陸の貝 海の花 第1回
加奈は、夏休みが始まると、一人で南の島に住む、おばあちゃんの所に遊びに来ました。お父さんとお母さんは、用事があって来れません。
東京から沖縄まで、ジャンボジェットで2時間飛んで、沖縄からプロペラ機で50分程の小さな島にやって来ました。小さな空港には、おばあちゃんが迎えに来てくれていました。加奈は手を振りながら、走って行きました。
「加奈は元気じゃねえ。疲れたじゃろ、荷物持ってあげるよ。」
加奈はリュックサックを背負い直すと、おばあちゃんに言いました。
「ううん、大丈夫!」
元気そうな加奈に、おばあちゃんは目を細めて言いました。
「お父さんとお母さんは、どうしてるね?」
「元気。でも、お仕事忙しいんだって。」
おばあちゃんは、しょうがないねえと言いながら、加奈の手を引いて、バス乗り場まで、ゆっくり歩きました。
おばあちゃんの住む島はとても小さく、海がとてもキレイです。加奈は、今まで2回しか来た事はありませんが、この島がとっても好きです。
初めて来たのは、5歳の時でした。
その時まで、プールで泳いだ事しかなかったので、キレイなマリンブルーの海を見て、驚いたのを覚えています。
2回目は2年前です。初めての夏休みに、お父さんとお母さんと3人で来ました。
おばあちゃんと加奈がバスから降りて、坂を登ると向こうから、牛がやって来ました。おばあちゃんの島より、もっと小さな島へ行くのに、牛の引っ張る車に乗って、引き潮の時に海を渡るのです。加奈も一度、乗った事があります。
坂を登りきると、そこにおばあちゃんの家があります。広い庭のある、木でできた一階立ての古い家です。庭には真っ赤なハイビスカスが咲いています。
「やっと着いたねえ。パイナップル冷やしてあるから、いっぱい食べな。」
この島のパイナップルは、街のスーパーで売っているパイナップルとは違って、とても甘くて舌がチクチクしません。毎年、おばあちゃんが、加奈の家に送ってくれるので、楽しみにしています。
「本当?うん、いっぱい食べる。パイナップル好きなの!」
加奈は、おばあちゃんの手を引っ張って、家に入って行きました。門の上ではシーサーが出迎えてくれました。
夕御飯を食べ終わって暗くなった頃、加奈はおばあちゃんと花火をしました。
庭がとっても広いので、東京の家ではできなかった打ち上げ花火もできます。真っ暗な空に花火が広がると、とてもキレイです。
風が吹いて、煙が流れ火薬の臭いがします。色々な花火をしましたが、加奈はやっぱり線香花火が大好きです。小さくて明るくて、かわいい花が咲いたようです。赤い火の塊がヂヂヂと鳴って、ポトッと落ちる時、なんだか悲しくなってしまいます。
「それで、最後かね?」
加奈は大事に取っておいた、線香花火に火を着けました。パアッと明るくなって、チリチリと花を咲かせ最後に真っ赤な涙のようになりました。
加奈は、線香花火が泣いているような気がして、思わず落ちる赤い玉を手に受けてしまいました。
「熱い!」
加奈は手に火傷をしてしまいました。おばあちゃんは加奈を抱きかかえて、台所へ行きました。蛇口から水を出しっぱなしにして、加奈の手を冷やしました。
「大丈夫かい?」
おばあちゃんは、薬箱を持って来ました。加奈は少しヒリヒリする手を見ながら返事しました。
「うん。少し、ヒリヒリするけど。」
おばあちゃんは、ホッした顔で言いました。
「そうかい、良かった。でも、どうして、線香花火の玉を手に受けたんだい?」
「なんだか、泣いてるみたいだったから。」
おばあちゃんは、そうかいと言って、加奈の手に薬を塗ってくれました。
「加奈は優しいんだね。火傷もすぐ治るさ。今日は、もう寝な。」
おばあちゃんは、加奈の頭を撫でると布団をひいてくれました。外からは波の音が聞こえてきました。
加奈は朝、起きると外に出ました。お日様は昇っているのにとても涼しいので、加奈は波の音の聞こえる夜と同じ位、朝も好きです。庭に咲いている花を見ていると、おばあちゃんが縁側にやって来ました。
「加奈、御飯だよ。」
おばあちゃんの、作ってくれる御飯は、お母さんの作ってくれる御飯と違って、色が地味で煮物が多いです。でも、優しい味がします。お母さんの作る朝御飯は、いつもパンです。
