Qシステム


   西暦2010年、ゲーム産業は一大発展を迎えた。
 電気を流すことにより自由に硬度を変える事のできるゲルが発明された。そのゲルを使用する事より現実に近い体験をする事ができるようになったからだ。
 直径3メートルの硬化プラスチックでできた球体の中にゲルを満たす。その中に特殊なスーツを着け、ヘルメットをかぶり潜る。このヘルメットの中で映像が映され、効果音が流され、空気が送られる。
 更に、ゲルが自在に硬化する事により、ゲーム中のダメージを実際に体験する事ができた。もっとも、人体に影響のない微量のもであった。
 しかし、平凡な生活に飽き飽きしていた青少年は、このゲームに飛びついた。戦争物でなら人を殺し、ファンタジー物ならモンスターを殺した。その感触は本物であったが、自分には心地良い程の痛みしかなかった。
 そんなゲーム市場が5年続いた。

 5年の月日を経て世界中に広がったゲームシステム「Q」。そして、新作ゲームの発表会が行われた。
 通常、使用国語の違いからQシステムを海外と繋ぐ事はなかった。しかし今回、相互翻訳システムの完成により、それが可能となった。
 全世界同時プレイを可能としたゲーム「カイント・シティ」。それは軍事施設から逃げ出したクリーチャーを倒し、制作者である生物科学者を捕らえるアドベンチャーゲームだった。
「社長、やっとですわね。」
 マチルデは傍らに立つトーマスに声をかけた。
「カイント・シティ」を作成したソフト会社ディノプロの社長トーマス・ハワードは会場に詰めかけた報道陣、試乗する為に集まった客を見ながら満足そうに頷いた。
「マチルデ、君のおかげだ。君の広報手腕があったからこそ、世界的に発表できたんだ。」
 トーマスはマチルデに右手を差し出した。マチルデは微笑みながら握手を交わした。「カイント・シティ」発表会はトーマスの挨拶に始まり、順調に進んだ。
 試乗する客は世界十カ国に各100名。
 その全ての機体がアメリカのQシステム本社と繋がれている。「カイント・シティ」の平均クリア時間は6時間の予定。午前11時開始、午後5時終了予定だった。
 客の全てがスーツを着込みヘルメットをかぶった。低い振動と共に動き出したQシステムに乗り込む客を報道陣のフラッシュが包んだ。
 午前11時・・・、ゲームスタート。

 「カイント・シティ」平和な片田舎の小さな市だった。軍の施設が街の端にあったが時折出入りがあるだけで、なんら問題のあるものではなかった。
 しかし、突然起きた爆発事故により平和は一瞬にして崩れさった。
 施設から逃げ出したクリーチャーは人間を襲い、一夜にして市の人口を5%にまで減らしてしまった。連絡を受けた国防省は軍を派遣、カイント・シティを包囲した。
 報道管制を引かれた事を不審に感じたフリーのジャーナリストも、またカイント・シティに向かった。
 取り残された市民、カイント市警察官、そして軍施設の職員もまた逃げ遅れた一人であった。
 ゲームでは登場人物は5種類あった。派遣された軍人、フリージャーナリスト、市民、警察官、軍施設の職員だった。それぞれに装備や地理に差があり、どの人物を選ぶかは自由だった。

「全体的に見て軍人が50%、ジャーナリストが10%、市民が10%、警察官が25%、施設職員が5%ですわ。」
「そうだろうね、生き残るには装備の点で軍人が一番確実だからね。」
 世界中から寄せられる情報を見ながらトーマスは言った。
 Qシステムはゲルを硬質化させる機能だけではなく、処理速度も今までのゲーム機を遥かに上回っていた。その為に、登場人物の人数のバランスの悪さも調整がついた。実際、全員が市民を選んでもゲームクリアできる様に考えられている。
 ヘルメット内のディスプレイに「GAME STATE」の文字が浮かんだ後は、会場の大型スクリーンに進行中のゲームが映し出された。
「これで肩の荷が少し降りたよ。少し部屋で休んでくる、何かあったら起こしてくれ。」
 トーマスは疲れた顔を隠す様にして会場から姿を消した。

 「カイント・シティ」は居並ぶ報道陣にもショックを与えた。現実と見間違う程のグラフィックの美しさに加えて、臨場感溢れる効果音。Qシステムを使用していない会場フロアでさえ、そのバーチャル感は見事なものだった。
 大型スクリーンの横では透明な球状をしたQシステムに中でプレイヤーが色々な体勢をしていた。
 銃を構えるもの、車を運転する者、その全てが一目で分かる体勢を取っていた。そして、またゲルがスーツのセンサーに対応して自動的に硬化し、プレイヤーを助けていた。Qシステムの中にいるのは正に軍人であり、市民であった。
 ゲームが始まって30分後、最初の犠牲者が出た、ジャーナリストだった。
「おいおい、もうゲームオーバーかよ。」
 オーストラリア会場から送られてきたテロップを見ながら報道陣はあきれた。
 今回の「カイント・シティ」の試乗会には選りすぐられたゲーマー達が参加していたからだった。
 そのテロップが流れ終わった瞬間、会場から悲鳴があがった。
「し、死んでる!」
 透明なQシステムの中には、プレイヤーの無惨な圧迫死体と押し出された内蔵と血がゲルに混じって満ちていた。
 その異変に会場の人間が気が付いた時、大型スクリーンに「アメリカ会場で第2の犠牲者、キャラクターは市民」とテロップが流れた。
 「カイント・シティ」の試乗を止める様に要求されたディノプロは直ちにQシステム稼働スイッチを止めようとした。しかし、無情にもシステムが稼働し続け世界中の会場から次々と犠牲者の報告が送られてきた。
 10分後、警察が通報により駆けつけた。担当者は金永駆と名乗った。
「では、プログラムミスが原因と思われるのですね。」
 マチルデは蒼白な顔で答えた。
「はい・・・。でも、おかしいんです。昨晩に最終チェックとして同じ機体を使ってプレイしているんです。」
「ところでトーマス社長、ですか?お姿が見えないようですが。」
「あ、すぐに呼びます。」
 マチルデは内線を使い会場控え室に電話をかけた。通話のサインが出た時、会場のスクリーンにトーマスの映像が映し出された。
「ようやく犠牲者が出た様ですね。これは二重のゲームです。「カイント・シティ」のゲームクリアの場所に私は居ます。Qシステムのプレイヤーと協力して探して下さい。そうそう、Qシステムの停止に必要なパスワードはゲーム内で手入りますよ。早く手に入れないと次々に死人が出ますね。Qシステム内部との連絡は不可能です、そうプログラムしましたからね。何人の人が無傷でゲームクリアできるでしょうかね?楽しみにしてますよ。」
 会場から非難と怒号が上がった。トーマスの映像が消えた後も騒然とした雰囲気は消えなかった。世界各地の会場から次々と犠牲者の報告が出た。
 始まって1時間立たない内に全体の20%が死亡していた。そして、異変に気づいたプレイヤーがヘルメットを取るがゲルの中では呼吸ができず、再びヘルメットをかぶりゲームを再開せざるを得なかった。
 ゲーム内のダメージが、そのままプレイヤー本人に与えられる。クリーチャーの一撃はゲルを硬質化させ、プレイヤーの皮膚を切り裂き、骨を砕いた。
 「カイント・シティ」はリアルタイムで進む為、身を潜めてもクリーチャーに発見されれば殺される畏れがあった。それは、すなわち実際の死を意味していた。



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