ヘルメース、その生まれたての赤ん坊を先に積み込んどくれ。わしに答えられっこあるまいから。

ヘルメース
 ほらよ、あんたに、おお、船頭さん、水子も含めてその数三百。

カローン
 やや、何たる豊作。わしらに未熟な死人を連れてきおった。

ヘルメース
 よければ、おお、クロートー、お次は嘆いてくれる者が誰もいない連中を乗り込ませましょうか?

クロートー
 老人ってことね。そうしとくれ。それにしても、どうしてエウクレイデースよりも古いことを取り調べなきゃならないのかねぇ。六十歳以上のあんたたち、今すぐ通りされ。これはどうしたことじゃ、わしの耳をかさんとは。歳のせいで耳が遠いのじゃろ。たぶんこの連中も、担いで連れて行かなきゃなるまいて。

ヘルメース
 もひとつ、ほらよ、こいつは四百人に二人足りない〔三百九十八人〕。みんなとろとろに完熟して、摘み取るに旬のやつら。

カローン
 ゼウスにかけて、まったくじゃ。みんなもう干葡萄じゃから。

クロートー
 [6] お次は、怪我人を、おお、ヘルメース。〔死者たちに向かって〕どうして死んでやって来たか、死因をわしに云うのじゃ。あ、ちょっと待って。わしがこの帳簿に基づいて自分で調べる。えっと、昨日はメディアの戦いで死ぬことになっているのが、八十人に加える四人。オクシュアルテースの息子のゴーバレースもそのなかにおろうの。

ヘルメース
 おりまーす。

クロートー
 色恋沙汰の自殺者が八人。そのなかに、メガラの遊女に入れ揚げた哲学者のテアゲネースも。

ヘルメース
 となりにいます。

クロートー
 王位をめぐって殺し合いをした者たちはどこかいの。

ヘルメース
 そばに立ってます。

クロートー
 間男と女房に殺された者は?

ヘルメース
 ほら、あなたのとなりに。

クロートー
 それでは、裁判所からの出物を連れてきてたもれ、責め道具で死んだ者と磔にされた者、それからと、海賊に殺された十六人はどこに、おお、ヘルメース。

ヘルメース
 そこに見える怪我人がそうです。女たちもいっしょに連れてきましょうか?

クロートー
 もちろん。海難事故の死者もいっしょにのう。死因は同じじゃから。それから熱病で死んだ者もいっしょに、付き添いの医師アガトクレースも。[7] ヘカテーへのお供えと浄めの玉子とそばにあった生イカを食べて死ぬことになっていた哲学者のキュニスコスはどこじゃ?

キュニスコス〔「犬儒派の小者」の意〕
 さっきから貴女のおそばに立っております、おお、最善のクロートー。不正してきたそれがしを、かくも久しく上界に放置なさったのはなぜですか。 運命の紡錘をほとんどみんなわたしのために紡いで。実際、わたしは何度も糸を断ち切って、〔ここへ〕やって来ようとしたが、なんでか知らんが、切れんかった。

クロートー
 そなたが、人間的な過ちの監督にして医者となるように、留めおいたのじゃよ。じゃが、乗りるがよい、元気でな。

キュニスコス
 とんでもない、ゼウスにかけて。縛られてるこいつを先に積みこまないかぎりは。頼みたおして貴女を口説き落とすんじゃないかと、危惧しとるんです。

クロートー
 [8] どれ、何者か見てみよう。

キュニスコス
 ラキュデースの子メガペンテース、潜主です。

クロートー
 そなたが乗船させるがよい。

メガペンテース〔「大いなる歎き」の意〕
 滅相もありません、おお、女主人クロートー、わたしが少しの間帰ることをお許しください。そうしたら、誰が呼ばなくても、自分で、貴女のもとにやってまいりますから。

クロートー
 戻りたいというその理由は何ぞい。

メガペンテース
 屋敷を仕上げることを、どうか先ずわたしに容赦してください。広間が造りかけのままになっているもので。

クロートー
 たわけたことを。さあ、乗りこむがよい。

メガペンテース
 大した時間じゃありません、おお、モイラ、お願いです。ほんの一日わたしがとどまることをお許しください。奥方に財貨についてちょっと指示するまで。莫大なお宝がどこに埋蔵されて持っているかを。

クロートー
 一件落着。望むようにはいかん。

メガペンテース
 すると、あの黄金はなくなってしまうので?

