ミルクのような匂いのお母さん


         昨日から、胸が苦しくてぜいぜいしています。
 
         目もなんだかボゥーとしてきました。

         あんなに嫌いなお医者さんにも連れてってもらったのに、どんどん悪くなつていくみたいです。

         起き上がるのも、つらくなってきました。

         いつもはさっさと自分の部屋へ行ってしまう朝子ちゃんが

         不安そうな顔でいつまでもじぃーと僕を見ています。

        (あっ、お父さんだ・・お父さんお帰りなさい・・立って行かなくっちゃ・・
           
          そしてお父さんに.....)


        「お父さん!ロクが立った!ほら、歩いてるよ!ほら、ほら、しっぽもふってる!」

        「ふらふらやないか、苦しそうに、よしよし・・ここにおいで、そしてゆっくりお休み」

         お父さんのやさしい手で撫でてもらうと、少し楽になったみたいです。

        「お父さんにもたれてロク、うれしそう...

          お父さん、ロク大丈夫かな? 私、心配やし、今晩ここで一緒に寝てやるよ」


         胸がどんどん苦しくなってきます。

         ぜいぜいしすぎて、のどが痛くなってきました。

        (水が飲みたい!)でも声がでません。

         まわりが暗くなってきました。もう何時だろう、朝はまだかな?

         ああ..息をするのが苦しい、胸をかきむしりたい!

         でも、なんだか不思議に眠くなってきました。
       

お父さんの自慢は僕でした。 「マルチーズもいっぱいいてるけど、お前みたいに毛並みの良い 小さくて、可愛いい男前の犬はちょっといてへんよ。 なんてったってお前のお父さんは日本チャンピオンになった、すごい犬なんだから。」 お父さんはそういうのですが、実は僕、本当のお父さんとお母さんをよく知りません。 なにしろ生まれて2ヶ月もしないうちにこの家にきましたから。 あったかくって、やさしくって、そしてミルクのような匂いにつつまれたお母さん、 まあるい大きな目、りりしく、たくましく、まるで鉄のような匂いのするお父さん 僕の思い出にある、本当のお父さん、お母さんはそんな匂いのする立派な犬です。 あの匂いは16年経った今もハッキリと僕の胸の中にあります。 どんなことがあっても、絶対忘れられない大事な大事な匂いです。
朝子ちゃんが小学5年生、しのぶちゃんが小学3年生の夏が始まりでした。 「わーい、今晩は一緒に寝るよ」 「私と一緒や!」と二人にひっぱり回されました。 「家に慣れささんといかんから、甘やかしたらダメだ。 一人で寝かしなさい! 」 お父さんの一言で、くらーい部屋へ連れて行かれました。 クゥーン、クゥーンと泣きました。 お母さんが僕に可愛い首輪をつけたひもを、部屋の隅の柱にくくりながら、 「大丈夫だからね おやすみ」とやさしくいいました。 (みんなと一緒にいたいよー)お母さんが出ていった後、必死でひもをかみました。 一生懸命かみました。プッチン、ひもが切れました。 (やったあー) おもわず、わん、わん、と大きな声で喜びました。 僕の声に驚いてみんながのぞきにきました。 「お父さん、ヒモ切ってるよ!」 「さすが、こいつは根性あるやっちゃ 」 お父さんはそういって、さっきより太くって、ちょっとかみ切れない強いひもを 僕の首にしっかりとつけました。
「名前決めなくっちゃ」朝子ちゃんが言いました。 ボーン、ボーン、時計が6時を知らしています。 「うん、そゃ! ろくにしょ 」 お父さんが言いました。 「えっーー!?」 突然の思いつきにみんなびっくり 「ろくがええ、ロクで決まり!!」 お父さん一人が、納得しています。 しのぶちゃんが話に入ってきました。 「今までにいたのは、鳥のピーコ、ピョン、プーちゃんでしょ。それにハムスターの ハムちゃん、スターちゃん。1.2.3.4.5 今度がちょうど六番目、私も賛成」 なんだか、わかったような、わからないような不思議な気持ちです。 ・・僕の名前はロクになりました。

ちょっとえらい僕!


