パートナー
春先に多い砂嵐の中、一つの影がハオラーン王国の城門をくぐった。砂埃を避けるため、目深に被っていたフードを降ろすと、そこにはあどけなさの残る少年の顔があった。さすがに城門の中は風も弱く、僅かに髪を揺らす程度だった。城下町だけあって、辺りは賑やかな雰囲気が漂っていた。歩く民の服装も一国だけの物ではなく、数え切れないだけあった。そして、数多くのパートナー達も共に歩いていた。
この世界の人間は一つの卵と共に生まれる。その卵は人間が五、六歳になった時に初めてパートナーを生み出す。生まれてくるパートナー達は、共に生まれた人間の生きる手助けとなる様な種類の動物が生まれる。山奥ならば、移動に役立つ様に馬であったり牛であったりする。海辺であれば船の先導に役立つ様にイルカなどが生まれるだろう。そのパートナー達の鳴き声も混じり、町中は賑やかだった。
少年は懐の財布を握ると残り少ない事に気づき、足を下町の方へ向けた。長い旅をしたのだろう、そのマントは砂に汚れ裾はすり切れている。荷物は少なく、わずか背中に袋を一つ背負っているだけである。いくつかの角を曲がった時、何軒かの宿屋の看板が目に入った。疲れた体を引きずる様にして、少年は一軒の宿屋のドアを開けた。まだ時間が早かったせいか、酒場を兼ねた食堂には客は居らず主人がカウンターの内側で皿を拭いていた。
「一晩、宿をとりたいんですが。」
主人は拭きかけの皿を置いて、返事をした。
「あいよ、一晩一五ゴールド。食事は、一階のここでとってくれ。料金は別だよ。部屋は二階の三号室だ。」
財布を取り出し、残り少ない金の中から15ゴールドをカウンターに置いた。少年は、荷物を背負い直すと皿拭きを再開した主人に尋ねた。
「街に王立図書館が有るって聞いたんだけど、どこですか?」
「ん?図書館ね。大通りをまっすぐ行くと教会が有るんだけどね、その隣だよ。」
「分かりました、ありがとう。」
少年は階段を登り、部屋へと入った。荷物をほおり出すと、きしむベットに横になった。この長旅の間、まともに宿屋で泊まったのは四度目だった。元々、手持ちの旅費も少なかったし、住んでいた村から王国までの距離も半端なものではなかった。道中、山賊にも出会ったしモンスターとも戦い、なんとか一命と旅費を守り抜く事ができた。そして、目的地であるハオラーン王国に着いた事もあり、今までの疲れが吹き出して少年は沈むように眠りに入った。
一階の喧噪で目が覚めた少年は、まだ半分眠っている体を起こし夕食をとるため階段を降りた。そこには、食事だけでなく一日の疲れをとる為にやってきた、飲んだくれ達も居た。
「何か、食べる物を。」
カウンターに腰掛け、主人に注文すると少年は出された水を飲んだ。余り広くない食堂兼酒場は人とパートナーで溢れていた。各地から人が集まっているせいか、パートナーの種類は雑多だった。鷹を肩に止まらせている者も居れば、足元に猿を座らせている者もいた。やっとの事で出てきた食事を食べていると、酔っぱらいが少年に絡んできた。
「おう、坊主。おめえのパートナーは、どしたい?外にでも繋いでいるのか?」
少年は、うっとしそうな表情をして答えた。
「まだ、生まれてないんです。」
「まだ、生まれてねえ?なんだあ!半人前か?情けねえなあ。」
酒臭い息をまき散らしながら、男は周りに聞こえる様に言った。酒の廻った男達は格好のからかいの的を見つけたかの様に口々に笑ったり、冷やかしたりした。
男は、少年の頭をぐりぐり撫でながらバカにするように言った。
「よお、僕ちゃんは帰って、母ちゃんの乳でもしゃぶってな!」
その声は周囲に笑いを起こさせた。その時、少年は男の足を思いきり蹴り上げた。したたかに酔っていた男は簡単にバランスを失い、ひっくり返ってしまった。半人前と笑っていた男達は、報復を起こした少年に腹を立てた。
「何しやがる、このガキ!」
少年を三人の男が囲んだ時、一羽のフクロウが飛び込んできた。
