らしさ・らしさ


 朝、あきら君が目を覚ますとお父さんとお母さんがあわてていました。
「どうしたの?」
 あきら君がたずねると、お父さんは言いました。
「今日から、お父さんはお母さんになったんだよ。まあ、テレビを見てごらん。」
 テレビのニュースでは、アナウンサーが汗をふきふき言いました。
「大変です。世界中の男の人が女の人に、女の人が男の人になってしまいました。」
 それは大変です。あきら君はおどろいて、パンツの中に手を入れてみました。なんと、おちんちんが無くなっているのです。今日から、あきら君も女の子です。お母さんは、タンスを開けて言いました。
「まあまあ、大変。お母さんはズボンがあるけど、お父さんとあきらのスカートは無いものねえ。」
 それは大変です。あきら君はスカートなんか、はきたくありません。あきら君は男の子にもどるため、世界をこんなにした犯人を探しに外に出ました。
 外は男の人でいっぱいです。いえいえ、もとは女の人だったのでしょう。やっぱり、お母さんと一緒でズボンを持っていたのでしょう。あきら君が歩いていると、同じクラスの春子ちゃんを見つけました。
「どうしたの?」
「お母さんがね、ズボンをはかせようとするの。」
「そうか、いやだよね。あのね、ぼく男の子にもどるために、犯人を探そうと思うんだ。」
「あ、わたしね、犯人を見たの。」
 これは、すごい手がかりです。
「どんな人?」
「あのね、半分が男の人で半分が女の人なの。」
「どこにいたの?」
「学校の近くの公園よ。昨日はね。」
 あきら君と春子ちゃんは、さっそく公園に行ってみることにしました。
「どうして、犯人だってわかったの?」
「箱をね、持ってたの。その箱を開けると、ふわあって粉みたいなのが空いっぱいに飛んでいったわ。」
 きっと、その粉が理由でしょう。二人が歩いていると、背広を着た男の人が声をかけてきました。
「やあやあ君達、もう区役所には行ったかな?男の子は女の子に、女の子は男の子になったんだから、名前を変えないとね。おじさんは、区役所の人なんだ。君達、名前は?」
「あきら。」
「春子。」
 男の人はノートを開くと、あきら君と春子ちゃんの名前を書きました。
「ふむふむ、じゃあ、あき子ちゃんと春男君だね。どこに住んでいるのかな?」
「あき子なんて、いやだよ。ぼく、あきらがいい。」
 すると、男の人は「おほん。」とせきをして言いました。
「だめだよ、法律できまったからね。それに女の子が、あきら君じゃ女の子らしくないじゃないか。」
「そんなの、いやだ!」
 あきら君と春子ちゃんは逃げ出しました。おじさんは追いかけましたが、二人を見失ってしまいました。
「ここまで来れば、だいじょうぶだね。」
「そうね。」
 それにしても変です。かけっこは、あきら君の方が早かったはずなのに、今は春子ちゃんに負けてしまいました。
「春子ちゃん、走るの早くなったんじゃない?それに、背も高くなったみたい。」
「そうね。どうしてかしら、やっぱり男の子になったからかな?」
 さっぱり分かりません。やっと公園が見えるところまで、来ると今度はおまわりさんに出会いました。
「おやおや君達、学校はどうしたんだい?」
「わたし達、犯人を探しているの。」
 おまわりさんは、あごをゴシゴシこすりながら言いました。
「今度の事件の犯人かい?犯人は警察が見つけるから、君達は学校に行きなさい。それに、男の子が「わたし」なんて言ったら、おかしいぞ。」
「だって私、女の子だもん!」
 二人は、またまた逃げ出しました。木のかげに隠れて、追っかけてくるおまわりさんをやりすごすと二人は犯人を探しを続けました。その時、春子ちゃんが言いました。
「どうして男の子らしくしなくちゃいけないのかなあ。私、女の子なのに。」
「そうだね。ぼく、お料理とかお洗濯とかしたくないよ。」
 二人が犯人を探していると、池のほとりのベンチに一人のお年寄りが座っていました。春子ちゃんが昨日見た、半分が男の人で半分が女の人です。お年寄りは、ふたの空いた箱を大事そうに持っていました。箱からは、キラキラときれいな粉が出ていました。あきら君は、大きな声で言いました。
「ねえ、ぼくを男の子にもどしてよ!」
 お年寄りは言いました。
「おや、女の子は嫌かい?」
「だって、サッカーも野球もできないもの。」
「おやおや、女の子だってサッカーや野球はできるよ。」
「でも、女の子らしくないもの。」
お年寄りは笑って言いました。
「らしい、って事は大事かい?」
「だって、大人は皆そう言うよ。」
「私の、お母さんも言うわ。」
 お年寄りは、おじいさんとおばあさんの混じった声で言いました。
「じゃあ、この箱を取れたら元に戻してあげるよ。」
 そうして、箱を二人の方に出しました。あきら君は、さっそく箱を取ろうと手をのばしました。しかし、見えない壁に押されてとれません。何度やっても無理でした。後、少し力が足りません。そこで、春子ちゃんが言いました。
「私やってみる。」
「おや、こういう事は女の子らしくないんじゃないのかい?」
 春子ちゃんは、お年寄りの言う事を聞かずに、力いっぱい手をのばしました。押しても押しても、届きません。顔を真っ赤にして手をのばします。春子ちゃんは、壁に押されて転んでしまいました。
「だいじょうぶ?」
 あきら君は、血の出ている春子ちゃんのひざにハンカチを当てると言いました。春子ちゃんは泣くのをがまんして言いました。
「だいじょうぶ。もう一度、やってみるね。」
 春子ちゃんが、箱を取ろうと手をのばすと今度はかんたんに取る事ができました。
「やったあ!」
 二人は、うれしくなってピョンピョン飛び跳ねました。お年寄りはニッコリ笑いながら言いました。
「おじょうちゃんは、どうして箱をとろうとしたんだい?」
「だって、私の方が力が強いんだもの。」
「君は、どうしてハンカチで傷をふいてあげたんだい?」
「だって、痛そうだったんだもの。」
 うんうん、とお年寄りはうなずいて言いました。
「君達がやった事は、男らしい、女らしいと言われている事なんだよ。でもね君達は、そんな事に関係なく相手を思いやって自然にしたよね。それこそ、大事な事なんだよ。」
「だから箱が取れたの?」
「そうだよ。これで、皆も元に戻れるよ。」
 お年寄りは、立ち上がると春子ちゃんの持っている箱をパタンと閉めました。そして、箱を持つと二人ににやさしく言いました。
「この事を皆に伝えておくれ、「らしさ」より大事なものが有るって事を。じゃあ、私は帰る事にしよう。」
「どこに帰るの?」
 お年寄りは、にこにこ笑いながら言いました。
「遠い遠いところだよ。でも、とても近くでもあるんだよ。」
 そう言って、あきら君の胸をトンと叩きました。その瞬間、すうっと姿が消えて箱だけがピューッと空に飛んで行きました。あきら君と春子ちゃんは、びっくりして顔を見合わせました。
「飛んでちゃったね。」
「うん。」
「帰ろうか。」
「そうね。」
 二人が公園を出るころには、空のキラキラは消えていました。そうして、男の子は男の子に、女の子は女の子に戻りました。

                              おわり


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