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ルゥキアーノスとその作品

女神たちの審判


Qew:n KrivsiV
(Dearum Iudicium)




[出典]
 パリスの審判が、ルキノアスによって再解釈される。
 最初の校訂以来、『神々の対話』第20話として印刷されるのが常であったが、いずれの写本においても、別個の作品であり、この作品自体の別個の題名を有していたが、『神々の対話』における個々の対話は、単にそれらの対話者の名前を小見出しにしていた。さらに、それらのどれよりも長いし、主題的には同じながら、それらの大部分よりも目立って風刺的(satirical)である。
 ルゥキアーノスの対話と関連しては、同じ主題での無言劇におけるアプレイウスの詳細な記述(『黄金の驢馬』x, 232)を参照する価値が大いにある。この2つの扱い方の強い差異は、ルゥキアーノスが同時代の劇場によっていかにわずかしか影響されなかったかということを示している。(A. M. Harmon)

 訳出にあたっては、近藤司郎氏の訳を下敷きにさせていただいた。多謝。



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女神たちの審判

ゼウス
 [1] ヘルメースよ、この林檎を受け取ってプリュギアへ行け。プリアモスの息子のところだ。牛飼いのな。イーデー山の〔ふもと〕ガルガロンで草を食ませておる。そこでその者にこう申せ。「おまえに、おお、パリスよ、ゼウスがご命令だ。おまえは自身が美しく、恋事の知者であるから、女神たちの裁き手となれ。彼女らのうち、いちばん美しいのは誰かの。して、競い合いの賞品としては、勝者をして林檎を受け取らしめよ』とな。〔女神たちに〕そなたら自身も、もう裁き人のところに赴く刻限じゃ。わしは仲裁は断る。そなたらを等しく愛しておるし、できることなら、みなが勝利するのを見られれば嬉しいのだが。なかんずく、一人に最美の褒賞を与えると、より多くの者たちに憎まれるのは必定。それゆえ、わし自身がそなたらの裁き手になるのは具合が悪いが、そなたらが向かう先のプリュギアのその若者は、王家の血を引いておって、このガニュメーデースの同族で、そのほかには、純朴で山家育ちだから、こやつがこういう見物(みもの)に不向きだいう者はおるまい。

アプロディーテー
 [2] あたくしはといえば、おお、ゼウス、たとえモーモス本人をあたくしたちの裁き手に任命なさっても、勇んで演示(ejpivdeiyiV)に赴きますわ。いったい、あたくしのどこを貶し得ましょうや。そちらの方々も、その人間に満足すべきですわ。

ヘーラー
 わたくしたちだって、おお、アプロディーテー、恐れてなんかいないわ、貴女のアレースが仲裁を許されてもね。さあ、そのパリスを受け入れましょう。何者であろうとも。

ゼウス
 〔アテーナーに〕これはおまえにも、おお、娘よ、いい考えと思えるのではないかね。何と謂う。そっぽを向いて、赤くなっておるのか。こういうことを恥ずかしがるのは、おまえたち処女の本分じゃ。それでも頷いておるな。それでは行くがよい。が、裁き手に腹を立ててはならんぞ。敗れた者は、若者に害悪も加えてはならん。みんなが等しく美しくあることはできないのだからな。

ヘルメース
 [3] まっすぐプリュギアへ向かいましょう。ぼくが案内しますから、貴女方は遅れないでついて来てください。ご安心あれ。ぼくはパリスを知っています。若くて、美しく、色好みで、こういうことを審判するに最適なやつです。やつなら悪く裁くことはないでしょう。

アプロディーテー
 それってみんな善いことで、あたしに有利よ。裁き手が公正だとおまえが言うのはね。それで、その人は未婚なの、それとも誰か女性がいっしょにいるの?

ヘルメース
 まったくの未婚というわけでもないです。

アプロディーテー
 どういうことよ?

ヘルメース
 彼といっしょにいるのが居るように思われます。イーデーの女で、ひとかどの女なんですが、田舎っぺの、おそろしい山育ち、いや、彼女にあんまりご執心じゃなさそうです。でも、なんでそんなこと聞くんです?

