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back.gif神の生母の黙示

原始キリスト教世界

マグダラのマリアによる福音書

ベルリン写本


[ベルリン写本]
 ラィンハルトが1896年にカイロで購入した古文書は5世紀のパピルス写本であることが判明した。パピルスは当時の最もありふれた筆記素材であるが、今日の本の形の先駆けとなった冊子体の写本である。それが主としてキリスト教徒の間で用いられるようになったのは、それよりもほんの数世紀前である。問題の古写本は、パピルス巻物を裁断して何十枚かの紙にし、それらが一つに束ねられてでき上がったものである。通常一束の紙は少なくとも三八枚からなる。束ねられた紙を真ん中で折り、それらの紙を縫い合わせて、約152頁の本が制作された。そして最後に、革表紙で包まれた。『マリア福音書』は、寸法の比較的小さい冊子体写本の最初の18.25頁分を占めているにすぎず、平均して1頁あたり縦約12.7センチ、横10.5センチの大きさで、作品としては短い。

[ライランズ・パピルス463]
 『マリア福音書』のギリシア語断片は、1917年、イギリスのマンチェス夕ーのライランズ図書館が入手、1938年、C・H・ロバーツによって発表された。オクシリンコス・パピルス3525同様、この断片も北エジプトのオクシリンコスで発見された。成立年代は紀元3世紀初頭にさかのぼる。冊子体の写本断片──パピルス紙の両面に筆跡がある──であり、横8.7センチ、縦10センチの大きさで、非常にはっきりした書体の文字で書かれている。もっとも、大部分は8.5センチしかない。断片の第一面は、マリアの受けた啓示の結びと彼女の教えをめぐる弟子たちの論争の開始部分を含む。短い空白部分の後、この論争は断片の裏面に続き、弟子のレビが福音の宣教にむかって出発するところで終わる(『マリ福』9.29-10. 4、10. 6-14)

[オクシリンコス・パピルス3525]
 この小さくて、ひどく損傷しているパピルスに記された『マリア福音書』のギリシア語断片が発見されたのは、下エジプト(北エジプト)のナイル川沿いにあるオクシリンコスという町の発掘調査においてであった。この断片は1983年、P・J・パースンズによって発表され、現在、オフクスフォード大学付属アシユモール博物館に所蔵されている。その成立年代は紀元後3世紀初頭にさかのぼる。断片は片面にのみ筆跡がみとめられ、(冊子体の)写本ではなく、もともと巻物であったことがうかがわれる。通常は文学テクストであるよりも商業文書や手紙などに使用されるパピルス文書類の筆記体のギリシア語文字で書かれたことから、バーソンズは、この問題の断片は非専門家の作ではないかと推定した。残存しているのは、欠損箇所だらけの断片である。この断片は約20行からなるが、完全な行は一つもない。パピルス紙の大きさは縦11.7センチ、横幅の最も広いところが11.4センチで、上半分はわずか4センチしかない。復元には主として、それに対 応するコプト語訳テクストが使用された。そこに含まれている内容は、救済者の告別、他の弟子たちにたいするマリアの慰め、マリアにたいするペトロによる教示の要請、そして、マリアによる幻の開陳が含まれている(『マリア福音書』4.11-17.3)。
 カレン・L・キング/山形孝夫・新免貢訳『マグダラのマリアによる福音書:イエスと最高の女性使徒』(河出書房新社、2006年)

 R. McL. Wilson / G. W. MacRae の校訂を底本にした小林稔による邦訳が、『ナグ・ハマディ文書』II (岩波書店、1998.1. )に収められている。


ベルリン写本(Berolinensis Gnosticus) 8502,1

1.(1〜6頁は欠落)

2.物質の本生

「……それなら[物質]はまったく破壊されるのでしょうか、されないのでしょうか」。
 2 救済者が答えた、「一切の本性、すべての形ある物、すべての被造物は相互に関連して存在する。3 そして再びそれらはそれ自身のあるべき根源へと解体していく。4 物質の本性は、その本性に属するところのものへと解体されるからである。5 聞く耳のある者は聞くべし!」。

