クロス・ポイント〜第0回〜


 砂嵐が一段落したのを確認する為に窓辺に立ったクラベシーンは、ノックの音に振り向いた。入ってきたのは一人の青年だった。砂のついたフードを脱ぎ、手にした 鞄を見せながら挨拶した。
「ご苦労様です。クロス・ポイントからの医薬品輸送の報酬を持ってきました」
「ああ、すまんな」
 護衛隊コーラスを率いるクラベシーンはウォーター・ポイントの物品管理官とは顔見知りだった。
「こちらが今回の報酬です」
 そういってテーブルに置かれたのは水と引き換える事のできるチケットだった。額面は2000リットル。
「次はどちらへ行かれるんですか?」
 受け取りの書類にサインをするクラベシーンに青年は尋ねた。
「アグリカルチャー・ポイントに呼ばれてるんだ。あそこは砂賊に狙われやすい」
「あそこは立場上、柵や堀は作りにくいですからね」
 農作物を作るにはできる限りの農場が必要だった。5つあるポイントで唯一土壌のあるアグリカルチャー・ポイントは柵や堀作る事で畑の面積を減らすのを良しと しなかった。その為、砂賊の襲撃を受けやすく、結果護衛隊を常時雇わなくてはいけなかった。
「でも、有名なコーラスが護衛をしていると聞けば砂賊も腰がひけるでしょう」
「そうなればいいけどな」
「では、私はこれで失礼します」
「ごくろうさん」
 管理官が護衛隊コーラスを有名と言った。それは真実だった。何が有名なのか、10人に満たない少人数の護衛隊でありながら50人は居るだろう砂賊から輸送隊 を守ったからか、それとも隊長のクラベシーンの類稀なる強さか。
 ともかく、子供達の憧れの護衛隊と言えばコーラスであり、その隊長であるクラベシーンは英雄であった。
「有名なコーラスでも、中には入れてもらえんか」
 窓から見える高い壁にクラベシーンは呟いた。惑星イル・イゾレにおいて唯一水を産出するウォーター・ポイント。この居住地は高い壁に囲まれ、ウォーター・ポイントで生まれた人間で形成された自衛団に守られている。何よりも高価な財産である水を奪われないようにという措置だった。例え、高名な護衛隊コーラスでも壁の向こう側に行く事はなかった。
 今、クラベシーンが居るのは壁の外に作られた護衛隊や商人が宿泊する小さな町だった。吹き付ける砂嵐を避ける為に、建物は半地下に作られていた。砂嵐にこすられて、すりガラスになった窓の外から騒ぎ声が聞こえた事でクラベシーンは部屋を後にした。
 宿から顔を出したクラベシーンに部下のアンが気づいた。
「隊長、こいつ砂賊に襲われたらしいよ」
「近くか?」
 アンに駆け寄り、事態を聞いた。
「いや、襲われたのはかなり離れた所だよ。護衛隊だったらしいんだけど、生き残ったのは、こいつ一人みたい」
 アンに抱かれている少年に視線を落とし、クラベシーンは指示した。
「医者に見せてやれ」
「いいの?金かかるよ」
「助かったら、体で返してもらうさ」
「物好きだね。こいつ、やれんのかい?」
「1人生き残ったんだ。運があるんだろ」
「じゃ、連れてくよ」
 アンは少年を背負うと町に1人だけ居る医者の家を目指した。アンと少年を囲んでいた見物人の一人を捕まえ、クラベシーンは質問した。
「あのガキ、見た顔かい?」
「いや、知らない顔だね。この街は初めてじゃないかな。所属してたのはソロジーの所だって言ってたけど」
「ソロジー?あいつの所が全滅か。性質の悪い話だ」
 砂賊との関係上、護衛隊の壊滅という話は頻繁に出る。しかし、ソロジーはクラベシーンに敵わずとも、護衛隊では5本の指に入る実力者だった。そのソロジーが 砂賊との戦いに負けたのだから、クラベシーンは肩を落とした。友人の一人がこの世を去ったからだ。
「隊長、砂賊が出たんだって?」
「ああ、ソロジーの隊がガキ1人残して全滅だ」
「ソロジーのおっさんとこが?信じられないね。で、どうすんのさ」
「あだ討ち、って訳にもいかねえ。次の仕事が入ってるし、何より相手がわからん。とりあえず、遺体の回収だ」
「了解。休憩してる奴らに声かけてくるよ」
「そうしてくれ。アンは生き残りに付き添ってるから、待機って事でな」
「あいよ」
 クラベシーンは移動に使う砂上艇に乗り込み、エンジンに火を入れた。体を揺らすエンジン音を聞きながら、機械類の点検を始めた。ポイントとポイント間は最低でも50キロは離れている。そんな中、砂上艇が故障すれば命に関わる事態になる。それを知っているクラベシーンは点検を怠った事は一度として無かった。
 5分後、集まった隊員の中にアンと生き残った少年が居た。
「無理してんじゃねえよ。フラついてるだろうが」
 砂上艇から顔を出したクラベシーンに言われ、少年は体に力を入れてフラつきを止めた。
「ダイチ・トリノです!ソロジー隊の生き残りとして、確認したいんです!」
 敬礼つきの主張にクラベシーンは聞いた。
「お前、クロス・ポイントの出身か?」
「はい。それが?」
 姿勢を正しているダイチにクラベシーンは納得の頷きを見せた。クロス・ポイント出身の傭兵は折り目正しく、道徳観に富み、上司の指示に従うよう教育されている。 ダイチも、それに漏れなく従っていた。
「クロス・ポイント出身者はクロス・ポイントの人間でかたまるもんだが、お前は、どうしてソロジーんとこに居たんだ?」
「ソロジー隊長は落ちこぼれの俺を採用してくださいました。だから、俺は」
 涙を滲ませながら言うダイチにクラベシーンは砂上艇に乗るように指示した。
「これから、どうするかは急いで決める必要はねえ。とりあえず、弔いに行こうぜ」
「はい!」
 再び砂嵐が巻き上がり始めた砂漠にクラベシーン率いる護衛隊コーラスは砂上艇を進めた。



続く


クロス・ポイント〜第1回〜


 顔見知りのソロジーの護衛隊が襲われたと聞き、クラベシーンは隊を率いて現場を目指した。助かったのは1人の青年、ダイチ・トリノだけだった。ダイチは砂嵐が吹き 荒れる街道を傷だらけの体で渡りきっていた。
(クロス・ポイントの傭兵は出来がいいとは聞いていたが、このひよっこがね)
 揺れる砂上艇で横に座るダイチを横目で見ながら、クラベシーンはいぶかしんだ。護衛隊の隊長を務めるソロジーはクラベシーンに比べれば弱いと言ってよかった。しか し、そんじょそこらの砂賊に殺されるようなレベルではなかった。そのソロジーが死んだらしいのに、まだまだ新人といえる年齢のダイチが生き残った事が不思議だった。  それに本人は自分の事を落ちこぼれだと言っていた。
「どうして生き残ったんだ?」
「それは・・・」
 口ごもったダイチだったが黙っていられなかったのか、切れ切れに語った。
「ソロジー隊長が・・行けと。今ならウォーター・ポイントに・・・顔見知りのクラベシーンが居るから、・・・何とかしてくれると」
(伝令って名前の撤退命令か)
 目の前の生真面目そうな青年に単に逃げろと言っても受けいれはしなかっただろう。だから、伝令と言う名目を与えた。ダイチがウォーター・ポイントにたどり着くまで、 持ちこたえる事ができるとは思っていなかった筈なのに。
「ソロジーが死んだのを見届けていないんだな?」
「はい」
「それなら、何故全員死亡だと思うんだ?アンが言ってたが」
「俺が隊から離れて半時間程した頃、大爆発が起こったんです。隊の砂上艇の周囲で戦闘が行われていたので、敵味方共に爆発に巻き込まれているのではないかと」
「確かにな」
「本当は引き返したかった。でも、帰った所で俺にできる事は無かったと考えました。戦う事はできても、爆発による怪我を手当てできるだけの知識はありませんから」
「適切な判断ってやつだな」
 ダイチの言うとおり、大怪我の治療を施せるのはクロス・ポイントに暮らす一部の人間だけだった。砂賊の砂上艇であれ、ソロジーの砂上艇であれ、大爆発したのであれ ば、どちらの人間もただではすまないだろう。医療の素人であるダイチが戻ったところで誰一人助ける事はできなかっただろう。
 ソロジーを慕っているダイチにしてみれば助けられなくても戻りたい、そう考えていただろうが、伝令と言う命令を受けていた以上、ウォーター・ポイントに向って歩くし かなかった。その命令をまっとうする事が隊長ソロジーの信頼を守る事ができるのだと自分に言い聞かせたのだろう。真面目な者が多いクロス・ポイントの傭兵らしい。
「ありました!」
 偵察のために先行していたバイク型砂上艇が戻り、クラベシーンの乗る砂上艇に並んで走った。
「どうだった?」
「ソロジー隊の砂上艇と思われる艇が爆発炎上した形跡があります。原因は判別できませんでした」
「生存者は?」
「どちらにもありません」
 身を乗り出して報告を聞いていたダイチの肩が落ちた。予想はしていたが、いざ報告を聞くと事実として受け入れなくてはならないというショックからだった。
「護衛隊をしていれば、いつ起こるかわからんが・・・嫌なもんだな」
 砂上バイクに先導され到着した現場には、まだ煙がくすぶっていた。
「何を運んでたんだ?」
「インダストリアル・ポイントからの荷物です。中身は極秘という事でしたので隊長と副隊長しか知らされていません」
「なるほど」
 ダイチはそれだけ言うと報告を聞いていたにも関わらず生存者を探した。それを止めずにクラベシーンは被害の状況を調べた。爆発したという砂上艇は原型を留めて いなかった。武装と装甲は判別がついたが、それ以外の物はねじれひじゃげて元の姿がわからなかった。
(砂賊の砂上艇に砲撃でもされたか?)
 砂上艇は砂賊の襲撃から身を守る為に強固な作りになっていた。個人用武器では装甲にへこみを作るのがやっとだった。その砂上艇がこれだけの被害を受けるという 事は大口径の砲撃を受けたとしか考えられなかった。
「敵の砂上艇の武装は憶えているか?」
「・・・、はいっ」
 黒焦げになり、体のあちこちが吹き飛んだ仲間の遺体の前で立ち尽くしていたダイチはクラベシーンに体を向けた。歯の食いしばられた口元はへの字にまがり、目は 涙がこぼれる寸前だった。
「砂賊の砂上艇には小型バルカン砲が2門、ミサイルが1門。後は個人武装としてロケットランチャーがいくつかあったと記憶しています」
 クラベシーンへの報告を一気に終えると、ダイチは大きく息を吐いた。嗚咽になりそうな声を息として吐き出す事で涙を押し留めた。
「遺体を埋葬しよう」
「はい」
「名前はわかるか?遺族に連絡をとりたい」
「わかります。どれが、誰かは・・・わかりませんが」
 爆発に巻き込まれた隊員の体は飛び散り炭化していた為、個人の特定は不可能だった。砂漠に散らばった遺体の破片を集め、深く掘った穴に並べていった。誰の物か わからないまでも、せめて人型になるようにと破片が並べられていた遺体の数を数えていたアンがダイチに聞いた。
「あんたの隊は全員で何人だったんだい?」
「俺を含めて8人です」
「そうかい。さすがに全員分って訳にはいかないか」
「え?」
「なんとかね、6人分は形になったんだよ。でも、7人分は揃わなかったんだよ」
「こんな・・・爆発ですから」
「しょうがないか。砂かけるよ」
 砂に姿を消した遺体の上に砂上艇の装甲が墓標代わりに置かれた。作業を終えたクラベシーン達は誰一人として口を開かなかった。護衛隊最強を誇る「コーラス」と いえど、いつ自分達が砂の下に眠る事になるかはわからなかったからだ。
 砂嵐だけが音となっていたのを振り払うようにクラベシーンが街への帰還を合図した。
「街へ帰るぞ。アグリカルチャー・ポイントに行く予定だが用意が必要だからな」
 砂上艇に乗ったクラベシーンにダイチが頼んだ。
「すみませんがインダストリアル・ポイントに寄っていただけませんか?依頼主に報告しなくてはいけないので」
「まあ、ソロジーのおっさんには世話になってたから構わないがな。いいのか?」
「何がですか?」
「賠償言い出すかもしれんぜ?」
「前金は受け取っていますが、成功報酬を受け取らない事で清算にならないんですか?」
「契約しだいだな。大抵は、そうなってるが。ま、黙ってろと言っても黙っていられないだろうがな」
「はい」
 素直に頷くダイチにクラベシーンは聞いた。
「インダストリアル・ポイントに行って報告した後、どうするんだ?行き先が無いなら、うちで働け」
「いいんですか?」
「というか働いてもらなくちゃ困るんだ。お前の治療に結構な金額を使ったからな」
「その支払いですか?」
「そんなところだ」
「わかりました」
 疑うという事を知らないダイチにクラベシーンは苦笑と共に言った。
「せめて治療にかかった金額を聞いてから了承しろ。一生かかっても払えない金額言われたら、どうするつもりだったんだ?」
「え、あ、そうですね。いくらですか?」
「街に帰ったら教えてやるよ。俺も詳しい値段聞いてないんだ」
 砂嵐に逆らって進みだした砂上艇の上でクラベシーンは答えた。


続く


 砂賊に襲われ、ソロジーの率いるオイサック護衛隊は壊滅した。たった一人の隊員を残して。クロス・ポイント出身のダイチ・トリノだった。
「砂賊の顔とか覚えてるか?」
「顔は隠していたので覚えていません。髪の色、服装、砂上艇、そういった物はいくらか」
「充分だ」
 ダイチの報告をまとめ、クラベシーンは護衛隊が集まって作ったギルドに報告を入れた。オイサック隊が壊滅したという情報は駆け巡り、ギルド内でも護衛隊を雇う側も 混乱していた。オイサック隊より優れている護衛隊はそう無いからだ。
「ダイチ、行くぞ」
「はい」
 クラベシーンはダイチを雇用主の居るインダストリアル・ポイントまで送る約束をしていた。その為の出発でもあった。砂上艇に乗り込み、ブリッジに入った。
「アン、インダストリアルに寄ってアグリカルチャー・ポイントに到着するのに、どれくらいタイムロスが出る?」
「大して変わらないよ。元々出発は明後日の予定だったからね」
「すみません、迷惑かけて。定期航路を使えばよかった」
「気にするな。定期航路艇は時間がかかるし、今はソロジーが襲われた事で出航を見合わせている。待ってちゃ半月は動けないぜ」
 クラベシーンは航海士のアンに出発を命じ、椅子に腰掛けた。ゆっくりと砂上艇は前進を始め、窓の外は吹き上げる砂で黄色くなった。
「ソロジーんとこには世話になってたんだし、お前にも働いてもらうんだから気にするな」
「はい」
 素直に答えた後でダイチは思い出したようにクラベシーンに問うた。
「俺の治療費はいくらですか?」
 砂賊に襲われ怪我した傷の治療費をクラベシーンが払った事を思い出したのだ。そして、この世界で治療費はバカにならない金額だった。それだけ医師も医療品も少な かった。その治療費を現金で支払えないダイチはクラベシーンの護衛隊で働く事で帳消しにする約束だった。
「ん、ああ、治療費か。チェルシー、いくらだった?」
 艶やかな黒髪を結い上げた少女が振り向き、カーゴパンツのポケットから領収書を取り出した。
「200万イルです」
「妥当なところだな。あ、チェルシーはうちの会計士だ。金の関係は全部任せてある」
 チェルシーの差し出した領収書を受け取るとダイチは額面が200万イルである事を確認した。
「どれだけ働けば返せますか?」
「どうする、チェルシー?」
 クラベシーンに聞かれたチェルシーは少し考えた後、答えた。
「どれだけ、という問いには答えられません。私達の所属する『コーラス』が得た収入を隊員で頭割りして、その中から返済していただくので、ダイチさんの判断次第だ と思います」
「そうと言えばそうか。ま、うちは無事生き残る事ができれば月に100万はいける。そこから生活費をのぞけば3ヶ月もすれば返済できるだろう」
 クラベシーンの説明にダイチは頷き、礼を言った。
「ありがとうございます。無事、全額返済できるようにがんばります」
「おう、がんばってくれ。ただし、無茶はするなよ。護衛隊はチームワークが肝心だからな」
「はい」
「さて、ダイチには何をしてもらうかな」
 現在、人手の足りない部署を思い出し、どこへ配属するかクラベシーンは考えた。戦闘部署は意外と人手が充実している。実力者揃いの為、死亡負傷で欠員が出ない からだ。航海士は専門の人間でないと難しいし、会計はチェルシー1人で充分だった。
「そういや、ルターのおっさんが人が欲しいと言っていたな」
「父がですか?確かに1人では少し忙しいですね」
 コーラス運営の為の費用を計算していたチェルシーが顔をあげ、答えた。会計士チェルシーの父ルターは厨房を預かっている。親子揃って、護衛隊コーラスの生命線 を握っていると言える。
「戦闘もしてもらうが、当分は厨房でイモの皮剥きでもしてくれ」
「わかりました」
 反抗の色を毛筋程も見せないダイチにクラベシーンは聞いてみた。
「『傭兵の俺がイモの皮剥きだと?』とでも言うかと思ったが素直だな」
「ソロジー隊でも、俺の仕事でしたから。それに俺が満足にできる仕事は、そんなにありません。必要とされているなら、どんな仕事でもします」
 あまりに優等生的な答えにクラベシーンは更に尋ねた。
「クロス・ポイントの傭兵は皆、お前みたいなのかい?指示に忠実で謙虚ってな」
 その問いにはダイチはわずかに眉を寄せた。それは怒りではなく、悲しみを含んでいた。
「皆は俺みたいに落ちこぼれではありません。もっと戦闘も航海術も優れています」
「もっと・・・ね。お前、QGHで100メートル先の目標落とせるか?」
「QGHですか?はい」
 躊躇の無い答えにクラベシーンは苦笑いを浮かべた。QGHという銃はかなりの火薬を装填した弾丸を打ち出す。しかも、反動を抑える機構は無いに等しい。その銃 で100メートル先の目標を打ち抜けるなら、並みのベテランより腕が良い。
「お前、自分ってものを知らなさ過ぎるぞ。経験は足りないかもしれない。だがな、腕だけで言えばコーラスでも5本の指に入る」
「そんな・・・俺なんて」
「あー、もう辛気臭い奴だね!」
 2人の会話にアンが噛み付いた。アンに怒られ、ダイチは首をすくめた。
「何に劣等感を持ってるのか知らないけどね。私は感心したんだよ?あの砂嵐の中、大怪我してんのにウォーター・ポイントまで歩いてきた根性に。あんだけの根性が あって、腕は隊長のお墨付き。これでできない事があるっての?」
 砂上艇を操縦しながら振り向いたアンにダイチは困ったような喜んだような表情を見せた。
「アン、励ましてんのはわかるが、もうちょっと優しく言ってやれ」
「こういう奴はね、優しくすると甘えるんだよ。なぐさめてもらえると思ってねっ」
 アンの物言いにクラベシーンは肩をすくめ、チェルシーは毎度の事と涼しい顔だった。それに対し、ダイチは背筋を伸ばし、アンに礼を言った。
「ご心配をかけて申し訳ありませんでした!これからは自分に自信が持てるだけの努力をします」
「ああ、そうしな」
 そう言って、アンが前方に向きなおしたのを見て、クラベシーンは我慢していた笑いを吐き出した。
「ダイチにかかると、アンも形無しだな」
「そんな事ないよっ」
 素直すぎるダイチの返答にアンも肩透かしを食らい、噛み付く気力がなえたのだ。
「自分に自信が持てるようになるのは結構時間がかかる。ま、今は厨房で手伝ってくれ。料理の手伝いだって重要な仕事だからな」
「はい」
 新たな仲間となったダイチの人となりを知る会話をかわしながら、コーラスはインダストリアル・ポイントを目指した。