「な、何だ?」
「いいかげんにしな!酔っぱらいが弱い者虐めしてんじゃないよ!」
飛び込んできたフクロウの主人(マスター)らしき女性が近寄ってきた。
「邪魔するんじゃねえ!」
「子供相手に三対一とは情けない男共だねえ。私が相手になってやるよ。」
長い髪をポニーテールに結んだ女性は、マントを翻すと少年の前に立った。
「相手になるって、何の相手をしてくれるんだ?」
ニヤニヤと下品な笑いを浮かべながら、男達は尋ねた。魔法使いらしい、その女性は酒場で一番大きなジョッキを持つと男達の方へ突き出し言った。
「こいつで、デルワンドの飲み比べといこうじゃないの。」
「いい度胸だ。負けた方が酒代を出すんだぞ。」
「いいわよ、このエル・スウ・リーに勝てるもんならね。」
すっかり喧嘩の主役が交代してしまった時、少年を手招きする青年が居た。少年は食べかけのスープとパンを持って、青年のテーブルへ行った。
「まあ、後はエルに任しとけば大丈夫。酒の飲み比べでエルに勝てるヤツは居ないから。」
「すみません、迷惑かけて。」
「そんな事ないよ。ただ酒が飲みたくなると、ああやって喧嘩を売るのさ。あ、俺はタビー。」
「俺はヴァイス。でも、大丈夫なんですか?デルワンドって、無茶苦茶強い酒なんでしょ?ジョッキなんかで飲んだら死んじゃいますよ。」
「大丈夫、大丈夫。エルの体は特別製だから、どれだけ飲んでも二日酔いはしないさ。」
笑いながら、肉にかぶりつくタビーにヴァイスはあきれ返った。助けてもらったはいいが、とんでもないのと知り合いになったからだ。ヴァイスは食事を終えて見物していると、大きな音をたてて男がひっくり返った。飲み過ぎで意識を失ったのだった。歓声が上がり、エルが椅子の上に立ち皆に手を振った。カウンターの上には、ジョッキが二〇は並んでいた。酒の強さだけでなく、あれだけの量が華奢な体のどこに入ったか不思議だった。大して顔色も変えずに、ヴァイスの居るテーブルに戻って来るとエルは笑いながら言った。
「大分、驚いているようだね。」
「すみません、助けてもらって。」
「何言ってんの。あんた、私が助けなくても、あんなヤツのしちゃったでしょ?」
エルの言葉にヴァイスは少し笑って言った。
「俺、少しだけなら剣に自信があるんです。父さんに教えてもらって。」
そう言って、腰に下げた剣の柄を触った。
「あ、タビーさんに聞いたんですけど二日酔いしないんですか?ねえ、タビーさん。」
そういって振り返ると、タビーは寝息を立てていた。酒は飲んでいないようだったが気持ち良さそうに、目を閉じていた。その様子を見て、エルは笑った。
「駄目駄目。タビーは食べてる時と戦っている時以外は寝てるからね。起こしたい時は、こうするのさ。」
そう言ってエルは、テーブルの上の胡椒をタビーの顔にかけた。大きなくしゃみとともに、タビーは目を覚ました。
「ん?あ、エル、もう終わったんだ。」
「終わったじゃないでしょうが。この子、ほっておいたら駄目でしょう?」
「いえ、いいんです。俺は、ヴァイス。」
「あたしは、エルよ。一応、魔法使いとして仕事を引き受けてるわ。タビーは、戦士なの。結構、強いわよ。」
今にも寝そうなタビーを揺り動かしながら、紹介するエルの所へ一人の青年がやってきた。その青年は、この酒場で一番値段の高い酒をエルの前に置き自己紹介をした。
「私、オラルという者ですが、エルさんとお近づきになりたくて参上したんです。あ、この酒は挨拶代わりです。」
「ま、酒はもらっとくよ。」
グラスに入った酒を大事そうに飲みながら、オラルに言った。
「あんた、何が目的だい?」
「は?」
「とぼけんじゃないわよ。なんの理由も無しに、酒なんか奢らないでしょ。」
オラルは頭をかきながら、エルとヴァイスの顔を見て言った。
「いや、実は頼みたい事があるんですよ。」
「頼みたい事?」
「はい、実は私の知り合いの所有する森にゴブリンが住み着いたんですよ。」
