歩’高松レポート

「2時迄にナカシンマチ(中新町)に着きたいんです」
「ナカジンチョウ(中新町)ね、何かあるの?」
「公演が…」
「講演?出張ですか?そりゃ大変だ!」
TAXIはターボ全開、羽根は…残念出てきませんでした。

ええぇ、私、歩’と申します。
何って読むんだ?ホテンさん?とよく訊かれますが…それもOKかも(爆)
面と向かって呼ぶ時はアユミで結構です。でも打つ時は“ダッシュ”お願いします。  
某ファンサイトからの流れ組そのンン十番位でしょうか? といってもここ最近
潜りがちだったり、チャットには登場しないので「誰?」ですかしらん?  

 ひょんなことで、今回初めてきちんと直接言葉を交わしたRei@8号さんこと
山田レイさん(以下レイさん)と握手して5分も経たない内に
「歩’ちゃんに変なお願いがあるねんけど…」と舞台衣装&メイクで擦り寄られまして(ドッキドキ)
只今これ打っておりまする(苦笑) 
もしも4公演以上拝見出来たら、内輪的レポなぞという気持ちも無きにしも有らず
だったんですが、都合で5分の2しか観る事は叶わなかったので
「まーいいか、そんな嫌らしい目で見るのもね」と、作戦変更したつもりだったのに。

嫌ァね〜レイさんてば鼻が利くんだから。

そう言う訳ですので、ボキャ貧にミスセンテンス満載、かつ、長文レポでございます。
笑って許して読んでやって下さい。


馴れないカーナビを半端に駆使してもらい、約15分前には会場ビル前到着。
そもそも飛行機が40分も遅れたせいなんですけどね、だったら温泉は諦めれば良いものを、
やっぱり湯浴みしておかないとと思って(嘘 蕎麦も食した)

今年開設されたRei WorksサイトをROMっている内に気持ち惹かれ、
かつて名刺を頂戴していたのを良い事に、ずうずうしくもメールさせて戴いたのが
切欠といえば切欠?だったかしら? 
東京からひとっ飛び、いえ、通勤と大して変らない所要時間で着いちゃうんですよ。
…え?どちらに驚きですか(笑)

ジャンルも規模も全く知らず、この日辿り着いたのが四国は香川県、高松市。
ダンスシアター105 DICというダンススタジオ内の会場とのこと。
こういう処は入ってみるまで判らんのですよ。
隠し部屋のように案外広かったり、期待通り狭かったり。

入り口で靴用のポリ袋を渡されたので、その昔、友人の演劇サークルの発表会で
究極の体育座りを強いられて、更に追い討ちを明るい声で
“この列の方、せーので右に10cmずつ詰めましょう”『なぬ?』
“いいですか?”『嫌じゃ』
“せーのっ!!”『辛いがなーっ!!』
なんてあったよね…としょっぱい思い出を胸に、暗幕の張り巡らされたスタジオ内へ進みますと、
あら、3段階構造の桟敷席が(ハンドメイドだそうです 尊敬)既に殆ど埋っています。
真ん中寄りの中段に混ぜてもらい、ひと息つくと、もう開演です。
携帯眠らせたので正確な時間は不明ですが、みなさん優秀ですね〜。


=緋の記憶=
レイさんのソロです。
SEが終了して暗転・・・・・・・・・まだ暗い。
始まってるらしき曲調なんだけどな、何かドッキリな演出なのかしら?
暗闇に目を慣らそうと頑張っていると「トントン」肩を叩かれました。
「あちらにね、映像が映っているの、映像が」

親切な隣席のご婦人が指す方へ身を乗り出してみると、私の横の柱で死角になった会場フロア
向かって右奥が舞台だった模様。薄い幕越しに横たわる人物が。
映像と間違えるのも無理はない、既に人にあらずですもん。

パンツスタイルの衣装に引っ詰めた髪。青緑系ライトが幻想的です。
あれ?最初が芭蕉精でしたっけ?スケジュール把握出来てなかったんかいな??
静かな、冷ややかな舞いはスンッと消えて行きます。

