【発表メディア】 朝日新聞 1999年7月13日朝刊
約30年もの間、ルバング島のジャングルにこもって任務を遂行し続け
た小野田寛郎さん。カレンダーなどがない環境だったのに、“救出”され
たとき、今日が何年何月何日かを4〜5日の狂いで指摘したという。
私たちは今日が何日かさえすぐに思い出せないことがある。それに
比べると驚くべき記憶力である。だが、小野田さんは涼しい顔で言う。
「簡単ですよ。毎日1日ずつ加えていけばいいんですから」。あるとき雨
天や徹夜の戦闘が続いたためにズレが出たらしい。「4〜5日のズレは
うるう年の数よりも少ない。ま、合格でしょう」と笑う。
さらに、小野田さんは日本帰還後ブラジルに移り、小野田牧場を作り
上げる。関西国際空港の倍、東京の港区よりも広い大牧場である。現地
に着いたとき、手元にあるはブルドーザーが1台だけ。ある牧場に「お宅
の隣のジャングルを開墾させてください。その代わり開墾した土地の半
分を私にください」と申し入れ、牧場の外周に沿って1日にブル1台分の
幅だけ開墾していった。翌日はまたその外側を…この繰り返しであの広
大な小野田牧場の基盤を築いた。
長大な計画を前にしたとき、人はその大きさゆえに困難さを見通してし
まう癖がある。「無理だ」と最初からあきらめてしまうのだ。しかし、どんな
大きな計画も実は小さな行為の積み重ねで形になっていく。巨大さの方
ではなく実行段階の一つの行為に着目すれば、決断に際してひるむこと
は少ない。ちょうど「カレンダー」ではなく「日めくり」を見るように。カレンダー
だと日数の多さが目に飛び込んでくるが、日めくりだとその日1日しか見
えない。
全体を見渡す必要のある立案段階ではカレンダー思考、第一歩を踏み
出す決断段階では日めくり思考と使い分ければ効果的だろう。