アプロディーテー
 ちょっと聞いてみただけよ。

アテーナー
 [4] お役目違反でしょ、ちょっと、あんた、さっきからこのひととひそひそ相談しているのは。

ヘルメース
 ちっとも、おお、アテーナー、恐るべきことではないし、貴女方の不利になることでもありません。パリスが未婚かどうかぼくに訊いたのです。

アテーナー
 その穿鑿はいったいどういうつもりなのよ?

ヘルメース
 知りませんよ。とにかく彼女の謂うには、何気なく思いついて、何とはなしに訊ねた、って。

アテーナー
 それで、どうなの? 未婚なの?

ヘルメース
 ちがうように思われます。

アテーナー
 では、どうなの? 戦争のことに対する欲望は彼にあるの? 愛名心のようなものは? それとも、まったくの牛飼いなの?

ヘルメース
 真実〔確かなこと〕を云うことはできませんが、若いんだから、それらのことにも与ることを熱望し、戦闘において自分が一番となることを望んでいると推測すべきでしょう。

アプロディーテー
 〔ヘルメースに〕ご覧のとおりよ、あたくしは何も非難しないし、あなたを咎めもしないわ。この人とひそひそおしゃべりしていることをね。そんなことは文句言いのすることであって、アプロディーテーのすることじゃないの。

ヘルメース
 あのひともほとんど同じことをぼくに訊ねたんです。だから、不機嫌にならないでください。あのひとにも簡単なことを答えたからといって、不利になったなんて思わないでくださいよ。
 [5] けれども、しゃべっている間に進むほどに、もう星たちをはるか遠く離れ、ほとんどプリュギアにやって来ました。ぼくにはイーデー山も、ガルガロン全体もはっきり見えます。ぼくが欺かれていなければ、あなたがたの裁き手パリスもね。

ヘーラー
 どこなのよ? わたしには見えやしないわ。

ヘルメース
 こっちですよ、おお、ヘーラー、左手をご覧なさい。山の頂上じゃなくて、斜面の方。洞窟があって、そこに家畜の群も見えるでしょう。

ヘーラー
 でも、群なんて見えないわ。

ヘルメース
 どういうことかなぁ。こっち、ぼくの指差すほうに、小牛が岩の間から現れるところや、擲(な)げ杖(kalauvy)を持っやつが、見張り場から駆け下ってきて、群が散り散りばらばらにならないよう押しとどめているのが、見えませんか。

ヘーラー
 やっと見えたわ、あれがそうだとすればね。

ヘルメース
 そう、あれですよ。もう近くまで来ましたから、よろしければ、地上に降りて歩きましょう。上空の目に見えないところからか舞い降りてきて、彼を困惑させることのないように。

ヘーラー
 その言やよし。そうしましょうよ。……さて、降り立ったことですから、おお、アプロディーテー、貴女が先に立って、わたしたちの道案内をする刻よ。だって、貴女はこの地方の経験者のはずでしょ。ちょくちょくアンキーセースのところへ降りてきたという話ですから。

アプロディーテー
 お生憎様、おお、ヘーラー、そんな冗談は、あたくし、気に障りませんの。

ヘルメース
 [6] とにかく、ぼくが貴女方を案内します。というのも、ぼくはイーデー山で時を過ごしたことがあるのです。ちょうど、ゼウスがプリュギアの少年に恋した時のことですが。ここへ何度も来たものです。この子の様子見にあのかたに派遣されて。そして、ついに鷲の姿になられた時なんか、あの方といっしょに傍を飛んで、美少年を吊り上げる手助けをたもんです。ぼくの記憶が確かなら、その岩から彼を攫ったのです。というのは、そのとき、彼は羊の群を相手に葦笛を吹いていたのですが、その背後に舞い降りると、ゼウスは、爪でそおーっと包みこんで、嘴で頭の被り物を支えて、その子を運び上げたのです。気が動転して、首を捩ってあの方を見つめているのをね。その時ですよ、ぼくが葦笛をひろって……。恐怖のあまりこれを放り出したものだから。 — そうこうしているうちに、仲裁人がすぐ近くになりました。彼に話しかけてみましょう。
 [7] ご機嫌よう、おお、牛飼いの君。