一転明るくなると、L字型の客席前の広いフロア部分へ舞台が移ります。
ここに紫のドレスの芭蕉精が。
スリットのような部分が雅にもアースカラーにも見えます。(花の後期はこんな感じ?)
たっぷりあるスカートを翻して艶かしい。

しかし色っぽいな。

・・・・・・・・こんな芭蕉精は失格だ!
てことは、嫌ぁん「緋の記憶」じゃんよ、巻き戻して下さ〜い!(泣)

は、無視してどんどこ激しくなる踊り。何だか大変なことが起こって暗転。
右奥のオーガンジー(薄幕)に謡曲(?)の一説がスライドで写し出されます。
冒頭にもあったのでしょうね、ありゃりゃ〜。
最近では「陰陽師」の「生成り姫」に焼き直されたものが有名でしょうか、
いわゆる「丑の刻参り」の物語です。恐ろしくも哀しい題材ですなぁ。

  

瞬く間に着替えて3曲目は、紫のドレスのスリット部分が真っ赤…。
痛々しいんです。
ここまで踊り通した火照り、滴る汗、ワザと直さない前髪、ライトに曲。
あの短時間にメイクまで直したの?と思うくらい殺気立った表情。

既にチビリそーですぜ。 

表情と言っても実際は能面よりはある程度で、そんなにアレコレ変えてる訳でもないのに、
笑った様にも取れる睨み、コワッ!
激しい踊りです。素人なので形が表現できませんが、濃い、濃いぃぃ。
そんなんじゃ解らないって? やだ、ネタバレ防止でしてよ(嘘)

ああ、壊れて行く、壊れて行く。もう誰にも彼女を止められないのだわ。
だってもうまるで・・・・まるで・・・・・・・・・

貞子!!(ごめんなさ〜い)
          
※日本版リングの登場人物

最後点になって、そして舞台はまた右奥へ。

ライトで作る光と影で見せる、なかなかオドロオドロしい光景です。
ですが、またもや柱くんに邪魔されて完全には見えませなんだ。
(こういう時、昔アリーナで悲しい想いをした記憶のせいで弱気になるのよ。
 背後の人の視界が欠けるのは本意じゃないっていう)
そして無になって…。

そんなエンディングでした? すんません鳥頭で。

頭と尻尾が切れてしまった「緋の記憶」ですが、初めて観るダンスパフォーマンスには持ってこいの、
日本人には馴染み易い「鬼」というテーマが助かります。
とにかく怖いっす。でもコワ奇麗ってみんな結構好きでしょ?

お背なのパックリ開いた衣装にドギマギ、思ったより薄化粧で生々しくてドギマギ。
少し前迄は、昨年某掲示板に私と比較的近い時期にカキコデビューされたレイさん、
という認識だったのですが、パーソナリティもダンサーという人種も知らないもんだから、マジ驚き。
それにつけても全身表情筋のような方ですよ。
造作で得してるとはいえ、にゃりにゃりとよく動く手足、指先のせいかしらね〜。
この時点でもう満足。来て良かった♪と心にVサイン。


=a sence=
アレクス〜♪♪(80’Sダンス映画の登場人物)と嬉しくなってしまいそうな
ユニセックスな面立ちに均整の取れたナイスバディな人物の登場です。
高松でご活躍のダンサー伊藤ミカさん(以下ミカさん)のソロ。
レイさんとは一味も二味も違う感じ。ダンスも色々、美人も色々ですか。

ラフでモダンなパンツスタイルの衣装で、これはつまり、この人物が物語のキャンバスのような役割なのかしら?
終始客席前の広いフロアを使ってのダンス。

私の席から正面(L字の長い辺)の暗幕が開けられるとスクリーンが登場して、ここにスライドで心情が語られます。

迷ってるみたい。彷徨ってるみたいです。

えとえと「自分探し」がテーマでしょうか?
「観る人次第」でしょうか?
好き嫌いの分かれるテーマかもしれません。
物語というより観念を描いていてスクリーンのイメージは砂の情景、霧の情景などなどを背景に、ポエム。
最初は必死に足掻いている主人公。

