ステッキは手の中に〜第1回〜


   今年の春は遅い。3月半ばだというのに、雪が積もるほど降ったり、風がやたら冷たかったり。それでも、普通といえば普通の毎日を送っていた。 あの棒っきれが家にやってくるまでは。
 もう・・・俺の人生めちゃくちゃだーっ!

『プレゼントは音も無く』

 3月半ばの日曜日、そろそろ庭の梅が咲き学校に着ていくコートを脱いでいい頃、俺は家でくつろいでいた。期末試験も終わっていたし、春休みは 宿題も無いしで気分がいいったらない。
 それに俺は高校2年生だったから、受験に関して本腰を入れるまでに、まだ少し時間がある。
「お兄ちゃん、お昼御飯スパゲッティーでいい?」
「ああ、任せるよ」
 何も言わないでも昼飯の用意をしてくれる甲斐甲斐しい妹の弥生に答え、のんびりソファに寝転がっていた。テレビをつけてはいたが、特に面白い 番組もなかった。
(漫画でも持ってくるか)
 部屋に読みかけの漫画がある事を思い出して、俺はソファから立ち上がった。ここ1年はいていたスリッパも、縁が汚れてほつれてきた。そろそろ 換え頃なのかもしれない。
「ん?」
 2階への階段を上がろうとした時、玄関の郵便受けに何かが挟まっているのが見えた。細長い箱のような物なんだけど、つっかえたのか少しだけ頭 が見えている程度だった。
「郵便か?」
 俺はドアを開けて、外の様子を見た。どうやら、これはプレゼントの箱だったらしく、リボンがかかっていた。
「誰からだ・・・。親父か、母さんか」
 俺達の両親は長い間、海外で暮らしている。親父は貿易商って事で世界を飛び回っているし、母さんはその付き添い。そんな訳で俺と弥生は2人で 暮らしている。両親に会えるのは年に・・・えっと、前に会ったのは中学生の頃か。もう2年半はあってないじゃないか。薄情な親だな、おい。
 ともあれ、弥生のという名前のごとく、妹は3月生まれだ。だから、このプレゼントも弥生当てだろう。子供をほったらかしにしておくのは問題だ けど、誕生日を忘れなかったから良しとしておこう。
「弥生、プレゼント届いてるぞ」
「誰から?」
 スパゲティーにかけるソースを作りながら、弥生が聞いた。箱を裏返したり、カードを探したりしたけど、差出人は分からなかった。
「カードとか無いけど、親父か母さんじゃないか?」
「お兄ちゃん、悪いけど開けてくれない?ちょっと手が離せなくて」
 ソース作りの鍋の横でパスタを茹でつつ、弥生は振り返って言った。
「そりゃいいけどさ。弥生、14日誕生日だけど、何がいい?」
「え、お兄ちゃんもプレゼントくれるの?」
「あんまり高いのはダメだけどな」
「何でもいいんだけど。あ、そうだ」
「何?」
 プレゼントのラッピングを開けながら、俺は顔を上げた。
「あのね、ホワイトデーのお返しと別々に欲しいな」
「どうして?」
「だって、誕生日と同じ日だから、いっつも一つなんだもん」
「その方が値段高い物もらえるだろ」
「でも、別々の方がいいの。値段より、きちんと別々の物を探してくれたっていう、手間が嬉しいの」
「そんなものなのか。わかった、両方用意するよ」
 乙女心なのか、それとも弥生だけの事なのか。ともかく、開ける途中で止まっていた手を動かし、俺はラッピングを全部取り、箱を開けた。
 長細い箱の中にはピンク色の棒が入っていた。それと、カードが1枚。
「なんだ、コレ?魔法のステッキって感じだな。こんなのもらう年でもないのにな」
 弥生だって、もう15歳になるんだから、こんなおもちゃをもらったところで、どうしろっていうんだ。親父も母さんも、弥生の年を10程小さ く見てるんじゃないだろうな。
 ピンク色の棒の先には透明のガラス玉が付いていて、太陽の光を受けてキラキラしていた。
「弥生、魔法のステッキだぞ」
 くるくるとステッキを回しながら言うと、弥生は困ったような顔をして答えた。
「やだあ、母さんも父さんも。私、4月から高校生になるのに」
「ま、プレゼントなんだし、部屋に飾っておけよ。あ、カードあったぞ」
 棒と一緒に入っていたカードには母さんの字でメッセージが書かれていた。
『弥生、15歳の誕生日おめでとう。これは魔法のステッキよ。呪文を唱えながら、3回まわしてね。魔女になれるのよ』
 と、あった。
「まじで、魔法のステッキかよ〜。どこの国で買ったんだ、コレ?対象年齢3歳以上とかって書いてないか?」
 と、言いつつもカードにあった呪文を読んでみた。
「えーっと、パルプリット・セラポット・ララリル・マニット」
 くるくると棒を回すと、床に光の渦ができた。目の前が光で真っ白になった後、すとんと視線の位置が低くなった。
「なんだ?なんか、変だな」
 きょろきょろと辺りを見回し、壁にかかっている鏡を見た時、今までで一番でかい声で叫んでしまった。
「な、なんじゃコレーっ!」
 座っていたソファから立ち上がり、鏡の前に走った。
「な、ななな」
 なんだコレ、と言いたいんだけど、どうしても言えない。鏡に映っていたのはピンク色の帽子にピンク色のワンピース、そして履いてる靴まで もピンク色の一人の女の子。でも、鏡の前には俺しかいない訳で。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
 台所から顔を出した弥生は、『どうしたものか』といった表情で立ち止まっていた。そして、一言。
「どちら様?」
「どちら様って、俺の事?」
 半泣きになりながら、俺は自分を指差した。弥生は、思いっきり首を縦に振った。
「勘弁してくれよ〜」
 かぶっていた帽子をとって、ソファに投げる。くるくると回って、帽子はすとんと落ちた。
「もしかして、お兄ちゃん?」
「もしかしなくてもだよ〜。どうして、こんな」
 まさかとは思うけど・・・、やっぱりこいつのせいか?俺は右手に持っている魔法のステッキとやらを見た。
「えっと・・・、お兄ちゃん変身しちゃったの?」
「そうみたいなんだよ。何送ってくるんだよ、まったく〜」
「でも、本当に女の子にしか見えないよ。体、大丈夫?」
 う、そういえば。もそもそと体をさぐってみるけど、無い筈のモノがあったり、ある筈のモノが無かったりしている。
「どうしよう・・・、このまま元に戻れなかったら」
「とりあえずお母さんかお父さんに電話してみよ?何か分かるかもしれないし」
「そ、そうだな」
 魔法のステッキを買ったからには、売った人間もいる訳だ。そいつに元に戻る呪文なり、なんなりを聞いてもらえば、すぐにでも。
 電話番号を押す音に混じって声が聞こえた。俺の背後から。
「弥生、誕生日おめでとう!」
「後ろって、鏡しか」
 と、振り返った俺の目に鏡の中から出てくる母さんが映った。するするっと笑顔で出てくる、なんだ今度はっ。
「なななな、何だ?!」
 ずささっと後ずさってはみたものの、鏡の中から出てきたのはまぎれもなく母さんだった。
「母さん、どこから出てくるんだよ!」
「あら、衛・・・よね?どうして、あんたが変身してるの?」
「どうしてって」
「あ、お母さん」
 電話をきって、近寄ってきた弥生も後数歩という所で立ち止まった。久しぶりの母親と話はしたいらしいのだが、今の母さんの格好を見れば、 後数歩という距離はかなりきつい。それというのも、黒のワンピースに手には箒、足元には黒猫がいるからだ。
「お母さん、その格好って」
「あ、これ?魔女の格好よ。今まで黙ってたけど、母さんの家系って先祖代々魔女なの」
「魔女―っ?」
 俺達の叫び声を聞いても、母さんは顔色一つ変えなかった。
「そうよ、魔女よ。それでね、魔女は15歳になったら魔女学校に入って勉強するの。で、最初は魔女っ子なのよね」
「魔女っ子なのよね、って言われても。それに魔女になるの、弥生だろ?さっさと元に戻してよ」
 母さんが魔女だったのには驚いたけど、ともかく元に戻れそうって事で俺は、ほっとした。魔法を使えるのは楽しいかもしれないけど、体まで 魔女になったんじゃ厄介だもんな。
「あら、ダメよ。そのステッキで一番最初に変身した人しか、そのステッキ使えないんだもの。それに大体、弥生の誕生プレゼントに送ったのに、 勝手に使ったあんたが悪いんじゃない。だから、衛、あんた新学期から魔女学校に通いなさい」
「・・・え?」
 俺は手にしていたステッキを見た。
「え、だって、俺、男だし」
「珍しいけど、無い事もないから。時々、血筋で男の子しか生まれなかったとか、あんたみたいにステッキを男の子が使ったとかあるから。10 0年に一人位だけど」
「元に戻れないのぉ?」
「魔女になる為のステッキ使ったんだから、元に戻れないわよ」
 あっさりと、しっかりと母さんは引導を渡してくれた。
「だ、だったらさ、母さんの魔法で元に戻せないの?」
 俺の必死の願いもむなしく、母さんは首を振った。
「ダメ、ダメ。だって血筋を継がせない魔女は・・・」
「魔女は?」
「言ったら、あんた泣くから言わない」
「そんなにひどいの?」
「どうかしらね。ともかく、変身しちゃったんだから、あんたが後を継ぐのよ」
「そんな〜。それに、どうして今まで黙ってたのさ」
「だって、教えたら嫌だって言うでしょ?」
「そりゃ、普通は言うと思う・・・。あ、親父は?親父は母さんが魔女だって知ってるの?」
「知ってるわよ。だって、貿易の取引で知り合ったんだもの。魔女の作る薬ってよく効くのよ?」
 魔女と知ってて取引したのか、親父・・・。まあ、それ位の神経の図太さがないとやっていけないのかもしれないけどさ。でも、子供に黙って おくなよ。
「まあ、がんばって魔女学校を卒業する事ね。それで誰かを弟子にするの。そしたら、後は好き勝手に暮らしていいのよ。魔女の血筋は継がせた 事になるし」
「じゃあ、普通の男に戻って、普通に暮らしていいの?」
「卒業する頃には性別を変える魔法も覚えてるから、大丈夫よ」
「魔女学校って、どれ位で卒業できるもんなのさ」
「人それぞれよ。100年たっても無理な子は無理だし、1年で卒業しちゃう子もいるしね」
「1年っ?1年で卒業できるの?」
「人それぞれって言ったでしょ?普通は3年位かしらね」
 3年・・・、その間、俺はこの格好かよ。勘弁してくれ、俺は女装の趣味はないし、女の子になりたいと思った事はないんだ。でも、観念して 行くしかないか。元に戻るには自分で魔法をおぼえるしかないみたいだしな。母さんは元に戻す魔法を知ってても、使ってくれないみたいだし。
「わかった、今戻るのは諦める。で、魔法学校に入学するのは、いつなのさ」
「明日よ」
「あ、明日っ?」
「そうよ、善は急げって言うじゃない」
「善か、コレ?」
「じゃ、そういう事だから。明日、朝8時に迎えにくるわね」
 それだけ言うと、母さんはまた鏡の中に入っていった。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
 と、手を伸ばしたものの、突き指しただけだった。指を押さえて、しゃがむ俺に声がかかった。
「お兄ちゃん」
「弥生〜」
「お兄ちゃんには悪いけど、私助かったわ。誕生日プレゼントとホワイトデーのお返し、これでいいから」
「左様でございますか・・・」
 こうして、俺ののんびりゆっくりする筈の春休みは終わりを告げたのであった。



 
ステッキは手の中に〜第2回〜


  突然の魔女への変身。人の物は勝手に触っちゃいけないって事をこれほど痛感した事はないね、俺は。
 妹の誕生日プレゼントに届いた魔法のステッキ。親から送られたおもちゃだと思って、一緒に入っていたメッセージカードに書かれていた呪文を唱え たら、魔女に変身しちまった。
「実は私、魔女だったの」と、いきなりカミング・アウトをかましてくれた母さんは、俺を後継者にすると言い出した。後継者を育てない魔女は言うも はばかられるような事態になるって事だ。
 その為に、有無を言わさず妹の弥生を後継者にするべく、魔法のステッキを贈りつけてきた。おかげで何にも事情を知らない俺が使ってしまって、こ のざまだ。
 ともかく魔女っ子になる為のステッキは元の性別がどうであれ、「魔女っ子」にしてしまう品だった。もしかしたら、中年のおっちゃんでも呪文を唱 えてステッキを振れば魔女っ子になるんだろうか。ちょっと、怖い想像になったな〜。
 魔女っ子になった俺が元の姿に戻るには、大人しく魔女学校に入学して卒業するしか道は無いらしい。他にも方法はあるかもしれないけど、すがすが しい程に自分勝手な母さんが教えてくれる筈もないしね。
「どうしようかな、この服」
「脱げないの?」
 魔女っ子仕様らしいピンク色のワンピースを引っ張った俺に弥生が言った。そうか、脱げばいいのか。
「よいしょっと」
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん!女の子がいきなり裸になっちゃダメでしょ?魔女とか言う以前の問題よ」
「あ、そうか。悪いけどさ、弥生の服貸してくんない?俺のだと大きいから」
「ちょっと待ってて」
 自分の部屋に戻る弥生の足音を聞きながら、俺はリビングの姿見をのぞいた。180近くあった俺の身長は、すっかり小さくなって150前後にまで 縮んでいた。30センチ近い落差って、すごいんだな。
 鏡の中の俺は結構、弥生と顔が似ている、やっぱり兄妹なんだな。
「はい、持ってきたよ」
「あ、さんきゅー」
 ごそごそと着替えた服は、弥生の物だったけど、まだ大きかった。
「袖、余ってるね」
「そうだな。なあ、俺さ、お前より小さいよな?」
「そうね、10センチ位小さいかな?」
 横に並ぶ弥生を見上げる形になって、俺は何だか情けなくなってきた。これじゃ、兄貴のなんのって言ってる場合じゃないもんな。
「でも、お兄ちゃんがお姉ちゃんだと、こんな感じなのね。小さくて可愛いよ」
「可愛いってなあ」
 可愛いは誉め言葉だけど、複雑だ。それにしても、弥生の服でもこれだけ大きいと動きにくくてしょうがないな。
「俺、昼から服を買いに行くよ」
「あ、じゃあ、私も付き合ってあげる。下着の選び方知らないでしょ?」
「彼女の下着を買うならともかく、自分の為に買いに行くはめになるなんてな」
「いいじゃない、将来彼女にプレゼントする時の参考になるわよ」
「そうなる事を願っとくよ」
「その前に御飯食べよう?パスタがのびちゃう」
 何はともあれ、弥生が居て良かったよなあ。これで、俺一人ならうろたえて何もできないからな。
 袖を折り曲げたシャツにスカート、そんな格好で食べる昼飯は落ち着かなかった。スカートから出た足がすーすーするのもだけど、いつもなら全然足 りない量のスパゲッティーが食べきれるか心配になる程だったからだ。
「悪い、ちょっと残す」
「お兄ちゃん小食だね」
「この体だと、そうなのかも」
 椅子からソファに移った時、弥生に叱られた。
「お兄ちゃん、パンツ見えてるよっ」
「え?」
 ふっと落とした視線の先には、確かに足が全開になったスカートがあった。
「なあ、ジーパン持ってないのか?」
「無いよ。私、スカートしか持ってないもん」
「だったら、長いの貸してくれよ」
「えーっ?短い方が似合って可愛いのに」
「着せ替え人形じゃないんだからさ」
 何とか弥生からロングスカートを借りて、ずり落ちそうになるトランクスを安全ピンで留めると、俺達は着替えを買いに出た。性別が丸っきり変わっ てるんだから、ばれる心配は無いのに、どうしても心配になる。何か、皆が見てる気がするんだよな〜。
「お兄ちゃん、きょろきょろしない方がいいよ?かえって怪しまれるじゃない」
「でも、落ち着かないんだよ。ジーパンでもはいてたら、まだマシなんだけど」
 いつもなら俺の方が歩幅を合わせていたのに、今は弥生が合わしてくれてる。駅前のビルに入ってるデパートに行ってみたものの、どの服が俺に合う の分からなかった。それに、店に入るのも勇気がいるんだよな。店員が獲物を見る目で待ち構えてるのが心臓に悪い。
「じゃあさ、お兄ちゃん。ソルシエールの服を見てみようか」
「お前の着てる服か?」
「ううん、そんな事ないよ。ファッション雑誌で見たんだけど、フランス語で魔女って意味なんだって。今のお兄ちゃんにぴったりでしょ?」
「もしかして、この状況を楽しんでないか?」
「そんな事ないよぉ」
 と、言いながらも顔は笑っていた。母さんの血が濃いのか?だったら、良くない傾向だ。弥生に引っ張られるようにして到着したのは、やたらと明る い色のスペースだった。ピンクに水色、若草色、白にレモンイエローって、俺の好みとは遠くかけはなれた店だった。
「ね、これなんかどう?」
 嬉しそうに弥生が見せた服は花柄模様のシャツだった。
「似合うのか?それ」
「似合うよ。だって、お兄ちゃん目が大きくて口がきゅっと小さい可愛い顔してるんだもん」
「お前なあ、俺とよく似た顔してるんだから、自分褒めてるのと変わらないぞ」
「そんな事ないっ」
 力説する弥生は、ぐっと俺に顔を近づけて言った。
「お兄ちゃんの方が可愛い」
「そうですか・・・」
 なんかもう反論する気力も失せてきたんで服選びは弥生に任せる事にした。それにしても、女の子の服って色々あるんだなあ。男の服は数があるって いっても、色の種類は女の子の物より少ないからな。
「お兄ちゃん、お待たせ」
 大きな紙袋を下げた弥生に返事をしかけて、気づいた事があった。
「あのさ、外でお兄ちゃんはマズイだろ」
「あ、そうか。じゃあ、なんて呼ぶの?新しい名前考える?」
「そうだなあ」
 急に名前って言われても困るんだよな。たまに自分の名前が、こうならいいのになって思う事はあるけど、女の子の名前となるとな。
「なかなか思いつかないわね。とりあえず下着を買いに行こ」
「そうだな」
 必要な物とはいっても、照れるなあ下着売り場は。ラッキーじゃん、とか言うやつも居るかもしれないけど、中身のない下着なんて見ても楽しくない んだけどな。
「あ、弥生」
「え?あ、高尾君」
 げっ、弥生の知り合いか?顔見られるとまずいなあ。
「何、友達と買い物?」
「え、えっと従姉妹なの。遊びに来てて」
 そう言って、弥生は笑ってみせてるけど、どう見ても引きつってるぞ。
「へえ、そうなんだ。俺、高尾弘樹っていうんだけど、君は?」
 な、名前聞いてきたっ、積極的なやつだな〜。のぞきこむなっ、顔を見るなーっ!
「恥ずかしがり屋なんだな」
「え、うん。ちょっと人見知りするから」
 よし、そのままごまかしてくれっ。弥生の説明に納得したのか、高尾ってやつは俺から視線を外した。
「高尾君は何してるの?」
「明後日、ホワイトデーだろ?お返し買いに来たのさ。あ、弥生にもあるよ」
 弥生だと?何だ?付き合ってるのか?弥生に何を渡してるのかと、のぞいたのに気づいて高尾が笑った。
「君も欲しいの?」
「え、そ、そんな事ないけど」
「いいよ、あげる。君、結構好みのタイプだから」
 タイプだって?ちょっと待て、会っていきなりの人間に何を言うんだ、こいつは。妹の彼氏にはしたくないタイプだな。
「弥生、こいつと付き合ってるのか?」
「そんな事ないよ、同じ吹奏楽部だからチョコあげたの」
「・・・ならいいけど」
「へえ、人見知りする割には男みたいな話し方するんだ」
 しまったっ、やばい・・・。何とか、ごまかさないと。でも、どうやってごまかすんだ。えーっと、えーっと。
「こっちには長い間、居るの?」
「え、よく分からないけど」
「じゃあ、俺と付き合わない?」
「な、何―っ?」
 なんだ、こいつは。次から次へと無理難題をふっかけてくるなよ〜。答えあぐねてる俺の頭を高尾は、ぐりぐりとなでた。
「ダメ?」
「ダメっ!会っていきなり、そんな事を言ったり、恋人でもないのに呼び捨てで呼ぶようなやつとは付き合わないっ」
 何とか、諦めさせようとできるだけ印象悪くなるようにと睨み付けたけど、こいつはあきれるほどタフだった。
「君、すっごいお堅いねえ。なんか新鮮だな。よし、じゃあ弥生の事は『木原』って呼ぶし、君が付き合ってくれたら、他の人にはさっきみたいな事を 言わないからさ」
 タフだし、諦め悪いな。根性があるのかもしれないけど、一歩間違えるとアブナイ奴だぞ。何とかならないもんかな・・・、よし。
「じゃあ、これから100日間、毎日ラブレター書いて。100日続いたら、考える」
「100日でいいの?」
「手を抜いたりしたら、即アウトだからな」
「心配ないよ」
 自信満々に言う高尾を見て、ちょっと後悔した俺が居た。100日と言わず、1年って言えば良かったかなあ。
「じゃあさ、名前教えてよ」
「え?」
「名前知らないとラブレター書けないだろ?」
 う、墓穴掘ったなあ。名前何にしようかな・・・、弥生は3月生まれだから弥生だろ?俺は8月生まれだから、葉月で。
「教えてくれないの?」
「葉月」
「葉月?」
「うん」
「それ名前だろ?苗字は?付き合うまでは呼び捨てで呼んじゃいけないんだろ?」
 真面目なのか、テクニックなのか。こいつ、あなどれないな。
「木原」
「あ、お父さん方面の従姉妹なんだ」
「そ、そうなんだ」
「じゃあ、ラブレターは弥生、じゃなかった。木原に渡すから、ちゃんと読んでよ」
「・・・うん」
「返事くれると嬉しいけど。あんまりしつこくすると、また睨まれそうだしな」
 う、何かこいつ包囲網を狭めてきてるような気がするな。
「じゃあね、葉月ちゃんと木原」
 高尾は手を振りながら、俺達の前から消えた。どっと疲れたぞ、これは。なんで、いきなり災難の種が降って来るんだ。魔女学校に入るってだけで も、十分災難なのに。
「お兄ちゃん、じゃない葉月ちゃん大変だったね」
「弥生、声が笑ってる」
「ごめん、ごめん。さ、下着売り場に行こ?また誰かに告白されるかもよ」
 くっそー、弥生のやつ面白がってるな。弥生が魔女になってりゃ、少なくとも性別の問題は起きなかったんだよなあ。はあ、バカな事したな〜。