パリス
 あんさんもご機嫌よろしゅう、おお、お若いの。で、どちらさんでっか、ここ、わてらのところにやって来られたんは。それに、お連れのおなご衆は、どなたさんでおますか。山の中をうろうろするに似つかわしゅうない、ごっつーべっぴんさんらやけど。

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ヘルメース
 いや、婦人たちじゃない。おお、パリス、おまえが目にしているのは、ヘーラーとアテーナーとアプロディーテーだ。そして、わたしヘルメースを、ゼウスが使いに出されたのだ — や、どうして震えて蒼くなっておるのだ。怖がることはない。ちっとも難しいことじゃないんだから。おまえに、この方々の美の裁き手になれとのご命令だ。「何となれば」と謂っておいでだ、「そなたはみずからが美しく、恋事の知者でもある故、そなたに判定を委ねよう」と。競い合いの賞品は、この林檎を読めばわかろう。

パリス
 ほんなら、見せておくれやす、いったい何がお望みか。「美しき女をして」と謂うてますな、「これを受け取らしめよ」と。ところで、なんで出来ますやろ、おお、ヘルメースの旦那、こちとらはただの死すべき者で、田舎者にすぎまへんのに、意想外で、牛飼い分際にはどでかい見物(みもの)の裁き手になるやなんてことが。こないなことを判定するんは、むしろ優雅なお人たちや都会育ちのお人たちのやることでっしゃろ。こちとらのすることはとゆーたら、牝ヤギなら、より美しいのはどっちの牝ヤギかとか、ほかの若い牝ウシのどっちの牝ウシかということなら、たぶん術知によって判定できるでっしゃろ。
 [8] けど、この方々はみなさんが等しく美しく、どうやったらひとは、一人から目を引き離して他の方へと移せるのか、わてにはわからしまへん。なぜなら、〔目は〕簡単に離れることを拒み、どこであれ最初に据えられたところ、そこにしがみつき、現前しているものを称讃するのや。たとえ他のものに移ったとしても、それもまた美しいと見て、立ち止まり、さらにまた隣のものらによっても拘留されるのです。まったくもって、この方々の美しさがわたしの周りに溢れ出て、わてをまったく虜にし、わては思い悩むのや。わて自身も、アルゴスのように、全身で見つめることができるわけではないってことを。そこで、みなさんに林檎を差し上げれば、裁定は美しいようにわてには思われる。というのも、さらにこれもまたそうなんやけど、この方はゼウスの姉妹にして妻、あの方たちは娘でっせ。そやから、こういう事情からも、この審判がなんで難しうないことがありますやろ。

ヘルメース
 ぼくは知らないね。ただ、ゼウスに命令されたことを避けることはできないということを除けばね。

パリス
 [9] この一事は、おお、ヘルメース、この方々に説得しておくれやす。負けた二人はこちとらに腹を立てるんじゃなく、ただ目だけの過ちだと考えるようにと。

ヘルメース
 そうするとおっしゃっている。では、もう審判を試みる刻だ。

パリス
 やってみまひょ。というのも、ひとは〔ほかに〕いったい何ができまっしゃろ。ただ、最初にこのことを知りたいんでおますが、この方々をあるがまま眺めることで充分なのか、それとも、吟味の精確さを期するために、脱衣することも必要なのか。

ヘルメース
 それは裁き手であるおまえの勝手だ。おまえの好きなように指図するがいいい。

パリス
 わての好きなように? あの方々が裸なのを見たい。

ヘルメース
 脱いでください、おお、みなさん。〔パリスに〕おまえはよく眺めるのだ。ぼくはそっぽを向いていよう。

アプロディーテー
 [10] 美(よ)くってよ、おお、パリス。あたくしが最初に脱ぎましょう。あたしのもっているのが、ただ「白き腕(かいな)」ばかりじゃなく、「牝ウシの眼」をしていることを自慢したりもしないけれど、どこもかしこもが等しく、一様に美しいのだということを、あなたが学び知るように。