置いていかれないようにジッと観る。
・・・見る・・・・・・ジッと視る。

喜怒哀楽など…だと思うんです(自信ナシ)
お次はちょっとキレぎみな主人公。
降ろしたままのフワフワ髪を、汗が濡らして幾つもの小さな束になって来ています。
まるで・・・まるで・・・・
大槻ケンヂ!!
(ほっんと、ごめんなさい)
※元ロッカーでライターなタレントさん

いえ、影でそのようなヒビメイクを曲と曲の間に施して来たのかと思うくらい、
さっきと表情が違って見えて、これまたそんなに顔を作ってはいないので、
この表情は身体から来るものなのか、その内部から来るものなのか。ということは、今は駆け寄れそうな距離で観ているこのダンス、中ホールや大ホールで観ても変わらないということ?
「動作」って不思議ね。


そして先程の「緋の記憶」と共通する動きが何個か見て取れます(含貞子)
同じDIC主宰の岡本陽子先生(以下岡本先生)の振付だからなんでしょうか?
それともジャンル的要素なんでしょうか? 

兎に角言えることはただひとつ。

同じ動作でも全く別の踊りになるということです。
曲やパターンの並び順が違うからだけじゃあないんだな。
やはり踊り手のキャラや腕なんでしょうか?世界観の違いって奴ですよ。
ほら、同じ「♪あなたは」でも「神田川」と「契り」が歌えちゃうように
…すみません。言わなきゃよかった。
音階が12個しか無いのに比べたら、人体のパーツは多いのか少ないのか…。

主人公、少し成長したようですか。
木々の背景などにポエム調のスライドって、んんん〜考え過ぎちゃうのです。
国語下手な私としては。「考えれ」っていうテーマなら当たりなのかも。
その私と同じくらい不器用に考え過ぎて遠回りして、やっと捜し物は見つかったようです。

よかったね。

しかし、しかしですよ!ダンサーとは一体どういうスタミナの生物ですか?!
ステージ上を縦横無尽に何曲も走り、うねり、広がって固まって、
観ているだけでもうヘトヘトなんですけど(こんなダイエットなら大歓迎)
シャイなあたくしとしては(笑う所じゃありません)直接お話出来なかったので
どのような方なのかは存知得ないのですが、ミカさん、かなり格好良いのです。
観ないと損よ、奥さん!(誰だよ)

個人的にはエレキギターなんか抱えられたらひれ伏しちゃうかも。


この後に「レモン哀歌」があったのですが、それはまた後ほど。

3作品終わって3迷さまと挨拶を交わし、一旦ホテルに荷物を降ろし、
肉うどんなんか食べちゃってエネルギー補給
(しょゆうどんと迷ったのよぅ そっちはモチ後で食べましたさ。どちらもマイウ〜♪)
夜の部は柱より更に中央席。横には映像プロジェクタやらPA(照明?)やら操作されている
小虎さんこと山本泉さん(以下泉さん)に補佐のマサルちゃん。
お二方も某サイト仲間ですが、オフラインでのお喋りはこの日がほぼ初めて。
でもすぐに馴染めるのだ。りんちぇ迷は平均年齢が…ウォッホン!…違った、
自分がしっかとある人が多い気がします。

今回の公演はプログラムが5つ。
これを「緋の記憶」「a sence」と「レモン哀歌」
   「芭蕉精」「白の組曲」と「レモン哀歌」
という風に3に分けて、3つ観るもよし、更にもっと観るもよしという作り。
平日しか来られない人は金曜の夜、昼間しか来られない人は土曜の昼に。
至れり尽くせりで、その分チケット代も抑えられチャレンジし易いって訳です。
実際私の肩を叩いて下さったご婦人も昼間なら家を空けられるから、と、
新聞を見て駆けつけられたそうです。

「こういう催しは生まれて初めてなの。解らなくても何か吸収出来るわよね」と
微笑んでらっしゃいました。
もっとお話したかったのですが、直ぐに戻られる必要があるらしかったので断念。

その新聞、レイさんは「誉め過ぎ」と謙遜してましたが、なんのなんの!
この目で確かめてすっかりヤラレてましてよ、アタクシ。



=芭蕉精=
レイさんのソロです。今度は右奥からのスタートですが「鬼」の時よりはL字の
長い一辺寄りなので柱影席からも見えたのでは〜?
  

