【 鈴木表朔(すずき ひょうさく) 】

初代二代三代

鈴木表朔は京都の代表的な塗師です。
鈴木家は表派(ひょうは)という塗師の系統にあります。表派初代の木村表斎(1817〜1885)は、朱塗、真塗を得意とし,現代に続く京塗の伝統を形作ってきました。
当代鈴木表朔(三代)の鈴木雅也氏は,表派の技術を引き継ぎながら製作を通して漆塗の新たな可能性を追求されています。

●鈴木表朔(初代) 1874-1943        (ページの始めに戻ります)

1874(明治7)年に滋賀県安曇川町に生まれる。幼名井上捨吉。蒔絵師・鈴木長真の養子となり鈴木表朔を名乗るが、後にキュウ漆に転じ、二代木村表斎に師事する。
1909(明治42)年に伊勢神宮の神宝の塗を担当し、1911(大正2)年には御大典、高御座、御帳台、万歳幡の塗を担当、1916(大正5)には内務省御用となるなど、塗りの技術への評価は高かった。
京都での活動も活発で、1919(大正8)には、神坂雪佳主宰の佳都美村に参画し、漆器の創作にも意欲的であった。
そのほか、漆器同業組合代議員、京都美術工芸会会員などを務める。1943(昭和18)年に逝去。

○ 鈴木表朔(初代)の作品 ○
懐石皆具 五客揃
(膳32×32×3 湯盆41×28×3)
松葉蒔絵二段喰籠 (24×24×18)

●鈴木表朔(二代) 1905-1991        (ページの始めに戻ります)

1905(明治38)京都生まれ。本名は貞次。俳号貞路。父・表朔の元で漆塗りの技法を学ぶ。
1926(大正15)年、21才の時に、聖徳太子奉賛展入選を果たしたのを皮切りに、創作活動を開始する。
1934(昭和9)には、流型派工芸展に出品。美術の新潮流に反応した作品を制作した。
その後、京展入賞、帝展、文展などに出品を続け、1937(昭和12)年、32の時に、パリ万国博銀賞を受賞する。
昭和53(1978)年、73才の時に、「現代の工芸作家展」出品、「漆と共に50年」記念個展を開催、1981(昭和56)には、古希記念個展を京都高島屋で開催した。
1991(平成3)年逝去。

○ 鈴木表朔(二代)の作品 ○
棚引棚(112×35×84)
京都市美術館所蔵
波月喰籠(23×11)

●鈴木雅也(三代表朔)1932-         (ページの始めに戻ります)

1932(昭和7)年、京都生まれ。日吉丘高校(現・京都市立銅駝美術高等学校)漆工科卒業の後、東京芸術大学漆工科に入学。
松田権六、六角大穣の指導を受ける。卒業制作が日展に初入選。
卒業後、同大学専攻科一年修了。1956(昭和31)年、京都にて「建築と工芸グループ」を結成。日展をはじめ、日本現代工芸展、京展など数多くの展覧会へ出品し、継続して入賞を果たす。
1968(昭和43)年には漆芸グループ「フォルメ」結成。漆芸の新たな可能性を模索する活動を,展開する。
1973(昭和48)年、日展特選。後には審査員となる。1988(昭和63)年、京都府京都文化博物館歴史展示室の造形演出作品の企画・制作を行う。
1991(平成3)年より、日工会展審査員、日展評議員を務める。1993(平成5)年、日工会展内閣総理大臣賞受賞。現在、東京、京都にて個展数回開催。創作を続けている。

○ 鈴木雅也氏(三代表朔)の作品 ○
王妃の函(30×30×26)
繚乱の漆芸 鈴木雅也作品集 1989 ふたば書房
連鎖するかたち(109×149.8×43)
繚乱の漆芸 鈴木雅也作品集 1989 ふたば書房 
乾漆・とるこききょうのはこ(33.5×21×15.5)
鈴木雅也 繚乱の漆芸展 1995 東京・京都高島屋

参考文献および写真出典
京漆器 近代の美と伝統 資料編 京都漆器工芸協同組合編 1983
繚乱の漆芸 鈴木雅也作品集 1989  ふたば書房
鈴木雅也 繚乱の漆芸展 1995  東京・京都高島屋

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