ミステリー
ドクトルたぬき
(8.14. 1997)
夏のある日。
千本大学1回生の白井史郎は、買ったばかりのバイクで、緑の濃い山道を、日本海目指して走っていた。
免許を取って、初の遠出である。そして、初の事故の瞬間がやって来た。突然、子だぬきが道路に飛び出してきたのだ。
「あっ!」
あわてて避けたため、バイクは転倒。史郎はアスファルトの上をひきずられるように滑っていった。
(たぬきって、夜行性やんか……)
そう思いながら、痛む右足に目をやると、自分の足ではないみたいだ。すねのあたりが変な方向に曲がっている。どうやら完璧に折れているらしい。ヘルメットの中で、脂汗が額を覆った。
その時。
「えっほ、えっほ、えっほ」
遠くから掛け声が聞こえてきた。
(人が来る、助かった……)
地獄に仏とはこのことか。すがる思いで、史郎は声の方に目を向けた。そして、目を疑った。なんとそこには、たぬきが駕籠を担いでやって来るではないか!
駕籠。
痛みを忘れて呆然とする史郎の前で、駕籠は止まった。下りてきたのは、白衣に身を包んだ太ったたぬき。手には注射器を持っている。
「ぎゃーっ!」
悲鳴をあげて、史郎は必死に逃げようとしたが、駕籠かきだぬきに、取り押さえられた。恐怖のなか、泣き叫び、もがく史郎。その右足に、白衣のたぬきが何かを注射しはじめたとき、史郎の意識は消えていった。
ドクトルたぬき…。
気がついたとき、史郎は事故を起こした道路脇に倒れていた。壊れたバイクが足元にあった。時計を見ると、事故から10分と経っていない。足には怪我の跡さえなく、骨折は完治していた。
あの、たぬきの医者。いったい史郎に何をしたのだろうか? すべては史郎の見た幻だったのだろうか?
バックナンバー・パラダイス!
うきうき書房 On-Line