空色のブーツ

 雨が、しとしとと降っていた日の事でした。僕はお父さんに連れられて、おじいちゃんの家に行きました。おじいちゃんの家には、叔父さんや叔母さんが居ました。皆、下を向いて黙っていました。
 お昼御飯を食べ終わった時、叔母さんが僕を呼びました。
「おじいちゃんが、呼んでるよ。」
 僕は一人で、おじいちゃんの部屋に行きました。襖を開けると、おじいちゃんは布団で寝ていました。
「おお、直樹か。」
 おじいちゃんは、僕を手招きすると箱を見せてくれました。古い紙の箱でした。
「ほら、これをごらん。」
 中から空色のブーツが出てきました。そのブーツは普通の長靴とは、ちょっと違って羽根の飾りが付いていました。
「これをな、直樹にやろうと思ってな。」
「ほんと?!」
 おじいちゃんはニコニコ笑って、ブーツを僕に持たせてくれました。そのブーツは軽くてふわふわしていました。
「このブーツはな、じいちゃんのじいちゃんがくれた物なんだ。」
「おじいちゃんのおじいちゃん?」
「そうだよ。なんでも、遠くの国から来たブーツなんだそうだ。」
「へええ。」
 おじいちゃんは、僕の頭をポンと叩くと言いました。
「おじいちゃんは、遠くに行かなちゃいけない。さあ、直樹は父さんの所へお帰り。」
「うん。」
 僕がブーツを持って立ち上がると、おじいちゃんは静かに言いました。
「そのブーツは大事にしておくれ。」
「うん!」
 僕はブーツをぎゅっと抱いて部屋から出ました。その日の夜に、おじいちゃんは死にました。
 次の日、お葬式があって僕は学校を休みました。おとうさんは、おじいちゃんをお墓に埋めに行く間、僕に留守番をしている様に言いました。昨日から降り続いている雨は相変わらずで、地面はびちょびちょでした。ぼくはカッパを来て、昨日おじいちゃんにもらったブーツをはいて外に出ました。
「遠くって、天国の事だったのかなあ。もう、おじいちゃんには会えないのかなあ。」
 僕は天国に近付く為に、思いっきりジャンプをしました。その時、ブーツの羽根がパタパタ動き出しました。
「うわあ!」
 僕は、すうっと空に浮きました。最初は屋根まで、次に山の頂上まで。どんどん飛んで、とうとう雲の中に飛び込みました。雲は冷たく、僕が思っていた雲とは違いました。
 雲を突っ切って、飛び出した空は真っ青でした。その雲の上におじいちゃんが、居ました。
「おじいちゃん?」
「おうおう、直樹は会いに来てくれたのかい?」
「おじいちゃんの言ってた遠い所って天国だったんだね。」
「そうだよ。ここで、お迎えが来るのを待ってたのさ。ほおら、来た。」
 やってきたのは空を走るソリでした。鳥に引かれたソリは、おじいちゃんを乗せると「りんりん」と綺麗な音をさせて行ってしまいました。僕は大きな声で、おじいちゃんにお別れを言いました。
 下の方から呼ぶ声がしたので、降りていってみるとお父さんが探していました。そおっと、部屋に戻るとお父さんは僕を見つけて「家に帰るよ。」と言いました。
「そのブーツは、どうしたんだい?」
「おじいちゃんが、くれたんだよ。」
「・・・そうかい、大事にするんだよ。」
 お父さんはニッコリ笑うと僕の頭をなでてくれました。

 それから僕は毎日の様に、ブーツをはいて空の散歩に出ました。
 ようやく、梅雨が終わって雨のじとじとがなくなったので、僕は空を飛び回りました。夏の空は太陽の匂いがして気持ち良かったし、秋の空は夕日の匂いがしました。赤トンボと一緒に飛べる空が終わると、木の葉が僕と一緒に飛んでくれる様になりました。
 そんな、ある日の事でした。僕が空を飛んでいると、渡り鳥の群が大きな鳥に襲われていました。
 渡り鳥はばらばらになって逃げましたが、小さな一羽が怪我をして落ちて行きました。僕は急いで助けると、家に連れて帰って傷の手当をしました。
「おや、怪我をしてるのかい?渡り鳥だね。」
 会社から帰って来たお父さんが言いました。
「皆と一緒に居たんだけど、怪我しちゃったから飛べないんだ。南の島に行けないね。」
「そうだね、それは困ったね。早く怪我が治るといいんだけど。」
 小鳥は怪我した羽根をバサバサと動かすのですが、飛ぶ事はできませんでした。僕は空に飛んで仲間を探しましたが、もう南へ行ってしまって居ませんでした。
「どうしよう・・・。ここままじゃ、かわいそうだなあ。」
 家に帰ってブーツを脱ぐと、ブーツはふわふわと飛んで小鳥のカゴの所へ行きました。まるで、慰めているかのようです。
「そっか、ブーツ君も可哀想だと思うよね。そうだ!」
 僕はカゴから小鳥を出すとブーツの中に入れました。ブーツは小鳥を入れたまま、ふわふわと部屋を飛び回りました。
「これで南の島まで行けるね!」
 僕は小鳥のエサを用意すると、小さな箱に入れてブーツに詰めました。ブーツにはタオルも入れて、小鳥のベットも用意しました。
「よおし、これで大丈夫だ。」
 僕はブーツを抱いて外に出ました。片方のブーツは、ふわふわと小鳥の入ったブーツの周りを飛んでいました。僕は、小鳥の入ったブーツによく言い聞かせました。
「いいかい?この小鳥を仲間の所まで、連れていってあげて。南の島に居るからね。」
 僕は思いっきりブーツを、ほおり投げました。小鳥の入ったブーツは僕の上をくるくると3回まわった後、南に向かって飛んで行きました。
「お前は、僕の所に残るのかい?」
 片方のブーツは僕の手に、ちょこんと乗るとじっとしてしまいました。
「そっか、もう飛べないんだね。片方だけじゃ、僕は重たくて飛べないものね。」
 僕はブーツを箱に片づけました。空を飛べるブーツの事は、僕とおじいちゃんと小鳥だけの秘密になりました。

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