ミステリー
踊るミロク神
(12.11. 1996)

 国境近く、台湾の首都台北よりもずいぶん南の石垣島。この島の八重山民俗園に、弥勒神の像が展示されている。下がその写真である。



 弥勒神。五穀豊穣をもたらす神様として、当地ではお釈迦様より人気がある。風貌もヤマトで言うところの恵比寿様か大黒様に似たところがあり、いかにも「実りと豊さの神様」といった貫祿を漂わせている。
 この弥勒神が、先日京都に現れて、踊って消えた。
 10月20日、衆議院選挙の日のことである。
 京都市中京区に住む会社員茸野山光(きのこの・やまみつ)さんは、投票なんかで自分の貴重な時間を無駄にしたくないと常々思っていたが、投票と同時に最高裁判所裁判官の国民審査があると聞き、出かける気になった。今回審査を受ける裁判官は皆、在沖米軍基地をめぐる裁判で、沖縄県側の切々たる訴えを足蹴にし、日本人の非情さ、無情さ、残酷さ、汚さ、嫌らしさ、手前勝手さ加減を、これでもか、これでもかと、大胆かつ大っぴらに披露した方々だった。「沖縄なんかわしらの犠牲、生贄になればええんや。金もろうてんのに文句言うなや」と内心では思っている平均的日本人の一人茸野さんだが、あれだけ大っぴらに自分たちの本性を晒されては、ちょっとマズイんじゃないかと思うぐらいの思考力はあった。そこで、ちょっとバランスをとるために、裁判官審査で皆にペケ(クビにしろ)マークをつけてやろうというわけだ。どうせ罷免になんてなるわけないし。
 「選挙ではどの候補者も信用ならんしだれに投票しても同じ」と考えている平均的日本人の一人茸野さんは、比例代表区に「甘納党」、小選挙区に「クレヨンしんちゃん」と書き、裁判官審査では全員にペケをつけた。それが大勢にまったく影響を与えなかったのは言うまでもない。
 その帰り道。茸野さんは行く手に怪しげな風袋のおっさんが立っているのに気がついた。背は低く、大きな頭。耳は福耳。にこやかな笑みをたたえる肌は白い。右手に行司の軍配みたいなものを、左手にはくねくねと曲がりくねった杖を持っている。そう。弥勒神である。
 弥勒神は、とことこと茸野さんに歩み寄って、
 「本心はともかくペケしてくれた。一応お礼言うとくわ」
 関西弁でそう言うと、サンバの踊りを見せながら、ふっと消えていったという。
 弥勒神のサンバ。見事だったそうである。私も見たかった。
 はたしていつか、見る機会が来るのであろうか。そう信じたい。


キーワード

会えば兄弟!

 沖縄に伝わる言い回しを現代風に訳してみた。
 弥勒神のサンバもあながち嘘と言えないほど、
 ラテンな感覚の言葉ではないか!
 エイサーなどの琉球舞踊が大好きな私があえてサンバ使ってみたのは
 こういうわけなのだ。
(英語・ポルトガル語版では別の踊りを使ってるよ)。

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