“うるし”は,ウルシノキから採取された樹液すなわち天然の材料です。日本では古く縄文時代から塗料あるいは接着剤として使われてきました。その塗膜は耐久性,耐薬品性(酸やアルカリに強い)に優れ,優美な肌合いと独特の情感を持っています。
うるしの名は,“うるしる(潤汁)”,または“ぬるしる(塗汁)”からなったといわれています。あるいは,“うるわし”から“うるし”になったともいわれています。このうるし独特の滑らかで美しい塗肌は人びとに愛され,その色彩や装飾が人びとを魅了し,今日までに多くの器や工芸品が生み出されてきたのです。
- うるしの採取
- ウルシノキ
うるしは,ウルシノキに傷をつけたとき,そこからにじみ出てくる樹液を採取したものです。うるし液が採取できる木は,日本,中国,インドシナ半島など東南アジア地域に広く分布しています。
日本,中国,朝鮮半島に生育するものがウルシノキで,樹液の主成分がウルシオールです。また,台湾,ベトナム地方に生育するものの主成分はラッコールで,「ベトナム漆,台湾漆」と呼ばれます。さらに,タイ,ビルマ地方に生育するのはブラックツリーで,主成分はチチオールで「タイ漆,ビルマ漆」などと呼ばれます。
このうち,ウルシノキから採取されるものが,うるし液としては上質であり,日本の工芸品製作のほとんどはこれを使っています。
ウルシノキは中国が原産といわれ,十数年で高さ10メートル,直径が10〜15センチほどに成長します。6月頃に黄色い花が咲き秋には紅葉します。8〜13年程度生育し,成熟してくると,その幹に傷をつけて(掻いて)うるし液が採取できるようになります。
- うるし掻き
うるし液の採取の方法は,ウルシノキの幹に傷をつけて,滲み出してくる樹液を特有の金べらで掻き取るというものです。これを「うるし掻き」と呼びます。
「うるし掻き」の時期は,およそ6月中旬から10月末まで行います。時期によって,採取されたうるし液の呼び名やその品質も異っています。
6月中旬から7月中旬までは「初辺(はつへん)うるし」,7月下旬から8月下旬は「盛辺(さかりへん)うるし」あるいは「盛物(さかりもの)」,9月上旬から下旬は「遅辺(おそへん)うるし」または「末辺(すえへん)うるし」と呼ばれます。その後は,「裏目(うらめ)うるし」「止めうるし」「枝うるし」と呼ばれます。このうち,「盛辺うるし」が光沢,透明度がもっともよく最上品だとされています。
うるし掻きの方法は,2通りあります。一年で樹幹の全体に傷を付け,採りきってしまう「殺掻き(ころしがき)法」と,数年に渡って採り続ける「養生掻き(ようじょうがき)法」とがあります。
現在はほとんど「殺掻き法」で採取しています。「殺掻き法」は一年でうるし液を採りきり,その後萌芽更新のため木を切り倒します。
ウルシノキ一本あたりの産出量は,8〜13年経た成木(周囲25〜30センチ程度)で一年間にわずか200グラム程です。また,ウルシノキがうるし液を採取できるまでに生育するには8〜13年かかりますので,天然のうるし液は非常に貴重なものなのです。
- うるしの産地
- 現在,日本で使われているうるし液のうち,国内で採取されたものは全体の約2%に過ぎず,中国産が90%以上を占めています。日本産のうるしは,戦時中のウルシノキの乱伐採,その後の建築用材の植林,うるし掻きに携わる人びとの減少によって激減しました。
- 日本では岩手県や茨城県,新潟県,栃木県などが主な産地です。このうち,岩手県が全生産量の約70%を占めています。
平成8年度の林野庁の統計によると岩手県(1850.0kg),茨城県(830.0kg),新潟県(281.0kg),栃木県(86.0kg)などで計3189.6kgとなっています。