クロートー
 なくなりはせん。その点は安心するがよい。おまえの従兄弟のメガクレースがそれを相続しようから。

メガペンテース
 おお、何たる横暴。憎っくき奴! わしが無頓着だったばかりに、先に殺しておかなかったあやつが?

クロートー
 まさしく、そやつが。そなたより四十年に加えるもう少し生きながらえようぞ。愛妾たちと衣裳と、おまえの黄金をみな相続して。

メガペンテース
 貴女は不正ですぞ、クロートー、わたしの財産を最大の敵どもにくれてやるとは。

クロートー
 たしか、そなたが、それらはキュディマコスのものだったのに、おお、このうえなく高貴な人よ、彼を殺して、まだ息のあるのにその幼な子たちも喉掻き切って、受け継いだのではなかったかえ。

メガペンテース
 しかし今では、わたしのものだったんだ。

クロートー
 じゃが、そなたの所有期限はもう切れてしまっているじゃよ。

メガペンテース
 [9] お聞きください、おお、クロートー、あなたに個人的に、誰にも聞かれずに、云いたいことがあります。〔ほかの死者たちに〕おまえたちは少しの間退いておれ。〔クロートーに〕わたしが逃げるのを見逃してくれたら、金貨で一千タラントンを毎日さし上げるとお約束しましょう。

クロートー
 いったい、まだ黄金と、おお、笑うべき者よ、タラントンを記憶にとどめているのかえ?

メガペンテース
 さらに混酒器二台をも、おのぞみなら上乗せしましょう。クレオクリトスを殺して手に入れたもので、どちらも精錬された黄金百タラントンの目方(e{lkw)はありますぞ。

クロートー
 こやつを引き摺っていきなさい(e{lkw)、どうやら、わたしらのために自分から乗船する気はないらしいから。

メガペンテース
 諸君を証人としてたてよう。まだ建設途中の城壁と造船所が残っておるが、あと五日、わたしが生きながらえておれば完成しておったのだ。

クロートー
 気にしなさんな、ほかのひとが造ってくれてじゃ。

メガペンテース
 実際のところ、少なくとも次のことは完全に正当なこと(eu[gnwmon)として要求する。

クロートー
 どんなことを?

メガペンテース
 ピシディア人を平定し、リュディア人に朝貢を課し、わたしの巨大な記念碑を建てて、わが生涯に果たしたる武勲をそこに刻みつけるまで、生きながらえることだ。

クロートー
 おやおや、さっきは一日だけと頼んでいたのに、二十年近くはかかるのう。

メガペンテース
 [10] 実際のところ、速やかに帰着することの保証人をあなたがたに差し出す用意がある。お望みならば、わたしの代理人としてあなたに、わたしのかわいい少年を引き渡します。

クロートー
 おお、忌まわしいやつ! 〔自分より長く〕地上に生き残ることを何度も祈った相手をな。

メガペンテース
 昔はそんなことを祈ったこともあります。が、今ではもっと善いものを見つけたのです。

クロートー
 その子も、もう少ししたらおまえのところにやって来よう、新しく王になった者に亡き者にされて。

メガペンテース
 [11] それじゃあ、せめてこれだけは、おお、モイラ、だめだなんてわたしにおっしゃらないでください。

クロートー
 どんなことを?

メガペンテース
 わたしの亡きあとどうなるのか、それが知りたいのです。

クロートー
 聞くがよい。わかれば歎きもひとしおじゃろうから。女房は奴隷のミダースがものにする。昔からもあれと通じておったが。

メガペンテース
 何と呪わしい奴だ! おれがあれに口説かれて、自由の身にしてやったやつがとは。

クロートー
 それからおまえの娘は、今僭主となっておる者の愛妾の一人に登録されよう。以前、都市がおまえのために建立した似像や人像はことごとく引き倒され、これを見物する者たちの笑いの的となろう。

メガペンテース
 どうかわたしに云ってください、友人たちは誰ひとり、そんな行為に憤慨しないのでしょうか。

クロートー
 いったい誰がおまえの友人だったのじゃ? あるいは、いかなる理由で〔友と〕なったのじゃ? おまえは知らぬのか — ひれ伏す者たちも、言われること為されることのそれぞれを称讃する者たちも、みな、恐怖や期待からそんなことをしているのを。支配の友として、好機を窺いながら。