薄暗いまま照明はアップせず、シルエットに近い感じの植物が居ます。
白の衣装の上に緑の葉脈が透ける葉っぱ(ワイヤー入り?)をまとっているのだ。
何ていうの?時代劇で女性が御出掛け時に、薄衣を手でかざして傘代わりにして
いるようなの見たことありません?あんな感じにも見えるし、繭にも見える。
風にゆらぎ、ゆ〜ら、ゆら〜り。

これって試行錯誤があったんでしょうね、比喩とまんまの間の絶妙のライン。
まんまが過ぎるとコントになっちゃいますもん。
同じ静けさでも「緋の記憶」とは全然違うんです。おうさ、芭蕉はこっちだよ。
さあ、風に揺られてゆ〜っくり、ゆらり、ハラリ、またハラリ。

芭蕉精の登場です。

舞台は中央へゆっくりと移動。
そう、夢のようにゆっくりとした動きから始まります。
そして何より芭蕉精の表情が優しい、ううん、そんなもんじゃないな、もっと
許容範囲の広い「存在」のようです。これは観ていて気持ちが良〜い。
背格好は鬼と同じダンサーなのになぁ、参っちゃうわ。

内容は芭蕉の葉の化身が僧侶のお経を聞く内、逆説法するもの(合ってます?)
この演目はレイさんの振付、演出は泉さん、レイワークスのオリジナルということになります。
岡本先生の振付、演出とは明らかに違うので、「ダンサー次第」と「描き手次第」という事ですな。
一日で発見がいっぱい。
なんて今は終わってるから書いているけれど、観てる間は細かいことはうっちゃって酔いしれるべし。
観れば解ります・ヨ。

レオタードよりもゆったりしたお袖とスカートのオフホワイトの衣装の下には、
同じ色の裾を絞ったパンツ。東洋的な内側へ進む舞いが取り入れられているらしく
そうまるで・・・・まるで・・・・・・・・
フェイフォ〜ン!!(嘘じゃないもん)
                    
※ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナより

「A Sence」と同じ広い面のスクリーンにイメージ映像が。
やがて舞台中央に立った芭蕉精が、腕で弧を描くと、それに従って背後に黒地に白で日蝕のコロナというか炎のような線が描かれます。 
素敵な演出ですがやり過ぎれば水芸になっちゃうところをググッと堪えて出来上がった線は、太陰大極図。
立体の芭蕉精で遮られた部分が影絵となり「へえ〜」と思っていると、ここで…。

あいや、かなりネタバレてます?
じゃちょっと省きましょう。

そうやって暫くは映像と影絵と目の前にいる芭蕉精という構成でインスタレーションのようであり、ダンスであり。
どちらも空間を支配するという意味では同じなのかもですな。

トリップしましょうここは。
植物ですからね、舞いは実に穏やかです。

「それもあり」といいながら真理を説く…のかな?
葉っぱのフレディみたいな映像の中、宇宙なのか気なのかを両手でこう、くる〜り。
まるで・・・・・・まるで・・・・・・・
クンパオ〜!!(連杰迷はこれ観ないと)
                                 
※大地無限の登場人物

故・手塚治虫作「火の鳥」等々SFに馴染みのある人ならすんなり入れる作品です。
私のようなお婆には後半、映像過多?(まるで…やめとこ)って気もしましたが、
若い観客には必要でしょう。啓蒙っていうか、平和ってシツコク伝え続けないと!
そんでもってお坊さま付いて来れたかしらね??


=白の組曲=
DIC所属ダンサーさん10名とレイさん、ミカさんでの群舞(正式名称知らず)
4→8→10→2→8…だったかな?ごめんなさい算数も苦手らしいです。
フロア一杯偶数の色んなパターンで揃いの動きをする、いわゆるダンスですじゃ、
ストーリー性無しですじゃ、楽しいんですじゃ。

鯛や平目の舞い踊り(違)でもてなされている気分になります。
と、いう事は、もてなしている方は結構過酷なんでは???
背中でクロスするストラップの純白のドレスでアップテンポでヒラヒラとキラキラと。
○スゲームであるまいし「一糸乱れぬ」って訳ではないんだけど、楽し気な笑顔で
すんごいことササッとこなしますよ。休みなく入れ替わり立ち代り。
時折背筋が熱くなります。これはテンションの均一化が難しかったりして?

