宇治川東岸の道を川上へと進み、朝霧橋の東詰に宇治神社の鳥居があります。明治維新までは宇治神社とその東奥に位置する宇治上(うじかみ)神社は一対の関係でした。宇治神社と宇治上神社が鎮座するこの一帯は応神天皇の皇子で、宇治十帖の八宮(はちのみや)のモデルとも言われている「莵道稚郎子(うじのわきいらつこ)」の邸宅跡と考えられていて、皇子の亡くなった後、邸宅跡にその霊を祭ったのが両神社の起こりと言われています。また、応神天皇の離宮とも関わりがあったと思われ、「離宮社」、「離宮八幡」などとよばれていました。

地域の産土神(うぶずながみ)であった離宮社は、対岸に平等院が建立されると、その鎮守社としての地位も与えられます。平安から鎌倉時代にかけては藤原氏の援助もあり、「離宮祭」とよばれる祭礼時には神馬が奉納され、競馬、田楽が華々しく行われ、宇治川は舟で溢れかえったと伝えられています。現在でも、毎年6月8日に離宮祭が行われ、平成10年には市民の手により、長らく失われていた田楽も復興しました。なお、宇治神社の本殿は国の重要文化財に指定されています。

D5 上
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境内拝観自由