「それを退治するんですか?」
「そうです。もちろん、お礼はしますよ。」
ヴァイスは、うーんと唸ってしまった。この街に来た目的を一日も早く、片づけたかったからだ。
「そうですねえ、用事が有るんですよ。」
「何ですか?」
「いや、実は俺のパートナーが生まれてないんですよ。その理由を調べる為に、この城下町まで来たんです。」
「ほう、どこからです?」
「西ラントスのフェルデンス村なんです。」
「西ラントス?!」
エルとオラルは驚いて声を上げた。西ラントスは、この街から距離にして三〇〇キロはあるからだった。しかし、それを聞いてオラルも言った。
「そんな長旅なら、旅費も残り少ないんじゃないですか?ゴブリン退治を引き受けてくれたら、調べ物を手伝いますよ。パートナーに詳しい知り合いも居ますしね。」
「本当ですか?!」
ヴァイスは嬉しそうに言った。この街の図書館で調べるつもりだったが、実は文字を読み続けるのが苦手だったからだ。一応、学校には行っていたが難しい単語になると途端自信がなかった。そんなところへ、救いの手が差し伸べられたのだ。
「じゃあ、俺引き受けます。」
「ま、ヴァイス一人じゃ大変だろうから、こっちもOK。」
「そっちの戦士さんは、いいんですか?」
「いいのよ、そこらへんは私に任してるから。」
エルは眠りこけてるタビーの頭をパンと叩いたが、一向に起きる気配はなくテーブルにつっぷしたままだった。
オラルと名乗った青年は、こざっぱりとした服を着ており好感がもてた。ヴァイス達には高価な酒を奢りながらも、自分は標準の酒を飲んでいる辺りも信頼がもてた。酒を酌み交わしながら話を聞くと、内容はこうだった。
城壁に守られたこの街には現れないが、街より半日程離れた森でゴブリンが頻繁に現れるようになった。今のところ大した被害はないが、狩猟場である森が使えないので日々の糧に翳りがでているのだった。そこで、森の持ち主と商いをしているラオルが退治を頼まれたのだった。
「とは言え、私一人じゃ無理ですからね。助っ人を頼もうと思って探してたら、あなた達が目についた、という訳ですよ。」
「でも、いいんですか?そりゃゴブリン程度なら退治できますけど、俺達が強いかどうか知らなかったんでしょ?」
「いやあ、これでも私、人を見る目はあるつもりなんですよ。」
明るく笑うオラルにエルが質問した。
「ま、いいでしょ。ところで、前金はもらえるの?」
「ええ、前金で三〇G、成功報酬として残り九〇Gです。あ、全員でですよ。」
「そんなもんでしょ。」
どうやら退治の相場を知らないヴァイスは、エルに尋ねた。
「そんなものなんですか?」
「ゴブリンだしね。いい方よ。」
「じゃ、明日案内しますよ。」
前金を払い残った酒を呷るとオラルは席を立ち、ドアに向かった。どうやら彼は店の常連らしく方々から声がかかった。オラルの後ろ姿を見送るとエルは、ヴァイスに言った。
「ゴブリンを倒した事ある?」
「はい、二度かな?旅の途中で、ですが。」
「一人で?大したものね、今いくつなの?」
「一六歳です。」
ヴァイスの歳を聞いてエルは、へえと感心したように言った。
「一六ねえ、私が魔法の勉強を始めた歳だわ。」
「そうなんですか。」
「ま、なんにしろ力強い味方ができたわ。タビーは、これだから。」
ラオルの奢りの酒に手をつけずに眠り続けるタビーを、見ながらエルは笑った。ヴァイスも久しぶりに楽しい時間を過ごし、心が楽になった。今まで、パートナーのいない自分を対等に扱ってくれる人間が居なかったからだった。眠こけるタビーを二人がかりで部屋まで運ぶと、エルはヴァイスに優しく言った。
「パートナーの事、分かるといいね。」
「はい!」
ヴァイスの元気のいい声にエルは微笑むと、静かにドアを閉めた。初めての仲間の誕生にヴァイスは興奮して夜中まで眠る事ができなかった。
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