アテーナー
 あのひとを先に脱がせちゃいけないわ、おお、パリス、飾り帯(kestovV)(Il. 14.214-7)を外すまでは — 彼女は魔法使いなんだから — 、さもなきゃ、それ〔飾り帯〕でおまえを魔法にかけるでしょ。それどころか、こんなに美粧して、これほどごてごて色を擦りこんで、まるで本当に遊女なんぞのように登場するのではなく、裸の美を演示すべきだったのよ。

パリス
 〔アプロディーテーに〕 飾り帯の件を〔あの方々が〕言っているのは、ただしい。外してください。

アプロディーテー
 それじゃあ、どうしてあなたも、おお、アテーナー、兜をぬいで剥き出しのおつむを演示するのでなく、〔兜の〕とさかを振り回して、裁き手を怖がらせてるの。もしかして、怖がらないで見つめられたら、目のきらめきのことで貴女を咎めるのではないかと怖いのでしょう。

アテーナー
 ご覧あそばせ、この兜が脱がれたのは、貴女のためよ。

アテーナー
 ご覧あそばせ、飾り帯も貴女のために。

ヘーラー
 さあ、脱ぎましょう。

パリス
 [11] おお、ゼウス・テラスティオス〔奇跡を起こすゼウス〕、何たる見物(みもの)! 何たる美しさ! 何たる快楽! 何という処女! こちらの方の何と女王らしく、荘厳にひかり輝き、まことにゼウスにふさわしく、またこちらの方の何と快く、上品に見やり、魅惑的に微笑むことか!  — いや、もうたっぷりと幸せを堪能させてもろうた。そこで、よろしおましたら、個別にもひとかたずつ拝見しとーおます。というのは、今のところ迷いが生じ、あちこちに目を引かれて、何に注目したらよいか、わからしまへんもので。

アプロディーテー
 そうしましょう。

パリス
 そんなら、お二方はあちらへ。あんさんは、おお、ヘーラー、残っておくれやす。

ヘーラー
残りましょう。そして、わたくしを仔細に見たあとは、おまえにとって、もっとその他のことも考察する刻ですよ。わたくしへの投票の贈り物が、おまえにとって美しいかどうかを。というのは、わたくしを、おお、パリス、美しいと判定してくれたら、おまえは全アシアの主人となるでしょう。

パリス
 わてらのことは贈り物には左右されしまへん。どうぞ、向こうへ行っておくれやす。何でもよいと思われることが行われるはずでおますさかい。
 [12] では、貴女、アテーナー、こっちゃへ。

アテーナー
 あんたの傍にいるわよ。もしもわたしを、おお、パリス、美しいと裁定してくれたら、戦闘から負けて帰ることは決してなく、いつも勝つでしょう。だって、わたしがあんたを戦士にして勝者にしてあげるのですから。

パリス
 何も、おお、アテーナー、わてには戦争や戦闘の必要はないんでおます。なぜなら平和が、ご覧のように、目下プリュギアとリュディアを保持し、わてらの父の支配は、戦争を仕掛けまへんのや。そやけど元気を出しなはれ。不利を蒙ることはおまへんさかい。わてらは贈り物目当てには裁定しないとしてもや。さあ、もう服を着て、兜をかぶりなはれ。存分に見ましたよって。アプロディーテーが登場する好機や。

アプロディーテー
 [13] わたしはここ、貴男の隣に。一つひとつ精確に調べてください。ざっと見渡すのではなくて、部分部分のそれぞれに時間をかけてね。もしも好(よ)かったら、おお、美しいひと、このこともあたくしから聞いて。というのは、あたくしは以前から、プリュギアが別の誰かを育てるかどうかわからないぐらい貴男が若く美しいのを見てきて、その美しさを祝福はしますが、遺憾におもうのは、この岩山や断崖を後にして都会で暮らすことなく、荒野でその美しさを駄目にしていることです。いったい山のどこを貴男は愉しんでいるの? 貴男の美しさをどうして享受できよう、あの牝ウシたちが? それに、貴男にとってはもう結婚していてもいいはず。それも、イーデー山あたりの女たちのような、かなり粗野な在所の女ではなく、ヘッラス出の、アルゴス生まれとかコリントス生まれとか、ヘレネーのようなラコーニア女、若くて美しくて、あたくしと比べても何ら引けをとらない、そしてこれは最も大事な点ですが、恋情的なの。あの女性が貴男を一目見さえすれば、あたくしはよく知っているの、何もかも投げ打って、その身をすっかり捧げて、ついてきて、いっしょに暮らすだろう、と。きっと貴男も彼女のことを何か聞いたことがあるでしょう。

パリス
 何もおへん、おお、アプロディーテー。でも、今、貴女が全部話すの聞けたら、嬉しゅーおますな。

アプロディーテー
 [14] 彼女はね、ゼウスが白鳥になってその上に舞い降りた、あの美しいレーダーの娘御よ。

パリス
 で、見た目はどないでおます?

