「ねえ、あなたは誰?」
由希子の手を引いて歩く青年は、悩んだ様子を見せながら答えた。
「そうだなあ、何て名前にするかな。日本は初めてだからな。」
どう見ても日本人にしか見えない青年は真剣に悩んでいた。
「あなた日本人じゃないの?」
その質問には、すぐ答えが返ってきた。
「まあね。実のところは、どの国の人間でもないのさ。」
「どの国の人間でも?」
立ち止まった由希子に合わせ、青年も立ち止まった。
「俺は地球に国というものができる前から、生きてるのさ。」
突拍子もない事を言い出す青年に、今度は由希子が呆れる番だった。
「じゃあ、何千年も生きてるって言うの?」
「そうさ。俺は神様に人間の終わりを見届ける様に言われているんだ。」
「うそ。」
由希子の言葉に青年は、ふっと手を離し街灯をスポットライトの様にして立った。
「人間が生まれた何千、何万という年月を俺は生きてきたのさ。古の昔から遥けき未来まで、世界を外から見守るマックスウェルの怪物、または時間を歩く者。そう!名前は歩にしよう。」
やっと、名前を決めた青年・歩は由希子の所へ戻って来た。
「俺の名前は歩、よろしく。君の名前は?」
差し出された手を由希子は握った。
「由希子。」
それから、二人は夜の街を散歩した。一つ二つと家々の明かりが消えていく。幸せな家も、そうでない家にも眠りは平等にやってくる。由希子は取り留めもなく、歩と話した。
「人間の終わりを見守るのは、あなただけなの?」
「そうだだよ。」
「さみしくない?」
「そりゃあ、さみしいさ。」
6月にしては珍しく天気の良い晩だった。星が輝いて見え、月は何よりも美しく見えた。
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