続く


クロス・ポイント〜第3回〜


 護衛していた荷物を奪われたサイオック隊、その隊に所属していたダイチは依頼主に報告の為にインダストリアル・ポイントを訪れていた。そのダイチの新たな所属先 であるクラベシーン率いるコーラス隊も、またインダストリアル・ポイントに来ていた。要はダイチをインダストリアル・ポイントに連れてきていたのだ。
 クラベシーンはダイチの報告が終わるのを街角で待っていた。その耳に小さな話し声が聞こえてきた。
「なあ、マイン・ポイントに行くのか?」
「報酬がいいからな。それに、マイン・ポイントは虐げられすぎている」
「そりゃ、俺だってそう思うけどよ。出ていきゃ、二度と戻れないぜ?」
「俺には家族は居ない。お前と・・・もう会えないのは寂しいけどな」
 インダストリアル・ポイントから旅立とうとしている青年は傍らに居る友人を見た。決意は固い、その表情が物語っていた。しかし、友人との別れを悲しんでいるのも 事実だった。
「バカ言うなよ。二度と会えないって訳はないだろ?俺が会いに行けばいいんだから。そりゃ、マイン・ポイントに所属するって事はないけど、機械の修理なんかにゃ、 よく呼ばれるんだしよ」
「そうだな。来た時は寄ってくれ。とはいえ、こっちから連絡は取れないから、お前に探してもらうしかないけど、な」
「心配すんなよ。お前の腕なら黙ってても有名になる。町に行って、お前の名前を出せばすぐに見つかるさ」
 できるだけ明るく話そうとする友人に青年は笑って見せた。
(マイン・ポイントがインダストリアル・ポイントから技術者を勧誘しているとは聞いていたがな。かなり決死の覚悟といったところか)
 護衛の為の傭兵と異なり、各ポイントに暮らす住民は一生をそのポイントで終える事が多い。ポイントに伝わる機密を漏らさない為だ。そういった状態の為、ポイントを 出るという場合、話している青年の様に提示された報酬を得る為であったり、愛した相手が他のポイント人間であったといった理由がある。
 そして、ポイント間の政略結婚などでない限り、二度と生まれたポイントに戻る事は無かった。
(空を飛ぶ渡り鳥でも生まれた場所を知ってるのにな)
 傭兵として生きているクラベシーンは自分が生まれた場所を知らない。砂漠を渡っていた定期航路の船が故障し、救助が来た時には乗客乗組員の全てが死亡していた。赤 ん坊のクラベシーンを残して。
 クラベシーンを守る様に抱いていた女はわずかな金を持っていただけで、身元を示す物は何も持ってはいなかった。クラベシーンという名前は親がつけたものではない。 体温が奪われないようにと包まれていた毛布のメーカーの名前が「クラベシーン」だった。
 クラベシーンは救助に来た傭兵隊に育てられ、自然と傭兵の道を歩むようになった。傭兵の大半がクラベシーンと似たような出生であったから差別される事もなく、 まっすぐに育つ事ができた。
「すみません、お待たせして」
 クラベシーンの姿を見つけ、大地が駆け寄った。所属していた傭兵隊が砂賊に襲われ、運んでいた積荷が奪われた事を依頼主に報告に行っていたのだ。
「どうだった?」
「賠償はありませんでした。契約で賠償責任は隊長一人が負う事になっていたので、俺には責任が無いという事に」
「ものわかりのいい依頼主だったな」
「はい」
「報告も終わったんだ船に戻って休むか。それとも、どこかに行くか?」
「いえ、特に用事もありませんから船に戻ります」
 きびきびとした答えにクラベシーンは笑みを浮かべた後、ダイチに聞いた。
「お前は親は居るのか?」
「はい。両親と妹が2人です」
「傭兵になる事に親は反対しなかったか?」
「反対は・・・ありました。でも、俺の家は貧しくて妹2人を学校にやるには家計が苦しかったので」
「お前は勉強は、どうだったんだ?」
「高等課程に行っていました」
「高等課程かよ。クロス・ポイントの高等課程といえば他のポイントの大学院クラスだろ」
「え、ええ、そう言われています」
「もったいねえな」
「でも妹達には勉強をさせてやりたかったんです。どこのポイントでも、そうかもしれませんが、ただでさえ女性は地位が低い。その上、学歴も無いのではクロス・ ポイントでは人間扱いされません」
 思いつめた表情のダイチの背中をクラベシーンは軽く叩いた。
「いい兄貴だな」
「あ、ありがとうございます。あの・・・隊長は?」
「俺は孤児だからな。家族というなら隊の皆だな」
「そうですか・・・。なら、俺も家族ですよ、ね?」
 自信の無さそうな顔で見上げるダイチにクラベシーンは笑った。
「当然だろ。ああ、それなら一度、お前の妹達に会ってみたいな。お前の妹なら俺の妹でもあるんだし」
「はいっ。あ、でも、ちょっとじゃじゃ馬だから、失礼な事を言うかも・・・」
 遠く離れた妹達を思い出したのか、ダイチはあたふたと手を振った。
「アンに比べれば、かなりマシだろう」
「それは、あー、いや、その」
 どう答えてもアンに失礼だと思ったのか、ダイチは答えに詰まった。
「ま、会ってからのお楽しみだな」
 船に到着し、乗り込んだクラベシーンは隊員に出発の用意を指示した。

 インダストリアル・ポイントを出発したコーラス隊は数日後、依頼のあったアグリカルチャー・ポイントに到着した。野菜や果物といった食物を栽培しているアグ リカルチャー・ポイントはウォーター・ポイントに次いで砂賊の標的になりやすい場所だった。奪われれば命に直結しているだけに警備は厳重だった。
「よく来てくれました」
 代表者の鼓美琴はクラベシーンを出迎えると手を差し出した。力強い握手で応えたクラベシーンは広がる畑を見ながら、仕事の確認をした。
「今回の依頼は畑を守る事、ですね?」
「ええ。収穫期も近づいていますし、新種の野菜もできています。何より、種の収穫が近いのが警戒の最大の理由です」
「種があれば他の地域でも栽培できるという訳か。インダストリアル、マイン、クロスはともかくウォーター・ポイントに流れれば、各ポイントのパワーバランスが 変わってしまう」
「ええ。私としてもできれば種は各ポイントに分けたいとは思うのですが、それができる程、アグリカルチャーは強くないので」
「この星では人を信頼するのは難しい」
「寂しい事ですが。では、警備の方は全面的にコーラス隊にお任せします。何か必要な物や人員があれば言ってください」
「アグリカルチャーは何度か警備をしているから、大体の事はわかっています。連絡係りになる人物を紹介してもらえれば問題ありません」
「では、事務方の人間を」
 鼓に紹介された青年は満面の笑みを浮かべて連絡役を引き受けた。
「名高いコーラス隊の方とお話できて嬉しいです。お役にたてるようにがんばります」
「ああ、こちらも期待に添えるようにがんばるよ」
 砂に囲まれた茶色と緑の楽園。惑星イル・イゾレの食料生産を一手に引き受けているポイント。その護衛が始まった。




続く


クロス・ポイント〜第4回〜


 クラベシーン率いるコーラス隊の仕事が始まった。惑星イル・イゾレに於いて、食物である野菜を栽培しているのは、今クラベシーン達が警備しているアグリカルチャー ポイントだけだった。他の4ポイントでは栽培はされていない。
 他の4ポイントで栽培できない理由。それは出荷された野菜が次代の作物を生み出す事ができないように処置されているからだった。つまり、収穫された野菜を、どうこ ねくりまわしても種ができないように。
 そうする事でアグリカルチャー・ポイントはイル・イゾレでの立場を強い物にしていた。唯一、野菜を生み出す為に必要な水を供給するウォーター・ポイントを除いて。
(相変わらず砂嵐がすごいな)
 砂を防ぐ為のマスクを確認しながら、見張りをしていたダイチは思った。野菜を育てる場所は砂ではなく土なのだが、風によって砂が大量に運ばれてくる。アグリカルチ ャー・ポイントにしかない土も半日もすれば砂で埋もれてしまう。そのままでは野菜を育てる事は無理だった。
 では、どうやって野菜を育てているのか。大抵は太陽光を通す素材で作られた栽培室の中で育てられる。いわゆるビニールハウスだった。もっとも、薄っぺらいビニール の囲い程度では、すぐに壊れてしまうので作りは頑丈でビニールの代わりに硬化プラスチックが使われている。
 そして、その「大抵」の枠からはみ出た作物、それをダイチ達が警備していた。枠からはみ出た野菜達、それは研究の成果でもあり、これからの主力製品でもあった。
(こんなに砂に覆われて、大丈夫なのかな)
 砂の間からわずかに顔を出している葉を見て、ダイチは心配になった。聞いた話では目の前にある野菜は芋の一種で、砂に埋まる事自体でダメージを負う事は大して無い らしい。光合成に必要な太陽光を受ける為の葉が地面から顔を出していれば良いらしい。砂嵐というのは不思議なもので、払っても払っても降り積もるのだが、ほっておい たからといってうず高く山になってしまう事は無い。今日と明日では風の吹く方向が違うからだ。今日溜まった砂は明日の風で違う場所に運ばれる。
 そして、この芋が栽培室の外で育ちきり、次代を生み出す事のできる種芋となれば実験は成功だった。砂嵐の中で育つのなら、今後、他のポイントで栽培できる可能性が 高くなる。そうして生まれた種芋を他のポイントに売ろうと、アグリカルチャー・ポイント代表である鼓美琴は考えていた。鼓は他にも野菜をクローン栽培する方法を研究 中で、これも確立すれば他ポイントに供給しようと考えていた。もっとも、幹部達は他ポイントへの切り札を失うからと反対していたが。
「調子どうだい?」
「あ、アンさん」
 砂防使用のライフルを持ったアンが声をかけた。コートのフードをすっぽかぶり、ゴーグルで目鼻を多い、口はマスクで覆われている。アンは大柄だったから、声を 発しなければ男女の区別はつかなかった。
「今のところ、問題ありません。砂嵐がひどいですが砂賊が現れる兆候は見当たりません」
「結構な事だね」
 ゴーグル越しの視線で砂漠を見渡し、アンは言った。
「この星は、どこもこうだ。風が吹けば太陽は隠され、風が止めば太陽の直射日光が降り注ぐ。皮膚ガン、減らないらしいよ」
「そうですね・・・。紫外線対策は万全なのに、一向に減らない。クロス・ポイントでも研究はしているんですが、患部を切除するのがやっとで根本的な所がわかって いない」
「昔の事は、もうわからないからね。地球も遠すぎる」
 宇宙開拓時代、人類は地球を飛び出した。何世代もの間、宇宙船の中ですごし、ようやくたどり着いたのがイル・イゾレだった。何世代もの間、それは宇宙船の航行を 運営していたスタッフだけで、新しい星への移民達はコールド・スリープや精子卵子、そして遺伝子情報などの形で眠りについていた。
 目の前にある惑星が人類の生活に適してると考えられたのは、ほんの少しの間だった。情報を集め、検査をした結果、イル・イゾレで安楽に暮らせると保証できる期間 は数百年であるとわかった。しかし、宇宙航行を運営していたスタッフは再び星の海へとは飛び立たなかった。今、飛び立てば、もう自分が生きている内に宇宙船から降 りる事はかなわなかったからだ。緑の星を見つけてしまっては、もう宇宙船の航行だけに人生の全てをかける事などできなかった。
 そして、宇宙船で眠っていた人類を目覚めさせ、時限付きの緑の楽園を手に入れたのだった。この事実は改ざんされ、宇宙船の故障によってイル・イゾレからの再度 出発ができなくなった為に移住を開始したとされている。真実を知っているのはクロス・ポイントのごく一部であり、クロス・ポイント出身のダイチも知らない事だった。  そして、移住開始から500年が過ぎた今、もう宇宙船は航行を行うだけの強度を失い、地球に戻る事はできなかった。
「地球は綺麗な所だって聞いた。あんたは知ってるかい?」
「小等部の時に記録を見ました。あの時、俺は信じられませんでした。あんな綺麗な星を飛び出して、宇宙を目指したのか。先生は、その綺麗な地球が汚れ、生活に適さ なくなってきたから、その前に脱出したのだと」
「それでも、このイル・イゾレよりはマシだと思うけどね」
 アンはゴーグルをわずかに下ろし、裸眼で世界を見た。
「そうだと思います。汚れたとは言っても、世界的に広がった環境保護運動でいくらかは持ち直したそうですから。しかし、太陽の膨張に地球が飲み込まれるのは決まっ ていましたから、その前に脱出したのだとも教わりました」
「それは私も聞いた事がある。でも、宇宙船は人類全てを乗せるだけの数を用意できなかったともね。つまり、太陽に飲み込まれ燃え尽きる仲間が居る事を知っていて、 逃げ出したのが先祖だって事でもある」
 その後、アンは小さく『どっちが良かったんだろうね。太陽に焼き殺されるのと、これだけの苦労して生きていくのと』と。ダイチは遥か彼方の地球を思った。学校 で見た記録の通りなら、今でも地球は存在し、まだ今も水を湛えた青の惑星の筈だった。どれだけ太陽の膨張により飲み込まれるのが確実とはいえ遥か未来の話で、 それまで自分が生きている訳ではないし、それ以前に人類自体が滅亡する可能性だってある。あえて、宇宙に飛び出す必要があったのか疑問だった。
「それでも・・・、怖かったんでしょうね。太陽に飲み込まれるのが」
「希望もあったろうさ。希望はタチが悪い。あきらめない限り、不幸に耐えてしまう」
「宇宙の航行ですか?」
「それと、この星での生活もね」
「あきらめれば生きていけないじゃないですか」
「そう、だから希望が必要なのさ。生きてる限り放出される希望って名前の麻薬がね」
 アンは、それに気づいていながら生きる事を止めない。希望を捨ててはいなかった。
「・・・アンさんは、どんな希望を持ってるんですか?」
「私かい?私は、この大地に緑が満ちる事さ。一度だけ見せてもらった事があるんだ、このアグリカルチャー・ポイントで。砂地に根の張れる植物があるのを」
「そんな植物があるなんて聞いた事がありません」
「その植物が育つには大量の水が必要なんだ。だから、公表しても喜ばれる事は無いからね」
「このイル・イゾレに大量の水なんて」
「そう、無いだろうね。でも、見つかってないだけかもしれない。ウォーター・ポイントのガイゲ・ヴィオロンは新しい水脈を見つけたって話を聞いた。それが私の 希望を繋ぎとめているんだ」
 遠くを見るアンの横顔を前にダイチは思った。自分の希望なんだろうと。これだけ過酷な環境にいながら、絶望をしていない。では、自分も何か希望を持っているの ではないかと。
 その思いを打ち切るようにアンが叫んだ。
「来たよ、砂賊だ!真昼間に来るとはいい度胸だ!」
 コーラス隊全員に知らせる為にアンは無線を入れた。ダイチは自分の希望を探すのを中断し、戦闘の準備を始めた。




続く


クロス・ポイント〜第5回〜


 アグリカルチャー・ポイントでの護衛の仕事が始まって数日。昼日中だというのに、砂賊の襲撃が始まった。護衛隊コーラスにしてみれば、大抵の砂賊は相手にならな い。それが昼日中に来たのでは、全く問題が無いと思えた。
「なめられたか?それとも、俺達が居るのを知らなかったか?」
 迎撃に出た隊員達の背中を見ながら、クラベシーンは愚痴た。慢心している訳ではない。ただ、コーラス隊の実力を知っているのだ。砂嵐の中、砂上艇が高速で移動する。 それをコーラス隊は固定砲で狙い打つ。3機で現れてた砂賊は、ものの数分で1機に数を減らした。
「裏は無いのか?どう思う?チェルシー」
「そうですね」
 通常時は会計士として働いていたが、戦闘時は指揮補佐を行うのがチェルシーだった。
「先程、隊長がおっしゃっていらっしゃいました通り、我々が護衛についているのを知らなかったというのが最も可能性の高いでしょうね」
「可能性が高い、って事は他にも理由があるって?」
「考えれば、いくらでも。ただ、我々コーラス隊の居ないポイントを狙って砂賊が出る、という事がままある状況を考えれば今回の襲撃は頭の良い行動とは言えません」
「裏、な。これは囮であるか・・・、チェルシー、皆に攻撃を止めさせろ」
「わかりました」
 チェルシーの連絡を受け、砂漠を駆けていたコーラス隊は一切の攻撃を止めた。その十秒後、砂族達は元来た方向へと帰っていった。
「なるほど、裏がありそうだな」
「わかりましたか?」
「何となく、な。お前はどうだ?したり顔してないで言ってみろよ」
 腕を組み、いじわるそうな顔をしてクラベシーンがチェルシーを見た。したり顔、と言われたチェルシーは特に表情を変える事無く意見を述べた。
「恐らく、我々の火薬類を消費させるのが目的かと」
「やっぱりそう思うか」
 今までのにやけた顔から真剣な表情へと変わった。クラベシーンが深刻な顔を見せる相手は少ない。どんな苦境であろうと隊長であるクラベシーンが平静である内は 大丈夫なのだと隊員が安心するからだ。だから、いつもクラベシーンは飄々としていた。
 クラベシーンの深刻な顔を見る事のできる数少ない人間、チェルシーは隊員達に帰還を促した後、言った。
「今回の襲撃は前哨戦、次は本格的なものになるでしょうね」
「だろうな。監視班にゃ悪いが、ポイントから30キロ地点にでばってもらうか」
「わかりました、連絡しておきます」
 クラベシーンは地図を広げ、砂賊の次回襲撃方向などを予測した。
(奴らも馬鹿じゃねえ。今回の作戦を見抜かれたと思えば、何か策がある筈だ。いや、見抜かれる事を前提に策をたてている可能性が高い)
 全ポイントに散らばる護衛隊の中で1、2を争うコーラス隊に勝てる砂賊といえば「砂とかげ」位である。それも事前に策を練り、有利な展開でなければ勝利は難し い。
「気になるな。砂とかげとは何度かやりあったが、今日みたいな手は初めてだ」
「新しい策士でも迎えたのかもしれませんよ」
「無いではないな」
 隊員への指示を終えたチェルシーがクラベシーンの正面に座る。それに続いて、戦闘から戻ったアンが椅子を引いた。
「気にくわないね」
「どうした?」
「今回、落とした砂上艇。あれ、操舵士しか乗ってなかったよ」
「最初から落とされる事を前提にしてたって事か」
「そうだね。ダイチ、水持ってきて」
「あ、はい」
 砂上艇の艦橋に入ろうとしていたダイチはアンに言われ、調理室へと向った。
「なんだ、ダイチを下僕みたいに使ってるじゃねえか」
「拾得物は一割もらえるんだよ?あいつの人生の一割は私のもんさ。二割要求できる所を一割ですませてるんだから良心的だろ?」
「違いない」
 笑って答えた後、クラベシーンは戦闘中、チェルシーと話していた内容をアンに伝えると意見を聞いた。
「どう思う?」
「多分、隊長達の言う通りだろうね。何日とたたない内に次がある。ただ、隊には後一戦二戦こなすだけの火薬はある。あれっ位の囮じゃ大して役にはたたないと思う けどね」
「確かにな。火薬を消費させる為だけに砂上艇を3機囮に使うなんて作戦は割りに合わない。だが、何かあるような気がするんだ」
「何か、ね。隊長の勘は当たるから信じて間違いないと思うけどさ」
 水を運んできたダイチからコップを受け取るとアンは一気に流し込んだ。余っている椅子に座ろうとせず、アンの後ろに立つダイチにクラベシーンは訊いた。
「お前は何か気づいた事があるか?」
「そうですね。警戒させる事が目的の様にも感じられますが」
「なるほどな。それはいいから、座れ。椅子空いてるんだから」
「はい」
 ダイチの意見を聞き、クラベシーンは目をつむった。何が目的なのか。ポイントの制圧とは考えにくかった。砂賊最大の勢力である砂とかげですら、時間がかかり過ぎ るのが目に見えている。コーラス隊と交戦している間に他のポイントから応援が来てしまう。分が悪い。では、何か。
「新しい植物の強奪って訳でもないだろうな。植物は俺達が思っているよりデリケートだ。奪った所でアグリカルチャーと同程度の施設がなきゃ、すぐに枯れる」
「食うんじゃないの?」
「高い野菜だな、おい」
 考えるのが面倒くさいといった感じのアンにクラベシーンは呆れ声を出した。
「新種の野菜を奪ったとして、増産できる施設があるとすればウォーター・ポイントかインダストリアル・ポイントって所か。クロス・ポイントも可能性があるが、 大量生産するのは難しそうだな」
「ともかく警戒しておけばいいんじゃないの?下手な考え休むに似たりって言うじゃないか」
「そうかもな。監視をトップレベルにしておいてくれ」
「了解。ダイチ、行くよ」
「はい」
 何の不満も無いといった顔でダイチは立ち上がった。その後姿を見送ったクラベシーンはチェルシーに言った。
「ちょっと寝てくる。アンの言ったとおり、下手に考えを巡らせても今はどうにもならないだろうしな」
「わかりました」
「それと通信レベルも最強にしておいてくれ。場合によっちゃ走らせるかもしれないからな」
「通信班に連絡しておきます」
「頼んだぜ」
 一度目の襲撃があった日の夜、招かれざる客が訪れた。砂嵐がひどくなった闇の中、監視の隊員から連絡が入った。その途端、コーラス隊は戦闘態勢に入った。クラ ベシーンはマイクを通して、隊員に指示した。
『今回の相手は今までとは違う。俺の指示を待たずに動け、いいな』
 無責任と言えなくもない指示に隊員は了解を示した。ある者はライトを照らし、ある者は赤外線ゴーグルに視界を預け砂漠に散っていった。
「おい、あれアンとダイチじゃねえか。航海士が前線に出ていいのか?」
「いつもの事でしょう?」
「まあ、そうだけどな」
 コーラス隊では航海士であろうと料理人であろうと並の傭兵以上の戦闘手腕がある。会計士のチェルシーでさえ、戦いに飛び込めばかなりのものだった。
「今は長距離の移動ではありませんから、航海士はいらないだろうと」
「違いないがな。それにしてもダイチを尻に乗っけて何する気だ。つったくアクセサリーか何かと勘違いしてんじゃねえのか」
 コーラス隊の旗艦であるクラベシーンの乗った砂上艇は大きく動く事は、まず無い。守るべき物の最も近い場所で最後の盾となるのが仕事だった。
「始まったな」
 目の前の闇でいくつもの光が交錯した。爆発は遠くで起こる、被害を受けているのは敵だと思えた。昼の襲撃の意味を考えるクラベシーンの旗艦に衝撃が起こった。
「何だ?!」
「直撃を受けました!」
「直撃?そんなに近くに敵は居ないだろう!」
「攻撃可能な位置には敵はいません。しかし、味方の持つ武器のダメージじゃありません」
「動け!敵を見つけるまでは止まるな」
 守るべき畑やポイントから離れる訳にはいかなかったが、止まっていては敵の思うつぼだった。クラベシーンは指揮椅子から飛び降り、暗闇に目をこらした。再び衝 撃。しかし、その衝撃の正体をクラベシーンは見切った。
「レーザーじゃねえか。空気中でこれだけの威力のある物は聞いた事ねえぞ」
「どうします?」
「ともかく狙ってやがる船を沈めるのが先決だな。この船は固いからもってるが、他の船だと一撃だ」
 ミサイルや砲撃とは違う光跡を見せるレーザーを回避する為に操舵士はもてる限りの技術を駆使した。攻撃の本質に気づいたクラベシーンは最も突出している隊員に 連絡を取った。
『一番前に出てるのは誰だ?』
 それに答えたのはアンだった。
『あたしとダイチだよ』
 アンらしい、と思いながらクラベシーンは指示した。
『こっちはレーザーを受けてる、砲台のある船を指示するから落としてくれ』
『簡単に言うねえ』
『できるだろ』
『やってみせるさ。どれだい?』
『一機だけ離れているがいる筈だ。味方を射線に含まない場所だ』
『・・・。見つけた、行くよ』
 その通信を終えた数分後、攻撃を加えていた砂賊は一斉に退却を始めた。
「何なんだ、今回の敵は。それに、この部隊の展開方法は・・・なるほど」
「何か、わかりましたか?」
「ああ。幽霊の仕業だな。なら、ダイチも殺しておけば良かったのによ」
「あの方ですか」
 チェルシーも思いついたらしく、納得と悲しみの混じった表情を見せた。戦いから戻った隊員に警戒を続けさせると共に休息を指示した。その中、顔色の悪いダイチ が戻ってきた。
「お話が」
「何だ」
「レーザーを載せた砂上艇に・・・隊長が、ソロジー隊長がいました」
「やっぱりな。俺も気づいた。あの部隊展開はソロジーのおっさんの手だ。長い間、味方やってたから、すぐには気づかなかったがな」
「何故・・・」
 死んだと思っていた恩人との再会にダイチは困惑していた。
「何があったかは知らん。だが、ソロジーのおっさんはインダストリアル・ポイントから輸送を頼まれたレーザー兵器をがめて自分の物にして、砂賊に宗旨替えしたっ て事だな」
「レーザー兵器を自分の物にする為に、仲間を・・・」
「砂賊やる奴等に情や正義を求めてもしょうがないさ。ところで落とせたのか?お前の腕なら内燃機関打ちぬけるだろう?」
「それなんですが、内燃機関が通常の砂上艇とは違う場所にあった様で、なかなか見つからなくて。代わりに操舵士を」
「なるほど。ベテラン操舵士以外が戦闘時に砂上艇を動かすのは危険だからな。引き際は綺麗なもんだ。レーザーはいくつあった?」
「1つだよ」
「ああ、アン。ソロジーのおっさんだったか?」
「まあね。傭兵やってる時より生き生きしてやがったよ。胸糞悪い」
 アンは腹に溜まったストレスと一緒に唾を吐き出し、砂漠を蹴った。
「言っておいてなんだが、よく生きて帰ったな。レーザーに狙われなかったのか?」
「狙われたよ。だけど、こっちにゃダイチが居るんだ。向こうが狙いをつける前に射手を撃ち殺したさ」
「そういや、そうだな」
 色々言っていながら、アンはダイチの腕を信頼している。結局のところ、良いコンビなのかもしれない。
「レーザー兵器が残ってるのは痛いが、敵の正体と武装がわかったんだ。何とかなるだろう。それに、もうここは狙われないだろう」
「宣伝は終わったって事かい?」
「俺達が追い返すのがやっとって事が宣伝できればいいのさ」
「もう少し時間があれば潰せたさ」
「こっちと向こうじゃミッション達成の難易度が違うさ。ともかく、お前とダイチは休んでおけ。今回の功労者だから」
「了解。ダイチ、行くよ」
「はい」
 今回は退けた。次の対戦で、どれだけ被害を抑えて勝つかをクラベシーンは考え始めた。




