遺物管理庫・第1回


   寒風吹きすさぶ2月、ウォルティは溜息をつきながら城内を歩いていた。城付きの見習い魔導師になって11カ月と少しの今日、ついに魔導師団から異動を言い渡された。
 父を魔導師団副団長にもつ彼は、いつか跡を継ぐことを夢見て努力を重ねていた。しかし努力が必ず花開くとは限ったものでなく、彼には正式な魔導師となる才能はなかった。
   異動先は「遺物管理庫」だった。今までの城主が使った品を管理するだけの「島流し」として、有名な部署だった。何度、溜息をついたか分からなくなった頃、ウォルティは遺物管理庫の前に着いていた。
「すみませ〜ん。」
 気の抜けた声を出しながらノックするウォルティに返事はなかった。じっと待ってみたが返事はなかった。
「あの〜。」
 薄くドアを開けた時、背後から声がかかった。
「おっ、新入りか?」
「ひゃああ!」
 飛び上がるウォルティの肩を、ぐっとつかむと声の主は勢いよくドアを開けた。
「よお、新入りだぜ!」
 見るからに剣士だろう男は、腰の剣をちゃりちゃり言わせながら部屋に入った。部屋の中には古びた剣や衣服が積み上げられていた。埃っぽい空気が充満する部屋の中には、ちゃんと人がいた。
「ああ、そういえば来るって言ってたわね。」
 部屋の奥から白い髪を埃まみれにした魔導師が出てきた。今にも崩れそうな魔導書を大事そうに抱えながらテーブルについた。剣士はウォルティに椅子を勧めると、自分もどっかと腰をおろした。
「ようこそ、遺物管理庫へ。ちょっと埃っぽいけど、慣れればいい所よ。私はアドミューン、魔導師よ。」
「俺はケセナ、見ての通り剣士だ。後、ニロって奴がいるんだが・・・。あいつ、どうした?」
 ピンセットを使って魔導書を開きながらアドミューンは答えた。
「お茶っ葉が無くなったって街に出てるわよ。もうすぐ帰ってくるんじゃない?」
 そのアドミューンの言葉通り、ドアが開いた。
「たっだいま〜。あ、ウォルティ君だっけ、ようこそ。」
 身軽な格好をした青年は大きな袋を抱えて部屋に入ってきた。
「ウォルティっていうのか。」
「昨日、通達が来てただろ?ちゃんと、読んでくれないと困るなあ。」
 ニロは煙管を揺らしながら、ケセナに言った。ニロの煙管からは独特の臭いのする煙が立ちのぼっていた。カチャカチャと音をさせながら、ニロはティータイムの用意をしていた。
「あの、手伝いましょうか?」
 ウォルティが腰を上げると、ニロはぷかぷかと煙を吐きながらカップを運ぶよう頼んだ。慣れない手つきでカップを運ぶウォルティを見ながら、ニロはアドミューンとケセナに言った。
「ほんと、ウォルティ君が来てくれて助かったよ。この2人ったら何もしてくれなくてさ。あ、よかったら部屋の掃除手伝ってくれるかな?1人じゃ大変でさ。」
 なんとかテーブルまでたどり着いたウォルティは、これまた慣れない手つきでカップを並べた。良い香りのする紅茶がカップに注がれ、甘い香りの菓子が机に置かれた。
「このお茶はね、シックラ大陸のお茶なんだ。」
 ニロは紅茶を注ぎ終わると皆に配った。アドミューンとケセナは大して味わいもしないで、紅茶を飲み干した。ウォルティは底冷えのする床から足を浮かせながら、ニロに尋ねた。
「遺物管理って何をする所なんですか?全然、聞いてないんですけど。」
 紅茶の香りを楽しむようにしながらニロは答えた。
「読んで字の如く、遺物を管理するのさ。今までの王が使った物や書いた書物なんかね。管理って言っても誰もチェックする事ないから気楽なもんだよ。」
 ケセナはアドミューンの読んでいる魔導書を覗き込みながら、ふんふん頷いていた。
「ケセナさんは魔導書が読めるんですか?」
 ウォルティの問いに気のない返事をしながらケセナは答えた。
「まあな。これだけつき合いが長いと嫌でも読めるようになるさ。」
「ケセナは、ここに配属になって10年になるから。アドミューンは8年、俺はまだ6年さ。」
「やっぱりニロさんも、魔導書を読めるんですか?」
「まあね。分類する為には読めないと困るから。」
 ウォルティは一気に落ち込んだ。生まれてこの方17年、父について魔導師としての勉強を積んできた。それでも、魔導書を読むのに辞書片手でないと読めないのだ。
 それなのにアドミューンはともかく、魔導師ではないケセナやニロが難なく魔導書を読む事ができるのはショックだった。
「どしたの?」
 ウォルティの暗い顔を見てニロは尋ねた。
「僕、落ちこぼれなんです。父さんは魔導師団の副団長をしているんですが、僕は全く才能が無くて・・・。折角、見習い魔導師になったのに遺物管理庫へ配置替えされちゃって。」
 うじうじとカップをいじりながら言うウォルティにケセナは笑いながら言った。
「心配すんなよ。習うより慣れろだぜ。俺だって最初は全然読めなかったんだからよ。管理庫に来てからさ、読めるようになったのは。」
「それに、ここだって魔法に関係する仕事があるのよ。もしかしたら、魔導師団より重要な仕事が。」
 それまで、黙って魔導書を読んでいたアドミューンが顔を上げた。
「おっ、次の仕事が見つかったのかい?」
 ニロは体を乗り出して、魔導書を覗き込んだ。
「次の仕事?」
 ウォルティの不思議そうな顔を見ながら、アドミューンは魔導書の一説を差した。
「遺物ってのは、何も城の中にだけ有る訳じゃないのよ。私達の仕事は遺物を管理する事。例えば、ここに書いてある「偽召喚の門」を確認管理する事も仕事の一つよ。」
「「偽召喚の門」?」
 召喚とは異界の生き物を呼び出す事をいう。存在する事は知られていても、人間の目に見えないものを具現化させる力をである。主に呼び出されるのは精霊や天使、悪魔などである。
 呼び出された生き物は戦いに使われたり、土木作業に従事したりする。しかし、召喚師の技量が低いとその支配を離れ、暴れ出す。
 その為に、支配を完全なものにするには一定のアイテムや魔法陣が必要になる。これか今回、魔導書に書かれた「門」である。
「でも、この「偽」っていうのは、どういう事なんですか?」
 ウォルティ問いに嬉しそうにアドミューンは答えた。
「「偽」っていうのは、他の人が召喚した精霊などの支配権を譲り受ける時に使う魔法陣のことなの。つまり、この門を作った人は召喚術が使えないか技量が低かったのね。」
「召喚術って難しいんですか?」
「そうねえ、魔導師団の団長でも四元素の下級精霊を呼び出すのが、やっとじゃないかしら。」
 召喚術は一種の伝説になっていた。数千年を遡る昔、この王国でも召喚術は盛んに行われていた。精霊や天使の力を借りて国は豊かで平和な時代を送っていた。しかし、自分の力を過信した召喚術師が国王を相手に反乱を起こした。
 国王は国中の召喚術師を呼び集め、反乱を制圧しようとした。しかし、反乱を起こした召喚術師の力はすさまじく、国王はその命を奪われた。だが、王妃が両目の光を代償として呼び出した天使群によって、反乱は鎮圧された。
 それ以後、召喚術は禁忌のものとされ封印されていた。現在も召喚術は研究されてはいるが、完璧に使いこなせる人間はいないという。
「んじゃ、旅に出る用意をしないとな。」




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