そういえば子供の頃、テレビでよくこのような綺麗なおねいさん達を観たように思うんだけど、
故・芥川也寸志(作曲家)さんなんか出て来る系の番組で。
何故今あまり見かけないのかしら?
この前チラッと見た鴻上尚史さんのエッセイには時代を反映し辛いからとか何とか
(否定、批判ではありません) そーですかねぇ?
ダンス人口は増えているんだろうに、大体さぁ舞踊でも音楽でも絵画でも演劇でも、
もっと一般人の生活に浸透してからでないと、真の流行すたりは判らないんじゃないのかしらね〜?
「無くても生きられる」とよく言われるけど、そ〜お?本当に?


=レモン哀歌=
レイさんのソロです。
高村光太郎、智恵子夫妻のあまりに有名な物語(だ、もんだから関連文献も殆ど読まずに来た私)
芸術家同士の(でなくても)結婚って上手くすれば相乗効果を発揮するんでしょうけど、
必ずしも思惑通りには行かないよね。
これはストーリー性重視のダンスなので小道具も登場します。

曲も大正、昭和初期ノスタルジーを表現しているのかクラッシックのバイオリンソロ
だったりピアノソロだったり・・・・・やばい、弱いのよこうゆう音。
更にシーン毎にナレーションが入ります。
文字よりも脳がダイレクトに刺激されます。福家さんとおっしゃる女性ナレーターさんなのですが、
この方の穏やかな声で短く語られる言葉が想像を掻き立てます。

冒頭のシーンは薄暗がりで、智恵子ってこんな人の図。
前知識が無くても判ると思いますよ。それを見守っている光太郎の語りです。
組曲とはまた違った白いドレスに、シーン毎にボレロ風の上着を着せ替えて、
演劇要素を高くしています。これまたやり過ぎない粋な演出。
フロア全体を使った構成です。

ぶっちゃけ激した演技って、振り子が大きく揺れる分、平素の演技よりは簡単な気がするんです。
(プロの場合って意味ですがな)加えて人生経験の豊富な出演者なら、観察録を引き出しから
持ってくればいいわけで。なのでヤラレちゃったのはここではありません(拝啓レイワークス殿)
人生経験も必要、身体能力も必要。
大変なジャンルですね〜。

2曲目は若き智恵子が胸高鳴らせて、憧れの光太郎に会いに行くところ。
溌剌とした微笑は「芭蕉精」の微笑とは全く違って見えて、可愛いので、
却って「智恵子そんな家に行くな」って言いたくなります。
う〜みん王宮なんか行くな」と似てますか。       ※HEROの登場人物

でも運命なのよね。そっちへ進まない智恵子の人生は不完全燃焼だったのかも。
恋ってなんなんだろ〜?そう思っている内に段々鼻がツーンとなって来ました。
特に1回目はまだ面も割れていないし、暗がりだし、ええい泣いちゃえーい!
客電点くまでに乾けばいいやと遠慮なくダラ涙。
しゃくらないように舌を噛むので、その分長く泣いちゃうのよね。

それから焦がれる想い、成就した想い、生活、不安の訪れ、そして…。
シーンは移り変わります。
狂気の部分ではアクロバティックな舞いも出て来ますが、今更それで現実に引き戻されることもありません。
人によってはここから入れたりして?
智恵子マメ知識ですが彼女画家でもあるんです。夫の光太郎は彫刻家で詩人。
光太郎の才能の前にうんぬんとか、実家の問題、時代的な苦労とか、原因は様々だけど
智恵子は大変だった訳でして、小道具のイーゼルにカスリ継ぎのボレロ。
ベタっちゃベタだけど本当に苦しそう。ダンスなのに演技、演技なのにダンス。
パントマイムではないんですダンサーはひとりだし。うう〜んと…観てちょ(駄目レポ)

この先のストーリーは有名ですね。

そして智恵子は亡くなります。
亡くなったのだからもう苦痛はない筈。

というダンスになるのですが、この開放感は「光太郎の願い」ですよ。
だって死者が何処へ向かってどんなかなんて誰にも解らないのだから。
そう思うと今度は光太郎が可哀想でね、また涙がツツーッと。
(てか、同じ旋律でやられてますか?あたし?)光太郎だけじゃありません。
彼女を知る近しい人も遠い人も、みんな彼女を想っていた筈。
愛ってなんなんだろ〜?