続く


クロス・ポイント〜第6回〜


 アグリカルチャー・ポイントでの護衛は終わった。依頼内容は農作物の収穫までという事であったから、それが終われば用済みだった。どこのポイントもそうだが、 住民の暮らすエリアは強固な壁で守られ自警団も居る。外部の傭兵を雇うのは余程の敵がいる時だけだった。
 今回、アグリカルチャー・ポイントを襲ってきた敵は栽培している野菜が目的ではなかったので、再度の襲撃は無いと見ていたクラベシーンの予想は当たった。
「結局のところ、ソロジーのおっさんの思い通りになったって事か」
 報酬を受け取り戻ったクラベシーンが愚痴た。最強の傭兵団相手に行われた、たった1度の襲撃。それを行ったのは昔馴染みの元傭兵ソロジーだった。砂賊デビュー の相手にクラベシーンを選び、金品の強奪はできなかったものの生還した。それだけで砂賊としては高い名声を得る事ができるだろう。
 その高い名声もクラベシーン率いるコーラスが優秀だからこそだが、そういった利用のされ方を良しとはできない。
「ソロジーのおっさん捕まえるぞ」
「既に賞金がかかってます」
 クラベシーンから報酬を受け取ったチェルシーは金を隊員分に分けながら返事した。
「早いな」
「ギルドから依頼が来ています。賞金を上乗せするから賞金首捕まえるのに参加してくれと」
「頼りにされてるな」
 惑星イル・イゾレにおいて犯罪者に対向できるのは各ポイントの自警団と賞金稼ぎ、それと傭兵団だった。ポイント内の住人が起こした犯罪を取り締まるのは自警団 であり、少数の犯罪人を追うのが賞金稼ぎ、そして砂賊のような集団を追うのが傭兵団だった。
 もちろん一人の賞金稼ぎが砂賊全体を捉える事もありえるが、火器の質量の差からして成功したという話は聞かない。そして、自警団は所属するポイントから離れて 武器を使用する事を許可されていない。もし他のポイントまで犯罪者を追った場合、その行動がポイント乗っ取りの攻撃だと誤解される可能性があるからだ。犯罪者が 他ポイントに逃げ込んだ場合、その時は逃げ込んだポイントの自警団か賞金稼ぎに逮捕を依頼するのが正式な行動だった。
 今回、相手が砂賊だという事で砂上艇を持つ傭兵団に優先的に依頼がまわっていた。
「ソロジーのおっさんを捕まえるのはいいとして、報酬はどれ位なんだ?」
「今の所は5000万に上乗せ分の1000万といった所です。今後、退けられた追跡者の数で報酬も上がるでしょう」
「今後の被害を考えれば、6000万は安いって事か。相手がソロジーのおっさんならな」
「でも、そうかね」
 航海図を見ていたアンが振り向いて言った。
「確かにソロジーの親父とあの大型レーザー砲を乗っけた砂上艇は手強いさ。でも、その周辺はどうだい?あっさり落としたじゃないか」
 アンの言う事も正しかった。ソロジーの乗る砂上艇は武装も動きも悪くなかった。しかし、尖兵であるとかソロジーの船を守る者の力量は大したものではなかった。
「居場所特定してさ。小回りの利くバイクで急襲をかけりゃ、すぐに親父の砂上艇は移動不可能になるさ。その後は簡単だろ?私達が負けるとは思えない」
「大した自信だな」
「違うとでも?」
「まあ、間違っちゃいないだろうな。それにしても戦闘に持ち込むにしても、隠れてる場所がわからないなら、どうしようもない」
 ソロジーが砂賊として活動した、ただ一度の襲撃。傭兵団コーラスとの戦闘後、姿を消している。時間にして11日、その間、ポイントや定期航路が襲われたとい う報告はなかった。
 報酬の分配を終えたチェルシーが2人に向き直り言った。
「どうしますか?砂賊捜索に重点を置きますか?それとも護衛に重点を置きますか?」
「もう護衛の依頼は来てるのか?」
「もう、というか、私達の護衛が来たら仕事が進むという状態です。そういった依頼が2件あります」
「待たれてるって事か」
「飯の種には困らないって事だね」
「そっちを優先するか。砂賊は出たら対処するって事でいいな」
「では、ギルドの方にはそう伝えておきます」
 通信を始めるチェルシーの横でアンはテーブルに置かれた自分への報酬を探し出した。
「これと・・・こっちがダイチのね」
「ダイチはどうなんだ?落ち込んでただろ」
 報酬を数えながら答え、アンは顔を上げた。
「一応、立ち直ったって顔はしてるけどね。でも、全然」
「自分の評価が低い奴が初めて見込んでくれた相手、だからな」
「親に見捨てられたようなもんだからね」
「なあ、アン?」
「何?」
「お前もさ、クロス・ポイントの傭兵と仕事した事あるだろ?」
「あるけど?」
「ダイチと比べてどうだ?仕事の出来だとか人柄だとか」
 報酬を数える手を止め、思い出す様にして言った。
「特にどうって事もないけど?ダイチは自分の事を卑下してるけど、悪いとは思わないね。悪いのは自分に自信が無いところかな」
「やっぱりそうだよな。あいつは力量が無いって訳じゃない。無いどころか優秀だ。それが、どうしてあんなになったのかってな」
「妬んだんじゃない?新人であれだけ凄けりゃ自分の立場が危うくなるから」
「なるほどな。その上、ダイチは馬鹿がつく程、素直だからな」
「そういう事。まあ、そういった奴らもソロジーの親父に殺された訳だけど。じゃ、ダイチに渡してくるよ」
 立ち去るアンを見送り、クラベシーンは目を閉じた。傭兵としての名声を捨てて、砂賊になったソロジーの思惑を考えた。命の危険があるのは傭兵も砂賊も同じだっ た。それどころか、常に逮捕・殺傷の恐れがあるとすれば砂賊の方が生きていくのに面倒が多い。それでも、砂賊として生きていく事を決めた裏に何があるのか。
「まだ何か、俺達の知らない事があるのかもな」
「そうでしょうね」
「お、連絡終わったか」
「ええ。では、次の行き先はクロス・ポイントでよろしいですか?」
「依頼の順番がそうならな」
「では、アンに言って船を向けます。出発は3時間後に設定します」
「そうしてくれ」
 ブリッジの窓辺から外をのぞくとアンがダイチと話しているのが見えた。相変わらずアンの尻に敷かれている様だったが、今のダイチには落ち込む時間を与えない 強い存在が必要だった。アンはそれに気づいているのだろう。
 傭兵団コーラスがアグリカルチャー・ポイントから離れ、クロス・ポイントへの移動中、砂賊砂とかげが壊滅したとの知らせが入った。





続く


クロス・ポイント〜第7回〜


 クラベシーン率いる傭兵団が依頼主の居るクロス・ポイントに向う途中、思いがけない報告を聞いた。
「砂とかげが壊滅したらしいですよ」
 通信士であるディノがインカムを外し、クラベシーンに報告した。その報告は艦橋を揺るがした。現在、砂とかげは2つに分かれていると噂されていた。元々のリーダー であるフリューゲルと新たにグループに入ったソロジー。しかし、分裂しているらしいとの噂はあっても今までと異なる行動をとっているとは聞かなかった。つまり、定期 航路船を襲い金品を強奪する、それに終始しているだけだった。
「壊滅って、どこかの傭兵団がやったのか?」
 指揮椅子から飛び降り通信士の肩をつかみ勢い込んだ。
「それが内部分裂らしいですよ」
「内部って、ソロジーのおっさんとフリューゲルだろ?どっちが勝ったんだ?」
「それはわかってないみたいですね。なんでも砂とかげのマーキングの入った船が何隻も爆発散乱してるみたいです」
「それで、なんで内部分裂だってわかったんだ?」
「その争いから何とか逃げ切った奴が居たみたいで、行きつけの酒場に逃げ込んだ時に話したみたいですね」
「詳しい話を聞きたいところだけど、今は仕事が先だな。情報を集めておいてくれ」
「了解」
 クラベシーンは指揮椅子に座りなおすと機嫌悪そうに考え込んだ。
(性急すぎる。ソロジーのおっさんがするには穴だらけだ。砂賊のてっぺんに納まりたいだけなら、こんなに急ぐ必要もない)
 砂賊は危険な橋を渡る。それだけに短時間で莫大な金を得る事も可能だった。そして、それを可能にするには統制のとれた部下が必要だった。その点、砂とかげは理想 的だと言えた。大小数ある砂賊の中で傭兵団に対向できるのは砂とかげだけだったからだ。その砂とかげに参入する事ができ、2分するまでになった。わずかな時間でこ こまでこぎつけておいて、それをあっさり壊滅させるのは割りに合わなかった。
「おっさん、生きてるね」
 砂上船の舵を握ったまま、アンは不愉快そうに言った。こつこつと舵を叩く指が苛立ちの度合いを教えていたが。
「生きてるな。何考えてんだ、ソロジーのおっさんは」
「これこそが目的じゃないでしょうか?」
 チェルシーの一言にクラベシーンは納得のいったという顔をした。
「なるほど、砂とかげを壊滅させるのが目的、か。気になる所もあるけどな」
「オイサック隊を全滅させた事ですか?」
「ああ。あのソロジーは傭兵団で誰よりも情け深い。何があるにしても部下を手駒の様に使う人間じゃない」
「部下を殺してでも成し遂げたい何かがあったと?」
「かもしれないな。何にせよ、砂とかげ壊滅が目的なら、もう動きは無いだろう」
「様子見ですか?」
「そうだな。おっさんが一人になったなら傭兵団が動く必要は無いだろう。賞金稼ぎが動けばすむ話だ」
「自分で捕まえたいくせに」
 からかうようにアンが言うと、クラベシーンは強がらず答えた。
「その通りだ。何があったのか知りたい。砂とかげに取り入るつもりで事を起こした。その一番最初に片棒担がされたのは俺達だ」
「ダイチに全員死亡の偽情報をつかませたって所だね」
「俺達が確認したって事で信憑性が上がったからな」
「ともかく今は情報待ちですね」
 冷静なチェルシーの声にクラベシーンは肩をすくめて言った。
「まあな。護衛を待ってる奴等がいるから、俺の一存でちょろちょろできないさ。砂とかげだけが砂賊じゃないからな」
「仕事をこなさないと飯も食えないしね。ねえ、チェルシー?」
「そうですね。前回の砂とかげの襲撃で旗艦に大きな損害を受けていますし、火薬の補充も必要です」
「レーザーの傷はインダストリアルでないと・・・今ならマインポイントも補修は何とかなるか」
「そうですね。ただ、これから向うクロスポイントでは少し難しいかもしれませんね」
「補修方法は知っていても技術者がいないからな」
「次もあれだけの高出力のレーザーと対峙するとは思えませんが、できるだけ早い修理が必要ですね」
「そうだな。今回の依頼はクロスポイントからウォーターポイントまでの護衛か・・・。帰りは護衛は依頼されているのか?」
「往復の区間は護衛を依頼されていますが、ウォーターポイント内での護衛は含まれていません」
 チェルシーの答えにクラベシーンは何かを考えた後、アンに航海の時間計算を命じた。
「護衛対象がウォーターポイントにいる間にインダストリアルかマインに行って修理が可能か、どうか計算頼む」
「わかった。修理時間は、どう見る?」
「修理は仕事の次に必須だからな。可能な限りという最長時間と最短時間出してくれ」
「了解」
 アンは航海の為の舵を握りながら頭の中で計算を始めた。休憩の為のコーヒーをチェルシーに差し出されたのがきっかけであったかの様にアンは航海に必要な時間を はじき出した。
「修理に最も時間を使えて30時間、一番短くて4時間ってところかな」
「4時間で修理ができるかって事だな」
「4時間ってのも人災がなくて、だからね」
「砂賊と出くわせば修理どころの話じゃないって事か」
「まあね。砂賊と出くわさなくて、なおかつ砂嵐が起こらなきゃ30時間がつかえるってね」
「天気はどうなんだ?」
「今んとこは問題ないね。ただ降砂の季節が近いからクロスポイントでの準備が遅れれば、移動が難しくなるかもね」
「なら、準備をせっくつか。クロスポイントの方々は、のんびりしてらっしゃるからな」
 クラベシーンは渡されたコーヒーを飲み干し、クロスポイントへの通信を始めた。





続く


クロス・ポイント〜第8回〜


 惑星イル・イゾレにある5つの都市、その中心にあるクロス・ポイント。他の4つのポイントは、どこも一長一短があり、生活は厳しい。しかし、中心となっている クロス・ポイントは全てを都市内部にある施設で製造が可能だった。水も植物もタンパク質、医薬さえも。ただ、それらは全て地球より旅立った時に乗っていた宇宙船 の設備での生産だったから、いつ耐用年数が切れるかわからないといった不安も孕んでいた。実際、設備の疲弊は見て取れるまでになっていたからだ。
「ひさしぶりの我が家はどうだ?」
 クラベシーンは検査ゲートから見えるクロス・ポイントの感想をダイチに聞いた。クロス・ポイント出身のダイチにしてみれば、見慣れた風景である。
「やっぱり落ち着きますね。他の都市と違って金属の固まりだけど、それでも」
 ダイチ達の目の前に広がるのは巨大宇宙船を中心にできた金属の街だった。惑星イル・イゾレに降り立った恒星間宇宙船は再び飛び立つ事はできない。すでに惑星の 重力を振り切って飛び立つだけの力を無くしているからだ。宇宙船内部は今でも街としての機能を持っている。
「お前の家は、どの辺りにあるんだ?」
「船の外後部です。何代か前は船内部で暮らしていたらしいんですが、博打で借金を作って、その支払いの為に家を売り払って外に出たそうです」
「お前にしちゃ、とばっちりだな」
「顔も知らない先祖のした事ですから。これが親父なんかのした事なら、すさんでますよ」
 故郷に帰って来た安心感からか砂上艇にいる時より、明るく少年らしい物言いだった。砂漠から吹く風は街に砂を降らせていたが、それでも金属の輝きは失われなか った。銀色の街は太陽の光を跳ね返して、自分の存在を誇示していた。
「隊長、検査終わりました」
「ああ、ご苦労。問題無しか?」
 法に触れる物品を積んでいないかの検査を終えたコーラス隊はクロス・ポイントの宿場町へと向った。隊は砂上艇の警備をする者と休息する者に別れていた。
「ダイチ、あんたは家に帰るんだろ?」
「え?でも、仕事があるから戻るのは」
「いいって、久しぶりの実家なんだから。ねえ、隊長?」
 アンに振り向かれ、クラベシーンは頷いた。
「ああ、戻って来い。帰る事のできる家があるんだから」
「でも・・・」
「いいから帰れっ。というか、私を連れて行け」
「要はダイチの家族が見たいって事だろ、アン?」
「御名答。隊長も興味あるでしょ」
「俺はいいんだよ、ダイチの妹は俺の妹だから」
「いつの間に、そんな話になってるのさ」
「この間だよ」
「ダイチ、隊長はよくて私はダメだって事はないよね?」
 有無を言わさぬアンの問いにダイチは何度も頷いた。
「問題ありません。でも、俺の家、狭いですよ?妹も2人で1部屋だし」
「いいんだよっ、別に泊まりに行く訳じゃないんだから」
「わかりました。案内します」
 ダイチの案内で歩き出したクロス・ポイント。クラベシーンもアンも仕事で何度も訪れてはいたが、それでも気持ちの良い街ではなかった。単に金属でできた街だか らという訳ではなく、宇宙船の内部と外部では生活に差が有りすぎるのが理由だった。外部は他の都市とそう変わらない生活だった。違う所があるとすれば、教育水準 が高いという事だろうか。クロス・ポイントの義務教育である中等科は他のポイントでいえば大学クラスだった。
 それが船内での暮らしとなると、教育、治安、医療、衣食住の点で最高水準だった。何しろ、常にエアコンが気温湿度を管理し、栄養満点の食事が用意されていた。 天然素材という訳ではなかったが、それでもどこのポイントよりも量と栄養は豊かであった。
 街を歩き、寂れた一角にダイチの家があった。ダイチが言うとおり狭い小さな家だった。
「ただいま」
 ダイチがドアを開けると、同じトーンの声が2重になって聞こえた。
「おかえりなさい!」
 声と同時に足音がドアから飛び出してきた。ダイチと同じ髪の色の元気の良い少女が2人、帰って来た兄に飛びついた。
「元気だった?お兄ちゃん、どんくさいから心配してたんだよ?!」
「ちゃんと御飯食べてる?お兄ちゃん、人見知りするから心配なんだからね!?」
 言っている事は違えど、内容は似たり寄ったり、心配されているのがわかった。出迎えの言葉にしては手厳しい内容にクラベシーンとアンは思わず笑い出した。どう やら妹2人は兄以外にも客が居る事に気づいていなかったらしく、クラベシーンとアンに気づいて、ダイチから離れた。
「お客様?」
「ああ、俺の上司だよ」
「え、あ、初めまして、フウです」
「私、カイです」
 ぺこりと頭を下げて挨拶をすると、ダイチに2人を紹介しろと目で催促した。
「えっと、こちらがクラベシーン隊長、こちらが航海士のアンさん」
「よろしくな」
「可愛いねえ。ダイチも、こんな可愛い妹がいると心配だろ?変な虫が寄ってこないか」
「こんなじゃじゃ馬、誰も寄ってきませんよ」
「何よぉ!これでも学校じゃ、結構もてるんですからねっ」
 口をとがらせて文句を言う妹2人をなだめ、ダイチはクラベシーン達を家に招きいれた。
「何もありませんが」
 慣れた手つきで茶を入れると2人に出し、自分もテーブルについた。
「慣れてるね。そういや、芋むくのも上手かった。家でやってたのかい?」
「ええ、まあ。両親が働きに出てるので家の事は俺がしないといけませんでしたから」
「ふうん。お買い得かな」
「え?」
 不思議そうにアンを見るダイチにクラベシーンは笑っていった。
「旦那候補って事だよ」
「え、あ?俺が?え?」
 アンとクラベシーンの言葉にダイチは目に見えて動揺した。それを見ていたフウが応援するように言った。
「良かったじゃないお兄ちゃん。お兄ちゃん頼りないからアンさん位しっかりしてる人がいいよ」
「フウっ!何、失礼な事、言ってるんだ。アンさんが俺なんかでいい筈ないだろ。もっとしっかりした人がだな」
「私はいいって言ってるんだよ?」
 アンのとどめの一言にダイチは顔を真っ赤にしてテーブルに突っ伏した。こういった会話すら免疫が無いのか、突っ伏したまま、ぶつぶつと何か弁解らしき事を 言っていた。
「まあ、ダイチをからかうのこれ位でやめてやれ。使い物にならなくなっちまう」
 クラベシーンの笑い声での取り成しに、ようやくダイチは上目遣いではあるが、伏せていた顔を上げた。その時、電話が鳴りカイがとった。
「はい、トリノです。はい、あ、居ますよ。帰って来たところなんです。お兄ちゃん、電話」
「誰?」
「ギターレさん」
「え、キサラが?」
 椅子から立ち上がり、受話器を取るとダイチは電話の向こう側の人物と話し始めた。
「キサラ、元気だった?俺が帰ってきてるってよくわかったな」
『わかったな、はないだろ?今回、君達コーラスに護衛してもらうのは僕なんだから』
「でも、俺がコーラスに居るのに気づいたんだ」
『これでも、ポイントの代表者だよ?護衛する人間の調査位はさせるさ』
「で、評価はどうだった?」
『優秀、という事だよ。だから、いつも言ってただろ?君は決して鈍くさくもダメな奴でもないって』
「うん、ありがとな」
 ダイチと、その友人の電話を側で聞きながらクラベシーンはフウに尋ねた。
「キサラって誰だ?」
「お兄ちゃんの中等課時代の友達で、クロス・ポイントの代表です」
「キサラ・ギターレか?」
「そう。皆、『どうして、ダイチがギターレと仲が良いのかわからない』って言ってました」
「そりゃ、ダイチが良い奴だからさ」
 クラベシーンの言葉にフウは満面の笑みを浮かべて言った。
「そうですよね、お兄ちゃん良い人ですよね。私もカイもお兄ちゃん大好きなんです」
 嬉しそうに言うフウを見ながら、クラベシーンはダイチの意外な人脈に驚いていた。