メガペンテース
 実際のところ、酒宴の際に献酒する者たちは、大きな声で、わたしのために多くの善きことどもを祈り、彼らのめいめいが、できることなら、先に死ぬ用意があると — 要するに、彼らにとって誓いの対象はわたしだったのだ。

クロートー
 まさしくそういう次第で、昨日、彼らの一人と食事した後で、おまえは死んだのじゃ。おまえのために運ばれた最後の一杯が、おまえをここに下らせたのじゃから。

メガペンテース
 そういえば、あれは何だか、苦い味だった。しかし何が望みで、そんなことをしでかしたんです?

クロートー
 多くのことを問いただしよる。乗船しなけりゃならないのに。

メガペンテース
 [12] ひとつわたしをひどく窒息させることがあるんです、クロートー、そのために少しの間明るいところへもういちど出られたらと、切に願っていたんです。

クロートー
 で、それは何じゃ。何か重大事のようじゃが。

メガペンテース
 わたしの家僕のカリオーンめ、わたしが死んだとわかるとすぐに、夕方時分に、わたしが安置されている部屋へ上って来たんです、ゆうゆうと — 誰ひとりわたしを護衛する者もいなかったものだから — 、わたしの愛妾のグリュケリオンを — 思うに、前々から同衾してたんでしょうな — それと連れ立ってやって来て、扉を閉めると、始めたんですよ。まるで内に誰もいないかのように。それから、存分に欲望を満たすと、わたしを見つめて、「おまえというやつは」と謂うのです、「おお、忌まわしい木偶野郎、何も不正していないこのおれに、しょっちゅう何発も食らわせやがって」。そう言うと同時に、わたしの髪の毛をひっつかんで横っ面を張り倒し、しまいには、おおきく喉を鳴らすと、わたしに唾を引っかけ、「不敬者たち土地に逝きやがれ」と言い捨てて、出て行ったんですよ。わたしははらわたが煮え繰り返りましたが、すでに硬く冷たくなっていたので、何もすることができなかったのです。また、忌まわしい小娘の方も、誰か近づいてくる人の足音を感知すると、わたしのために泣いていたかのように、唾で目を濡らして、慟哭し、〔わたしの〕名を呼びかけながら、出ていったのです。あいつらをとっ捕まえたら……

クロートー
 [13] 脅迫はやめなさい。さあ、お乗んなさい。もうお裁きの場へ出頭する時間なんだから。

メガペンテース
 いったい誰が、僭主たる者に票決を下す資格があるというのです?

クロートー
 僭主に対しては誰も〔裁きゃしない〕。死者に対しては、ラダマンテュスが〔裁くんです〕。じきに会えます。とても義しく、各人にふさわしく裁きを下す方じゃ。さあ、いつまでも暇つぶししてんじゃないの。

メガペンテース
 どうかわたしを平民にしてください、おお、モイラ、貧乏人のひとりに。奴隷でもいいです。これまでの王じゃなくて。ただ生き返らせてください。

クロートー
 棍棒を持った男はどこにいますか? あんたも、おお、ヘルメース、この男の足を中へ引っ張って。自分から乗り込もうとしないんだから。

ヘルメース
 さあ、ついてこい、逃亡者、〔カローンに〕あんたは、船頭さん、こいつを受け取ってくれ。気をつけろ、しっかりと —

カローン
 心配御無用。帆柱に縛りつけておいとこう。

メガペンテース
 実際のところ、余は優待席に坐るべきなのだ。

クロートー
 何ゆえに?

メガペンテース
 ゼウスにかけて、余は僭主だったのだぞ。それに、数多の槍持ちたちを抱えておったのだぞ。

キュニスコス
 すると、カリオーンがこんな左巻きのおまえの髪をむしったのは、義しくないとな。そんなら、この棍棒を味わったら、僭主はつらいものだと思い知るだろうて。

メガペンテース
 いったい、キュニスコス〔「犬儒派の小者」の意〕が、大胆不敵にも、余に杖を振り上げようとてか。余はそなたを以前、あまりに自由勝手で、粗野で、批判的なるゆえ、すんでのところで吊されるところだったのではないかな。

キュニスコス
 だからこそ、今度はあんたが帆柱に吊されたままになっているのさ。

ミキュッロス
 [14] わてに云うておくれやす、クロートー、わてのことはあんさんらに何の問題(lovgoV)でもないんで。それとも、わてが貧乏人やから、それでわてはいちばん最後にでも乗り込まねばならんのでっか?