ステッキは手の中に〜第3回〜


「おに・・、葉月ちゃん、どれがいい?」
「ど、どれって」
 俺の周りには本当に色とりどりの下着があった。ブラジャーもパンツ、こういうのはショーツって言うんだっけ?ともかく、壁一面にディスプレイ されていた。
「これなんか似合うんじゃない?花柄よりチェックの方がいいでしょ?」
「どれでもいいから、さっさと買おうぜ」
「ダメよ、サイズ測らないと。すみませーん」
 弥生の声で店員がやってきた。手には、しっかりとメジャーが握られてる。測るのか?それで測るのか?
「すみません、この人のサイズ測ってもらえますか?」
「こちらのお客様ですね。では、こちらに」
 店員に連れて行かれたのは広めの更衣室。カーテンがひかれたものの、照れくさい。体は女でも、中身は男なんだよなあ。恥ずかしがっても、しか たない。覚悟を決めるしかないか。
 できるだけ店員と目を合わさないようにして、服を脱ぐ。店は暖房が入ってるんで、服を脱いでも寒いと感じる事はなかった。
「えっと、トップが90でアンダーが65ですから、Eカップですね」
「はあ」
 Eって、結構でかいんだよな、確か。もそもそと服を着なおすと、更衣室から出た。中での会話を聞いていたのか、弥生の手にはいくつかのブラジ ャーがあった。
「葉月ちゃん、私より胸おっきいんだね。はい、これ全部Eだよ」
「サンキュー。さっさと買って帰ろうぜ」
「そうだね」
 どうにか当分の着替えを買い込んだ俺達は家に帰り着いた。時間にして1時間ちょっとなのに、どうしてこんなに疲れるんだ。
 ソファにへたりこんでる俺に、弥生は袋から取り出した洋服一式を渡した。
「お兄ちゃん、早く着替えてね。ブラしてないから、見えるよ」
「見えるって、何が?」
「もうっ、言える訳ないでしょ?透けるのっ」
「え・・・」
 胸の辺りで透けるものって・・・、もしかして。そりゃ、言いづらいな。
「分かった、着替えてくるよ」
 自分の部屋に戻って、着替えようと服を脱いだら、しっかり胸があった。いや、胸は最初からあるんだけど、「胸」から「バスト」って呼んだ方が いい状態になってた。はあ、人のものなら嬉しいけど、自分の胸がでかくてもなあ。見て喜べってのか。
 とりあえず、ブラジャーをしてみたものの、やっぱり息苦しい感じがするな。花柄のシャツを着て、長いスカートをはこうとしたものの、履いてる パンツがトランクスなのに気づいた。
「そっか、これも履き替えないと」
 ベッドの上に置かれてる、やたらと小さなパンツに手を伸ばした。正三角形に近いパンツを目線にまで持ち上げると、ため息をついた。
「入るのか?これ」
 引っ張って伸ばしてみたけど、ちょっと心配になった。ともかく、いつまでも下半身を寒いままにしておけないので履いてみる事にした。
「あ、意外と大丈夫だな」
 上下揃いの下着を着て、ズボンを履くとリビングに戻った。
「うん、似合ってるね」
「はあ、明日っからはこんな格好をずっとするんだな」
「明日から行くのは魔女学校なんだし、ステッキから出てきた服が制服なんじゃない?」
「あれが制服かよ〜。まだ、こっちの服の方がマシだ」
 ハンガーにかかって、壁に下げられたピンク色のワンピースを見て、俺は思いっきり嘆いた。魔女になる人間が、あんな乙女チックな色の服を着て いいのかよ。魔女って言えば、黒くて、おどろおどろしくて、まがまがしくて・・・。それはそれで嫌だけどな。
 制服がピンクなのは我慢するか。明日から魔女学校に入学すれば、あのやたらとへこたれない高尾ってやつと会わなくてすむんだから。
 でも、魔女になる勉強って何を習うんだろう?箒に乗るとか、薬を作るとかするのかな。
「あれ?お客さんだ」
 弥生がドアチャイムに呼ばれ、玄関へと顔を出した。何か届け物なのか、中々帰ってこない。もしかしたら、セールスマンかもしれないな。弥生よ り小さくなったとはいえ、兄貴である事には変わらないんだから、助けに行くか。
「弥生、どうした?」
「あ、葉月ちゃん」
「げ、高尾」
「そんな嫌な顔しないでよ、折角ラブレター書いてきたのに」
 おいおい、まだわかれて半時間程しかたってないぞ。
「速いな」
「デパートで分かれた後、すぐ文房具売り場に行ってレターセット買って書いたから」
 嬉しそうに鞄から封筒を取り出した高尾は俺に差し出した。
「はい、ラブレター」
「あ、ありがと」
 ありがたくないんだけどな、本当は。読まずに捨ててやろうかな。
「ちゃんと読んでね」
「え、あ、もちろん」
 こいつ俺が捨てようかって思ったの見抜いたのか?顔に出てたかな。
「葉月ちゃんてさ、いつまでこっちに居るの?」
「どうして?」
「だってさ、家に帰ったらラブレター100日書けないだろ?もちろん実家の住所教えてくれればいいんだけど」
「え、あ、その」
 口からでまかせ言うもんじゃないな、全く。さて、どうしたものか。その時、弥生が助け舟を出してくれた。
「あのね、葉月ちゃんね、全寮制の女子高に入る為に来たの。だから男の人からの手紙はダメなの」
「そ、そう。だから、ちょっと」
 100日って言い出した方から、こんな事を言うのも何だけど、これで諦めてくれればいいんだよ。と、思った俺が甘かった。
「じゃあさ、宛名とか木原が書いてくれれば問題ないだろ?まさか、寮の人も中身までは読まないだろうし」
「そ、そうね」
 弥生は目で「ごめんね、お兄ちゃん」と言っていた。いやいや、お前はがんばってくれたよ。それにしても、こいつへこたれないなあ。
「手紙のチェックが入るって、すっごいお嬢様学校なんだね。ちょっとイメージとは違うね」
「悪かったね。付き合おうなんて、やめたら?」
 いじわるく、そして嫌味ったらしく言ったものの、返って来たのは笑顔だった。
「いや、意外性があっていいじゃない。見たまんまの子なんてつまんないもん」
 なんか、どんどんどつぼにはまってる気がするぞ。さっさと魔法を覚えて男に戻るか、それとも高尾の気持ちをどっかに向かせるかしないといけな いな。
「どしたの、葉月ちゃん?」
「何でもない」
「じゃあ、俺帰るし」
「あ、もう帰るの?」
 弥生は言ってから、「しまった」って顔をした。早く帰った方がいいに決まってるんだけど、あっさり帰ろうとする人間には声をかけちゃうもんだ よな、意外と。
「まだ今日、会ったばかりだから。葉月ちゃんって、ここで家に上がるような男はダメでしょ?」
 からかうような視線に俺は返答しかねた。実際、あつかましい奴は苦手だったから、この問いには頷くしかない。それに、もし反抗心を起こして「そ んな事ない」と答えれば、高尾は家に上がる訳で、それもお断りだった。
 性格を見透かされたみたいで、ちょっと腹もたったけど頷いた。
「だから帰るね。これからラブレターは木原に渡すから、読んでね。じゃ」
 いきなり現れて、いきなり帰っていった高尾にため息をついて、2人で顔を見合わせた。
「疲れた、どっと」
「本当にね。でも、高尾君ってお兄ちゃんみたいな子が好みだったんだ」
「知らなかったのか?」
「高尾君って、すっごく女の子に人気があるのよ。格好いいし、成績いいし、運動神経もいいし」
「そりゃ、人気あるな」
「それに優しいから。一見、女ったらしに見えるけど、恋愛に関しては一線引くから」
「それなら、黙ってりゃ良かったな」
「どうして?」
「兄貴としちゃ、心配だったんだよ。あいつ女ったらしっぽかったから」
「なあんだ、そうだったんだ」
「あーあ。黙ってりゃ、興味持たれる事なかったかもしれないのに」
「でも、ありがとうね」
「何が?」
「心配してくれて」
 そうなんだよ、心配するのは弥生がいい妹だからなんだよ。両親は海外出張で、ずーっといないし、兄妹2人だから守ってやんなきゃって思うんだよ な。でも、今はちょっと体格上守るのも難しいかもしれないけど。
「弥生は俺の心のオアシスだよ」
「もう、お兄ちゃんたら大げさなんだから」
 笑いながらリビングに戻る弥生の後ろで、俺はラブレターの封を切った。速い事は速いけど、手を抜いてあればしめたものだ。なんせ、「手を抜いた ら即アウト」って言ってあるしな。
「えっと、何々?」
 手紙の内容は鳥肌がたつ程、情熱的だった。一目惚れしたと始まって、見た目と性格のギャップが良いだとか、最近珍しい程に清純だとか。その全て が良いらしく、俺のしてきた事は自分を追い詰める結果にしかなってなかったらしい。くそ、これなら可愛こぶってればよかった。
「お兄ちゃん、返事書くの?」
「書かない」
「どうして?」
「どうしてって、返事を書いたら文通になるじゃないか。俺は諦めさせる為に言ったんだから」
「あ、そうか」
 弥生って時々、天然ボケをかましてくれるな〜。便箋を封筒に戻すと捨てようかとゴミ箱に向かった。その時、ゴミ箱から、にょろりと現れたものが あった。現れたのは黒手袋、それはもれなく中身付きで、次に中身つきの帽子が出てきた。
「ごめーん、言い忘れた事があったわ」
 母さんだ。言い忘れる事もあるよな、あんな短時間での説明じゃ。頭が通るのがやっとの筈の大きさのゴミ箱から、するすると出てきた母さんはソフ ァに座った。
「あのね、魔女学校なんだけど、通いだから」
「え?寮とかに入るんじゃないの?」
「ダメダメ。寮はあるけど、入るとお金取られるんだもの」
「通いって、どうやって通うのさ。それ以前に魔女学校の場所は?」
「あ、それも言ってなかったわね」
 母さんは斜めがけにしてた鞄の中から、1冊のパンフレットを取り出した。それは写真入の綺麗な物だった。魔女も写真撮ったりするんだな。
「えっと・・・各家庭のお好みの場所からご自由にどうぞ。何、これ」
「だから、好きな所から行けるのよ」
「どうやって?」
「それはね、師匠に学校に連れて行ってもらって、そこで鍵をもらうの」
「鍵?」
「これよ」
 そう言って母さんは胸元から鍵の形をしたネックレスを取り出した。昔ながらのシンプルな形の鍵は、じっくり見ないと見落とす位に透明に近かった。
「この鍵があると、どこからでも魔女国に行けるの」
「どこからでも、はいいけどさ。ゴミ箱から出てくるのはやめてくれよ」
「でも、ゴミ箱ってどこにでもあるからいいのよねえ」
「こだわらないんだね・・・」
 俺のあきれた声が聞こえなかったのか、無視したのか、母さんはソファに座って部屋を見回した。
「綺麗に掃除してるわね。弥生がしてるの?」
「掃除とゴミ出しは俺の仕事。料理と洗濯を弥生がしてくれてるんだ」
 ちらっと俺を見て、母さんは言った。
「ふうん、結構マメなのね。父さんみたい」
「家事、お父さんに任せてない?」
「あ、弥生」
「母さん、家に居た時は家事を全部お父さんに任せてたじゃない?」
 ミントの匂いをさせた紅茶をテーブルに置きながら、弥生は母さんを見た。弥生の叱るような視線に母さんは胸を張った。怒られてるのに、どうして 胸を張るんだ?
「大丈夫よぉ。あんた達が居ない時は魔法できちんとしてるから」
「まあ・・・、何でしてもいいんだけど」
 弥生も諦めの境地に達したのか、それ以上は言わなかった。それに気を良くしたのか、母さんは鞄から魔法のステッキを取り出した。
「あんた達に内緒にしてる間は、ほーんと大変だったわあ。魔法でちょいちょいってできる事をわざわざ自分でしなくちゃいけないんだから」
「そんな恩着せがましく言わないでよ。でも、どうして内緒にしてたのさ?」
「あんまり小さな頃に教えると外で話すかもしれないでしょ?」
「俺達、まだ小さいのか?もう17と14だよ?」
「ん〜、途中まではそう思ってたんだけどね。その内、『いきなり教えたら驚くかな』って思って」
「驚くかなと思ってって・・・。驚いたよ、うん」
 俺のあきれた声に母さんは満足そうな表情を浮かべた。感心してない・・・あきれてるんだ、わかってくれよぉ。


つづく


ステッキは手の中に〜第4回〜


 相変わらず自分勝手な母さんに振り回された1日は何とか終わった。どうせ魔法で簡単に外国に行き来できるんだから、久しぶりに家に泊まれと行ったものの、 母さんは出張先に居る父さんの所へと戻っていった。
「はあ、本当に今日は疲れた・・・」
 ベッドに寝転がっての呟きは本当に染み出たものだった。でも、明日からはもっと疲れるんだろうなあ。できるだけ寝て疲れをとっておかないと・・・。
 と、思って目をつむって次に目を開けたら、もう朝だった。部屋に戻ったのが確か10時で今が7時だから9時間寝たのか。でも、そんなに寝た気はしないな、 まだ何だか疲れてる気もするし。
「夢だったらいいんだけど」
 そう思ってとりあえず胸を触ってみたけど、むにっていうか、ぷよっていうか。ダメだ、夢じゃない。
 そろそろ諦めの境地に達してきた俺は、取りあえず朝飯を食べる為に居間に降りた。テレビの音の向こうにかちゃかちゃと食器が当たる音がしてた。
「おはよう、弥生」
「おはよう、お兄ちゃん。御飯できてるから食べてね」
「ああ」
 いつも通りの会話に、いつも通りの朝の番組。でも、俺の生活は変わったんだよな。元の体に戻る為にも、さっさと魔法使いにならないと。
「お兄ちゃん、お弁当っているのかな?」
「お弁当?どうなんだろうな」
「私の分は作ったんだけど」
「俺は・・・、あ!」
 そうだよ、今日から魔女の学校に行く事になってるけど、こっちの学校だってあるんだ。もうすぐ春休みだって言っても、まだ2・3日残ってるんだし。それ に新学期からは確実に通えないんだから、手続きだって必要だし。
「母さんが来た時に頼んでおかないといけないな」
「何を?」
「転校手続きだよ」
「あ、そうか」
「電話かけてみるか。弥生は先に食べてて」
「うん」
 魔女になれば簡単に連絡とれる魔法でもあるんだろうけど、取りあえず今は電話をかけるしかないか。今、母さん達が泊まっているホテルの電話番号は聞いて あるから、そこにかければ大丈夫だろ。
 国際電話の国番号を押した時、受話器から煙のように母さんが出てきた。ナイスタイミングだけど、驚くって言うんだっ!
「かか、母さん?!また、こんなところからっ!」
「いいじゃないのぉ。あんたが『ゴミ箱はやだ』って言うから、他の場所から出てきてあげたのに」
 確かにゴミ箱は嫌だって言ったけど、どうしてこう人が向き合ってる所から出てくるかな。まさか、わざとか?ありえるな母さんから。じーっと見ている俺の 視線を無視して、母さんはテーブルに腰掛けた。
「弥生、母さんにも御飯ちょうだい。久しぶりに御飯と味噌汁が食べたくなっちゃった」
「それはいいけど、お兄ちゃんの学校の手続きしてあげてよ。魔女の学校、今日が入学式だけど、こっちの学校はまだあるんだし」
「分かってるわよぅ、ちゃんとしておくわ」
「転校の理由は何にするの?」
「魔女になります、じゃダメかしら?」
「ダメ」
「やだー、冗談じゃない。ちゃんと手続きしておくわ」
 さすがに詰め寄った俺の顔が怖かったのか、母さんは笑ってはいたものの冷や汗をかいてた。そうか、母さんを操縦するには強気で出るのがポイントなんだな。 久しぶりの親子3人の朝食を終えた後、弥生は学校に行った。
「あんた早く着替えなさいよ。あ、それに髪も跳ねてる」
「分かったよ」
 うう、ピンク色のワンピースに着替えるのか。3月の朝は春とはいえ、まだまだ寒くて服を脱ぐと鳥肌がたった。目の前のワンピースを着てしまうと後戻りが できない気がして、なかなか手が伸びない。けど、このまま見てても、その内、母さんに着せられるんだろうな。
「風邪もひくだろうし、着るしかないよな」
 少し大きく見えた魔女のワンピースは着てみるとピッタリだった。やっぱり魔女の作った物は一筋縄じゃいかないって事かな。着替えが終わったところで机の 上を見た。使い込んでくたびれた筆箱やら下敷きが置いてある。うーん、魔女の学校ってシャーペンやら下敷きを使うような授業するのかな。まあ、いいか紙袋 にでも入れておくか。
「母さん、これでいい?」
「ん〜、いいでしょ。じゃあ、行くわよ」
「ゴミ箱は嫌だよ」
 ゴミ箱に足を突っ込みかけていた母さんは不満そうな顔をした後、鏡に手を触れた。すうっと手首まで入った時、母さんは振り向いた。
「さ、手を持って」
「うん」
 母さんの手を持った瞬間、きゅうっと世界が小さくなったような気がした。体がねじれてるような視界を見た後、俺は魔女国に居た。魔女の国っていう位だか ら、どろどろと黒っぽい所かと思ったら意外と明るくて気持ちよさそうな所だった。例えるなら絵本の世界のような。
「へえ、綺麗な所だな」
「でしょ?さあ、行くわよ」
 母さんについて歩いていく内に人通りが多くなってきた。最初に出た場所は野原っぽい所だったんだけど、歩いていると町に入ったから。大体が黒服の魔女だ ったけど、所々に俺と同じようにピンクとか青とかカラフルな服を着た子も居た。やっぱり修行途中の魔女っ子かな?
「ほら、あそこよ」
 母さんが指差した先には大きな木が立っていた。大きなと一言で表したけど、並みの大きさじゃない。ビル位の太さと高さがある木だった。幹の所々には洞が あって、そこから人の顔がのぞいていた。
「今日からあそこで勉強するし」
「あのさ、筆箱とか下敷きとか持ってきたけど、使うの?」
「使うわよ、一応。スタイルに合わせて羽ペンとインクに羊皮紙って子も居るけど」
 学校に近づくにつれて、周りの色が黒からパステル調の色合いに変わってきた。それと共に何だか、視線が集中してるような。
「あ、エリカ。息子さん?」
 げ、いきなりばれてるのか?俺は声のした方向を見た。そこには母さんと同じ位の年の人が居て、横には水色の魔女っ子服を着た子が。
「ミレじゃない。フランちゃんも大きくなって〜。これ、息子の葉月。よろしくね」
「よろしく、葉月ちゃん。娘のフランよ、よろしくね」
「よろしく。あの」
「なあに?」
「どうして、俺が男だって知ってるんですか?」
 その言葉にミレさんは、ちらりと母さんを見た。また、余計な事をしてくれたんじゃないだろうな。
「えっとね。昨日、エリカが皆に頼んで回ってたの。『息子が魔女になるからよろしく』って」
「頼んで・・・。母さん〜」
「感謝しなさいよね。自分で言うのが恥ずかしいかもしれないからって、あちこちに頼んであげたんだから」
「そりゃ、言いにくいけどさ」
「それとも、なーに?黙っておいて、着替えの時とか怪しまれずにじっくり見るとかしたかったの?」
「そんなんじゃないって!」
 そりゃ最初から知っててもらった方が話が早いけどさ。俺達の横を通る親子連れは、小声で話したり、時には指差したりしながら校門をくぐって行った。
「ねえ、母さんそろそろ行こう?入学式始まっちゃうよ」
「そうね、エリカ行きましょ」
「ええ」
「じゃ、葉月ちゃん行こ」
 フランって子は、そう言った後、俺の手をひいて歩き出した。フランは俺よりかなり背が高くて165位はあった。今の俺の身長が150位だから話す時は 見上げるようになる。その見上げた顔は白く、髪は薄い金色だった。多分、欧米系の子なんだろうな。って、どうして言葉が通じるんだろ。
「フランさんって日本語話せるの?」
「フランでいいよ。あのね、魔女の国ってどんな言葉も自然と同じ言葉に聞こえるの。地球の空気に当たるものが、そういう役割してるんだって」
「へえ。フランって、よく知ってるね」
「小さい頃からお母さんに習ってるから。葉月ちゃんてさ」
 そこまで言ってから、フランは俺の耳に顔を近づけた。
「はづきちゃんって大変でしょ?お母さんすごいから」
 思いがけない味方の登場に俺は思いっきり首を縦に振った。
「そう!そうなんだよっ!もう大変で大変で」
 涙が混じった声にフランは笑いながら言ってくれた。
「だからね、これからは私も手伝うから、がんばろうね」
「うん!」
 問題解決という訳じゃなかったけど、何とかなりそうな希望が出てきた事で俺の気持ちも少しは楽になった。大丈夫、悪い事ばっかりじゃない筈だ。