 ダイチの故郷でもあるクロス・ポイントにコーラス隊がやってきたのはポイントの代表者キサラ・ギターレを護衛する為だった。なんの為の護衛か。それは先日、起こっ た事件が起因している。クロス・ポイントの人間がウォーター・ポイントの水源に立てこもるという犯罪を犯した。しかも、その犯人がクロス・ポイントの代表者の親族で あったという事が騒ぎを大きくしていた。
 表向きは親族を名乗る者と喧伝したが、実際のところは噂のとおりだった。クロス・ポイントもウォーター・ポイントも惑星イル・イゾレでは主軸となる都市であったか ら、これ以上騒ぎを大きくする事はできなかった。そこで代表者であるキサラ・ギターレが非公式にウォーター・ポイントに出向き謝罪する事になった。
 本来、各ポイントの代表者が都市を出る事はない。多くの者が指示を待っているという事もあるが、内部の者がクーデターを起こし政権を乗っ取る事態がありうるからだ。 その為、キサラ・ギターレの周囲の人間も代表者が出向く事を止めたがキサラは聞き入れなかった。それだけ彼が誠実な人柄であるといえる。
「ダイチ、久しぶりだね。少し日焼けしたかな?たくましくなった」
「そんな事ないさ。まだまだだよ」
 ウォーター・ポイントへ向うキサラを護衛するのがダイチの所属する傭兵団コーラスだった。数ある傭兵団の中でもトップクラスの実力を持つコーラスであったから、キ サラを護衛するのに反対する者はいなかった。ましてや、コーラスに所属する者の一人がキサラの友人である事がわかり信頼も厚くなった。
「本当にポイントを出るのか?今、騒がしいんだろ?」
「まあ、ね。母も姉も怯えているよ、安住の地から追い出されるんじゃないかってね」
「クロス・ポイントの代表者は世襲制だから、今更普通の人と同じ生活は厳しいだろうね」
「だからといって、好き勝手して良い訳じゃないからね。僕の施政に不満があるなら、それ相応の対処はしなくてはいけない。僕を支持するのか、それとも民主主義団体を 支持するかは市民が決める事さ」
 静かに笑うキサラにダイチは目を細めた。
「キサラは、いつも真っ直ぐだ。羨ましい」
 砂の大地を駆け巡る傭兵となった親友を前にキサラが苦笑いをする。ダイチに比べれば、いくぶんか細い腕を組み、ちらりと視線を向けた後で口を開く。
「本当にダイチは自分に自信が持てないようだな」
「それは・・・よく言われるよ。でも、ダメなんだ」
「自信過剰よりはいいかもしれないけどね。君を認めている僕の眼力を疑われているようでもある」
「それは」
「ダイチ、君が僕を羨ましいというなら、その僕が認めている君はくだらない人間じゃない筈だよ?」
 のぞきこむようにして言われ、ダイチは照れ隠しにキサラの額を指で弾いた。
「わかった。キサラに恥ずかしくない人間になるように努力するよ」
「そうしてくれ。それに今回の護衛で、ダイチの実力を見せてもらうよ」
「実力を見せるような事にならないのが一番だよ」
「それは、そうだな」
 常にポイントの代表者として過ごしているキサラにとってみれば、こんな風に年相応に話せる相手はほとんどいない。立場が、それを難しくしていた。まだ代表者になる 以前、中等科で出会ったダイチだけがキサラにすれば唯一の親友だった。ダイチの欲の無さがキサラには好ましかった。
 もう少し話をと思っていたキサラの耳に呼び出しのコールが聞こえた。
「何か?」
 わずかな不満を声に含み、答えを待った。
『ウォーター・ポイントへの護衛航路等の報告をとの事です』
「わかった。責任者をこちらに」
 別室で相談をしていたコーラス隊々長クラベシーンが秘書に伴われ、入ってきた。キサラと話していたダイチも席を立ち、クラベシーンの隣に立った。
「大体の計画は護衛官と合意した。これが計画書だ」
 クラベシーンから書類を受け取り、キサラは目を通した。特に問題になりそうな点もないと考え、キサラは了承の旨を伝えた。
「じゃあ、明日の朝出発。一応、迎えの者を出す」
「わかりました。それでは」
 クラベシーンが部屋を出ようとするのに続き、ダイチも向う。ドアを過ぎる寸前に振り向き、わずかに手を振ってみせるとキサラも、それに笑顔で応えた。いつもは 見せない幼い仕草に秘書が目を丸くしていたのに、キサラは気づかなかったが。

「どうだった、幼馴染と話して」
 最上階からの下りエレベーターでクラベシーンはダイチに聞いた。実直で控えめな部下がクロス・ポイントの代表者と親友であると聞き、興味を持っていたからだ。 「変わりありませんでした。元気で強いキサラでした」
「そうか。ここもきな臭いから、どうかと思ったんだがな」
「それはキサラも心配してました。でも、キサラなら大丈夫だと思います」
「えらく信用してるんだな」
「そうですね」
「ま、何かあったら助けにいってやれ」
「いいんですか?俺、まだ借金・・・返してません」
 ダイチは行き倒れを助けられた恩を忘れてはいなかった。クラベシーンとしては既にどうでも良い事だったが、ダイチの生真面目さに笑いながら答えた。
「助けに行った後、逃げる訳じゃねえんだろ?死なれちゃ困るが、親友助けに行くのを止めるような鬼じゃねえよ」
「ありがとうございます」
「とりあえずは明日の護衛だな。今日は家でゆっくりしてこい」
「はい」
 気温湿度完全調整の船内から出た大地を乾いた空気が包んだ。ゆっくりと吹く風に砂が舞い、空は薄く黄色がかっていた。船から出る事の少なかったキサラが旅に 耐えられるよう、ダイチは装備の点検を再確認する事を決めた。

クロス・ポイント〜第10回〜


「これが砂上艇か。初めてだから、興味深いよ」
 通常より風の強い朝にキサラ・ギターレの護衛は開始された。クロス・ポイントの代表者であるキサラは慰安旅行に行くかのような表情で護衛隊の砂上艇に乗り込んで きた。護衛隊の中でも強力であり、隊員の生活水準を大切にしているコーラス隊であったから客室は更に設備が整っていた。
「ここが客室だよ。狭いけど、設備は悪くない筈だ」
 ダイチは友人キサラを案内して言った。本来ならポイント代表者という地位の高い人間であるキサラを案内するのは隊長の役目だった。しかし、ダイチはキサラの友人で あるという理由から世話役を申し付かっていた。キサラ自身が望んだという事もあるが、隊長のクラベシーンが面倒くさがったという裏事情もある。
「後、食事は食堂でとるけど部屋が良いなら持ってくるけど、どうする?」
「食堂に行くよ。迷惑はかけられないし、それに傭兵の人達と話してみたいしね」
「じゃあ、食事の時間に呼びに来るよ。一応、シャワーも用意されているけど、できるだけ水は節約したいから、できれば我慢して」
「わかってる。水は、どこでも貴重品だからね」
 今回、護衛するのはクロス・ポイント代表者のキサラ、それと秘書官ダイアリーの2人。警備隊も連れて行けとキサラの母親と姉達は言ったが、目立つからと固辞した。今回の護 衛を傭兵であるコーラス隊に依頼したのも、目立たない為にだった。もっとも、噂はどこからでも漏れるもので知っている者は知っているという状態だった。
 ダイチの説明が一通り終わった頃、砂上艇はゆっくりと進み始めた。ポイントを囲む壁を抜ければ、そこは人間が暮らしていくのは極端に難しい砂の大地が広がってい た。巻き上がる砂粒が窓をこすり、透明だったガラスはすぐに薄茶色の膜になっていった。
「それじゃ、俺、持ち場に戻るから」
「持ち場?どこだい」
「調理場だよ」
「ダイチは戦闘員じゃなかったのかい?」
「戦闘時はね。何もない時は調理室で芋の皮剥きだよ」
 肩をすくめるダイチにキサラは笑った。
「そんな事を言ってるけど、案外喜んでいるんじゃないのかい?」
「わかる?」
「ダイチは昔から、そうだった。なんていうか、人が嫌がる事を引き受けた時の方が安心した顔をするってね」
「そうかな?」
「そうだよ。相手が安心した顔をするのを見て、ダイチは安心している」
「誰かを助ける事ができるのは嬉しいよ」
「そこがダイチの良いところだね」
 キサラに言われ、ダイチは照れ隠しにそっぽを向き、部屋を出ようとした。
「じゃあ、俺、仕事に行くから」
「引き止めて悪かったね」
「あ、いや、うん。何か、あったら連絡しれくれたいいから」
 ダイチは言い残すと調理室へと歩いていった。友人の生真面目な反応にキサラは笑いなはら秘書官を振り向いた。
「いいだろう?彼は」
「代表の周囲には居ないタイプですね」
「まったくね。皆が皆、ダイチのように純真で生真面目でも困るけど、一人や二人居てくれれば気も休まるんだけどね」
 普段見せない表情に秘書官ダイアリーはなぐさめるように提案した。
「では、彼を側近に勧誘してはどうですか?」
「そうしたい所だけどね。血縁の無い者を側近に据えるのは周囲がうるさい」
「今は、不穏な動きを見せる者もいますしね」
 今、クロス・ポイントは代表者を世襲制ではなく、民主制によって選ばれるべきだという運動が起こっている。その事をダイアリーは言っているのだ。
「民主主義に移行するのは時の流れかもしれない。ただ暴力的な方法で、それを成し遂げようというのは気に入らないな」
「・・・今回ウォーター・ポイントで起こった事件も、その組織が仕組んだという話ですからね」
 今回、キサラが謝罪に向うウォーター・ポイントで起こった事件もクロス・ポイントでの政権交代を睨んでのものだったと捜査結果が出ていた。民主主義を掲げる組 織はキサラの従兄弟を焚きつけ、世襲制政治を打破させた後、民主主義の旗手として仰ぐと約束していた。しかし、はなからそんな考えは無かった。その従兄弟も世襲 制度によって利益を得ていた者だったからだ。
「僕が帰るまで、何も起こらない事を願うしかない。もっとも居た所で何ができるかはわからないけど」
 キサラは砂粒が叩く窓から離れていくクロス・ポイントを見た。

 クロス・ポイントから出発して5時間。後2時間でウォーター・ポイントに到着するという時だった。艦橋で報告があがった。
「前方2キロ半に影があります」
「識別反応は?」
「ありません」
「大きさは。最近、個人向け砂上艇が出ただろ。それなら、識別信号の給付が間に合ってない可能性がある」
「いえ、大型が1機と中型が2機です」
「戦闘配備。この艦を先頭にバイクも出せ。後、通信は続けろ、向こうの通信機器が壊れてるだけの可能性もある」
 隊長クラベシーンは言ったが、その可能性が極めて低い事はわかっていた。砂嵐が吹き荒れる街道で通信機器が壊れたなら、最寄のポイントに避難するのがもっとも 安全であり、砂上艇乗りなら当然の行動だからだった。砂賊に襲われた時、連絡が取れなければ命を落とすのは確実だからだ。ましてや、ここはウォーター・ポイント とクロス・ポイントから見ればウォーター・ポイントの方が近い。なのに、引き返さず前進する理由が見当たらなかった。
(通信機器が壊れても前進しなきゃならんような仕事を持ってる奴等ってのは、そうそう居る筈がない)
 クラベシーンはそう考えながら、それでも旗艦を先頭に出す事で相手に、できる限り不安を与えないようにと配慮していた。旗艦を失えば砂賊といえど、全滅しかね ない。その大切な旗艦が攻撃を受けやすい先頭に出るという事で敵意が無いという事を表していた。
 センサーでしか見えなかった不審艇が目視できるまでに近づいて来た。敵であるなら、もうミサイルを発射してもいい。しかし、まだその様子は無い。確かに一撃必 殺を狙うなら、後少し近づく必要がある。だが、それは己が火球となる可能性も秘めている。
「通信は無いか」
「ありません。光源通信にも反応無しです」
 電気系統が故障しているとしても、バッテリーで発光させるライトまでが故障しているとは思えない。この時点でクラベシーンが攻撃を指示したとしても、法律上は 罰せられる事はない。だが、クラベシーンはまだ攻撃をしかけない。しかければ勝つ事が確実だという自負がある。つまり、相手を殺すという思いがあるからだ。
「エア・バイク先行して調べてくれ」
 その指令と共に一陣の風が抜きん出る。ダイチを後ろに乗せたアンだった。
「相変わらずうちの航海士は元気だな」
 クラベシーンの言葉が終わる前に光をミサイルが飛んだ。それは旗艦ではなく、アンの操るエア・バイクに向けてのものだった。
「敵か!戦闘開始!」
 クラベシーンの号令と共に隊員が戦場へと赴く。敵から放たれたミサイルを交わしたアンは、更に速度を上げてミサイルの有効射程距離を越えて近づいた。これより 内側でアンを狙えば、命中率が下がり味方機に被害が出る可能性もある。それからは機銃での応戦になる。
 戦闘が始まってすぐ、敵から通信が入った。機器は壊れてはいなかったのだ。
『こちら、砂とかげ。再デビューの相手、よろしく頼むぜ』
 初めて聞く声だった。しかし、クラベシーンには心当たりがあった。
「フリューゲルか。ソロジーのおっさんに追い落とされ焦ったか?」
 クラベシーンに問われ、声の主は笑い声で返した。
『まったく薄情な部下には困ったもんだ。まあ、ソロジーの野郎が落とせなかったコーラスを落とせば戻ってくるってもんだ』
「戻ってくれば受け入れるってか?寛大な事だな」
『鉛玉のプレゼントもあるぜ?』
 ミサイルが飛び交い、機銃の光が砂に突き刺さる。そんな中、互いのトップは動じる事もなく会話を続けていた。
「さっさとひいておけ。急増の部隊で潰せる程、うちは柔じゃない」
『忠告痛み入るが、できない相談だな』
「なら、今度は逃げ延びたって噂がたたないようにしてやるさ」
 クラベシーンが目標を指示しようとした時、近くで爆発が起きる。
「被弾か?!」
 飛来したミサイルは無い。そして、近づいて来た敵のエア・バイクも無い。なら、どこから攻撃があったのか。
「地雷です」
 通信を担当していたチェルシーが答える。機関部からも故障部分が出たと報告が上がる。
「なるほど、下準備をしてやがったって事か。エア・バイクを何台か呼び戻せ。いくら自分達が用意したとはいっても、何か目印をつけた筈だ。それを探させろ」
 指令とおり、攻撃に加わっていたエア・バイクが地雷探索の為に走った。戦闘力が減った事を見とって、砂とかげは攻撃を強めた。戦闘によって巻き上がる砂埃が 地雷を探す手間を増やす。飛んでくるミサイルや機銃を避けながらの仕事はコーラスの隊員とはいえ簡単なものではなかった。
「くそ、時間がかかる」
 愚痴たクラベシーンに声がかかった。
「地雷の埋設にはパターンがありますよ」
 艦橋入り口を振り返ったクラベシーンにキサラが言った。客室に待機していたキサラが危険な艦橋へと足を運んだ事で、クラベシーンは不敵な笑顔を見せた。
「ほう、ご意見拝聴しようか」
「部屋で震えながら見てましたからね」
 冗談めかしキサラが指し示した場所には確かに敵の砂上艇もエア・バイクも進入しない。
「なるほど。よし、エア・バイクを下がらせろ。散弾を撃つ」
 クラベシーンの指示がチェルシーによって伝えられ、エア・バイクは散開した。次の瞬間、旗艦から数方向へ砲弾が打ち出された。やまなりに飛んだ砲弾は空中で 破裂し、散弾が砂漠へと降り注ぐ。それと同時に大地を揺るがす爆発が同時に起こった。
「どうだ?」
「敵旗艦への進路確保できました」
「よし、突っ込む。弾幕用意しろ」
 スピードを上げる為にエンジンが唸りを上げる。その咆哮に押されたかのうように、砂とかげの旗艦が下がる。
(まだ仕掛けがあるのか?それとも単に逃げをうってるのか?)
 クラベシーンの疑問を聞き取ったかのようにチェルシーが問う。
「どうしますか?」
「追わなくていい。砂とかげを殲滅するのが仕事じゃないからな」
「わかりました。では、エア・バイクに進路の確保をさせながら前進します」
 砂とかげ首領フリューゲルの再デビューを成功させなかったものの、クラベシーンは満足のいかない戦闘終了を宣言した。





続く


クロス・ポイント〜第11回〜


 砂とかげの襲撃を退け、クロス・ポイント代表キサラ・ギターレを乗せた砂上艇はウォーター・ポイントに到着した。惑星イル・イゾレで唯一水が湧き 出すウォーター・ポイントは他のどのポイントより警備が厳しかった。
 ポイント代表であるキサラが居たとしても、ポイントを囲む壁の中に入る事ははなはだ難しかった。壁の外にある施設での確認が始まった。本人であるかどうかの 検査をであるが、あからさまに疑っているという態度をとる事もできず、ポイントの副代表が施設を訪れていた。
「始めまして、エッカードと申します」
 自己紹介の後、エッカードは身分証明の為のIDカードを提示した。会談に来たキサラが偽者である可能性もあるが、向かえたウォーター・ポイント側の人間が偽者で あるという可能性もあったからだ。IDカード確認の後、キサラは頭を下げた。
「この度は私の従兄弟が重大な事件を起こした事を謝罪する為に来ました。ヴィオロン代表には、いつお会いできますでしょうか」
 年若いキサラではあったが、エッカードを正面から見る視線には力強さがあった。その目に押され、エッカードは額の汗を拭きながら返答した。
「はい、今日の夕方にはお会いできるかと。会談の用意もございますし、それまではこの宿泊施設で休憩していただければと」
「承知しました」
「詳細な時間等が決まりましたら、連絡を差し上げます。では、失礼します」
 がたがたと音をたてて椅子から立ち上がるとエッカードは部屋を後にした。それを見届け、扉の外で警備をしていたダイチが顔を出した。
「何か問題は?」
「何も無いよ。夕方には会談が行われる予定だけど、それまでは何も無い」
「そう。じゃあ、休憩かな?」
「いや、外に出るよ。他のポイントを訪れる機会はそうそうないからね」
 それを聞いた秘書官のダイアリーが口を挟んだ。
「外に出られるのですか?」
「何か問題でも?」
「今回は先日の事件の謝罪の為、訪れています。あの事件の被害者等が問題を起こす可能性が」
「確かに。しかし、本来謝るべきは被害者の人々にであって、代表者だけに謝っても仕方ないだろう?もし、被害者の人達が何か私に言ってくるとしたら、それを受け止め るのは必要だと思う」
「言ってくる、だけなら問題ありませんが」
「いきなり襲いかかってくるとでも?」
「もちろん可能性の問題ですが」
 ダイアリーの発言はキサラの身を案じるものであるのはダイチにもわかった。決して、自分にかかる責任回避の為の発言ではない事が。だが、キサラの考えは変わらな かった。
「被害者の襲撃があるかもしれない。確かに可能性はある。しかし、護衛としてコーラス隊に来てもらっているんだ、大丈夫だろう」
「わかりました。では、行ってらっしゃいませ」
「すまないね、ダイアリーには心配をかける」
「それが仕事ですから」
 ダイアリーは笑ってみせ、キサラに砂避けのコートを渡した。
「長時間出歩くつもりはない。私もだけど、ダイアリーも気をつけてくれよ。重要人物なのはダイアリーも同じなんだから」
「わかっていますよ。それにここにも、コーラスの方は残られるのでしょう?」
 そう言ってダイチを見た。
「はい、1階に部隊の人間が常駐しています。部屋の方へ誰か寄越しましょうか?」
「いえ、そこまでは結構ですよ。では、お気をつけて」
 ダイアリーの見送りを受けて宿泊施設を出たキサラは、砂埃の舞うウォーター・ポイントを歩いた。正確にはウォーター・ポイントの外周部であったが、それでも町の あちこちに水の出る蛇口が見受けられた。水を使用するのに料金をとられる他ポイントでは考えられない事だった。
「ここは水が自由に使えるんだね」
「そうだね。他ポイントの住人は料金をとられるけど、他ポイントで買うより格段に安いね」
「クロス・ポイントでも水は作っているけど量産がきかないから、どうしても高くなる。足りない分をウォーター・ポイントから買い入れていてもね」
 同じ場所を歩いていても立場が違うと見える物が違うのかとダイチは思った。今、クロス・ポイントで起こっている民主主義運動も立場の違いが見える物を違えている のだろうと感じた。
 広くはない外周部の町を歩き、施設に戻るとダイアリーが1階で待っていた。
「お帰りなさいませ。先程、先方から連絡がありまして会談は午後4時に開催されます」
「何人、中に入る事ができる?」
「代表と私、後は軽武器を装備した者を2名までという事です」
「なるほど。隊長、誰を派遣してくれますか?」
 隣のテーブルでカードゲームに興じていたクラベシーンは辺りを見回し、答えた。
「まあ、誰が行っても問題無いとは思うが、ダイチとアン辺りが適任かな」
「ああ、航海士の彼女ですね」
「アンは何をさせてもこなすからな。俺が行ってもいいが、船に残った方がいいだろう」
「わかりました。お願いします」
「じゃ、それまでポーカーでもしないか?」
「ポーカーですか?」
「おお。これを賭けてな」
 クラベシーンはテーブルに置かれたグラスを見せた。
「酒ですか?」
「一番負けた奴が一気呑みだ」
 それを見ていたダイアリーが止めた。
「ダメですよ。後数時間で会談なんですから。酔っ払っては行けませんよ?」
「問題ない。負けなければいいだけの話だ」
「言うじゃねえか。よし、始めるぞ」
 会談が始まるまでの間、暇つぶしのカードゲームが始まった。