クロートー
 して、そなたは何者かいのう?

ミキュッロス
 靴屋のミキュッロスでおます。

クロートー
 それで、長引いておることに腹を立てておるのか。僭主が、少しの間放免してくれたらどれだけの贈り物をしようと約束しているか見とらんのか。ほんに驚きがわしをとらえるわい、暇つぶしがそなたにとっても喜びでないとはな。

ミキュッロス
 聞いておくれやす、おお、モイラがたの中でも最善の御方、キュクロープスのあの贈り物が、あんましわてを喜ばせるものではないんでおます、「わしはウーティス〔ou[tiV「誰でもない」の意〕はいちばん最後に食ってやろう」(Od. 9.369)なんて約束は。最初だろうと最後だろうと、ほんま、同じ歯が待ちかまえているんでおます。なかんずく、わてと金持ちとは事情が同じやない。「われらの暮らしは正反対」と諺に謂いまっさかい。僭主はといえば、生涯幸せやと思われとりまん。みんなに恐れられ、目を丸くされ、あないにぎょうさんの金や銀や衣裳や馬たちや食事や若い愛童たちや器量よしの女たちを後に残してきたんやから、当然嘆きもひとしお、それらから引き離されて、心を痛めておいでや。というのは、何でか知りまへんが、鳥もちに〔くっつく〕みたいに、そういうものらに魂はくっついて、ずっと引っ付いてしまっているので、簡単に離れることは拒みよる。というよりは、連中が縛りつけられることになってしもうたこの呪縛は、不壊のもののようになるんや。ほんま、連中を力尽くで引き離そうとする者がいたら、彼らは泣き叫び、嘆願し、その他のことでは気丈にふるまっているくせに、ハーデースに通じるこの道に直面すると、臆病者であることをさらけだしよる。とにかく、後ろをふり返り、まるで恋に狂った連中みたいに、遠くからでも光の中にあるものらを見つめようと望みよる。それがあの愚か者がしたように、道を逃げ出したり、ここで貴女に懇願したり。[15] これに反して、わてはというたら、人生に何の腐れ縁ももっとらんよって、耕地なし、住む家なし、黄金なし、調度なし、名誉なし、似像なし、当然ながら心も軽く身も軽く、ただアトロポスがわてに頷いただけで、わては嬉々として、小刀も底革も放り出し — 両手に半長靴なんぞを持っておったもんでっさかい — 、すぐに跳びあがって裸足のまま、靴墨を洗い落としもせずに、就いていった、というよりは、先導していったのでおます。前を見つめて。というのは、後ろには、わてを振り向かせるものや呼び止めるものは何もおまへんさかい。ゼウスにかけて、あんさんがたのところにあるものは、みな美しいとわては見ております。なぜなら、誰にでも権利の平等(ijsotimiva)があり、何びとも隣人を出し抜くことがないというのんは、わてにとって、ほんま、最高に喜ばしいことに思えるんだす。察するところ、ここでは債務者が借金を取り立てられることもなく、税金を納めることもなく、最高なのは、冬のあいだ凍えることもなく、病気になることもなく、権勢をふるう者たちに殴られることもおまへんやろ。みんなが平和で、事態は真逆にひっくり返っている。わてら貧乏人は笑い、嘆いて泣き叫んでいるのは金持ち連中なんやさかい。

