アマゾンの蝶とテキサスの竜巻〜無限のかかわり合いの中で〜

【発表メディア】出雲大社大阪分祠機関誌「ひふみ」1995年12月号初出 / 「ルネサンス」VOL1(1998年2月)号改稿採録  


 「アマゾンのジャングルで蝶が翅(はね)をぱたぱたさせると、

その空気の渦が回り回ってはるか離れたテキサスで竜巻とな

る」

 こんなことがあり得るという。ここ30年ほどの間に盛んになった

科学「カオス理論」が証明した事実である。

 カオスとは渾沌(こんとん)の意。カオス理論とは、例えば大気

や水の「乱流」といった、複雑で予測不能な性質を持った無秩序

な系=渾沌の振る舞いを究める科学だ。最近では「複雑系」の

名称でちょっとしたブームになっている。

 カオス理論とはどのようなものなのか。川面を流れる1枚の枯

れ葉があるとしよう。一見でたらめな動きをしているようだが、物

理学に即した動きをしていることは間違いない。それなら水や枯

れ葉のすべての分子の運動を計算すれば、その後の流れ方を

すべて予測できるはずだ。理屈の上ではそうなる。しかし現実に

は不可能だ。ではなぜ不可能なのか。でたらめに見える運動の

中に何らかの法則はないのか……こういったことを研究する科

学である。コンピューターの劇的な発展で初めて可能になった

学問で、フラクタル幾何学、マンデルブロー図形など最近よく聞く

言葉もこの学問から生まれた。

 研究が進むにつれ、乱流などの複雑な“系”だけでなく、ある種

の振り子運動など一見規則的な動きにもカオスが潜んでいること

が分かってきた。さらに経済モデルにも応用できると見られており、

「相対性理論」「量子力学」と並んで、私たちの世界観を変えそう

な学問だと期待されている。

 既に天気予報や電子回路の設計などさまざまな分野で応用さ

れ、私たちの生活に役立っている。

 「最近の天気予報はよく当たるなあ」と思われる方も多いだろう。

カオス理論のおかげである。気象庁のスーパーコンピューターが

高性能なものに置き換えられたことによって、大気の動きをカオ

ス理論に沿って計算できるようになったからだ。それまでは厳密

に計算しようとすれば翌日の天気を計算するのに二日以上かか

るなどの理由で不可能だった(何と100万個もの変数を使って計

算するという)。

 カオス理論から私たちは二つのことを学べると思う。一つは、こ

の世のすべてのものは気の遠くなるほどの複雑さでお互いに深く

かかわり合って存在しており、お互いの“今”は相互作用によって

作り出されているという事実である。逆に言えば、この世で単独で

存在しているものなどはないということ。個人の幸・不幸をはじめ

あらゆる現象が、存在するものすべての相互作用の結果なので

ある。「この世は縁によって成り立っている」とする仏教の教えが

科学的にも証明されたわけだ。

 考えてみれば、私たちの社会や人生はまさに複雑にからみ合っ

た一種の“乱流”である。この人生の中で私たちは少しでも自分が

よくなりたいとあがいている。ときには利己的になってまで自分が

よくなろうとする。

 しかし、カオスの理論は言う。「自分だけよくなろうとしても無理。

なぜなら、今の自分は他者との相互作用の結果なのだから」と。

自分の一挙手一投足が他者に影響を与え、他者の一挙手一投

足が自分の今を作り出しているとなれば、自分だけがよくなるこ

とはあり得ない。すべては共にある(「友」が「共」と同じ音なのは

まさに象徴的)。

 「世のため人のため」「情けは人のためならず」といった立場は

“科学的にも”正しかったのである。「この世のすべての人が悟る

まで私の悟りは成就しない」とした菩薩の境地もカオスの理論に

合致する。この世の在り方を透徹した観力で喝破した結果生まれ

たものに違いない。

 かかわり合いの世の中では、相互作用の力は人を千手観音に

さえしてくれる。清水寺貫主だった故・大西良慶師は言う。

 「観音様がすべての人を一人の子供のように可愛がられるとお

り、めいめいが他人を自分の子供のように可愛がらなあかん。そ

したら、その人が自分の手足のように働いてくれる。みんなが自

分の手足となったら、めいめいが千手千眼の持ち主、つまり千手

観音になれるのや」

 人が千手観音になるのに特別な「行」や超能力はいらない。日々

の暮らしの中で他者を自分の子供のように可愛がることの繰り返

しによって、つまり他者へのかかわりによってなれるというのである。

 そして、カオス理論が教えてくれる第二の点に着目したい。それ

は「複雑にからみあった世界では、ちょっとした変化が後の大きな

変化を生む」という点だ。特殊な振り子運動の例を引けば、最初の

位置の差、それも原子の大きさよりも小さな幅のずれが、わずか

九回揺れ動くだけで1センチ以上の差となって表れるという。

 日々の暮らしの中でたまたま出会った人に微笑みを返すか仏頂

面を返すか……といった極めて小さな出来事が、未来のその人の

在り方を大きく変える可能性がある。つまり、ちょっとしたことで自分

の人生を簡単に変えられるのである。

 しかも、その“未来を変える芽”は二十四時間すべての一瞬一瞬に

含まれている。だから、現在の状況がどんなに悲観的であっても、

あきらめる必要は一切ない。カオスの理論はそう教えてくれている。

 


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