お母さんは、いつも忙しい忙しいと言って、用意をします。お父さんは、ほとんど朝御飯を食べずに仕事に行きます。お母さんは、早く食べなさいと怒る事もあります。そんな時、朝御飯は全然美味しくありません。
「おばあちゃん、今日は海に行ってくるね。」
実は、おばあちゃんの家の裏手の坂を降りると、小さな入江があります。誰も来ない浅くて、キレイな海です。
砂浜は白くて、キラキラしています。色んな種類の貝ガラが落ちていて、見た事の無い魚が泳いでいます。
「気を付けて行くんだよ。お昼御飯には戻っておいで。」
加奈は、ごちそうさまを言うと水着に着替え、スケッチブックと色鉛筆を持って、海に出かけました。夏休みの宿題に、貝ガラの採集をしようと思ったからです。
色鉛筆が、カチャカチャと嬉しそうに、箱の中で鳴っていました。
細い道を下ると海が見えてきました。白い波がゆっくりと、浜辺に押し寄せて来ます。砂浜を歩くとザクザクと音がします。
加奈は岩の上に、スケッチブックと色鉛筆を置くと、貝を探し始めました。ビーチサンダルを脱ぎながら、走りだして海に足をつけました。熱かった砂から一気にひんやりした海に入ったので、加奈はくしゃみをしてしまいました。
チャプチャプと、水を蹴りながら歩くと、水しぶきが飛んで、水滴がまるで真珠の様です。一つ、二つと貝ガラを持って、水辺を歩いていると、どこからか歌声が聞こえてきます。とてもキレイな声で、聞いた事の無い歌でした。
加奈は貝ガラを、ズボンのポケットに入れると、歌の聞こえてくる方へ行きました。どうやら、大きな岩の向こう側から聞こえてくる様です。
「島の子かな?」
加奈は、おばあちゃんの家の近くに住む子かと思いました。もしそうなら、遊び相手ができるからです。
「こんにちわ!」
加奈は元気良く、挨拶をしました。そこに、いたのは女の子でした。しかし、加奈の姿を見ると驚いて、海に飛び込んでしまいました。
「えっ!」
加奈が驚いたのも無理もありません。その女の子には、尻尾があったからです。尻尾と言っても、猫や犬の尻尾とは、訳が違います。女の子の尻尾は魚の尾ひれだったからです。
「人魚姫だ!」
加奈は、人魚のいた所まで、走って行きました。しかし、もう人魚はどこにもいませんでした。代わりに、赤い花が一輪、落ちていました。
「この花、さっきの人魚姫が、落として行ったのかな?驚かしたもんね。」
加奈は、もう一度、人魚に会いたいと、思いました。驚かしてしまった事を、謝りたかったのです。でも、待っても持っても、人魚は戻って来ませんでした。
「どうしよう、もうすぐ、お昼御飯の時間だ。」
加奈は、スケッチブックと色鉛筆を取って来ると、手紙を書きました。
「さっきは、驚かしてごめんなさい。お花は、ここに置いておきます。もし、怒ってなかったら、お友達になって下さい。 加奈」
加奈は、人魚が人間の文字を読めるか心配でしたが、取りあえず置いておきました。風で飛ばされない様に、大きめの石で重石をして、おばあちゃんの家に帰りました。
お昼御飯を食べながら、加奈はおばあちゃんに、人魚を見た事を話しました。
「私と同じ位の年の子でね、髪が長くかったの。尻尾の所は朱色だった。」
加奈は、ものすごく興奮して話しました。おばあちゃんはニコニコしながら、加奈の話を聞いてくれました。
「そうかい、人魚さんに会ったかい。おばあちゃん80年生きて、まだ人魚さんには会った事無いねえ。」
加奈は、お茶を一口飲むと、少し心配そうに言いました。
「でもね、私、その子を驚かしちゃったの。もう、会えないかなあ?」
加奈の心配そうな顔を見て、おばあちゃんは、加奈に言いました。
「でも、加奈は、その子と仲良くなりたくて、挨拶したんじゃろ?なら、きっと分かってくれるさ。」
そう言って、加奈の頭を撫でてくれました。その時、外で雨の降る音がしました。
「あ、雨じゃねえ。今晩は、お祭りのある日じゃから、夕方までに上がらんと困るなあ。」
加奈も、お祭りを楽しみにしていましたが、それ以上に人魚のいる入江に行けない事が、加奈には残念でした。
「今までの掲載作」に戻る