クロートー
 [16] 本当に、さっき、おお、ミキュッロス、おまえが笑っているのを目にしたぞい。おまえをいちばん笑う気にさせたものは何ぞい。

ミキュッロス
 聞いとくなはれ、おお、神々の中でもわてにとって最も尊い女神さま、上界で潜主の近所に住んでおったとき、彼のところで起こっていることを、まったくつぶさに目にし、当時、神に等しい御仁だとわてに思われたもんでやんす。というのは、紫服の花、従者たちのぎょうさんさ、黄金、宝石をちりばめた酒杯、銀脚の寝椅子を目にしては、浄福視したものでやんす。さらには、食事に準備された脂肉もわてを死ぬほど苦しめたもんでおます。そやから、何や人間を超えた、三倍幸運な、ほとんど誰よりも美しい、まるまる1バシリコス・ペーキュスは背の高い人のようわてには見えたもんでおます。幸運に大得意となり、歩みは威風堂々、ふんぞり返って、出会う者たちを驚倒させるのだすさかい。ところが、死ぬと、贅沢三昧を脱ぎ捨てて、彼自身が滑稽きわまる者にわてに見えただけでなく、それ以上にわて自身を、こんな屑野郎を讃嘆していたのかと笑ったのでおます。脂身の香りから彼の仕合わせを推しはかり、ラコーニア海の貝の血を浄福視してからに。[17] この男だけやおへん。金貸しのグニポーンを見ても、呻きながら後悔しとった。お金を享受したんやなくて、それを享受しないまま死によった。放蕩者のロドカレースに財産を遺してや — この男がやつのいちばん近い親族で、法習に基づいて筆頭者として財産相続の訴えを起こしたんや — 、どうにも笑いをこらえられなんだ。とりわけ、憶えてんのは、いつも青白い顔をして、汚らしく、額に心配の表情をたたえ、富裕なのは、何タラントン、何万〔ムナ〕を計算する指先だけ、少し後には浄福なロドカレースに蕩尽されるものを少しずつ集めていたやつのこと。いや、出発しよやおませんか。残りは航海中に、笑うことにしまひょ。連中が悲嘆してんのを見ながら。

クロートー
 乗った乗った。渡し守が錨を引き上げられるように。

カローン
 [18] おい、こら、どこへ行く? もう舟はいっぱいだ。ここで明日まで待っておれ。朝一で渡してやるから。

ミキュッロス
 不正でっせ、おお、カローン、すでに日増しとなった死人を残していくなんて。ままよ、あんさんを不法行為のかどで、ラダマンテュスに訴えてやる! ああ、災悪。もう出帆する。わてだけがここに置いてけぼりになる。そや、何で連中について泳いで渡らんのや? もう死んだんやから、途中でへばっても溺れる恐れはないわけや。それに、渡し賃に払わなきゃならん1オボロスも持ってないし。

クロートー
 これはどうしたこと。待ちなさい、おお、ミキュッロス。そなたがそうやって渡るのは神法にないの!

vミキュッロス
 実際のところ、たぶん、あんさんらよりも先に上陸してまっせ。

クロートー
 とんでもない、さあ、追いかけて、あれを引き上げまひょ。あなたも、おお、ヘルメース、いっしょに引っ張りあげてちょうだい!

カローン
 [19] いったい、どこへ座るんや? どこもいっぱいやで、ご覧のとおり。

ヘルメース
 もしよければ、潜主の肩の上に。

クロートー
 美しくヘルメースが思いついたのう。

カローン
 それでは、上って、この罪人の腱肉の上を踏んづけておれ。ではよい船旅をすることにしよう。

キュニスコス
 おお、カローン、ここであんたに真実を云っておくのが美しい。下船するときあんたに払わにゃならん1オボロスを、わては持ってない。あんたが見てる頭陀袋とこの棍棒よりほかには何も持っておらんのでな。が、それ以外のことだったら、お望みなら、水垢の掻い出しだろうが、漕ぎ手だろうが、する用意がある。よく嵌まった丈夫な櫓さえ貸してくれれば、文句は言わさんよ。

カローン
 じゃあ漕ぐんだ。それで、おまえから取り立てるのは、充分としてやるから。

キュニスコス
 拍子取りの舟歌でも歌いますかな?

カローン
 ああ、ゼウスにかけて、何か船乗り唄の号令でも知っておればな。

キュニスコス
 いっぱい知っとりますぞ、おお、カローン。しかし、ごらんとおり、この連中の泣き声が反響しております。おかげで、わしらの歌はめちゃくちゃにされてしまうじゃろうて。

死者たち
 [20] 〔1人〕ああ、わたしの所有物! — 〔他の1人〕ああ、わたしの畑! — 〔他の1人〕ああ、悲し、あんなにすばらしい家を置いてきてしまった! — 〔他の1人〕あの何タラントンもの金を相続したら、相続人は使い果たしてしまうのだ! — 〔他の1人〕ああ、ああ、わたしの生まれたばかりの赤ちゃん! — 〔他の1人〕いったい誰が収穫するんだ、わしが去年植えたブドウの樹は?