- 中国の産地は,中央の山間地域に位置しする湖北省,湖南省,四川省,陜西省,貴州省などが主で,品質つまり,粘稠度,色,透明度,乾燥時間,硬さ,水分量など,その特長を生かして輸入されています。
日本と同様のウルシノキから採取されますが,地理的な違いや採取,集荷方法の違い,また輸送に時間がかかるなどの理由から,輸入される漆は日本産と比較して品質は落ちるといわれています。
- ベトナム産漆はハノイの北のフートー省地区を中心に採取されています。
採取された漆は大きな桶に入れられ分離させてから,ラッコール成分の多い塗料に適した部分のみ輸入されます。輸入された漆は透明度は良いが乾燥が遅く,ゴム質が多いため乾燥皮膜は弱く,つやがあがりません。そのためろいろ仕上げには適しません。低温ではシャーベット状に固まってしまうといいます。
- タイ,ビルマ産漆は艶は非常によく,濃褐色をしていまが,完全に乾燥するまで時間がかかります。しかし完全に乾燥すればろいろ仕上げもできます。ほとんど焼付け用として使われています。
- 産地による成分の違い
「荒味うるし」(または生うるし)の成分は,水分,ウルシオール/ラッコール/チチオール,含窒素物,ゴム質の4種に分析されます。
【生漆の組成例(%)】
| 生漆の種類 |
水分 |
主成分 |
含窒素 |
ゴム質 |
| 日本産 |
25.1 |
67.3 (ウルシオール) |
2.1 |
5.5 |
| 中国産 |
27.5 |
65.0 (ウルシオール) |
2.2 |
5.3 |
| ベトナム産 |
32.5 |
52.5 (ラッコール) |
2.0 |
13.0 |
| ミャンマー産 |
26.8 |
69.5 (チチオール) |
2.5 |
1.7 |
【主成分の構造】
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- うるしの乾燥
うるしは,塗った後に「乾燥」し,丈夫な塗膜を作ります。この,うるし液の「乾燥」とは,いわゆる水分の蒸発によるものではありません。うるしの乾燥は,ラッカーゼという酵素の働きで,適度な湿度と温度条件のもとではじめて「乾燥」します。
うるしの「乾燥」とは,主にラッカーゼの働きによる化学的な反応によって硬化することです。うるしはウルシオールという油の中に糖が溶けた水滴が分散している油中水滴型エマルジョンです。この分散している水滴中に含まれている酵素ラッカーゼによって,空気中の酸素を取り入れ,うるしの主成分であるウルシオールが重合し長くつながり,さらに酸化重合により網目状に高分子を形成し硬化します。これがうるしの乾燥する主なメカニズムです。
ですからうるしを乾燥させるためには酵素ラッカーゼの働きを活発にする必要があります。このために適当な温度と湿度(20〜30BC,65〜80%RH)が必要です。そこで,うるしの「乾燥」は「うるしぶろ」と呼ばれる適当な湿度と温度に保たれた環境のなかで行われます。
このうるしの乾燥に必要な温度湿度の条件を変えると,ラッカーゼの働きが悪くなり,乾燥が遅れたり,あるい は乾かなくなったりします。この性質を利用して,うるしの乾燥のスピードを調節することができるのです。蒔絵などのうるしの技法は,こうしたうるしの性質を利用して生み出されたものです。
ところが,ラッカーゼの働きなしでうるしを乾燥させる方法もあります。それは焼き付け乾燥と呼ぶものです。漆は高温に熱すると熱によって熱重合を起こし,ラッカーゼの働きによらないで硬化します。通常焼付け乾燥は温度を120BC〜150BCにした炉の中で30〜60分程度で行います。このように金属に焼き付け乾燥を行うと,そのままではくっつきの悪いものが良くくっつくようになります。甲冑などの武具や金属に塗る場合にこの方法が用いられています。