 ぱさ、ぱさとカードが交換される音がしていた。キサラがゲームに参加して10回目のカード交換だった。会談が始まるまで後少し、これが最後のゲームになるのは 明らかだった。
 4人でしているゲームで一度も酒を飲んでいないのはキサラだけだった。クラベシーンも実質負けは無かった。と、いうのも酒を飲む為に、わざと負けただけで、そ れ以外は負けはなかった。
「なかなか強いじゃないか」
「まぐれですよ」
 すでに酔っ払って、ぐでぐでになっている2人は言葉を発する余裕もなかった。
「クラベシーンさんが負けてくれるといいんですがね。お酒には強い様ですし」
「負けて飲む酒は好きじゃないんでな」
 カードが配られ、4人全てにカードが行き渡った時、クラベシーンの口の端が上がった。
「もらったな。コールだ」
 手持ちのコインを全て中央に押し出し、キサラを見た。カードの交換も無しに賭けの為のコインを全て出すのだから、かなりの手だろうと予測された。
「では、こちらも」
 キサラはクラベシーンと同じだけのコインを押し出す。テーブルの上に小さな山を作って、コインが光った。それを見た残り2人の参加者は、あっさりゲームからの 離脱を申し出た。
「これで負けた方が一気飲みだな。カードを変えなくていいのか?」
「問題ありませんよ」
「強気だな」
 不敵に笑う2人の周りを隊員が囲んだ。そして、それぞれの手札をのぞいては唸った。
「では、ショーダウン」
 キサラの言葉と同時に互いのカードが示された。カードの色は互いに赤と黒が入り混じっていた。そして、スートはばらばら。では、示された手は?
「くそ、ツーペアか」
「ワン・ペアには勝てたようですね」
 一斉に笑い声が上がった。護衛隊の隊長はワン・ペアで勝負に挑み、ポイントの代表者はツーペアで、それを退けたのだった。それは、はったりだけの勝負であって 、あきれもしたが2人の肝っ玉の太さを示す手札でもあった。
 隊員達がついだ酒を一気にあおり、クラベシーンはキサラに言った。
「ここまで勝ち続けた奴は初めてだ。帰りの船の中で、もう一戦するぜ」
「お酒の一気飲みが無ければ受けてもいいですよ」
 にやりと笑うキサラにクラベシーンも笑みで返した。
「そうだな、サシの勝負もいいがアンとチェルシーを入れるか」
「お強いんですか?」
「アンは運が強いし、チェルシーは手が読めねえ。面白いぜ」
「楽しみにしておきますよ」
 キサラは挑戦を受けた後、立ち上がり出発の用意をしていたダイアリーに声をかけた。
「では、行こうか」
「はい」
「ダイチとアンさん。すみませんが護衛をお願いします」
 既に用意を終えていた2人は頷き、キサラと共にウォーター・ポイントの中へと入って行った。





続く


クロス・ポイント〜第12回〜


 数ヶ月前に起こった水源のへの立てこもり事件の謝罪にキサラはウォーター・ポイントを訪れていた。ポイントの代表であったから、いきなり射殺といった事は起こら ないとわかっていたが、それでも緊張はしていた。
「キサラ、大丈夫か?」
 僅かに後ろに立っていたダイチが声をかける。
「大丈夫なように見えないのかな?」
「口にする程じゃないけどね。でも、少し心配だ」
「ダイチは心配性だからな」
 そう言って笑顔を見せるキサラの背中をアンがつついた。
「心配してくれる友達がいるのは、ありがたい事じゃないか。感謝しときな」
「そうですね。ありがとう、ダイチ」
「いいんだよ、そんなの」
 三人の小声での会話が終わった時、扉がノックされウォーター・ポイントの代表者であるガイゲ・ヴィオロンが姿を現した。
「お待たせして申し訳ない」
「いえ、そんな事はありませんよ」
 座っていたソファから立ち上がり、キサラはガイゲに向き合う。濃い髭に覆われた顎をなでた後、ガイゲは笑みを浮かべてキサラに言った。
「従兄弟殿とは顔つきが違うな」
「コルドとは似ていると言われるのですが」
「そうかわしておくか。まあ、それは今更どうでもいい事だな」
 ガイゲはキサラに座る様に勧めると自分も腰を下ろした。謝罪の場という事もあり、話を切り出したのはキサラだった。
「この度は親族の者が多大なご迷惑をかけた事を心からお詫びします」
 深々と頭を下げるキサラを見て、ガイゲは満足そうに頷いた。
「謝罪は、それ充分だ。封建制のクロス・ポイントの代表が頭を下げるという事は大きな意味を持つからな。はねっかえりのした事だと突っぱねる事もできたんだしな」
「ですが、なんらかの賠償をしなくては再び何者かが水源を占領しようといった考えを持つかもしれません」
 キサラの言葉にガイゲが窓の外を見た。相変わらずの砂煙で見えるのは白っぽい空だけであったが。
「そういった事件は起こりにくくなるだろうな。君も聞いただろ?インダストリアル・ポイントのハルフェが氷河を見つけたという情報を」
「ええ。運搬する為の砂上艇を作成するとか」
「確かに氷を運搬する程度では水源としては足りない部分もあるだろう。だがな、ウォーター・ポイント以外にも水源があるという事がわかれば、占領する意味も薄れ る」
「では・・・」
「賠償は必要ないさ。まあ、そうだな。どうしてもと言うなら、何か医療関係の情報開示をしてほしいな。こればっかりはクロス・ポイントの独占物だしな」
 必要ないと言っておきながら、しっかり目星はつけてあるところにポイントを預かる者のしたたかが見えた。キサラも予想していたのか、大して驚く事もなしに答え た。
「医療関係ですか。わかりました、ワクチンの製造方法を開示します」
「ワクチンか。風邪などの予防に役立つという医療方法だな」
「ええ。製造する為には鳥の卵などを利用しますが、飼育に向いているウォーター・ポイントなら大丈夫でしょう」
「設備の方はどうなる?」
「クロス・ポイントにある物を提供しても良いですが設計図をお渡しします。インダストリアル・ポイントに製造依頼して下さい」
「それではインダストリアル・ポイントにもワクチン製造の情報が流れるが?」
「もう情報を秘めている時代ではありませんから。それに現在、イル・イゾレでは出生率に比べて子供の生存率が悪い。このままではイル・イゾレの人類は滅亡してし まいます。子供を助ける為にも医療関係の情報は開示されるべきなんです」
「死ぬのは簡単だが、育ちきるのは難しいからな。私の子供も二人死んだ」
 命の源である水が充分あるウォーター・ポイントでもこの状態であったから、他のポイント、特にマイン・ポイントなどは幼児の死亡率が高かった。
「では、設計図とワクチン製造の情報はありがたくいただいておこう。これで次の選挙も安泰だな」
 笑ってみせるガイゲにキサラは複雑な感情を持っていた。自分の暮らすポイントであるクロス・ポイントでは今、民主主義勢力と現政権が対立している。選挙をして 政治部分の担当する者を選ぶべきだという運動が起こっている。しかし、現政権であるキサラの親族はそれに反対していた。既得権益である裕福な暮らしを手放したく ないからだ。
 離れた街を思っていたキサラに知らせがもたらされた。会談を行っていた部屋がノックされ、緊張した面持ちの秘書が報告に現れた。
「クロス・ポイントで民主主義団体が政権に対するテロリズムが起こしました。犯人は逮捕されたとの事ですが、団体側が無実だと主張しデモなどを起こし、ポイ ントが混乱しているとの事です」
 その報告にキサラは青ざめて立ち上がった。
「なんて事を。強引な事をしても騒ぎが収まる筈もないというのに」
「キサラ」
 控えていたダイチがキサラの肩に手を置き、声をかける。その声に青ざめていた表情は改まり、代表者としての顔に戻った。一度、深く呼吸をした後、キサラはガイゲ に申し入れた。
「謝罪に来たというのに恥ずかしいところをお見せしました。ポイントで騒動が起こったようですので、これで失礼させていただきます」
「ああ、早く戻るといい。もし、だが」
「なんでしょう?」
 言葉を切ったガイゲを促すようにキサラは問うた。
「もし、団体がポイントを征服するような事があったら、ウォーター・ポイントに来るといい。代表ではなくとも、君は得がたい人材だからな」
「ありがとうございます。万一の安心材料ができた事で余計な緊張をせずにすみそうです」
 張っていた緊張を緩め、キサラは答えた。
「ダイアリー、急いで戻る。情報収集を続けてくれ」
「わかりました」
「ダイチ、隊長にクロス・ポイントに戻るよう知らせてくれ」
 それに対してはアンが窓の外を示した。
「それは問題無いよ。うちは迅速丁寧確実がモットーだからね。もう船はエンジン回してるさ」
 その言葉の通り、砂上艇のエンジンの唸りが届いていた。


続く


クロス・ポイント〜第13回〜


 親族が居るクロス・ポイントで騒乱が起きている。それを思い、キサラは血の失せた顔で窓の外を見ていた。親族が運営する政権とそれに反発する民、そのどちらにも 負傷者が出たという。
 政権側は住民のテロリズムが騒乱の原因だと言い、住民は政権の猿芝居だと主張する。現段階ではキサラに判別のしようはない。しかし、どちらの言い分も納得できた。
「母達の暴走でなければいいが」
 小さく呟く言葉に苛立ちと焦りが混じる。
 クロス・ポイントでの風潮を思えば、親族が焦るのはわかる。日々、民主主義への移行を声高に叫ぶ団体が住居を取り巻く。いつ、今の裕福な暮らしが奪い去られるか が心配なのだ。
 しかし、テロリズムを演出してみても、どこからか情報は流れるものだし、それで住民が納得する筈がない。徹底的に反対住民を殲滅する恐怖政治を行うしか、今の 状況を自分達に有利に変える事などできない。
 今回、起こったテロが政権の行った芝居であるなら、民主主義への移行を求める運動は革命となり、さらに多くの血が流されるだろう。
(間に合わないのか・・・)
 住民の間で政権移譲の運動が起こり始めた時、いや、それ以前からキサラはひとつの計画を立てていた。国民への政権移譲だった。奪われるのではなく、自分から渡す。 それならば、今の生活より劣る暮らしぶりになろうとも全てを失う事にはならないだろう。それで親族には納得してもらうつもりだった。
 ポイントの代表者になって、まだ2年。ようやくポイントの有力者と顔つなぎができたところだった。キサラの予定では、政権移譲まで後3年はかかる計算だった。
「キサラ」
 心配そうな、おずおずとした声がかかる。声に顔を向けると、湯気のたつカップを持ったダイチが立っていた。
「どうした?」
「紅茶を持ってきた」
「ありがとう」
 カップをテーブルに置いた後も立ち去らずにダイチは居た。キサラの窮地を心配し、何か励ましの言葉を探していたが、誠実なダイチにしてみれば、どの言葉も薄っぺ らに感じられて口にできずにいた。
「大丈夫だよ」
 ダイチの真剣な心配を感じ取り、キサラが先に言う。
「僕は大丈夫だ。僕よりも母や住民が心配だ」
「そうだな・・・。さっき少しだけ情報が入ったんだ」
「それを言いに来てくれたのかい?」
「ああ」
 そこまで言って、ダイチは口をつぐむ。良い情報ではないからだ。
「言ってくれ。知らなければいけない事なんだろう?」
「そうだな、キサラは知らなきゃいけないな。笙子さんが誘拐されたらしい」
「笙子さんが?」
 妻である笙子の誘拐を聞き、キサラは立ち上がる。冷静さを失った訳ではないが、あきらかに動揺の色が見える。歯を食いしばり、拳を握り、窓に近寄る。舞い上が る砂埃で見えない筈のクロス・ポイントを探し、息を吐く。
「笙子さんが」
「街の噂では団体が拉致したという事だよ。この後、政権側に身柄引渡しの要求が出るって噂だ」
「全て噂なんだな?」
「ああ。ただ、笙子さんが行方不明だというのは確定情報だ」
「そうか」
 キサラの視線は窓の外から動く事はない。行方のわからなくなった妻の身を案じていた。妻の笙子はアグリカルチャー・ポイント代表の妹だった。美しく優しい妻は、 親友のダイチ以外では安らぎを与えてくれる数少ない存在だった。
 その笙子が拉致されたとなるとキサラも落ち着いてはいられなかった。
「他に情報は?」
 顔を伏せ、ダイチからの言葉を待つ。
「今のところ、政権側と革命側に大きな死傷者は出てない。とはいっても、十数人の死者は出ているけどね」
「最初の爆破テロで?」
「そうらしい。今は双方距離をとってにらみ合いが続いてる」
「革命・・・か」
「そう伝えられてるよ。謀反、叛乱そんな風には言われていない」
「間に合わなかったか」
 穏健な政権移譲を考えていたキサラにとって、今の状況は最悪だった。どちらも疑心暗鬼になっていて、事件真相の証拠を見つけ提示したとしても信じる者はいない だろう。
 こんな状況で政権移譲を口にすれば、親族には弱気と取られ、革命軍側にはテロの自作自演を認めたと取られる。どちらも得策ではない。
「どちらにしろ、一度執務室には戻らなくてはいけないな・・・。ダイチ」
「何?」
「今回の依頼はクロス・ポイントとウォーター・ポイント間の護衛だ。依頼の延長はできるかい?」
「俺からは何とも言えない。隊長に聞いてみないと」
「そうだな。隊長に連絡をとってもらえないか?」
「わかった」
 ダイチは走って部屋を出ると、隊長のクラベシーンに連絡をとる。

「なるほど。護衛の延長な」
「どうでしょうか?今、混乱している以上、報酬のお約束は確定ではありませんが」
「まあ、そうだな。行ったはいいが、もうポイントが落ちていたら報酬なんざ、手に入らないしな」
 クラベシーンは腕を組んで答える。それには同席しているメンバーが頷く。現状では革命軍に勢いがある。既得権益を守りたい現政権側の人間も、命がかかれば簡 単に態度を変えるだろう。
「どうなんだ、政権側の戦力は?」
 クラベシーンの問いにキサラが答える。
「重武器や砂上艇は政権側しか所有を許可していない。しかし、他のポイントから入手をしていたり、政権側から横流しされている可能性は否定しきれない」
「そうだろうな。引き受けるなら少数人数の隠密行動だな」
「引き受けてもらえませんか?」
「引き受けるしかないな。お前以外の人間がトップだと騒ぎが大きくなる。死人の数も多くなるだろうし、他のポイントにも騒ぎが飛び火するだろう」
「それでは」
「護衛の延長、引き受けよう。仕事は執務室までの護衛。報酬は危険度も考えて、1000万、どうだ?」
「わかりました」
 今、クロス・ポイントの状況を考えればキサラが革命軍と接触するのは問題だった。テロが政権側の自作自演だという噂が出ている以上、ポイント代表者のキサラは 犯人の一味でしかないからだ。
「俺達がキサラの護衛をしているという情報は流れているという前提で動く。そこで砂上艇を囮にして、護衛する人間はエア・バイクでポイントに侵入する。キサラに は変装してもらうぜ」
「わかりました」
「ダイチ、服を貸してやれ」
「はい。キサラ、部屋に来て」
「ああ」
 ダイチに続いて、ブリッジを出るキサラを見送り、クラベシーンは部屋に居るメンバーに指示した。
「アンはポイントに潜入する人間の選出。チェルシーは砂上艇の管理を頼む」
「メンバーに隊長とダイチは入れていいんだね?」
「構わん、好きにしろ」
「了解」
 慌しくなった船内でクラベシーンはこれからの作戦を考え始めた。


続く


クロス・ポイント〜第14回〜


 騒乱の続くクロス・ポイントに砂上艇が近づく。ポイント代表であるキサラが乗っているという情報はすでに流れていると、護衛団の隊長クラベシーンは考えていた。 それを踏まえて、砂上艇をおとりにして移動している。本命はキサラを連れた少数の護衛の乗るエア・バイクだった。
「ありがたい、砂嵐が始まった」
 キサラを後ろに乗せたクラベシーンが言う。
「潜入しやくすくなりますね」
 仕立ての良い服から薄汚れた戦闘服に着替えたキサラが応える。髪も乱し、武器も所持している。ちょっと見ただけでは、クロス・ポイントの最有力者だとはわからな い格好だった。
「ダイチのけつに乗ってた方がいいだろうが我慢してくれ。アンの野郎が持っていっちまいやがってよ」
「気に入られてますね」
 小さく笑うキサラにクラベシーンも笑う。
「家族の前でプロポーズした位だからな、アンは」
「プロポーズですか」
「ああ。妹もアンを気に入ってるみたいだ」
「ダイチは奥手だから、アンさんの様な方が良いですよ」
「かかあ天下だけどな」
 前を走るダイチ達を見やり、クラベシーンはアクセルをふかす。エア・バイクを併走させて、声をあげる。
「おい、道を外れるぞ!」
「了解!」
 砂上艇に合図を送り、クラベシーン達は大きく砂漠へと進路を変える。どれだけクラベシーン達の腕がたつとしても、クロス・ポイントの施政部の建物に正面から 入る事はできない。
 そこでキサラが示した地下通路を使う事にしたのだ。その地下通路とはキサラの一族、つまり施政部上層部しか知らない通路だった。
 元々、クロス・ポイントは宇宙船をベースにした街である。巨大な宇宙船は、その体を地面にめり込ませて着陸している。施政部は、いざという時の脱出路として 地面にめりこんだ宇宙船の下部ハッチから地下通路を掘っていた。
 警戒しながら地下通路のある筈の場所へ向かうと、そこは一面の砂だった。
「無いね」
 エア・バイクを止め、周囲を見回したアンが言う。確かに小さな砂山はあっても、扉などといった物は見当たらなかった。
「あそこです」
 エア・バイクから降りたキサラは腕にしていた時計を見て、指し示した。
「何も見えないけど」
「今、出します」
 キサラは時計を操作すると、地面が割れ、砂が飲み込まれていった。小さな穴が開き、そこにスロープがあるのがわかった。
「さすがクロス・ポイントだ。そんな小さな機械で操作できるとはな」
「外部から扉を開ける事ができるのは、代々当主だけなんです。機械も、これ一つです。インダストリアル・ポイントと違って、製作できる人材が居なくて」
「色々と問題ありだな。ま、その改革は後だな。じゃあ、エア・バイクは任せた。行ってくる」
 同行した部下にエア・バイクを任せ、クラベシーン達は地下通路へと足を踏み入れた。
 ざりざりした砂が散らばるスロープを降り、平らな通路に到達すると暗闇に目をこらした。秘密の通路とされているが、秘密がいつまでも秘密であった試しは無い。 この通路が掘られて、すでに100年以上が経っている。その間に工事に携わった人間が秘密をもらしている事は十分考えられる事態だった。
「暗いね」
「明かりを点けます」
 キサラの言葉通り、通路を照らすライトが点いた。浩々としたものではなかったが十分な明るさをもつライトは、ダイチ達の前進を手助けした。
 砂漠の入り口からポイントの中心部にある施政部の建物までは、かなりの距離があった。そして、景色の変わらない長い通路は距離感を失わせる。警戒しながら進む ダイチ達は無言であったから、精神的なストレスは静かに積み重なっていった。
 とはいえ、歴戦の兵であるクラベシーンとアンには、まだまだ余裕があった。
「大丈夫かい、2人とも」
 前に立つアンは振り返らず言った。足音の響きかと聞き逃しかけたダイチは慌てて答えた。
「はいっ、大丈夫です」
 手にした銃を握りなおし、ダイチはキサラを見た。キサラは笑顔を見せると小さくうなずいた。
「今、500って所だな。何かしかけはあるか?」
 殿を務めるクラベシーンがキサラに訊いた。
「基本的に出入り口にしかありません。緊急脱出路ですがから、逃げる自分達が手間取ると困りますから」
「なるほど。その通りだな」
「そのしかけも私が持つ操作デバイスがあれば問題ありません。後、100メートルも行けば、出口です」
 キサラの言う通り、通路の終着点が見えてきた。しかし、その終着点は壁になっており、ドアはなかった。
「どこから入るんだい?」
 親指で壁を示すアンにキサラは操作を始めた。小さな電子音が聞こえる中、クラベシーンの持つ通信機が急を知らせた。ドアの操作の停止を手で知らせ、クラベシーン は連絡をとった。
「どうした?」
 通信機の向こうから聞こえたのは砂上艇に残ったチェルシーの緊迫した声だった。
『戻ってください。施政部の建物は占拠されました。それと施政部上層部は自害をしました』
 その通信にキサラは目を見開き、拳を握った。
「わかった、すぐ戻る。砂上艇は狙われていないのか?」
『戦闘の最中です。ポイントの軍部が革命軍に協力したんです』
「厄介だな。逃げられるか?」
『大丈夫です。今後の連絡は落ち着いてから取ります』
「わかった。じゃあな」
 通信を切ると、クラベシーンは指示を出した。
「戻るぞ。これからの事は本隊と合流してからだ」
 元来た道をわずかに進んだ時、背後で音がした。
「走れっ」
 殿のクラベシーンの声にダイチ達は振り向かずに走り出した。それと同時に閃光が放たれる。
「逃がすな!」
 複数の声と共に銃声が響く。クラベシーンの放った閃光弾が目を眩ませたのか、ダイチ達に致命的な傷を負わせる事はなかった。
「待ってやがったか」
 一撃目を逃げ延びたダイチ達は全速力で砂漠の出口へと走り続けた。