ヘルメース
 ミキュッロス、あんたはちっとも嘆いてないな? 実際のところ、涙なしに渡った者はいないのが決まりだ。

ミキュッロス
 離れててんか。いい船旅をしてるのに、嘆く理由なんか何もおへん。

ヘルメース
 だけど、少しでも泣くのがきまりだ。

ミキュッロス
 ほんなら嘆きまひょ、おお、ヘルメース、あんさんのお望みなんやから。ああ、底革たちよ! ああ、半長靴たちよ! ああ、悲し、出来損ないのサンダルたちよ! わてはもう貧乏神(kakodaivmwn)やない。朝から晩までずっと腹を空かしていることもなく、冬の間、裸足・半裸でうろつくこともない。寒さに歯がみしながら。いったい、わての小刀と千枚通しを持っていこうとしているのは、誰なんや?

ヘルメース
 哀歌は充分だ。われわれはほとんどもう着いたところだ。

カローン
 [21] では、さあ、先に渡し賃をわしに払え。〔ミキュッロスに〕おまえも払え。もう全員から取った。おまえも1オボロス払え、おお、ミキュッロス。

ミキュッロス
 冗談でっしゃろ、おお、カローン、さもなきゃ、諺に謂う、水に字を書くでっせ。ミキュッロスに大枚1オボロスを期待するなんて。そもそも、オボロスが四角いんだか丸いんだか、知りまへんのやから。

カローン
 おお、今日は何と美しき、儲けのある船旅だったことか。あんさんたちも御同様降りてくれ。わしは馬たちと牛たちと犬たちと、残りの生き物たちの後から行く。そいつらもこれから渡さにゃならんのでな。

クロートー
 その連中を受け取ったら、おお、ヘルメース、連行しておくれ。わたしは自分で、インドパテースとヘーラミトラースというセール人たちを連れに、向こう岸へ戻ります。彼らはお互いに境の地を争って死んだところだから。

ヘルメース
 前進しよう、おお、諸君。というより、みんな、並んでぼくについて来い。

ミキュッロス
 [22] おお、ヘーラクレス! なんちゅう暗さ! 美しいメギッロスは今いずこ? それとも、プリュネーよりもシミケーの方が美しいかどうか判別する人に、ここでは誰がなるのでっしゃろ。何もかもが同等で、同色、美しいもより美しいもなく、今までは不格好な襤褸服だとわてに思われていたものも、今じゃ王の紫服と同価値や。どっちも眼に見えず、同じ暗闇に沈んでしまっているんやから。キュニスコスはーん、あんさんは一体全体どこにおりなはるんや?

キュニスコス
 ここであんたに言いかけてるよ、ミキュッロス、よかったら、さあ、いっしょに歩いて行こう。

ミキュッロス
 よー言うとくれなはった。わての方へ右手を出しなはれ。わてに言うとくれなはれ — というのんは、おお、キュニスコス、あんさんは明らかにエレウシスの秘儀の入信者なんやから — 、ここのことはそこのことと似てるとあんさんに思われるやおへんか。

キュニスコス
 その言やよし。実際、見よ、松明を手にした婦人が、とても恐ろしげで、威嚇的なふうを見せながら、近づいてくる。ひょっとして、エリーニュスとちがうか?

ミキュッロス
 そうらしいでんな、あの恰好からすると。

ヘルメース
 [23] この者たちの引き取りをお願いします、ティーシポネー、千に加える四人です。

ティーシポネー
 実際のところ、さっきからずっと、ラダマンテュスはここでそなたらをお待ちかねじゃ。

ラダマンテュス
 その者どもを連れて参れ、エリーニュス。それからおまえは、ヘルメース、触れを出して召喚せい。

キュニスコス
 おお、ラダマンテュス、お父上〔ゼウス〕にかけて、わしを最初に引き出して吟味していただきたいのですが。

ラダマンテュス
 何のために?