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- うるしの精製
ウルシノキから採取したそのままのうるし液を,「荒味うるし」といいます。うるし液は,樹幹からにじみ出した当初は乳白色をしていますが,空気に触れると酸化し褐色に変化します。このため,採取した「荒味うるし」は木製の桶に入れ,蓋紙をして密封状態で出荷されます。「荒味うるし」を塗料として使えるようにするために,図のような工程を経て精製し,「精製漆」にします。
- ろ過
「荒味うるし」はゴミや木の皮などが混入しています。これに綿をちぎっていれ,熱を加えてろ過します。ろ過されたものを「生漆」といいます。
- なやし
荒味うるしや生漆の質を均一にし,塗装時の平滑性や光沢を与えるために,撹拌する作業を「なやし」といいます。
- くろめ
なやし作業に続いて,熱を加えながら撹拌し30%程度含まれている水分を3〜4%まで徐々に抜いていく作業を「くろめ」といいます。
この時,酵素ラッカーゼが熱で失活しないよう温度を40BC前後になるように保ちながら作業を進めることが重要です。
また,出来上がった漆につやを付けたり,透きを良くしたりなど特長を持たせるために乾性油や天然樹脂などを添加する場合もあります。
ろ過,なやし,くろめの一連の精製作業は,塗料としてのうるしの品質を左右する重要な工程です。
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- うるしの種類
- 生漆(きうるし)
生漆は荒味うるしをろ過したものです。生漆は下地漆,拭き漆と上摺漆とにわけられます。下地漆と拭き漆は主に中国産の生漆を使い,下地漆は砥の粉や地の粉などと混ぜて漆下地として,また,拭き漆はそのまま拭き漆用としても使います。上摺漆は日本産の生漆を使い,漆独特の最終艶上げ方法であるろいろ仕上げ用の摺漆として使われます。
- 上摺(うわずり)漆:上質の日本産生漆で,ろいろ仕上げ用の摺漆や最終の拭き漆の艶上げに使います。
- 下地漆:主に中国産漆を使い,漆下地用に使います。
- 拭き漆:主に中国産漆を使い,そのまま拭き漆用に使います。
- 透漆(すけうるし)
木地を生かした木地ろいろに使用する木地呂漆,何も添加しないで精製した透漆を素黒目漆といいます。また,褐色の色が強い透漆を使った溜塗,木地が充分に透けて見えるように透明度の高い透漆を使った春慶塗等の透明塗りには各種の透漆を使用します。透漆には油のはいってない無油や油のはいった有油漆があります。基本的にはろいろに仕上げる時は無油の漆をまた塗り立ての場合は有油の漆を使います。また,各色の色漆を作るためには各色顔料と透漆を混練します。例えば,朱漆には朱の顔料を混練して使用します。
- 素黒目(すぐろめ)漆:顔料と混ぜ合わせ色漆用としてろいろ仕上げで使用します。
- 木地呂(きじろ)漆:木地を生かした木地ろいろ仕上げに使用します。
- 朱合(しゅあい)漆:有油で顔料と混ぜ,色漆として塗り立てで使い,花塗漆と呼ぶこともあります。
- 梨子地(なしじ)漆:最も透明な透漆で梨地仕上げの塗り込み用に使用します。
- 春慶(しゅんけい)漆:有油で木地を見せて仕上げる春慶塗に使用する透明度の高い漆です。
- 溜(ため)漆:春慶漆と同様,有油で木地を見せて仕上げる時に使用する褐色味の強い透漆です。
- 透中塗(すけなかぬり)漆:上塗りに朱漆など色漆を使用するときの下塗り,中塗りに使う透漆です。