ステッキは手の中に〜第5回〜


 巨大な樹が魔女の学校だった。そして、いくつかある洞の中が教室だったり、体育館だったりしてる。今日は入学式だったから、俺達新入生は 講堂にあたり洞に入って行った。
 切り株の椅子に座って待っていると、壇上に一人の御婆ちゃんが上がって行った。皺で表情が見えない位の御婆ちゃんだった。式辞を見るに、 どうやら校長先生らしい。
「さて、皆さん。今日は皆さんが魔女学校に入学された事を、とても嬉しく思っています」
 お、皺が上がったぞ。笑ってるのかな?と俺は、校長先生の挨拶よりも皺の動きが気になって見入ってしまった。そんな訳で、結局挨拶の方は 全然聞いてなくて校長先生が頭を下げた事で話が終わった事を知った。
 それからは何人かの先生から学校の説明があった後、入学式はつつがなく終わった。ここら辺は、俺達の世界と変わらないんだな。ちょっと、 期待してたんだけどな。
「それじゃ、後はがんばんなさいよ」
「え、母さん帰るの?」
 講堂を出たところで声をかけてきた母さんは、すでに手に箒を持っていた。
「だって、後は教室に行って授業に使う物を受け取ったら帰っていいんだもの。もう子供じゃないんだし、一人でできるでしょ?」
「そりゃそうだけど」
「それともなーに?一人じゃ怖いの?頼りない子でしゅね〜」
 からかうような声の中に『面倒くさい』という気持ちがふんだんに練りこまれているのが分かった。
「わかったよ。さっさと帰りなよ」
「じゃ、がんばってねー」
 箒にまたがると、ふいっと飛び上がりすぐに姿が見えなくなった。昔っから放任主義で育てられた訳だけど、本当に俺も弥生もよくまともに育 ったよ。普通、すねてひねるぞ。
「葉月ちゃん、行こ?」
「あ、うん」
 フランと一緒に向かった教室は、かなり階段を上らなきゃいけなくて結構疲れた。
「毎日、この階段を昇るのかな」
 ため息と共にフランを見ると、彼女は笑いながら答えた。
「そんな事ないよ。授業で箒の乗り方を教わったら、外から教室に行っていいから」
「そうなんだ」
「ほら、外を見て」
 フランに言われ、窓を見た俺は上級生らしい魔女っ子達が校庭に降りて行く姿を見た。確かに箒に乗って軽々と空を飛んでいた。気持ちよさそ うだな、すいーっと飛んでるし。
「いいなあ、俺も早く箒に乗りたいな」
 その呟きに背後から、くすくすとした笑い声が聞こえた。振り向くと、笑い声は止まる。どうやら、俺達の後ろについて階段を昇っている子達 が会話を聞いていたらしい。笑ってたのは、『俺』って言ったからかな?俺が男だってのは、母さんの広報活動のおかげで皆に知られてるみたい だしな。
 やっぱり女の子の言葉を使わなくちゃいけないのかな〜。でも、女の子だって男言葉を使う場合もあるんだけどな。ともかく、もう少し様子を 見るか。
 長い階段をのぼって教室につくと、入り口に席順を書いた紙が貼られていた。
「えっと、あ、窓際だ」
 さっきみた箒で飛ぶ姿が気に入っていたんで、座る場所が窓際だったのに俺は喜んだ。
「私は・・・やだ〜、一番前だ」
 フランは口をとがらせて俺に言った。背が高めな事もあって、フランは後ろの方の席になるんじゃないかと思っていたらしい。どこの世界も一 番前ってのは嫌なもんなんだな。
「でも、この席順って何で決めたんだろ?別にアイウエオ順でもアルファベットでもないみたいだし」
 と、俺が名簿を見ていると後ろから声がかかった。
「あら、ご存知ないの?私達の師匠の実力順ですのよ」
 その高飛車な雰囲気のする話し方に振り向くと、『おいおい、魔女ってそうじゃないだろ』と突っ込みたくなるような、派手な魔女っ子服を着 ている子が居た。なんか、スパンコールとかがバンバン付いてるんだ。
「えっと、実力順にどう座ってるのさ」
 俺の質問に、その子は胸を張って答えた。
「前から横に並んでいきますの、先生の授業がよく聞こえるように。優秀な者は更に勉学に励んで、更に優秀になるという訳ですわ。あなたみた いに一番後ろの席の人は師匠が優れていないという事ですわ。ちなみに私は一番前ですけれど」
 そう言って名簿を指差した先にはカディアと書かれていた。
「フランの隣なんだ。で、どっちがいい場所なのさ」
 ちなみにフランは窓側、カディアは廊下際。ぶつぶつと口の中で何か言った後、怒ったように答えた。
「彼女よっ。あなたもせいぜい席順が前になるように、がんばる事ね。男の身で魔女学校に入ったんですから、せめて成績が良くなくては肩身が 狭いでしょ?」
 それだけを怒ったように言い捨てると、カディアは教室に入って行った。今までの話の流れを見ると、怒るのは俺の方だと思うんだけどなあ。
「それにしても、フランってすごいんだね。一番前で、窓際って事は一番優秀って事だろ?」
「でも、それは私が優秀って訳じゃないわ。母さんがすごいの」
「そうかもしれないけど、今までおばさんに教えてもらってたんだろ?きっとフランもすごいよ」
「ありがと、葉月ちゃん。あのね、聞いてもいい?」
「何?」
「葉月ちゃんの男の子だった時の名前教えくれない?」
「いいよ。あのね、衛っていうんだ」
「衛・・・いい名前ね」
「そう?ありがと」
 俺達は、そんな事を話しながら教室に入った。俺の席は一番後ろの窓際、カディアが言うには出来の悪い魔女の弟子って事をあらわしてるみた いだけど、特に気になる事もない。まさか先生もそんなに小さい声で話す訳じゃないだろうし。
 それにしても、師匠の実力を測るってどうするんだろう?やっぱり試験とかするのかな。ともかく、母さんが教室に来たくなかった理由の一旦 がわかった気がした。
 ざわざわとした雰囲気の中、教室前方のドアが開き、黒服を着た魔女が入ってきた。厳しい感じの魔女は教壇に立つと、俺達を見回し口を開い た。
「今日から、あなた達の担任を勤めるティボーといいます。魔女になるには大変な努力が必要です。しかし、努力によって実力がついた場合、学 習期間に関係なく飛び級する事ができます。場合によっては、1年に満たない時間で卒業する事も可能です」
 母さんが言ってた事は本当みたいだな。これで、がんばろうって気になるってもんだ。
「今日は、これで終わりですが、明日からは授業が始まります。遅刻などないように」
 静かではあるが、ティボー先生の声に俺達は頷いた。そして、授業に使う本だとか、魔女国に来る為の鍵とかを受け取ると、家に帰る支度を始 めた。と言っても、荷物はほとんど無いから、また延々と長い階段を下りるだけだけど。
「じゃあ、葉月ちゃん、また明日ね」
「あ、うん」
 そう答えた俺の目の前でフランは教室の掃除用具庫に入っていった。あ、そうか、鍵があればどこからでも帰れるのか。そう思って、俺も掃除 用具庫を開けたけど、目の前は家じゃなかった。その様子を見てた俺の耳に聞こえたのは、カディアの声だった。
「無理ですわよ。そういったどこにでもある所から空間を移動できるのは、力のある者だけ。あなたのような情けない師匠を持つ人はパワースポ ットに行かなくては」
「パワースポット?」
「人間界との縁が深くなっている場所ですわ」
「あ、だから、今朝は町の外から来たのか。じゃあ、そっちに行ってみるか。ありがと」
「ど、どういたしまして」
 俺が悔しがらなかったのが面白くないのか、カディアはそれ以上何も言ってこなかった。ああいった奴は構うと、余計に面白がるから相手にし ないのが一番いいんだ。それに言い方に問題はあるけど、疑問には答えてくれてるしな。
 ともかく、俺は箒の乗り方を教わるまで、えっちらおっちら階段を上り下りして、遠くのパワースポットまで歩く事が確定した訳だ。はー、母 さんがもっとがんばっておいてくれたら、俺も掃除用具庫から帰れたのになあ。今度、会ったら文句の一つも言ってやるぞっ。


ステッキは手の中に〜第6回〜


 魔女学校での入学式は朝の9時から12時までって事だったんで、そんなに長い時間かしこまってた訳じゃない。でも、慣れない場所に居たからか 少し疲れているみたいだった。肩がごりごりしている。
 魔女国には簡単に行ける筈だったけど、師匠の能力によっては人間世界と通じる場所が限定されてたりする。俺の師匠である母さんは、どうやら能 力的に問題があるらしく、魔女国のパワースポットを使わないと人間世界には戻れないらしい。つまり、それは俺も同じ事で。
 とことこ歩いて、パワースポットを抜けて帰ってきた家には誰も居なかった。こっちの世界では、まだ普通に授業のある日だったから弥生も、まだ 学校に居る時間だった。
「腹減ったなあ」
 俺は着ていた魔女っ子服を脱いでハンガーにかけた。本当は呪文でも唱えれば、ステッキの中に収納されるんだろうけど、まだ憶えてないんだよな あ。母さんも教えてくれなかったし。取り扱い説明書でもあればいいんだけど、それも無い。大体、今の時点で何ができるのかな。
「ま、何か食べながら考えるか」
 作るのも面倒くさくてカップラーメンにお湯を注いで、テレビをつけた。平日の昼間は気に入った番組も無くて、テレビ画面を見てても頭には入っ てなかった。
 昨日突然、男から女になって、今日は魔女見習になった。普通なら受け入れられる筈の無い状況を、あっさりと受け入れてる。あんまり物事にこだ わらない方だと自分でも思ってたけど・・・、ちょっとおかしいかな。魔女になって後継ぎをつくれば、男に戻ってもいいんだけど。でも、そうだと 分かってても、それまでの時間は特殊なものなんだよなあ。
 3分たって出来上がったラーメンを食べながら、今の状況を友達に説明してない事に気づいた。俺は2年生だから、何もなきゃ今も4月からも同じ 学校に通ってる筈だ。でも、突然転校するって話になってる。転校する理由や、日にちを話してないんだから、何だか裏切られたって感じがするかも しれないよな。
(電話・・・しても、声が変わってるからダメだよな。会って話すしかないかな)
 そう思ったけど、俺が女の子になったとは信じないだろうなあ。っていうか、それ以前に頭がおかしいと思われるだろうな。それに、こうなった理 由を話す訳にもいかないし。
「ともかく、黙ったまんまって訳にはいかないよな」
 俺は学校に行く事を決めて、時計を見た。家から学校までは自転車に乗って20分ってところ。授業が終わるのは3時半ってところだから、それに あわせればいいか。
 そう思っても、いざ会うと決めると落ち着かないな。うーん、手紙を書いておくか。それなら、説得力もあるだろ。
「手紙・・・便箋とか封筒って持ってないんだよな」
 弥生なら持ってるだろうけど、黙って使う訳にはいかないしな。時間もあるし、買いに行くか。
「えっと、何人分書けばいいんだっけ」
 普段話をしてる奴らは5・6人ってところだけどなあ。誰か一人に手紙渡して、説明してもらうか。そんな事を考えながら、俺は近所のコンビニに 入った。ラブレターでもないんだからと、置いてある手紙セットをカゴに入れた。
「ついでに何か飲み物でも」
 棚に手をやった時、横から出た手が俺の手をつかんだ。
「や、葉月ちゃん」
「なななな、なんで高尾が」
「これからコンクールに行くんだ」
「コンクール?何の。まだ授業ある時間だろ」
 と言いながら、ぶんっと高尾の腕を振り払った。
「授業は早退した。ちょっと会場が遠いから、今日は行った先で泊まるんだ」
「ふうん。コンクールって吹奏楽の?」
「いや、バイオリン」
「バイオリンもやってるのか?」
「まあね」
 こいつ一筋縄でいかないなあ、まだまだ隠し球持ってるかもしれないな。
「コンクールに出るって事は、それなりに上手いんだ」
「どっちかっていうと吹奏楽より、こっちが本職なんだよ」
「家でも学校でも音楽してるって、本当に好きなんだな」
「音楽は言葉使わないから、どこに行っても通用するしね。その内、オランダに行って勉強したいんだ」
「意外と真剣なんだな」
「あ、見直してくれた?」
「少し、ね」
 俺がそう言うと高尾はすごく嬉しそうに笑った。これだけ『好きだーっ』って態度を見せられると、俺が本当は男だって事を黙ってるのが辛いな。
「それでさ、今日の分のラブレター渡そうと思って、葉月ちゃん所に来たんだ」
「それなら、弥生に渡しておいてくれたらよかったのに」
「だって、会えるかもしれないじゃない。家に行ったら」
 差し出された手紙を受け取ったけど、俺は落ち着かなかった。どれだけ手紙を受け取っても、俺は高尾と付き合うつもりは無いんだから。そう思うと、 俺は黙っていられなかった。
「あのさ、もう止めてよ。本当は100日手紙もらっても付き合うつもりないしさ。断る口実だったんだ。だから」
「嫌だよ」
「どうしてだよ。無駄なんだぜ?どんなに努力しても」
 俺がそう言っても、高尾は頷かなかった。それどころか笑って言うんだ。
「俺、今まで努力して無駄になった事って無かったから」
「どうして、そんなに自信満々なんだよっ。絶対、絶対、俺、お前と付き合わないからな!」
 もうこれ以上話してもダメだ。高尾は全然疑わない、それに腹が立った。自分に自信を持ってる奴ってやりにくい。それと・・・少し羨ましかった。 俺は、あれ程の自信を持てるものは何も無かったから。
 レジで金を払って店を出て、家に帰ろうと歩き出した。もしかしたら、高尾がついてきてるかもしれない。でも、振り返ったりしない。振り返れば あいつが喜ぶかもしれない。だから、振り返らない。
 それに早く家に帰って、手紙を書かなきゃいけないんだ。それを考えると、時間は余り無いんだ。それが言い訳だった事を俺は分かってたけど、考え ない事にした。


つづく


ステッキは手の中に〜第7回〜


 いきなり魔女っ子になった事に伴っての転校。その転校手続きを母さんに任せたものの、友達とのお別れってのをすませてなかった事に気づいて、俺は コンビニにレターセットを買いに行った。平日の昼間だから、知り合いに会う事もないだろうと思ってた。だけど、高尾に会ったんだ。
 交際を申し込まれてたけど、付き合うつもりのない相手だった。だって、女の子に変身しちゃったけど中身は男だから。
「もう本当の事、言っちゃうかな・・・」
 頭がおかしいって思われてもいいから、本当の事を言おうかな。いつまでも付きまとわれるのも嫌だし、騙し続けるのも気が引ける。別に正体をばらし ちゃダメだって母さんは言ってなかったしな。
「電話・・・はダメか、今日はコンクールに行くって言ってたしな」
 高尾の事はおいておくとして、まずは友達に手紙書かないとな。そう思ってペンを握ったけど、なんて書こうかな。それに俺、転校先はどうなってるん だ?
「母さんに連絡取らないと・・・。父さんと一緒に居るかな?」
 父さんの職場に電話をかけると、出るのを待った。職場って言っても、貿易の取引が無い時はホテルに居る筈なんだけど。何度か呼び出し音を聞いた後、 受話器が上がった。
「もしもし、父さん?」
「ああ、衛か。いや、今は葉月だったか」
「・・・そうだよ。それはともかく、母さん居る?」
「ああ、すぐ変わる」
 久しぶりに電話で話したってのに、『元気か?』の一言も無いんだからなあ。今更だけど、親じゃないぞ、これじゃ。
「衛?どうしたの?」
「あのさ、俺転校した事になってると思うんだけど、どこに転校した事になってるの?」
「えっとね、父さんの仕事を手伝うって事にしたから、ドイツよ」
「そ、そうなの?」
「そうよ。わかりやすいようにボンって事にしておいたから」
「わかった、ありがと」
「あ、明日っからは一人で学校に行くのよ」
「分かってるよ。早目に家を出ないといけないしね」
「迷子にでもなるの?」
 俺をからかう口調の母さんに思いっきり嫌味を言ってやった。
「師匠の出来が良くないと教室に直接行けないからね」
「それは、それとして。がんばって勉強しなさいよ、そしたら箒もすぐに乗れるようになるから、行き帰りも楽になるし」
 ちょっと冷や汗を流したみたいだけど、全然反省してないな。
「あのさ、父さんも母さんもたまには帰ってきてよ。特に父さんなんて、何年会ってないと思ってるのさ。俺達、よく反抗期とか乗り越えてると思うよ」
「あら、反抗する相手の親が居なきゃ楽でいいじゃない」
「楽でってねえ。まあ、弥生も素直に育ってるよ」
「それは良かったわ。お兄ちゃんの育て方が良かったのね」
「褒めても何も出ないよ」
「あら残念」
「でも本当、たまには帰ってよ」
「分かった、分かった。それじゃね」
「じゃあね」
 電話をきって、便箋を前に俺は手紙を書き始めた。とはいえ、ボンなんて行った事もないし、急に父さんの仕事を手伝う事になった理由を何て書けば いいんだろ。俺が英語の成績悪いのは友達も知ってるしな〜、それに弥生が家に居るのはすぐに分かる事だろうし。
 とにかく留学って感じに話を持っていくか。それなら3年位後に元の姿に戻った時、言い訳もたつし。
「よし、書けた」
 俺は書きあがった手紙を鞄に入れて、学校に向った。ちょうど下校時間になったのか、次々と生徒が校門から出てくる。昨日までは俺も、この学校の 生徒だったんだけどなあ。特に好きって訳じゃなかったけど、通うのが嫌な場所じゃなかった。
 そう思うと、昨日までの時間がすごく大切なものの様に感じられた。
(何だか寂しいなあ)
 校門から出てくる生徒の中に知った顔があると特にそう思う。自分で出ると決めた場所じゃないから、余計に離れたくないのかもしれない。
「衛がさ」
 ぼーっと学校を見ていた俺の耳に名前を呼ぶ声が入った。慌てて声のする方を見ると同じクラスの針山が居た。俺が手紙を渡そうと思って友達の一人 だった。
「あ、あの」
 名前を呼ぶのも気恥ずかしくて、俺は針山の背中に呼びかけた。でも、針山は俺に気づいていないのか、そのまま帰ろうとしていた。
「ちょっと待ってっ」
 学生服の裾を引っ張って、針山を立ち止まらせた。
「え、何?」
 この間までは同じ高さの目線で話してたんだけど、今は頭一つ分・・・いや、二つ分は身長が違う。針山は俺を見下ろすようにして立ってた。
「え、と、あの。これ」
 鞄から手紙を出して、針山に渡した。その途端、周りに居たクラスメートがはやしたてた。
「おーっ、やるじゃん」
「ラブレターか?」
 そうか、そういう風に受け取られるのか。一応、裏に名前書いておいたんだけどな。
「あの、ラブレターじゃなくて、衛から」
「そうだよ、ほら」
 針山は封筒を裏返して、見せていた。その封筒を手に針山は俺に聞いてきた。
「これ、どうして君が届けてくれたの?」
「えっと、あの、衛君とは友達なんだけど、転校の手続きで忙しくて」
「ふうん。あいつ、どうして転校したの?」
「手紙に書いてあるって言ってたけど・・・。お父さんの仕事を手伝えって言われて」
「急な話だな」
「勝手な親だから」
 これは本当の話。俺や弥生の生活なんて全然考えてないもんな。
「えっと、後、これ渡しておいてって」
 針山に残りの手紙を渡して帰ろうとした。これ以上、居るとボロが出るかもしれないから。
「あ、衛の連絡先って書いてある?」
「えっと分からないけど、弥生に聞けば」
「ああ、弥生ちゃんね。あれ、弥生ちゃんは転校してないの?」
「うん、こっちで受験するみたいだし。じゃあ、これで」
 針山は、まだ言いたい事もあったみたいだけど、これ以上学校の側に居るのはつらい。いまさらながらだけど、俺は学校が好きだったんだな。魔女 学校も、こんな風に思える位、好きになるのかな。そうだといいな。