続く


クロス・ポイント〜第15回〜


 ひそかに潜入するはずの行動は敵に読まれていた。秘密の通路は暴かれ、クロス・ポイントを治めていた上層部は自害を選ぶしか道を残されていなかった。その情報を 知らされたダイチ達は潜入をやめ、脱出に切り替えた。
 薄暗い秘密通路を走るダイチ達は後方から聞こえる追っ手の足音で、距離をはかっていた。
「そんなに練度の高い部隊じゃねえな」
「あれ、一応軍なんだろ?」
 クラベシーンの感想とアンの問いを聞いて、キサラは答えた。
「はい、軍です。訓練もしていますが、やはり実戦経験のある者は少ないですから」
「少ないかい」
 距離が近づくとアンは振り返りざまに銃弾を放つ。その度に追ってくる兵は立ち止まり、大げさに身を伏せる。キサラの言う通り、実践経験が多いようには見えな かった。
「クロス・ポイントでは兵という仕事は比較的地位の高い者が付きます。武器などを持つと今回のような事件が起こった時に敵側に助力すると思われたからです」
「で、練度が低い理由は?」
「反乱を防ぐ為、そう考えての採用でしょう。しかし、地位が高いというのは厄介なものです。『戦うなど下賎な者に』そう考えて、実際の警備や戦闘は外部へ発注する 部隊が多いのです」
「傭兵を雇うって事か。まあ、おかげで俺達の懐は潤ったけどな」
 アンが追いついたのを確認し、ダイチ達は逃走を続けた。今のところ、砂漠でエア・バイクを守る隊員からの連絡はない。そちらに兵が向かっているといった様子は なかった。
 靴音の日響く通路を走り、砂が吹き込むゲートを駆け上がった時、ダイチ達の目の前に砂上艇がそびえていた。
「こいつ・・・ミラージュ?」
 砂とかげと異なり、船体に所属を表すペイントは無い。しかし、今まで得た情報から目の前の砂上艇が砂賊ミラージュの物であると判別できた。守られていた筈の エア・バイクは姿を消し、乗り込み口を守っていた兵が連絡を取っていた。
「ちっ、革命軍に乗り換えたかい?」
 銃を構えるアンをキサラが止めた。
「少し様子を見ましょう」
「どうしてだい?」
「ミラージュの代表とは何度か会った事があります。話が通じない相手じゃない」
「何度か会った?どういう事だい?」
 驚くアンにキサラが説明した。
「砂賊ミラージュは本来、各ポイントが共同で運営している団体なんです。各ポイントで賠償が必要な事件や事故を起こした時、水面下で支払う為にミラージュに商隊を 襲撃してもらうんです。そして、その商隊の荷物が賠償金になる」
「なるほどね。だから、今までミラージュが襲った商隊に死人が出なかった訳か」
「殺すつもりがありませんからね。それに襲われる商隊も事情を知っている者ですから」
 キサラの説明が終わった時、乗り込み口から数人の影が現れた。それはエア・バイクを守っていた仲間と見知らぬ女だった。
「お久しぶりです、キサラ」
「元気そうだ、カリヨン」
「話は後です。とりあえず乗ってください」
「わかった。行きましょう、皆さん」
 歩き出すキサラに手を伸ばしかけて、ダイチはクラベシーンを振り返った。
「乗るか。後ろから追っ手も来てるしな」
「ふさいでおくかい?」
「そうしてくれ。後で掘り出せる程度にな」
「難しい注文をするね」
 アンは手持ちの爆弾を選び、脱出路に仕掛けると遠隔操作で爆破させた。追っていた兵の叫び声が聞こえたが、それには小さく笑っただけだった。
「どうですか?」
「尻尾を巻いて逃げたようだよ。さあ、私達も乗せてもらおうじゃない。高名な砂賊ミラージュの本丸だ」
 キサラ達に続いてダイチ達が乗り込むと、砂賊ミラージュの砂上艇がゆっくりと動き出した。案内されたブリッジは艇入れが行き届き、乗り心地は良さそうだった。 ゆっくりと動き出した砂上艇に追っ手はかからなかった。
「取りあえずは無事に脱出できましたね」
 艦長席に座ったカリヨンはキサラ達に椅子を勧め、説明を始めた。
「今回、皆さんを迎えにあがったのはアグリカルチャーの代表から依頼があったからです」
「美琴さんが?」
「はい。すでに笙子さんも保護し、お連れしています」
「そうか」
 妻の美琴が生きていると知り、キサラは安堵の息を吐いた。砂賊ミラージュが美琴を連れているという情報は得ていたが、どの勢力に所属しているかわからない状態 だった為に、安心できずに居た。
「しかし、私達を助けると後が困るのではないのかい?」
「まだ代表は生きてますから」
 意味ありげに笑うカリヨンにキサラも苦笑する。これだけ立場が悪くなっていても、逃げ出す事を許されないとわかり、気合を入れなおした。
「わかった。では、これからどこに向かうんだい?」
「まずはコーラスと合流します。連絡をとった所、追っ手を振り切ったとの事ですから問題ないでしょう」
「その後は?」
「アグリカルチャーへ向かう予定です。依頼人への引渡しをもって任務は完了です」
「わかった。それまでよろしく頼む。本来の任務以外の仕事をさせてすまない」
「報酬に上乗せを約束してもらっていますから」
 砂嵐の中、ミラージュの砂上艇は周囲を警戒しながら、アグリカルチャーポイントに向かって走り続けた。




続く


クロス・ポイント〜第16回〜


 クロス・ポイントで始まった革命。人によっては反乱と言うだろうが反政府側が勝利した時点で反乱は革命となった。戦としての勝利は革命軍側にあったが、クロス・ポイ ントの代表はまだ生きていた。
 そして、生き残った代表を支持する市民が多い事が事態を不安定にしていた。
「キサラ、これからどうする?」
 親友のこれからを心配し側にいたダイチは小さな声で訊いた。
「これから、か。ポイントを奪い返すには軍事力も財力も無い。どうしたものだろうね」
 いつもとは違う疲れ笑顔を見せるキサラにダイチは視線を伏せた。力になりたいと思っても、一介の傭兵の身ではできる事に限界がある。それを認識していたから、何も 言えなかった。
 そんな誠実なダイチの仕草にキサラが答えた。
「僕個人の事をいうなら、それほど深刻な問題はない。アグリカルチャー・ポイントに亡命すればいいんだから。今回、救出してくれたという事は受け入れてくれる可能性は 高い。ただ、クロス・ポイントを取り戻すとなると厄介だね」
「できるの?」
「できなくはないだろうね。全ては出世払いになるけれど、各ポイントから資金を援助してもらい、傭兵を雇う。そして、ポイント奪回後に資金の返済とクロス・ポイントの 技術供与を行えばいい」
「各ポイントはのってくれるかな?」
「のるだろうね。このまま、革命軍がクロス・ポイントを治めたとして結局の所は上層部が変わるだけで施政内容自体は変わらないだろう。他のポイントに対して有利に 働く技術部分を公開するとは思えないからね。だけど、今のところ正当な代表者である僕を援助すれば技術の入手を狙える」
「傀儡って事になるかもしれない」
「そう、問題はそこなんだ」
 疲れた笑顔から徐々に統治者の顔に戻る。やはり生まれついての統治者なのだろう。
「無事にクロス・ポイントを奪回したとしても売りである部分の技術が流出したら今後、クロス・ポイントの地位は落ちる。全ての資源は他のポイントにあるんだから。 つまりクロス・ポイントの市民の事を考えると僕が代表者に返り咲く事は必ずしも良いとは限らない」
「でも、そうなると亡命の話も」
「そうだね。傀儡にすらならないんじゃ助ける価値は低くなる。後は情に頼るしかない」
「笙子さんの実家だから」
「まあね。それに一度迎え入れた者を『自分達の利益にならないから』と追い出すのは世間体が悪い。証人に高名なコーラス隊もいる事だしね」
「そうなのかい?」
「相変わらずだね。傭兵隊コーラス、特に隊長はポイント代表者と同じ位、発言力があるよ。なにせポイントが安全に暮らすには傭兵隊の力無くしては成り立たない」
「そうなんだ」
「隊長のクラベシーンさんが気さくな方だから実感がわかないだろうけどね」
 先日、遊んだカード対決を思い出しキサラは懐かしそうな顔をした。その時、タイミングを計ったかのように声が聞こえた。
「そんなに偉かったんだな、俺は」
「あ、隊長」
 砂上艇の狭い応接室のドアが開き、クラベシーンが顔を出した。
「もうすぐ俺達の船と合流する。どうする?こっちに乗ってるか?」
「いえ、そちらに移ります。あの船は落ち着きますから」
「変わった趣味だな。ミラージュの船の方が綺麗だと思うがな」
「クラベシーンさんも戻られるのでしょう?」
「俺の船だからな。汚くても戻るさ」
「いいですね、自分の物があって」
「クロス・ポイントは違うのか?」
「あれは僕達一族の物ではありませんよ。占有して勝手に私物化した物です」
 その言葉を聞き、クラベシーンは思いもかけない事を口にした。
「キサラ、お前傭兵にならないか?お前は頭もいいし、カリスマもある。それに俺にカードで勝つ運もある」
「傭兵、ですか?」
「ああ、そうだ。お前なら、コーラスの跡を任せてもいい」
「隊長、いきなり何を」
 突然の事にキサラ本人より、側に居たダイチの方が慌てていた。
「いい考えだと思わねえか?ダイチ。俺だって、いつまでも居るとは限らない。アンは腕っ節は最高だが突っ走る、チェルシーは頭はいいが本人にその気がない。ダイチも 悪くないんだが、いかんせん本人に自覚が無い」
 ちらりと見られ、ダイチは慌てた。
「俺が隊長?無理ですよ、そんなの」
 慌てるダイチに肩をすくめ、クラベシーンはキサラに言った。
「まあ、こんな風に頼りない奴なら『しょうがねーな、面倒みてやるか』ってな風に保護欲がわくってとこもあるんだけどな。どうだ、キサラ?」
「魅力的なお誘いですね」
「考えておいてくれ。さて、そろそろ合流だろう。行くぜ」
 キサラを元気付ける為の方便が半分、優秀な後継者獲得が半分の勧誘は効果があったようだった。




続く


クロス・ポイント〜第17回〜


 自分の城である砂上艇に戻ったクラベシーンは玉座ともいえるシートに腰をおろした。
「チェルシー、面倒かけたな」
「いつもの事ですから。今回の事で砂賊ミラージュと面識ができたのは結果的に有益ですし」
「相変わらず冷静だな。アン、行き先はアグリカルチャーでな」
「あいよ」
 アンは砂上艇の行き先をアグリカルチャーに向けた。砂賊ミラージュの旗艦と並び走る艦内でチェルシーがクラベシーンに報告した。
「今回のクロス・ポイントの革命ですが」
「何か面白い事でもわかったのか?」
「はい、かなり」
「もったいぶるな」
 体をチェルシーへと向け、クラベシーンは言った。元来、好奇心が旺盛なクラベシーンにしてみれば面白い事となれば革命の理由でも何でも興味があった。
「実は今回の革命は預言だというのです」
「預言、予言どっちだ?」
「神託の方です」
「そいつは初耳だな。どこの神様だ」
「そこまでは。その預言の内容ですが、要約すると『箱舟が天へと向かう。罪なき者は新たな聖地へと迎え入れられるであろう』という事ですよ」
「革命と関係あるって事はクロス・ポイントが浮上するって事か。無理だったんじゃねえのか?今の稼動状態がやっとだと聞いたがな」
「あくまで噂です。ただ・・・これだけ人を殺しておいて、罪なき者を名乗るのは恥知らずですね」
「怒ってんじゃねえの、チェルシー。よし、キサラに訊くか」
 クラベシーンはキサラを呼ぶと単調直入に訊いた。
「クロス・ポイントって飛べるのか?」
「飛べない、とは言えませんね。大々的な改修を行って、部品の三分の一を交換すれば大丈夫でしょう。宇宙空間に行く事も可能ですよ」
「どれ位の時間と人手がかかる?」
「先に答えるとすれば人手ですね。インダストリアルの優秀な人材を全て使う事ができれば、一年はかからないでしょう。とはいえ、インダストリアルがクロス・ポイ ントの優勢を強化する為に、それだけの人手を貸すとは考えにくい。それに宇宙船を直して、何をするかがわからない」
 キサラの答えにクラベシーンも頷いた。
「それでだ。クロス・ポイントに神の声を聞いちまうようなイカした奴はいたか?」
「宗教家ですか?」
「ま、何でもさ」
「宗教家はいましたが、そういった預言だといった事を口にする者はいませんでしたね」
「そうか。チェルシー、言い出した奴の情報はあるか?」
「オックスという人物のようです。預言という形で広めたのは別の人物のようですが」
「心当たりはあるか?」
「オックス・・・。オックス・バーズですか?」
「そうでうね。クロス・ポイントの通信部長が肩書きです」
 チェルシーの返答にクラベシーンは面白そうに言った。
「なるほど、連絡に神様の声でも入ったか。それに星にいる人間全てを乗せて飛ぶには、船は小さすぎるな。こんな星でも人口は増えた」
「では、どこか他の星や宇宙船から?」
「可能性はあるな。預言だという事にして、人を減らしている可能性はある。狂人のする事だとな」
「しかし、それでは内部での・・・クロス・ポイント住人達の信頼を得られないのでは?」
「それはある。だがな、今のイル・イゾレの状態は良いとは言えない。クロス・ポイントはマシだが、他のポイントは辛いもんだ。そこへ聖地へ行ける船があるという なら期待する人間もいるさ」
 今回の革命の裏が垣間見えた事で対策も考えられる。
「何にせよ、もう少し調べる必要があるな。それと相手は通信部だ。生半可な通信機じゃ傍受されちまう。一度、インダストリアルに行って対策練る必要もあるな」
「隊長」
「なんだ?」
 チェルシーの声にクラベシーンは振り向いた。
「私達がする仕事でしょうか?」
「違うってのか?そんな筈ねえだろ。キサラをクロス・ポイントの施政部まで送り届けるのが依頼だぜ?今、クロス・ポイントを牛耳ってる奴らの事を調べないで、ど うする。それに、お前だって革命軍の事、気に入らねえんだろ?」
 ブレーキ役を自認していたチェルシーだが、クラベシーンの言葉は本音を言い当てていた。チェルシーは小さく息を吐き、答えた。
「確かに依頼は、そうでしたね」
「だろ?キサラ、まだ依頼は生きてるか?」
「もちろん。よろしくお願いします」
 アグリカルチャー・ポイントの陰が見えた時、これからの方針が決まった。




続く


クロス・ポイント〜第18回〜


 今回のクロス・ポイントで起きた革命の裏が見え始めた。惑星イル・イゾレを脱出する、それが骨子だった。イル・イゾレに点在する居住地の中で唯一、クロス・ポイント だけは異様だった。宇宙船を利用しているからだ。
 荒廃した地球を脱出した移民団は長い年月を経て、イル・イゾレへと辿り着いた。この星が荒廃した地球とどれだけの違いがあるかはわからなかったが、長年宇宙船に 閉じ込められた者達が再び飛び立つ事はできなかった。
 機体の疲弊を理由にイル・イゾレで暮らす事を決定した上層部は宇宙船の状態を隠し通した。修理如何では再び宇宙に飛び立てる事は秘伝としたのだ。そして、それを 知っているのはクロス・ポイントを治める者数人となっていった。
 そして、長い年月が過ぎ、すでにイル・イゾレが故郷となっているキサラ達にしてみれば、宇宙船を修理して、どこともつかぬ場所へ飛び立つつもりはなかった。しかし、 そうではない者も居た。それがクロス・ポイントの通信部長オックス・バーズであった。
 施政部の圧政を理由に起こした革命の裏に、クロス・ポイントを宇宙へと飛翔させる為の目論見を進めていた。
「これで厄介な奴らはいなくなったな」
 今や、革命軍の本拠となった通信部でソロジーはオックスに言った。数ある傭兵団の中で一二を争うと言われたサイオック隊を率いていたソロジーはイル・イゾレ脱出の為に仲間を 裏切り、力を持つ為に砂賊である砂とかげを二分して、配下にした。
「あなたが協力してくれたのは意外でしたよ。サイオック隊のソロジーと言えば、仁義に厚く無用な争いは好まないと聞いた」
 オックスの言葉は本心であった。
 クロス・ポイントの上層部を一掃し、ポイントを浮上させるのは困難な事であった。何故ならにイル・イゾレは荒廃した星ではあるが、 上層部の人間は何一つ不自由する心配はない。しかし、一度宇宙に浮上すれば自分達を養う民は単なる乗組員になり、代表の何のと持ち上げる者はいなくなるだろう。
 上層部がそんな事を許すとは思えなかった。だから、オックスは預言を擬して革命を起こし上層部を皆殺しにする必要があった。
 そして、その力を持っているのはクラベシーン率いるコーラス隊かソロジー率いるサイオック隊だけだった。
「仁義など知った事ではない。そうした方が信頼を得られると思っただけだ」
 そう言ってはいたが、ソロジーの表情は苦りきっていた。そして、オックスはソロジーが革命軍に力を貸した理由もわかっていた。
 ソロジーには娘が居る。目に入れても痛くない程の可愛がり様で生活にも学業にも困らないようにと心を砕いていた。しかし、砕身しても防げない事もある。病に 倒れたのだ。
 このイル・イゾレで満足に治療を受けようと思えば、クロス・ポイントで高度な治療を受けるしかなかった。ソロジーも金は溜めていたが、医者に対するコネが無かっ た。金がどれだけあっても駄目なものの一つだった。
 怪我に対する治療は傭兵団を率いる者だけに、いくらかコネはあった。しかし、病気であり、しかも不治と言われるような病気を治せる医師には全く心当たりが 無かった。
 ソロジーは手を尽くして治療の手段を探した。そして、その無数の連絡をクロス・ポイントの通信部でオックスは耳にしたのだ。
 そして、言った。
「娘さんを助ける方法が・・・」
 ソロジーは今まで培ったもの全てを捨てて、オックスの計画に乗った。自分を慕って戦う部下を偽りの計を持って皆殺しにした。足跡を消す為だった。そして、素性を 偽り、砂とかげに入り込み手勢を持った。そして、クロス・ポイントでの革命を起こした。
 かくして、ソロジーはクロス・ポイントの中枢部に座る事ができ、娘の治療も始まった。これで問題は解決した筈だった。だが、失ったものの大きさにソロジーが心を 痛めていたのも事実だった。オックスに言ったが、ソロジーにとって仁義は重いものだった。傭兵団という命のやりとりを生業とする以上、仲間同士の信頼や依頼主を 含む住民の協力は必須だった。そして、それを元にするのは仁義だったからだ。失ったものと娘の命を天秤にかけ、後悔はしない。だが、死なせてしまった者達への 謝罪の気持ちはソロジーを満たしていた。
(娘の病が癒えたら、罪を償う・・・か)
 公の場で革命の真相を話す事はできない。また、自分の経歴を話す事もできない。そうなれば、宇宙船が飛び立つ事は難しくなるし、残された娘がどうなるか、わかった ものではなかった。つまり、死を持って詫びるつもりであった。
「そうそう。迎えの船団は後三月もすれば到着します。それまで警備をよろしくお願いします」
「わかった。それにしても、宇宙か・・・。想像もつかんな」
「私もですよ。ですが、その先にイル・イゾレとは比べられない程の緑の星があるとの連絡です」
 長らく荒れた星で暮らし、生きる事が最優先課題となっていたイル・イゾレでは平常の教育もままならず、ましてや宇宙などという大きな事象を一般人が教えられる 事はなかった。イル・イゾレ以外の星を見つけた船団からの連絡を受け取ったオックスでさえ、最初は戸惑いを隠せなかった。
 全ての住民をイル・イゾレから連れ出せるだけの容量をもつ宇宙船があれば問題は無かった。そして、迎えに来る船団の数も少なかった。聞いてみれば全住民の三割を 連れ出せれば良い方だった。それだけにオックスはパニックを恐れた。一度、イル・イゾレに残されれば再び迎えの船が来るとは限らない。ましてや、再度来る為の時間が 三十年以上かかるとすれば悠長に待つ者も少ない筈だった。次回の船を待ち、緑なすという星へ到着するには四十五年もの時間がかかるのだ。生まれたばかりの子供なら ともかく、壮年の者であれば新たな星に到着できるかどうかも危うい。
 かといって、若者、子供だけを残す訳にもいかなかった。イル・イゾレの悪い環境で生き残れるとは思えない。待つ方も送る方も今生の別れを覚悟する事になる。そう なれば、先を争って宇宙船に乗り込もうとするだろう。多くの人死にが出る。
 そこでオックスは預言という怪しげな手段をもって、人員の選別にかかっていた。優秀かどうかなど問題ではなく、警戒してクロス・ポイントに入る事を躊躇えば、そ れで良かった。彼に住民を現在の窮状から救うなどという志はなかった。
 そして、迎えに来る船団に余裕は無く、また何百年離れて暮らしていた者達が同じ人類だという自覚も薄れていた。無理をしてでも救い出そうという気概はなかった。