- 透箔下漆:金,銀箔を貼り付けるときの下塗り用に使用する透漆です。
- 黒漆
漆の代表的な色彩である黒漆は「漆黒」と表現され,他の塗料では出せない黒味を持っています。この黒漆はカーボンブラックを入れて黒くする一般の塗料とは異なった方法で調製します。「なやし」「くろめ」前の生漆に着色反応剤として鉄粉や水酸化鉄を入れ,漆と反応させウルシオール鉄塩を作り,漆特有の深みのある黒を得ます。黒のろいろ仕上げ用には無油の呂色漆,塗り立て用には有油の黒艶,黒艶消漆を使用します。
- 呂色(ろいろ)漆:ろいろ仕上げ用に用いる黒漆です。
- 黒艶(くろつや)漆:有油で黒の塗り立てに用います。黒花塗漆と呼ぶこともあります。
- 黒艶消(くろつやけし)漆:無油の塗り立て用の艶消し黒漆です。
- 黒中塗(くろなかぬり)漆:下塗り,中塗り用の黒漆です。
- 黒箔下漆:金銀箔を貼り付けるときの下塗り用に使用します。
【地域別精製うるしの呼称】
|
生漆 |
無油精製漆 |
有油精製漆 |
| 日本産 | 中国産 | 下地 |
透 研出用 | 黒 研磨用 |
透 艶有 | 黒 艶有 | 中塗用 |
| 津軽 |
艶漆 |
生漆 |
下地 |
素黒目 |
黒ろいろ/黒素黒目 |
朱合 |
花塗 |
赤中塗 |
| 会津 |
日本産生漆/辺 |
生漆 |
下地生漆 |
赤ろいろ |
ろいろ |
朱合 |
花塗(錆あり)/呂花/大艶/黒漆 |
赤中塗/透中 |
| 東京 |
生正味 |
生漆 |
瀬メ |
木地呂 |
黒ろいろ |
|
大艶(二分消)/塗立 |
赤(透)中塗 |
| 輪島 |
日本産生漆 |
生漆 |
生漆 |
油無し朱合/赤ろいろ/朱合 |
ろいろ |
一口塗(半消) |
花塗(半消) |
赤中塗 |
| 北陸 |
|
色溜 |
下地(錆)用生漆 |
赤呂 |
黒ろいろ |
赤箔/朱合 |
塗立/本黒/黒箔 |
赤中塗 |
| 山中 |
日本産生漆/伊勢早/辺がき |
生漆/摺漆 |
下地 |
朱合ろいろ/本地呂/赤ろいろ |
研出ろいろ/黒ろいろ |
朱合/溜/消朱合/黒溜/朱合消/赤消 |
塗立/花塗/呂花/黒消(消) |
赤中塗/透中 |
| 木曾 |
日本産生漆 |
生漆 |
下地 |
赤ろいろ/素黒目 |
黒ろいろ |
|
|
赤中塗 |
| 高山 |
日本産生漆 |
摺用生漆/生漆 |
|
|
|
春慶 |
|
赤中塗 |
| 越前 |
日本産生漆 |
生漆 |
生漆 |
赤ろいろ/透素黒目 |
黒素黒目 |
朱合/溜/黒溜 |
塗立/花塗/呂花/艶消/本消 |
赤中塗/透中 |
| 名古屋 |
合早 |
生漆 |
下地 |
赤ろいろ |
黒ろいろ |
朱合/入朱合 |
花塗/塗立/本黒 |
赤中塗 |
| 京都 |
上摺/伊勢早 |
生漆/生水 |
下地生漆/瀬メ |
赤ろいろ |
ろいろ/本ろいろ |
朱合/上摺(半艶)/本金地 |
真塗(半消)/本黒/艶呂/上花/箔下(消) |
赤中塗/赤早 |
| 四国 |
伊勢早 |
次伊勢早 |
下地生漆 |
研出朱合/赤ろいろ/消朱合 |
黒研出/黒素黒目/黒ろいろ/本ろいろ/生黒目 |
朱合/塗立朱合 |
本黒/塗立 |
赤中塗 |
| 九州 |
伊勢早 |
摺用生漆/生漆 |
下地生漆/瀬メ |
赤ろいろ/研出朱合 |
黒ろいろ/ろいろ |
赤箔/朱合 |
塗立/黒箔 箔下 |
赤中塗 |
| 沖縄 |
伊勢早 |
吉野 |
|
赤ろいろ |
|
朱合 |
塗立 |
赤中塗 |
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