アプロディーテー
 色白で — 白鳥から生まれたのだから当然だけど — 、やわらかくて — 卵の中で育ったようにね — 、体操やパレーの最高の手練れで、まさしくそういう次第で、大いに所望されるあまりに、彼女をめぐって戦争さえ起こったほどです。まだ少女だったのを、テーセウスが攫ったときに。そればかりでなく、娘盛りになると、アカイアの貴族たちがこぞって求婚するために通いつめましたが、ペロプスの血筋のメネラーオスが選抜されました。もし貴男に本当にその気があるなら、あたくしが貴男のために結婚を成就させてあげましょう。

パリス
 どういうことでおます? 結婚している女との〔結婚〕でっか?

アプロディーテー
 貴男は若くて田舎者ね。あたくしは知っているの、そういうことはどうしたらいいのか。

パリス
 どうしまんねん? わてもほんまに知りたい。

アプロディーテー
 [15] 貴男は、ヘッラス見物のふうをして、旅に出る。ラケダイモーンに着いたら、ヘレネーが貴男を見る。そこから先はわたしの仕事。どうすれば貴男との恋に落ち、ついてゆくかというのは。

パリス
 そんなこと、とてもわてには信じられんことのように思える。夫を棄てて、夷狄の外国人といっしょに船出する気になるやなんて。

アプロディーテー
 そのことだったら、大丈夫。というのは、あたくしには、二人の美しい子がいるの、ヒーメロス〔憧れ〕とエロース〔恋情〕という。この二人を道案内として貴男に貸してあげよう。エロースはすっかり彼女の心の中に入り込んで、恋するようその女に強制し、ヒーメロスは貴男の周りに溢れて、〔ヒーメロスが〕それである当のもの、憧れられ(iJmertovn)、恋されるものにしてくれます。あたくしもいっしょに付き添いますが、カリスたちにもついてゆくよう頼んでみましょう。そうやって、みんなで彼女をその気にさせましょう。

パリス
 それでどうなるんか、わかりまへん、おお、アプロディーテー。とにかく、わてはもうヘレネーを恋して、どうしてだか、現に彼女が目に見えるように思いになって、まっすぐヘッラスに船出して、スパルテーに旅して、その女性を連れて帰って来て — それをみんな今は実行してないというのがじつに残念でおます。

アプロディーテー
 [16] 先に恋に落ちてはいけないわ、おお、パリス、仲人となって花嫁の付き添いをするあたくしが、この審判で報いてもらうまでは。というのも、ふさわしいのは、勝者となったあたくしがあなたがたにいっしょに付き添い、婚礼と優勝とを同時に祝うこと。すべては貴男次第 — 恋、美、結婚 — この林檎で購うというのは。

パリス
 おお、怖(こわ)、審判の後でわてのことなんか忘れてまうのじゃないか。

アプロディーテー
 じゃ、お望みなら、誓いましょうか?

パリス
 滅相もおへん。そやけど、もういっぺん約束しておくれやす。

アプロディーテー
 あたくしは確約す、汝にヘレネーを妻として引き渡すことを、そして、彼女は汝に付き随い、汝らのもと、トロイアに至らんと。われもまたみずから付き添いて、万事手助けしよう。

パリス
 エロースも、ヒメロスも、カリスたちも連れて来てくれはりまっか?

アプロディーテー
 大丈夫心、それらに加えてさらに、ポトスも、ヒュメナイオスも連れていきましょう。

パリス
 ほんなら、そういう条件で林檎をあげまっさ。そういう条件で受け取りなはれ。

 2011.11.20.

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