3.罪の本性と善き方

 1 それからペトロが彼に言った、「あなたはすべての問題を説明してこられました。もう一つわたしたちに教えてください、2 世の罪とは何でしょうか」。
 3 救済者が答えた、「罪といったようなものは存在しない。4 むしろ、あなたがた自身が罪を生み出しているのである。それは、罪と呼ばれる姦淫の本性と一致した行動をとるときに生じる。5 このよう な理由により善なる方があなたがたの中に、あらゆる本性に属する(善なるもの)を求めて来たのである。6 それはその根源にそれを据えるであろう」。
 7 それから続けて、彼は言った、「なぜ、あなたがたは病気になり、そして死ぬのか。8 それは、[自分]を[惑わす]ものを[あなたがたが愛しているからである]。9 考える[者は誰でも][これらの事柄]を熟考するがよい!
 10 物質が情念を生んだ。情念には似姿がない。それは本性に反するものに由来しているからである。11 それによって、心をかき乱す錯乱が体全体に生じたのである。12 このようなわけで、わたしはあなたがたに言ったのである。『心満ち足りているがよい。13 たとえ不満や反感が残っても、本性のもうー方の似姿の前(だけ)でも満足と恭順を示すがよい』と。14 聞く耳のある者は聞くべし!」。

4.救済者の別れの言葉

 1 祝福された方はこれらのことを言ってから、彼らすべてに別れの言葉を告げた。「あなたがたに平安があるように!2 わたしの平安をあなたかた自身のうちに得るように!
 3.4 『ほらここに!』『ほらあそこに!」と言ってあなたがたを惑わすもののために警戒しなさい。5 まことの人の子は、あなたがたの内側に存在するのだから。6 それに従いなさい!7 求める者は見出すであろう。
 8 それだから、行って、王国の福音を宣べ伝えなさい。9 わたしがあなたがたのために定めたもの以外にいかなる規則も定めることを[する]な。10 法制定者のように法を発布することもするな。さもなければ、あなたがたはその法によって支配されることになる」。

ベルリン写本8502,1

 11 これらのことを語り終えてから、彼は彼らから離れた。

『オクシュリンコス・パピルス3525』

 11 [これ]らのことを語って、彼は[離れた]。

5.マリア、他の弟子たちを慰める。

 1 しかし、彼らは心を痛め、激しく泣いた。2 彼らは言った、「わたしたちは、よその土地へ行ってまことの人の子の王国の福音をどんな仕方で宣べ伝えることができるだろう。3 彼らはあの方を容赦しなかった。どうして、わたしたちを容赦するなどということがあるだろう」。
 4 そのときマリアが立ち上がった。彼女は彼ら全員に挨拶して、彼女の兄弟・姉妹たちに言った、5 「泣くのはよしなさい。めそめそしな いで心を強くもちなさい!6 あの方の恵みがあなたがたすべてにあり、あなたがたをかばってくださるのですから。7 むしろ、わたしたちはあの方の偉大さをほめたたえるべきなのです。8 あの方はわたしたちのために道を備え、わたしたちをまことの人間にしてくださったのです から」。

 9 マリアはこれらのことを言ってから、彼らの心を善なる方[へ]むけさせた。10 すると、彼らは[救済者]の[言葉]について[論]じ 始めた。

5.マリア、他の弟子たちを慰める。

 1 [しかし、彼らは心を痛め、激しく泣い た。]2 彼らは言った、「いかにして[わたした ちは、よその土地へ行ってまことの人の子の王国]の[福]音を[宣べ伝えようか。]3[もし]彼らが[あの方を容赦しなかったのであれば、]どうして、彼らがわたしたちに[寄りつくなどということが]あろうか」。
 4[そのときマリアが立ち上がった。]彼女が[彼ら全員]に愛情を込めて接吻して[言った、5 「兄弟・姉妹たちよ、泣くのはよしなさい。[6 あの方のお恵みが]あなたがたと[共にあって、]あなたがたをかばってくださるのです[から。]17 むしろ、[わたしたちは]あの方の[偉大]さをほめたたえる[べきなのです。]18 あの方はわたしたちを一つに結びつけ、(わたしたちを)まことの人間[にしてくださった]のですから」。

