主権について
憲法学における「主権」という言葉について解説します。
戦前を代表する憲法学者の美濃部達吉は『憲法講話』の中で、
主権について3つの意味を述べています。
@誰にも支配されない最高権
A統治権
B国家内における最高機関の地位
戦後、憲法学界の外で最大の誤解となったのが「天皇主権」「国民主権」という用語です。
よく社会科の授業などで、
天皇主権の憲法(欽定憲法)から国民主権の憲法(民定憲法)になった
という言い方がありますが、これについて右翼も左翼も大変な誤解をしています。
「天皇主権」について、左翼は「天皇は法を超越した何でもできる絶大なる権力者」であったと言い、
右翼は「戦前の天皇機関説論争では天皇主権説に対して美濃部達吉の天皇機関説が圧勝し、
通説になったので、戦前は天皇主権ではなかった」と言う。
どちらも間違いです。
天皇機関説論争では上記のAが対象となりました。
天皇は憲法を超越するかどうか。
国家の主権は天皇そのものにあるとしたのが上杉慎吉らの天皇主権説で、
一方、統治権たる主権は国家にあり、天皇は国家の中の一機関で、
その最上位にあるとしたのが天皇機関説です。
憲法学界では美濃部説が主流となりました。
ただし、上記Bについては、美濃部も天皇主権(君主主権)を認めています。
例えば、戦前の帝国憲法は立憲君主制なので、
天皇主権ではないという見解がありますが、これも間違い。
では、Bの主権とはどういう意味か。
最近の憲法学の言葉に言い直せば、
「国制(統治構造)のあり方を最終的に決定できる力」です。
憲法学用語では「憲法制定権力」と言います。
戦前の憲法制定権力は天皇です。
これが欽定憲法と言われる所以です。
憲法は天皇により制定され、憲法改正の発議は天皇にしかできません。
帝国憲法体制は、紛れもなく立憲君主制ですが、
その立憲君主制とう統治構造でいくと最終的に決めているのは天皇だということです。
現行憲法は民定憲法なので、
立憲君主制でやっていくことを最終的に決めているのは国民となります。
戦前も、戦後も、同じ立憲君主制ですが、そのあり方(統治構造)を決めているのは、
天皇なのか、国民なのか、というところで、根本的なあり方がまったく異なります。
憲法とは統治構造を定めるものです。
なので、昭和21年に行われた帝国憲法(天皇主権)から日本国憲法(国民主権)への変更は、
主権(統治構造)が変わってしまっているので、憲法改正の限界を超えており、
もはや改正と言うことはできず、
実質は旧憲法の廃棄と同時に新憲法が制定されたのだ、というのが憲法学の通説です。
憲法改正による主権(憲法制定権力)の変更は、
憲法学としてはどうやっても説明ができないのです。
よく美濃部の弟子であった宮沢俊義は戦後に変節したと言われますが、
基本部分は変節などしておらず、戦前からの通説にしたがい考えれば、
昭和21年の憲法改正は八月革命説でしか説明ができないのです。
だから、今もなお通説であり続けているのです。
八月革命説の肝は「主権の変動」です。
しかし、忘れてはならないのが、
帝国憲法の中には一言も「主権」なる言葉が入っていないことです。
明治の憲法制定にあたり、本来、イギリスを手本としたかったのですが、
イギリスには成文憲法がなかったので、プロセイン(ドイツ)を参考としました。
しかし、私は帝国憲法の起草者らは、
あえてイギリスのように主権概念を外したのだと考えています。
ところが、帝国憲法制定後の憲法学者が全員ドイツに留学して、
当時最先端だと言われたドイツの憲法学を学んで帰ってきました。
そして、わが国の憲法にそれに当てはめると「天皇主権」となったのです。
しかし、君主主権や国民主権なる分類はフランス、ドイツの大陸系の法概念であって、
日本に当てはめるべきものではないのです。
イギリスで唯一「主権」という言葉が出てくるのは、議会主権(国会主権)のみです。
これは憲法制定権力という意味の主権とは異なります。
アメリカ合衆国憲法にも国民主権という言葉は入っていません。
私は美濃部も含めて「主権」という概念をドイツから日本に持ち込んで、
君主主権や国民主権と論じていることそのものが誤りであると考え、
本当の意味での「主権」は天皇にも国民にもなく、
あえて言うなら二千年の歴史と伝統こそが主権であるという考え方に持っていかなくては、
いつまでたっても憲法学は立ち直れないと考えています。
帝国憲法から現行憲法への改正は、改正の限界は超えておらず、
天皇は天皇であり続けているのです。
もちろん法制度上は、憲法制定権力(主権)の規定は必要かもしれませんが、
それは制度上だけのことであり、憲法制定者であろうと、
いかなる存在も、歴史と伝統の下に国家を運営しなくてはならないというのが、
イギリスで言う「法の支配」です。
そのような憲法学になってもらいたいものです。
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