 後三月で一応の混乱は収まる。旅立つ者、残された者どちらにしても。




続く


クロス・ポイント〜第19回〜


 クロス・ポイントの革命がイル・イゾレ脱出を目的としたものだとわかり、クラベシーン達は対策を練っていた。
「革命軍と事を構える為の用意にインダストリアルに向かう訳だが、あいつらも来るんじゃねえのか?」
 クラベシーンは隊長席にもたれかかって言った。艦橋に居た者は、それぞれに感想もあるらしく視線を向けた。革命軍の本来の目的である惑星イル・イゾレからの脱出に 必要不可欠なのは宇宙を航行できる船であった。本拠地としているクロス・ポイントは元々が恒星間航行を可能とする宇宙船であるから、基本は問題なかった。現在は機体の 痛みが激しい為に修理を必要としているが。
「確かに手っ取り早く終わらせるなら、インダストリアルの技術者を引っこ抜くのが楽だろうね」
 アンは操縦桿を操りながら答えた。機械関係の技術者はクロス・ポイントにもいるが、質と量ではインダストリアルに負けている。
「ですが、今回の革命の真実を知らさなければ協力する者は少ないのではありませんか?単に『来てくれ』では頷く者は少ないでしょう」
 チェルシーは情報収集の為の通信を傍受しながら、意見を述べた。
「まあ、家族の安全と相応の報酬があれば動くかもな。今はマイン・ポイントで古代文明の機械類が出たって事で立場も弱くなってるからな」
「このまま行けば、原料のとれないインダストリアルはジリ貧って事か」
 現状を言い当てているアンにクラベシーンは応えた。
「そういう事だ。インダストリアルの住民全てが技術者って事はない。六割は商業やら土木、その他色々だな。そういった奴らは置いてきぼりだろうがな」
「宇宙船内部の運営はどうするんですか?長期間暮らすなら、そういった技術なども必要では?」
 通信の周波数を合わせながら、アンが訊く。
「必要だな。ただ、誰彼なく教えてたんじゃパニックになる。そこら辺を抑える為に宗教的な噂話を広げているんだろう。そういう話を信じる奴らは基本的に勤勉だ」
「宇宙ねえ。行ってみたくはあるね」
「興味あるか?」
「だって、面白そうじゃないか。これだけ長く傭兵家業をしてると、もうこの星のほとんどは見たからね。後、見てないのは両極位さ」
「それには同感だ。ただ、やり方が悪いな。あんだけ人を殺して、ただですむと思ってるのが気にいらねえ」
 カンッと踵を床に当て、クラベシーンは言った。
「思ってないからこそ、オックスはソロジーを雇ったのではないですか?・・あ」
「だろうけどな。どうした?チェルシー」
 小さく声をあげたチェルシーにクラベシーンが問う。
「インダストリアルとクロス・ポイントの通信を傍受。スピーカーに流します」
 手元のスイッチを押すと、チェルシーが傍受していた内容がクラベシーン達にも聞こえた。それはインダストリアルの技術者がクロス・ポイントへ移動するという連絡 だった。その人数はインダストリアルの技術者の80%に達していた。
「さて、どうなるか。技術者だけじゃなく家族も移る筈だ。周囲に説明する筈もなし、騒動が起こるな」
「出発時間等から計算すると、インダストリアルから50キロの地点で鉢合わせです。この人数の移動と逆行するとなると少し危険ですね」
「とはいえ、クロス・ポイントが出すこれ以上のレベルの機密情報を傍受するには、インダストリアルに行くしか・・・。マインで何とかなるか?」
「マイン・ポイントの代表が私達の話を信じてくれれば、何とかなるかもしれませんが。現在、発掘されている古代文明の機器類の中に通信系の物があればの話ですし」
「どうしたもんかな。そういえば、インダストリアルの代表はどうなんだ」
「今まで傍受した情報の中には、それらしいものはありませんでした」
「それに、今流れている通信も代表の声じゃないな」
 インダストリアル・ポイントの代表ハルフェ・ハープでない事は明らかだった。
「代表と幹部連の仲は良くないという噂でしたから、話しから外されているのかもしれませんよ」
「って事は残り20%の技術者もハルフェ派か」
「だったら、ずばっと会ってみればいいんじゃないのかい?インダストリアルで一番腕がいいのは代表なんだろ?」
 アンの意見にクラベシーンは頷いた。
「そうだな。代表には一度会った事があるが、結構は話は通じそうだったな。アン、群れと遭遇する直前で街道から逸れてくれ」
「了解」
 砂上艇の操縦を自動に切り替え、アンは進路の計算を始めた。

 一方、キサラは妻である笙子の来訪を待っていた。笙子はクロス・ポイントで起こった革命の最中、無事脱出し、姉のいるアグリカルチャー・ポイントに辿り着いて いた。
 当初、騒乱中のクロス・ポイントへ潜入しようとしていたキサラ達であったが、進入を革命軍に察知されており、目的は達成できなかった。そして、一旦アグリカル チャーへ引き、体勢を整える予定だった。
 しかし、革命軍の本来の目的がわかった時点で目的地をインダストリアルへと変えた。革命軍の行動を阻止する為に必要な機器を入手する為だった。
 その事をアグリカルチャーに居る笙子へ伝えると、彼女はキサラと合流すると言い出した。危険な行程だからとキサラは止めたが笙子は受け入れなかった。数人の 護衛をつけ、キサラの居るクラベシーン隊へと向かっている。
「心配?」
 キサラの護衛を言いつけられているダイチは尋ねた。親友という事もあり、キサラもクロス・ポイント代表としてではなく、私人として答えた。
「まあ、ね。でも、笙子さんは私が思っているより何倍も強い人だから大丈夫だろうけど」
「え」
「・・・アンさんの様な強さじゃないよ?心配しなくてもいい」
「え、いや、別に」
 強い女性と聞くとダイチにはアンが思い出されるらしい。ダイチもアンが嫌いという訳ではなく、ただパワフルさに押されているという自覚があるだけだ。くすくすと 笑うキサラにダイチは少しふくれて見せた後、質問した。
「今回の事件。とりあえず収まったとしても、向こうの星から人が来るからには、また考えなくちゃいけない事だよね。どうする、キサラは。行ってみたい?」
「他の星を見てみたいという点ではね。イル・イゾレは荒廃した土地が多い。私のように恵まれた環境の人間はともかく、他の人はやってくる宇宙船に乗りたいだろうね」
「全員は無理、だけど」
「そうだ。だから、困ってもいる。パニックを起こさせない為に内々で処理しても、空から来訪者がやってくる。どうせ、暴露される事だ。だからといって、迎えに来る 人達が何十年も出発を待ってくれるとは思えない」
「どうなるかな」
「それはわからないさ。ただ、どうするかは決める事ができる」
 目的を見失いそうになっていたダイチはキサラの強い意志に触れ、気を取り直した。
「キサラは、どうするつもりなんだい?」
「インダストリアルに向かう訳だけど、その後、マイン・ポイントで話を聞いてみたい」
「何を?」
「今、発掘されている物の中にテラ・フォーミング関係の機器があると聞いた事がある。それが本当なら、この星を改良する事ができる。それを公表すれば、イル・イ ゾレからの脱出船への殺到を緩和できるかもしれない。何せ、向こうの星に到着するのにかかる時間は並じゃないだろうからね」
「宇宙船の中で何十年ってのは確かに嫌だな」
「ダイチは、どう?向こうの星に行ってみたいと思う?」
 キサラに聞かれ、ダイチは眉間に皺を寄せた。
「難しいよ。一年で行って帰ってこられるなら迷わず行くけど、もう戻ってこられないなら考えてしまうな。この星は暮らすには大変だけど、他の星を知らない。だから、 知らない間は迷う。それに、自分一人で行っても仕方ないしね」
「寂しい?」
 からかう様なキサラの声にダイチは素直に頷いた。
「寂しいよ。確かに新しく友達をつくる事はできるだろうけど、キサラが居ないのは寂しい」
 ダイチの答えにキサラは呆気にとられた。問いの意としては家族が居ないから、というつもりだった。しかし、ダイチはキサラが居ない事が嫌だと答えた。予想外の 答えにキサラは照れた様に笑いながら言った。
「やれやれ、ダイチには驚かされるよ」
「何が?」
「何でもないよ」
「教えてくれないのか?」
 ごまかすキサラにダイチが再度訊こうとした時、ブリッジから連絡が入った。
『奥様のご到着だ。船を止めるから迎えに行ってくれ』
 連絡の終了と共に、ゆっくりと砂上艇が動きを止めた。




続く


クロス・ポイント〜第20回〜


 クロス・ポイントで起こった革命の真実を知ったダイチ達は、これから起こるであろう騒乱をできるだけ小さくする為に行動していた。引き起こされた革命は惑星イ ル・イゾレからの脱出をカモフラージュする為のものであった。
 いや、カモフラージュというものとは異なるかもしれない。首謀者であるオックスが自分の脱出を確実にする為に起こしたものだからだ。
 数百年前に宇宙に散らばった地球人達。荒廃した地球から旅立ち、それぞれに新天地を探した。ダイチ達の先祖は惑星イル・イゾレを生活の場と決めて、船を下ろした。 そして、今、惑星イル・イゾレを新天地としなかった他の船団から通信が入ったのだった。

 その船団が到着し、生活の根をおろした星は水に恵まれ、気候も温暖で大陸も多かった。自分達以外の人間も受け入れられるという話だった。惑星イル・イゾレの現実は 過酷だった。
 今、クロス・ポイントで通信技術士の職についていたとしても、いつまでクロス・ポイントの機能が継続するかわからない。継続している現在さえも、生活が豊かという 訳ではなく、暮らしていけるという程度でしかなかった。
 そこに差し伸べられた救いの手。上層部に伝えた時、どうなるか。クロス・ポイントの機体を操作できるのはギターレ一族だけだった。他の星から移住の提案があったと して、自分達の既得権益を捨て、住民と共に移住するのか。
 オックスにはとても、そうは思えなかった。合成食とはいえ、毎日腹いっぱいの食事をし、裕福な生活をしている一族が住民の為に新たな星へ向かうとは思えなかった。 彼らが裕福な暮らしをしていられるのはイル・イゾレに居てこそなのだから。
 情報は握りつぶされるに違いない。そして、それを知っている自分達通信部の人間は殺される。そうオックスは考えた。
 そこでオックスは通信部の人間だけで相談し、クロス・ポイントの制圧を考えた。クロス・ポイントの自衛の兵はギターレ一族の子飼いであったから引き入れるのは難し いと考え、傭兵団を密かに雇い入れた。それが、ソロジーだった。
 ソロジーは身元を消す為に戦闘による隊員全員死亡を偽装し、革命における実力行使を担当した。
 そして、革命は成功した。

 クロス・ポイントの代表者という地位を追われたキサラ・ギターレは復権の為、というよりは住民の平穏の為に行動を開始した。オックスの起こす惑星間移住によって 生まれる騒乱に住民が巻き込まれないようにと行動していた。
 イル・イゾレから新たな星へ移住するにしろ、残るにしろ豊かに生活していけるなら、争い、人を蹴落としてまで移動の為に宇宙船に群がる事は無いだろうと考えたから だ。
 古代文明を発掘したマイン・ポイントの中にはテラ・フォーミングの為の機材が見つかったという。それを改修し、使えるようにして公表すればパニックは起こらない 筈だとキサラは自分を励ました。革命軍に家族を殺され、地位を剥奪されたとしてもクロス・ポイントの住民を守りたいという気持ちはかわらずにあるからだ。

「何か考え事ですか?」
 キサラは声に振り向いた。
「いえ、そういう訳では」
 妻の笙子に笑顔を見せる。革命軍の追っ手から逃れ、アグリカルチャー・ポイントの姉の所に身を寄せていた笙子は、危険だと言うキサラの制止を聞かずにわずかな 護衛と共に砂上艇にやってきた。
「キサラさんは、いつも自分一人で考えこんでしまいます。そんなに私は頼りになりませんか?」
 笙子は落ち着いた瞳でキサラを見た。夜空よりも黒い瞳はキサラを正面から捉え、答えを待った。夫婦ではあったが、多分に政略結婚の意味合いもある二人。しかし、 愛もあった。だから、キサラは笙子を妻に選んだ。
「笙子さんは頼りになりますよ。ただ、もう既にしなくてはいけない事は決まってるんです。その手順を考えていただけですよ」
「それならいいのですけど」
 笙子は不満そうな表情を見せながらも、承知して見せた。年下の自分を支え、アグリカルチャーとクロス・ポイントの橋渡しをする笙子にキサラは感謝していた。
「笙子さん」
「何ですか?」
 キサラは笙子の手を引き、ベッドに座らせた。何事かと見上げる笙子の横に腰かけた後、キサラは寝転んだ。笙子の柔らかな太ももに頭を乗せ、顔に手を伸ばす。
「笙子さんは、こんな風に僕を甘やかしてくれます。僕を信じ、ついてきてくれます。だから、僕は前に進めるんですよ」
 年齢の割りに細いキサラの指に触れ、笙子は笑顔を見せた。
「キサラさんは、いつもそう。私の機嫌が悪くなると、そんな風に甘えてみせるんですから。怒れないじゃないですか」
「甘えて、それで怒られないなんて僕は幸運ですね。良い妻をもらいました」
 髪をすいてもらい気持ち良さそうに目を閉じるキサラに笙子は訊いた。
「マイン・ポイントで見つかったというテラ・フォーミングの機材ですが、使用できますの?マイン・ポイントの方が嫌だとおっしゃったら問題ですわよね」
「大丈夫ですよ。情報によると、テラ・フォーミングの機材は改修しなくてはならないんですが、それにはかなりの技術が必要なようです。そして、それだけの腕を持つ インダストリアル・ポイントの代表ハルフェ・ハープは、今回の惑星間移住から外されています。説得すれば双方共に力を貸してくれるでしょう」
「ああ、ハルフェさん。何度かお会いした事がありますけど、良い方です。バイタリティにあふれる頼もしい方でした」
 そう二人が話していると、乗っている砂上艇が大きく進路を変更した。
「インダストリアルからクロス・ポイントに移動している住民だな」
 ベッドから体を起こしたキサラは窓から外を見た。そこには大小さまざまな砂上艇が連なり、クロス・ポイントに向かう技術者とその家族が乗っていた。
「彼らがクロス・ポイントに着く頃には今回の革命の内容が明らかになるでしょう。それまでに話の大筋をつけておかないと」
 キサラはこれから会うインダストリアルとマインの代表者との駆け引きを考えた。




続く


クロス・ポイント〜第21回〜


 異星からの迎えは後数週間で惑星イル・イゾレへと到着する場所まで来ていた。地球にあったような高精度の望遠鏡があれば存在は確認できただろう。しかし、イル・イ ゾレには数台しか存在しなかったし、全天をカバーできるだけの熱意も無かった。
 かくして、新天地への迎えである宇宙船はクロス・ポイントの革命軍の誘導にしたがって静かに宇宙を進んでいたのだった。

 技術者の大量流出が起こったインダストリアル・ポイントは騒然としていながらも、閑散とした雰囲気を見せていた。
 突然の大移動。しかし、それ以前に技術者はポイントの財産だった。他のポイントと渡り合う為には物資か人材が必要だった。イル・イゾレでの生活を支える機械の製造 修理ができるのはクロス・ポイントとインダストリアル・ポイント位だ。そして、人材の質ではインダストリアルが数歩抜きんでいた。
 この大移動の理由を知っている者は少ないだろう。
 まさか、異なる星へ旅立つ為にクロス・ポイントの母体である宇宙船を改修する為だとは。傍から見れば、ただの技術者の引き抜きである。
 そんな混乱が続くインダストリアルにクロス・ポイントの代表であるキサラが乗り込んだ。革命が起こり、ポイントを追い出されたとはいえ、いまだ代表者を名乗ってい る。技術者の引き抜きにしか見えない現状でインダストリアルに現れる事が危険を意味する事をキサラは認識していた。
 案内の者に連れてこられたのはインダストリアル・ポイントの行政を取り仕切る庁舎の空調設備室だった。
「こんな時に来るからには、おもしろそうな話が聞けそうね」
 油に汚れた作業着のまま、クロス・ポイント代表ハルフェ・ハープは言った。現状を責める感情が声音に込められていた。
「この混乱、不徳の致すところです。聞いていただきたい事は色々ありますが、まず質問をお受けしましょうか?」
「いいえ、先に状況の説明をして」
「わかりました」
 キサラは革命軍の正体、そして現在の状況、これからの展望を語った。ハルフェは最初は胡散臭そうな顔をしていたが、話が進むにつれ、興味深そうな表情になっていっ た。
「面白いわね、異星への移住。確かに技術者が欲しいって事に納得がいくわ。それに、これだけの混乱が起きる理由も」
「はい。そこでインダストリアルに協力をお願いしたいのです」
「協力?技術者の八割を持っていかれたのに、できる事があるの?」
「あります」
 キサラは現在マイン・ポイントで発掘されているテラ・フォーミングの修復をインダストリアルに手伝ってもらえないかと説明した。
「話は聞いているけど。それはマインからの正式な依頼なの?」
「違います。ただ、マインで技術者が不足しているのは確かです。そして、異星への移住は人数が限られているのも確かです。このままではパニックは必至です。しかし、 イル・イゾレを惑星改造する事で豊かな星とする事ができるなら、それも乗り切れると思います」
「確かにね。既に整った環境の星の方が良いってのと馴染みのある星の改善を待つってのと、選択肢があるならパニックも防げるかもね。でも、本当なの?」
「本当、とは?」
「異星からの救援よ。確かにクロス・ポイントで革命は起こった。技術者の移動もあった。でも、異星からの救援が妄想だったら大変よ。通信部だけに『毒電波』なんて、 シャレにもならないわ」
「・・・お恥ずかしい限りです。確かに、異星からの通信が実際に行われているのかの確認はしていません」
 キサラは大本の部分の確認を怠っていた事に気づいた。多くの人間を殺し、混乱を起こしている。だから、その原因は確実に存在していると考えていたのだ。しかし、 よく考えてみれば人類の歴史上、『神の啓示』と『妄想』の判別をつける方法など見つけられてはいない。
「切れ者と噂のギターレ氏も事件の中心に置かれると勘が鈍るみたいね」
 ハルフェに言われ、キサラは低頭した。
「そうね、でも革命軍のしている事が本当かどうかはともかく、宇宙船が来るって噂が大々的に広がればパニックは起きるわね。じゃあ、宇宙船とクロス・ポイントとの 連絡を受信できるように通信機の能力を増幅して・・・後はマイン・ポイントと連絡をとらないといけないわね」
「それでは、協力していただけるのですか?」
「クロス・ポイントへの移住の件でつまはじきにされた以上、生き残るにはマイン・ポイントとの協力は必須だわ。前々から打診はあったし、私はイル・イゾレから離れ るつもりは無いし」
 ハルフェは側に控えていた秘書にマイン・ポイントへの連絡を指示した。そして、キサラを振り返り言った。
「さて。もうあなたがする事はなくなったんじゃない?後はインダストリアルとマインが協力して、テラ・フォーミングの稼動を発表すれば良いだけ」
「確かに住民の不安を取り除くという点ではハープさんにお任せしてよいと思います。しかし、革命軍の真意が自分達の都合の良いように移住の方向性を決めているとい うなら、その責任を取らせる必要があると思います」
「家族を殺されたから?」
「それもあります。ポイントの代表者だから、などど飾るつもりはありません。個人的な恨みはもちろんあります。しかし、住民がだまされているのを見過ごす訳には いきません」
「苦労性ね。隠れて暮らしてもいいでしょうに。いいわ、そのがんばり屋なところに免じて資金と物資の援助をしてあげる。必要なものがあれば言って」
「ありがとうございます。では、私の護衛をしてくれているコーラスへの補給を」
「わかったわ。がんばって動いてね」
 心強い後援者を得て、キサラは次の仕事へと動いた。