つづく
ステッキは手の中に〜第8回〜


「はーっ」
 ピンク色のワンピースを着て鏡の前に立つ。顔は妹の弥生に似てるけど、やっぱり少し違う。でも、男だった頃の俺とも少し違う顔だった。その 顔を見て、ついたため息を払いつつ鏡をくぐった。
 鏡をくぐって到着したのは魔女国だった。さっさと魔法を勉強して、さっさと男に戻らないとな。
「葉月ちゃん、おはよう」
「あ、フラン。おはよう」
 同じクラスの友達フラン。母さんとフランのお母さんが知り合いって事で俺と友達になってくれた。フランもフランのおばさんも、母さんの友達 友達とは思えない程、良い人達なんだよな。
「今日から授業始まるね」
「うーん、大丈夫かなあ。俺、全然知らないから」
「分からないところがあったら、教えてあげるよ」
「頼むよ、多分ほとんどわからないと思うから」
「うん」
 そんな話をしてる俺達の周りにクラスメートが増えてきた。赤、青、黄色、それにパステルカラーの制服が行き交う教室は目がちかちかする程だ った。顔は覚えてるけど、まだ名前を覚えてないってクラスメートと挨拶してると顔も名前も覚えてる奴が来た。
「あら、仲がよろしい事」
「あ、カディア。おはよう」
「お、おはようございます」
 カディアは面食らったような顔をした、普通に挨拶しただけなのになあ。
「な、フラン。フランは、どこに住んでるの?」
「私?私はカナダよ」
「へえ、いいなあ」
「今度遊びに来る?」
「行く行くっ」
「私はブルゴーニュよ」
 聞いてないんだけど・・・、カディアには。聞き流そうかと思ったけど、それじゃ大人気ないと思い直して振り向いた。
「へえ、カディアはブルゴーニュから来てるんだ」
「ええ、食事は美味しいし、素敵な街ですわ」
「そう、いいね」
「葉月さんは、どちらにお住まいなの?」
「俺は日本だよ。普通の街」
「普通の街、ですの?」
 その短い言葉の中に『勝った』という響きが含まれてる事に気づいた。けど、ここで悔しがったりしたらカディアの思う壺なんだろうな。だから、 相手にしてやんない。と、思ってたら。
「カディアさん、どうしてそんな言い方しかできないの?」
「ちょっと、フラン」
「どうして、フランさんが怒るのよ」
「葉月ちゃんが嫌な思いしてるからよっ」
 俺を蚊帳の外において、険悪な雰囲気が漂ってきた。確かにフランが言う通り、カディアの言い方には、ちょっとムッとしたけど我慢できない程 じゃない。それに、なんかカディアって『一人は寂しいの、かまって』光線が出てるから怒りにくいんだよなあ。
「葉月ちゃんのお師匠がパワーレベルが低いとしても、それで葉月ちゃんを軽々しく扱う理由にはならないでしょ?もしかしたら、あなたより優秀 かもしれないじゃない」
「全然、魔女としての勉強をしてない葉月さんに私が負ける筈が無いですわ」
「いや、あのさ2人とも」
 どう見てもバチバチと火花を散らしてる2人を前に、俺は冷や汗を流した。もう予鈴1分前とあって、クラスメートは全員揃ってた。その全員の 視線が集中してるから落ち着かない事、この上ない。しかも、フランとカディアは前評判としてはクラスで1・2を争う成績の持ち主な訳だし。
「ね、葉月ちゃん?」
「な、何が?」
「葉月ちゃん、お勉強がんばるものね?」
「そりゃ、がんばるけど。早く男に戻りたいし」
「あら、性別を変える魔法なんて早々覚えられるものではなくてよ」
「私も手伝うものっ」
「いや、だから2人とも」
 は〜、女の子達が自分の為に喧嘩するのって内容によっちゃ感動物だけど、これは疲れる。どう収めようか悩んでる時に予鈴のチャイムが鳴った。
「ほら、予鈴のチャイムが鳴ったし。ね、喧嘩はここまでにしよ」
 強引に2人を席につかせると、俺は自分の席である最後列に戻った。椅子に座って前を見ると、ばっちり険悪なままの2人が目に入った。顔をそむ けて、ちらりと相手を見ては、また顔をそむける。あの状態が自分が原因で始まった事だと思うと、前を見るのも気が重い・・・。
「大変だネ」
「え、ああ、まあね」
「私ネ、ブーレーズっていうノ」
「ブーレーズ?俺は葉月」
「葉月ハ、男の子なんでショ?」
「そうなんだ。だから、早く元に戻りたいんだけどね」
「えーっ、そうなノ?私のお母さん、お父さんヨ?」
「はい?」
「あのネ、私のお母さんも元は男の人だったノ。でも男に戻らないデ、魔女してるヨ?」
「いや、してるって言われても」
「葉月ハ、女の子イヤ?」
「うーん、嫌っていうか・・・。女の子でいて、良いなって思った事ないし」
「可愛い服着られるヨ」
「スカートもズボンもはけるってのは得かもしれないけどさ。女になった事で、ちょっと困った事があるから」
「ふうン、相談のるヨ」
「ありがと、実はさ」
 そこまで言って、本鈴が鳴った。普通なら先生が来るまで間があるもんだけど、魔女だけあって本鈴と共に煙の様に現れた。
「では、授業を始める。・・・お前ら、そっぽを向いていたら黒板が見えないぞ」
 先生に言われて、フランもカディアも前を見た。やっぱ心臓に悪いなあ、ああいうのは。・・・なんて、人の心配してたけど、授業が始まると 自分の心配の方が必要だってすぐにわかった。
 それというのも、黒板に書かれた文字が全然読めないからだ。どことなくアルファベットに似てるんだけど、読めない。とりあえず黒板に書か れた文章をノートに写すんだけど、合ってるのかどうかもわからない。そういや、昨日もらった教科書全然読んでなかったな。マズイぞ、これは。
 1時間の授業の間、ノートを書くのに集中してて先生の話は全然聞いてなかった。これじゃ、先が思いやられるなあ。とりあえず字を憶えると ころから始めないと。
「葉月、分かっタ?」
「全然〜。ブーレーズは?」
「私も全然だヨ」
 そう言って笑うブーレーズはノートを見せてくれた。確かに授業の内容が書かれてるみたいだけど、俺の書いたノートと微妙に違ってる。俺と ブーレーズのどっちが正解なんだか。
「ちょっと、フランに聞いてみようか」
「あ、一番の子だネ」
 ノートと教科書を持ってフランの所に行こうとして、俺はフランの目が子犬のようにキラキラしてるのに気づいた。
「葉月ちゃんっ」
「えっと、授業でわからないところがあったんで、ちょっと教えてくれないかな」
「うんっ」
 俺とブーレーズが席につくと、フランは嬉しそうに教えてくれた。その声があまりに楽しそうなんで、俺はきいてみた。
「フラン、楽しそうだね」
「え、だって葉月ちゃん怒ってなかったから」
「怒るって、どうして?」
「だって、カディアさんと喧嘩したから・・・。喧嘩する子って嫌いでしょ?」
「まあ、毎度毎度喧嘩してるような子は嫌いだけど、きちんと理由があって、譲れない喧嘩ならしてもいいと思うよ」
「本当?」
「うん。でも、できれば仲良くしてほしいな」
「わかったわ」
 フランがあんまり嬉しそうに笑うから、俺はちょっとドキッとした。何故か、フランは俺によくしてくれる。多分、母さんから俺の事を聞い てたからだと思う。知り合いの居ない魔女学校で、話しか聞いてないとしても自分と記憶を共有してる存在がいるのは心強いもんな。
「さっきの授業の内容は大体わかったけど、魔女文字を憶えない事にはどうにもならないみたいだな」
「そうネ」
 ブーレーズも腕組みをして真剣に悩んでた。授業の内容を毎回、フランに教えてもらう訳にはいかないもんな。
「それなら、私が小さい頃に使ってた魔女文字の本を貸してあげるわ。今日、うちに来ない?」
「いいの?」
「通路を使えば時間もかからないし大丈夫よ」
「私も行っていイ?」
「うん?」
 1間目の授業を受けてみてわかったのは、俺の魔法についての知識は小学校1年生並って事実。先が思いやられるけど、とりあえず余計な心 配してる暇はないって事がわかった。それは、それで楽ってもんだよな。



つづく
ステッキは手の中に〜第9回〜


「じゃあ、私が道を開くからついてきてね」  フランはそう言って掃除用具入れのドアを開けた。人間界へ行く為に開かれたドアの向こうには箒もバケツも無く、普通の部屋があった。 フランに手を引かれた俺は、今日友達になったブーレーズの手を引いて掃除用具入れの扉をくぐった。
 魔女文字を教えてもらう為に訪れたフランの部屋は、おどろおどろしい事もなく明るく可愛らしい雰囲気の部屋だった。
「へえ、普通の部屋なんだね」
「どんな部屋だと思ってた?」
「絵本とかに出てくる魔女の部屋みたいなの」
 俺がそう言うと、フランとブーレーズが笑った。
「そういう部屋が好きな人もいるけど、皆こんな感じよ。ね、ブーレーズちゃん」
「うン。私の部屋はね、アイドルのポスター一杯貼ってあるヨ。は〜、日本はいいネ。じゃーにーずぅとか、たつやー君とか居るカラ」
「え、ブーレーズは日本のアイドルが好きなの?」
「うんッ!早く魔法おぼえて日本語を使えるようになるノ。それでコンサート行くんダ!」
「ブーレーズちゃんは、お家どこだっけ?」
「あのネ、シンガポールよ。お父さんとお母さんはドイツ人だけどネ」
 と話していて気づいた事がある。もう人間界に戻ってきたのに、まだ言葉が通じる事だ。空気が翻訳機の役割を果たす魔女界ならともか く、カナダのフランの部屋で日本語とフランス語(英語かな?)とドイツ語が何の問題もなく通じている。
「フラン、もう魔女界じゃないのに、どうして言葉が通じてるの?皆、母国語とかで話してるんだろ?」
「あ、それはね」
 フランは窓から外を指差した。そこには板で作られた低めの塀があった。
「あの塀に絵が書かれてるでしょ?あれが結界の役割をしてるの。だから、塀の内側には魔女界の空気が溜まってるのよ。だから、庭とか 家の中は大丈夫なの。さすがに外に出るとダメだけど」
「へえ。そしたら、俺の家もそうなのかな」
 その言葉にフランは複雑そうな表情をした。
「うーん、その家に住んでる魔女が結界を作ってたらね。でも、葉月ちゃんのお母さんは・・・」
 その・・・に言いたい事が凝縮されていた。してないだろうなあ、母さんの事だから。そういう絵を書いたり、塀を作ったりって面倒が るだろうから。
「ああいう絵って真似て書くだけでもいいのかな?フラン知ってる?」
「絵の具に当たる物が色々配合が必要だから、用意しないといけないわ。それと書く時間とかも決まってるし」
「じゃあ、授業で聞いてからの方がいいのか」
「そうね」
「ともかく勉強って事か」
 ため息をついた俺の手を握って、フランが言った。その声は、ちょっと体育会系クラブの一直線な色合いがあった。
「大丈夫っ、私が手伝ってあげるから!だから、がんばろうねっ」
「う、うん」
「じゃあ、葉月ちゃんとブーレーズちゃんに魔女語のアルファベット絵本を貸してあげるね」
 ベッド脇にあった本棚から何冊かの絵本を取り出して、広げてくれた。そこには日本語で言えば、五十音順に並んだ魔女語があり、ペー ジ毎に動物の絵と文字が並んでいた。
「まずは一番簡単な絵本ね。それで、こっちが童話なの。シンデレラとか眠れる森の美女とかあるけど、どれがいい?」
 何冊か並んだ本からブーレーズはシンデレラを選んで、俺は見た事のない童話を選んだ。高い塔の中に一人のお姫様の居る絵本だった。
「これ何ていう童話?」
「ラプンツェルよ。葉月ちゃん読んだ事ない?」
「うん。知らない方が面白いかもしれないな。知ってると、おざなりになるかもしれないから」
「ラプンツェルっていいお話よ。私、大好きなの」
 大好きというだけあって、絵本はところどころが擦り切れていた。よほど読み返したんだろうな。
「魔女のアルファベットを憶えて、文法を憶えてってなると大変だなあ。授業ついていけるかな」
「大丈夫だと思うわ。魔女語の文法って日本語と同じだって、葉月ちゃんのお母さん言ってたもの」
「本当?やった、それならアルファベット憶えるだけでいいんだ」
 と思ったものの、物の名前も一緒なのかな。日本の「猫」は英語だと「キャット」だもんな。会話は魔女界の空気のおかげで同じに聞こ えるけど、文字は違うもんな。
「魔女界では猫は猫なのかな?」
 聞かれて、フランもブーレーズも首を傾げた。説明が難しいなあ。
「えっとさ、国によって動物なんかは呼び方が違うだろ?文字で書いた方がわかるかな。これ全部、猫って意味だけど表記が違うし、発音 が違う事もあるだろ?」
 鞄から取り出したノートに、平仮名と片仮名と漢字と英語で「猫」って書いてみた。
「ああ、そういう事ね。魔女語ではね、猫はミヤウっていうの」
 そう言って、英語のアルファベットで書いてくれた。英語は苦手だけど、アルファベットだっていうだけで安心するなあ。魔女語のアル ファベットって曲がりくねってるのが多くて、不気味なところがあるから。
「ミヤウって鳴き声みたいだな」
「じゃア、にわとりはコケコッコーとかっていうノ?」
 ブーレーズの質問にフランはノートに発音の書きながら教えてくれた。
「にわとりはね、コカコーっていうの」
「これなら、何とか憶えられそうだな」
「そうネ、動物は何とかなりそう。魚は鳴かないから、大変だけド」
「本当だな」
「大丈夫よ、授業に出てくる言葉だけ先に憶えればいいから。それと好きな物の名前を書いてたりすると、すぐに憶えられるよ」
「じゃア、たっきーとかながせーとかつよしーとか書けばいいのネ。それなら、いくらでも書けるヨ」
 ・・・ブーレーズは本当にアイドルが好きなんだなあ。アジアの女の子が日本のアイドルを好きだってのはよく聞くけど、ドイツ人がア イドル好きだってのは聞かないなあ。シンガポールに住んでるからかな?
 ともかく俺も何か好きな物の名前でも書いて覚えていくしかないか。
「それじゃ、そろそろ帰るよ」
「もう帰るの?」
「そろそろ妹も学校から帰ってくる時間だしね」
「じゃあ、ドアを開けるね」
 フランはクローゼットの扉を開けると、俺の家の鏡につなげてくれた。
「へえ、俺の家に直接つながるんだ」
「相手の事を思ってドアを開けば、つながるの。ただ、ちょうどいい入り口が無いと、どこにつながるわからないんだけどね」
「ゴミ箱とか?」
「葉月ちゃんのお母さんみたいにね」
 くすくす笑うフランを見て、俺はため息をついた。母さんてば、フランの家に行く時までゴミ箱から出てるのか。もしかしたら、フラン の家だけじゃないのかもしれないな。
「じゃあ、ブーレーズ、先に帰るね」
「うン、また明日ね」
 ひょいっとドアをくぐると、そこはもう家のリビングだった。振り返るとフランとブーレーズが手を振ってたけど、それも段々見えなく なった。時計は4時を指してる、もうちょっとしたら弥生が帰ってくるだろうな。
 そう思ってから俺は気づいた事があった。今、日本は夕方でフランの家も明るかった。時差がある筈なのに、どうして両方とも明るいん だ?多分、フランの家はおばさんが何か魔法をかけてるんだろうな。母さんが魔女界に時間を合わせてとか何とかする筈無いんだから。そ う考えると、日本は魔女界と近い部分があるのかなあ。文法が似てたり、流れる時間が同じだったり。
 明日、聞いてみようかな。これから長い付き合いになるんだしな、魔女界とは。
ステッキは手の中に〜第10回〜


フランに借りた魔女語のアルファベット教本を開いて、溜息をついた。早く覚えないといけないんだけど、どうもやる気が起きない。それというのも、 並んでいるアルファベットがどれも似た文字に思えるからだった。
「えっと・・・、全部で31文字あるのか。で、こっちから始まって」
 とりあえず名前でも書いてみようかと思ったけど、どれがどの音に当たるのかがわからない。平仮名なら何番目が「葉月」の「は」だってわかるし、 英語のアルファベットでも「H」がどれだかわかる。だけど、31文字並んではいるものの、どれがどの発音かがわからない。
「しまった・・・、これじゃ何もわからないのと同じじゃん。とりあえず、先に絵本見て憶えるのが先か」
 まずは動物の名前からでも、と思ったけど、これにも欠陥があった。なんせ、猫が「ねこ」じゃないんだ。猫は「ミヤウ」だったし、にわとりは「コ カコー」だった。文字を憶えるより先に会話としての魔女語を憶える方が先なんだ。
「どうしようかな〜、母さんに来てもらえばいいんだけど面倒がるだろうしな」
 フランのおばさんに頼むのが手っ取り早いんだろうけど、あんまり迷惑かけられないしな。
「先生に相談してみるか」
 俺は再び、魔女国へと戻った。やっぱり魔女国への到着地点は街の外で、学校まで延々と歩いた。頭上を箒に乗った魔女達が行き交うのを見ながら、 俺は職員室とも言える木のうろに入った。そこには何人もの魔女が思い思いの机と椅子で仕事をしていた。切り株の机と椅子を使う魔女、どう見ても水 にしか見えない机と椅子を使う魔女、中には常に動き回る大きな昆虫の背中で仕事をする魔女まで居た。
 とりあえず、それぞれの趣味はさておき、担任のティボー先生を探した。
「どこに居るんだろ?あんまり変な机とか使ってないといいけど」
 職員室のどこに居るかと探した結果、部屋の隅っこにあった檻の中に先生は居た。
(檻・・・。どうして、檻に入ってるんだ。ちょっと怖いぞ)
 警戒しながら近づき、恐る恐る声をかけた。
「あの、先生」
 くるりと振り向いたティボー先生は俺の顔を見て、檻から出てきた。話す時も中に居るかと思ったけど、そうでもないんだな。
「どうした?木原」
「えっと、俺まだ魔女語を憶えていなくて授業についていけるか心配なんです。で、フランに本を借りたりしたんだけど、まず発音がわかってないから 憶える事もできなくて」
「そういえば、木原は向こうで育ったんだったな」
「はい、入学するまで母親が魔女だと知らなくて」
「エリカは昔から、ああだったからな」
「母さんを知ってるんですか?」
「教え子だ」
「教え子?」
 俺は先生の顔をじーっと見た。ティボー先生は、どう見ても母さんと同じ位の年だと思えた。でも、教え子・・・。もしかして、先生ってすごく優秀 だったとか。それとも、母さんが落第生で卒業にすっごく時間がかかったとか。どっちかって言うと、その方が納得いくな。
「私はこれでも325歳だ。エリカは、まだ120歳だろ?」
「・・・え?」
 俺の聞き違いか?先生は120歳って言ったよな。冗談?まさかな、先生が冗談言うタイプには見えないもんな。と、そこまで考えて俺は叫んだ。
「120歳ーっ!?」
「魔女は年をとるのが遅いんだ。特に成人すると、そのスピードは更に遅くなる」
「そ、そうなんですか。俺、42歳だって聞いてたから」
 それにしても、年をとるスピードが遅いとは。世の女性陣が聞いたら羨ましがるんだろうなあ。
「あ、でも妹の弥生は普通に育ってますよ?」
「魔女じゃないからな」
「え?」
「魔女としての契約を結んでいないからだ。だが、お前は契約を結んだだろ?」
「契約?」
「なんだ、エリカはそんな事も教えていないのか」
「はあ」
「スティックをもらわなかったか?」
「あ、これですね」
 腰に下げていたスティックを取ると、しげしげと見た。そう、こいつのせいで俺は魔女を目指すしか道が無くなったんだよな。
「それを振って呪文を唱えた時点で魔女になったんだ。だから、もうお前の成長スピードは緩やかになっている。若い内は人間の3分の1といったとこ ろか」
「そうなんですか〜?」
 俺は自分でも情けないと思う声で言った。
「なんだ、木原は魔女として生きていくつもりはないのか?」
「えと、あの・・・。俺、男に戻りたいんです。魔法は便利だと思うけど、日本でしたい事もたくさんあるし」
 怒るかと思ったけど、先生は穏やかだった。
「それも、また道ではあるな。だが、魔女をやめるにしても後継者を育ててからでなくては許可されん」
「魔女をやめるって、どうするんですか?」
「要はステッキの返還なんだが、契約解除の為の呪文が必要だ。それを教えてもらえるのが、後継者の紹介時なんだ」
「じゃあ、早く魔法を覚えて、早く後継者を探せばいいんですね?」
「かなり大変だぞ。後継者の方は見つけるのも何とかなるが、魔法の習得は並じゃない。始業式の時に1年で完了する者もいると言ったが、それは稀な 話で3年かかってというのも、かなりの努力が必要だ。お前の様に魔女語の習得から始めるとなると10年はかかる可能性がある」
「10年ですか・・・」
「その時間をどれだけ短くするかは、お前の努力次第だ。まあ、初めて授業を受けた日に相談に来た訳だから、きちんと考えているという事だろうな」
 ティボー先生は指を鳴らすと、空中から小さな人形を取り出した。人形っていったけど、見た目は人間と全然変わらなかった。その人形は俺の顔を見た 途端、恥ずかしそうに先生の服の中に潜り込んだ。
「こら、バリリ」
 指でつままれ、引っ張り出された人形は大人しく手の上に座っていた。
「こいつは魔法で生み出された小さな人間だと思えばいい。魔法は使えないが、魔法語も話せるし子供と同じ位の知能はある。勉強相手にちょうどいいだろ う」
「貸してもらえるんですか?」
「私も幼い頃は、よく相手をしてもらった。いいか、バリリ、木原の勉強を手伝ってやれ」
 バリリは、ぴょこんと俺の肩に飛び乗ると笑顔で挨拶してくれた。
「バリリ言うの、よろしくね」
「よろしく、バリリ。じゃあ、先生、バリリ借りていきます」
「ああ。食事なんかは、お前の物を少し分けてやれば十分だ」
「はい。それじゃ、帰ります」
 俺はバリリを肩に乗せて、職員室を出た。歩く肩の上でバリリは歌を歌ってた。どこかで聴いた事があるような、でもこんな歌詞じゃなかった様な気がす るんだけど。
「バリリ、その歌って魔女国の歌?」
「そう、子守唄なの」
「へえ」
 もしかしたら、母さんが歌ってくれてたのかな?小さい頃に聞いたから歌詞を憶えてないのかな。
「バリリって歌上手いね」
「本当?!うれしいっ」
 嬉しそうに飛び跳ねるバリリは肩から滑りそうになり、俺の髪をつかんだ。軽いと思ってたバリリの体重も、髪にかかると重くてしょうがない。
「痛てててっ」
「あう、ごめんね」
 バリリは申し訳なさそうに俺の頭をさすった。まあ、悪気があっての事じゃないしな。
「大丈夫、もう痛くないから」
 パワースポットを抜けて、家に帰ると弥生が帰ってた。もう夕方だもんな。
「あ、お兄ちゃんお帰り。その子、どうしたの?」
「バリリっていうんだ。魔女語憶えるのに先生が貸してくれた人形なんだ」
「ふうん、バリリちゃんよろしくね。弥生っていうの」
 弥生が手を差し出したけど、バリリは首をかしげて俺を見上げた。人見知りしてる様子でもないんだけど、どうしたんだろう。
「どうした、バリリ?」
「:@#$*」
「あ、バリリは日本語話せないのか」
 知らない言語を憶える時は母国語を話せない人と一緒に居るのがいいって聞いた事あるけど、早速実践しなきゃいけないのか。これは、なかなか大変だぞ。 けど、ここでがんばらないと前進しないからな。