キュニスコス
 何事があろうと、潜主のやつを告発したいのです。生涯にわたってやつが行ってきた悪事の数々でわしが知っていることに関して告訴したいのです。しかし、最初にこのわしがどんな人間で、どんな生き方をしてきたのかを明らかにしなければ、言っても信じてはいただけないかもしれません。

ラダマンテュス

 で、おまえは何者だ?

キュニスコス
 キュニスコスと申します、おお、最善の人よ、職業は哲学者。

ラダマンテュス
 こちらへ参れ。先ず裁きにつけ。それからおまえは告発者どもを召喚せい。

ヘルメース
 [24] 誰びとかこのキュニスコスを告発したい者あらば、こちらへ出頭せしめよ!

キュニスコス
 誰も出頭しません。

ラダマンテュス
 じゃが、これで充分ではないぞ、キュニスコス。服を脱げ。入れ墨でおまえを吟味できるよう。

キュニスコス
 わしは入墨者なんぞになったことはありませぬぞ!

ラダマンテュス
 おまえたちが一生のあいだに悪事を働いた分と同じだけ、目にみえない入れ墨を魂にまとうのだ。

キュニスコス
 どうぞごらんください、御目の前に裸で立っておりますから、入れ墨だとおっしゃるものをお調べください。

ラダマンテュス
 三つか四つ、ぼんやりとわけのわからぬ斑点を除けば、全般にきれいなものだ。しかしこれはなんだ?  傷痕や火傷の痕がいっぱいあるが、塗り潰されているのか、それとも削り取られておるのか、わしには分からん。これはどうしたわけだ、キュニスコス、どうして最初からきれいになっておるのだ?

キュニスコス
 ではお話しいたします。むかしわたしは無教養のために悪い人間でした。そのためにたくさんの斑点を稼いできましたが、哲学者になりはじめたときから、徐々にすべてのけがれを魂から洗い流したのです。

ラダマンテュス
 じつにこの男、すばらしい効果満点の薬を使ったわけだ。もうよい、おまえの言っていた潜主を告訴したら、至福の島へ道をとって、善人たちと暮らすがよい。ほかの者どもを召喚せい。

ミキュッロス
 [25] わての場合ですが、ラダマンテュス、些細なことやさかい、ちょっとのお調べですむと思いまん。ながいこと裸にされておりますさかい、どうぞ調べておくれやす。

ラダマンテュス
 何者だ、おまえは?

ミキュッロス
 靴屋のミキュッロスだす。

ラダマンテュス
 よろしい、ミキュッロス、しっかりきれいで、入れ墨はない。おまえもこのキュニスコスのそばに退れ。今や潜主を召喚せい。

ヘルメース
 ラキュデースの子メガペンテース、出ませい。どうしてそっぽを向くんだ。出ませい。僭主のおまえを召喚してんだよ! そいつを押し出してください、ティーシポネー、首根っこを押さえつけて。

ラダマンテュス
 では、そなたは、キュニスコス、訴えを提起して、陳述せよ。本人が隣におるから。

キュニスコス
 [26] 総じて、言葉なんぞ必要ともしませぬ。やつがいかなる人物か、入れ墨からたちどころにお分かりになるでしょうから。とはいえ、わたしみずからも、あなたのためにこの男の正体を暴いて、言葉によってももっと明白に示すことにしましょう。ただし、三倍忌まわしいこの男が、私人であったときにしでかしたかぎりのことは、省略するのがよいとわたしに思われます。しかし、向こう見ずなことこのうえない連中と徒党を組んで、槍持ちたちを引き連れて、都市に叛逆して、潜主として立ってからは、1万人以上の人たちを裁判抜きで殺害し、各人の財産を強奪して、富の絶頂を極めるや、放縦の一種類をも見逃すことなく、惨めな市民たちに対してありとあらゆる残忍と暴虐を働いたのです。処女たちを堕落させ、若者たちを凌辱し、あらゆる仕方で臣下に対し狼藉に及んで。それでも、侮蔑、高慢、〔この男が〕出会った人たちに対する無礼にふさわしい償いをこやつにさせることが、あなたはできなかった。実際、太陽を見つめるほうが、この男を瞬きせずに見つめるよりも、容易だったのです。そうであるにもかかわらず、懲罰についても、彼の残忍さの発明の才を、誰が述べたてえたであろうか。最も親しい者たちを手にかけることさえ差し控えなかった男なのに。これも、この男に対するほんのちょっとした空虚な中傷などでないことは、この男によって殺された者たちを召喚していただければ、たちまちにお分かりになるでしょう。いや、むしろ、〔その人たちは〕呼び出されていないにもかかわらず、ごらんのとおり、押しかけ、取り囲んで、やつの首を絞めつけています。この人たちはみな、おお、ラダマンテュス、この罪人の手にかかって死んだ者たちです。ある者たちは器量よしの妻をもったせいで謀られたがゆえに、ある者たちは暴行目的に連れ去られた息子のために怒ったがゆえに、ある者たちは金持ちであったがゆえに、ある者たちは、右利き〔親切〕であり、慎慮あり、なされることが断じて気に入らなかったがゆえに。