 9 [マリアはこのように言ってから、]彼らの心を[善なる方へ]むけさせた。10 [そして、彼らは]救済[者]の言ったことについて[議論し始めた。

6.ペトロ、マリアに教えるように頼む。

 1 ペトロがマリアに言った、「姉妹よ、救済者が他のすべての女性たちよりもあなたを深く愛しておられたことをわたしたちは知っています。2 あなたが覚えている救済者の多くの言葉、あなたが知っていて、わたしたちの聞かなかった言葉をわたしたちに話してください」。
 3 マリアが答えた、「あなたがたには隠されている言葉を教えましょう」。4 そして、彼女 は彼らに語り始めた。

6.ペトロ、マリアに教えるように頼む。


 1 ペトロが]マリア[に言った、]「姉妹よ、他のいかなる女性とも違ってあなたが[救済]者[から]多く[愛された]ことをわたしたちは知っています。2 だから、[あなたが知っていて]もわたしたちの聞かなかった救済者の[言葉]をわたしたちに話してください」。
 3 [マリアが答えた、]「あなたがたには知られていなくても、わたしが覚えている[限りのことをわたしはあなたがたに知らせましょう」。]4 [そして、彼女は彼らにこれ]らの言葉[を(語り)始めた。]

7.幻視と知性。

 1 彼女は言った、「わたしは主を幻の中に見 たのです。2 そしてわたしはあの方に言いまし た、『主よ、わたしは今日あなたを幻の中に見ました』。
 3 あの方はわたしに答えました、『わたしを 見て動揺しないとは、あなたは何とすばらしい! 4 心のあるところには宝があるのです』
 5 わたしはあの方に言いました、『それでは 主よ、幻を見る者は魂〈によって〉見るのでしょうか、〈それとも〉霊によって見るのでしょうか』。
 6 救済者が答えた、『人が幻を見るのは魂に よってでもなく霊によってでもない。7 むしろ、その二つの間にある知性によって見るので、[そして、]それが[……』]。

7.幻視と知性。

 1「[主がわたし]に幻の中に[現れた]とき、2[わたしは言いました、]『主よ、[わたしは]今日[あなたを見ました』。]
 3 彼は答えました、[『あなたは何とすばらしい……』。]

8.(11〜14頁は欠落)

9.魂の上昇

 1 「それを……」。
 2 「すると、欲望が言った、『わたしはお前が 下降するのを見なかった。でも今わたしは、お前が上昇するのを見る。3 いったい、お前はわ たしに属しているのに、なぜ偽りを言うのか』。
 4 魂が答えた、『わたしはあなたを見た。あ なたはわたしを見たこともなければ、わたしを 知りもしない。5 あなたは、(わたしが身につけ ていた)着物をわたしの(真の)自己と(とり 違えて)しまった。6 そして、あなたはわたしを認識しなかった』」。
 7 「これらのことを言ったあと、魂は大いに喜んで去って行った」。
 8 「さらにまた、それは、無知と呼ばれる第三の勢力のところにやって来た。9 [それは] 魂に注意深く問いただして言った、『どこへ向かってお前は行こうとしているのか。10 お前は邪悪によって拘束されている。11 いかにもお前は拘束されている!12 人を裁いてはいけない!』」。
 13 「それで、魂は言った、『わたしは人を裁くなどしたことがないので言うが、あなたはなぜわたしを裁いているのか。14 わたしは(いかなるものも)拘束したことはないのに、拘束されてきた。15 わたしは知られてこなかったのに、わたしは、地上のものであれ天上のものであれ、すべては解体されることを認識してきた』」。
 16 「魂は第三の勢力を打ち破って、上昇し、第四の勢カと出会った。17 それには七つの姿があった。18 第一の姿は暗闇。19 第ニは欲望。20 第三は無知。21 第四は死への熱望。22 第五は肉の王国。23 第六は肉の愚かな知恵。34 第七は 怒れる者の知恵。25 これらが怒りの七つの勢カたちである」。
 26 「それらが魂を審問した、『お前がやって来たのは、どこからか、殺人者よ。そして、お前が向かっているのはどこなのか、空間の征服者よ』」。
 27「魂は言い返した、『わたしを拘束するものは根絶された。わたしを包囲するものは撲滅された。そして、わたしの欲望は終わりとなった。無知は死んだ。28 世界にあって、わたしが拘束から解かれたのは、世界からであり、[そして]範型の中にあって、上なる範型からであり、また、時間の中にある忘却の鎖(から)である。29 これから先、アイオーンのしかるべき時のために、わたしは沈黙のうちに休息を受けよう』」。
 30 マリアはこれらのことを言ってから、沈黙した。31 救済者が彼女に語ったのはここまでであったから。

