俺の明日はどっちだ!!第1回


「今年は野菜がよく育ちそうだなあ。」
 俺は鍬を振る手を休めた。山間の小さなカード村は農作物の育成、販売で生計を立てている。俺、ピックは自分の畑を持つ歳になり、ようやく一人立ちを始めようとしていた。
 幼い頃から親父に仕込まれ、野菜を育てる技術は村でもかなりのものだ。しっかり金を貯めて、まだ見ぬ花嫁を待っている。(もっとも、村の誰かだろうけど。)
「お〜い、ピック!客だぞ!」
 俺は名前を呼ばれて振り向いた。案内がいる様な人物に知り合いはいない。(筈だ。)俺の畑に入って来たのは、若い男2人と俺より少し年上っぽい女の3人だった。
「あなたが、ピック様ですね?」
「ピック様あ?」
 俺は思わず、素っ頓狂な声を上げた。生まれてこの方、様はおろか「さん」づけすらされた事がないのだから。
 俺を様付けで呼んだ男は片膝を着くと、重々しい声で俺に告げた。
「勇者の称号を持ちし方、ピック様。お迎えにまいりました。」
「はいぃ?」
 俺の反応に男は立ち上がり言った。
「実は私どもは、城より参りました者にございます。先日、王より命を受けたのです。」
「どんな?」
 男は、俺の問いに待ってましたとばかり話し始めた。
「占い師の話によりますと、あなた様は勇者の称号を得る方だという事なのです。そこで私達3人が王に呼ばれ、あなたを勇者として育て上げるように命じられたのです。私、クロイツと申します。私、カルテ神を信仰しておりまして、これも神のお告げと思っております。」
 クロイツと名乗る男は、3人の中で一番年上のようだった。黒い髪を揺らし、オーバーアクションで話をする様は俺には少々うっとうしかった。特にカルテ神たらを語る時の奴の表情は俺を一歩も二歩も後ずさりさせるのに充分だった。
「勇者様、初めまして。私、クオーリと申します。クオーリは勇者様との旅を命じられた時は、嬉しさの余り、気絶してしまいましたわ。」
 両手の指を組んで、明後日の方向を向いて瞳を輝かせる様は、これまた一歩、後ずさってしまった。まともな奴はおらんのかっ!
「私の名前はカロー=ディ=ハンドクルフだ。私が、剣の手ほどきをしよう。」
 「おっ、こいつはまともか。」と思ったのつかの間だった。自己紹介した次の瞬間には、腰に下げたレイピアを磨き始めた。磨き終わったかと思ったら、髪の毛をとき始めた。
「俺は嫌だからな。」
 この俺の一言に3人は不満の声を上げた。
「折角、プレートメイルやグレートソードを持って来たのに!」
「勇者様は旅に出なくちゃいけないんですよぉ!」
「俺なんか、騎士見習いなんだぞ!もったいない!」
 3人は同時に俺につかみかかると、ガクガク肩を揺すった。脳震盪を起こしかけながら、俺は反論した。
「お、俺は平和に生活したいんだ。好きこのんで、勇者になんかなるか!」
「ばかもぉん!」
 いきなり後頭部を殴られ、まじで脳震盪を起こして倒れた俺を見下ろしながら、その影は言った。
「わしは、お前をそんな風に育てた覚えはないぞ!さ、こいつの事はおまかせしました。」
「お、親父、いつからそこに・・・。」
 俺は言いたい事の1%も言えずに意識を失った。


 体が重い・・・。暗い中、俺の意識は揺れていた。低い音のする中、俺は目を開いた。
「あ、目を覚まされましたか?勇者様。」
 クオーリは俺の顔を覗き込むとニッコリ笑った。
「ここは?」
 俺は体を起こそうとして、動けない事に気がついた。
「えっ、なんだコレ!」
 俺の叫び声に揺れは止まった。なんとか腕を動かし、体に触ると冷たく堅い物に触れた。さっき、こいつらが言っていたプレートアーマーとかいう物だろう。
「あ、ピック様。お目覚めですか?」
 クロイツがニコニコしながら、入って来た。どうやら、馬車に乗せられていたらしい。俺は勢いをつけて起きあがると、鎧を脱いだ。
「あ、お似合いなのに。」
 クオーリが何か言っているが、そんな事は関係ない。
「どうして、俺がこんな所に居るんだ?」
 質問を受けて、クロイツはあっさりと答えた。
「魔王を倒しに行くんですよ。」
「魔王ぉ!?」
 そんなモノが居るとは聞いた事がない。それに剣を握った事もない俺に、魔王を倒せる筈もない。
「本当にいるのか?」
「勇者がいるのに、魔王がいない筈ないでしょう!」
 クロイツとクオーリは遠くを見ながら、何かブツブツ言っていた。こ、恐い・・・。こいつらと一緒にいたら、何をさせられるか分かったもんじゃない!
「あ、あのさ、悪いけど一度村に戻ってくれないか。友達に別れも言ってないし、母さんにも会ってないし。」
 その言葉に、クロイツはにっこり笑って答えた。
「大丈夫ですよ。お友達には、御父上からお伝え頂けるそうですし、御母上はうれし涙を流していらっしゃいましたよ。」
 し、しまったぁ。そういえば、母さんはロマンチストだった。日長一日、恋愛物語や冒険小説を読んでいた。そうか、こいつらと同類項だったのか・・・。
 親父は親父で、一山当てて楽する事ばかり考えていた。息子の俺が勇者になれば、楽な人生を送れると思ったのだろう。人身御供だ。(泣)
 それにしても、勇者がいるのだから魔王もいるとは、なんと見事な考え方。感心して涙が出るぜ!
「取りあえず、もう少し行った所に宿場町がありますから、今日はそこで休みましょう。」
 逃げてやる、逃げてやる、逃げてやるるったら逃げてやる。夜になったら、おさらばだ。
 ほとぼりが冷めるまで逃げて、村へ帰ろう。親父が怒ろうが、母さんが泣こうが知った事じゃない。
 俺は、それまで大人しくしておく事にした。


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