「ロクちゃんー」お母さんが表の方で呼んでいます。 お母さんは、この家で一番僕の世話をしてくれる、やさしいけれどとってもこわい人です。 僕がおしっこやうんちをすると、朝子ちゃんやしのぶちゃんは 「わぁーロクがおしっこしてる、お母さーん...」とお母さんを呼びます。 お母さんはそれはそれは恐い顔で、僕の鼻をおしっこにつけんばかりに押さえつけて おこります。まるで鬼の顔です。 そのお母さんが「おしっこはここでするのよ」といって きれいな青い色の台をおいてくれました。 でも僕、おしっこやうんちがしたくなった時は、その場でします。 だって、我慢できないんです。 するとまた、とんでもなく恐い顔でお母さんやみんなが怒ります。 あんまり怒られるのでちょつとがまんして、台のところまで行ってしました。 台の中に入って、いつものように足をちょっと上げておしっこをすると、おしっこは 半分位が台の外にこぼれました。 それでもお母さんは「よしよし、この次はちゃんと台の中に入れるのよ」といって 頭を撫でてくれました。 (よーし、台の真ん中にちゃんと入れて、誉めてもらおっーと) 今度は台の外から足を上げておしっこをしました。すると あーあー、またまた大失敗、台の手前におしっこがいっぱいこぼれています。 (しまった..また怒られる) そおーっとお母さんの顔をみました。 お母さんは不思議にやさしく「これあかんな、次からここにしなさい」といって 台のかわりに新聞紙をひいてくれました。新聞の上では上手にできました。 「ロクちゃーん」表の方でお母さんの呼ぶ声がします。 (そうだ!お母さんが呼んでいたのだっけ) 慌てて廊下を走りました。 「お父さんが帰ってきやはるよ」お母さんが表で手招きしています。 玄関をぽーんと飛び降りて、道の向こうの方を見るとお父さんが手を振っています。 わん、わん、お父さんにむかっておもいっきりシッポをふって走りました。 「おーお、ロク、ただいま、こんなに喜んで!」お父さんの顔はにこにこです。 (朝子ちゃんとしのぶちゃんにも知らせなくっちゃ) また、一目散に家に戻りました。ワン、ワン、玄関をかけあがりました。 「ロク!!」お母さんのちょっとこわい大きな声がします。 うぅー..とブレーキをかけて後ろを見るとお母さんが鬼の顔をしています。 「お家にあがるときは足を拭くんでしょ」 お父さんが帰ってきたうれしい気持ちがすーっとしぼんでいきます。 (しまった、また失敗、お母さんの顔、こわい!) 「シッポも頭もたれて、悲しそうな目で本当に悪かった、という態度しとるやないか」 玄関を入ってきたお父さんが、お母さんにしかられている僕を見ていっています。 (だってほんま、悪いことしたんだもん)と僕はおもいました。 「ロクは人間の言葉がわかるのかな?、 よし、よし、悪いと思ったら今度からちゃんとするんだよ」 (よかった、やさしいお父さん)お母さんが足を拭いてくれました。 (朝子ちゃん、しのぶちゃん、お父さんだよー) わん、わん、また走りだしました。 「今、シュンとしとったのに...」お父さんがうしろであきれています。 「悪いことをしたときは素直にすぐあやまる、 うれしいときはおもいっきり喜ぶ、ロクの態度を人間も見習わなくっちゃ」 お父さんの言葉に朝子ちゃん、しのぶちゃん、お母さん、みんながうなずきました。 僕なんだか偉くなったみたい。

きっとあの遠い空の星に!


お向かいの堂国さんというお家に雑種だけどやさしくって、かしこい ももちゃんというお母さん犬がいます。 近所の犬はみんなお友達で、いつも仲良く遊んでいましたが、そのももちゃんが だんだんと太ってきて、しんどそうで、あまり遊ばないようになりました。 病気かな、どうしたのかな、心配だね、とみんなで話していたら、 ある日赤ちゃんが5匹も生まれました。 5匹の、まだ目もあかない小さな赤ちゃん犬が、ももちゃんのおなかに群がって、 ももちゃんのおなかのおっぱいを、必死で吸っています。 目も見えないのに、あそこにおっぱいがあるってよくわかるもんだ、 僕だって生まれたときは、きっとあんなんだったんだろうなあと懐かしくなりました。 ももちゃんはそんな赤ちゃんの一匹、一匹を一生懸命ねぶっています。 ていねいに、やさしく、そしてきれいにねぶっています。 僕が近づくと、あんなにやさしかったももちゃんが、 ちょつと怖い顔をして怒りかけました。 僕だとわかったら安心したのか、また赤ちゃんをねぶりだしました。 やさしいお母さんに抱かれて幸せ、僕はちょっぴり寂しくなりました。 何日かすると赤ちゃん犬も歩けるようになって、 お母さんのももちゃんと一緒に遊びだしました。 楽しそうだなぁーと僕は、僕の家の中から眺めていました。 ちょっとボーとしていたのかお父さんが近くにきたのに気が付きませんでした。 「ロク、お前のお母さん憶えているかい?」 お父さんがやさしく声をかけてくれました。 (うん、お父さんも、お母さんもしっかり憶えているよ) お父さんは空のずーっと先をみながら 「お前のお父さんとお母さんはあんなに遠い空の星になっちゃった。 だけどな、ロク、 お前がやさしくって、かしこい立派な犬だったら、きっといつか星になって あの遠い空の天国にいけるよ」 (本当かな、本当に星になって天国に行けるのかな、お父さん、お母さんに会えるのかな) お父さんはにっこりうなずいています。 (よぉーし、きっと星になって天国にいってやるぞ!) それからしばらくして、ももちゃんの子供は1匹は2軒おとなりの福井さんの家で、 りりーと名前をつけてもらって家族になりました。 あとの4匹もどこかへもらわれていきました。 みんな僕のように頑張れ!!
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