ステッキは手の中に


 魔女になったのが1ヶ月とちょっと前、それで今日、魔女をやめる。魔女をやめて男に戻るのは俺としてはありがたい事なんだけど、中途半端って感じがして 何だか嫌な気分だ。
「もお、折角後継者見つけたから引退しようと思ってたのに」
「なんだ、母さん、魔女やめる気だったの?」
 俺の横を箒に乗って飛んでいた母さんがぐちった。
「だってやめないとお父さんと一緒に死ねないじゃない」
「一緒に、って同じ時に死ぬ訳じゃないのに」
「そうじゃなくて心がまえの問題よ。魔女と普通の人じゃ時間の流れが違うもの。私はお父さんと同じ時間で生きたいの」
「意外と情熱的だね」
「知らなかった?」
 知らなかったな、実際。俺にとって母さんは天真爛漫、天衣無縫、悪く言えば傍若無人、そんな風に見えてた。まあ、その中に情熱的ってものも含まれてるの かもしれないけど、俺は見た事がなかった。何しろ、世界を飛び回ってる貿易商の父さんにくっついて生活してるから、あんまり一緒に暮らしてないし。
「あー、後継者どうしようかな。弥生、後継ぎになってくれないかしら」
「俺より素質ありそうだもんね」
「あんたも素質はあったわよ。それに適応力もね。先生、誉めてたわよ。辞めさせるのがおしいって」
「そうなの?」
「ええ。私の息子だとは思えないって」
「それは俺も言われたよ」
「失礼ねえ。それにしても、いい子居ないかしら」
 後継ぎ、後継ぎと呪文の様に繰り返す母さんと一緒に俺は職員室に向った。授業開始までには、まだまだ時間がある。それまでに魔女としての契約を終えて、 男に戻る事になっている。
「おはようございます」
「あ、あの、おはようございます」
 職員室に入った途端、一回りと二回りも小さくなったような母さんと共にティボー先生の所へ行った。
「おはよう、木原。それとエリカ」
「おはようございます、先生」
「久しぶりだな、元気か?と聞くまでも無いな。サミットに出席するなど、活躍は聞いている」
「いえいえいえいえ」
 猫をかぶったというか、蛇に睨まれた蛙っていうか、ともかく母さんはかしこまっていた。いっつも困らされてるから、こんな風にあたふたしてる母さんを 見るのは、ちょっと気分いいな。
「では、契約解除の儀式をするか。木原、ステッキと箒は持ってきたな。それと使い魔達も」
「はい」
「じゃあ、エリカ、解除の方法を教えてやれ」
「わかりました。あのね、契約解除っていっても簡単なの、魔女になるのも簡単だったでしょ?」
「まあね。簡単に魔女になったから驚いたよ」
「解除はね、最初に言った呪文を逆から唱えればいいのよ。それでステッキを振るの」
「・・・簡単だね」
 なるのも簡単ならやめるのも簡単だな。
「トニッマ・ルリララ・トッポラセ・トッリプルパ」
 そう唱えてステッキを振った。魔女になった時と同じように床に光の渦が現れて、俺を包んだ。で、それだけ。魔女になった時は男から女になったから外見 的にも変化はあったけど、さっきまで俺は男になる魔法を使ってたから、外見の変化は全く無かった。
「契約・・・解除できたのかな?」
「できてるわよ。もう箒に乗っても飛ばないし、ステッキも使えないから」
「じゃあ、バリリ達と話せない、のかな」
 そう言ってバリリを見た俺に、バリリが飛びついてきた。
「大丈夫よ、葉月。言葉は魔法じゃないもの」
「そうか、良かった。今までありがとうな、世話になったよ」
「ううん」
「またさ、母さんにでも連れてきてもらいなよ。そしたら、会えるから」
「うん」
 抱きついて離れないバリリを肩に乗せたまま、先生に礼を言った。
「お世話になりました」
「木原は魔女の才能があるみたいだったから、もったいないんだがな。皮肉な話だな、魔力が強すぎて魔女を続けられないというのも」
「すみません」
「謝る事はない。元々、エリカの不手際でなってしまった事だしな。ところでエリカ、次の後継者は見つかったのか?」
「まだなんです。できるだけ早く見つけるつもりですけど」
「そうしてくれ。では、木原。皆が来る前に帰った方がいい。変身した魔女と本物の男は明らかに違う。魔力の流れがおかしくなるからな」
「わかりました。それじゃ、失礼します」
「元気でな」
「はい」
 バリリ達とも別れて、俺は窓の方へと歩きかけて止まった。もう箒乗れないんだから窓から出る訳にもいかない。
「じゃあ、俺、階段から降りるよ」
「あら、後ろに乗せてあげたのに」
 すでに箒に乗って窓の外でスタンバイしていた母さんは「乗せてあげたのに」と言い終わるか終わらない内に、パワースポットの方へと飛んでいった。乗せる つもりがあるなら、もう少し待てって。
 ともかく俺は階段を降りながら、教室へ向った。もう来なくなるんだし、少しだけ見ておきたかった。それにフランとも約束してたし。教室のある階まで来て、 廊下でフランが待ってるのがわかった。それにブーレーズも。
「お待たせ」
「あ、衛君。・・・もう男の子だね」
「わかる?」
「うん。なんだかね、空気っていうか雰囲気が違うの」
「そうか。先生も、そんな事を言ってたよ」
「もう今日から、一緒に勉強できないネ」
「ブーレーズの横、空いちゃうな」
「さみしーナ。それに答え、教えあいっこできないヨ」
「そうだね」
「衛君、また遊びに来てね」
「うん。今度は飛行機使ってね」
「私達は魔法で行くヨ」
「うん。じゃあ、元気でね。皆が来る前に帰らないといけないし」
「気をつけてね」
「ありがとう。あ、そうだ。俺のクープなんだけどさ、フランが面倒みてやってくれないかな。何だか、フランの事が気に入ったみたいだから」
「わかったわ、先生に言っておくね」
「それと、バリリなんだけど、あいつたまには連れてきてやってくれないかな」
「うん」
「面倒だけどお願いするよ。それじゃあね」
「またね」
 見送ってくれる2人を何度も振り返りながら、俺は家に帰る為にパワースポットに向った。もう2度と訪れる事のない魔女界を歩いて。

