【発表メディア】 朝日新聞 1999年10月4日朝刊
唐の「貞観の治」を支えた名臣・魏徴(ぎちょう)は、実は隋朝末期には
唐と敵対する側にいた。彼が仕えた群雄・李密と共に唐朝に下り、そこ
で見いだされて重用されるに至ったのである。
彼は真に自分を知る者に対しては命懸けで仕えた。詩文にも長じてい
た彼は、その心情を出征に際しての詩「述懐」の中でこう表現した。
「人生、意気に感じては、功名誰かまた論ぜん」
人生意気に感じれば、功名や利得などは問題外。最大の価値は人生
意気に感じられるその手ごたえにあると。
クオリティ・オブ・ライフということが言われ始めて久しい。直訳すれば、
生活(人生)の質。一般的にはがんなどの末期治療の際に「単に命を長
らえるだけの治療は意味がない。その間の暮らしの質が問題」といった
文脈で使われる。例えば、医療機器に囲まれた寝たきりの五年間よりも、
普通の生活の二年間を選びたいから手術をしないというように。
しかし、「人生の質」の大切さは何も末期治療に限ったことではない。
目先の出来事をクリアするのに精一杯で、ついつい忘れてしまいがちだ
が、人生のあらゆる時点で最も大切なのは実はこれ。このために生きて
いるとさえ言える。
就職・転職の場合も、給与や地位、社会的評価ばかりではなく、その
職業・職場によって実現されるであろう生活の質と手ごたえにもっと眼を
向けてはどうだろうか。もちろん、人生の手ごたえは人によって異なる。
手ごたえは「心」が感じるものだからである。
仮に、傾きかけた中小企業にしか入れなかった人がいたとしても、その
会社を再興・発展させようというチャレンジ精神にシフトできれば、立派に
クオリティ・オブ・ライフを高めてくれるだろう。