ステッキは手の中に〜第11回〜


 俺の家に小さな家庭教師が来た。小さいと言っても身長でも年齢でもない。いや、身長は小さいんだけど人間じゃないから仕方ないんだよな。 なんせ、俺の家庭教師は魔法で生み出された小さな人形なんだから。
 魔法語を教えてもらおうと思ってるんだけど、このバリリっていう人形は魔法語は会話も筆記もできるけど日本語がわからない。だから、何 度も反復学習をするしかない。それが一番早く言葉を憶える方法だっていうけど、どれくらいかかるのかな?
「バリリ、これ食べられる?」
 勉強をしようと思ってたけど、とりあえずそれは夕飯を食べてからという事にした。それに会話の勉強だから、何を題材にしてもいいんだし。 俺は夕飯のおかずのかぼちゃの煮物を小さく切ってバリリ用の皿に乗せた。それと爪楊枝を箸代わりに。
「かぼちゃ」
 俺が指差すと、バリリは自分も指差して言った。
「‘=−|%$##」
「‘=−|%$##?」
 バリリの言った通りに繰り返すと、嬉しそうに頷いた。あ、でも待てよ、「煮物」の事を「‘=−|%$##」っていうのかもしれないな。そ う思った俺は冷蔵庫から、かぼちゃを取り出した。
「‘=−|%$##?」
 もう一度同じ言葉を言ってみると、バリリは頷いた。そうか、かぼちゃってこう言うのか。アルファベットを憶えるのも大切だけど、こういう いきなり物の名前を憶えるのもアリかな。
 それからはメモ片手にバリリと二人三脚で食事をした。結構時間がかかって、最後の一口を食べた時にはすっかり冷めてた。
「ごちそうさま」
「ごちそま」
 俺のしてるのを真似してバリリが手を合わせた。間違ってるけど、憶えた言葉を使って真似してる辺りが可愛いよな。バリリが日本語を憶えち ゃうと日本語での会話が増えそうで、ちょっと困るけど、これ位なら教えても大丈夫だよな。
「ご・ち・そ・う・さ・ま」
「ごちうまさ?」
「ご・ち・そ・う・さ・ま」
「ごちそさま」
 ん〜、ちょっと違うけどいいか。こういう言い方する人だっているもんな。俺は魔法語いうところの「いいよ」をバリリに言った。バリリは嬉 しそうに、ぴょんぴょん飛び跳ねた。
 何かわからない事を勉強する時って、ちょっと気になる事がある。「あれ、これってどんな意味だったっけ?」って思ったのが10回目だった りした時。「さっきも言ったじゃない」と言われるのが嫌で聞けないって事。本当に何度も何度も聞かれたら、「本当に勉強する気あるのかな?」 って思っちゃうだろうな。
 でも、理解するまでは何度も聞かなきゃいけない事だってあるんだよね。わかってる人から見れば憶えて当然の事も、わからない人から見ると なかなか憶えられない事もたくさんある。
 小さい頃に思ったそんな事もバリリには感じない。バリリは俺の言葉をいつも真剣に聞いてくれるし、何度同じ質問をしても答えてくれる。そ れは魔法で生み出された人形だからかもしれない。そう対応する様に作られた人形だからかも。
 でも、それでも俺は嬉しかった。何度も同じ質問をしても嫌がらずに答えてくれるのは、自分の事を好きだからというサインなんじゃないかっ てね。その「好き」ってのも別に恋愛に関係するものじゃなくて、友達の「好き」だとか親子の「好き」だとかね。でもまあ、これでバリリが人 形だって知らなきゃ、サイズの違いを込みにしても、かなりマズかったかもしれない。健気だし、可愛いしなあ。美少女ゲームにはまる人間の気 持ちが、ちょっとわかるぞ。
「お兄ちゃん、お風呂できたよ」
「じゃあ、入ろうかな。それとも、弥生が先に入るか?」
「それじゃ、バリリちゃんと入りたいな」
「あ、頼むよ。いくら、体が女になったっていっても、さすがに一緒に入るのはなあ」
「・・・お兄ちゃんって真面目だね」
「何だよ、それ」
「ミニサイズとはいえ、女の子の裸見られるのに」
「余計なお世話」
「じゃ、バリリちゃん、お風呂行こ?」
 弥生は笑いながら、バリリに両手を差し出した。バリリは名前が何度か出てきた事で自分の事を話していたと理解していたらしく、大人しく弥 生の手に乗った。居間から出ようとした弥生が振り返りながら言った。
「あ、そうだ。高尾君から手紙預かってきたよ」
「ええっ、まだ書いてるのか」
「まだ書いてるって、どうしたの?」
「いやさ、昨日『付き合うつもりない』って言ったんだよ」
「言っちゃったんだ。でも、遅かれ早かれわかる事だしねえ」
「諦めの悪い奴だな」
「でも、読んであげた方がいいよ」
「どうして?」
「だって、付き合うつもりないって言われたのに書いたって事は、これからどうするかとか書いてあるかもしれないし」
「そっか・・・、そうだな。読んでおかないとな」
「手紙、テレビの上に置いてあるから」
 弥生が部屋から出て行った後、俺はテレビの上を見た。確かに一通の封筒が置いてある。読まなきゃ失礼なんだけど、読むのも気が重いなあ。で も、付き合いを断る口実とはいえ手紙を書けって言ったのは俺だし。
「仕方ない、読むか」
 開いた手紙には短いけど、言いたい事が書いてるって文章があった。『自分の接し方が葉月ちゃんにとって負担になっていた事』『自分から諦め る様な方法をとった事』『それでも好きだ』そんな事が書いてあった。あれだけひどい言い方をしたのに、全然嫌いになってない。それどころか、 もっと好きになったって書いてある。
「こりないなあ」
 俺は高尾からの手紙を折りたたんだ。どうやら、高尾が言うには嫌いな相手でも傷つかない様にと考えて行動して、でもそれが辛くなって告白し たってのが嬉しかったらしい。どうやら、再び高尾のツボにはまる行動をとったらしい。
「まいったなあ」
 そう呟いたけど、少しだけ安心した。付き合うつもりなんか全然ないけど、それでも傷つけたり、嫌われたりするのはやっぱり嫌だから。自分勝 手なのはわかってるけど、誰にも嫌われたくないってのは本当の気持ちだから。
「でも、何とかしないとな」
 何とか、それを考えてる内に俺はうとうとと居眠りを始めてしまった。



つづく
ステッキは手の中に〜第12回〜


 うとうとしていた俺の肩を叩く感触がして、目を開けた。すると目の前に、ほこほこと湯気をあげているバリリが居た。どうやら、弥生との風呂が終わった らしかった。温かく湿った手で俺の顔を触っては、笑っていた。どうやら、まつげやら髪の毛が動くのが楽しいらしい。
「お兄ちゃん、お風呂はいって」
「うん」
 バリリが落ちないように手で受け止めながら起き上がると、風呂場まで連れて行った。二度目の風呂って訳じゃなくて、風呂場にある物の名前を教えてもら う為だった。
 脱衣場にあるストッカーからタオルやら下着を出して、入る用意をした後、手が止まった。
(うー、風呂に入るのは初めてなんだよな)
 もちろん、今まで何度も着替えもしたし、トイレに行ったりして部分的に裸になった事はある。だけど、こんな風に素っ裸になるのは初めてだった。俺だっ て健全な男だから(心は)女の子の裸は見たいっ。だけど、自分の体だからなあ。自分の裸見て嬉しがるのは傍から見てるとアブナイだろうなぁ・・・。
「はーづー?」
 いつまでたっても服を脱がない俺をバリリは不思議そうな顔で見ていた。服の脱ぎ方がわからないのかと、バリリは小さな手でボタンを外し始めた。
「あ、大丈夫、大丈夫」
 覚悟を決めて風呂に入るか。迷ってる暇も不健全な事を考える暇も作らない為に勢いよく服を脱いでは、洗濯籠に投げ込んでいった。風呂場に入って、体を 洗いながら、俺はバリリに聞いた。まずは石鹸から。
「‘‘@{*__」
 そんな名前なのか。むう、晩御飯の時に聞いて憶えた名前が押し出されそうだな、次々と聞くと。そんな風に少し開いたドアの隙間から、教えてもらいつつ 勉強は進んだ。で、頭を洗おうという段階で手が止まった。シャンプーをどうしようかって事。
 いつもなら俺が使ってるスッキリ爽やかメントール系のシャンプーを使うんだけど、一応女の子だから弥生のフローラル系のシャンプーかなあ。と、ひとし きり考えた後、いつも使ってるメントール系のシャンプーにした。俺が使わないと、いつまでも残ってるもんな。男に戻るまで置いておいたら、腐りそうなイ メージがあったし。シャンプーが腐るがどうか知らないけど。
 さっぱりした気分で風呂から上がると、弥生が友達と電話をしてた。いっつも毎日学校で会ってるのに、まだ話す事があるんだな。あきれつつも、ちょっと 羨ましかった。魔女学校で知り合ったフランもブーレーズも良い子だけど、男だった時の友達と話したい。何てことない内容のくだらない会話がやたらと懐か しかった。まだ一週間もたってないってのに。
 ばらしちゃいけないのかな、魔女になっちゃったって。今は女の子だけど、その内男に戻るんだしさ。それに母さんだって、魔女じゃない父さんと出会って 結婚してる訳だし。どうなんだろ?魔女だって友達とかに話しちゃいけないのかな?一度、母さんに聞いてみないとな。
「それじゃ、明日ね」
 弥生が電話をきったのと交代に俺は母さんに電話をかけた。ホテルに居るかはわからなかったけど、ともかく行動あるのみ。
「あ、もしもし?」
「まも・・葉月じゃない。どうしたの?」
「あのさ、友達に魔女だって話しちゃいけないの?」
「何よ、突然に」
「いやさ、フランとか良い子なんだけど、今までの友達とも話しとかしたいしさ」
「あ、そういう事」
 母さんは納得がいったといった声で答えた。
「で、どうなの?」
「別にいいわよぉ」
 軽い答えに俺は喜んだ。男に戻るまで何年かかるかわからないけど、友達と話ができたら少しは気が楽によな。
「あ、今までの友達って男?」
「そうだけど?」
「だったら、結婚しなきゃダメよ」
「えーっ?!」
「血縁以外の異性に話す時はプロポーズする時、される時だけなのよ。もし、それ以外の時に話したら罰が待ってるんだから」
「罰って・・・何?」
「内緒〜」
「またかっ!」
「だって、怖いのよぉ?あんた聞いたら、怖くて夜眠れなくなっちゃうわよ?」
「それはいいとして・・・。プロポーズが断られた時は、どうするのさ。『他に好きな人が』とか言われたら」
「そんな時は魔法で、えいっと記憶を消しちゃうのよ」
「アバウトだね・・・」
「便利でしょ?」
「そういうのは良くないよ。失敗して成長するってのが、無いじゃん」
「堅いわねえ、あんた。お父さんみたいで、いいけど」
「ノロケてないで、たまには帰ってきてよ。一人じゃ勉強大変なんだから。先生にバリリって人形借りたけど、がんばらないと授業についていけないし」
「あら、バリリ借りたんだ」
「知ってるの?」
「だって、私も借りたから。ほんと、母さんたら勉強の面倒みてくれなくて」
「母さんの母さんって、おばあちゃん・・・」
 要は母譲りなのか、このちゃらんぽらんさは。俺と弥生の性格は父さんから受け継いだのかな?でも、父さんも大概子供の面倒みない人だからなあ。 母さん系統の血筋は俺達辺りでせき止めておかないとな。
「他に聞きたい事は?」
「え、えっと今のところは・・・。あ、そうだ。女の子に話した時は、どうなるの?」
「女の子はね、話ちゃだめなの。『私もなりたい』なんて言われるかもしれないでしょ?話すと罰あるわよ」
「・・・魔女って結構孤独なんだね」
「そうよ〜、孤独なのよぉ?」
「母さん見てると、とてもそう思えなくて」
「失礼ねえ。要は魔女だって事を話さなければいいだけの話じゃない」
「それだと、色々と隠さないといけないから意味ないじゃないか」
「人間、過去にこだわってるとろくな事ないわよ」
「こだわらなくても、ろくな事ないけどね」
 ともかく、今までの友達と話すのは新しい俺でなきゃいけないって事か。ずーっと女の子でいるつもりなら、新しい友達作ればいいんだけど、いずれ 男に戻るつもりだから、魔女学校で友達つくるのも何だし。
「ま、がんばりなさいよ」
「そうするよ」
 電話をきると、受話器に耳をくっつけていたバリリが尋ねた。
「エリカ?」
「そう。バリリ憶えてるんだ」
 と言ったものの、日本語は通じないんだよな。でも、久しぶりに母さんの声を聞いたのが嬉しかったのかバリリは笑っていた。親子二代・・・もしか したら、祖母の代からお世話になってるかもしれないと思うと、ちょっと情けないけど仕方ないよな。
「バリリ、これからもよろしくな」
 小さなバリリの手を握って改めての挨拶をした。


ステッキは手の中に〜第13回〜


 朝起きると、顔の真横に小さな顔があった。昨日から一緒に暮らすことになった人形のバリリだった。とはいっても、別に人形マニアって訳じゃない。 魔女語の勉強のために先生から借りた自分で考えて、自分で動く人形。見た目も話し方とかも何ら人間と変わらない。ただ小さいってだけかな。
 昨日から始めた言葉を憶える勉強を朝食の時もして、学校へ向う。当分、こういう生活が続くんだろうな。
 なんて事を考えながら、学校までの道を歩いていると声がかかった。
「葉月、おはヨ」
「あ、ブーレーズ」
「ねえ、その小さい子は何?」
「先生に借りたんだ、魔女語の勉強する為に。人形なんだって」
「人形?とても、そんな風には見えないヨ。おはよう」
 ブーレーズが挨拶をしたのを受けて、バリリが頭を下げた。ブーレーズも、この小さな友達が気に入ったみたいで、俺の肩からバリリを抱き上げた。 「可愛いネー。私もバリリみたいな子欲しいナ、先生貸してくれないかナ」
「頼んでみる?まだ他にも居るかもしれないし」
「そうだネ」
 バリリを抱いたまま教室に入ると、一斉に視線が集まった。話し掛けてくる子や遠くから見守る子、そんな中で特殊・・・というか、ある意味いつも 通りの対応をするのがやってきた。
「あら、葉月さん。ホムンクルスに勉強を手伝ってもらってるの?」
 カディアは優越感いっぱいの声で言ってきた。自分より遅れてるのが嬉しいんだろうな。
「そうだよ。おかげで少し憶えたかな」
「速く言葉を憶えられるといいですわね。あまり遅いと、私と競う事ができませんもの」
「別に競うつもりないけど」
 と、その言葉にカディアはつまりながら言った。予想外だったのかな?
「あ、あら、負け惜しみしなくてもよろしいのに」
「あのさ、どうしてカディアは俺にかまうのさ。ほっとけばいいじゃん」
「私は、あなたが大変だと思って面倒をみようと」
「あ、面倒みてくれてるの。でも、そんな言い方だと嫌われるよ。もったいない」
「き、嫌われる?私が?」
 カディアは動揺したのか、周囲を見回した。でも、誰も目を合わさなかったし、『そんな事ないよ』と言うクラスメートも居なかった。授業が始まっ て数日、すでにカディアの評価は定まっていたらしい。
「べ、別に好きになってもらおうなんて思いませんわ!皆、私に嫉妬してらっしゃるんでしょっ」
 どうやら、ツボを突いてしまったらしい。友達は欲しいんだけど、その方法がわからない。弱みを見せたくないから、高圧的に出てしまう。そんな性 格なんだろうな、多分。よく考えれば、1歳とはいえ年上なんだから、もう少し考えてやれば良かったかな。カディアの性格からすれば、これからずっ と一人で居るだろう。性格からすると自分から話し掛けるなんて、もうできないだろうし。
 席に戻ったカディアは背筋を伸ばして、黒板を見ていた。傷ついている事を隠す為に。
(まいったな、俺のせいだよな。何とかしなきゃ)
 そうはいっても、どうすればいいのかすぐには思いつかない。考えている内に授業は始まり、俺達は校庭に出た。1時間目は箒に乗る練習だった。魔 女語をノートに書かなくていい分、気が楽だった。それに早く箒に乗りたかったから、楽しみだった。
 俺達は手渡された箒にまたがると、先生に教えられた通りにしてみた。方法は簡単、飛びたいと思うだけ。ただ、その想像力が良くないと上手く飛べ ないみたいだった。低空でしか飛べない子や、上下にしか飛べない子、色々居た。
 そんな中、俺は適性があったのか、すぐに思い通りに飛べるようになった。
「これでパワースポットから教室まで楽に行けるな。もう少し、家でゆっくりできる」
 他の子にぶつからないように、でも速く飛んでみたりして空の散歩を楽しんだ。でも・・・、おしり痛いなこれは。またがる子もいれば、横座りで乗 る子いたけど、俺はまたがる方が好きかな。横座りだと落ちそうになった時、大変だから。
 風をきりながら飛ぶ俺の真下から、高速で飛び上がってくる影があった。飛び上がるっていうより、打ち上がると言った方がいいくらいのスピードの それを避けると、それが何か確認した。
「カディア?!」
 カディアはあっという間に校舎の高さを過ぎて、空を急上昇して行った。まさか、箒が制御できないのか?
「追っかけないと!」
 俺は箒を握り締めると、空に駆け上がるように命令した。口に出さなくてもいいんだけど、口に出した方が制御しやすい。高速で上昇するカディアを 追って、俺は飛び続けた。下を見るのが怖い位の高さまで上昇した時、ようやくカディアに追いついた。
「カディア、落ち着いて!どうしたのさ!」
 俺の声を聞いて、カディアはわずかに目を開けたものの、すぐに閉じてしまった。
「笑いに来たんですの?」
「何言ってんのさ。笑うなら、下りてきてから笑うって!下りよう、このままじゃ危ないって!」
「お、下りられませんのよ。私、高いところ怖くて」
「それで、制御できてないのか」
 まだ上昇を続けるカディアの箒を握ると、力任せに止めようとした。腕がちぎれそうな程、暴れるカディアの箒だったけど、何とか上昇する速度をゆる める事ができた。
「な、何とか収まってきたな。さ、カディア、帰ろう」
 まだ目をつぶったままのカディアは首を振った。
「私一人で帰れますわ。あなたの手なんか借りません」
「何言ってんの。下を見られないのに、どうやって箒が下に行くところを想像できるんだよ」
「私を嫌いな人の手を借りて、貸しを作られたくありませんっ」
 震える声で精一杯言うカディアに溜息をついた。負けん気がが強いんだなあ。
「あのさ、俺、カディアのこと嫌いじゃないって。言っただろ、もったいないって」
「え?」
 ちょっとだけ目を開けて、俺を見たカディアに続けていった。
「優しいのにさ、ちょっと意地っ張りじゃん、カディアって。もったいないよ」
「あなたに言われる筋合い無いですわ」
 ぷい、と横を向いたカディアは自分が居る場所の高さを実感してしまい、再び目をきつく閉じた。高所恐怖症じゃない俺でも、かなりくる高さだな。2・ 300メートルはあるんじゃないかな。
「な、帰ろう?俺が引っ張るからさ。カディアは力抜いて」
 それには答えなかったけど、カディアは大人しく俺についてきた。
「俺はさ、嫌いじゃないよ、カディアの事。でも、素直だったら、もっと好きになると思う」
「言いましたでしょ、好きになってもらおうなんて思ってないって」
「聞いたよ。でも、誰かを好きになるのは本人の問題だから」
 誰かを好きになるなんて、突然の事。何かが背中を押したから、好きになる。まだまだカディアの事を大好きとは言い切れないし、恋愛には関係してな いけど。でも、素直になれないのに、がんばって関わろうとするところは可愛くて好きだけどね。
 ようやく他の子も居る高さまで下りる事ができて、そこで俺は手を離した。
「もう後は自分でいけるんじゃない?3階位だしさ」
「・・・」
「何?」
 カディアの声が小さかったので、俺は聞き返した。しばらく小さな声で何か言ってたけど、何とか聞き取れたのは『ありがとう』って言葉だった。なん だ、素直じゃん。ま、何とかなるだろ。喧嘩する為に出会ったんじゃないんだからね。


ステッキは手の中に〜第14回〜


 箒の乗り方の授業の後、俺達はロッカーに箒をしまった。・・・だけど、何か騒がしい。
「大人しくして、ね?お願いだから」
 フランがガタガタ鳴っているロッカーの前で途方に暮れていた。
「どうしたの、フラン?」
「あ、葉月ちゃん。箒がね、一人は嫌だって駄々をこねて」
「え、そうなの?」
 そう言って、俺はロッカーを見た。確かに、中で何かが暴れているって物音が聞こえた。だけど、箒って暴れるものなのか?
「・・・箒ってさ、暴れるものなの?」
「うん。箒ってね、鳥と植物の子供なの」
「え?」
 鳥と植物に子供ができるのか?いや、魔女界だから何があってもおかしくないけど。木になるのか、卵で生まれるのか。そん な事を考える俺の耳に相変わらず、ガタガタ扉にぶつかる物音が聞こえた。
「フラン、懐かれちゃったんだな。出してあげたら?このままじゃ、箒も壊れちゃし」
「そうね。先生には事情を話せばわかってもらえるわよね」
 ロッカーの扉を開けた途端、箒が飛び出してきた。尻尾があればちぎれる位、振ってるよな。と思って、よく見たら箒の掃く 部分がピンピンに広がって毬栗みたいになってる。これが喜びの表現なのかな?
「私とこの箒の相性良かったけど、葉月ちゃんも相性良かったみたいね」
「そうかな?」
 俺は静かなロッカーを振り返った。俺の箒は後追いする事も、毬栗になる事もなく大人しいもんだった。
「だって、初めて乗ったのに、あんなに思い通りに飛べるのは相性がいい証拠よ。センスも必要だけど、箒が認めない相手は上 手く飛べないの。互いの主張がぶつかりあっちゃって」
「へえ、そうなんだ。名前でもつけようかな、もっと仲良くなれるように」
「そうね、そういうのって良いって聞いたわ」
 教室に入る俺達の後ろを箒がぴょこぴょこと着いてきた。こんな光景って、ディズニーの映画であったよな。魔法使いの弟子 とかいうので。

 ずっとフランの隣に居る箒を見ながら、授業を受けた。バリリの協力もあって、少しだけ魔女語のつづりもわかった。だけど、 まだまだスラスラとはいかなかった。昼間での授業を受けて、パンパンになった頭をかかえて食堂に向かった。
 弁当を持ち込んでも良かったんで、今まではそうしてた。けど、今日は弁当はお休み、弥生が寝坊したから。いっつも任せっ きりだから、たまには俺が・・・なんて思う事もあるけど、まともな物ができるとは思えなかったから試した事はない。
 学校が大きな1本の木にあったから、やっぱり食堂も木の洞だった。生徒も先生も同じように並んで、好きな料理を手に取っ ていた。俺もトレイを手に、どれにしようかとカウンターを見た。
「・・・なんだ、コレ?」
 何かの煮物って事はわかるけど、紫色をしてる。そりゃ、日本にも紫芋とかってあるけど、これは・・・。全体的に紫色なん だけど、具に赤とか黄色の物が入ってる。トマトと・・・とうもろこしかな?
「これ、何て料理?」
 いわゆる食堂のおばちゃんって感じの魔女が答えてくれた。
「ガルヌムの煮付け」
「ガル・・ヌム?材料は?」
「だから、ガルヌム。魚だよ」
「あ、魚なんだ」
 でも、これって切り身なのか、丸ごとなのかわからない形してるな。・・・さすがにパス、もう少し見慣れた料理にしよう。ト レイを片手に料理を探すと、サラダとかから揚げとかが並んでいた、それにパンもある。
 それらをトレイに乗せてレジに並んだ。支払の方法はバリリに聞いてある。持ってるステッキが財布の代わりらしくて、月々の 支払を親がまとめてするらしい。放任主義の母さんでも、こういった支払位はしてくれるだろう。
 テーブルにあったマヨネーズをサラダにかけて、それから唐揚げを一口。
「・・・甘い。なんで、唐揚げが甘いんだ?」
「それ、デザートだよ」
 バリリが言う。外見、唐揚げなんだけど、どう見ても。
「そ、そうなんだ」
 そうだとしたら、何か違うおかずを買ってこないとな。とりあえず、口直しにサラダを食べるかとフォークを動かして絶句した。 また甘い。
「・・・やっぱり、ドレッシングと間違えてた?」
 バリリが気まずそうな顔で聞いた。
「これね、マヨネーズじゃなくてコーヒーとかにいれるコンデンスミルクみたいな物なの。葉月、甘いの好きかなーと思ってたんだ けど」
「いや、聞かなかった俺が悪いんだ」
 と、ともかく予想外の味に驚いた。醤油だとか、すっぱいとか、そんな味を期待して口に入れた分、ショックが大きい。さすがに お茶は大丈夫だろうと思いつつも、恐る恐る口に入れた。大丈夫、普通だ。特に甘くもすっぱくも辛くもない。
「おかず、何にしようかな・・・。やっぱりガルヌムか?」
 で、覚悟を決めて食べたガルヌムの煮付けは結構美味しかった。色はすごいけど、味付けは和食に近くて食べやすかった。唐揚げ と、間違って買ったデザートを食べながら食堂を見渡していると、場にそぐわない存在が居た。
「男?」
 いや、俺だって男なんだけどさ。食堂の一箇所に男が何人か集まって食べてるのが見えた。
「あ、あれはね、性別を変える魔法を使ってるんだよ。授業で習ったんじゃないかな」
「へえ」
 バリリの説明に俺はうらやましくなった。突然、女の子になった俺の最終目的は男に戻る事。しっかり勉強して、一人前の魔女に なれば性別を変える魔法も使える。それで、晴れて男に戻れるんだ。
 どこかしら動きが乙女チックだったけど、男に見える人達をながめながら、俺の昼食は終わった。よし、一刻も早く男に戻れる様 にがんばって勉強するぞ!