『ライランズ・パピルス463』

 29 「アイオーンの[しかるべき]長さの 時の流れが終わるまで、沈黙[のうちに]休息を得るであろう」。
30 マリアはこれらの[言葉]を言ってから、沈黙した。31 救済者はここまで語ったからである。

10.マリアの教えをめぐる弟子たちの論争

 1 アンデレが答えて兄弟たちと姉妹たちに話 しかけた、「彼女が語った事柄について、あなたがたに言いたいことがあれば、言うがよい。2 わたしに関する限り、救済者がこのようなことを言ったとは信じられない。これらの教えはなじみのない考え方である」。
 3 3ぺトロが答えて、同じような懸念を持ち出した。彼は救済者について彼らに尋ねた、「あの方がわたしたちには隠れて内密に女と話したのか。4 わたしたちのほうが向きを変えて、彼女に聴くことになるのか。あの方は、わたしたちをとびこえて彼女を選んだのか」。
 5 そのとき、[マ]リアが泣き、そして、ぺトロに言った、「わたしの兄弟ペトロよ、あなたは何を想像しているのですか。6 わたしがこのようなことを自分一人で勝手に考えたり、あるいは、救済者についてわたしが虚偽を語っているとでも思っているのですか」。
 7 レビが答えて、ペトロに言った、「ペトロ よ、あなたは前々から怒りっぽい人だ。8 いまわたしには、あなたはまるで敵対者にたいするようにこの女性に議論をしかけている。9 もし救済者が彼女を価値ある人としたのであれば、彼女を拒否するあなたはいったい何者なのか。
 10 たしかに、救済者の彼女に関する知識は完全に信用に値する。あの方がわたしたちより彼女の方を愛したのはもっともである。
 11 むしろ、わたしたちは恥じ入るべきなのだ。わたしたちは完全な人間を身に纏い、あの方がわたしたちに命じたうに、わたしたち自身まことの人間を身につけ、12 福音の告知に向かうべきなのだ。13 救済者が語ったこととは違う規則や法は、一切定めないで」。
 14 [彼はこれらの]こと[を言った]後、彼らは教える[ために]、そして宣教するために出て行った。

 15 マリアによる[福]音書

10.マリアの教えをめぐる弟子たちの論争


 1 アンデレが言[った]、「兄弟たちよ、語られたばかりのことについて、あなたがたの意見はどうか。2 実際には、わたしは、救済者がこのようなことを言ったとは信じられない。というのは、彼女が語ったことは、あの方[の]考えとは違った見解を示しているように思われるからである」。
 3 これらの事柄について注意深く問いただし てから、〈ペトロが言った〉、「[わたしたち]全員が彼女に耳を傾けるために、救済[者]が内緒で、おおっびらに〈ではなく〉女と話したのか」。4 [まさか]あの方は、[彼女が]わたしたちよりも立派であることを[見せたかったわけではないだろう。……]」……6 「救済者について……」。




 7 レビがペトロに言った、「ペトロよ、あな たは[前々から]短気な性格である。8 今でさ え、あなたはまさにこのようにして、彼女の敵対者であるかのように、この女性に疑義を唱えている。
 9 もし救済[者]が彼女を価値ある人とみなしていたとすれば、彼女を無視するあなたは何者なのか。10 あの方は、彼女を完全に知り、(また)彼女を[しっかり]愛していたのだから。
 11 むしろ、[わたしたちは]恥じ入るべきである。そして、わたしたちは[完全な]人間を身に纏った以上、[わたしたち]が命じられたことを行うべきである。12 [わたしたちは]福音を告げ知らせるべきである、救済者が言っ[た]ように、13 何の規則も設けず、法も制定せずに」。
 14 レ[ビ]は[これ]らのことを言った後、 出て[行って、良き知らせを告知]し始めた。


15 [マリアによる福音書]

2020.02.27. 入力。

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