さて、ここで「終」・・・・じゃ困ります。
ボロ泣きしたまんま、カタルシスでもって全部洗い流さちゃって終了じゃ残らない。
…なんて心配は無用でした。ちゃんと本当の解放、平和な舞いが入ります。
どうしてそこまで計算出来るのかしら?これがプロの腕って奴でしょうか?
この自由さはここにいるみんなを救う気がします。

ところで「心」に関する問題があちゃらこちゃらで叫ばれている昨今、
「レモン哀歌」のテーマは決して昔話ではないのよね。
エンディングで落ち着きを取り戻しながら、故・ミヒャエル・エンデ作「モモ」に
「私は今の話を過去に起こったことのようにお話しましたね でもそれを未来に起こることとして
お話してもよかったんですよ 私にとってはどちらも大きな違いはありません」という下りがあるのを
なんとな〜く思い出していました。



はぁ〜あっと、如何でした?

映画でも何でも初見は入り込む性質なので、曲名やら細部は脳裏にはあるんですが、
言語化不可能(笑)作図も不可能(試したんだってば一応はね)
多少の記憶違い、検討違いはご容赦を。

「レモン哀歌」だけは2度体験出来たんですが、2回目はライトのアクシデントで
冒頭の小道具をひとつステージに取り残したまま、2曲目の愉快な智恵子さんとなり
演出の岡本先生は客席内PA位置で黒子さんに指示も出来ず、どうするのかな?っと
思っていると、なんと智恵子ったら「あら♪こんなところに」とでも言う風な振りの
中でそれを拾い上げ、何かの象徴のように持ったまま踊りはじめたんです!?
「あれ?1回目が失敗だったん?」と思うくらい自然に。
アレさえ無ければ2回目は冷静に観られたんですけどねぇ。

はい、また泣かされました。ライブの醍醐味でございます。

今になって、小道具持ったまま他の指はちゃんと踊って、腱鞘炎になるわい!とか、
皆さん裸足でヒラヒラ・クルクル(テーピングの場合もあり)タコ出来るわ!とか、
複数の場合よくぶつからないもんだな〜とか、股関節の柔らかさが羨ましいとか、
あんなにプロジェクタ駆使して衣装着替えて採算取れているんだろうか?
などなど素人考えが滲み出て来ていますが、あと3ヶ月もしたらそっちは忘れていることでしょう。

ここまで没頭させられたのは「山田レイ」さんではなく、完璧に橋姫(徳子?)が、
芭蕉精が、智恵子が見えていたからです。
期待していたとはいえ、なんてこったい!?おばちゃんビックリよ!!!
更に伊藤ミカさんの観念のダンス、大勢でのジャズダンス、初体験がいっぱい♪
DICプロデュース公演Vol.2とのことですが、まだ続いて行くんですね。
今回は目撃出来て本当にラッキーでした。

レイワークスとしては、この後も関西や場合によっては関東でも活動希望とか。
私はまた観られるのか否か?先のことはさっぱり(お約束)ですが、思いつきで(思いつきかよ)
出掛けてみたらお釣りがわんさかで感激しています。
実は直前まで行けるかどうか解らなかったので、誰も誘わずの抜け駆け上等!!旅。なので、
翌日はホテルでお粥さん食べてから琴平まで足を伸ばし、金刀毘羅さんのてっぺん迄、
おじいたまやおばあたまをなぎ倒す勢いで駆け上がり駆け下りまして、(絶対真似しないように)
ふもとでゆず酢うどん&へんこつ饅頭もいただき(食べてばっかりじゃん)
無茶した割には筋肉痛にもならなかったのは、やはりダンス熱に当ったせいなんでしょうか?

大変有難いことでございます。。。。。。。。。オチたかな(脱兎)

2004.11.6 「Rei秋に舞う…」にて 歩’

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