つづく
ステッキは手の中に〜第15回〜


「ただいま」
 ピンクの魔女服を着替え、リビングに下りた俺にるい声がかかった。
「こんにちわ、葉月ちゃん」
「・・・」
 無言のまま一歩下がってドアを閉める。どうして、高尾が居るんだ?しっかり、はっきり、 その気は無いと言った筈だ。確かに、次の日には、『あきらめない』って内容の手紙はもら ったけど。
「何してるの?」
 弥生の声に俺は、そーっとドアを開ける。その隙間から見える高尾は笑ってる。なんで笑 ってられるんだ?
「どうして、来てるんだ?」
 高尾と目を合わさないようにして弥生に聞いてみた。
「部活の打ち合わせなの。私達、パートが同じだから練習内容とかそういう事」
「そっか」
「でも」
 そこで高尾の声が割り込んできた。
「俺は葉月ちゃんに会いたかったからだけどね」
 その明るい声に俺は一喝。
「迷惑だって言っただろ?」
「聞いたけど、あきらめないよ」
「相手の気持ち考えずに付きまとうのはストーカーだ。お前の『好き』は自分の思い通りに したいってのと同じだ」
 キツイかもしれないけど、これは本当の事。『好き』って言葉は良い意味しかないから、 否定しにくい。だけど、言葉に騙されて受け入れてちゃ、やってけない。周囲の勘違いにも 負けてちゃいけない。
「キツイね」
「本当の事だろ」
 俺と高尾の間で弥生が困ってる。だけど、ここで、うやむやにする訳にはいかない。
「じゃあ、どうすればいい?」
「どうもしないでくれればいい。簡単に言えば、あきらめろ」
「どうして、そんなに俺の事、嫌いなの」
「聞いてどうする?治すのか?」
「できる事ならね」
 もー、こいつどうにかならないかな。意固地になってるんじゃないだろうなあ、『俺にな びかないなんて』とか何とか。ここまで言い張られる程、俺は可愛い女の子じゃないぞ。
「でも、治されても付き合わない。好きになっても、それは絶対愛情じゃなくて友情でしか ない」
「どうして、言い切れるのさ」
 ・・・男同士で愛情は、あんまりないだろ。そりゃ、同性で愛し合ってる人達がいるのは 知ってる。だけど、今のところ俺に、そういった傾向は無い。これからも、多分無いだろう。 それ以前に俺が女でも、高尾は好みのタイプじゃないしな。
「まあさ、愛とか友情とかは置いておいて。好きな相手の言う事だからって、簡単に自分を 変えていいのか?」
「悪いと思うところなら変えるよ」
「悪いところじゃなかったら?むしろ自分の長所だと思ってるところだったら?」
「それは・・・その時、考える」
「じゃあ、言うぞ。前にも言ったかもしれないけど」
「うん」
 高尾は真面目な表情になって姿勢を正した。こういう所は問題ないんだけどなあ。
「まず、相手の気持ちを考える事。しつこくしない。軽い話し方をしない。えーっと、好き な女の子は特別の扱いをする・・・とか?」
「最後の一つはいいよね?」
「まあ、そうかな」
 高尾は黙った。そりゃ、そうだよな。今、俺が言った事って結構、高尾の売りになってる 部分だもんな。しばらく黙ったまんま、床に視線を落としてた。
「わかった。とりあえず、今日は帰るよ。今までと違いすぎて、ちょっとショートしそうだ から」
 笑いながらではあったけど、真剣味も混じってる。こいつ努力家ではあるから、克服する かもしれないな。それは、それでマズイんだけど。男だって話す訳にもいかないし。
 高尾が帰ってから、俺は弥生に聞いてみた。一つ気になってる事だったから。
「あのさ、高尾がさ、俺を好きって事、皆知ってるのか?」
「そうね、有名よ。だって、高尾君が周りの人に話してるし」
「・・・余計な事を。そういう所が問題だっていうのに」
「素直だからね、高尾君。好きなものは好きだって言っちゃうから」
「光栄な事だけどな」
「あ、そうだ。お兄ちゃん、あんまり私の学校に近寄らない方がいいよ。もし、高尾君の思 い人だってわかったら怖いめにあうから」
「そんなに女の子に人気あるのか・・・」
「そう。だから、早めに話した方がいいんじゃない?本当の事を」
「話せるならな」
 ため息と共に、俺はこれからどうするかを考えた。


ステッキは手の中に〜第16回〜


 魔女学校に入学して、魔女語をおぼえて、箒に乗れるようになって。毎日ぎりぎりだけど、 何とかやってる。それで、今日は動物と話すってのが授業の一つにあった。
 ちょこんと机の上に座ってるのはハムスター。何故ハムスターかというと、くじびきで引き 当てたから。周りじゃ、「にゃー」だとか「わんわん」はては「ひひーん」とか聞こえてる。 どうせなら、皆同じ動物にすればいいのに。
 で、ちょこんと座ってるハムスターは俺の顔を見上げたまま、鼻をひくひくさせていた。
「・・・どうやって話せっていうんだ」
 猫や犬みたいに鳴き声をよく聞く動物ならイメージもしやすいんだけどな。
「では、動物との話し方ですが」
 前では先生が説明をしてるけど、教室内は動物の鳴き声でうるさくて聞こえやしない。とり あえず、教科書見るか。
 ここ数週間で何とか魔女語を読めるようになった。一旦、アルファベットや簡単な単語を覚 えると後は加速度的に覚えられた。というのも、フランから魔女語の漫画を借りたからだった。
 やっぱり好きな物で勉強するのは憶えが速いみたいで、これがかなり助けになった。
「えっと、視線を合わせて意識を同調させる。慣れれば視線を合わさなくても話せるようにな ります」
 要約すると、そんな感じ。でも、意識を同調させるって、どうすればいいんだ?とりあえず 視線を合わせるところから、やってみるか。
 握りこぶし程の大きさのハムスターの前に顔を出して、じーっと目を見た。真っ黒な目で見 返してるハムスターは、結構かわいい。
(意識を同調して・・・、ハムスターが何考えてるかを考えるって事かなあ)
 ハムスターの考えてる事を想像してみた。多分、餌を食べて、回し車で走って、目一杯寝る、 そんなところかな。
「いいな、お前は。幸せそうだな」
『言ってくれるじゃねえか』
「え?」
 柄の悪い言葉に辺りを見回す。だけど、誰も言った様子は無い。再び、ハムスターの前に顔 を下ろす。
「意識を同調させるって言ってもなあ。なあ、名前何ていうの?」
『人に名前聞く時は、まず自分からって習わなかったか?』
「・・・お前が言ってるの?」
 さっきの事といい、今聞こえた言葉の内容といい、目の前のハムスターが話してるとしか思 えない。誰かが腹話術でもしてるなら、話は別だけど。
『俺以外誰がいるっていうんだ』
(俺って、もしかしてすごい?)
 と、ちょっとうぬぼれてしまった。授業が始まって、まだ10分と少し。先生の話もろくに 聞こえないのに、もう動物と話をしてる。
「え、と。俺は木原葉月」
『俺?女なのに、俺なんていうのか』
「いや、実は男なんだよ。ちょっとした手違いで女になっちゃって」
『ちょっとした手違いで女になるとは、人間も厄介だな』
「ほんとにな〜」
 俺の切実なため息にハムスターは短い腕を組むような姿勢をとった。
『まあ人生色々あらあな。俺が使い魔になってやるから、安心して任せな』
「ああ、ありがと。・・・使い魔って、何?」
『使い魔を知らないのか?』
「いや、まあ、知ってるけど。魔女のお使いする動物の事だろ?烏とか黒猫が定番みたいだけ ど」
『なんだ、わかってるんじゃねえか』
 え?この授業って動物と話すってだけじゃないのか?
「ブーレーズ」
「何?」
 うずらを目の前に苦戦してるブーレーズが顔を上げた。
「あのさ、今話してる動物って使い魔になるの?」
「そうヨ。くじびきする前に先生言ってたヨ?」
「言ってたっけ・・・」
 くじびきする前から、動物の鳴き声でうるさかったからなあ。それに前の授業の復習して て聞いてなかったからなあ。
 それにしても、使い魔がハムスター。言っちゃ悪いけど、何の役に立つんだ?
『納得したか?』
 服を上って肩まで来たハムスターが聞いてきた。納得するとしないも、受け入れないとい けないんだろうなあ。どうせ使い魔なら、猫とか犬とかもう少し大きい方がいいな。ハムス ターじゃ物を持ってきてもらう事もできないからな。
『おい、何か不満そうだな』
「そ、そんな事ないよ」
『まあ、いい。俺は心が広いからな。俺はクープだ』
「クープか、よろしく」
 小さいな手は意外と力強く俺の指を握った。その様子を見てたバリリが、クープを力一杯 抱きしめた。
「ふかふかー、ぬいぐるみみたいぃ」
 確かにバリリの身長からすると、大き目のぬいぐるみってところだもんな。
『このチビ、何しやがんだ。苦しいじゃねえかっ』
 クープは苦しそうに、じたばたするけどバリリの方はおかまいなしだった。それを見て笑 っている俺に声がかかった。
「楽しそうだな」
「あ、先生」
 手にもった閻魔帳に何やら書き込んだ後、先生は言った。
「木原、お前は箒の乗り方といい、なかなか筋がいいな。これなら、3年の課程を短縮できる かもしれないぞ」
「本当ですか?!」
「もちろん努力次第だが」
 よおし、これで男に戻れる日が近づいてきたぞ。
「それで、その・・・性別を変える魔法ってのは、いつ頃習うんですか?」
「そんなに早く戻りたいのか?」
「はい」
「まあ、普通はそうか。順調にいけば、2年の終わりごろだな」
「後1年以上もかかるのか・・・」
 落胆した俺に先生は希望の光をくれた。
「自分で学ぶ分には早くても構わないんだぞ?」
「え?じゃあ、今からでもいいんですか?」
「ああ。図書室に学年毎の教科書もあるし、参考書もあるからな。わからないなら、教えて やってもいい。何でも教えるというのはクラスの学力差を広げるから問題もあるが、お前の 性別変換は許可範囲だろう」
「ありがとうございますっ」
「だが、通常の授業がおろそかになるようでは駄目だぞ」
「がんばりますっ」
 そうか、勝手に勉強していいんだな。てっきり門外不出だとか、一子相伝だとか堅苦しい もんだと思ってたんだけど。まあ、よく考えれば魔女にとって魔法は商売道具なんだから、 制限ばっかりあっちゃ使いにくいもんな。
『お前、男に戻りたいんだな』
「そうだけど?」
『なかなか好みなんだけどなあ。なあ、女のままでいるって訳にはいかないのか?』
「いかないよっ」
 どーして、ハムスターの好みに合わせて男のままで居なくちゃいけないんだ。早く授業終 わらないかなあ、そうすれば図書館に走って行くのに。


 
ステッキは手の中に〜第17回〜


『よお、図書館に行くのか?』 
 さっきの授業で使い魔として付き合う事になったハムスターのクープが話し掛けてきた。とはいえ、クープは俺の肩に乗っているバリリに抱かれたまま だったけど。
「もちろん行くさ。男に戻れるかもしれないんだから」
『そんな魔法憶えなくてもいいのによ』
「ハムスターの好みに合わせるつもりはないって」
「バリリは葉月が男に戻ったところ見てみたい」
 きゅうとクープをぬいぐるみの様に抱いて、バリリは言った。
『ま、どんなのか見てみたいって点は同意するな』
 クープも頷いていた。魔女語を勉強するって意味では相手が多い方がいいけど、口うるさいだけなら勘弁してほしいな。バリリはいいとして、クープは 少し危険信号だ。
 階段をジャンジャン昇ってたどり着いた図書館は眩暈を起こしそうな広さだった。学校が巨大な樹の洞にあるんだけど、図書館は例えるなら1フロア全 部使ってるようなもの。普通の学校の体育館位の広さがある。
「どこにあるんだろ・・・。バリリ知らないか?」
「えっとね〜。多分、こっちだと思う。変身系は、こっちなの」
 バリリが指差した方向に歩き出したけど、これがなかなか大変だった。広いわ、高いわで圧迫される程の迫力がある。
「これなら箒持って来ればよかったなあ」
 すいすいと飛び回る先輩達を見て後悔した。図書館に近づくにつれ、箒を持ってる人が多くなるのに気づいてはいたけど、これほど広いとは思っていな かった。
 ようやく変身系の魔法を記した本がある場所までやってきた。けど、棚の高さは役5メートル、本棚の長さは100メートル級だった。
「どうすれば、これだけ変身の魔法が作られるんだ。方法だけ書けばいいんじゃないのか〜?」
 泣き言を言っても始まらないか。でも、どこから手をつけていいのやら。
「バリリ、どこら辺にあるかわかる?」
「うぅ〜、ちょっとわからない。ごめんね、葉月」
「いや、いいよ。これだけあっちゃ、わからないよなあ。誰かに聞いてみるか」
 司書さんみたいな人は居ないのかな?図書館を管理してる人・・・。生徒は明るい色の服を着てるから、それ以外の黒だとか紺色の服を着てる人っと。
「すみませーん」
 棚の上の方でぷかぷか浮いてる人に声をかけたものの気づいた様子は無い。どうしたもんかな。
「よし。クープ、棚を上って呼んできてくれよ」
『任せときな』
 クープは本棚に飛びつくと、小さな爪を引っ掛けてするすると本棚を登っていった。小さい体が見えなくなった頃、頭上の魔女が顔を上げた。
「何か用かい?」
 クープを手に下りてきたのは、皺くちゃのお婆ちゃんだった。気づかなかったのは耳が遠かったからかな?
「すみません、本を探してるんですけど、どこにあるかわからなくて」
「ほお、どんな本だい?」
「性別変換です」
「あんた、まだ1年だろ。早くないかい?」
「でも、あの」
「・・・ああ!エリカの息子かい」
 げ、母さんってそんなに有名人なのか。というか、問題児なんだろうな〜。
「え、ええ、まあ」
「話は聞いてたけど、あんたも苦労するねえ」
 ああ、同情が心地いい。そうなんだよ、苦労してるんだよ。
「性別変換なら、ここから3つ進んで上から2つ目の棚だね」
「ありがとうございました」
「がんばるんだよ。色々苦労すると思うけどね」
「はい、がんばります」
 やっぱり理解者居るってのはいいなあ、苦労度は同じでも気分的に楽だ。でも、できりゃ苦労はしたくないけど。誰か、母さんにびしっと言ってくれ る人居ないかなあ?でも、先生でも母さんの性格変えられなかったんだから・・・無理か?うーん、唯一父さんが母さんに対抗できるけど、俺にとっちゃ 同じ位、困った人ではあるからなあ。
「と、この棚か」
 目当ての棚を見つけたものの、本はかなり上の段にある。台車のついている梯子を引っ張り、照準を合わせると一段一段昇り始めた。大量に並ぶ本の 題名は『蛙への変身』『ぶち猫への変身』『ちょっと尻尾が曲がった犬への変身』と「どーして、こんなのに変身するんだ」と言いたくなるような物ば かりだった。
「もしかして、『困った母親とよくできた妹のいる少年への変身』とかって本を勉強したりして」
 と笑いつつ、本当だったらどうしようと心配したりもした。目的の本は古びた革張りの物だった。ほこりを叩き落とし、1ページ目を開いてみる。前 置きを読むに、特に環境を指定した少年って訳じゃないらしい。
「じゃ、これを借りるかな」
 本を片手に降りようと、ふと下を見ると結構な高さがある。箒に乗ってると、大した高さに思えないのになあ。箒だと自分の意思でフォローできるけ ど、梯子から落ちたら絶対怪我するもんなあ。落下スピードをゆっくりにする魔法ってのもあるんだろうけど、まだ習ってないしな。
「さて、貸し出し窓口はっと」
 多分、入り口に近い場所にあるんだろうけど、どこなんだか。
「バリリ、貸し出し窓口ってどこ?」
「あのね、こっちよ」
 指差した遥か向こうに人影が見える。確かにカウンターらしき物と、座ってる人だ。ずんずん進むんだけど、同じ大きさの本棚が延々と並んでるから 進んでる気がしない。ちょっとワープゾーンに迷い込んだ気分だ。
 ようやく棚が途切れ、カウンターの前まで来て、座っていた人が人でない事に気づいた。人型だけど人間じゃない。
「人形・・・かな?」
 人形って点ではバリリも一緒なんだけど、貸し出しカウンターに座ってたのは、いわゆるフランス人形って感じの物だった。
『貸し出しですか?』
 ギリリと首が動いて俺の方を見た。声もどこか硬質で違和感がある。何だか、ホラー映画みたいだな。
「この本なんですけど」
『ステッキをお出し下さい』
「あ、はい」
 ステッキを出すと、関節をカキコキ曲げながら触った。それだけでわかるのか、本についていたポケットに曜日を示す髪を差込んで俺に渡した。
『返却は1週間後です。延長する場合は一度、申請に来て下さい』
「わかりました」
 立ち去ろうとした俺の目の前で人形の口がカコンと開いて、目が閉じられた。ゆっくりと首を傾げる姿は「ごきんげんよう」を現しているのだろうけど、 怖いぞ、これは。
(慣れれば、どうって事ないんだろうけどな〜)
 ともかく、目的の本は手に入れたし、勉強さえすれば男の姿に戻れる。そうしたら、転校前の学校の友達とも遊べるってもんだ。目的のある俺は強いぜ、 徹夜でだって勉強してやるー!