   そして、2週間。俺は男としての生活を送ってる。無事、元の学校に戻れたし、勉強も何とか追いついた。たまには魔女界の事も懐かしくなるけど、今はまだ 元に戻れたって喜びの方が大きい。
「そろそろかな」
 部屋の掃除をしながら時計を見た。今日はフラン達が遊びに来る事になってる。言っちゃなんだけど、女の子が家に遊びに来るのは数少ない出来事だけに、ち ょっと緊張してた。
「こんにちわー」
 部屋の鏡から、ぴょこぴょことフラン達が出てきた。フランにブーレーズにバリリにクープ。それに見た事の無い女の子。
「いらっしゃい。えーっと、新しいクラスメート?」
「あれ?お母さんから聞いてないの?」
「聞いてないけど・・・。まあ、母さんいつもの事だから、こういうの。よろしく、木原衛です」
 と、頭を下げかけて何かひっかかるものがあった。目の前に居る女の子にどこか見覚えがあるからだ。
「どこかで会った事あるかな?」
「ナンパですか?」
 笑いながら言う顔に憶えがあった。
「もしかして、高尾?!」
「あ、するどい。よくわかりましたね」
「どーして、お前が魔女やってるんだ?」
「葉月ちゃんの事、ショックだったんだけど、思い返してる内に魔法を使えるって楽しそうだなあって思って。それで木原に聞いたら、意外と簡単になれそう だなって事でお母さんに紹介してもらったんですよ」
「そんな簡単に決めていいのか?修行終わるまで男に戻れないんだぞ?」
「あ、大丈夫です。男に戻る魔法憶えましたから」
「は、速いな。俺の後に弟子入りしたんだから、2週間だろ?」
「入学するまでに魔法語を憶えて、入学したらすぐに憶えたんですよ。それで家に居る間は男になってます」
「確かにそれなら、家の人は驚かないか。それにしても、母さん、マメに動いてたんだな」
「いい師匠ですよ」
 それにしても、下手な事言わなくて良かった。ちょっと好みのタイプだったんだよ、女になった高尾は。もし、気づかず言い寄ってたら「毎日ラブレター買い てこい」とか言われただろうなあ。
「私達、高尾君が来た時、驚いたの。もう魔女語話せるし、衛君と友達だって言うし」
「ま、ちょっと強引でマイペースな所あるけど、悪い奴じゃないから仲良くしてやってよ」
「あ、俺の事、そんな風に思ってたんだ」
「そうだよ?」
「それならもうちょっと押せばおちました?」
「まだ未練があるのか。いい加減、あきらめろ。もう葉月は居ないんだから」
「なんか悔しいから、衛さん落とすかなー」
「やめてくれ、男だってわかってるんだから」
「あ、わかってなかったら結構、あぶなかった?」
 高尾とのやりとりにフラン達は笑った。これからも『魔女』って存在とは縁が切れないんだろうな。でも、今ならそれも楽しいと思える。ステッキは、もう手 の中に無いけどな。


終わり


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