続く


クロス・ポイント〜第22回〜


 インダストリアル・ポイントで行われたキサラとハルフェの会談は終わった。
「じゃあ、テラフォーミングの件は何とかなるんだな」
「ええ。マイン・ポイントとの連絡、交渉はハルフェ代表が担当してくださいます。私がすべき事はクロス・ポイントで行われている騒乱の収拾です」
「情報じゃ、ポイントの外にも人が集まってるらしいぜ。噂は人の移動速度と同じ速さで伝わるって話だしな」
「そうですか・・・。集まっている人、全員が移住船に乗る事ができるなら問題ないんですが」
「今、集まってる人間だけなら何とかなるかもしれんが実際、宇宙船が来れば人数はもっと増えるだろうな」
「実際、どっちが速い?テラフォーミングの機材の完成とクロス・ポイントを船に仕立て上げるのと」
「そういった分野は門外漢なので何とも。人員の多さはクロス・ポイントの方が勝っていますが、テラフォーミングはマインからの素材の産出がある分、有利 だと言えます」
「何とも言えないって事か」
 食料の搬入を確認しながら、クラベシーンは言った。砂嵐は相変わらずひどく、搬入口からも砂が入り込んでいる。
「で、事態の収拾だけどな。どうする?力づくもきかない事はないだろうが、後が面倒だろ」
「そうですね。内心はともかく、楽園へ人々が行けるという道筋はつけた人達ですからね」
「かといって、情報で立ち回るにしても、向こうも黙っちゃいないだろうからな」
「判断は皆に任せなければいけないでしょうね」
「なら、他の星への移住ができるって事とイル・イゾレがテラフォーミングで暮らしやすくなるって事の宣伝か」
「そうなります」
 それらの宣伝を声高にすれば、かえって不信感を招きかねない。今回、クロス・ポイントで行動を起こした革命軍が使った手段をクラベシーンは提案した。
「俺達の名前に利用価値があればいいんだけどな」
「何を?」
「俺達がテラフォーミングに関する機材や人材の護衛をすると噂を流すのさ。あの、コーラス隊が護衛につくなら信憑性は高いと思ってくれれば儲け 物だろ?」
「その点は問題ないと思います。コーラス隊以上に信頼されている護衛隊は無いでしょうから」
 自負はあっても、人から言われるとどこか照れくさいのかクラベシーンは、こそばゆそうな顔をした。
「お墨付きをもらったんだ。早速、ハルフェと交渉するか」
「交渉ですか?」
「こっちの理由で護衛するって話になるんだ。俺らが護衛するって事で実際、襲われる可能性もある」
「しばらく、こちらで実際護衛しますか?」
「ま、そこだよな。噂が広がった後に、お前さんに大体的に宣伝をうってもらう。そうすりゃ、クロス・ポイントに人が殺到するって事もないだろう。噂の 進行度合いに合わせて、テラフォーミングの状況も広めればいい。その後、乗っ取った野郎供をつぶせばいい」
 それからの行動は静かではあるが、素早く行われた。通信を使って、インダストリアルからマインまでの砂嵐の状況を熱心に調べたり、周囲の治安を調べ る。そして、知り合いの護衛隊に弾薬の融通を頼む。理由を聞かれれば、「ここだけの話」としてテラフォーミングの機材の修復が佳境に入ったと教えた。
 クロス・ポイントで言われている空からの使者の話は、あくまで眉唾。そんな風に護衛隊の者は思っていた。テラフォーミングの方も、同じ位に考えて いた。しかし、高名なコーラス隊が言うなら本当かもしれないと考える者が増えていった。
「さて、そろそろか」
 クラベシーンはブリッジで呟いた。今、世間には噂が流れている。緑なす惑星へ行ける船に乗るか、それともこの星が暮らしよくなるのを待つか。皆が 心底信じている訳ではないが、ちょっとした暇つぶし位になら誰もがした会話だった。
 日々、マイン・ポイントの護衛をしながら噂を流す。弾薬などの供給で会う同業者には偶然を装い作業状態を見せる。噂だけの宇宙船より何倍もの説 得力をもって、テラフォーミングの噂は広まる。

 この噂はクロス・ポイントにいる革命軍にも届いていた。今はもう市政部と名前を変えていたが、それらの幹部は複雑な感情を持っていた。元々、革命を 起こしたのは自分達が異星に移住する為にクロス・ポイントを乗っ取る必要があったからだ。
 その目的は既に達成している。元代表のキサラ・ギターレがいまだ存命なのは注意が必要だが、このところ行動を起こしたという話は聞かない。それに、 クロス・ポイントの住民は市政部の人間が交代しようが、それほど気にはしていなかった。
 テラフォーミングの噂が広まり、人が分散するなら宇宙船の来訪時にパニックが起こる心配もなく、自分達は安心して旅立てる筈だった。
 しかし、自分達を崇める者が減っているのが気に食わなかった。楽園へ連れて行ってくれるのだと口々に囃し立てるものも減っていた。楽園へは行きたいが 何十年もかかる面倒が嫌だというのだ。
「到着時刻が、ほぼ決まりました。一週間後の午前七時です」
 側近の者がした報告をオックス・バーズは受け取った。いつもと変わらない表情で報告を受け、窓の外を見る。宇宙船と姿を変えたクロス・ポイントの 概観はほぼ完成している。
 まだ試験飛行などはしていないが、それはやってきた者達の点検を受けてからだ。どれだけインダストリアルから技術者が優秀であっても、実際の宇宙船に 触れた事がない以上、完璧に仕上げられたとは思いがたい。
「それにしても」
 オックスは舌打ちをする。崇められたいと思っていた訳ではないが、これ程人心が離れるとは思っていなかった。革命を起こして時間がたっているとはいえ、 大量殺害のきっかけを起こしたのは事実だった。その事を責める人間が再び現れたら。
 各ポイントの代表が言ってこない事を思えば、心配は一つだった。
「ソロジーを」
 オックスは警備の全てを任せてあるソロジーを呼ぶよう、側近に指示した。

クロス・ポイント〜第23回〜


 クロスポイントの指導部の一室にソロジーは呼び出された。
「何か用か」
 いまや、クロスポイントで最も地位の高いオックスを前にソロジーは言葉を改める様子はなかった。
「仕事だ」
「仕事ならしている」
 ポイントの警備という仕事をしていると示すソロジーにオックスは不機嫌そうな顔をした。娘の病気を治す事を餌に元市政部の殺害を命じた。それに 従った事でソロジーが自分の手駒になったと思っていた。しかし、答えは反抗的だった。
「警備だけが仕事ではないだろう?」
「何だ」
「ポイントの安定だ」
「していると思うがな」
「テラフォーミングだ」
「何の関係がある」
「今、テラフォーミングを進めているマインとインダストリアルを護衛しているのはコーラスだ」
「そう聞くが」
「そのコーラスにはキサラ・ギターレが保護されている」
「それで?」
 再びオックスは不機嫌な顔をする。言わずとも理解しろと思ったからだ。いや、ソロジーがわかっていながら問うているのが余計に気にさわった。
「キサラが生きていれば、混乱が起こる可能性がある」
「殺せという事か」
「そうだ」
 ソロジーは自分で選んだ居場所だとわかっていたが、喜ばしい依頼ではなかった。また罪の無い人間を殺す事になるのかと。過去を消す為に仲間を 殺した。その思いをまたするのかと考えると表情が暗くなる。
 しかし、娘の治療もまだ途中だった。ここで断れば何と言われるか目に見えていた。
「テラフォーミングが完成し、キサラが支持すればクロスポイントでも動揺が起こる。そうなると、宇宙船の改修や出立にも支障が出る」
 言い訳だ、ソロジーは見抜いていた。クロスポイントの住民が自分を崇めていない事に腹をたてているのだと。一部の人間がポイントの富や名誉を 手にしていたのは前指導者のキサラの時代と同じだが、一つだけ違いがあった。
 キサラには『血統』というものがあった。住民は皆、既得権益である血統に不満は抱いていたが、それでも『歴史』という挽回の効かない漠然と したものに納得していた。
 しかし、オックスにはそれがなかった。もちろん、革命を起こしクロスポイントを支配していたギターレ家を排除した事は喜んだが、結局自分達に 富や名誉がもたらされる訳ではないとわかると、やはり『おもしろくない』と思ったのだ。
 そして、自分達と同じ一般庶民の出身であるオックスがトップに立つのが不満だった。『自分でもいいのではないか』という思いを抱かせる。
『しなかっただけだ』と言い訳を胸に抱きながら。
「宇宙船が姿を現すまでにだ」
「後一週間、いや朝に来るんだから6日以内か」
「そうだ。キサラが死んだ事で混乱が起こるとしても、宇宙船が現れる事で市民の興味はそれる」
「行ってくる」
 ソロジーはオックスに背を向けると、執務室を後にした。キサラを狙えば、相手は屈指の実力を誇るコーラスを相手にしなくてはいけない。その困難を 考えれば、オックスとの会話など無駄な時間でしかなかった。
(隊の仲間が居ないのは痛いな)
 自分で殺した者達ではあったが、それでも思い出さずにはいられない。彼らがいれば、コーラスを相手にしたとしても勝利を収める事ができたかもしれ ないからだ。それだけの実力はあった。自分が裏切りさえしなければ、彼らは死んではいなかっただろう。
(生きていれば・・・嫌だと言っただろうな)
 隊の皆はソロジーを敬愛していた。しかし、オックスの言うような理由で仲の良いコーラス隊と戦う事を受け入れるような者達ではなかった。
(砂とかげの面子で仕掛けるなら・・・まともな手段では駄目だな)
 手元の武器と部下、それを思い浮かべながら、コーラスに勝つ為の作戦を考え始めた。




続く


クロス・ポイント〜第24回〜


 マイン・ポイントでのテラフォーミング用機器の修復は完成へと向かっていた。後は試運転というところまできていた。大きくそびえる機材を見ながら、 ダイチは感嘆の声をもらしていた。
「大きいな」
 そう言ったもののクロス・ポイントで育ったダイチにしてみれば、大きな建物など珍しいものではなかった。暮らしていた家からは市政を司る者達が暮ら す建造物、飛ぶ事はなくなっていたが大きな宇宙船が見えていたからだ。
 銀色に光る宇宙船は大きく、窓全てを埋め尽くしていた。夜になれば宇宙船の窓からはまぶしい光をこぼし、街を照らしていた。クロス・ポイントに暮らして いても、宇宙船の外に居を構える者とは生活の質が違っていた。
 学生時代の友人であり、統治者であるキサラが何度か招いた事もあり宇宙船の最深部に足を踏み入れた事がある。しかし、どう見てもそれらが空を飛ぶ物だ とは思えず、無駄な機械に感じた。
 そう感じるには理由もあった。イル・イゾレではこういった科学に関する知識は最重要機密として扱われていた。知識が広がる事で武器などが作られ、現 執行部に対する反抗組織ができるかもしれないと考えられたからだ。
 そういった事もあり、一般市民には機械の使用方法などは教えられても、作成に関する知識は教えられなかった。ダイチが「無駄な機械」と思ったのは 使用方法を教えられない機械に対する感想だったのだ。
 今、目の前にあるテラフォーミングの機材はいくつもの塔とパイプが組み合わさり、何かを吐き出している。それは有害な物ではなく、惑星イル・イゾ レの環境を暮らしやすくする為の成分であった。今よりも雨が降りやすくする作業だった。
 聞いた話では雨が降り過ぎないようにも気をつけているという。砂しかない大地に大量の雨が降れば、そこは泥地になり全てが飲み込まれる。植物が育つに 必要な分だけが降るようにと考えられていた。
 そういった部分にダイチは関わっていない。機密だという事もあるが、自分には向いていないと思っていたからだ。
 銀色の塔と銀色のパイプ。それに植物を育てる為の透明なハウス。それらはできたばかりで、まだ弱弱しく見えたが生命力に溢れる新しさもあった。クロス・ポ イントの宇宙船と同じく詳しい事は教えられていなかったが、それでもテラフォーミングの機材は結果が目に見える。ゆっくりではあるが結果が出るのだから 理解しやすかった。
 一通りの見回りを終え、詰め所に戻るとざわざわとした雰囲気が漂っていた。
「何かあったんですか?」
「ああ、ダイチ」
 呼びかけにアンが気づき、応えた。
「何でも物資を運んでいた隊商が襲われたらしい」
「相手はわかってるんですか?」
「砂とかげだと」
「それって」
 ダイチは息をのんだ。かって自分が世話になっていた隊を襲い、全滅させた砂賊。そして、その時、裏切った男が率いる者達でもあった。
「どうするんですか?」
 ダイチの問いにアンは肩をすくめた。
「どうするも何も。私達はマインポイントの警備をしてるんであって、隊商の警備は仕事の範囲外さ」
「じゃあ、何もしないんですか?襲われた隊商の人達は?怪我とかしてないんですか?」
 勢い込んで聞くダイチにアンは言った。
「じゃあ、何かい?隊商を保護する為に仕事をほっぽりだすって?で、こっちを砂とかげに襲われてりゃ世話ないさ」
「あ・・・」
 砂とかげは砂賊であるが現在はクロス・ポイントの正式な護衛として雇われているとも聞く。その砂とかげが名前を伏せる事なく襲撃したという事は 単なる強盗行為だけが目的ではないという事だった。
 その事がわかったからといって、黙っているのもダイチにはできなかった。
「あの、だったら俺が様子を」
 そう口を開いた時、情報を聞いていたクラベシーンが振り向いた。
「ダイチ、お前は残ってキサラ代表の警護に当たれ。後は何人か残して隊商の保護に向かう」
 思いがけない指示にダイチは戸惑った。確かにキサラはクロス・ポイントの代表であったが、それが狙いだとは考えてなかったからだ。
「キサラが狙われているんですか?」
「わからんさ。今、狙われるとすればテラフォーミングかキサラだ。どっちもクロス・ポイントと縁があるからな。ソロジーのおっさんが考える事は 読みきれん」
 クラベシーンはダイチの問いに答えながらも部下達に出発の指示を与えていた。
「あたしは残っていいかい?」
 アンが聞くとクラベシーンは当たり前だという顔で答えた。
「お前とダイチはセットなんだから好きにしろ」
「何かあったら、キサラを優先するよ。機械は修理がきくからね」
「ああ、任せる」
 コーラス隊がマインポイントを出発するのを見送るダイチ達に声がかかった。
「何かあったのかい?」
「キサラ。うん・・・、砂とかげが出たらしい。隊長が出てくれたから大丈夫だと思うけど」
「そうか。それなら大丈夫だ」
「あっちは任せて大丈夫だろうさ。後は、あんたと機械だ。安全な場所に行ってもらうよ」
 アンに言われ、キサラはうなずいた。風に砂が舞い上がり、視界を遮る。白い視界に不安がじわりとにじんだ。




続く


クロス・ポイント〜第25回〜


 マインポイントには不穏な空気が流れていた。ポイントへの物資を輸送する隊商が砂賊に襲われたからだ。もっとも隊商が襲われるという事自体は珍しくは ない。決まったルートを通る隊商は砂賊にしてみれば格好の獲物であり、隊商もそれは織り込み済みだからだ。
 今、問題なのは襲った砂賊が「砂とかげ」と呼ばれる強力な集団であり、現在マインポイントと静かな対立を起こしているクロスポイントの警備を担当して いるという事だった。つまり、これは砂賊の姿をとってはいるがクロスポイントからの攻撃と捕らえてよかった。
「なりふり構わないといったところだな」
 マインポイントの中心部にある建物の一室でキサラは呟いた。すでにクロスポイントの代表の座を追われて久しいが、それでも代表として慕う声は多い。そ れが現在のクロスポイントの市政部のストレスになっているのだろう。
「すまないな、ダイチ」
「え?」
「行きたかったんだろ?砂とかげの方へ」
 キサラに言われ、ダイチは素直な気持ちを口にした。
「まあね。ソロジーさんには聞きたい事もあったし。でも、行きたくないって気持ちもあったんだよ」
「行きたくない?」
「俺はソロジーさんを尊敬してる。色々あったのに。だから、今疑問を口にして失望するような答えを聞いたらと思うとね」
 ダイチは気弱そうな笑顔を見せた。その笑顔にキツイ声が飛んだ。
「何ぐずぐず言ってんのさっ」
「アンさん」
 口を尖らせダイチを睨む。その表情にダイチは首をすくめた。
「尊敬してるのはいいさ。だったら、ビビッてないで聞けばいいだろ」
「はい・・・」
 ダイチの様子にアンは頭をかいた。ダイチの優しさはアンにしてみれば臆病に近いものだった。しかし、それでも嫌いになれず面倒をみてしまう。こんな 風にきつく言っては気まずい思いをしている。
「まあ、その、あれだね。隊長が出たんだ。終わっちまうかもしれないしね」
 アンのぶっきらぼうな言葉にキサラが笑う。
「アンさんは優しいですね」
「な、何言ってんだよ。そんな訳ないだろ」
 荒くれ者の中で暮らしてきたアンにとって、キサラは世界が違う程の上品な人間だった。そんなキサラに褒められ、アンは慌てて否定した。その乱暴だ が生真面目なところがキサラは気に入っていた。
「これからもダイチの面倒を見てやって下さい。よろしくお願いします」
「なんで、あたしが。いや、嫌って訳じゃないんだよ?」
 再びキサラは笑った。アンは照れて、ふてくされた顔をする。しかし、その顔がすぐに真剣なものになる。
「どうしました?」
「悲鳴が聞こえた」
「まさか、襲撃?」
「喧嘩程度ならいいんだけどな。銃声は聞こえないから、ちょっと分からないね」
 アンは武器を構え、ダイチはキサラを守る様に立った。
「偵察に出てくる。砂とかげなら、さっさと逃げた方が賢明だからね」
 薄くドアを開け様子を窺うとアンは部屋を後にした。
「隊商を襲ったのは囮という事かな?」
「その可能性はあると思う。でも、キサラは俺は守るから。頼りないけど、キサラは守るから」
「頼りにしてるよ」
 真剣な目のダイチにキサラは微笑んだ。





続く


クロス・ポイント〜第26回〜


 キサラの護衛をしているダイチとアンの耳に悲鳴が聞こえた。ダイチ達が滞在しているマイン・ポイントにも治安維持の為の組織は存在していたから、 聞こえた悲鳴が喧嘩や単なる傷害事件程度なら問題は無かった。
 しかし、重要人物であるキサラを狙って起こった事件なら黙っている訳にはいかなかった。
 アンはダイチをキサラの護衛に残して様子を見に行った。ダイチはドアからも窓からも、ある程度の距離をとった位置にキサラを座らせた。
「ちょっと待ってて」
 ダイチは慎重に窓際により、手鏡を取り出した。敵が屋内、屋外の両方から襲撃するつもりなら、うっかり顔でものぞかせようものなら、頭を打ち抜かれ ゲームオーバーになる。
 目立たないように手鏡を動かし、外の風景を映す。
(囲まれているって事はないみたいだな)
 聞こえた悲鳴が大規模な襲撃によるものではない事がわかった。建物の外は相変わらず、市民が行きかっている。
(その割にはアンさんの帰ってくるのが遅い)
 手鏡をしまい、キサラの側に戻ると廊下側に注意を向ける。音は聞こえないが軽い振動が感じられ、ドアが開けられた。ダイチの向けた銃を気にする風も なく、アンは事態の報告をした。
「立てこもるよ」
「何でした?」
「どこかの誰かに銃を突きつけられたってさ。黙れと言われたけど、叫んだら殴られたらしい」
「撃たなかったんですか?」
「何か考えがあってって事かもね。銃声がすれば、すぐさま逃げるだろう?」
 アンは机をドアの前まで押してバリケードを作った。これで脱出口は窓だけになったが、通りから何か攻撃を行えば騒ぎになる。そうなれば、数分耐え 忍べばいいと考えた。
「一応、外と連絡とれるか確かめて」
 アンの指示通り、ダイチが電話を手に取る。通話可能音と共にプチプチとした雑音が混じっていた。
「連絡はとれそうですけど、盗聴されると思います」
「いやらしいねぇ」
 アンは本隊と連絡をとろうと無線機のチャンネルを合わせ始めた。
「多分、隊長と連絡がとれるかどうかの頃に突入があると思う。気合いれなよ」
「はい」
 砂嵐を思わせる音の後、チャンネルが合った。
「こちら、アン。敵さんが来たよ」
『そちらが本命ですか』
「戻って来れそうかい?」
『無理です。物量できていますので。もうしばらく時間がかかります』
「わかった。何とかするよ」
『できるだけ早く戻ります』
 チェルシーの返事が終わった時、ドアに銃弾が撃ち込まれた。弾はドアを貫通し、三人の頭上を通っていく。ダイチ達を殺そうというよりも、ドアの破壊が 目的のようだった。
「ばれた途端、攻撃か。やれやれだね」
 撃ち返すアンと背中合わせにダイチは窓を警戒していた。手早くすませるつもりなら、窓を使わない手はないからだ。その予測通り、窓ガラスが銃によって 砕かれ、黒い塊が飛び込んできた。
「手榴弾!」
 ダイチは迷う事なく駆け寄り、手榴弾を拾い上げると壊れた窓から上空へと投げ上げた。手榴弾が落下しようとした時、それは爆発した。飛び散った破片で 通行人が怪我をしたかもしれないが、それが一番被害の少ない方法だとダイチは自分に言い聞かせた。
 外の様子を窺おうと腰を浮かし上げた時、頭上から影が滑り降りてきた。屋上からロープを使い、後続部隊が突入しようとしているのが見えた。
「くそっ」
 ダイチはホルスターから、もう一丁銃を抜くと威嚇を込めて乱射した。一旦、足止めができれば威力の大きい武器も使える。銃弾をばら撒きながら、 ダイチは警戒を緩めない。
(ここで防ぎきれば、向こうは引くしかない。まだ、何かある筈だ。キサラを殺せば終わりなんだから)
 ダイチは、滑り降りてくる敵を防ぎきると銃を捨て、サブマシンガンを構えた。ドアからの攻撃が一瞬途絶えた。
「何?撤退?」
 アンも引き金から指を離す。銃撃音で痺れた耳は突然の静寂についていけない。しかし、判断は素早かった。
「窓から飛び降りなっ。でかいのが来るよ!」
 アンは銃を投げ捨て、窓へと走った。アンに腕を引かれ、キサラも走る。アン、キサラ、そしてダイチが窓を蹴った後、三人の居た部屋の両脇が爆発した。
こういった事態も予測して、部屋は二階にとってあった。キサラが着地時に足をくじいたものの、ダイチとアンに怪我は無かった。素早く銃を構え、 周囲を警戒した。
 驚き見守る住民の中にソロジーが立っていた。




続く


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