つづく


ステッキは手の中に〜第18回〜


 広大な図書館から男に変身するための魔法を書いた本を借り出した。読んでみれば内容は理解できる。これもバリリ達が毎日話相手になって くれてるからだ。
 とはいえ、これがなかなか大変な内容ではある。準備する物がある訳じゃないけど、呪文だけじゃなくて手振り身振りも加わって複雑極まり ない。傍目にみると踊ってるように見えるかもしれない。ちょっと恥ずかしいなあ。
「えっと、左手をこう上げて、右手をこう。で、足がこっちで2度踏んで。それから呪文が」
 振りはともかく呪文を憶えるのが厄介だった。長い上に似た音が続く。ミが3回にリが6回。そんな感じで延々と続く。何度も失敗しては本 と首っ引きで呪文を唱える。いい加減嫌になってきたし、何より腹も空いてきた。
「後1回してダメなら晩飯食べてからにしよう」
 そう決心して魔法を開始した。第1段階良し、第2段階も何とか、第3段階もつまりながらだけどクリア。後、3章節分唱えて振りを決めれ ば完成だ。そんな時にドアがノックされ、勢いよく開いた。
「衛、女の子になったんだってな!お土産にワンピース買って来てやったぞ!」
「と、父さん!」
 と、叫んだ事で完成寸前の魔法は頓挫した。・・・母さんといい、俺の人生を邪魔するのを楽しみにしてるんじゃないだろうな?
「どうした?泣きそうな顔して?あ、そうか!俺が帰ってきたから嬉しいんだな?可愛いやつめっ」
 嬉しい事は嬉しいけど、何も今帰ってこなくても。それに女の子になった俺を見て、驚きもしなければ笑いもしない。単に変化があったから 見に来ただけって顔をしていた。
 父さんは大きな鞄をがさごそとかき回して、真っ白のワンピースを取り出した。
「母さんから、衛、おっと今は葉月だな。お前の身長とかスタイルを聞いて買って来たんだ。着てみろ」
「いや、あの。俺さ、男に戻る魔法を勉強してる途中だし。成功したら、男のまま生活するつもりだから」
「何言ってるんだ。折角、人生2倍楽しめるのに男のまんま暮らすのか?」
「人生2倍って・・・。それは生きてる時間が2倍あれば・・・」
 と言ってから思い出した。そういえば、魔女の契約した人間は寿命が延びるんだった。しかも、若い時間が長い。
「いや、生きてる時間が2倍あってもさ、俺は男でいたいんだ」
「つまらん奴だな〜。まあ、あって困るもんでもないんだからタンスに入れておけ」
「う、うん」
 強引さでは母さんに負けてないんだよなあ。まあ、だからこそ無難に夫婦生活を送ってるのかもしれないけど。
「弥生が、もうすぐ晩飯だって言ってたから下におりよう」
「じゃ、着替えて行くから」
 魔女っ子服を着替えつつ父さんに質問した。
「父さんさ、帰国したのって、もしかして俺の格好を見に来ただけ?」
「そうだけど?」
「・・・いつも全然帰ってこないのに、こういう時だけは呼ばなくても来るよなー。進学決める三者面談だって来なかったのに」
「進学なんて自分で決めるもんだろ?俺が一流大学に進めって言えば、行くのか?」
「行かないけどさ」
 行かないというか行けないんだけどな。成績は、どーにも中頃だから。
「だろ?だったらいいじゃないか」
「だけど、もうちょっと親らしい事をしてくれって話」
「潤沢な生活費とたくさんの愛を与えてるじゃないか。三者面談に出てても、つまらん親はたくさん居るぞ?」
「そりゃわかってるけど」
 溜息をつく俺に父さんは真顔で言った。
「お前、父さんの事、嫌いか?」
「そ、そんな事ないけど」
 高校生になって面と向って聞かれるとは思わなかった。意外と照れるもんだな。
「好きならいいじゃないか。俺もお前の事が好き。親子互いに好きなら、何も問題無いじゃないか」
 いつもこうだ。俺が何か不安になったり、不満を持ったりしても、驚く位の自信を持って応える。俺はお前達の事を愛してるってね。毎回、 自信満々に言うもんだから俺は納得してしまう。それで、ここまで来た訳だけど。
「俺、後2日は日本にいるから、弥生と3人で美味いものでも食いに行こうな。母さんは簡単に日本に帰れるけど、俺はそうはいかないから な」
「何食べるの?やっぱり和食?」
「ま、そうかな。腹一杯、寿司食うのもいいな」
「俺、うなぎがいいな」
「だったら渋谷に行くか?いい店あるんだ」
「へえ、父さん意外な所知ってるんだ」
「貿易してる人間は色々な市場を知ってるもんさ」
 小さい頃、俺は父さんを冒険家だと思ってた。海を越えて旅をしては見た事も無い物を持って帰ってくる。それに知らない話をたくさんし てくれた。そんな父さんを格好いいと思ってた。それは今も少しある。何ヶ国語も話して、色んな人と駆け引きして。俺にはできない事をし てる父さんは格好いいと思う。でも言わない、言うと調子に乗るから。
 でも、言ってもいいかな。それは俺が一人前になってからだけどね。
「じゃあ、その店に行く時は、さっきのワンピース着てやるよ。両手に花でいいだろ?」
「おっ、いいねえ。ビールなんてついでくれると、なお嬉しいね」
「父さん、おやじ入ってるよ」
「いいじゃないか、俺だって、もういい年なんだし」 
 そう言って笑う父さんは、まだまだおやじじゃないんだよな。


ステッキは手の中に〜第19回〜


 父さんが久しぶりに帰ってきた。会うのは2年半ぶりだった。貿易商をやってる父さんは世界を飛び回るのが性に合ってるのか、全然日本に帰ってこない。 どれくらい帰ってこないかというと俺の中学の卒業式にも出なかったくらいだから。
 で、ひさーしぶりに帰ってきた理由というのが、俺が魔女っ子になったのを見に来たっていうんだから、結構子不孝かもしれない。でもまあ、笑うわけでも 悲観する訳でもなかったから気は楽だったけど。
「ねえ、お父さん。今、ドイツにいるんでしょ?」
 味噌汁をよそいながら聞く弥生に父さんはビールを飲みながら答えた。
「いや、今はマダガスカル島。う〜ん、日本のビールも美味いのあるな」
「マダガスカル島ってバニラビーンズのとれる所?」
「そう。弥生、よく知ってるな」
「お菓子作る時、使うもの」
 バニラビーンズ?バニラの豆?何だ、そりゃ。マダガスカル島って、バオバブの木が生えてる所だったような気がするんだけど、違ったかな?それにしても、 一所には居ないんだなあ、父さん。
「弥生は高校どうするんだ?どこか行きたい所でもあるのか?」
「私?そうねえ、本当はお兄ちゃんと同じ高校に行きたかったんだけど、お兄ちゃん魔法学校に行ってるから」
「魔法学校に行けばいいじゃないか。母さんに誰か、他の魔女を紹介してもらって」
「嫌よお、魔法使えるのは魅力的だけど魔女っ子服着てなきゃ使えないんでしょ?」
 と、弥生が俺を振り向いた。
「ステッキがあれば使えると思うけど。男に変身する魔法を使った後で魔女っ子服着てなきゃ、魔法使えないっていうんじゃ、ちょっと外見がコワイぞ」
「あ、そうか。うーん、でもなあ。お兄ちゃんが苦労してるの見てるから」
「ならない方がいいって。今までの友達と生きてる時間がずれるから。便利な力を手に入れる分、無くすものもあるし」
「そうだよね。私、今の生活が楽しいから、このままでいいわ」
「それなら、弥生は父さんサイドだな。母さんは魔女だから、俺が死んでもまだ若いだろうし。葉月、母さん頼むな」
「頼まれたくないよ、苦労するの目に見えてるもん。それに俺、魔女の修行終わって、一人前になったら、すぐ後継者探して魔女やめるつもりだし」
「魔女止めたら、魔法使えなくなるんだぞ?」
「それでもいいよ」
 実際のところ、箒に乗って空を飛んだり、ハムスターと話ができたりするのは楽しいと思ってる。でも、ずっと女の子で居るのは、やっぱり嫌だ。いや、せ めて時間の流れが人と同じなら、まだ考えなくもないんだけどね。男に変身する魔法を憶えれば何とかなるから。
「そういえば、母さんはどうしたの?折角、父さんが帰ってきたんだから一緒にくればいいのに」
「母さんか?母さんはブロッケン山で魔女サミットに出てるから」
「ま、魔女サミット?」
「そう。年1回の集会で新しく作り出した魔法の発表とか、違う系統の魔女とかとの付き合い方を話し合うんだよ」
「違う系統?」
「あー、何ていうかな。巫女さんかな?ほら、歴史でシャーマニズムとかって習っただろ」
「ああ、神がかりになるとかね」
「ああいう人達とか、後はネイティブアメリカンとか、そういったいわゆる超常能力を使う人達との付き合い方の方針を決める会議だ」
「母さんって、サミットに出られる位の人なんだ・・・」
 なのに、俺の学校での扱いが悪いの何故だ?
「母さんは新しい魔法を作り出す才能には恵まれてるからな。・・・まあ、半分は失敗から生まれたもんだけど」
 なるほどね、失敗から生まれた魔法が役立ってると。瓢箪から駒とか言うやつな。失敗から生まれてるって事は皆知ってるけど、役立つ魔法を生み出してる から呼ばない訳にはいかないと。なんだか、母さんらしいな。
 俺達は夕食を食べながら、魔女の話を父さんから聞いた。本来、こういう話って魔女である母さんから聞くもんだと思うけど、面倒くさがって教えてくれな いからなあ。

 空腹も満たされ、久しぶりに父さんとたくさん話もした。リフレッシュした精神で一発、男になる魔法を完成させるかな。バリリとクープは夜行性なのか、 ごそごそとベッドとして使ってるカゴから出てきた。
「はづー、何してるの?」
「男になる魔法を勉強してるんだよ」
「ふーん」
 バリリは段々日本語を話せるようになってきた。元々言葉を勉強する為に生み出された人形だから憶えが速いのかもしれない。じーっと見守る人形とハムスタ ーの視線の前で、俺は呪文を唱えた。ゆっくりだけど、間違えないように。手の振りや足の振りも間違えないように魔法書を見ながら実践した。
 今度は父さんの邪魔も入らず、無事最終段階まできた。後はステッキを振り下ろすだけ。
(えいっ!)
 目を閉じて思いっきり振り下ろした。特に変わった様子は無い。失敗したのか、成功したのか。怖くて目が開けられないぞ。
『ほーっ、お前そんな顔だったんだな』
「え?俺、変わってるのか?」
『変わってるなあ、ピンクのワンピース着た男が居る』
 クープの笑いが混じった声に俺は目を開けてみた。鏡には俺が映っていた。葉月、じゃなくて衛の俺が。
「やった!男に戻ってる!」
 確かにクープの言う通り、ピンクのワンピースを着た俺は変だけど、そんな事はとりあえず問題じゃない。まあ、ワンピースが伸縮自在に伸びてるのは気にな るところだけど。
 ともかく俺はワンピースを脱いで、今まで着てた男物の服を着ると1階に下りた。
「弥生っ、元に戻ったぞ」
 洗い物をしていた弥生が振り向き、驚いた顔をしていた。
「あ、戻ったんだ。そんなに長い間じゃなかったけど、久しぶりだね、その姿は」
「だろ?あ〜、落ち着く」
「だけど、葉月ちゃんだった頃のお兄ちゃんも好きだったんだけどなあ。これからどうするの?」
「男の姿で学校に通うさ。さっさと卒業して、弟子見つけないといけないし」
「男の姿で、か。いいの?」
「何が?」
「だって、元が女の人なら『中身女だもんね』って事ですむけど、中も外も男だったら厄介事が起きるんじゃない?」
「そうか?魔女学校に通ってる子達も普段は男の居る世界で暮らしてる訳だし」
「まあ、そうだけど。大丈夫かな?」
「なんとかなるさ。あー、これでこっちでも気楽に散歩できるな」
 そうさ、これでこっちの友達にも会えるし、近所の人の目を気にする事もない。気楽な生活が送れる筈だ。


 
ステッキは手の中に〜第20回〜


 昨日の晩、ようやく男になる魔法を完成させた。正確には異性になる魔法なんだけど。まあ、そんな事はどうでもいい訳で。
「さっ、学校に行くかな」
 いつもなら、ピンクの魔女っ子服を着た自分に溜息をつくところだけど、今日は別だ。男の身体に男物の服を着て、ステッキだけを手に鏡をくぐった。魔女界に 入ると、ステッキで箒を呼び出す。男に戻った俺に箒は少し戸惑ったみたいだけど逃げ出さずに俺を乗せてくれた。
 男に戻ったって開放感から、俺はいつもよりアクロバティックな乗り方をした。いつもはスカートだから気になってしょうがなかったんだよなあ。教室に入るの も窓から入った。その方が早いからな。
「よっ、フラン、おはよ」
「え、あ、葉月ちゃん・・・だよね?」
「そうそう。よくわかったな、驚くかと思ったのに」
「写真・・・見た事あったから」
「あ、母さんから?」
「うん。叔母さん、葉月ちゃん・・・衛君と妹さんの写真いつも持ってたし」
「そうなんだ。意外だな」
「意外?」
「だって、全然家に帰ってこないんだよ?だから、写真を持ち歩くなんて殊勝な心がけをしてるなんて思ってなかったよ」
「そんな事ないよ。いつも叔母さん、衛君達の話してたもん」
「そうか」
 まあ、普段から面倒はみないけど俺達の事を好きだっていうのは何となくわかってた。ただ普通の母親みたいな表現方法じゃないのが問題なんだよな。それに しても、視線が痛いな。クラスの皆、俺が元葉月だってわかってないのかな?
「わー、葉月って、そんな顔だったんだネ。かっこいいヨ」
「あ、ブーレーズ。おはよう」
「おはよウ。もー、皆、噂してるヨ。あれ、誰だろうっテ。でも、こんなに性別転換の魔法使えるなんテ」
「俺も、ちょっと意外だったけどね。でも、ありがたいよ」
 と、そこまで話していて予鈴のチャイムが鳴った。一番の後ろの席だから、男に戻って身長が伸びても問題無かった。これで一番前の席だったりしたら、座高 が高くて後ろの人に迷惑かけてただろうなあ。もちろん中には俺とそう身長の変わらない子も居たけどね。何せ世界中から集まった子達だから、女の子の身長が 高い国もあるし。
 1時間目の授業を終えたところで、俺は職員室に向った。一応、男に戻った事を担任の先生に報告しておこうと思ったからだ。人間界で体育に当たる授業もあっ たけど、着替えはステッキ一振りで終わるから更衣室は必要無かったし、特に問題は無いと思うけど。あ、トイレが問題かな?
 職員室で相変わらず檻の中で仕事をしていたティボー先生に声をかけた。
「先生、お話が」
「ん、ああ、木原か。早かったな」
「はい、何とか」
「何か、用か?」
「一応、報告しておこうと思って」
「そうか、いい心がけだ」
「何か気をつける事はありますか?」
「そうだな、恋愛には気をつけろ」
「恋愛、ですか」
「そうだ。魔女界は当然だが、女しか居ない。もちろん人間界に暮らす者も多いが、それでも異性との接触は少ないと言える。だからこそ、男に対して良くも悪く も過剰なイメージを持っている」
「はあ・・・」
「荷物運びを手伝えば、自分に気があるんじゃないか。側に立てば痴漢をするんじゃないかといった風にな」
 まあ、そういうのは人間界でもよくある話だよな。自意識過剰なのは、どこにでも居るって事か。
「まあ、そういった風に受け取る者が大半だと思えば、おのずと気をつける事象はわかるだろう?」
「わかりました、軽率な事は慎みます。とは言ったものの、うっかりって事はあるかもしれませんけど」
「まあ、皆にもいいリハビリになるだろう。いつかは男達の居る場所で暮らしていかなければいけないんだ。あまりに箱入り娘では、魔女であるとばれてしまう様 な失敗をしかねないからな」
 先生の言葉に俺は思い出した、そういえば魔女である事が他人に知れたらどうなるんだろう?
「先生、質問があるんですけど」
「何だ?」
「魔女である事が他人にばれたら、どうなるんですか?母さんは、とてもつなく怖い事が起きるって言ってたんですけど」
 俺の質問に先生はきょとんとした後、笑った。
「エリカは、そんな風に言ったのか」
「はあ」
「まあ、広く話が伝わるとまずいんだが、それまでに学校に連絡が来れば記憶を消す魔法で処理をするさ。魔女界には記憶処理の魔法を使う事を許された者が居る んだ」
「その人に頼むんですか?」
「そうだ。誰でも使える訳じゃないからな。記憶処理の魔法が使えれば、世界を手中にする事もできるからな」
「あの、特に罰なんかは」
「あるにはある」
「どんな罰ですか?」
「学生自体に習った魔法の復習だ。それらの魔法が完璧に使えるまで延々補習するんだ」
「でも、それってしっかり勉強した人には大した罰じゃないんじゃ」
「そうだ。だが、エリカみたいに勉強嫌いな者には、とてつもなく怖い罰じゃないか?」
 先生の笑いの混じった答えに俺は納得した。確かに母さんには、とてつもなく怖い事だ。 「まあ、お前も気をつける事だな」
「はい。それじゃ、失礼します」
 俺は一礼して職員室を出た。と、辺りから視線を感じる。振り向けば目をそらす、元に戻せば背中に視線がささる。どうやら、皆が見てるらしい。性別転換の 魔法で男になる子は居ても、中身は女の子。だけど、俺は外も中も男。だから、気になるんだろうなあ。一応、皆、年頃の女の子だもんな。・・・その気になれば ハーレムって事か。
 ハーレムかあ、嬉しい響きだ。だけど、皆、魔法を使えるから怒らせると怖いんだろうな。火の玉が飛んできたり、雷が落ちたり。それは、ちょっと勘弁してほ しい。やっぱり撤回、ハーレムじゃなくていいや。
 それにしても、背中についてくる視線はどうにかしてほしいなあ。その視線を払うようにしながら入った教室で、フランが声をかけてきた。
「衛君、おかえり。先生、何か言ってた?」
「特に何もないよ。女の子に気をつけろとは言われたけど」
「気をつけろ?」
「どうやら、男に免疫の無い子が多いから、気をつけないと恋愛沙汰に巻き込まれるぞって」
「そうね、気をつけた方がいいかも」
「えっ?もう何か、したかな?」
「そうじゃないんだけど、衛君の事を聞きに来る子が多いから」
「俺なんかの、どこがいいのかね」
 男が一人だと、こういう事になるのかな〜。人間界に居た時は告白だとか、話を聞かれたなんて事、一度も無かったのに。
「どこがいいって。優しいし、・・・かっこいいし」
「かっこいい?俺が?今まで言われた事、一度も無いよ?」
 見るに耐えない顔、って風には思ってないけど、かっこいいって程でもないと思うけどなあ。人並みってところだろ、せめて。それとも、魔女界では俺みたいな 顔がもてるのか?
「かっこいいと思うよ、衛君」
「そっかー、そうなのか」
 思いがけない話に俺の気持ちは明るくなった。


ステッキは手の中に〜第21回〜


 昨日の晩、ようやく男になる魔法を完成させた。正確には異性になる魔法なんだけど。まあ、そんな事はどうでもいい訳で。
「さっ、学校に行くかな」
 いつもなら、ピンクの魔女っ子服を着た自分に溜息をつくところだけど、今日は別だ。男の身体に男物の服を着て、ステッキだけを手に鏡をくぐった。魔女界に 入ると、ステッキで箒を呼び出す。男に戻った俺に箒は少し戸惑ったみたいだけど逃げ出さずに俺を乗せてくれた。
 男に戻ったって開放感から、俺はいつもよりアクロバティックな乗り方をした。いつもはスカートだから気になってしょうがなかったんだよなあ。教室に入るの も窓から入った。その方が早いからな。
「よっ、フラン、おはよ」
「え、あ、葉月ちゃん・・・だよね?」
「そうそう。よくわかったな、驚くかと思ったのに」
「写真・・・見た事あったから」
「あ、母さんから?」
「うん。叔母さん、葉月ちゃん・・・衛君と妹さんの写真いつも持ってたし」
「そうなんだ。意外だな」
「意外?」
「だって、全然家に帰ってこないんだよ?だから、写真を持ち歩くなんて殊勝な心がけをしてるなんて思ってなかったよ」
「そんな事ないよ。いつも叔母さん、衛君達の話してたもん」
「そうか」
 まあ、普段から面倒はみないけど俺達の事を好きだっていうのは何となくわかってた。ただ普通の母親みたいな表現方法じゃないのが問題なんだよな。それに しても、視線が痛いな。クラスの皆、俺が元葉月だってわかってないのかな?
「わー、葉月って、そんな顔だったんだネ。かっこいいヨ」
「あ、ブーレーズ。おはよう」
「おはよウ。もー、皆、噂してるヨ。あれ、誰だろうっテ。でも、こんなに性別転換の魔法使えるなんテ」
「俺も、ちょっと意外だったけどね。でも、ありがたいよ」
 と、そこまで話していて予鈴のチャイムが鳴った。一番の後ろの席だから、男に戻って身長が伸びても問題無かった。これで一番前の席だったりしたら、座高 が高くて後ろの人に迷惑かけてただろうなあ。もちろん中には俺とそう身長の変わらない子も居たけどね。何せ世界中から集まった子達だから、女の子の身長が 高い国もあるし。
 1時間目の授業を終えたところで、俺は職員室に向った。一応、男に戻った事を担任の先生に報告しておこうと思ったからだ。人間界で体育に当たる授業もあっ たけど、着替えはステッキ一振りで終わるから更衣室は必要無かったし、特に問題は無いと思うけど。あ、トイレが問題かな?
 職員室で相変わらず檻の中で仕事をしていたティボー先生に声をかけた。
「先生、お話が」
「ん、ああ、木原か。早かったな」
「はい、何とか」
「何か、用か?」
「一応、報告しておこうと思って」
「そうか、いい心がけだ」
「何か気をつける事はありますか?」
「そうだな、恋愛には気をつけろ」
「恋愛、ですか」
「そうだ。魔女界は当然だが、女しか居ない。もちろん人間界に暮らす者も多いが、それでも異性との接触は少ないと言える。だからこそ、男に対して良くも悪く も過剰なイメージを持っている」
「はあ・・・」
「荷物運びを手伝えば、自分に気があるんじゃないか。側に立てば痴漢をするんじゃないかといった風にな」
 まあ、そういうのは人間界でもよくある話だよな。自意識過剰なのは、どこにでも居るって事か。
「まあ、そういった風に受け取る者が大半だと思えば、おのずと気をつける事象はわかるだろう?」
「わかりました、軽率な事は慎みます。とは言ったものの、うっかりって事はあるかもしれませんけど」
「まあ、皆にもいいリハビリになるだろう。いつかは男達の居る場所で暮らしていかなければいけないんだ。あまりに箱入り娘では、魔女であるとばれてしまう様 な失敗をしかねないからな」
 先生の言葉に俺は思い出した、そういえば魔女である事が他人に知れたらどうなるんだろう?
「先生、質問があるんですけど」
「何だ?」
「魔女である事が他人にばれたら、どうなるんですか?母さんは、とてもつなく怖い事が起きるって言ってたんですけど」
 俺の質問に先生はきょとんとした後、笑った。
「エリカは、そんな風に言ったのか」
「はあ」
「まあ、広く話が伝わるとまずいんだが、それまでに学校に連絡が来れば記憶を消す魔法で処理をするさ。魔女界には記憶処理の魔法を使う事を許された者が居る んだ」
「その人に頼むんですか?」
「そうだ。誰でも使える訳じゃないからな。記憶処理の魔法が使えれば、世界を手中にする事もできるからな」
「あの、特に罰なんかは」
「あるにはある」
「どんな罰ですか?」
「学生自体に習った魔法の復習だ。それらの魔法が完璧に使えるまで延々補習するんだ」
「でも、それってしっかり勉強した人には大した罰じゃないんじゃ」
「そうだ。だが、エリカみたいに勉強嫌いな者には、とてつもなく怖い罰じゃないか?」
 先生の笑いの混じった答えに俺は納得した。確かに母さんには、とてつもなく怖い事だ。 「まあ、お前も気をつける事だな」
「はい。それじゃ、失礼します」
 俺は一礼して職員室を出た。と、辺りから視線を感じる。振り向けば目をそらす、元に戻せば背中に視線がささる。どうやら、皆が見てるらしい。性別転換の 魔法で男になる子は居ても、中身は女の子。だけど、俺は外も中も男。だから、気になるんだろうなあ。一応、皆、年頃の女の子だもんな。・・・その気になれば ハーレムって事か。
 ハーレムかあ、嬉しい響きだ。だけど、皆、魔法を使えるから怒らせると怖いんだろうな。火の玉が飛んできたり、雷が落ちたり。それは、ちょっと勘弁してほ しい。やっぱり撤回、ハーレムじゃなくていいや。
 それにしても、背中についてくる視線はどうにかしてほしいなあ。その視線を払うようにしながら入った教室で、フランが声をかけてきた。
「衛君、おかえり。先生、何か言ってた?」
「特に何もないよ。女の子に気をつけろとは言われたけど」
「気をつけろ?」
「どうやら、男に免疫の無い子が多いから、気をつけないと恋愛沙汰に巻き込まれるぞって」
「そうね、気をつけた方がいいかも」
「えっ?もう何か、したかな?」
「そうじゃないんだけど、衛君の事を聞きに来る子が多いから」
「俺なんかの、どこがいいのかね」
 男が一人だと、こういう事になるのかな〜。人間界に居た時は告白だとか、話を聞かれたなんて事、一度も無かったのに。
「どこがいいって。優しいし、・・・かっこいいし」
「かっこいい?俺が?今まで言われた事、一度も無いよ?」
 見るに耐えない顔、って風には思ってないけど、かっこいいって程でもないと思うけどなあ。人並みってところだろ、せめて。それとも、魔女界では俺みたいな 顔がもてるのか?
「かっこいいと思うよ、衛君」
「そっかー、そうなのか」
 思いがけない話に俺の気持ちは明るくなった。  


