マスターズ・ドッグ〜第49回〜


 移動できる生物は全てが逃げ去った。隠れる場所があったとしても、振りまかれる殺気に追い立てられるからだ。
 生物が極端に少なくなった深い森では何度も爆音が響いていた。ダイナマイトや銃火器が使われている訳ではない。気が破裂しているのだ。
「くそ、馬場のやつ、無茶しやがって。2匹相手に」
 三郎は木々をすり抜け、音の下へと駆けた。
 今、部下である馬場が対峙している相手は桁違いの強さを持っている。大天狗である三郎でも簡単に勝てる相手ではない。同じ大天狗である岳人と共に 奇襲をかけて、1体に対して勝ちを得た位である。
「遊んでやがる」
 聞こえる爆音、感じる殺気に三郎は呟く。届く力のどちらもが自分に向けられているからだ。
 部下の中では随一の戦闘力をもつ馬場であったが、勝てる見込みは無い。本来なら時間稼ぎをする事すら難しい筈の力量差があるというのに、これだけ 戦いが続いている。それは本命である三郎が到着するまでの間の暇つぶしでしかないのだ。
 馬場は眼前で保護対象を殺されている。保護対象を守る為に戦い、負けたのなら自分に対する言い訳でもできるだろう。
 しかし、馬場はオロチの吹きつける殺気にすくみ、戦いをしかける事ができなかったのだ。それは自分が誇りとする『武力』が何の役にも立たない事を 突きつけられたに等しい。
 今、馬場は戦っている。相手が遊びで相手をしていたとしても。
 それを三郎は危惧していた。遊びは飽きれば終わる。玩具は飽きられれば捨てられる。
捨てられるだけならば壊れる事はない。しかし、いつまでもまとわり付くようなら、払い落とし、投げ捨てる。
馬場はまとわりつく玩具なのだ。実力差を知っていてなお、戦いを挑む者。オロチにとって、より上質な遊び相手である三郎が現れた時、まだ馬場が まとわりつくのなら、古い玩具は二度と動かないように壊される。
(大人しくひいてくれよ)
 三郎は戦い続ける馬場が大人しく手を引くことを祈った。

続く


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