ラダマンテュス
 [27] これに対して何か謂うことはあるか、おお、汝、忌まわしいやつ。

メガペンテース
 こいつの言っている人殺しは、やりました。しかし、そのほかのことは全部、姦通にしろ、若者への暴行にしろ、処女の凌辱にしろ、どれもこれもみな、キュニスコスがわたしについてでっち上げているのです。

キュニスコス
 それでは、それらについても、おお、ラダマンテュス、あなたに証人を立てましょう。

ラダマンテュス
 それは誰のことを言っておるのだ?

キュニスコス
 どうかわたしのために呼び立ててください、おお、ヘルメース、この男の燭台と寝椅子を。このものたちが進み出て、この男がやったことで関知していることを証言してくれますから。

ヘルメース
 メガペンテースの寝椅子さんと燭台君は進み出たまえ。親切にも〔善く為して〕聞き入れてくれました。

ラダマンテュス
 されば、おまえたち、このメガペンテースについて関知していることを云え。先ずは寝椅子嬢、そなたが言え。

寝椅子
 キュニスコスさんが告発したことは、すべて真実です。でも、あたしがそんなこと言うなんて、おお、ご主人ラダマンテュスさま、恥ずかしくって。あたしの上でしてたのは、そんなことだったのです。

ラダマンテュス
 されば、そなたの反証は明々白々じゃ。それは口にするのも堪えられぬということでな。では燭台、今やおまえも証言せよ。

燭台
 ぼくは、昼間のことは、見ておりません。居合わせませんでしたから。でも、夜な夜な、彼がしたりされたりしたことは、言うのをためらわれます。ただし、ほかのことなら、多くの、口にしがたい、あらゆる暴行の度を超えたことを目にしてきました。事実、ぼくは消え入りたくて、自分から油を飲まなかったこともたびたびありました。しかし、この男は、なされていることの方へわたしを近づけて、あらゆる手段でわたしの明かりを穢したのです。

ラダマンテュス
 [28] もはや証人たち〔の数〕は充分だ。さっさと紫服を脱げ。さすれば、われわれが入れ墨の数を見てやる。やや、こやつ、全身これ鉛色のまだら模様で、むしろ、入れ墨で真っ黒じゃ。さて、いかなるほうほうで懲らしめてくれよう。はたして、ピュリプレゲトーン河〔「火の河」〕に投げ込まるべきか、それとも、ケルベロス〔冥府の入口の番犬〕に引き渡さるべきか?

キュニスコス
 断じて。むしろ、よろしければ、わたしがあなたに何か新しい、この男にふさわしい罰をご教示いたしましょう。

ラダマンテュス
 言ってくれ。さすれば、余はそなたにそのことで大いに感謝しよう。

キュニスコス
 思いますに、死者はみな、レーテー河〔「忘却の河」〕の水を飲みのが習わしになっております。

ラダマンテュス
 いかにも。

キュニスコス
 そこで、みんなのなかでこの男だけは、飲ませ者となされませ。

ラダマンテュス
 [29] いったい、何ゆえに?

キュニスコス
 そうすれば、つらい裁きに服することになりましょう。自分が上界でいかなる者であったか、どれほどの権力をふるったかを記憶し、贅沢三昧を数えあげるでしょうから。

ラダマンテュス
 その言やよし。これにて有罪判決確定、この男をしてタンタロスのもとに引き立てられ、枷をはめられしめよ、生涯にわたってしでかしたことを記憶したまま。

//END
2012.01.21.

forward.gif