ステッキは手の中に〜第22回〜


 思ってたより、視線が刺さるなあ。と、いうのも、この度めでたく男の体に戻れたからだ。あくまで変身の魔法、という事であって完全には戻っていない。多分、 何かのきっかけでまた女の子になってしまうんだろう。例えば誰かが魔法を解除する呪文を唱えるとか、ね。
 でも、突然魔法を解くような事をする人は居ない筈だし、大丈夫だろ。
(それにしても、皆見てるなあ。別に自意識過剰じゃないよ、な?)
 そう思って俺は振り向いてみた。その途端、キャーってな感じで声があがる。どうして、叫ぶんだろう。声の雰囲気からして怖がってる訳でも無さそうだし、嫌 がってる訳でもなさそうだしな。だからといって、俺がアイドル程かっこいいって事も無い。
(本当に免疫無いんだろうなあ。だから、男ってだけでドキドキしてるとかさ)
 まあ、キャーキャー言われるのは悪い気はしない。でも、その内うっとおしくなるのはわかってる。・・・俺って、悲観的なのか?
「衛君、次体育だけど着替え持ってきてる?」
「え、ああ、魔法で着替えるつもりだから」
「あ、そうか」
 フランは少し照れた様に笑った。
「衛君は男のだからって思ってたら、何だかステッキ使わないんじゃないかって思ってちゃって」 
「まあ、あまり見たいもんじゃないけどね、可愛らしいステッキ振るのは」
「手とか身長に比べると小さく見えるもんね」
「色もピンクだしね」
 と、ステッキを振って体育用の服装に着替えようとした。だけど、服が変わらない。
「あれ?」
 もう一度、振ってみる。それでも変わらない。
「おかしいな・・・。ちょっと先生に見てもらってくるよ」
 職員室に向いつつ、ステッキの様子を見る。特に壊れた様子も無かったし、問題になるような扱いをしたとは思えない。
「先生、ちょっと見てもらいたいものがあるんですけど」
「何だ?」
「ステッキの調子がおかしいんです。着替えようと思って、呪文と一緒に振っても全然反応無くて」
「反応が無い?見せてみろ」
 ティボー先生は俺のステッキを調べてくれた。机から出した検査用の道具で色々ひねくりまわしてたけど、突然俺の手をとった。
「ど、どうしたんですか?」
「・・・、呪文を唱えてみろ」
 ステッキを渡され、指示された。いきなりの事に驚いたけど、俺は着替える為の呪文を唱えた。だけど、さっきと全然変わらない。俺は家から着てきた私服の まんま立っていた。
「変わらないでしょ?」
 相変わらず俺の手を持ったままの先生に言った。手をまじまじと見た後、先生は立ち上がって俺の額に顔を近づけた。その後、熱を測るみたいに自分の額をく っつけた。
 何をしてるのかわからなかったけど、大人しくしてる事にした。難しそうな顔をした後、先生は教えてくれた。
「男になる魔法を使った事で魔力の流れが微弱になっているな」
「こういう事ってよくあるんですか?」
「無いとは言えない。だが、普通ここまで魔力が弱まる事は無い。元々お前は男だったからという事もあるんだろうが」
「男だと魔法は使えないんですか?」
「そういう訳ではない。魔法使い、という言葉を聞いた事があるだろう?ただ、魔女と魔法使いは力の源が違うんだ。魔女は自身の生命力、魔法使いは世界の生 命力を使う」
「はあ・・・」
「それは今、説明しても仕方ない事だな。とにかく、次の体育時間は休んで検査をしよう」
「わかりました」
「ちょっと待っていろ。他の先生方とも相談する」
 ティボー先生の後姿を見送りながら、俺はぺたぺたと顔を触った。特に変わった所は無いと思う。魔女は自分の生命力を使うって事だから、何か血みたいな物 の流れがおかしいとか何とか。それが魔力ってものなんだろうな。
 職員室がザワザワとし始め、一斉に先生達がやって来た。
「確かに魔力の流れが止まっているな」
「しかし、体の造りが完璧になされていなければここまで魔力の流れがとどこおる事はないだろう」
「元が男という事もあったが、これは魔力が強力であり、完璧に発動しているという事が理由だろうな」
「魔力が大きいという点は母がエリカだという事で納得がいくが、魔法が完璧に発動するというのは、こいつの才能だろうな」
「そうだな。エリカなら、こんなに完璧には男になれまい」
 褒められてるのか、けなされてるのか・・・。とりあえず、俺は褒められてるっぽいけど。
「あ、そうだ。魔力が弱まってるけど、箒に乗ったり、使い魔と話したりはできましたよ?」
 俺の質問に集まった先生達が一斉に振り向いた。
「それは魔力を大量に使用しないからだ」
「大量に?」
「服を着替える、という魔法は物を生み出し、移動させるという状態を生み出すな?」
「はい」
「それは無から有を生み出すという、とてつもない事なんだ、本来は。だが、女は子供という新たな魂を生み出す事ができる。だから、何かを生み出す魔法を使 う事ができる訳だ。その大きな魔力が封じられると物は生み出せない。しかし、箒や使い魔は元々存在したもので、それらと心を通じさせるのは『心』という形 の無い物を使うから話ができたり、飛んだりできるんだ」
「なるほど」
 確かに男は子供を作る時、その・・・協力はするけど、魂が入るってな状態になる時には、もう任せっきりだもんな。
「木原、しばらく実技は休む事になる。その分、授業をしっかり受けるようにな」
「わかりました」
 一礼して職員室を出た。それにしても魔法が使えないのは、つまらないな。早く男に戻りたかったけど、魔法を使うのは好きだったから。しっかり男に戻った なら、それでもまだいいんだけど、今は魔法で『異性になっている』だけで男に戻った訳じゃなかったから。
 校庭で体育をしてるフラン達を見ながらため息をついた。クラスの子達とも友達になり始めてたから、寂しいな。


つづく
ステッキは手の中に〜第23回〜


 男になる魔法が完成した次の日、今度は魔法が使えないって状況になった。魔女が魔法を使えないんだから、致命的だ。もっとも俺は魔女になりたかった訳じゃない から、それはいいとして。でも、魔女として一人前になって後継者を見つけないと魔女をやめる事はできない。
「魔法が使えないなら、一人前になれないんだよなあ」
 学校の屋上にあたる部分で寝転びながら呟いた。学校が大きな樹である魔女界では、どこが屋上という決まりは無いんだけど。まあ、見晴らしのいい枝で悩み多き青 春を送ってる訳だ。
 俺なりに今後の事を考えてみた。一つは「性別転換の魔法をといてもらって、魔女の修行を再開」、もう一つは「男の姿のまま、一生魔女でいる」じゃないかと思う。 最初の方は男の姿でいられないけど、いずれ魔女学校を卒業できたら契約を解除して本当の男に戻れるって事。もう一つは先生から完璧のお言葉を頂いた程、男の体な んだけど、誰かに突然魔法を解除されたら女の子に戻っちゃうって事だ。
「厄介だよなあ」
 男の姿であるとはいえ、魔女の変身した姿なんだから年をとるのが遅い。いつか、誰かと結婚しても奥さんは年をとるけど、俺は老化が遅い。それを説明する時に 「実は魔女なんだ」と言う訳にはいかないもんな。相手が笑うか怒るかパニック起こすか。
 やっぱり魔法を解除してもらって、きっちり魔女の修行を終わらせるのが一番いいんだろうな。時間かかるけど、男に戻りたい俺の願いを叶える方法だ。
「先生に頼むか」
 立てかけておいた箒にまたがると、職員室めがけて飛び降りた。箒は元々魔法がこめられているから、俺の弱った魔力でも操作はできた。それでも、前に比べるとい くらかは扱いにくくなってるけど。
 ざわざわと騒がしい職員室に入ると一斉に視線が集まった。
「あの、何か?」
 迫力ある先生方の視線は怖いものがある。それが一斉に何十人分集まったんだから、少し位あとずさっても仕方ないよな。
「木原、お前の処遇が決まった」
「処遇ですか?」
「そうだ」
「あの、どんな・・・?」
「お前の魔女契約を解除、男に戻す」
「・・・え?」
 魔女契約を解除して、男に戻す?それって修行せずに男に戻れるって事だよな。修行しなくていい一番楽な方法じゃないか。
「いいんですかっ?」
「他の先生方と相談した結果だ。お前の魔力の強さとエリカの子供とは思えない程の勤勉さはもったいない所だが」
「いや、俺は男に戻りたかったし」
「そう、それだ。お前は魔女としての特殊な能力を得るよりも男に戻りたがっている。なら、無理に魔法を教える必要も無いだろうという事になってな。いずれ使え なくなるといっても、本来は門外不出なものだから。」
 そうだよな、呪文とかを女の子に教えたらまずいもんな。
「契約を解除するにあたり、ステッキと教本、それと箒と使い魔を変換してもらう」
「え、はい」
 そうか、そうだよな。でも、できれば使い魔であるクープとか俺に言葉を教えてくれたバリリとは別れたくない。だけど、違うルールを持って暮らす以上、選ばな くちゃいけないものってあるんだよな。
「そういった物を明日提出してくれ。その後で契約解除を行う。師匠であるエリカも同席するように連絡しておいてくれ」
「わかりました」
「今日はもう帰っていいぞ。用意もあるだろうしな」
「はい」
 願ってた事だけど、突然の宣告に俺は正直言って戸惑っていた。男に戻りたいけど、魔法が使えるようになった時のドキドキとか嬉しさを知ってしまったから。小 さい頃にマンガやテレビで見た魔法。それを使えるって事は、とてつもない秘密。そして、ヒーローになれる力。それを手放すんだから寂しくて、少しもったいない って気持ちがある。
 だけど、やっぱり男に戻りたいんだ。
「衛君、どうだった?ステッキ壊れてたの?」
 教室に鞄を取りに戻った俺にフランが声をかけてくれた。本当に心配してるって顔だった。
「あ、フラン。そうじゃないんだ。元々の性別の違いとか、魔力の大きさの関係とかで魔法が使えなくなってたんだ」
「それじゃ、どうするの?先生に魔法解いてもらって女の子に戻るの?」
「俺、男に戻る事になったよ。魔女の契約を解除するんだ」
「ええっ?それじゃ衛君、学校に来なくなるの?」
「そう・・・だね。元々、男に戻りたかったから、これでいいんだよ」
「じゃあ、もう会えないの?」
「そんな事ないと思うよ。先生、そんな風には言ってなかったから」
「本当?!じゃあ、衛君のお家に遊びに行ったりしてもいいの?」
「いいよ。母さんみたいにゴミ箱から出てこなきゃね」
「うん!」
 こんな時、フランは本当に嬉しそうに笑う。まだ会って1ヶ月もたってないのに、俺を大事な友達として扱ってくれる。特に何をしてあげたって訳でもないのに。 いや、友達だったら「何かをしてあげた」なんて考えるべきじゃないのかもな。一緒に居て楽しい、それが一番大切なのかも。
「それじゃ、ブーレーズちゃんと一緒に行くね」
「ああ、いいよ。週末とか夕方以降なら家に居るし。じゃあ、俺帰るよ。明日の準備もあるし」
「明日、契約解除するんだ」
「うん。どんな儀式か知らないけど。でも、魔女になるってのもステッキを振るって簡単なものだったし。すぐ終わるかもね」
「そうね。でも、教室、寄ってね」
「そうするよ」
 と言って、机の中の物を鞄に入れそうになった。でも、明日返すんだから持って帰る必要は無いんだ。教本の入っていないぺらぺらの鞄を肩にかけて、箒にまた がった。家に帰る為のパワーポイントに飛ぶってのも、今回と明日の朝で終わりなんだな。箒に乗るのは好きだったのに。
『短い付き合いだったな』
 もそもそと鞄からクープが出て来た。小さいコロコロしたハムスターとは、出会ってまだ数日しかたってない。だけど、結構気に入ってた。
「明日、さよならだな」
『まあ、仕方の無いことさ。それで、できれば次の御主人様はさっきの女の子がいいな』
「フランの事か?」
『ああ。可愛くて、優しい子だからな』
「聞いておくよ」
 その俺とクープの会話を聞いて、肩に乗っていたバリリが髪を引っ張った。
「私は?私、もう葉月と会えないの?」
「えっと、クープはフランに連れ来てもらえるかもしれないけど、バリリは先生の所へ帰らないといけないからな」
「やだ、私、葉月と一緒がいい」
「バリリ、それは嬉しいけど、俺は人間界で暮らす事になるんだし、もう魔女じゃなくなるんだよ」
「嫌よぅ」
 最後は涙声になってるバリリにどう言えばいいのか。学校全体の意思として決まった事だから、俺が男に戻るのは決定してる。それに俺も男に戻りたい。だから、 魔女の補佐をするバリリとは別れる事になる。しかも、バリリは先生の人形だから返さなきゃいけない。それに先生が今後、俺に会いに来てくれるとは思えない。
「バリリにはさ、たくさん世話になったよ。一緒にいて楽しかった。だけど、やっぱり先生の所に戻らなきゃいけないよ」
「嫌い?」
「え?」
「葉月、私の事、嫌い?」
「そんな事ある訳ないだろ?でも、好きでもできない事はあるんだよ」
「嫌よぅ」
 きゅうっと首に抱きつくバリリに俺は困ってしまった。バリリは人形であって人間じゃない。今、バリリが話してる内容も、いわゆるプログラムが反応しての事。 だけど、声の調子や仕草が命ある者の様に思えてしまう。
 箒を地面におろし、俺はバリリを手に乗せた。
「俺は人間界で暮らすんだ。バリリの暮らす場所は基本的に魔女界だろ?母さんにさ、手紙持って行ってもらうよ。だから、バリリも手紙書いてよ」
「でも、会いたいの」
「じゃあ、フランに連れてきてもらえるように先生に頼むよ。毎日は無理かもしれないけど、たまには会えるだろ?」
 それでもバリリは納得した顔は見せなかった。だけど、それが最良の方法なんだって事は理解しているみたいだった。
「忘れないでね」
 俺の両手の上で座り込んで見上げるバリリに俺は頷いた。魔女語の勉強に延々と付き合ってくれたバリリを忘れる筈が無い。
「家に帰ろう。明日は、一旦お別れする日だしね」
 俺はバリリとクープを抱いて、家に通じるパワースポットをくぐった。



つづく


 
ステッキは手の中に〜第24回〜


 魔女でいるのも今日が最後。明日には魔女界で契約解除の儀式をして元の男の姿に戻る。今も男ではあるけど、これは魔法で変身した姿だから応急処置みたいな もんだし。
 パワースポットをくぐって戻って来た家には、まだ弥生は帰ってなかった。
「帰ってきたら元の高校生て戻るって話さないとな。あ、父さんに言って高校転入の手続きしてもらわないと」
 そうだ、表向きはドイツに行ってる事になってるんだ。転校して1ヶ月ってところで帰ってくるんだから、友達と会う時は気恥ずかしいだろうな、手紙だけを渡 してサヨナラってシリアスな別れだったんだから。
 明日で終わる事と明日から始まる事を考えながら、箒とステッキをテーブルに置いた。
「もう使う事ないんだよなあ」
 元の姿に戻るとピンク色のステッキは小さく感じられた。そういえば、初めてステッキを持った時も小さくて子供のおもちゃみたいに感じたっけ。
「あ、そうだ。ステッキの入ってた箱っているのかな」
 弥生への誕生日プレゼントとして届いたステッキの入っていた箱。魔女契約の解除に必要だとは思わないけど、一応用意しておくか。リボンと一緒にとっておい た箱を手に階段を降りてきた時、玄関が開いた。
「あ、弥生」
「お兄ちゃん帰ってたんだ」
 俺の顔を見た弥生は慌てた様に言った。と、すぐに慌てた理由が顔を出した。
「あ、お兄さん帰ってるんだ」
(げ、高尾)
 そうだ、ここのところ顔は見せてなかったけど、100日連続ラブレターは相変わらず届いてるんだよな。俺が男に戻るって事は一生、「葉月」とは会えないっ て事でもあるんだった。
「初めまして高尾です。弥生さんとは同じ部活で」
「あ、そう。まあ、上がって」
 高尾を家に上げたものの、どうしたもんかな。初めて会った俺が葉月の事を話すのもおかしなもんだけど、黙ってる訳にもいかないし。居間のソファに座ってる 高尾に聞いてみた。
「今日は何の用なの?妹に、かな」
「そうじゃないんです。葉月ちゃんに会いに来たんです。煙たがられてますけど」
「もう居ないよ」
「居ない?」
「実家に帰ったんだ」
「えっ?そんなの聞いてないですよ」
 高尾はソファから立ち上がって俺に詰め寄ってきた。
「俺の事が嫌だから帰ったんですか?」
「どうかな・・・。それよりも学校の都合っていうか」
「俺、葉月ちゃんの学校って知らないんですよ。どこなんですか?」
「知ってどうするんだ?殴りこむとでも?」
「そうとは言わないけど」
 俺達の会話を聞いている弥生は黙っていた。俺が魔女をやめるって事は、まだ話していない。でも、何かあったと感じてるみたいだった。このまま『居なくなった』 『もう会えない』って言っても納得しないだろうな。
「確かに彼女は言い寄られて困ってたってのはある。だけど、誰かに好きだって言われるのは嬉しいとも思ってみたいだった」
「迷惑だったかもしれないけど、黙って居なくなるなんて」
 本当に悔しそうに言う高尾に俺の胸は痛んだ。そりゃ、高尾と両思いになるつもりは無かったけど。
(本当の事を話そうか・・・。先生は広がるのが困るって言ってたけど、高尾は他の人に言わないかもしれないし、それに信じないだろうし)
 俺の言う事がでたらめだと思ってくれればいい。もちろん、怒るだろう、「実は魔法で変身した俺なんだ」なんて言えば。でも、それは本当の事だし、俺の罪悪感も 少しは軽くなるだろう。
「黙って、が嫌なら話すけど」
「教えてください」
「あれ・・・、俺だったんだよ」
 高尾は絶句した。当然だ、手術のなんのといった程度では、どうにもならない変化だから。しばらく沈黙して、思いっきり俺を睨んだ後、高尾は低い声で言った。
「からかってるんですか?」
「そうじゃない、本当の事だから。魔法が使えるって言えば納得するか?」
「見せて下さいよ」
 挑戦的な言葉に俺は立てかけておいた箒を取った。今、ステッキを使った魔法はほとんど使えないから箒に乗ってみせる位しかない。ひょいっと乗って浮かんで見せ る。こんな風に飛んでいる所は弥生だって見た事が無い。
「今、魔力が封じられてるから箒に乗る位しかできないんだ。明日、魔女をやめる事になってる」
「えっ、そうなの?お兄ちゃん!」
「木原も知ってたの?」
「う、うん・・・」
「面白がってたのか?」
 高尾が怒ってるのはわかった、当然だ。でも、俺としては目の前で飛んでみせたのを、すぐ信じたのに驚いてもいるけど。俺が説明しようとした時、弥生の方が先に 口を出した。
「そんな筈無いでしょっ!言える訳ないじゃない。自分は魔女の後継者になった男ですなんて」
「でも、先に・・」
 高尾が続けようとした時、弥生がぴしゃりと言い切った。
「デパートの真ん中で言えっていうの?普通、おかしいと思われるわよ。それに、お兄ちゃんだって、ずっと修行しなくちゃいけなかったんだから!」
「や、弥生、お前が怒ってどうするよ」
「でも、そうじゃない。誰にだって話せない事あるじゃない」
「そりゃそうだけどさ。まあ、そういう事だったんだよ」
 弥生が怒鳴った事で毒気を抜かれた高尾に今までの経緯を説明した。俺がどうして女の子になったのか、どうして本当の事を言えなかったのか。それを聞いていた高 尾は困った様なあきれた様な顔をした。
「とにかく・・・、わかったよ。さっき、箒で飛んだのを見てなきゃ信じられない話だけど」
「だから、だましてたのは悪かったけど、葉月とはもう会えないんだよ」
 その答えに、高尾はじーっと俺の顔を見た後、ぼそっと言った。
「また女の子に戻るって事は無いんですか?」
「・・・無いってば」
「ですよねえ。あーあ、折角好みの子を見つけたのに」
「それでさ、今話した事は内緒にしてほしいんだ。広がると困るし」
「話したって誰も信じてくれませんよ。木原、俺帰るよ」
「ごめんね、ショック与えただけで何のおかまいもしなくて」
 高尾は力の無い笑いを見せながら帰っていった。ともかく一つの問題が解決した。後は明日の契約解除の儀式を終わらせる事だな。



つづく


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