セカンド・ベッド 第1回


 ざわざわと賑やかな居酒屋の雰囲気は嫌いではない。ただ、徹にとって合コンがうっとおしいだけであった。
「おい、徹飲んでるか?」
「飲んでるよ。」
 徹の手に握られているグラスに入っているのが烏龍茶だと分かっていても声を掛けてくるのが、親友の伸吾だった。今回の合コンは伸吾の所属しているスキーサークルの主催だった。
 本格的なスキーシーズンが来る前に、近隣の女子大学のスキーサークルと親交を深めて団体料金でスキーに行こうという計画らしい。
 今回、コンパの男女の数が合わず急遽借り出されたのが徹だった。徹もスキーは、そこそこ滑れたがサークルに入るのが面倒だった。
 知らない人間と話をするのが苦手な徹にしてみれば、合コンなどは遠慮したい場所だった。無口な徹を敬遠してか、女性連は席を移していた。
 そんな時、徹達の飲んでいるスペースに殊更明るい声の女が現れた。
「おっ待たせぇ。」
 すでに飲んでいるのか、顔を赤くした女は開いている徹の横に腰を下ろした。
「美咲、もう酔ってるのか?」
「だって、一つコンパこなしてきたのよ。」
 無意味に笑い、空いているグラスを取ると徹に突き出した。
「ビールついでよ。」
 徹が黙って注ぐと、美咲は軽くグラスを持ち上げた。
「男は黙ってサッポロビール。あれ、キリンだっけ?」
 ぴたぴたと額を叩きながら、可笑しそうに笑った。くーっとグラスを空けると、美咲は徹に話し掛けた。
「あなた無口なのね。えっと、白川大学の人?」
「大学はね、サークルには入ってないけど。人数合わせさ。」
「じゃあ、私が来るまで逆に人数が合わなかったんだ。ごめんねぇ。」
 美咲は自分でビールを注ぐと、テーブルに並んだコロッケを食べた。
「あーあ、コロッケってカロリー高いのに食べちゃったぁ。また、太る。」
「・・太ってる様に見えないけど?」
「見えない所に肉がついてるの。見る?」
 酒が回っているのか、服のすそを持ち上げるようにして美咲は笑った。
「ああ、佐野!河原井さんに手ぇ出すなよ!後が恐いぞぉ。」
 その言葉で、どっと場に笑いが渦巻いた。美咲の事を何も知らない徹は、愛想笑いを浮かべるだけだった。
 美咲は人気があるのか、男女を問わず声がかかった。誰とでも話が合うせいか、あえて席を立つ事もなく徹の隣に座っていた。その美咲を狙ってか、男達が入れ替わり立ち代わりやってきては美咲の機嫌をとっていた。
 楽しそうに話をしている美咲を見ていると伸吾が小声で話し掛けてきた。
「おい、河原井さんはやめとけよ。BFが多すぎて、ベッドが狭いぞ。」
 伸吾はグラス一杯に入った焼酎を飲みながら、枝豆をつまんだ。
「そういう人なのか?」
「まあ、な。」
 伸吾の話を聞いた途端、徹の美咲に対する興味は失われた。烏龍茶と居酒屋の安い料理で腹がふくれた頃、合コンは終わった。
 この冬一番という寒さに震えながら皆は店から出た。二次会へ行く者とこのまま帰る者に別れた。
「ええぇ、河原井さん来ないのお。」
 美咲が二次会をパスするらしく、あちこちから残念がる声が上がった。さすがに二つのコンパをこなした美咲は足元がふらついていた。
 今回の合コンの幹事である伸吾は徹に目を止めて、声をかけた。
「おい、徹。お前、河原井さん送ってくれよ。家が同じ方向なんだ。」
 二次会に参加するつもりのなかった徹は、引き受ける事にした。タクシー代と半分寝ている美咲を受け取ると、徹は大通りに出た。バブルの過ぎた今はタクシーを捕まえる事は、そんなに難しい事ではなかった。
 薄暗いタクシーの中で、徹にもたれかかるようにして美咲は寝息をたてていた。生まれてこの方、家族以外の女とまともに口をきいた事のない徹は、柔らかい美咲の体に鼓動を早めていた。
 タクシーの窓から見える風景が見慣れたものになってきた。伸吾から聞いた話では美咲の家は、この近くらしかった。
「河原井さん、家この近くなんでしょ。」
 かなり強く揺すられて美咲は目を覚ました。
「うう、ん。この近く。あ、あのコンビニの前で止めて。」
 二つ先の交差点にあるコンビニ前にタクシーを止めると、美咲は足を踏み出した。
「おっとっと。」
 ふらつく足で歩こうとする美咲を見て、徹は代金を払うと後を追った。
「大丈夫?」
「うんうん、大丈夫。」
「家まで送るよ。」
「ああ、佐野君って優しいんだあ。」
 アルコールで濁った目で徹を見上げると、美咲は笑った。美咲の案内でマンションの中に入った。
「部屋、ここでいい?」
「うん、ありがとお。・・泊まってく?」
 甘えた声を出しながら、美咲は徹の腕に抱きついた。徹は息がつまるのを感じながら、美咲の腕をほどいた。
「折角だけど、セカンドベッドは持たない事にしてるんだ。」
「セカンドベッド?何、それ。」
「じゃあ、俺帰るから。」
 徹は美咲に背を向けると、マンションの階段を降りた。
「セカンドベッドって、なんだろう。」
 美咲は火照る顔をこすりながら表通りを見下ろした、そこにはマンションを見上げる徹が居た。
 美咲が顔をのぞかせた事に気づいた徹は視線を外すと、足早に歩き去った。静かな空からは粉雪が降ってきた。


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